116. 蒸気と冗棄の真実
白電鉱石採掘場の奥深く。
冷たく青白い白電鉱石の結晶の光を反射しながら、巨大なエーテル研究施設は不気味な静寂に沈んでいた。
だが、その静寂を破るように——
「あれー? やっぱりダメみたいッ!」
甲高い声が金属室内に跳ね返り、冷え切った空気を震わせた。
ダイアナが圧縮炉の扉を開け、楽しげな、しかしどこか苛立ちを含む声で失敗を報告する。
中にあったのは、もはや人の形を留めぬ滅茶苦茶となった肉の塊だった。
炉の縁にこびり付いた肉片から、まだ白い蒸気が立ち上っている。
「もう、これで……何人目だ……いい加減やめてくれ…」
拘束されたシンジュ博士は、乾いた声でそう呟いた。
目の焦点は合わず、体は小刻みに痙攣している。
あれから何人もの研究員が圧縮炉に投げ込まれ、そして全ての実験が失敗している。
「ふむ。同じ人間を使っているというのに、どうして蒸気の心臓よ生成ができないのだろうか……」
マルティナは腕を組み、怜悧な瞳で炉の内部をじっと観察していた。
その表情には、恐怖も罪悪感も存在しない。ただ“失敗”への純粋な疑問だけだ。
「……もうやめろ……やめてくれ……」
博士が涙を流し訴える。
その声はかすれ、喉が裂けそうだった。
すると――
「……ゾーイ。次こそは貴女の番ですよ」
セレニティがが淡々とした声で命令し、ゾーイに目を向ける。
「……わ、分かり……ました」
命令されたゾーイの顔は、どこかぎこちない笑顔だった。
そのまま拘束された研究員に一歩踏み出したその時だった。
マルティナがゆっくり首を振り、口を開く。
「待てゾーイ。これだけやっても成功しないということは、根本的に何かが間違ってるのかもしれん。もう、やめておこうではないか」
研究施設の空気がわずかに緩む。
だがそれは、ほんの一瞬だけだった。
「……博士。そろそろ話してくれてもいいのではないか?」
マルティナが歩み寄り、シンジュ博士の髪を掴み上げる。
乾いた呼吸が博士の喉から漏れた。
博士は黙ったまま、ただ目を逸らす。
「なるほど。大した精神力だ」
マルティナは、面白そうに目を細めた。
「――ゾーイ。やれ。次こそは成功するかもしれん」
ゾーイの足が床を踏んだ、その瞬間。
「……無理なんだ……どうやっても……“冗棄の心臓”は作れない……!」
細い声だったが、その言葉は施設内の空気を一変させた。
マルティナは振り返り、ゆっくり博士へ近づく。
「何だと? どういうことだ?」
博士は震えるまま、ついに沈黙を破った。
「お前たちは“蒸気の心臓”と呼んでいる……だが、そもそもその認識そのものが間違っているんだ……」
博士は額に汗を浮かべながら、一度息を飲み込んだ後に震えた声で続けた。
「アークラインの文明が蒸気と機械で栄えたために、その呼び名に大きな勘違いをしている……!」
マルティナの眉がわずかに動く。
「本当の名は……“冗棄の心臓”。意志の鋲で人体から魂を剥ぎ取り、空っぽになった肉体からしか作れない代物だ……!」
空気が止まった。
「空っぽ……の肉体??」
「そうだ……スチームではない。“冗”――不必要。“棄”――捨てるしかない。魂という“本質”を失った、ただの殻の肉体だ! それを材料にしなければ、心臓は生成されない! ただの肉体では生成は不可能なのだよ!」
博士は涙を落としながら続ける。
「その殻を作るには、意志の鋲が必要だ……あれは、魂を引き剥がし移し替える技術……! お前たちがやってきた“ただの人体の圧縮”などでは絶対に生まれん……!」
マルティナはしばし沈黙し――やがて、ゆっくりと口元を歪めた。
「ついに話してくれたか」
冷たい笑みがその顔に浮かぶ。
「では聞こう。どうすれば魂を剥がすことができる? 意志の鋲はセルジュ砂漠に捨てられ、もうこの世には無いものだったはずだ。しかし、必要ならば一度再現しなければならん」
「わ、分からん! 意志の鋲は……レオナールただ一人で作り上げた技術だ! 私も原理は知らない!!」
「材料を知っていたのなら、工程も知っているはずだろう?」
「ち、違う!! 本当に知らんのだ……私は……私は……!」
博士の悲痛な叫びを、マルティナは鼻で笑った。
「信用ならんな。――おい、お前たち」
野薔薇の三人が、ゆっくりと博士に歩み寄る。
「博士が“吐きたくなるまで”少し痛めつけてやれ」
「や、やめろ……! もう……何も知らん……! やめて……やめてくれぇぇぇぇっ!!」
博士の絶叫が、圧縮炉の金属壁に反響し、狂ったように研究施設内をこだました。
青白い光の中、マルティナは静かに呟く。
「……レオナール。お前が作り上げた奇跡の秘密——、必ず暴いてみせる」
その声は、施設内の冷気よりも冷たかった。




