113.仮面の下の動揺
軍兵三人が踏み込むより早く、シアンと鉄仮面の大男ラルゴは動いていた。
「は、早──」
ラルゴは一気に間合いを潰し、黒いマントの奥から蒸気兵装の腕を突き出す。
「覚悟しろ」
ごく低い声を発したその直後──。
ドガァッ!!
兵の身体が地面に叩きつけられる鈍音が、居住区域の入口に響き渡る。
叩きつけられた兵は白目をむき、そのまま意識を手放した。
「む? これで終わるのか。情けない」
ラルゴが淡々とつぶやいた瞬間、彼の背後から別の兵が振り上げた警棒を叩きつけた。
「アークライン帝国軍に手を上げたこと、後悔しろぉ!」
ガキィン──!!
「なっ、なに!?」
「おい……。先程、俺の蒸気兵装を見せたはずだぞ」
ラルゴはゆっくりとマントをめくり上げた。
露わになった両腕、肩から先までの黒い蒸気兵装が朝の光に鈍く輝く。
「敵をきちんと観察しなければ、戦場では即命を失う。肝に銘じておけ」
「そ、そんな──」
兵が後ずさるより早くラルゴの身体が素早く回転し、そのまま攻撃体勢に入る。
バキィッ!!
鋭い回し蹴りが兵の首元を撃ち抜き、兵の身体はぐにゃりと折れて倒れた。
その一方で、残る一人の兵を相手取るシアン。
「なんなんだお前らは! 俺たちが何したってんだ!」
兵が恐怖と怒りの入り混じった声で叫びながら、警棒を無茶苦茶に振り回して襲い掛かってくる。
シアンはその攻撃を縫うように躱しながら、軽口を飛ばした。
「か弱い一般人の味方だよ!」
次の瞬間、シアンの拳が音もなく伸びた。
ドスッ!ゴッ!
鳩尾に一撃、続けて顔面に入れる。
威力を抑えた二発だったが、兵は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
戦闘は、一瞬で終わった。
「ふう……やるなアンタ」
シアンがラルゴの背に声をかける。
「うむ。貴様もなかなかやるな……紹介が遅れたな──」
ラルゴがシアンへ振り向いた、その瞬間だった。
「おっ、お前は!」
目の前に立つ青年を見た瞬間、全身が強張った。
オレンジ色の髪、金色の瞳。
そして左腕には、あの日とは形こそ違うものの蒸気兵装が装着されている。
(な、何故……なぜ貴様がここに!!)
鉄仮面の下で、ラルゴは心臓が跳ねるのを感じた。
アルディス地下で初めて見た裏社会の伝説。
スピアーを倒し、次に会えば戦うと宣戦布告した男。
それが今──、協力者だと言って握手を求める距離にいる。
「祇園さんから伝言は聞いてる。詳しくは分からないけど協力者なんだろ? よろしくな」
シアンは何も知らず、堂々とさらに自分へ歩み寄ってくる。
ラルゴは固まったまま動かない。
(ま、まさか奴とスモーク・ウォーカーが繋がっているとは……!? しかし……こ、この状況はっ……!)
混乱が脳内を占領し、ラルゴは返す言葉すら出せない。
そんな時──。
「シアンさん! こっちは大丈夫です!」
ルシアが声を上げシアンに呼び掛けると、ラルゴもその方向へと目を向けた。
(ル、ルシア様!!)
ラルゴの心臓が再び跳ねた。
帽子を深くかぶって顔を隠している。
だが、ラルゴには分かる。
あれはたしかに、自分たちと同じく、あの日アルディスに訪れた彼女だ。
(ど、どうすれば……どう対応すれば……!? いや、そもそも何故ここに!? まさか、蒸気の心臓が──ここに!?)
混乱と動揺で、鉄仮面の下の顔が蒸気でも噴き出しそうなほど熱を帯びる。
さらにシアンに続いて、カイがラルゴへと近づいてくる。
「ねえ? 静かだけど大丈夫? さっき殴られたところが痛いの?」
ラルゴは肩を触られ、文字通りビクリと跳ねた。
(や、やめろ!! 俺とお前たちは…!!)
完全に挙動不審になったラルゴに向かって、シアンが静かに言った。
「なあ。理由は分からねえけど、アンタもエーテル施設に用があるんだろ?」
その言葉にラルゴはハッとする。
(そうだ……まず目的を。冷静になれ、ラルゴ・ドレイク……!)
「なあ? 聞こえてんのか?」
ラルゴは深呼吸し、低く答えた。
「う……うむ。俺はここに来ている軍が行おうとしている邪悪な計画を止めに来た……」
「邪悪な計画!? それって、蒸気の心臓を作り出そうとしてる計画!?」
カイが大声を出す。
「おい! 大声出すなって!」
シアンが慌てて止めるが、ラルゴの目が驚愕で揺れた。
「な、何故それを……!」
「詳しいことは言えねえけど……。てか、アンタも“蒸気の心臓”について知ってるってことは、俺たちと同じく依頼人から依頼を受けたクチなのか?」
「依頼人……?」
その言葉に、ラルゴの脳内で点と点が繋がる。
(……なるほど。こいつらも“蒸気の心臓”を巡る何かに巻き込まれているわけか)
「また喋らなくなったな。なあ、黙ってちゃ分かんねえよ。なんか言ってくれよ」
シアンが促すと、ラルゴは観念したようにうなずいた。
「う、うむ……お前たちと似たようなものだ……」
「そっか、ならよかった」
シアンは笑いながら、右手をすっと差し伸べた。
「挨拶が遅れたな。俺はシアン。シアン・クロウ=フィールドだ」
ラルゴはその名前を胸の中で繰り返した。
(シアン……クロウ=フィールド……。お前が……あの時の、スモーク・ウォーカー……!!)
鉄仮面の奥で、ラルゴの呼吸は止まりかけていた。
しかしその手は、確かに自分に向けられて伸びている。
ラルゴはぎこちなくも、ゆっくりとその手を取った。
蒸気兵装越しでは何も感じない。それでも、その握手だけは妙に胸へ残った。




