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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第3章、激突ククルカン
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111/116

111. 道理を問う拳、集う者たち

夜明けの光がククルカンの山々を越え、採掘街をゆっくりと照らし始めていた。

坑道から立ちのぼる白い蒸気は朝靄と溶け合い、行き交う坑夫たちの姿をぼんやりと霞ませる。


その中を、シアンたちは東側の居住区域へ向かって歩いていた。


「ホロ子さんが言ってた祇園のお兄ちゃんの協力者って、どんな人なんだろうね」


鼻先についた粉塵を払いながら、カイが空を見上げる。


「さあな。でも祇園さんが紹介する相手だ。腕は間違いねぇだろうな」


肩を軽く回しながら答えるシアンの身体は、不思議なほど軽かった。

昨夜はぐっすり眠れたせいか、それとも覚悟が固まったおかげか、拳を握るたび血が熱を帯びていく。


「鉄仮面に黒いマント、それに背が高い人……でしたよね」


ルシアは少しだけ肩をすくめる。


「正直……ちょっと怖そうです」


「ま、裏稼業じゃ顔を隠す奴なんて珍しくねぇよ」


笑って返したものの、シアン自身も少し気になっていた。


どんな奴なんだ。


敵か味方か、一目で分かるような人間なのだろうか。


やがて三人は居住区域の入口へ辿り着いたが、周囲を見渡してもそれらしい人物は見当たらない。


「まだ来てないのかな?」


カイが首を傾げた、その時だった。


「お願いです……! 夫を返してください!」


鋭い叫び声が朝の静けさを切り裂いた。


シアンたちが視線を向けると、居住区域の門前で一人の女性が三人の帝国軍兵士へ必死に頭を下げていた。


居住区域の門前には、同じように家族を待つ住民たちが何人も立っていた。

しかし誰も声を上げようとはしない。


俯いたまま視線を逸らし、軍兵と目が合わないよう息を潜めている。

その沈黙だけが、この場所で逆らうことの恐ろしさを物語っていた。


「今はマルティナ少将が施設を視察中だ! 騒ぐな!」


兵士の怒鳴り声に、女性は怯みながらも首を振る。


「夫は心臓の病気なんです! 薬が切れたら、本当に命が――!」


震える声は涙に滲み、それでもなお兵士の足元へ縋りつく。


「しつこい女だ!」


兵士は苛立ったように女性を突き飛ばした。


地面へ倒れ込んでもなお、女性は這うようにして兵士の足へしがみつく。


「お願いします……! 返してください!」


「いい加減にしろッ!」


兵士は腰の警棒を抜き放ち、高々と振り上げた。


「危ない!」


ルシアの悲鳴が響く中で、シアンの拳が無意識に強く握られる。

目の前で弱い者が踏みにじられる光景だけは、どうしても見過ごせなかった。

 

「やめろぉぉぉッ!」


気付けば地を蹴り、女性を助けるために動き出していた。

だが、その一歩よりも速く、黒い影が視界を横切った。


疾風。


そう錯覚するほど鋭い踏み込みだった。


黒いマントが大きく翻り、その奥から覗いた鉄仮面が朝日に鈍く光る。


振り下ろされる警棒を、その男は片手で受け止めた。


ガシリ――。


兵士が全身の力で警棒を押し込むが、男の腕は岩のように動かなかった。

腕を伝う振動だけが周囲へ響き、男の足は一歩たりとも後ろへ滑らない。


その姿は、まるで巨大な壁が立ちはだかったようだった。

 

「なっ……!」


兵士の表情が凍りつく中でも、男は微動だにしない。


鉄仮面の男の黒いマントの隙間から覗く両腕には、人の腕より一回りも大きな黒い蒸気兵装が装着されていた。


プシュゥゥゥ——。


白い蒸気が朝の冷気を裂き、黒い装甲がゆっくりと姿を現す。


「貴様……何者だ!」


兵士の怒声にも、男は答えない。


ゆっくりと警棒を握り潰すように力を込めると、金属が軋む音を響かせながらそれを奪い取り、足元へ投げ捨てた。


そして仮面の奥から、低く響く声だけが静かに漏れる。


「……これが、民を守るべきアークライン帝国軍のすることか」


その一言だけで、空気が変わった。


兵士たちは思わず後ずさり、周囲にいた住民たちも息を呑む。


「邪魔をする気か!」


三人の兵士が一斉に武器を抜く。


鉄仮面の男は一歩も退かない。


「貴様らの振る舞いは――道理に反する」


その背中へ、シアンが並ぶ。


(この人が、祇園さんの——)


女性を守るため、一切ためらわず軍へ割って入った。

その背中を見た瞬間、胸にあった警戒心は不思議なくらい消えていた。

 

シアンは拳を鳴らしながら、鉄仮面の男の隣へ並ぶ。


「アンタ……祇園さんが言ってた協力者だろ?」


口元に笑みを浮かべ、拳を構える。


「挨拶してえけど、まずは目の前のこれをどうにかしようぜ」


鉄仮面の男はシアンを一瞥もせずに、ただ目の前で殺気を飛ばす軍兵だけを睨み続けていた。


「……お前が、祇園の言っていた協力者か」


その声は重く低いが、軍兵に向けた声とは違いどこか柔らかさがあった。


「すまんな。お前の言う通り、まずはこいつらを黙らせる」


その一言だけで十分だった。


「ったくよ……!」


シアンは首を鳴らし、拳を握り締める。


「面倒なことになっちまったな!」


鉄仮面の男も静かに腰を落とし、黒い蒸気兵装が低く唸りを上げる。


「後悔するなよ!」


兵士たちが怒号を上げて武器を構えそう叫んだ瞬間。


「「こっちの台詞だ」」


二人の声がぴたりと重なった。


朝の空気が震える。


灰色の蒸気兵装を構えた青年と、黒き蒸気兵装を纏う鉄仮面の武人。

 

初めて並び立つ二人であるはずなのに、その間には不思議な迷いがなかった。


守るべきもののために拳を振るう。

ただそれだけは、互いに同じだった。


次の瞬間には、二つの影が同時に地を蹴り、軍兵へ向かって一直線に駆け出していた。

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