108. 星降る夜に灯る想い
会話がひと段落したあと、屋上に静寂が戻った。
ふいにシアンがハッと我に返り、照れたように頭をかいた。
「そ、そろそろ寝ようか! 明日はきっと大変なところに行かなきゃいけないからな!」
突然の切り替えに、ルシアは肩をビクリと震わせて慌てる。
「は、はい! そうですね! このままだと遅くなっちゃって……せっかくの休息が減っちゃいますね!」
二人してワタワタと照れ隠しのように笑う。
そんな微妙に甘い空気を破るように──トン、トン、と階段の方から足音が近づいてきた。
屋上へ現れたのは宿屋《狼の寝床》の店主・ホロ子だった。
「探したわ〜。部屋に行ったら僕ちゃんだけが寝てて二人ともどっちの部屋にも居なかったから。ここにいると思ったの。どうかしら……すごく素敵な星空でしょう?」
ホロ子は星空を仰ぎ、ふんわり微笑む。
その柔らかい表情に、シアンもつられて笑った。
「すっげぇ綺麗な空ですね。教えてくれてありがとうございます……。それで、俺たちを探してたって一体どうしたんですか?」
シアンがそう問いかけると、ホロケウカムイはハッとした顔で口を開いた。
「さっき祇園ちゃんから連絡があってね。明日の朝、“居住区域に協力者が待ってる”って伝えてほしいって言われたの」
「え?協力者って……?」
ルシアが驚いたように目を丸くする。
「わ、私もよく分からないんだけど……“伝えれば分かるから”って祇園ちゃんに言われたのよ。あなたたちに直接繋ごうとしたら、“疲れてるだろうから伝言だけでいい”って言われて……」
どこか申し訳なさそうにオロオロするホロ子を見て、シアンは苦笑して頭を掻く。
「ごめんホロ子さん。ったく、祇園さんてば……そういうのは気を使わないで直で繋いでほしかったなぁ」
そう言いながらも、シアンはどこか嬉しそうだった。
「でも……協力者が増えるのはありがたいな」
ニヤリと笑うシアン。
「そうですね! これなら明日、きっとうまくいくかもしれません!」
ルシアも希望を抱いたように笑った。
そんな二人を、ホロ子はじぃーっと見つめる。
特に、ルシアの表情を。
(あら……? なんだかこの娘……。宿に来た時とか夕食の時と雰囲気が変わったわね……)
ルシアの頬にはほんのり朱が差し、シアンを見る時だけ輝きが増す。
(むむむ! なるほど……。この星降る空が見える屋上で何かあったのね、そうなのね!)
ホロ子は思わずニヤけそうになるのをグッとこらえる。
「それじゃあ、早めに寝よう!明日のためにもな!」
シアンの声が屋上の静けさに響く。
(ちょっとちょっと!? せっかくいい雰囲気なのに、その子をほったらかして寝ちゃうわけ!? アンタ、鈍感すぎるわよ!)
ホロ子の心の声が静かに炸裂する。
「そ、そうですね!明日が本番ですもんね!」
ルシアもどこか照れたまま頷く。
(お、お嬢ちゃんまで!? なんて鈍感なの、この二人……! こうなれば私の力で……!)
ホロ子の心の叫びは止まらない。
しかし、そんなホロ子の葛藤など全く知らない二人は、お互いにホロ子に笑顔を向けた。
「ありがとう、ホロ子さん!」
「ホロ子さん、わざわざすみませんでした」
その純粋でまっすぐな笑顔に、ホロ子はふっと肩の力を抜いた。
(……ふふ。私が邪魔しちゃいけないわね)
シアンが先に階段を降り、部屋へ戻っていく。
その後ろを、ルシアも追って歩き出そうとした時──。
「お嬢ちゃん……。ちょっと待ちなさい」
ホロ子がルシアを呼び止める。
「はい、なんでしょうか?」
くるりと振り返るルシアに、ホロ子は柔らかく目を細めた。
「あなたにはね、とっても素敵な魅力があるわ。……頑張りなさいね」
「は、はい……? が、頑張ってみます……?」
ルシアは意味が分からずキョトンとする。
その反応に、ホロ子はむしろ確信する。
(ああ……。自分の気持ちにすら気付いてないのね、この子……なんて純粋なの)
「おやすみなさい。素敵な夢を」
「おやすみなさい。ホロ子さん」
ルシアは軽く頭を下げ、階段へ消えていった。
屋上にはホロ子一人が残される。
静かな夜風が頬を撫で、星が瞬いた。
その瞬間、ホロ子は胸に秘めていた想いを空に向かって放った。
「ああんッ!! なんてッ……なぁんて純粋な恋心!! 素敵すぎるわッ!! キュンキュンしちゃうわァァァ!!」
満天の星空は、その叫びを優しく受け止めるように煌めいていた。




