106.星降る屋上
夜の帳が降りたククルカン採掘街。
宿屋、狼の寝床の窓越しに見える街は軍の占拠によっていつもの喧騒を失い、ところどころに兵士の影が伸びている。
そんな異様な空気のなか、ホロ子による温かい夕食をいただいたシアンたちは、ようやくひと息つける場所を手に入れていた。
食事も風呂も終わらせ、シアンとカイ、ルシアで分かれ部屋でゆっくりと過ごしていた頃。
──コンコン。
静かな廊下に控えめなノックの音がシアンたちの部屋に響き、すぐに扉が開いた。
「夜遅くにすみません、どうしても眠れなくて……」
扉を開けたルシアが顔を覗かせて、そう言いかけたその瞬間——。
「おわっ!?」
ルシアの目に飛び込んできたのは上半身裸に首にタオルをかけたシアンの姿だった。
「わわわ! す、すみません!!」
ルシアは反射的に部屋から飛び出して、扉をバタンと閉めた。
思わぬ出来事に、頬は真っ赤になり、鼓動も呼吸も早くなる。
「ご、ごめんな! 今服着るから! ちょっと待っててくれ!」
「はっ、はい!」
扉越しに聞こえる声と、慌ただしい物音。
そんな中でも、ルシアの脳裏には一瞬見えたシアンの身体が焼き付いていた。
身体中に刻まれた無数の古傷。
その中でも胸を横切る大きな傷だけが、異様な存在感を放っていた。
(す、すごい傷だらけだった……)
しばらく扉の前で待っていると、物音が鳴り止んだ。
「もっ、もう大丈夫だぞー!」
促されルシアは恐る恐る扉を開けると、いつも通りのオレンジ色のつなぎに袖を通したシアンがそこにいた。
愛用の青いジャケットは、テーブルの上に綺麗に畳まれている。
「すみませんでした……」
「あはは、いや気にすんなよ! 俺の方こそタイミング悪くてさ」
二人は照れ笑いを交わす。
「あの……カイくんは?」
ルシアが尋ねると、シアンはベッドを親指で指した。
そこには掛け布団から足を出し、腹を出したまま、完全に電池切れのカイがいた。
「さっきまでさんざん騒いでたのにな。やっぱ気を張ってたんだろうなあ、あいつ」
シアンはそう言いながら笑うと、ルシアも自然と笑顔を見せる。
しかしルシアの頭の中には、どうしてもシアンの胸の傷が残っていた。
「……その、さっき見えてしまったんですけど……その傷、どうされたんですか?」
「ああ、まあ……。仕事で怪我したり、裏稼業で傷付けられたり色々さ」
さらりと言うが、並の人間が背負える数ではない。
「じゃあ……胸の大きな傷は……?」
尋ねられた瞬間、シアンは胸にそっと手を当てた。
「これは、物心つく前からあるんだ……。俺自身もなんでこんなにでかい傷が付いてるのか分かってない」
シアンは肩をすくめる。
ルシアの表情が曇りかけたのを見て、シアンは慌ててフォローを入れた。
「おいおい、暗い顔すんなよ! 別に痛くもねえし、もうなんでもないんだ!」
「……すみません。でも、ずっと気になってしまって」
「気にすんなって!」
ルシアは少し迷った後、昼間にカイがふと口にした言葉に触れた。
「その……カイくんが言ってた……シアンさんとカイくんがグレンダさんに拾われたって話。あれって……」
するとシアンは、少しだけ悲しそうな顔をしてから口を開いた。
「カイの両親は船の機械技師だったんだ。航海中にバルナスの砲撃に巻き込まれてな。当時は新聞にも載るくらい騒ぎになった」
眠るカイへ目を向け、小さく息を吐いた。
シアンは眠っているカイに近づくと、そっと布団をかけ直した。
「助かったのはこいつだけだった、六歳の時さ。んで、身寄りがなくなったカイをばあちゃんが拾った」
「そ、そんなことが……」
「ほら、また暗くなる。大丈夫、カイは見ての通り元気の塊だろ?」
シアンの軽い口調が、ルシアの沈んだ心を少しだけ持ち上げる。
「……それで、シアンさんは?」
「ん? そう言えば、俺の方も話したことなかったな」
シアンは少し迷い、しばらく天井を見上げた。
「……ちょっと長くなるけど、聞くか?」
ルシアは無言のまま、真剣にうなずく。
「じゃあさ……せっかくだし屋上行こう。ホロ子さんが星が綺麗だって言ってたんだ。カイ起こしても悪いからな」
二人はそっと部屋を出た。
前を歩くシアンの背中が、やけに大きく見えた。
階段を上がり屋上の扉を開くと、そこは夜風が吹き抜ける静かな天空の空間だった。
見上げれば、満天の星。
ククルカンの街灯りが少ないせいか、星々の光が濃く、空を埋め尽くすように広がっている。
「すごく……綺麗ですね」
感嘆の声を上げるルシア。
「ああ。本当に綺麗だ……」
シアンも息を呑んだように言う。
しばし風の音と星の瞬きだけが二人を包む。
「……そんじゃあ、話そうか」
星を見上げたまま、シアンがゆっくりと語り始めた。




