104.まさかの繋がり
祇園が去ったあとの席には、つい先ほどまでの喧騒が嘘のように静けさが戻っていた。
空気は穏やかで、どこかほんのり温かい。
祇園という嵐のような人物がもたらす余韻かもしれない。
「なんだか……すごい人でしたね」
ルシアがぽつりと漏らす。
驚きと呆れ、そして不思議な安堵が入り混じった笑顔。
さっきまで胸の奥に沈んでいた重たい緊張感が少しずつ解けていく。
「ほんとだよ。相変わらず……むちゃくちゃな人だよ、祇園さんは」
昔を思い出すように、シアンが肩をすくめる。
その口調には、深く根付いた信頼と、どうしようもなく慕ってしまう親しみがあった。
「でもさ、お姉ちゃんを口説いてたよ! 兄貴、お姉ちゃん取られちゃうかもね〜?」
カイがニヤニヤしながら茶々を入れる。
その一言に、シアンがガタッと椅子を揺らした。
「な、なんで俺に言うんだよ!?」
あからさまに焦るシアン。
その横で、ルシアもそれを聞いて耳の先まで赤くなっている。
「と、とにかく! 祇園さんの言う通り、まずは休もう。判断力が鈍ってたら何もできないしな」
そう言ってシアンが立ち上がる。
三人は店の外へ出て、祇園が紹介してくれた宿へ向かった。
店の前でふと二階を見上げると、さっき別れたばかりの祇園が、ガラスの向こうでひらひらと手を振っていた。
彼女たちに囲まれながらも、シアンたちをからかうような明るい笑顔を向けながら。
シアンたちも手を振り返し、そしてようやく宿を目指して歩き出した。
それから、少しの時間が過ぎた。
レストランの二階の席で彼女組と談笑しながらも、祇園はその実シアン達三人の行く末が気になって仕方がなかった。
「ねぇダーリン、絶対にさっきの人たちのこと考えてるでしょー??」
「そんな事ねえよ……と、言いてえところだが。さーて……どうなることやらねぇ」
口調は軽いが、目の奥に宿す色は真剣だった。
そんなやり取りをしている時。
ふと、レストランの階段を上がる足音が響き、祇園はようやくお出ましかと肩を竦めた。
このレストランに来たのには、実は理由があった。
一歩、また一歩と重く響く足音。
その足音と共に、何か金属が擦れるような音が混ざる。
そして、その足音の主が階段の影からゆっくりと現れた。
姿を現したのは、鉄仮面に黒いマント、そして否応なく目を奪う巨躯。
祇園の彼女たちが目を丸くして言った。
「わぁ〜、おっきい人〜!」
そんな異形とも言える男を目の前にしても、祇園は微動だにしなかった。
「やあやあ旦那。こんなところに呼びつけて、随分待たせるじゃねえか」
祇園は傍らにいる女性の肩を抱きながら言葉を続ける。
「それに、なんつー格好してんのさ。もうちょいどうにかならねえのかよ」
祇園がクスリと笑ってそう男に軽口をたたく。
なんとそこに現れた男は——。
極秘にこの地に降り立ち、更にシアンと因縁もある錆翼のラルゴ・ドレイクだった。
「すまん。色々と時間をかけて策を練っていたが、どうにも手詰まりでな……。お前がこの街にいると仲間からの連絡で聞いて救われた」
ラルゴが低く重い声でそう告げると、祇園の表情がわずかに変わる。
祇園は自然と察していた。
この男が動く時は──ただ事ではない。
「そんで、困り事ってのは? てか旦那、ここに来てる軍の奴らと一緒に動いてるんじゃないのかい?」
「いや……俺は今回ここに来ている軍の奴らとは関係ない」
その言葉に祇園は眉を跳ね上げた。
「ほえぇ……マジかよ。旦那が今来てる軍に関係ねえってんなら俺、アイツらの協力断る必要なかったじゃん。申し訳ねえことしたなあ…」
「ん……何の話だ?」
「いや、こっちの話さ。それで困り事ってのは?」
ラルゴは少し言いづらそうに答える。
「採掘場は奴らに封鎖された。俺の目的は……ここに来ている少将マルティナとその計画を叩き潰すことだ。だがここにいる奴らに姿を晒すわけにはいかん」
その瞬間──祇園の中でパチンと何かが繋がった。
(……あれ?これって…アイツらと言ってることほぼ同じじゃん)
祇園はその気付きに堪えきれず吹き出した。
「ぷっ……ははっ!」
「む? なぜ笑う?」
「いやいや、ごめんごめん。実はさっき偶然会った友達がさ……旦那と似たようなこと言っててね」
ラルゴの目が少し見開かれる。
「誰か他にも……奴らの計画を止めようとしている者がいるのか?」
「んー、まあ似たようなモンだな。でだ、旦那。ようはエーテル研究施設に、軍にバレずに侵入したいんだろ?」
ラルゴは一瞬だけ沈黙し、そして目だけで肯定した。
「ならさ。明日の朝、西の居住区域へ行ってみな。そこに三人組が来るはずだ。事情を話せば、たぶん協力してくれる」
祇園が無邪気な笑顔で言うと、ラルゴは驚きつつも興味を示した。
「その者たち……力になるか?」
「凄ぇ良いヤツらだ、しかもその中の一人はべらぼうに強え。旦那もきっと気に入ると思うぜ」
ラルゴはしばし考え、そして深く頷いた。
「助かる。俺一人より心強い。……お前はどうする?」
「俺は帰るよ。軍のせいで臨時の飛行便出てるから、それ使って久しぶりにアルディスに」
「ふむ……そうか。祇園、礼を言う。助かった」
ラルゴは立ち上がり、背を向けた。
その大きな背中が階段の向こうへ消えていく。
あの日——。
蒸気の心臓を巡る運命が動き出した、あの地下の大空洞で。
『この先──蒸気の心臓に手を伸ばすならば!』
『必ず邂逅するだろう! そのときは、このラルゴ・ドレイクが相手となる!』
宣言のようにシアンへ叩きつけられた因縁。
祇園の思わぬ提案により、その運命は、静かに、しかし確実に再び交差へと向かっていた。
シアンも、ラルゴも。
明日の朝、互いが再び相まみえることなど、まだ知る由もなかった。




