102. 紫の整備屋、裏路地の眼を光らせる
102. 紫の整備屋、裏路地の眼を光らせる
祇園の突然の勧誘に、ルシアは今にもパニックになりそうなほど目を白黒させていた。
祇園はその様子すら楽しんでいるように、ニヤリと笑う。
「なっ? シアンやカイ坊なんかよりも、ずーっと楽しいぜ?」
羽織の袖を揺らしながらルシアに手を差し出す祇園。
艶めいた笑みを浮かべるその顔は、からかいと本気の半々でできている。
「あっ、あのっ! ええっとですね! 私には分不相応というか! なんていうか!」
ルシアは半泣きになりそうな勢いで手をぶんぶん振る。
「やめてよ祇園のお兄ちゃん! お姉ちゃん困ってるでしょ!」
カイが割って入り、祇園の前に立ちはだかる。
その真っ直ぐな怒りに、祇園は子供はこれだからとも言いたげに肩をすくめた。
シアンは頭を抱えつつも、祇園の軽妙さに思わず吹き出しそうになる。
緊張感が続いていた空気が一瞬にして軽くなる──祇園が場に持ち込むのは、そういう異質な風だった。
「えーっと……私は、その……なんと言いますか……」
ルシアは頬を赤らめつつ、ちらりと横目でシアンを見た。
その視線の動きに気づいた祇園はぴたりと動きを止め、次の瞬間にやりと口角を上げた。
「……ははーん。なるほどねぇ……そういうこった」
「えっ……?」
「すまんすまん、ルシアちゃん。ちょっとからかってみただけさ」
祇園があっさり引き下がり、ルシアは胸を撫で下ろす。
しかし祇園はすぐに周囲を見回し、不思議そうに眉をひそめた。
「ん? そういやスチーム・フィールドで来たって言ってんのに……俺の敬愛するグレンダさんがいねぇじゃねえか」
その一言に一同の表情が僅かに暗くなった。
「ばあちゃんは……具合悪くして、アルディスのノートン先生のところで入院してる」
シアンはほんの少し寂しさの滲んだ声で言った。
「マジかよ! ……ん? グレンダさん大好きなお前がそんな時にここに来てるってことは……」
祇園は顎に手を当て、シアンをまっすぐに見つめる。
「……シアン。お前がここに来たのは──“シアン・クロウ=フィールド”としてか? それとも……“スモーク・ウォーカー”としてか?」
その単語を聞いた瞬間、ルシアもカイも目を丸くした。
「ど、どうしてその名前を!?」
しかし、シアンはその言葉に動じずに二人に説明を始める。
「ああ……祇園さんも昔は俺やばあちゃんと同じ事をやってたんだ。だから、俺とばあちゃんの裏の顔のことも知ってるんだ」
「そういうこった。……で、どっちで来た?」
祇園が再び問いかけると、シアンはため息のように息を吐き、真剣そのものの眼で祇園を見る。
「察しのいいあんたなら分かるだろ……スモーク・ウォーカーとして、俺はここに来てる」
スモーク・ウォーカー。
自身の裏の通り名をシアンが告げた途端、祇園の表情が今までの緩い顔から一瞬で切り替わる。
「……ほぉ。じゃあ、ちょいと詳しく聞かせてくれよ」
シアンは祇園に、依頼人から受けた蒸気の心臓について、そしてその行方を辿ってここまで来たこと。
ここに来るまでの一連を説明した。
話を聞き終えた祇園は、言葉を失ったようにしばらく固まった。
「……おいおい。なんつー依頼だよ。過去一、ぶっ飛んでやがるな」
「ホントだよ。でも、やらなきゃ──」
「“たくさんの人が犠牲になる”な」
シアンの言葉に被せるように祇園が言い、シアンは思わず黙り込む。
「そんでククルカンに来てみりゃ、軍のヤツらが採掘場の研究施設に先乗り……。はいはい、大変だねぇ、お前らも」
祇園は大げさに肩をすくめた。
「祇園さん。手伝ってくれよ。俺たちだけじゃ無理なんだよ」
シアンの願いに、祇園はやれやれと頭をかく。
「バーカ。俺が裏の仕事離れて何年経ってると思う? しかも軍相手に立ち回るなんざ無理に決まってんだろ」
「馬鹿って! ひどいよ! 僕らすっごく困ってるのに!」
カイが強く言い返すと、祇園は頭を搔きながら苦笑いする。
「そんなこと言ってもなぁ。俺は戦いはからっきしダメなんだよ。誰でもこいつみたいにハチャメチャに強いわけじゃねぇ」
祇園はそう言ってシアンを指差す。
「それにな……俺には今、あの子らがいるんでな。危険なことすりゃ悲しませちまう」
振り返れば、彼女組の女性たちが心配そうにこちらを見ていた。
「……そりゃそうだよな。無理言ってごめんな、祇園さん」
シアンは肩を落とすが、祇園は口角を上げた。
「だがしかし──、話を聞いちまった以上はひとつ。……お前らに“情報”を教えてやるよ。地図見せろ」
その瞬間、空気が変わった。
軽薄で派手な整備屋としての笑みを浮かべたまま。
だがその瞳の奥には、過去に裏の世界で磨かれた人間としての鋭さが光っていた。
三人はごくりと喉を鳴らし、地図を差し出す。
祇園がこれから語る情報。
それがシアンたち三人の行く手を照らす一筋の突破口となる。




