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蒸気の心臓─機工幻想譚─  作者: らふぃお
第3章、激突ククルカン
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102. 紫の整備屋、裏路地の眼を光らせる

102. 紫の整備屋、裏路地の眼を光らせる

祇園の突然の勧誘に、ルシアは今にもパニックになりそうなほど目を白黒させていた。

祇園はその様子すら楽しんでいるように、ニヤリと笑う。


「なっ? シアンやカイ坊なんかよりも、ずーっと楽しいぜ?」


羽織の袖を揺らしながらルシアに手を差し出す祇園。

艶めいた笑みを浮かべるその顔は、からかいと本気の半々でできている。


「あっ、あのっ! ええっとですね! 私には分不相応というか! なんていうか!」


ルシアは半泣きになりそうな勢いで手をぶんぶん振る。


「やめてよ祇園のお兄ちゃん! お姉ちゃん困ってるでしょ!」


カイが割って入り、祇園の前に立ちはだかる。

その真っ直ぐな怒りに、祇園は子供はこれだからとも言いたげに肩をすくめた。


シアンは頭を抱えつつも、祇園の軽妙さに思わず吹き出しそうになる。


緊張感が続いていた空気が一瞬にして軽くなる──祇園が場に持ち込むのは、そういう異質な風だった。


「えーっと……私は、その……なんと言いますか……」


ルシアは頬を赤らめつつ、ちらりと横目でシアンを見た。


その視線の動きに気づいた祇園はぴたりと動きを止め、次の瞬間にやりと口角を上げた。


「……ははーん。なるほどねぇ……そういうこった」


「えっ……?」


「すまんすまん、ルシアちゃん。ちょっとからかってみただけさ」


祇園があっさり引き下がり、ルシアは胸を撫で下ろす。


しかし祇園はすぐに周囲を見回し、不思議そうに眉をひそめた。


「ん? そういやスチーム・フィールドで来たって言ってんのに……俺の敬愛するグレンダさんがいねぇじゃねえか」


その一言に一同の表情が僅かに暗くなった。


「ばあちゃんは……具合悪くして、アルディスのノートン先生のところで入院してる」


シアンはほんの少し寂しさの滲んだ声で言った。


「マジかよ! ……ん? グレンダさん大好きなお前がそんな時にここに来てるってことは……」


祇園は顎に手を当て、シアンをまっすぐに見つめる。


「……シアン。お前がここに来たのは──“シアン・クロウ=フィールド”としてか? それとも……“スモーク・ウォーカー”としてか?」


その単語を聞いた瞬間、ルシアもカイも目を丸くした。


「ど、どうしてその名前を!?」


しかし、シアンはその言葉に動じずに二人に説明を始める。


「ああ……祇園さんも昔は俺やばあちゃんと同じ事をやってたんだ。だから、俺とばあちゃんの裏の顔のことも知ってるんだ」


「そういうこった。……で、どっちで来た?」


祇園が再び問いかけると、シアンはため息のように息を吐き、真剣そのものの眼で祇園を見る。


「察しのいいあんたなら分かるだろ……スモーク・ウォーカーとして、俺はここに来てる」


スモーク・ウォーカー。


自身の裏の通り名をシアンが告げた途端、祇園の表情が今までの緩い顔から一瞬で切り替わる。


「……ほぉ。じゃあ、ちょいと詳しく聞かせてくれよ」


シアンは祇園に、依頼人から受けた蒸気の心臓について、そしてその行方を辿ってここまで来たこと。

ここに来るまでの一連を説明した。


話を聞き終えた祇園は、言葉を失ったようにしばらく固まった。


「……おいおい。なんつー依頼だよ。過去一、ぶっ飛んでやがるな」


「ホントだよ。でも、やらなきゃ──」


「“たくさんの人が犠牲になる”な」


シアンの言葉に被せるように祇園が言い、シアンは思わず黙り込む。


「そんでククルカンに来てみりゃ、軍のヤツらが採掘場の研究施設に先乗り……。はいはい、大変だねぇ、お前らも」


祇園は大げさに肩をすくめた。


「祇園さん。手伝ってくれよ。俺たちだけじゃ無理なんだよ」


シアンの願いに、祇園はやれやれと頭をかく。


「バーカ。俺が裏の仕事離れて何年経ってると思う? しかも軍相手に立ち回るなんざ無理に決まってんだろ」


「馬鹿って! ひどいよ! 僕らすっごく困ってるのに!」


カイが強く言い返すと、祇園は頭を搔きながら苦笑いする。


「そんなこと言ってもなぁ。俺は戦いはからっきしダメなんだよ。誰でもこいつみたいにハチャメチャに強いわけじゃねぇ」


祇園はそう言ってシアンを指差す。


「それにな……俺には今、あの子らがいるんでな。危険なことすりゃ悲しませちまう」


振り返れば、彼女組の女性たちが心配そうにこちらを見ていた。


「……そりゃそうだよな。無理言ってごめんな、祇園さん」


シアンは肩を落とすが、祇園は口角を上げた。


「だがしかし──、話を聞いちまった以上はひとつ。……お前らに“情報”を教えてやるよ。地図見せろ」


その瞬間、空気が変わった。


軽薄で派手な整備屋としての笑みを浮かべたまま。

だがその瞳の奥には、過去に裏の世界で磨かれた人間としての鋭さが光っていた。


三人はごくりと喉を鳴らし、地図を差し出す。


祇園がこれから語る情報。

 

それがシアンたち三人の行く手を照らす一筋の突破口となる。

 

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