101. 祇園、紫煙のごとく現る
レストランの奥まった席。
厨房から香る料理が店内に漂い鼻腔につく空間の中、シアン、ルシア、カイの三人はテーブルに身を寄せあっていた。
皿に残った温かかったスープはすっかり放置され冷めてしまった。
だが、彼らはそんな事は構い無しにテーブルに広げられたククルカンの地形が記された地図を見ながらどうエーテル研究施設に入ろうか作戦を立てている。
「うーん、どう考えても正面突破じゃあ厳しすぎるな……」
腕を組んだままシアンが唸る。
思考はすでに何十通りも巡らせているが、そのいずれも今ひとつ決め手に欠けていた。
「さすがに僕も、まだ蜂の巣にはなりたくないなあ……」
カイが苦笑いしながら頭をかく。
採掘場で見た軍兵のライフルを思い出し、その顔は引きつっていた。
「お前もルシアも死にかけるなんて論外だからな。それにそんなことしたら、採掘場の看守のおっちゃんたちにも被害が出るだろからなあ。合わせる顔がねぇよ」
シアンは明るく言ったが、その声に少しだけ無理をしている響きが混ざっていた。
「こんな時にばあちゃんがいたらなぁ……」
ぽつりと漏らす。
ノートン診療所のベッドで動けずにいるグレンダの姿が頭を過ぎる。
沈む空気の中、ルシアが慎重に口を開いた。
「なら……私とカイくんは街に残って、シアンさん一人で行くのはどうでしょうか? そのほうが足手まといが減って……」
「俺も、一瞬考えたよ」
シアンはそこで言葉を切り、旅立ちの前の日にグレンダが言った言葉を思い出す。
『この国も、カイも、あの子も……お前なら守れるだろう。“スモーク・ウォーカー”。』
胸がじりっと焼けるような感覚が走り、シアンはルシアに向き直った。
「俺がいない時に、もし何かあったらどうすんだ。お前らを守れねぇ。だからそれは無しだ」
はっきりと言い切るその声に、ルシアは思わず息を飲んだ。
「んんんん! どうすればいいんだよ〜!」
カイがテーブルに突っ伏し、ついに三人は黙り込んでしまう。
その時だった——。
カラン、とレストランの扉が軽快に鳴った。
酒と香水の匂いをまとった風が流れ込み、数名の女性を連れて入ってくる派手な男が店内の視線をさらう。
「あはは、それでさぁ……ん? あれぇ!? シアンじゃねぇか!」
「んあ!?」
このククルカンで、まさか自分の名を呼ばれるとは思っていなかったシアンは思わず顔をそちらへ向けた。
視線の先にいたのは紫地に金刺繍の羽織という、アークラインでは異様なほど華美な装い。
その男は女性達に手を振りながら言った。
「ちょっと待っててくれよ、友人だ」
艶めいた気配をまといながら、その男はゆらりゆらりと足を進めてシアンのもとへ歩いてくる。
「よっ! 久しぶりだなあシアン!」
「ぎ、祇園さん! どうしてここに!」
シアンはその顔を見て、思わずテーブルから立ち上がった。
祇園。
アルディスを拠点に世界を渡り歩く凄腕の整備屋。
本当の名は誰も呼ばず、ただ皆は祇園とその男を呼ぶ。
鍛冶師でも機械技師でも説明できない、独特の“祇園流”の技術は多くの者に重宝され、アークライン帝国だけでなく様々な国が彼を頼る、一目置かれる存在。
「そりゃこっちのセリフだろ。こんな辺鄙な場所で何やってんだ?」
祇園は空いていたテーブルから一脚の椅子を持ってきながら問う。
「ちょっと野暮用でね。祇園さんは整備か何か?」
「それがよぉ! 聞いてくれよ!」
祇園は待ってましたと言わんばかりに、突然身振り手振りを交えて話し始めた。
「白電鉱石の採掘場にある機械の調子が悪いってんで、組頭に頼まれて直しに来たんだ! ここの組頭は知り合いだし、そんなやつの頼みだからせっかくだから腕を振るうかと思ってよ! そんでトンカンやってたら、いきなり軍のヤツらが入ってきてよぉ! んで出ていけっていきなり追い出しやがったんだよ!」
祇園はシアンに溜まっていた鬱憤をまくし立てるように話し始めた。
「可哀想だろう!? 可哀想って俺じゃねえぞ、直ってねぇ機械がだぞ」
祇園は笑ってみせる。
「あ、あのシアンさん……この方は?」
勢いに押され気味のルシアが小声で尋ねる。
「ああ、この人は祇園さん。ラッドベイルお抱えの凄腕の整備屋さ」
「ら、ラッドベイルってことは……マフィアなの!?」
カイが驚いて声を裏返す。
「お抱えって言ったろ坊主。……お? もしかしてお前、カイ坊か? でっかくなったなあ!」
祇園は笑いながらカイの肩を叩く。
カイは苦笑しつつ記憶を探って目を細めたが、自分の記憶にこんな人は居ないぞと顎に手を当てた。
「覚えてねえのも無理ねぇよ。お前がグレンダさんに拾われてすぐ、俺は世界中を回ってたからな」
祇園は今度はルシアに視線を向ける。
「そんで、そっちの帽子のお嬢さんは?」
「ああ、この子はルシア。訳あって今はスチーム・フィールドの一員さ」
「ほおぉ……金髪に青い瞳の美人さんじゃねえか! よかったらどうだい? うちの“彼女組”に入らない?」
祇園は自分の背後を指すと、待たされている女性たちがウインクを投げかけてくる。
「ダーリン、早く来てよぉ〜!」
「ほらな? 楽しいぜ?」
祇園はにこりと笑う。
ルシアは目を白黒させ、シアンは額を押さえた。
天衣無縫で破天荒な男。
だが、この偶然の再会がシアンたちの行き詰まった状況を変える鍵になる。




