100. 閉ざされた坑道と少女の戦慄
ククルカンの街を抜け、白電鉱石の採掘場へと続く坂道を登ると、視界の先に岩壁を穿って作られた巨大な坑道の入口が現れた。
普段なら観光客が行き交うはずの場所だが、今日はピクリとも人の気配がない。
その代わり、門の付近にはアークライン帝国軍の兵士が複数名、無表情で立っていた。
風に揺れる軍旗が、この場所を完全に占領していることを物語っている。
「どうして入れてくれないの! 紹介状だってあるじゃんか!」
むくれたカイの声が坑道前に響く。
その声は静まり返った周辺をさらに浮き立たせるようだった。
「すまんな、坊主たち。通してやりたいのは山々なんだが……」
看守室から顔を出した男は困りきったように頭を掻きながら視線がチラッと横へ動く。
そこにはライフルを肩に引っかけた軍兵たちが、こちらを監視するように立っていた。
「アイツらが“しばらく誰も通すな”ってよぉ……逆らったら蜂の巣だ。俺らも家族がいるもんでな」
看守の苦い声が、兵の持つ冷たい金属と対照的だった。
シアンは溜息をひとつつき、看守に一歩近づく。
「なあおっちゃん。軍の連中が来た時、中に誰か入ったりしたか?」
「んー、その日は俺じゃなかったなぁ……おい、あの日当番だったやついるか!」
中に向かって呼びかけると、奥から別の看守が顔を出す。
「ああ、俺だ。赤髪の女の将校さんが女三人を連れて入っていったな。……美人ではあったが、ぞっとするくらい冷てぇ目をしてたよ」
その言葉にシアンの顔が引きつる。
「女ァ!? ま、マジかよ……しかも美人かぁ……」
「ねぇ兄貴……」
カイはジト目で兄を見上げる。
「ち、ちげぇよ! さすがに女相手はやりづらいって意味だ!」
シアンは慌てて否定したが、そんなやり取りとは裏腹にルシアの顔色はみるみる青ざめていく。
「ルシア……? どうした?」
「多分ですが……私、その人たちを知っています」
シアンの表情が固まる。
「ここでは……ちょっと言えません。一度、街へ戻りましょう」
ルシアは震える声でそう言った。
「すまんなー! ほんとにしばらく誰も通せんからなー!」
看守の声を背中で聞きながら、三人は採掘場を後にした。
ククルカンの街の中心。
湯気の立つスープの香りが漂うレストランで、三人は遅めの食事を前にしていた。
しかし誰一人として食べ物に手をつけない。
「それでルシア……さっきの続き、教えてくれ」
シアンの声は低く落ち着いているが、その奥には焦りが滲んでいた。
ルシアはゆっくりと頷く。
「看守の方が言っていた“赤髪の将校と女性三人”…恐らく、アークライン帝国軍少将マルティナ・グレーヴ。そしてその直属部隊“野薔薇”です」
「少将マルティナに野薔薇?」
シアンとカイが同時に息を呑む。
「…マルティナ・グレーヴ……ラジオで聞いたことあるよ。“鮮血の将”って呼ばれてる人でしょ!」
カイの言葉に、シアンは呆れたように肩を落とす。
「お前、ちゃっかり知ってるなぁ……」
「グレンダさんと仕事してる時はラジオが流れてるからね。と言うか兄貴が知らなすぎるだけだよ!」
カイはムッとした表情でシアンを睨みつけた。
「兄貴裏社会で色んな仕事してきたんでしょ! そーゆー事してるなら。情報って大切だよ! グレンダさんに怒られるよ!」
「ぐっ! ばあちゃんが居ねえからって、お前が説教すんなよ!」
そんなやり取りも、この場の重苦しさを完全に和らげることはできなかった。
「でも、どうしてその少将が“鮮血の将”なんて呼ばれてるんだろ? お姉ちゃん分かるの?」
カイが問いかけると、ルシアの表情が強張る。
「あの方は……拷問のエキスパートなんです」
拷問と言う単語を耳にした瞬間、シアンの表情が鋭く変わる。
「……拷問?」
「はい。マルティナ少将は戦後この国に潜入したバルナスのスパイを今までたくさん捕らえて、拷問して情報を聞き出し……その功績でここまで昇進したと聞いています」
カイの顔面が蒼白になる。
「拷問……って……」
「そして、少将に付き従う“野薔薇”の三人──ダイアナ、ゾーイ、セレニティ。三人とも得意とする拷問が異なり……父は、下手をすればマルティナよりも残酷だ、と言っていました」
レストランのざわめきが遠のき、三人だけが異質な静寂の中に閉じ込められる。
「そんな奴らが……研究施設にいるのか……」
シアンの声が低く震える。
「きっと……パールさんのお父様のシンジュ博士。そして研究員の皆さんは……今、危険な状況にあるはずです」
「どうしよう……! こんなの放っておいたら大変なことになるよ!」
カイは椅子から立ち上がりかける。
シアンは唇を噛んで俯いた。
「クソッ……でも正面は無理だ。門前払いされるし、強行突破したら確実に撃たれる。俺だけならまだしも、お前ら二人が一緒じゃ……」
彼の両拳がテーブルの下でぎゅっと握りしめられる。
「……どうすりゃいいんだよ」
三人に影が落ちる。その影は坑道の暗闇のように深く、重く、冷たい。
しかしその中で、最初に顔を上げたのはルシアだった。
「……私、逃げたくありません。助けたい。シンジュ博士も、研究員の皆さんも」
その声は震えていたが、芯は強かった。
シアンもゆっくりと頷く。
「──行くしかねぇよな。どんな手を使ってでも、パールさんの親父さんには絶対に会わないといけねえしな」
カイも震える拳を握りしめる。
「うん……! やろう! 絶対に助けよう!」
閉ざされた坑道の先に、何が待つかは分からない。
だが三人の心は、迷いなくひとつに固まっていた。




