白兎事件編43(その後2/戻ってきた日常)
ドタバタが戻ってきました。
(夏椎)
『兎の目』での打ち上げはとても盛り上がり、みんなで写真を撮るほど仲良くなれた。
アリアスさんはスマホをエリックさんに買ってもらうらしい。フィオネさんはすっかり看板猫で、レジスターの上でのんびりお昼寝をしていた。
『白百合の純潔』事件のことは、かいつまんでクラスメイトに話すことに決めた。
決めたのはアリアスさんだ。ここで暮らす以上、黙ったままは彼女の性格上耐えられなかったんだろう。
クラスメイトの反応は涙する者、激励する者、感動する者と多種多様に分かれていて、誰もアリアスさんを非難する人はいなかった。
「頑張ったねぇ、アリアスちゃん」
さくらさんが言った言葉に、アリアスさんはまた涙を流していた。優しいクラスメイトに囲まれて、アリアスさんは救われたと思う。
そして、文化祭の翌日。
中学生は休校扱いだけれど、俺達は学校に集まっていた。高校生達の舞台を見る⋯⋯ためではなく、お化け屋敷展示の片付けのためだ。
「舞台なくなって残念だったねぇ」
展示の絵を外しながら、翔真がぽつりと呟いた。
井戸を外していた真生さんが、とても悔しそうな顔をする。舞台ずっと見たがってたもんなぁ。
「歩さんの勇姿、見たかった⋯⋯!」
「まぁ、明日見れるじゃん」
「良かったねぇ、警察庁が屋上使っていいよって声掛けてくれて」
完膚なきまでに破壊された体育館を見て、香流さんが鴫さんに提案したらしい。
子ども達が頑張ってたのに可哀想だろ、と言っていたそうだ。石田先生がとても喜んでいた。何するつもりだったのかは俺達は知らされていないけど、石田先生の事だからきっと楽しくて派手なことだろうな。
「翔真くんのお兄ちゃん優しいねぇ」
「中学生も何かする?って石田先生が言ってたけど」
「何かしたい!何する!?劇!?ライブ!?」
賑やかしの公さんが井戸をバリッと割りながら顔を出してきた。
俺とグルーさんはため息をつく。今から何を準備して明日発表するんだ。突貫工事にも程がある。
「しないよ。俺達は見るだけ」
「大体、衣装ももうめちゃくちゃじゃないか」
「はうー、目立ちたかった⋯⋯」
やりたいだけではどうにもならないこともある。
黙って手を動かしていると、ガラリと音を立てて扉が開かれた。女性陣が頭に三角巾を付けて中へ入ってくる。
「お疲れ様、クッキー焼けたわよ」
「やったぁ!休憩じゃ休憩!」
「公くん井戸割っただけじゃん!」
女性陣の中には当然アリアスさんもいて、えおのさんと何か話しながら教室へ入ってくる。
すっかり元通りだ。『白百合の純潔』事件は香流さんを狙った犯行だということも、現世での犯罪のことも捕まった人がアッサリと認めたと昨日香流さんが教えてくれた。
昨日打ち上げから帰ったら、香流さんは男に戻っていて、(顔は同じだけど、髪の長さと胸の有無で判断した)お疲れ様のケーキを焼いてくれていた。
たくさん食べた後だったけど、香流さんのケーキは普通に食べられてしまった。泣き腫らした後だということが分かる瞳だったけど、川崎さんも柚姫さんも同じ目をしていたから俺達は何も聞けなかった。
ただ、3人ともすごく楽しそうで。そこに入ることが出来る翔真を少し羨ましく思ったのは、内緒の話だ。
「夏椎達はもう家に帰っちゃうの?」
円になってクッキーを食べていると、公さんが話しかけてきた。
どことなく悲しそうな顔をしている。俺はつい笑ってしまった。
「その事なんだけど⋯⋯」
「夏椎、翔真、晃。申し訳ないけど頼みがあるんだ⋯⋯」
昨日、家に帰ってケーキを食べていた俺達に、香流さんが少し話しづらそうに声をかけてきた。
俺は何となく見当がついていた。恐らく、後先考えずに部屋を破壊したあの馬鹿力の話だ。
「翔真の部屋のロフトベッドが壊れたから、しばらく妖怪の國で過ごして欲しい」
「知ってました」
「さすが夏椎」
香流さんはテーブルをとんとんと指で叩く。
「ついでに俺達の家も壁抜くから、しばらく柚姫は現世生活、俺と賢吾は別の場所から仕事に通う予定だ」
「香流お兄ちゃん、警察庁に帰ってこれるの!?」
「その代わり、土日はやる事があるからA地区に行くけどな。平日はまた特訓しような!」
翔真が分かりやすく不服そうな顔をしている。
晃も不服そうだ。黙ったふたりへ、香流さんはにこりと微笑んだ。
「ここのフロアを抜いたら、翔真と晃も一緒に暮らそうな!」
「ふぁ!?」
「ついでに廊下の向こうの使ってないところ、夏椎と龍司さんの部屋にすればいいかなと思って!」
「拓次が来なくなりそうだね」
「たくちゃんは必ず来るのよ」
「アイツはご飯につられて来るだろ」
双子から辛辣な突っ込みが入った。
翔真の尻尾が見えないくらい高速で揺れている。晃も顔を俯かせている。これはニヤける顔を抑えられないからだな。
「冬までには終わるから、それまでは妖怪の國から学校に通ってくれ。ジローさんにもそれで話を通してある」
「分かりました。良かったね、翔真。冬になったら一緒に暮らせるって」
「香流お兄ちゃんと、賢吾お兄ちゃんと、柚姫お姉ちゃんと、⋯⋯隣に夏椎と、龍司パパ!?」
「おい、俺は」
「ふぁぁぁ〜!?幸せすぎて湯気出るぅぅ〜!!」
耐えきれなくなった翔真が、ポメラニアンになって香流お兄ちゃんに飛びつく。
その夜は狭いけど久しぶりに香流さんとベッドで眠って、すごく穏やかな朝を迎えることが出来た。
「ということで、冬まではお世話になる予定です」
「よろしくね!」
「⋯⋯⋯」
俺と翔真と晃が頭を下げると、公さんは何故か拍手をくれた。
隣の吹雪さんと梓さんも拍手をくれる。拍手の理由がイマイチ分からないけれど、歓迎はしてくれているようだった。
「じゃあ引き続き護衛を続けるでごザンス!」
「それにしても、夏椎のお父さんがあの志賀龍司だったなんて知らなかったわ」
「文化祭に来てたのでしょう?私も会いたかったですわぁ〜」
雪絵さんとエフィネさんに言われて、思わず肩が竦む。
そうだ、俺がひた隠しにしていた『志賀龍司の息子』と言う事実を、父さんはいとも簡単にカミングアウトしたんだった。
それも、さらっとSNSで。怖くて調べることは出来ていないけど、ニュースになっていたと川崎さんが教えてくれた。
「素敵ですわねぇ、病に侵された愛する人の忘れ形見だなんて」
「⋯⋯父さん、どこまで話してるの?」
「俺も検索してみたけど、夏椎の名前は出てなかったよ。龍司さん、詳細は何も話してないみたい」
「まぁ、話したところでここには来られないからな」
真生さんとグルーさんはクッキーをつまみながら、俺に微笑みかけてくれた。
「父親が芸能人で苦労もあるだろうが、何か困ったことがあれば頼ってくれ」
「そうそう!俺らにとっては夏椎は大事な友達だからね!」
「ありがとう⋯⋯!」
なんていい人達なんだ⋯⋯!
胸がじーんと熱くなる。さすがは厳選されたいい人達のクラス。誰も騒がないし冷やかしてこない。そればかりか俺を慮ってくれるなんて。
「そうだ、グルーのお兄さんにも会ったよ」
「優しそうなお方でしたね」
翔真とアリアスが顔を合わせてニコニコと笑みを交わす。
文化祭が終わってから、ふたりはとても仲良くなった。一緒にアルバイトしようと約束したらしい。エリックさんはとても喜んでいたそうだ。
「あぁ、来るなと言っていたんだが⋯⋯」
「何で来て欲しくなかったの?」
「忙しい方だから、手を煩わせたくなかっただけだ」
何となく思ってたけど、グルーさんはあの黒田さんと言う人が好きなんだろうな。
少ししか話さなかったけど、陽気なお兄さんと言った風体だった。きっと、父さんとも仲良くなれそうだ。
「みんなのお母さん達も来てたの?」
尻尾を左右に振りながら、翔真が尋ねる。
「俺たち妖怪勢はおかんたちみんなで来てたよ!」
「私は親はいませんからねぇ」
「俺も来てたよ。まぁ義理の親だけど」
公さん、エフィネさん、真生さんが次々に教えてくれた。
みんな色んな家庭の事情がある。俺も母親はいないけど、正直、父さんが来てくれたことはあの状況下でも嬉しかったことは否めない。
一心さんも手を上げる。
「僕も来ていました⋯⋯」
「超静かなお母さんだったよね!」
「翔真達は、結局⋯⋯あのすげぇ美人のお姉さんが香流お兄ちゃん?ってこと?」
はっ、と翔真は尻尾を止めた。
あー、うー、と手を動かしながら目を回す翔真に代わって、晃がこくりと頷く。
いや、頷いちゃダメでしょ。
「悪いやつに狙われていたから、変装してたんだよ。中身は男の方ですよ」
「もったいなーい!あんなに美人なら男の5人や6人転がせそうなのに!」
雪絵さんが床に突っ伏した。
基準が分からないし、転がす人数やたらと多いな。
「美人と言えばさぁ、あの戦い方指南してくれた青い髪のお姉さんも超絶美人だったねぇ」
真生さんが聞き捨てならない言葉を発した。
青い髪?⋯⋯まさかとは思うけど、いやまさかな?
「名前聞いときゃ良かったぁ!」
「公くん年上好きなの?」
「年上の色気に当てられちゃった⋯⋯」
何だかすごく嫌な予感がする。
俺はもうこれ以上その話題に触れないことにした。幸い翔真と晃も気付いていないようだし、そもそもあの人が中学生相手に戦い方の指南なんてするわけないじゃないか。
「文化祭が終わったら次は何があるの?」
何かを突っ込まれる前に話を変えよう。あの人のことを聞かれたくはないし、クラスメイトに会わせたくもない。
「11月に修学旅行があるな」
俺が尋ねると、グルーさんがすぐに答えてくれた。修学旅行。聞いたことのない旅行だ。
「修学旅行って何?」
「別の世界の文化や在り方を学ぶと言う名目の、楽しい旅行だよ!」
真生くんが張り切っている。他のクラスメイト達も、ソワソワとした会話が盛り上がる。
「今年はどこ行くんだっけ?」
「まだ発表されてなかったよね」
「去年の中3は人型ばかりだったから現世に行ったらしいけど、うちには熊がいるからなぁ〜」
「なれるぞ、人型」
「えっ」
全員の声がハモった。
俺や学校にほとんど行ってなかったという翔真と晃はともかく、クラスメイトの誰も知らなかったんだ。もしかして機密事項だったりするんだろうか。
「ほら」
そうでもなかった!
人型のグルーさんは、頭に熊の耳はついているけど、思っていたより顔は厳つくはなかった。それでも悪魔らしく尖ったつり目と、獣のような瞳が特徴的で、同じ獣型でも愛らしさの特化した翔真やアリアスさんとは全然違う。
「イケメン⋯⋯!」
雪絵さんが立ち上がった。
「グルー、その姿仕舞いなさい!モテてしまうわ!」
「お、おう」
何故しまうのだろうか。勿体ない気がするけれど、雪絵さんはふぅーと深い息をついて座り直した。
「クラスメイトにイケメンがいるなんて学校生活が潤ってしまうじゃない!」
「イケメン好きなのにダメなの?」
「イケメンはちょっと手が届かない場所にいるくらいで丁度いいのよ!」
なんだかよく分からない理論を展開している。黙ったままの男性陣の中で、口火を切ったのは公さんだった。
「雪絵はうちのクラスにイケメンは必要ないと」
「イケメンとロマンスを起こすなら年上希望よ!」
「クラス内で恋愛関係のいざこざ起こしたくない気持ちは分かる〜」
高校生に恋している真生さんが笑っている。
俺も今のところ色恋沙汰に興味はないけど、その理屈は理解できた。続けばいいけど、別れる時に泥沼化した時がややこしい。島にはクラスはひとつしかないし、気まずくなるのは目に見えている。
「と言うか、雪絵さん的にはこの場の誰もイケメンではないの?」
俺は素朴に思っていた疑問を口に出した。
美醜の判断は難しいけれど、目鼻立ちが整っていて、性格が穏やかな真生さんは普通にアメリカでも人気がありそうだ。
「世間的には真生さんはイケメンの部類だよね」
「雪絵ちゃんはイケメン基準が難しいんだよ、夏椎くん」
「私的には顔がいいのは勿論、背が高くてガタイが良くてワイルドな男らしい方がイケメンよ!」
「なるほど」
雪絵さんはがっしりした人が好きなのか。それならグルーさんがイケメンだと言うのも頷ける。
「さくらは線の細い人が好きかなぁ」
「私は王子様のような方がいいですわ」
さくらさんとエフィネさんがイケメン談議に続く。
えおのさんと、アリアスさんは黙っていた。ふたりともよく分かっていなさそうな顔をしている。
「高校生になったら大人の彼氏とか欲しいよねぇ」
「ろまんっすぅ!」
雪絵さん、元気だな。俺達は見守ることしか出来ない。
クッキーがなくなったので、片付けにまた取り掛かる。今度は女性陣も手伝ってくれたので、思っていたよりも早く片付けることが出来た。
それにしても修学旅行、かぁ。
「現世だったら嫌だな⋯⋯」
翔真がポツリと呟く。
そっか、翔真は現世に行くと犬に戻ってしまうもんな。ポメラニアンの翔真を連れて行きたい気持ちはあるけれど、施設によっては入れない場所もあるし、何より心から楽しめないかもしれない。
「もし現世でも、入れない場所があるなら俺も一緒に待つよ」
「ほんと⋯⋯?」
「もちろん。俺達、友達だもんね」
「当然俺も待つから安心しろ」
「晃は何でドヤ顔?ちなみにさぁ、日程はいつなの?」
翔真が聞くと、真生さんは人差し指を立ててにこりと笑顔を向けた。
「11月の20日から24日だったかな?」
「11月の」
「20日から24日」
翔真と晃の顔が固まる。
俺は首を傾げた。ふたりの顔がどんどん青くなって、終いには床に突っ伏してしまう。
「香流お兄ちゃんと柚姫お姉ちゃんの誕生日と被ってる⋯⋯!」
「何でこういう事は被るんだ!」
「香流さんの誕生日っていつなの?」
「11月23日だよ!」
ふたりの声が重なった。
あの人なら、修学旅行行ってこいと言いそうだなぁ。なんかふたりともすごいショック受けてるけど。
「今年は家族になって初めてのお誕生日なのに!」
翔真の理由は分かる。晃は何でなんだろう。
「晃は何で凹んでるの?」
「誕生日くらいしか『おめでとう』と『いつもありがとう』が言えないからだよ」
「あぁ、なるほど⋯⋯」
こちらも理解した。反抗期真っ只中の息子らしい理由だった。
学校の行事日程を変更するのはいくらふたりでも無理だろうな。大人しく修学旅行に行くしかない。
俺は何も言わず、落ち込むふたりを見守ることしか出来なかった。
★★★★★
(柚木)
文化祭の翌日。
さっそくの土曜日。おれは女に姿を変えて、⋯⋯クローゼットの前で腕を組む。
「うぅーん⋯⋯」
広げた服は、柳瀬と柚姫に仕立てられた男か女かよく分からない服ばかり。
別に嫌ではない。服にこだわりはないからだ。でも、なんというか。⋯⋯これは目立つ。
頭を悩ませるおれの前で、スマホが鳴った。
「お兄ちゃん、電話よ」
今日は仕事が夕方からだと言う柚姫が、スマホを手渡してくれる。
賢吾はもう仕事へ行ってしまった。まゆは久しぶりに家に帰って、森谷は魔界の部下の人に引きずられて行った。
だから今日は柚姫とふたりのはずだったのだけれど。
なんだか久しぶりの東京へやって来た。
女の姿になった柳瀬と、フリフリの愛敬と、いつも通りの中川が隣に並んでいる。
ニット帽を被って、伊達メガネをかけた柚姫はおれの腕を組んでニコニコしている。おれも女なので完全に女の集団だ。厳密には中川は違うけど。
「木戸くんとヒツギくんはお留守番?」
「そりゃそうですよ。今日の大目的は、香流くんの下着を買うことですからね!」
ふふんと愛敬は鼻を鳴らした。
「蓮くんに言ったら悶えてましたよ〜」
「い、言うなよ!」
「ふっふっふ」
なんだその顔は。
仲悪かったはずなのに、帰ってきた愛敬は何故かご機嫌だ。木戸が警察庁にいたことをもっと怒るかと思ってたのに。
「柳瀬って女の姿の時下着付けてるの?」
「付けてる。重いから」
「灯護くん、おっぱいデカいですもんね」
「俺は小波のサイズが可愛いと思う」
真面目な顔で何言ってんだ柳瀬は。
おれも中川も何も言えない。なんかセクハラになりそう。いや、おれも今は女なんだけどさぁ。
「柚姫も付けてるの?」
「付けてるのよ、無意味でも」
「何も言ってない⋯⋯」
すごく遠い目をされてしまった。
そりゃ、柚姫は子どもで止まってるもんな。成長した楪羽とは身体のつくりが違う。
作りものじゃない大人の身体。正直嬉しいとは思う。これが男だったらもっと良かったのになぁとは思うけど、本当は女なんだから仕方ない。
「さ、下着売り場に向かいましょう!」
「終わったらもんじゃ焼き食べに行こうね」
「はいはい、明太チーズもちもんじゃな」
中川はブレないなぁ。
すごく居心地悪いけど、すごく嫌だけど、すごく複雑だけど、なんとか下着を付けて買うことが出来た。
なんかすごくスタイルを褒められた。楪羽も鍛えてるからかな。今はおれの身体だからもっと鍛えたらムキムキになるかもしれない。
下着を付けると胸の揺れが落ち着く。身体も動かしやすくなる。やっぱりこういうのはきちんと付けることは無意味じゃないんだな。
「香流とお揃いで嬉しいのよ」
女の姿でお兄ちゃんはさすがに変だと思ったのか、柚姫が名前を呼んでくる。
お揃いはおれも嬉しい。柚姫がそばにいる感じがする。紙袋が少し膨らんでいるのは、柚姫が下着を5着も選んでいたからだ。
「サイズ展開が豊富な店で良かったな、まな板」
「ぐぬぅぅぅ!!」
柳瀬と柚姫は相変わらず仲がいいのか悪いのかよく分からない。
中川が隣に並んでクレープを食べている。楪羽目線だと中川も大きく感じるけど、中川は細いから威圧感がない。
みんなでもんじゃ焼きのお店に入って、慣れた様子で中川がメニューからいくつか選んで店員さんに注文する。
おれは中川と柚姫に挟まれて、前に柳瀬と愛敬が座った。女同士でも恋人同士のふたりは、大和が同性でも恋人になれると教えてくれたから違和感がない。
「蓮くんに下着の色教えてあげなくていいんですか?」
「絶対、言うなよ!」
「で、いつ付き合うんです?」
「保留!!」
「あんなに一途に愛されてるのに、何が嫌なんですか?」
全員の視線がおれに注がれる。
黙っていると、もんじゃ焼きが届いた。おれは黙ってもんじゃ焼きを焼き始める。
「香流くん?」
「⋯⋯⋯」
「女の子なんだからもう香流くんが感じてた壁はないでしょう」
「⋯⋯、ぃ」
「はい?」
「蓮と恋人同士みたいなこと出来ない!」
とにかく手を動かしながら、おれは声をあげる。
知っている。楪羽と春磨は手を繋いで出掛けたり、キスをしたり、⋯⋯そういうこともしてた!
「手を繋いだりキスするまではいいけど、その先が無理!」
「なるほど」
「だって⋯!昔から知ってるのに今更そんな恥ずかしい姿見せるのなんて絶対無理だろぉぉ!」
こうしてもんじゃ焼きが出来た。
中川がすぐさま食べ始める。おれは次を焼き始める。
「柚姫だってまゆに見せるの無理だろ!」
「別に無理じゃないのよ」
「は⋯⋯!?」
「どうせゆずには色気がないもの」
「そんなことありませんよ!柚姫ちゃんはスウィートエンジェルですよ!」
柳瀬と中川は会話に参加せず、黙々ともんじゃ焼きを食べている。
おれもそっちへ行きたい。でも愛敬がそれを許してくれない。
「蓮くん、プラトニックでもいいって言ってましたよ」
「ぷらとにっく?」
「夜のイチャラブしなくていいってことですよ。手を繋いでハグしてキスならいいんでしょ?」
「い、⋯っいや、でも、」
「ぶっちゃけ蓮くんのことどう思ってるんですか?過去のトラウマ話して受け入れてくれた男ですよ。その上でプラトニックでいいって言ってくれてるの結構点数高いですよ?」
「お、おれはまだ男の姿でいたいから」
「はぁ、香流くんの方がまだ自分が女の子だって受け入れられてないんですね」
ちょっと待て。愛敬の中ではおれはもう女枠なのか?
ネックレス外したら男に戻るのに?
生まれた時から男だったのに?
「柳瀬!」
「あ?」
「柳瀬はおれが女だと思ってるのか!?」
「柚木は柚木だろ」
「柳瀬、大好き!」
格好いいけど、望んでいた答えと違う。
中川の方を向くと、もんじゃ焼きを差し出してくれた。⋯⋯美味しい。中川はにこりと天使の微笑みを浮かべる。
「俺も、柚木は柚木だと思ってるよ」
「中川⋯⋯」
「焦らなくてもいいじゃない。まぁ木戸はアホみたいにモテるけど、今更柚木以外に目を向けないでしょ」
「まぁ、それもそうですけどね」
「⋯⋯⋯」
それは、面白くない。
もんじゃ焼きをひたすら焼き続ける。時々中川と柚姫がもんじゃ焼きを食べさせてくれる。
もんじゃ焼きのお店を出たあとは、愛敬と柚姫が行きたいと言う服屋に来ていた。
フリフリのキラキラで目がチカチカする。おれは柳瀬に連れられて別の店に行くことにした。中川も後ろを付いてくる。
3人で出掛けるの、なんだかすごく久しぶりだな。
つい最近水族館に行ったけど。今は柳瀬もおれも女で、中川は性別不明。それでもいつもと変わらない。
「柚木、スカート履かねぇの?」
「履かない」
「木戸が喜ぶんじゃねぇの」
だから、何で木戸が出てくるんだよ。
言いたかったけど、言えなかった。もうおれの気持ちなんてとっくにバレバレだ。
「⋯⋯蓮のこと、好きだけど」
口に出すと、妙にしっくりきた。
柳瀬と中川が足を止める。おれは顔が熱くて、ふたりの目を見られない。
ずっと一緒にいたのに、何でこんなことになったんだ。
おれが女になったから?
もう少し前から?
⋯⋯受け入れてもらえたから?
柳瀬と中川へ向かう気持ちと、愛敬とヒツギへ向かう気持ちと、
蓮に向かう気持ちだけ、違うことくらい、おれにだってもう分かってる。
「怖くて、進みたくない」
どうしたって、蓮と他の女の子がいるのは面白くない。
アッサリ認めて、女として生きていけたらいいってきっとみんな思ってる。どうせ好きな相手は男なんだし、⋯⋯いや、男だから悪いわけじゃないんだけど。
でも、これまでのおれを否定されるみたいで、ちょっと、
⋯⋯違う。おれは嫌なんだ。
「まだ、このままがいい」
中途半端なこと言ってるって分かってる。
蓮はずっと好きでいてくれた。男でもいいって言ってくれてた。それを受け入れられないのはひどいワガママだ。
でも、まだ家族といたい。
中川と柳瀬といたい。
違うおれになりたくない。
「焦らなくてもいいじゃないって言ったでしょ」
中川がおれの手を取って、笑った。
柳瀬も隣で笑っている。いつも通りの光景。離れたくない。関係性が変わることで、おれはふたりを手放したくない。
「柚木は進むと関係が壊れると思ってるんだね」
「まぁ、関係性が変わるってなかなかの破壊活動だもんな」
「柚木は柚木だよぉ。俺達の親友!一生変わんないよ」
「女の子扱いして悪かったよ。ほら、泣くな」
好きの種類が違うって、まだ、おれには少し難しい。
中川と柳瀬のこと、大好きだよ。だからこそ足が竦む。一緒にいられなくなると思うだけで苦しくなる。
「ふふ。泣き虫柚木、愛敬と妹ちゃんが帰ってくるまでアイス食べてよっか!」
「お前店のリサーチ完璧だな」
「ふふん、美味しいものの側に中川あり!」
「格好良くねぇぞ?」
ふたりが手を繋いで歩いてくれる。
目立つけど、嫌じゃない。つい笑ってしまうおれの目元を拭って、柳瀬は女の姿で男みたいに笑う。
「こんな可愛いおれの親友、まだあのアホにはやらねぇよ」
「それには同感!」
ふたりの言葉が嬉しくてまた泣いてしまったけど、ふたりともいつも通り笑ってくれたから、おれもつられて笑った。
柚姫とは東京で分かれて、愛敬にも「まだこのままがいい」と伝えると呆れ顔で「私の相棒はしょうがないですねぇ」と抱き締めてくれた。
駅のホームについて、改札を抜けた先に蓮とヒツギが待っていた。
なんだか、ちょっと気まずい。黙って俯くおれから荷物を取って、柳瀬が蓮に突きつける。
「ほら、持てよ」
「ねぇ、お土産はぁ?」
「ねぇよんなもん」
柳瀬と並んで歩き出す蓮の背中を見て、おれはほっとする。
視線をずらすと、愛敬がにんまりとした表情でおれを見ていた。
「このままがいいって、私から蓮くんに伝えておきましたから」
「えっ」
「恋愛ムードだったから言いづらいでしょ。私達は今まで通り、仲良しグループでいましょうね」
「愛敬、いいやつ⋯!」
ひらりとフリフリを翻して、愛敬も柳瀬と蓮の間に走って行った。
ヒツギがおれの隣に並ぶ。見上げると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「今日、仕込み手伝ってくれますか?」
「!任せろ。おれも料理したかった!」
「俺はねぇー、昼もんじゃ焼きだったから夜はお好み焼きがいい」
「原材料ほぼ同じですよね」
良かった、いつも通りで。女になっても変わらないよな。おれはおれでいいんだよな。
でも、つい視線が大きな背中に向いてしまう。
傍から見れば、女の子ふたり侍らせてるナンパ男だな。その女の子ふたりは恋人同士だけど。
何が楽しいのか3人で笑っている。何の話してんのかな。知りたいけど、今はあそこに行きたくない。
「甘酸っぱいねぇ、ヒツギくんや」
「青春ですねぇ、中川さんや」
「な、なんだよ!」
ふたりとも顔を見合せてにまにましている。人の上で変な顔しやがって。くそー。
おれだっていつかは成長するんだからな。
熱い顔を仰ぎながら、もう黙ってヒツギの店へ足を動かすことだけに集中することを決めた。




