白兎事件編38(合わせて灰色)
今日は大和の家に泊まると春磨に連絡を入れた。
春磨はしばらく経ってから、『楽しんできてね』と返信をくれた。春磨はとても優しい人だ。あいつだったらごねて面倒だったに違いない。
大和の家は、古着屋から少し歩いたアパートだ。カンカンと音を立てて階段を登って、3階へたどり着く。
「散らかってるけど気にしないで」
大和がドアを開けると、散らかっているとかそういうレベルじゃないほど服やゴミが散乱していた。
私はふぅとため息をついて、大和より先に家へ入っていく。
「なんでまだ1ヶ月しか経ってないのにいつもこうなるの!」
「あはは」
笑いごとじゃない!ほんとに大和は生活能力がなさすぎる!
テキパキとゴミを集めて、洗い物をして、服は大和に渡してとにかく床が見えるように部屋を整えていく。
全部片付け終えた頃にはお腹がペコペコで、大和が出前を取ってくれた。だって家になにもないんだもん。見た目は俺なのに、本当に中身は柚姫だ。
「あー、香流だったら動物に頼めたのに」
掃除をしただけなのにとても疲れた。でもその甲斐あって床はピカピカだ。
「動物と話せるって話?」
「それだけじゃなくて、言うこと聞いてくれるんだよ」
「それはすごい能力だね」
大和と話をした中で、いくつか気付いた点がある。
楪羽と大和は今は何の能力も持っていないこと。
楪羽と大和は身体が大人に成熟していること。
大人の身体になり切れていない香流と柚姫は、もしかしたら12歳という決まった年齢で止まっているのではないんじゃないかと大和が指摘してくれた。
声変わりも迎えていない、むせー?もしたことない、生理もきてない、それだったら香流が『永霊会』を消したことは成長に関わる事象ではなかったんじゃない、と。
「香流の受けた痛みは、僕には解決出来ないね」
話し終えたあと、ピザの箱を開けながら大和はごくあっさりとそう告げた。
「香流の周りにはいないかもしれないけど、被害を受けた男の子も珍しくはないんだよ。僕だって痴漢されたことあるし」
「そ、そうなの」
「奴らは脳みそと下半身が連結してるんだよ。猿に理性を求めても無駄。猿の方がいっそ賢いかもしれないね」
はっ、とピザを食べながら大和は毒づいた。俺のしない表情を見せてくれて俺はちょっと楽しい。
「だから、猿以下どころか畜生以下の奴らの言うことなんか真に受けなくていいんだよ。僕はそう思うね」
「なんか、俺の顔で言われると不思議な感じがする」
「自分に言われると説得力あるんじゃない?」
大和はビールの缶を開けた。俺はぎょっとする。
「お酒はハタチからだよ。僕も楪羽もハタチだけど」
「⋯⋯すごい、大人な感じがする」
「あは。香流はまだ子どもだもんね」
「もう24歳だよ」
「なら香流も飲んでみる?」
大和から差し出されたビール缶に口をつけると、痺れるくらい舌が苦かった。
すぐに大和に突き返す。楪羽には合わない。ピザで口直しをしていると、大和はくすくすと笑っていた。
「今までその話をしたことのある人がいなかった訳じゃないんでしょ?その中に、香流のこと責めた人はいた?」
「⋯⋯いないけど」
「でしょ。どう考えたって何もしてない子どもに暴力を振るおうと思考する奴らの頭がイカれてるんだよ。香流は偉いね、奴らを殺したことで他に被害にあったかもしれない誰かを救ったヒーローだ」
「⋯⋯でも、やったことはいけないことだ」
俺は俺の能力を知らなかったとはいえ、魂ごと存在を否定してしまった。
俯く俺に何も言わずに、大和は喉を鳴らしながらビールを飲んだ。
「香流はヒーローだよ」
「なんで⋯⋯」
「人知れず家族を守り通したヒーローなんだよ。香流のお陰で君の家族は被害を受けなかった。香流のお陰で家族の誰も犯罪者にならなかった。香流がした事は正当防衛、っていうんだよ。この言葉は流石に知ってるだろ?」
「な、なんで犯罪者?」
「僕だったら楪羽がそんな目に合ってたらソイツらを殺しに行くから」
大和の目が全く笑っていない。俺はちょっとぞっとした。
「君が君を否定しようと、君はもっとちゃんと正当に評価されるべきだ。もう自分のことを自分で傷付けなくてもいいんだよ」
「⋯⋯でも、」
「だって、『今』香流の事を傷付けてるのは香流だけじゃないか」
そう言われて、言葉に詰まってしまう。
思考が、纏まらない。何をどう思って、何をどう理解すれば良いのか俺には分からない。
「それでもピンとこないなら、そうだなぁー⋯⋯。あ、同じ顔の僕が同じ目にあってたらリハはどう思う?」
大和はニコニコしながら、俺の手をとって自分の頬に触れさせた。
⋯⋯大和が?
ぶわ、と一気に涙が溢れてきた。楪羽の中身が暴走している。
「ほら、そうなるじゃない。きっと香流の周りもみんなリハと同じ気持ちだよ」
「と、止まらない」
「香流は何も悪くないんだよ。香流は自分がダメなんだって思わされてるだけで、そうじゃないんだよ」
大和はぽんぽんと楪羽の頭を撫でた。
大きな手が、とても優しい。宥めるように、慰めるように、幼い子を諭すように、大和は俺に向かって優しく微笑む。
「何より、君の分身である楪羽がそう言ってるじゃない」
大和は笑いながら、またビールを飲んだ。
もう、昼間から飲んで、と楪羽が怒っている。自分の中に自分じゃない誰かがいるようで、すごく不思議な感覚だ。
「大丈夫、香流も自分のことちゃんと好きになれるよ。だって香流と楪羽ってすごく似てるもんね」
「似てるかな⋯⋯」
「せっかくだから、少し対話をしてみたら?まぁリハ相手じゃ生産性のある話が出来るか甚だ疑問だけど」
「大和?」
じとりと大和を睨みつけると、大和は誤魔化すようにピザに逃げた。
しん、と部屋が静かになる。壁時計が針を刻む音だけが耳に残り、ぼんやりしていると胸の中で誰かが引っ張るような感覚がした。
「香流」
名前を呼ばれて、はっとする。
顔を上げると、柚姫によく似た、けれどもどこか違う髪の長い女の子が立っていた。
昨日も鏡の前で見た。水色の瞳を細めて、楪羽は俺の手を取ってニコニコしている。
「思ったより小さい!」
「そ、それは子どもで止まってるから⋯⋯」
楪羽だってそんなに大きい方ではない。大和もそんなに背は高くなかった。比較する対象が賢吾だからかもしれないけど。
それにしても俺の世界はでかいヤツが多すぎる。東京はそうでもなかったな⋯⋯と楪羽越しに見た景色を思い出していると、楪羽がいきなり俺の手を引いて歩き出した。
「楪羽?」
「懐かしいものを見せてあげようと思って」
瞬きをした瞬間、視界に広がったのは懐かしい森の中だった。
低地の山に生えた木々は栄養を蓄えて良く伸びている。沢の音、あの川は賢吾とよく水浴びした川だ。川の魚が洗濯をしてくれた。
川の続く先に、ばあちゃん達が住んでいた村がある。
俺は足が竦んだ。
最後に見たのは焼けた村の痕だ。あの光景を思い出して動悸がする。
何もかも残らなかった。遺骨も残せなかった。
思い出を残す事が怖くなったのはそれからだ。早鐘のように打ち付ける心臓の音がうるさくて、俯く俺の手を楪羽は強く握った。
「香流のせいじゃないよ」
楪羽は、あいつと同じことを言う。
見ていないからそんな事言えるんだ。赤く立ち上る火柱も、周りの木々が焼ける匂いも、燻った煙の黒も、悲鳴すら上げずに逃げ惑う動物達の泣き声も、何もかも。
俺が奪ったんだよ。
俺が殺したんだよ。
どうしてばあちゃんがまだ生きてる世界にいる楪羽が、俺のことを悪くないなんて言えるんだ。
「ほら見て、香流」
ぐいぐいと押されて、俺はぎゅっと目を瞑った。
でも、楪羽は離してくれない。仕方なく、片目だけ、そっと開けてみる。
そこには。
「⋯⋯ばあちゃん?」
優しい笑顔で佇む、小さなばあちゃんの姿があった。
生きている、ばあちゃんの姿だ。いつも笑顔で傍にいてくれた、優しいばあちゃん。
―――あのお祭りの日。
ずっと後悔してた。言わなきゃ良かったって心の底から悔やんでいた。
ばあちゃんに話したせいで、ばあちゃんの居場所を奪ってしまった。
村の人たちもあんなに優しかったのに。
「さっきの話だけど。⋯⋯もし大和が香流と同じ酷いことされて、村がなくなってみんな死んでも私は大和のこと恨んだりしないよ」
ばあちゃんが、じいちゃんが、村の人たちが長閑な村に立っている。
「ただ悔やむよ。なんで助けてあげられなかったんだろうって。そんで一緒に泣くよ。⋯⋯香流もそうだったでしょ?」
まゆと登った木がさわさわと揺れている。
賢吾と野菜を作った畑も。
柚姫とキラキラを集めた砂場も。
同じ景色。同じ光景。記憶の中の真っ黒な村が鮮やかな光に書き換えられていく。
「動物達が怪我すると、一生懸命治療してあげたじゃない。死んでしまった子うさぎを埋めてあげて、みんなで泣いたじゃない」
楪羽はおしゃべりだ。
違う、これは俺だ。俺もよく喋った。話せることが楽しくて、人と関わることが嬉しくて、受け入れられて、優しくしてもらえたことが何よりも嬉しかったから。
『永霊会』では受け入れられなかった俺のことを、ただ受け入れて大切にしてくれた村の人たち。
大事にしたかった。ずっとここにいたかった。
「ほらあそこ!おばあちゃんの畑だよ。お野菜つやつやだよねぇ」
「あの井戸水ねぇ、組み上げには結構コツがいるよね!」
「6軒ともおじいちゃん達が作ったんだよね!だから形がみんな一緒!」
ぐるりと村を回って、楪羽はピタリと足を止めた。
俺の両手を取って、何も言えないでいる俺の顔を覗き込んでにこりと笑いかける。
「私の思い出の景色を分けてあげる!」
なんて能天気な励まし方なんだ。
でも、たぶん俺も同じことをする。落ち込んだ楪羽が来たら同じことをすると確信できる。
「私と香流は同じなんだよ。香流のしんどさ私が半分もらうから、私の幸せと半分混ぜて灰色にしちゃおうよ!」
「⋯⋯いいの、灰色で」
「だって香流だって私が落ち込んでたらそうするでしょ」
楪羽の笑顔は、柚姫の笑顔とはやっぱり違う。
俺、こんな顔で笑うかな。やっぱり俺かなり女の子の見た目なんだな。今後は大和の方を参考に⋯⋯
いや。
「それにさぁ」
楪羽が口を開いたから、俺も合わせて口を開いた。
「灰色の方がなんか格好いい」
ふっ、と同時に吹き出した。
「だからいつまでも小学生男子って言われるんだよー!」
「ロボットみたいで格好いいよな!」
「だよねぇ!あ、でも私実はこの森にひとつ不満があったんだよね」
「俺も分かる!」
「だってゴリラがいない!」
自分と同じ人間が、こんな風にお腹を抱えて笑っている。
幸せそうだ。すごく嬉しい。俺にもこんな穏やかな生き方があったんだなって思うと幸せな気持ちになる。
痛みも、苦しみも、悲しみも、恐怖も、もう必要ないから蓋をしてしまおうとずっと昔に決めた。
それと同じに、嬉しさも、幸せも、楽しさも、感じた後にふと薄ら寒く思うことがあった。それを思う俺が許されないような、そんな感覚が胸の底でへばりついていた。
でも、楪羽はすごく幸せそうに笑ってくれる。
俺と同じ顔で、俺と同じ気持ちで、それはとても正しく描かれた綺麗な丸模様のようだ。
「いいな、楪羽は⋯まっすぐで」
「何言ってるの。私がまっすぐなら香流だってまっすぐだよ」
楪羽は手を広げて空へ向かって伸ばした。
キラキラと輝くお日さまの光が差し込む。村に降り注ぐその光を、俺も私も昔から大好きだった。
「香流は歪なんかじゃないよ」
足元の地面が泥濘から命を宿した草花へ変わっていく。
足首を掴む手が霞んでいく。自分で自分を認めること。自分が自分を大事にすること。
俺がまず乗り越えなければならない壁はそこなんだ。
「香流さぁ、自分を責めそうになったら私のこと思い出してよ」
「楪羽を?」
「自己否定は私の否定に繋がるって覚えていてよ。私はこれからもっと幸せになって、レストランの新メニューも託されて、春磨と結婚して子どもも産んで、そんな幸せな私に不幸を渡したくはないでしょ!」
「う、うん」
「そんでおばあちゃんになって、人間として一生を終えて⋯⋯。⋯⋯そしたら香流の中に還ってくるよ」
楪羽はまたにこりと微笑んだ。
「ずっと一緒だよ。⋯⋯ずっと心にいるよ。私の分身」
俺の胸元に手を当てて、楪羽はそっと目を閉じる。
森の中の景色がぼやけていく。差し込む白い光が瞼に入ってくる。
「私、香流のこと大好きだよ」
「⋯⋯俺も楪羽のこと大好きだよ」
「へへ、言ったね!香流、ちゃんと自分のこと大好きになれるよ!」
楪羽はとんと俺の胸元を手で押した。
「だって私と香流は同じなんだから!」
耳に溶けていく聞き慣れた声を最後に、視界が白に染まった。
それと同時に、身体を叩き起す。ここはどこだ。ソファーの上?顔を上げると、賢吾が心配そうな顔でおれを覗き込んでいた。
「香流」
「ここは!」
「警察庁の30階だけど」
視界を忙しなく動かしていると、柚姫とルフが見えた。
その近くにヒツギがいる。まゆがいない。けど森谷もいない。
「学校は!?」
「今魔界と繋がっていると木戸が言っていましたよ」
木戸。生きてたか、良かった。
魔界とはまだ繋がったままなのか。どれくらいの時間が経った?向こうで丸一日近くいたけどそんなに過ぎてないのか?
「お兄ちゃん、お胸が大きいのよ」
柚姫がわなわなと震えながらおれの胸を指さしてくる。
そう言えば髪が長い。胸を触ると確かについていた。下着を付けるときに触った感触と似ている。
「あれ、まだ楪羽と繋がってんのか?」
「ゆずりは?」
「まぁどっちでもいいや。ヒツギ、学校に戻るぞ!」
「はい」
「ちょっと、その身体で大丈夫なの?」
立ち上がったら慌てて賢吾が止めてきた。やっぱり楪羽目線は大人の姿のおれより低い。ちらりと柚姫を見ると、何か言いたそうにしながらも諦めていて、その表情がすごく大和に見えた。
「帰ってきたら面白いこと教えてやるよ!」
「面白いことって⋯⋯」
「おれはそれなりに楽しかったよ!ルフ、一緒に行こうぜ!」
ルフが柚姫の肩から翼を広げて飛んでくる。
窓を開けて、街下を見下ろす。ゲートが張られたA地区。たくさんの人達が暮らすC地区。東京とは違うけど、ここにも色んな人がいる。
色んな人の中におれもいる。
ルフが姿を巨大化させる。隣に並んだヒツギが、先にルフの上に乗った。おれも飛び乗るようにそれに続く。
「もし戻らなかったらどうするんです?」
「おれが女になったら木戸の彼女になるらしいぞ」
笑いながら言うと、ヒツギが眉間に皺を寄せた。なんか柳瀬も同じ顔しそうだな。
「いいんですかそれで」
「大丈夫だよ、戻るから」
胸元から白い宝石のついたネックレスを取り出して、金具を外す。
⋯⋯外したかったけど、無理だった。ヒツギに外してもらう。
瞬間、胸が軽くなった。それと同時に子どもになったから、すぐに大人に変えようとして⋯⋯やめた。服装が女の子なんだよな。なんか気持ち的に嫌だ。
「やっぱりまだ付けといて⋯」
「なんですか、これは」
「解呪の魔石だって。おれは本当は女に生まれるはずで、呪いで男になっているらしい」
ヒツギにネックレスを付け直してもらうと、また女の姿になった。
これは便利だ。これなら大手を振ってA地区をウロウロできる。あ、でもフィオネに返した方がいいのかな⋯。
悩んでいると、B地区が近付いてきた。B地区の中に入ったはずなのに、中学・高校学舎がない。
「学校がない」
「今は柳瀬さんの結界に包まれています。そのお陰で魔物は外に出ていませんよ」
「そうか。じゃあ破ろう」
「は」
ヒツギが何か言う前に、おれは上に向かって声をかけた。
「ジローさん!玄武!緊急事態だから手伝って!」
声をかけたと同時に、何故かクネクネしている大天狗と直立不動の玄武が現れた。
あ、授業中だったか⋯。躊躇うおれの手を取って、玄武は目を輝かせる。うん、平気そうだな。
「玄武。今から魔物が外に出てくるかもしれないから、それの対処を頼む!他の神獣も呼んで、人間の避難を優先させてくれ!」
「了解した」
「ジローさんは学校の⋯⋯なぁ、なんでクネクネしてんの?」
「はぁん⋯⋯」
顔が赤い。風邪かな?ヒツギも何も言わない。困っていると、玄武が大天狗の脳天をゲンコツで小突いた。
「主の命だ。真面目にやれ」
「な、名前呼びが嬉しすぎてトゥンクしておったわ」
「あぁ、名前⋯⋯」
そうか。木戸が呼んでたからつい名前で呼んでしまった。
でも、今はもう記号で呼ぼうとは思わない。ふたりとも、おれの能力があるから仕方なく付き従ってくれているだけではないんだとちゃんと分かるから。
みんな、ちゃんとおれを好きでいてくれてる。
神様だから仕方なく側にいるんじゃないんだ。
おれがおれのことを嫌いだっただけで、みんな大事に思ってくれている。⋯⋯そうだよな、楪羽。
「ジローさん、慣れて。ちなみに今は女だけど後で戻るから心配すんな!」
「女?」
「髪の長い主殿も愛らしい」
「気付いてなかったのかよ!」
言って損した!後ろでヒツギが笑っている。悪かったな男か女か分かんねぇ見た目で!
「もう、いいから行くぞ!」
「主、後で⋯⋯」
「なでなでもハグもなんでも好きなことするから考えといて!」
言って、ええいこの際だから勢いで言ってしまおうと声を上げる。
「いつもありがとう!」
どうせ神様だから付き従ってるだけだろうと跳ね除けて、ろくに感謝も出来なかった。
けど嬉しかったよ。玄武は小さい頃ずっと一緒にいてくれたヘラジカにちょっと似ている。恥ずかしいからそこまでは言わないけど。
「怪我すんなよ⋯⋯」
もう話を終わらせようと視線を外すと、玄武に上から羽交い締めにされた。とても固い。そして地味に痛い。
玄武も女なのに何故勝てない。もう諦めてされるがままになっていると、満足したのか玄武がようやく離れてくれた。
「行ってくる」
ものすごいスピードで、玄武が地上へ降りていった。
すごい、やる気満々だ。もう姿が見えない。アイツ亀なのに。
「柚木さん、結界は上からぶち抜きますか」
「あぁ、下の人達を怪我させないくらいの威力で!」
「難しいことを言う」
ヒツギは言いながら、左手の手首をパカリと外した。
中には銀色のコードと断面が見える。ジローさんが邪魔なので袖を引くと、ルフの上に崩れ落ちた。なんか呼んだ意味なかったかもしれない。
いやでも、妖怪の長なんだよなぁジローさんは⋯⋯
「いきますよ」
空気の振動する音がして、ヒツギの手首から濃い桃色の閃光が弾け飛ぶ。
バン、と固い板同士がぶつかる音がして、空気が真横に裂けた。そこから溢れ出てくる黒い空気にぞっとする。
「ジローさん!」
「承知した」
ジローさんが扇を扇ぐと、青いキラキラとした粉が舞い落ちる。
「瘴気はお任せあれ」
青い粉は黒と混じると霧散して消えていく。大天狗の大技のひとつで、瘴気を人の害のないものへ変化させてくれる。
ジローさんらしい優しい技だ。ジローさんは時々変だけど、ちょっとじいちゃんに似てる。って言ったら面倒くさそうだからこれも言わないけど。
パキ、パキと音を立てながら結界が修復していく。良かった、術が作動してるってことは柳瀬は無事なんだな。
「ジローさん、ここは任せていい!?」
「任せられた。主殿、お気をつけて」
「ありがとう!ルフ、頼む!」
もう返事は待たずに、結界が塞がる前に黒い澱みの中へ突撃する。
下が見えないくらい黒い。夏椎達を異世界へ逃がしておいて正解だった。そう言えばアイツらも大丈夫かな!?
まんまと術をかけられて眠っていたおれはなんて情けないんだ!そう言えばなんでおれは警察庁で寝てたんだっけ?
最後に一緒にいたのは、木戸じゃ―――
えぇい、今はそれどころじゃない!
眠っていた時間を取り返さなければ!子ども達だけで頑張ってくれてるのに、示しがつかないだろ!
ルフと共に降りた先は、とても静かな空間だった。




