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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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89/94

白兎事件編35(文化祭・5/死雲の森)

三者三様の様子です。

(夏椎・サリュアーナ)


 踏みしめた地面は、少し湿っていた。

 湿地帯と言うほどでもないけれど、空気に水が含まれている。白い上履きが泥はねのせいで茶色い斑点が付けられて、まだら模様になってしまった。

 せっかく作ってくれた俺の白いローブも汚れてしまっている。クラスメイトには申し訳ないけど、後で謝るしかない。


「ここは?」

「恐らく、『死雲(しうん)の森』かと⋯⋯」


 アリアスさんは顔を伏せながら、微かに震えている。

 なるほど、物騒な名称だ。なら、周りで唸るような声がするのもその名称が指す現象かもしれない。

 背丈の高い草が多く、見通しが悪い。誘き出された獲物を待ち伏せするのにはうってつけだ。

 反対に高い木は見当たらないから、見張りには向かない場所だ。つまり、待ち構えているなら鳥などの上から来る敵ではなく、草に潜んで飛びかかってくる実地の獣。


「夏椎、どうする?」

「アリアスさんを守る」

「りょーかい!」


 翔真がぬかるみを踏みしめて、音のする方へ駆けて行った。

 小さな子どもくらいの背丈まで伸びた草むらから、黒い物体が飛び出してくる。翔真は直角に曲がって、後ろ足で黒い物体を蹴り上げた。その隙間から、別の黒い物体が飛び出してくる。


「晃はアリアスさんをよろしくね」

「サポートはする」


 話しながらローブを上げて、学ランのズボンに巻き付けた腰ベルトからクナイと呼ばれる武具を取り出す。


 


「夏椎、異世界に飛ぶならなるべく血は流さないように気をつけたほうがいいぞ」


 特訓中、香流さんがそんなことを言っていた。


「夏椎の血を固められるのが地球だけの現象かどうかもまだ分かんねぇからな。暴発の要因になったら困るし、別で使える夏椎専用の武器を持っていた方がいい」

「武器⋯⋯。まぁ大体は取り扱えると思いますけど」

「制服に隠せる武器がいいよな。ナイフでもいいけど、鞘を外す時間がなぁー。あ、そうだ愛敬の武器コレクションにいいのがあった気がする」


 

 

 こうして、A地区長室から香流さんが持ってきたのがクナイだった。

 クナイの持ち手に麻紐を付けて、扱える範囲を拡大している。扱う要領は縄と同じだ。

 向かってくる黒い物体の首元に突き立て、遠心力を利用して黒い物体を振り回す。別の個体にも衝突。背後の敵は晃が尖った影で貫いてくれる。

 起点の敵は翔真が減らしてくれている。近距離、中距離のバランスを考えるとこの形がいいねと3人で相談し合った。


 あぁ、仲間がいるって素晴らしい⋯⋯!


 憧れていた映画の世界に入ったようだ。楽しい!浮かれた気持ちのままよく分からない生き物を蹂躙していく。


 そして、なんの音もしなくなった。


「終わっちゃった⋯⋯」


 ちょっと早過ぎないかな⋯⋯。もう少し楽しみたかったな⋯⋯。

 

「⋯⋯みなさん、お強いのですね⋯」


 アリアスさんの声が上擦っている。手の内を見せすぎたかも知れないけど、顔が引きつっているので良しとしよう。


「香流お兄ちゃんに特訓の成果見せたかったなぁー!」


 翔真がぴょんぴょん跳ねるせいで、泥が辺りに飛び散っている。もう今更衣装も何もないけど、あまりに翔真が喜ぶから俺も晃もつい表情が緩んだ。

 辺りは薄暗く、草むら以外に建物も見当たらない。木どころか水の音もせず、生き物の気配もしない。

 俺は少し考えて、委ねることにした。


「アリアスさん、『白百合の純潔』の拠点はどこですか?」


 土地勘もない場所で闇雲に歩くのは悪手だ。アリアスさんはきょろきょろと辺りを見回すと、困ったように眉尻を下げた。


「この近くだと思うのですが、『死雲の森』に入るのは初めてなのでここからどう行けばいいのか⋯⋯」

「ねぇ、この世界に小波ちゃんいるんだよね?匂い辿れないかな?」


 翔真の提案には、俺は首を縦に振ることは出来なかった。

 あの愛らしいもふもふが泥まみれになるのは耐えられない。毛質の良いポメラニアンの毛並みが泥で固められるなどあってはいけないことだ。


「もふもふが汚れちゃうのは容認しかねる」

「おれは別に構わないけど⋯⋯」

「夏椎が翔真を抱いたらいいんじゃないか?」


 晃が素晴らしい提案をしてくれた。

 翔真はぴょんと飛び上がって俺に手を伸ばした。煙に包まれた身体が小さなポメラニアンに変わって、顔中にもっふりと幸せな感触が満ちていく。


 柔らかい。毛質が良い。あぁなんて最高のポメラニアン!


「良かったな、夏椎」

「ありがとう、翔真。ありがとう、晃」

「翔真さんはわんちゃんにもなれるのですね」


 アリアスさんが口元に手を当てて驚いている。そう言えばアリアスさんは耳は生えていても兎にはなれないのか。

 獣人とは一口に言っても、出生星(しゅっしょうぼし)が違えば性質も変わるのかな。真生(まお)くんは狼のような、ゴールデンレトリバーのような犬に変わっていたけれど。


「アリアスちゃんは兎になれないの?」

「サリュアーナでは、獣人と動物は個体が違うのです。全くの別種族なんですよ」

「そうなんだぁ。俺は純ポメなんだけどね!」


 新しい単語が生まれた。純ポメの翔真。純ポメの翔真は、俺の腕の中ですっぽりと収まって小さな鼻をひくひくと動かしている。


「夏椎、さっきの武器貸して」

「あぁ、クナイ?どうしたの?」

「小波ちゃんの匂いがする」


 ポメラニアンの翔真の前にクナイを差し出すと、翔真は鼻先をクナイに近付ける。

 怪我しそうで心配だ。ハラハラしながら見守っていると、翔真はふんふんと鼻を鳴らして小さな手をぴっと左側へ指し示した。


「こっち!」

「本当か?」

「間違いない!」


 自信満々の翔真は、ふふんと目を細めた。

 翔真の示す先へ足を進めていく。ぬかるんだ地面に足を取られて、白い上履きが泥の上を滑るようだ。

 黒い魔物は、遠くで声は聴こえるものの、先程大暴れした成果なのか飛び出しては来なかった。アリアスさんを俺と晃で挟むようにして、一列になって進む。


 俺はあの能天気お巡りさんとは違って、アリアスさんのことは信頼してはいない。

 後ろから刺されることも想定に入れつつ、先頭を歩く。翔真は右、真っ直ぐ、左、とところどころで指示を出しながら肉球のついた小さな手をピッと上げた。


「静かですね」

「『死雲の森』に入る人は少ないですから⋯⋯」


 後ろから話していたアリアスさんの綺麗な声が、ひっ、と小さく息を飲んだ。

 死の臭いがする。

 血よりも深く、肉を腐らせたような臭い。翔真が鼻を押さえて腕の中で身悶えている。俺が手を離すと、翔真は人型にすぐ姿を戻した。


「ナリアドスお姉様⋯⋯」


 アリアスさんが、限界まで瞳を開いて口元を両手で覆う。

 黒い動物が、こちらを向いた。先程とは形状が違う。ハイエナのような、目が縦に割れた生き物がこちらへ飛び掛ってくる。

 晃が何も言わず、ハイエナのような生き物の額を影の槍で貫いた。

 霧散する黒い霧を抜けて、アリアスさんがボロボロのドレスを着た女の人の元へ駆け寄る。


「ひ、酷い怪我です⋯⋯」


 アリアスさんが両手を(かざ)す。白いドレスを着たその人は薄ら目を開けて、アリアスさんをきっと睨みつけた。


「あり、あす。どれがべりあるさまのいけにえ」

「あ、⋯⋯っ」


 途端に顔を青ざめさせるアリアスさんの腕を、ナリアドスお姉様と呼ばれた女性が掴んだ。

 飛び掛ろうとする翔真を、俺は手で制する。恐らく、あの人は目が見えていない。焦点がアリアスさんに向いていないからだ。


「は、はははやく、つれていけ。あ、ああのおんなのののろいをとかなければ」

「な、ナリアドスお姉様⋯⋯」

「お望みの(やから)は連れて来ましたよ」


 さらりと俺が告げると、アリアスさんは悲壮な表情で俺を見上げた。

 ナリアドスさんは、安堵したようにふっと息をつく。そのまま崩れ落ちていく身体に触れようとするアリアスさんの腕を、俺は少し強めに掴んだ。


「どんな病原体や毒があるか分かりません。迂闊(うかつ)に触らないように」

「⋯⋯っ!」

「アリアスさん。アリアスさんの目的は香流さんを『白百合の純潔』へ引き渡すことですね」


 この亡骸の白が全てを物語っている。

 ここで香流さんを引き渡す手筈だったんだろう。この人が魔物に襲われた経緯は知らないけれど、そうでなければアリアスさんがここへ来た時にあんなに取り乱すはずがない。


「俺達を置き去りも出来ず、魔物に討たすことも出来ず。子どもひとりに責任を負わせるなんて酷く稚拙(ちせつ)な作戦を立てる組織だ」

「まぁ、普通の中学3年生だったら死んでたかも知れないけどねぇ」

「晃が指輪を回収したから向こうから誰も飛んでくる事も出来ない。⋯⋯残念でしたね」


 香流さんの行動は俺も正直予想外ではあった。

 柳瀬さんの想定でも、香流さんが俺達に全てを託すとは思っていなかったはずだ。なんだかんだでやり始めたことは最後までやりきりたいタイプだと思っていたし、あの人は何よりも優しいから。アリアスさんを見放さないんだろうなと思っていた。

 

 でも、香流さんは「アリアスのことは夏椎に任せる」と言った。


 それは俺がどんな決断をしても俺を信じて託すということだと、俺がちゃんと理解出来ていなかっただけだ。


 俺が思っている以上に、香流さんはきちんと俺を認めて信頼してくれている。


 ただ、引いた理由が全く面白くはなかったけれど。

 

 ともかく、香流さん不在の現状かつ、指輪を回収出来る晃と、匂いを辿れる翔真がいたことはアリアスさんの想定外だったに違いない。

 加えて、俺は修羅場には慣れている。さすがに魔物と戦ったのは初めてだけど、野犬の群れに落とされたことはあるので獣の動きはある程度予測できた。

 島にいたのが何人なのか、ここに残っているのが何人なのか、そもそも組織の全容すらアリアスさんからは何も聞かされてはいない。

 でも、まだ15歳の女の子にこんな役割を担わせる程度の組織だ。香流さんがここにいない以上、既に手詰まりなのは間違いない。


「⋯⋯⋯」


 アリアスさんは、静かに項垂れている。

 大粒の涙を零して、身動きが取れずにいる普通の女の子。その普通の女の子が背負うものが何かは俺には分からない。

 仮に香流さんがここにいたとしたら、ナリアドスさんを助けようとしただろうか。俺には取れない選択肢を取って、万事解決へ導き出すだろうか。


「⋯⋯まだ、です」


 アリアスさんが涙を流しながら顔を上げた。

 紅く、強い眼差しが俺を射抜く。まだ諦めていない。まだ諦められない。そんな悪足掻きのような視線を俺は真っ向から受け止める。


「まだ私達の勝ち目はあります」


 この子は、一体何と戦っているのか。

 

「まだ、手はあります。救世主様が言っていました。香流さんがいなくなれば、この星の流行病は消え去るはずなんです」


 大好きなひとを流行病の主犯にされ、処刑されてしまった姿を間近で見てしまった。


「流行病さえなくなれば、エリーゼお姉様は帰ってくる。また、一緒に魔法の特訓をするのです」


 自分を犠牲にして、ひとを犠牲にする選択を買って、何も出来ない自分を奮い立たせている。


「今度は!私が、エリーゼお姉様を助けるのです⋯⋯!」


 泣きながら叫ぶアリアスさんは、可哀想なくらい無力な女の子で。

 ずっと一人ぼっちだった彼女を救ったエリーゼお姉様と言う人物が、どれだけアリアスさんの心の拠り所だったのかが痛いほど伝わってくるようだった。


「アリアスさん⋯⋯」

「ふむ、なるほど。やはりあの施設の基盤は流行病の収束が目的でしたか」

「わぁー!?」


 いきなり現れた愛敬さんを振り返って、翔真が大きな声を上げた。

 俺もびっくりした。まるで気配がなかった。愛敬さんは、まるで最初からそこに立っていたようにあっけらかんと俺達の後ろに立っている。


「あれ、香流くんは?」

「か、香流さんは島で『白百合の純潔』と戦っています」

「じゃあここに来たのは君たちだけですか。怪我もせず良く(しの)ぎましたね!」


 少女の顔をして、愛敬さんがにこりと微笑む。

 ロリータ服に身を包んだ愛敬さんは、泥はねも気にせず軽やかにアリアスさんの前に躍り出た。そして、はい、とアリアスさんに黒い石ころを差し出す。


「呪いの元、集めておきましたよ」

「へ⋯?」

「流行病なんて体のいい呼び名が付けられていますが、これは呪いですよ。効率よく死体を集めるための大規模な呪いですね」


 愛敬さんはナリアドスさんの亡骸に目もくれずに、その横を通り抜けた。


「せっかくここまで迎えに来てくれたので、話しながら向かいましょうか。勇敢な子ども達と、被検体にされた哀れなモルモットちゃん」


 そう言って振り返りながら微笑む愛敬さんは、紛うことなき勇者の佇まいだった。




(柳瀬・中学校舎屋上)


 黒い霧が空を覆い尽くす。

 瘴気の海。まるで死の雲だな。これが校舎を覆う頃には、この場所にマトモな人間は残っていないだろう。

 念のため結界を貼っておいて正解だった。島中パニックになりかねない。これまで俺達が築き上げてきた平和な島ってやつを、そう簡単には明け渡せねぇもんなぁ。

 眼下で、逃げ惑う人々が蜘蛛の子を散らしたように走っている。誘導する者もされる者もこの状況に怯えて、まるで阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 魔界と繋がるゲートを用意しているとは面白いことをする。まぁ、中川がいれば人間どもは大丈夫だろ。石田は中川と一緒にいるはずだしな。⋯⋯別に石田の心配してる訳じゃねぇけど。


「さて、アタシも出向くかしらぁ」


 背筋が粟立(あわだ)つ感覚。あのクソババアが近くにいる。

 何が『白百合の純潔』だ。純潔から程遠い熟れて爛れた女のくせに。

 情緒も品性もない。男を咥えこんで言いなりにする女郎蜘蛛。これだからあの女の(さが)はおぞましいほど嫌いだ。

 あの女の姿を思い出すだけで虫酸が走る。今度こそ仕留めて俺が成り代わる。俺が柵に背を向けると、ふ、と背筋に温かい感触がした。


「みーつけた」


 大きな手が俺の顎を包んで、もう片方の手が腰元を撫でてくる。

 声は真上から降ってきた。思い切り足を振り上げて急所を狙うが、外される。


「ほんとお転婆なんだから」

「何でてめぇがここにいる」


 声を発したのはほぼ同時だった。

 睨み付けながら、対峙する。あぁ、ムカつくほど体躯の良い体付き。優しい顔立ちに似合わない筋肉ダルマのことを、俺は昔から反吐が出る程大嫌いだった。


「愛しい息子に会いに来るのに理由がいるのかい?」


 クソ程似合うスーツ姿で、志賀龍司は気障ったらしく肩を竦めた。


「なら愛しの息子の元へ行けよ。こんな所で油売ってる暇があんのか?」

「なんだよー、昔馴染みに会いに来ただけじゃない」

「俺は望んでねぇ」


 とん、とん、と屋上の床から軽快な音が鳴る。

 靴を鳴らして志賀龍司が進んでくる。志賀龍司は俺の前まで来ると、顎に指を添えて俺の顔を持ち上げた。


「元婚約者に随分冷たいこと」

「一体何年前の話を出してくるんだ」


 志賀龍司の手を払って、ため息をつく。

 俺は随分な顔をしてるだろう。志賀龍司は楽しそうだが、俺は何ひとつ楽しくない。


「大事なものが出来るのは難儀だねぇ」

「⋯⋯あ?」

「そんなに必死になって遠ざけて。柳瀬くんだって被害者みたいなものなのにね」

「何だそりゃ。嫌味かよ」


 志賀龍司の与太話に付き合っている暇はない。

 瘴気が濃くなっている。柚木が帰ってくる前に事態を収束させなければ。

 万が一人間に被害が出れば柚木が気に病んでしまう。逃げ遅れた人間がいるなら中川の元へ送り届ける必要がある。


「あんなにフリフリのお洋服着てたのに」

「あんなもん苦痛で仕方なかったよ。いいか、志賀龍司。ひとつ警告しててやる」


 クソ忙しい時に世間話に付き合ってやる義理はないが、優しい俺は志賀龍司を教員よろしく指さしてやる。


「子がいつまでも親の思い通りになると思ったら大間違いだ。望む姿に成長しないのが当たり前だと思え」

「あらぁ、重い言葉だこと。で、俺の息子はどこにいるの?」

「今頃異世界の土踏んでるよ。良かったな、てめぇの息子は優しい大人に庇護されてて」


 嫌味返しをするが、志賀龍司は何が嬉しいのかニコニコしている。

 どこかで咆哮が聴こえた。あぁ、ヤバいのも来たか。ここの子供(ガキ)どもがどこまで戦えるか知らねぇけど、放任と言う訳にもいかねぇだろ。


 今度こそ背中を向けて屋上を後にする。中学校舎が使用されているのは2階までだったな。薄暗い階段を降りて行くと、後ろから着いてくる足音がする。


 うっぜぇ。


 勝てねぇのが腹が立つ。さっさと木戸と合流して押し付けるか、と考えながら歩いていると階下を小さな魔物が通り過ぎて行った。


「これで3匹目!」


 そしてそれを追う男子生徒がいる。頭頂部に獣の耳、どうやらどこかの世界の獣人のようだ。


「うひゃ、綺麗なお姉さん!」

「あ、ちょっとやだ!志賀龍司がいる!」


 後から白髪の男子生徒と白い着物の女生徒も走ってきた。

 俺は咄嗟に志賀龍司の後ろに隠れて、ほくそ笑む。いい生贄が来た。志賀龍司を知っているとはありがたい。


「こんにちは、子ども達。何の捕物(とりもの)をしているのかな?」


 悠長に志賀龍司が尋ねる。そうこうしている間にもわらわらと他の子ども達が寄ってくる。

 狭い廊下にひしめき合って、正面から突破するのは不可能だな。となれば、真横から抜けるしかない。


「学校にモンスターが出たっしょ!」

「人間は高校校舎に避難してって避難誘導が出てましたよ」


 なるほど、ならここにいる子ども達は全員人間ではねぇんだな。

 何の種族かまでは俺には分かんねぇけど、髪の色がバラバラだ。まぁ俺も人のこと言えねぇ髪色してるけどな。

 志賀龍司を盾にしながら、死角を縫って階段の壁を飛び越える。下に続く階段へ着地した瞬間、志賀龍司が能天気に手を振った。


「おっとぉ、怪しいヤツを取り逃してしまったぁ」


 ⋯⋯は?


「もしかして犯人!?」

「あのお姉さんが!?」

「いやぁ、すまないね子ども達。捉えるのを協力してくれるかい?」


 志賀龍司の言葉を背に乗せながら、ダッシュで階段を駆け降りる。

 ふざけんな。誰が犯人だ!でも俺には否定する要素がねぇ!


「ええぃ、悪人め!待てー!」

「あの人捕まえたらランク上がるかしら!?」


 背中から子ども達が追ってくる音がする。中学校舎を出ると、眼前に頭が3つの巨大なハイエナのような獣の姿。

 そして、どこぞの親子が襲われているのが見える。


 クソ野郎が!!


「覚えてろよ、あの昼行灯(ひるあんどん)!!」


 やっぱり俺は志賀龍司なんて大っ嫌いだ!!




(中川・高校学舎)


 石田くんと鴫くんを筆頭に、教室内に人間の避難者が続々と入ってくる。

 このままだと教室内がパンクしそうだ。でも高校校舎まで結界を広げると魔に属する生き物を傷付けてしまう。

 傷付けるだけならまだしも、滅しちゃうかも。それに、現段階でどの程度の出力にしたらいいのぉ?

 柚木が作ってくれたおにぎりを舞台に腰掛けて食べながら、俺はうーんと頭を働かせる。

 あ、今度はおかかだ。柚木のおかか美味しいんだよねぇ。しっかりしみしみなのに濃すぎずほのかに甘みも感じられてお口が幸せ。


「ねぇ、何が起きてるんですか!」

「まだ子どもが中学校舎に!」

「今回のことを予測は出来なかったんですか!」


 あーあー、矢継ぎ早に。

 鴫くんも大変だね。まだ高校生なんだから分かるはずないじゃんねぇ。

 あ、おにぎりがなくなった。と思ったら、マッチョな男子生徒が新しいおにぎりをラップから剥いて渡してくれた。

 わぁ、次は梅だ。柚木はいつも種抜いてくれてるんだよね。出汁の味が効いてておいしー。


「現段階では予測に過ぎませんが、恐らく文化祭時の集客を狙ったテロだと仮定します。避難先が高校学舎であると今から放送に向かいますので、引き続きこちらでお待ち下さい」


 わぁ、さすが黛くんの弟だねぇ。


 え?さすがに頭の回転早くない?てか石田くんはクラスメイト集めて何話してんだろ。


「よし、じゃあ羽の生えたみんなは上から捜索、地に足着いたみんなは下から捜索で!魔属性立ち入り禁止の札も立てておかないと!」

「たくちゃんは留守番よ」

「俺先生なのにぃー!」

「まぁまぁ!後は石田クラスにお任せを!」


 何か話が纏まったのか、石田クラスの生徒さん達が部屋から飛び出して行った。

 石田くんがひょこひょこ舞台に上がってくる。そして俺に向かってパチンとウインクをした。


「えー、ここにお集まりの非力な人間の皆様。うちの学校はテロなどに屈するような学校じゃあございません!」


 ざわ、と集まった一般のお客さん達が石田くんの方を見る。

 その間に鴫くんとオレンジ頭の女の子が教室を出て行った。鴫くん、普通の人間だけど大丈夫かな。でもあんまり結界範囲拡げるのもな⋯。


「ここに、地球の神様お抱えの唯ひとりの天使がいます!」

「ふぇ」

「美しい銀髪、宝石を宿したアメジストの瞳!この天使様は我々を救いにやって来てくれた強力な救世主なのですが、とにかく燃費が悪い!」

「だってずっと結界張り続けてるもん」


 あ、またおにぎり終わっちゃった。

 それと同時にまたおにぎりが出てくる。なんかわんこおにぎりスタイルみたい。あ、今度はウインナーマヨだぁ!


「このおにぎりがなくなってしまうと我々の生命が危うい。だから、今から天使様御奉仕の会を開催します!」


 教室のドアが開いて、ガラガラと炊飯器が運び込まれる。

 それと同時に具材も運び込まれてくる。イチゴとかあるんだけど、それは普通に食べたいなぁ⋯⋯。


「おにぎりでもパフェでもなんでも天使様に献上して、この事態を乗り切るぞー!」


 ザワザワ、がやがて「おー!!」に変わった。


 さすが賑やかしのプロ。黛くん曰く陽の者石田。ギンギラギンに照りつける太陽のような光には人は抗えない。


 ワイワイと避難してきた人達がおにぎりを作り始める。新しくやってきた人達は生徒達が隣のクラスへ誘導していく。石田くんはこそりと俺に耳打ちした。


「中川、結界をこのフロア全体に広げて」

「えっ、大丈夫なの?」

「もう魔属性の生徒には退出してもらったよ。少しずつ拡大していって、最終的には高校学舎全体に広げよう。その方が小さな子どもが走り回った時に親御さんが安心するでしょ」

「ふむふむ」


 さすがは先生。なんやかんやでちゃんと考えている。


「魔属性の生徒さん達は大丈夫なの?」

「戦いに自信のない生徒は高校校舎の近くにいるよう伝達してもらってる。戦える聖属性の子もさっき出て行ったよ。鴫くんのことだから多分⋯⋯」


 石田くんが指を立てると、キン、とマイクのハウリングの音が聴こえた。


「全校生徒に通達」


 あ、この声はオレンジの女の子の声だ。無事放送室へ辿り着けたんだね、良かった。


「人間は高校学舎ライブ喫茶まで避難するのだ!戦闘能力に自信のあるものは湧き出る魔物を打ち倒せ。我らが生徒会長のために!」

「橋元。放送で困惑させるの止めて下さい」


 わぁ、なんてアバンギャルド。


 くすくすと笑い声が聴こえる。非常事態なのに、なんだかいつもの日常の一コマみたいな光景だ。


「学校内で起きたことは対処できるよう俺も鴫くんも色々対策してるんだよ。学校のことまで警察に任せてらんないでしょ」

「石田くん⋯⋯」

「中川がいてくれて助かったよ!中川いなかったらもっと色々大変だったもんね!最強の天使様、頼りにしてるよ〜」


 多分、俺がいなくても石田くんは何とかしてたんだろうな。


 石田くんも鴫くんも、島での生活に慣れている。石田くんなんて襲われても返り討ちにしてたこともあったもんね。案外肝が据わってるのはさすが人外だらけの先生って感じだ。


「石田くん」

「うん?」

「俺も、石田くんを頼りにしてるよ」


 おにぎりをひとつ渡して、ウインクを送る。

 石田くんは大事な友達。石田くんはおにぎりをぱくりと食べて、太陽みたいに笑ってみせた。


「おぅ、任せろ!」


 ガラリとまた扉が開いた。

 中学生らしい子ども達が入ってくる。中にはえおのもいて、俺は軽く手を振って合図した。


「中川さん、やっぱりいたんですね」


 駆け寄ってきたえおのは、石田くんを見上げてぺこりと頭を下げた。石田くんもひらひらと手を振って返す。


「何が起きてるんですか?」

「俺も良く分かんないんだけど、瘴気がひどいからとりあえず結界張ってるよ」

「⋯⋯あの、アリアスさんは?」


 不安そうなえおのに微笑みかけて、俺はおにぎりをえおのに手渡す。

 そうだよねぇ、お友達になっちゃったんだよね。

 このままあの子が帰ってこないことも俺は織り込み済みだけど。えおのには何も話していないから純粋に心配だよね。


 でも、何も言わないよ。


「えおの、後輩達を連れて来て偉かったね。今から結界をフロア全体へ拡げるから、魔属性の人達がいたら避難するよう伝えてあげて。それと、逃げ遅れた人達を探してきてあげて」

「⋯⋯あ、あの」

「君の役割はひとりに肩入れすることじゃないよ。今は救える大勢の人に目を向けて」


 飛べる人たちが避難誘導に役立つことは自分で実証済だ。

 今この場にいない人の心配より、目の前の助けられる人を助けなければ。そして俺はここから動けない。機動力のあるえおのには動いてもらわなければ困る。


「⋯⋯分かりました」


 えおのは頭を下げて、教室を出て行った。

 石田くんが心配そうに覗いてくるけど、俺は笑顔で応える。


「天使は瘴気に強い。外に出ても大丈夫だよ」

「ならいいんだけど⋯⋯」

「なるべく早く高校学舎全域に結界を伸ばそう。石田くんは何かみんなの士気をあげる事でも提案してあげて」

「分かった!」

 

 俺と石田くんがいれば、この場は大丈夫だ。俺の神様は安心して人助けをしてきてくれればいい。

 魔物のことは柳瀬と木戸がいれば何とかなるでしょ。『白百合の純潔』の人は石田クラスのマッチョが監視しているから逃げ出さないだろうし。⋯⋯まぁ怯えてちょっと可哀想だけど。

 とにかく、俺は戦えない人達を守ることに集中しよう。

 柚木特製の美味しいおにぎりは、今度はミートボールが入っていた。

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