幕間(あるお休みの日・3)
(翔真)
鴫お兄ちゃんと待ち合わせをして、ニールへ向かう。
今日はお休みの日だから人が多い。夏椎とはぐれないように手を繋いで1階を歩く。
綺麗に磨かれた白い床を歩いていると、ふわりと甘い匂いが漂ってきた。
「あー、お腹すいたぁ」
「そういえばもうすぐお昼だね」
甘い匂いはアイス屋さんの匂いだ。
アイス屋さんから奥の方はフードコートで、色んなお店屋さんが並んでいる。基本的には香流お兄ちゃんのご飯しか食べないけど、夏椎が来てからはたまにクラスメイトと食べに行くこともある。
「中学生とか高校生がよくいるよね」
「見つかると面倒なので避けましょう」
鴫お兄ちゃんがしれっと毒を吐いた。
「見つかると面倒なんだ」
「休みの日は生徒会長業もお休みなので」
アイス屋さんを通り過ぎて、また服屋さんが現れる。
その隣は雑貨屋さん。その隣はお菓子屋さん。向かいには謎の真っ黒いお店。
ゲームが売っている電気屋さんは2階の端っこにある。
「夏椎、アメリカにもこんなお店あるの?」
「あるみたいだけど、行ったことない。俺も引きこもりだったから」
「兄さんと同じですね」
鴫お兄ちゃんがくすくす笑った。鴫お兄ちゃんは弟なのに引きこもりじゃないのは何でだろう。
鴫お兄ちゃんもひばりんと一緒でお巡りさんになるのかな。おれより先に大人になる鴫お兄ちゃんが、急にすごくお兄さんに見えてくる。
「鴫お兄ちゃんも警察官になるの?」
「俺は警察官にはなりませんよ。大学も現世に通います」
「通えるんですか?」
「父と母は向こうにいますし、戸籍が残ってますから。夏椎くんも同じでは?」
ちらりと夏椎を見ると、夏椎はきょとんとしていた。
あんまり分かってなさそう。その辺の仕組みはおれにはイマイチよく分からない。
「この島に来る人達は現世で死亡扱いされている人が多いですからね。そういう人達は現世に戻れないですけど、俺は行き来出来るようにと森谷さんが計らってくれてるんです」
「鴫さんは日本の大学に行くんですか?」
「そうですね。島から一番近い陸地が日本なので。兄さんとも連携が取れやすいし、その方が何かと便利でしょう」
エスカレーターに足を乗せて、2階へ上がっていく。
「島にも大学があるんですよね?」
「島の大学と言うより、各教室が現世の大学に繋がっているそうです。結局は受験に受からなければ行けないんですけど、卒業後も島で働くならそこでも十分かと。ちなみに、兄さんは中学生の時にアメリカの大学で学士号を取ってますよ」
「聞けば聞くほど黛さんは意味が分かりませんね」
学士ってなんだろ。夏椎と鴫お兄ちゃんの会話が難しくてついていけない。
おれは現世に出たら犬に戻っちゃうし、香流お兄ちゃんも大学行ってないから別に行かなくてもいいかなぁ。高校出たらすぐ一緒に働きたいもん。
「翔真くんは警察官になるって兄さんから聞きましたよ」
「うん?ひばりん知ってたんだ」
「香流兄さんが嬉しそうに教えてくれたって言ってましたよ」
急に顔が熱くなる。
そっか。あんなあっさり「そっかぁー」って言ってたのに。ほんとは嬉しかったんだ。
「夏椎くんは俳優さんですか?」
「いや、無理です。俺は人前に立つの苦手なんで」
「それは残念。生徒会に誘おうと思ってたのに」
「生徒会って、いっちゃんが入ってるんだよね?」
「いっちゃんって、稲寺くん?」
夏椎が驚いた顔をする。あ、そうか夏椎知らなかったんだ。
エスカレーターから降りて、反対側へUターンしてまた歩く。ニールはとても広い。知らない人達がすれ違っていく。
「稲寺くんも真面目ないい子ですよね。副会長に振り回されてますけど⋯⋯」
「俺は学校は平和に通いたいです」
「夏椎くん達の学年はとても穏やかだと聞いていますよ」
「確かに、みんな仲良しだよね」
人を食べる種族もいないし、妖怪が多いけどみんな目的を持って学校に通ってるから人を貶めるようなひとはいない。
「これは内緒の話ですけど」
鴫お兄ちゃんが人差し指を口元に当てて微笑んだ。
格好良くて様になっている。ひばりんと似てるのに全然違う。これはひばりんが絶対しないポーズ!
「今の中学3年生達は、各界から厳選された子どもたちだそうですよ」
「へぇ、そうなの?」
「はい。愛されてますからね」
鴫お兄ちゃんが言う言葉の意味を、おれはよく分からない。
ぽかんとしていると、夏椎が「あぁ⋯⋯」と苦笑いしながら頷いた。おれと晃は視線を合わせて首を傾げる。
「翔真と晃がいるからですね」
「どゆこと?」
「ふたりが香流さんの身内だから、ある程度ふるいにかけられた同級生ってことだよ。クラスメイト、みんないい人達だもんね」
「天界の香流兄さん贔屓は有名ですからね。何としてでも天界へ迎えたいそうですよ。それに追随して各界が名乗りをあげたクラスなんですよ。―――愛されてますね、翔真くんも晃くんも」
「し、知らなかった⋯⋯」
急速に顔が熱くなる。
そっか。知ってたけど、知らなかった。おれも晃も香流お兄ちゃんの周りの人達にすごく大切にされていた事実。
学校に行かなかった日も、クラスメイトは何も言わなかった。頑張ってねって応援してくれた。ただ優しい人達だなと思ってたけど、そのただ優しい人達をおれ達の友達にと固めてくれてたんだ。
「なんか照れるぅ」
「ふふ。だから、安心して学校生活を楽しんで下さいね。俺も来年はいますから」
「鴫お兄ちゃん、来年も生徒会長するの?」
「いや、俺は今年度で引退しますよ。受験もありますし、今1年生の後輩に譲る予定です」
「受験⋯⋯大学?」
「そうです」
歩いていると、賑やかな音楽が流れてきた。
前の方に電気屋さんが見える。目的地にたどり着いた。夏椎がそわっと目を大きく見開く。
「無事到着!」
「帰るまでがお出かけですからね。気を抜かないように」
「はーい!」
鴫お兄ちゃん、まるで先生みたい。
夏椎はゲームソフトを買えて、ほくほく顔で袋を抱きしめていた。
お昼時になったので、帰り道に近くの食堂でお昼ご飯を食べた。牛肉の卵とじ定食はすごく美味しかったけど、香流お兄ちゃんのご飯が少し恋しくなってしまったのは内緒。
腹ごしらえにまた少しだけ話をして、今度みんなでカラオケ行こって計画が決まった。夏椎が嬉しそうにソワソワしてるのがおれも嬉しくなる。
「晃歌えんの?」
「柚木がたまに歌ってる歌は網羅している」
「何だかんだでブラコンだよねぇ、晃も」
ひとの事言えないけどさ。そして夏椎もはっとした顔をしている。
「俺も父さんの映画の主題歌くらいしか覚えてないかも」
「帰ったら音楽番組でも見るぅ?前に柚姫お姉ちゃんが出てたの、中川さんが録画してたよ」
「あぁ、うちの兄さんもリアタイで見ていましたよ。見せられない映像状態になっていましたけど」
「ひばりんの柚姫お姉ちゃんへの奇行はみんな知ってるから大丈夫だよ」
呆れた顔で言うと、鴫お兄ちゃんは掠れた声で肩を震わせて笑っていた。
その横で、夏椎が不安そうな顔で俯いている。晃も心配そうだ。
「夏椎?」
「俺、時代についていけるかな⋯⋯」
「大丈夫、すぐ追いつくよ!なんたっておれたち中学生だから!時代の最先端だよ!」
話しながら歩いていると、いつの間にか警察庁まで戻ってきていた。
鴫お兄ちゃん、話が上手で楽しかったな。じっと見上げていると、鴫お兄ちゃんがズボンのポケットからスマホを取り出した。
「兄さんは頼りにならないので、また何かあったら俺に直接連絡下さいね」
「えっ、いいの!?」
「俺を襲う輩もそういないので、安心してください」
そう言えば、確かに全然襲われなかった。
鴫お兄ちゃんは人間なのに、何でだろう。見上げていると、ふふ、と鴫お兄ちゃんはまた笑った。
「ねぇ、用事なくても遊んでくれる?」
「いいですよ」
「おれ、鴫お兄ちゃん大好き」
連絡先を交換しながら、ぽつりと勝手に口から零れる。
言ってから、はっと気付いた。また顔が熱くなっていくけど、気付かないふりしておれも笑顔をつくる。
「じゃあ、また学校で会おうね!」
「あっ、翔真!」
笑顔を貼り付けたまま、警察庁の裏手に回り込んだ。
心臓がばくばくする。夏椎じゃない大人以外に始めて大好きって言っちゃった。なんで言っちゃったんだろ、恥ずかしい。
「もう、翔真。挨拶はちゃんとしないと」
「怒っている夏椎も可愛い」
「晃は黙ってて!後でLINEしとくもん!」
晃にいーっとして、警察庁の居住区へ入る。向かう先は家主が不在の部屋で、閉まりかけのエレベーターに飛び乗るとばったりと石田先生と賢吾お兄ちゃんと会った。
「石田先生!賢吾お兄ちゃん!」
「おかえり。お出掛け帰り?」
「鴫お兄ちゃんに付いてきてもらって買い物行ってきた!ふたりともデート?」
「いや、中川くんと推し活帰り。余剰な戦利品がここにあるよ」
石田先生は苦笑いしながら紙袋を掲げた。
エレベーターのドアが閉まる。おれ達だけになったので、うずうずする気持ちのまま賢吾お兄ちゃんに飛び付いた。
「賢吾お兄ちゃん!おれ初めてクッキー作ったんだよ!」
「そうなんだ、すごいね。みんなで作ったの?」
「そう!朝から香流お兄ちゃん出掛けちゃったから。夏椎が教えてくれたんだよ」
「夏椎は何でも出来るね」
「一人暮らし期間があったので⋯⋯」
おれも一人暮らししてたけど、クッキーは作ったことない。
袋のラーメンとか、野菜炒めとかは作れるけど。前に香流お兄ちゃんに作ってあげたらすごく褒めてくれたなぁ。
「クッキー、たくさん焼いたのでみんなで食べましょう」
「いいの?でさぁ、気になってんだけど夏椎の持ってる袋何?」
「昔のRPGのリメイク版です」
「今日発売だっけ!俺も見せて!」
石田先生は子どもみたいに目をキラキラさせている。
賢吾お兄ちゃんと石田先生も連れて、香流お兄ちゃんの家に戻る。もう自分の家にはあんまり帰ってない。たまに学校の準備取りに行くくらい?
このまま一緒に住めたらいいなぁ。
なんて思いながら、すっかり冷めて固まったクッキーを綺麗にラッピングした。
(中川)
もっと食べれたのに、メニュー全部倍盛りで全制覇したらお店から追い出されてしまった。
残ったドリンクはテイクアウトに替えてくれたので、その足で『夏休み島』へ向かう。ヒツギは夜の仕込みがあるから帰って、石田くんと川崎くんはふたりで子ども達の様子を見に帰って行った。
空から『夏休み島』へ来るのが変な気持ち。子どもの時は飛べなかった天使の俺も、今では立派な天使になりました。
さて、柚木達はどの辺にいるのかなぁ〜。
『夏休み島』はそんなに広くない。大人の足で外周を歩いて2時間くらいの敷地で、浜辺と小高い山くらいしかない。
山にはたくさん木が生えていて、まるで森のように見える。
入浜に柳瀬の船があった。けど近くにはいないね。ぐるっと回ってみたけど、外周を見た限りは姿はない。
じゃあ小屋の方かな。
羽をしまって、森の中へ向かう。木のさざめきの中を抜けて、拓けた場所へ出ると小さな小屋が見えた。
でも、誰もいない。そっとドアを開けると、あぐらをかいて何かを作っている木戸と、傍らでじっと眺めているパッセルがいた。
「木戸さんほんと器用ですねぇ」
「でしょ。でも木彫りの雀作ってってリクエストされたのは初めてだわ。⋯⋯あ、おかえり中川さん」
「ただいまぁ。何してんの?」
「木彫りの雀とペンギン作ってる?」
聞かれても。珍しく全部髪を纏めて職人のような木戸から目を離すと、近くで並んで眠っている子どもの柚木と柳瀬がいた。
柚木の腕にはペンギンが抱かれている。あ、この子が柳瀬の言ってた流れ着いたペンギンかな。仕事終わりに直行するなんて、どうしても早く柚木に見せたかったんだねぇ。
ご丁寧に布団まで敷いてよく眠っている。寝顔が綺麗で女神のよう。ふたりとも寝てると絵になるなぁ。
「それはそうと、なんで寝てんの?」
「散々海で遊んでたから疲れたんじゃない。柳瀬は寝不足でも溜まってんでしょ」
「木戸は寝ないの?」
「もう大人だから眠くないですー。ねぇ、中川さん何持ってんの?」
手は動かしながら尋ねてくる木戸の側に寄って、持ち帰ってきた戦利品を並べていく。
全色制覇はもちろん、コースターも全部揃った。後でひぃちゃんとセラに渡すつもりだけど、壮観すぎるので並べて写真を撮っておく。
「あ、お土産もあるよ。抹茶オレとラムネクリームとカフェモカとレモンジンジャーとアセロラソーダどれがいい?」
「わぁ、カラフル」
「あっしはアセロラソーダがいいです!」
「木戸は?」
「先輩方でどうぞ。俺は残ったのでいいですよー」
と言うと思ったので、黙ってカフェモカを隣に添えておいた。
「どうせしばらく起きないよ。形状保存の魔法かけてるから好きなの選びなよ」
「選んだの中川さんですけど」
「蓮は細かい作業してる時は甘いのでしょ」
さらっと言うと、何とも言えない顔をされた。別にいいじゃん、ここには俺達しかいないんだし。
ここはA地区じゃない。島の中でもない。
「何でもいいですけどぉー⋯⋯」
ごにょごにょ言いながら、木戸はカフェモカを飲んだ。見た目に反して甘党なのは昔から変わらない。
「そうだ。中川さん、カップル特典受けられたんですか?」
パッセルはアセロラソーダをちみちみ飲んでいる。こっちはこっちで炭酸好きなのに苦手なんだよねぇ。
「見てよ、この俺の完璧な女装」
「乳に何入ってるんでやんす?」
「ラップに包んだアンパン」
「保存食じゃないですか」
俺は胸元からアンパンを出してラップを外した。美味しい。モグモグしていると、木戸が呆れた目を向けてくる。
「中川さんが彼女かぁ⋯⋯」
「誰、中川さんって」
「⋯⋯宙」
「なんでそんな屈辱的な顔すんの。昔はあんなに懐いてたくせに」
突っ込むと今度は黙った。パッセルは唇を突き出しながらアセロラソーダをちまちま飲み進める。
「女装するんなら髪型も変えれば良かったですのに。中川さんのロングヘア超見たいでやんす」
確かにワンピースは着てるけど、髪型は変えていない。
柳瀬にウィッグ借りることも出来たけど、あえてそれはしなかった。だって髪型を変えなくたって俺は可愛いし、男だとバレない自信がある。
「だって長いの邪魔なんだもん。蓮はよく伸ばせていられるよねぇ、中高時代は短かったのに」
「俺が好きで伸ばしてんじゃねぇです。愛敬が切るなってうるさいからです」
「どうせ長くてもモテるのにねぇ」
「モテますよねぇ」
「何故俺が責められる流れに⋯⋯?俺だって嫌だよ。片目なかった方が誰も寄ってこないし愛敬も優しかったもん」
拗ねる木戸を眺めながら、パッセルが「そういうとこですよねぇ⋯⋯」と呟いた。
ジローさん主導の山篭り修行のためしばらく姿を消していた木戸は、帰ってきた途端に誰も近寄れないほど女の子にモテまくっていた。
あまりにモテるので高校時代はそんなに一緒にいられなかったくらいだ。どうやら取っかえ引っ変えしてんじゃないかと言う噂だけが先行して、愛敬がブチ切れて更に仲が悪くなってしまったらしいけど真相は知らない。
まぁそのお陰で木戸は柚木の過去の話を知らなかったんだけど、あの時知ってたらどうなってたかなとふと思う。
と言うか、木戸は柚木が本来は女の子だって知ったらどう思うのかな。
ガッカリするのかな。女の子が良かったなぁってちょっとでも思うなら粛清対象だけど、昔から木戸の考えていることは俺にはよく分からない。
たぶん、木戸も同じこと思ってる。性質の真逆な俺たちは、柚木を介してなければこうして交わることはなかった。
「ねぇ、蓮」
「なに?」
「⋯⋯金髪でアースアイの、めちゃくちゃ顔の可愛い女の子についてどう思う?」
「香流の妹さん?」
まぁ、そうなるよねぇ。
それは俺の望んだ答えではない。顔が同じというのはややこしい。
「そう言えば、顔同じなのに柚姫さんには惹かれないんでやんすか?顔の可愛い純粋な女の子ですよ」
お、パッセルナイス質問!
意外と恋バナ好きだもんね。よく覚と一緒に恋愛リアリティショー見てるもんね。俺は何が楽しいのか分かんないけど!
「えー、全然違うでしょ」
「何が違うんでやんすか?」
「何が⋯⋯えぇ。輝き度合い⋯⋯?」
「柚姫さんは歌姫なのに?」
パッセル、めちゃくちゃ攻めるねぇ。
木戸が言語化できない苦悩に頭を抱えている。あまり答えを期待せずにアンパンを食べていると、木戸は悩みながらも完成した木彫りの雀をパッセルに手渡した。
「物事を多面的に捉えるなら、香流と妹さんは同じ顔で同じサイズ感だから、パッセルの言う通り同一視するのは理解出来る」
なんか急に難しい話が始まった。
「でも多角的に捉えるなら、ふたりは全然違う。好きなものも違えば得意なことも違う。香流と妹さんを同一として語るのは俺は納得いかない」
「つまり、どういうことでやんすか?」
「要するに、妹さんは香流の女の子バージョンじゃないってことだよ」
なるほど、顔は同じだけど妹ちゃんを見て女の子の柚木を連想はしないってことね。
本当に好きなんだねぇ。でも最近ちょっと落ち着いてる気がする。前は割と暴走しがちだったけど、寝てる柚木の写真撮ったり添い寝したりといった奇行が見られない。
「じゃあ、そのまんま性別反対だったらどうします?」
パッセルが冗談混じりに言うと、木戸は真顔で
「速攻籍入れる」
うん、やっぱり木戸は頭おかしかった。
「せ、籍?」
「島の法律は日本に順じてるせいで男同士は結婚出来ないから法律変えるためにどっから手付けようか悩んでたけど香流が女の子ならそこに何の憂いもないよね」
ここまで一息だった。ドン引きする俺とパッセルを置いて、木戸はあくまで真顔でつらつらと続ける。
「籍さえ入れればどこの誰と何してようが安心できるし誰かにとられる心配もなくなるのが俺のメリットで、香流的にも誰にも言い寄られずにマイペースに仕事続けられるから双方メリットしかない婚姻関係だと思うんだけど」
「感情論で言い換えると?」
「これ以上不安要素積み重ねたくないです」
いつの間にか起きていた柳瀬が、レモンジンジャーを飲みながら会話に参加してきた。
「アホだな。結婚しても寄ってくる輩はいるぞ。結婚に夢見すぎだよ」
「なんだよぉー。夢見るくらいいいじゃん。灯護は夢がない」
「地に足つけて生きてんだよ、俺は。中川、ダブルデートは楽しかったか?」
少し寝てスッキリしたのか、柳瀬は穏やかな声音で聞いてくる。
良かったねぇ、ストレス発散できて。でも隣の柚木はまだ起きる気配がない。
「楽しかったよぉ。あ、俺のおっぱい見たかったよね⋯⋯ごめんね」
「アンパンじゃねぇか」
「ダブルデート?石田さんとデートじゃなかったの?」
「俺とヒツギ、石田くんと川崎くんでダブルデートしてきたんだよ」
指を合わせてハートを作って説明すると、木戸が眉間に皺を寄せた。
なんだよ、その顔はぁ。
「人間の時間は悠久じゃないのに、貴重なデートの時間を奪うなんて⋯⋯。なんて天使なんだ」
「だってせっかくのお休みなのに川崎くんひとりでお留守番は可哀想じゃん!」
「その場合は石田さんを置いて行くんですよ!ふたりきりがいいの!全然分かってねぇなぁ!」
何さー。両頬を膨らませて抗議しても、木戸はぷいっとそっぽを向いて謝ってこない。
柳瀬が苦笑いしながら「まぁまぁ」と仲裁に入った。パッセルはアセロラソーダを相変わらずちみちみ飲んでいる。
「川崎くんは急に休みになったんだろ?先に予定入れてたのは中川なんだから、石田くんが中川を優先するのは間違ってねぇよ」
「やーい、心の狭い男ー」
「俺は独占欲強めなの!」
「将来柚木のこと監禁とかしないでね」
「⋯⋯⋯しないよ!」
間が長かったなぁ。俺と柳瀬とパッセルの心がひとつになった。
「属性的にはヤンデレなんだよね」
「見た目はイケメンなんですけどね」
「監禁なんかしたら小波に殺されるぞ」
「ヤンデレ言うな!灯護には言われたくない!」
「俺はヤンデレじゃねぇよ」
「じゃあ愛敬が他の男に目が向いたらどうするんだよ」
「⋯⋯⋯」
あ、黙った。独占欲強めの人がここにもいた。
騒いでいたら、柚木がむくりと起き上がった。
パチパチと目を瞬かせて、俺の姿を見つけて目を大きくする。
「中川、おかえり!」
あ、一気に場が浄化されたわ。
余波でヤンデレふたりがダメージを受けている。何故かパッセルまでダメージを受けている。聖のオーラは魔の者に効果的なのが良く分かるねぇ。
「ただいまー。柚木、抹茶オレとラムネクリームどっちがいい?」
「ラムネクリームってなに?」
「ラムネに甘いクリームの入った飲み物だよ」
「ふーん?」
好奇心旺盛な柚木はラムネクリームを一口飲んで、そっと戻してきた。
「すごく甘い⋯⋯」
「ありゃ、口に合わなかった?」
「蓮、それなに?コーヒー?」
「カフェモカ⋯⋯」
「そっちがいい。変えて」
恋愛感情が一切育っていない柚木には、関節キスという概念がない。
同意も待たずに勝手に木戸が飲んでいたカフェモカを飲んでいる。木戸は複雑そうな顔をしながら、渡されたラムネクリームを一口飲んだ。
「あっま。すげぇ砂糖入ってそうだな、これ。灯護も飲む?」
「吐くぞ」
「脅しが本気で怖い」
やっぱり、落ち着いている。前までなら関節キスだって騒いでうるさかったのに。
こんな静かな木戸は懐かしい。やっぱり『夏休み島』に来ると変な力が抜けるのかな。
俺も、ゆったりと抹茶オレを飲むことにする。リラックスしていると小腹が空いてきたので、2個目のアンパンのラップを外してぱくりと口へ放り込む。
何があっても、何が起きても、ここに帰って来れば心の重荷が軽くなる。
そういう場所があるって幸せだねぇ。あの時、無人島を探し始めた柳瀬を止めなくて良かった。
「で、柚木はもう帰るの?」
「これからペイ丸と一緒に散歩に行くから帰らない!」
「保護者業放棄してるよ、このお巡りさん」
「今日は、いいの。たまには友達孝行もしなきゃな」
柚木は大人になるのも忘れて、ふふんと偉そうにペンギンを抱っこしたまま小屋を出て行った。
「友達孝行ねぇ」
「自分がペンギンから離れたくねぇだけだろ、アイツ」
「そう言えば、香流子どもの姿のまま出て行ったような⋯⋯」
慌てて柳瀬と木戸が立ち上がる。
「このパターンはダメだ!」
ふたりがそう叫んだ瞬間、小屋がパカーンと割れた。
見上げる俺達の上に、巨大なタコのような何かに捕まえられた柚木が手を振っている。
「なぁ、こんなやつ『夏休み島』にいたっけ?」
「いねぇー!!」
「明らかに地球産じゃない!」
あぁ、そりゃ現世で子どもの姿の柚木がひとりでウロウロしたらそうなるよねぇ。
そして、退治された巨大タコは新鮮なうちにヒツギの店へ届けられた。活きのいいタコ刺しは冷酒に合って大層美味しかった。
残りはたこ焼きにでもしよっかな!
(余談)
翌日。
「香流お兄ちゃん、クッキー作ったよ!あげる!」
「でかいな、このペンギン」
「おれの感謝の気持ちを混ぜ込んだら大きくなったの!いつもありがと!大好き!」
言いながら、顔を赤くして翔真は玄関を飛び出して行った。
晃は無言でクッキーの袋を柚木へ投げつけた。そのまま出て行くふたりに夏椎は苦笑する。
「晃も香流さんに感謝してるんですよ。味は保証するので、食べてあげてくださいね」
「良かったねぇ、先輩。帰ってきたらお礼しなきゃね」
「⋯⋯うん」
感情の処理しきれない真顔のまま、柚木は頷く。
感謝なんてされることしただろうか。と言うか晃はなんで投げてきたんだ、クッキーなんだから投げたら割れるだろ。
「俺も行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい」
動かない柚木を心配そうに見上げながらも、夏椎もふたりに続いて家を出て行った。玄関が閉まったのを確認して、木戸は停止した柚木からクッキーを取ってテーブルへ並べる。
自分のことにはとことんネガティブな柚木が何を思っているかは分からない。分からないから、ぎゅうっと包むように抱きしめる。
「見てないから、泣いてもいいよ」
ずっと、『夏休み島』にいられるわけじゃない。
進んでいく。子ども達もちゃんと成長してる。止まった針が進んで、あの子達が大人になることがこの人にとってただただ恐怖だとしても。
「俺も手伝うから、今日からまた保護者頑張ろうね」
「⋯⋯うん」
報われることがひとつでもあって良かった。
それは口に出さずにおいて、木戸は顔を上げない柚木の頭を優しく撫でた。




