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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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86/92

幕間(あるお休みの日・1)

夏椎の誕生日前のお話です。


夏休み島は夏休みの時によく遊んでいた島だから柚木さんに夏休み島と名付けられました。

(翔真)


 「さぁーて、今日は何しますか!」


 今日は朝から香流お兄ちゃんがいない。家主不在の家のリビングで、おれは腕を組んでふんぞり返った。


「香流お兄ちゃんのお部屋探索でもしますか!」

「人の部屋勝手に漁っちゃダメだよ」

「俺は賛成」


 勝手知ったる兄の家。夏椎が来るまではあんまりお邪魔することもなかったけど、今では毎日のように泊まりに来ている。

 俺の部屋より少し広い寝室と、リビングルーム。キッチンも3口コンロでとても綺麗に保たれている。

 それではまずはキッチンから捜索開始だ。


「フライパンが3つもある」

「鍋も3つある」

「なんで3つ?」


 キッチン下の戸棚をゴソゴソしながら、晃と顔を見合わせる。夏椎は苦笑いしながら戸棚を閉じた。


「石田先生と中川さん用じゃない?」

「なるほど」


 おれも晃も見かけたことなかったけど、ほんとにしょっちゅう来てたんだ。

 冷蔵庫には飲まないお酒が並んでいる。それとタッパーに詰められたおかずが日付付きで管理されてある。

 香流お兄ちゃんはご飯に関してはとても丁寧だ。おれ達のリクエストに合わせながら、旬の食材も取り入れている。食べることは生きることの基本だからなって前に言ってたっけ。


 ふと、思い出した。


「昔、おれ香流お兄ちゃんのご飯なんか食べない!って言ったことあるんだよね」

「え?」

「夏椎はどこにも見つからないし、学校の先生は学校来なさいって迎えに来るし、むしゃくしゃして八つ当たりしたの」


 思い返せばひたすら辛く当たっていた時期があった。


 やることなすこと気に入らなかった。家族でもないのに世話を焼かれるのもムカついた。


 香流お兄ちゃんだけが嫌だった。柚姫お姉ちゃんや川崎先生には絶対そんなこと言わなかったのに。言っちゃいけないこと、平気で口にしてたな⋯⋯。


「大嫌いだけじゃなくて、顔見せんな、とか言ったこともある。食べたくないからご飯目の前でひっくり返したり。だから香流お兄ちゃん、自分がご飯作ったって言わなくなったんだよね」

「そうなんだ⋯⋯」

「絶対可愛くなかったと思うんだけど、香流お兄ちゃんおれのこと見捨てなかったな⋯⋯。落ち着いてからは普通に話すようになったけど、まだ謝れてないや」


 話しながら冷蔵庫のジュースを取り出す。瓶に入ったりんごジュースは100%果汁の美味しいジュースだ。


「こういうの、もらったって言ってたまに持ってきてくれたんだけど。きっと香流お兄ちゃんからの差し入れだったんだよね。おれも晃も、すごく大事に育てられてたんだなって今ならちゃんと分かるよ」

「いいお兄さんだね」

「うん、でも今更だよね」


 りんごジュースをテーブルに置いて、今度は冷蔵庫横の食器棚を開ける。

 マグカップもたくさんある。その中に色違いのペンギンマグカップを見つけた。

 おれのマグカップはポメラニアンの絵柄が描かれている。晃のは黒猫、夏椎のは三毛猫。柚姫お姉ちゃんが買ってきてくれたみっつのマグカップをテーブルに並べる。


「逆に晃は香流お兄ちゃんのご飯しか食べなかったよね」


 りんごジュースを注ぎながら言っても、晃からの返答はない。

 まぁ予想通りだけど。りんごジュースをしまって、キッチン上の戸棚からお菓子の箱を取り出す。


「勝手に出していいの?」

「だってお腹すいたもーん」

「そうだ、たまにはお菓子でも作ってみる?」

「そうだな」


 夏椎の提案に、晃がすぐさま同意した。


「いや、お菓子なんか作ったことないでしょ。カレーでも大惨事だったのに」

「今日は⋯⋯いける」

「何を根拠に?」

「クッキーなら父さんと作ったことあるよ。粘土みたいに形成するだけなら出来そうじゃない?」


 夏椎はなかなかチャレンジャーだ。

 晃のその職人みたいな頷きはなんなの?夏椎が帰ってきてから毎日イキイキ(おれ視点)してるけど、生活能力が追加されたわけじゃないんだからね?


「材料使っていいか確認しよう」


 夏椎がスマホをさくさくと操作する。

 夏椎のスマホ捌きはとても早い。一旦停止したあと、ぶーっとスマホが振動した。わざわざスピーカーにして電話に出てくれる。


「あー夏椎?家にあるものなら何でも好きに使っていいってさ」


 スマホ越しに聴こえた声は、おれが想像していた声じゃなかった。

 

「何で木戸さん?」

「今先輩死んでるから⋯⋯」

「しんでない」


 遠くの方で香流お兄ちゃんの声がする。珍しく弱々しい声で、一気に心配になってしまった。


「ど、どうしたの?何があったの?」

「先輩乗り物ダメなんだよね。それなのに船乗るって聞かないから、案の定船酔いでダウンしてんの」

「だって、かっこ良かったから⋯⋯」

「大人しくクジラに乗せてもらえば良かったのに」


 クジラ。って海のクジラ?いいなぁ、海行ってるんだ。


「海にいるの?」

「すみません、我らがボスが睨んでいるのでどこにいるかはお答え出来ません」

「あぁ、独占欲強めの方がそちらにいらっしゃるんでしたね。後で香流さんに聞くから結構ですよ」


 夏椎はにこやかに言うと、通話ボタンを消した。

 夏椎の笑顔が冷ややかだ。柳瀬さんのことちょっと苦手って言ってたな、そういえば。おれは苦手になるほど話してないから分からないけど、夏椎は一緒にアリアスちゃんを守ったことがあるもんね。

 香流お兄ちゃんに聞いても、「柳瀬は人見知りだから」と答えたあと、ちょっと悩んで「いいやつなんだけどなぁ⋯⋯」と呟いていた。色々思うところはあるらしい。


「何でも使っていいって言ってくれたし、クッキー焼こうか」

「はぁーい!」

「夏椎のクッキー作る」

「本人目の前にしてよく言えたね⋯」

「あはは、じゃあ俺は晃作るよ」


 晃は幸せそうだ。良かったね、夏椎が優しくて。

 じゃあおれは香流お兄ちゃん作ろうかな。と言っても自分を食べるの嫌がるかも知れないな。やっぱりペンギンにしよう。その方が喜びそう。

 人のために何かするって、楽しいな。そんな香流お兄ちゃんの優しさを受け入れられなくて、嫌なこといっぱい言ったな、おれ。

 

 今更、だけど。


 そう、今更、でも。ちょっとずつでも感謝の気持ちは返せていけたらいいな。




(木戸)


 レジャーシートを木陰に敷いて、バスタオルをクッション代わりにして、顔の青い香流が横になっている。

 俺のジャケットを被せてあげるとすぐ寝た。ま、寝てるならそのうち復活するでしょう。


「柳瀬は何してんの?」

「せっかくの海なのに小波がいねぇんだなぁと思って」

「見たかったんだ、水着⋯⋯」


 海を眺めながら黄昏(たそがれ)てるから何考えてんのかと思ったら。

 腕を組んで、アロハシャツを着た柳瀬は無駄に絵になるなぁ。あ、雀のパッセルが飛んで帰ってきた。


『親分、特に異常は見つかりませんでした』

「おーよ」


 煙を立ててパッセルが人型へ変わる。

 パッセルは俺の側へ寄ると、ひそ、と耳打ちしてきた。


「どうしちゃったんですか、親分」

「彼女がいねぇから傷心中?」

「あぁ、だから柚木さん連れ出してきたんですね。木戸さんは何なんですか?」

「質問が不躾(ぶしつけ)すぎない?俺も柳瀬に呼ばれて来たんだよ。俺もアイツの癒し要員だから」

「よほど疲れてるんすね、親分⋯⋯」


 多分お前も癒し要員なんだけどな、パッセル。


 もうひとりの癒し要員は、カップル限定の大盛りパフェを食べるために石田さんと出かけて行った。どっちが彼女役でどっちが彼氏役なのかは俺には分からない。


「で、何しに来たんすかね」

「さぁ、柳瀬が先輩にたまには『夏休み島』行こうって誘ってたのは聞いたけど」


 アホみたいなネーミングのこの島は、香流達が中学1年生の時に柳瀬が購入した無人島だ。

 2時間くらいで1周できる程度の小さな島だけど、小高い山もあって香流はとても気に入っている。香流が懐かせた良くわからん生き物も暮らしている、なかなかドリーミングな島だ。

 

「何でわざわざこんな季節に⋯⋯」

「まぁやることねぇんならやることは決まってんだろ」


 俺は持ってきたカバンからスコップとショベルを取り出した。

 パッセルが何とも言えない顔で見上げてくる。


「砂の城作ろう」

「あっし今年で30歳になるんですよー!!」


 パッセルが膝をついて泣き始めた。


「俺も23歳です」

「いい大人が揃って砂の城作るの!?どんな顔して作るんでやんすか!?」

「いいか、パッセル。見てろ」


 パッセルに背を向けて、海を眺めながらぼんやりしている柳瀬に笑顔でスコップを差し出す。

 

「灯護、でっかい城作ろー!」

「仕方ねぇなぁ、なんの城がいいんだよ」


 柳瀬はとっても疲れている!


 俺はパッセルに向かってウインクした。疲れた柳瀬にはアホが効く。今はアホが眠っているから俺とパッセルがアホになるしかない。

 ということで浜辺で砂を掘る。あ、小さいカニがいた。砂遊び日和だな、いい天気だし砂も柔らかい。


「蓮、お前器用なんだからシャチホコ作れよ」


 お、名前で呼んでくるとは随分とリラックスしていらっしゃる。

 俺は柳瀬のことは嫌いじゃない。尊敬はしてないけど、信頼はしている。柳瀬の言うことに間違いはないからだ。

 女の趣味は悪いと思うけど、それを含めても柳瀬の隣は居心地がいい。龍司さんよりよっぽどお兄ちゃんって感じがする。


「ちゃんと爪楊枝持ってきたよ」

「用意周到じゃねぇか」


 中川さんから柳瀬のストレス度合いが酷いって聞いてたからね!俺だってそろそろ解消させなきゃと思ってはいたからね!

 柳瀬は小出しにストレス解消させねぇと爆発しちゃうから。愛敬だったら上手く発散させてやれるんだろうけど、今はアイツいねぇからなぁ。

 

「偉いでしょ」

「あぁ、いい子だ」


 よし、合ってた!


 そしてなんか楽しくなってきた!灯護と香流とパッセルだけの空間めちゃくちゃ居心地いい!(そら)()れば良かったのに!



『ねぇー、暑いよぉ。アイス食べたーい』

『んなもんこんな無人島にあるわけねぇだろ』

『なぁなぁ、暑いなら海潜ろ!』

『お前は溺れるから飛び込むな!』



 しょうもねぇことを思い出してつい笑ってしまう。

 楽しかったなぁ。どうして人は大人になるんだろうなぁ。大人になると余計な欲が増えて、楽しかったことが一気に楽しくなくなってしまう。


 身体が大きくなって、色んな経験を積むと忘れてしまうことだってたくさんあるよな。背負うものだって増えていく。それを俺に渡そうとはしないけど、柳瀬は愛敬がいるから大丈夫だっただけなのがよく分かった。

 あの傍若無人暴虐の如き女にも役割があるんだな。本当に人の縁は不思議なものだ。



『蓮くん、今イチゴ食べたいんで今すぐイチゴのスイーツ買ってきてくださいよ』

『こんなことも分からないんですか?ほんと顔だけ男ですね』

『お土産?私が喜ぶもの買ってきてくださいね。センスなければ叩き割りますから』



 いやもうほんとなんで愛敬なんだろう。


 俺なんもしてないのに。ただなんか愛敬の友達にモテてしまって、愛敬がハブられて虐められたってだけの話なのに⋯⋯。

 しかもアイツやり返してたくせに。柳瀬のためには帰ってきて欲しいけど俺は帰ってきて欲しくねぇー。この平穏を手放したくねぇー。


「親分、トンネル作りましたよ!」

「よし、カニ通らせてみろよ」


 楽しそうだな30歳⋯⋯。


「なにしてんの?」


 浜辺であれこれ遊んでたら、復活した香流が寄ってきた。

 今日は灯護のための蓮くんなので、内心だけで可愛いなと思っておく。寝起きの顔が可愛いし、ちょっと寝癖ついてんのも可愛い。口には出せないので目に焼き付けておく。


「砂の城作ってたよ」

「じゃあ俺は海に潜ってくる」


 機嫌よく海に突っ込んでいこうとする香流の腕を、柳瀬ががしりと掴んだ。

 

「反省と言う言葉を知らねぇなぁ柚木くん。溺れるって言ってんだろ!」

「今日はいける気がする」

「何を根拠に!?」


 毎回聞いてんなこの会話。

 香流は泳げない。運動神経良いはずなのに動けば動くほど沈んでいく不思議な体質で、最終的に海の生き物が引き上げてくれるまでがワンセットだ。

 そもそも水着を着ていない。服のまま突撃すればそりゃ俺でも溺れる。何故水着を着ないのか。


「何で海に行くのに水着じゃないの?」

「どうせ溺れるから水着いらねぇなって柳瀬が言ってたんだぞ」

「そうじゃなくて、水着じゃないから溺れるんだよ!服のまま水に入れば俺だって沈むわ!灯護、水着は!?」

「持ってきてねぇ」

「俺が間違ってる⋯⋯!?」


 でも俺も水着ではない。だって海に入る予定はなかった。

 おかしい。いやおかしいのは俺か!?常識を身につけたことがむしろ非常識だった!?


「久しぶりにサメと遊びたいんだけど、だめ?」

「サメと遊ぶな、もうお前は立派な大人だろ!」


 香流は黙って子どもの姿になった。

 ぎゅっとベルトを閉めて、ズボンの裾を折る。


「行ってきまーす」

「お前、あれだけ子どもになるの嫌がってたくせに⋯⋯」

「今日は特別!」


 可愛い笑顔で意気揚々と海に飛び込んで行った香流は、すぐにサメとイルカに囲まれている。

 水に濡れた香流可愛い。楽しそうで良かった。キラキラしてあそこだけ輝いて見える⋯⋯はっ、でも今はそういうのはナシナシ!慌てて砂へ視線を戻す。


「蓮」

「ん?」

「行きたきゃ行ってこいよ。お前は柚木が好きなんだから」


 ほんと何でもお見通しだなぁ、柳瀬はぁ。

 

「そうだけどぉー。やり始めたことはやり遂げないと落ち着かないの!」

「凝り性だもんな、お前」

「そーなの!そういうこと!」


 凝り性で真面目な俺は作業に戻りますよ!


 海水を混ぜた泥と砂をバランス良く配合しながら、砂の強度を上げる。

 海水はパッセルが運んでくれる。時々海から水が飛んでくるので、仕返しにと柳瀬が海へ突っ込んで行った。結局ふたりで遊んでてちょっと和む。


「木戸さん、行かないんですか?」

「あそこに入れるのは宙だけだよ」


 スマホで写真を撮って、中川さんへ送るとすぐに既読になった。

 俺は香流が好きだけど、ふたりのこともそれなりにちゃんと好きだよ。あの人達は3人でいるのがしっくりくる。


「よーし!パッセル、昼までに完成目指すぞー!」

「そもそも木戸さんは何作ってんですか」

「名古屋城」

「そんな本気の目してアンタ⋯⋯」




(石田)


 中川くんに結界魔法を張ってもらって、現世へ続くゲートをくぐり抜ける。

 と言っても、行先は東京なので電車から一本で繋がっている。島にある駅はひとつ。都市の名前の下に時計が貼り付けられていて、今の向こうの時間が分かる仕組みになっている。

 時刻表も時計にぶら下げられている。つまるところ、この島の電車は、いくつかの国の主要都市と繋がっている便利なワープ道具なんだよね。

 それでも、基本的には、島から人間が出ることは出来ない。

 何故なら、次元移動に異常をきたしてしまう人間が少なくないからだ。

 俺も中川くんといるならいいよと雲雀から許可をもらっているだけで、自分一人で移動することはない。中川くんは聖魔法とやらに特化しているから、中川くんといれば安全安心だ。


 電車に乗っているとふと身体に違和感がはしって、瞬きをするともう人がたくさんの電車に早変わりしている。


 いつ見ても不思議な光景だ。目をパチパチする俺に、隣の賢吾は口元を押さえてくすくす笑っている。


「俺よりこっちに来てるのに、そんな顔するんだ」

「いいじゃん、不思議なもんは不思議なんだよー」


 電車に乗っている人達は、座っていたり吊革を持っていたり、そこかしこで思い思いの時間を過ごしている。

 いきなり現れた俺達に驚く人は誰もいない。こっちの人達は魔法の力で当たり前のようにそこにいた錯覚を覚える、らしい。魔法って便利だなぁ。こんな大きな電車に魔法をかけられる魔法使いを尊敬する。


「それにしても、ヒツギくんが外に出てくるの珍しいね」


 隣のでっかい巨人は、吊革の上の鉄棒を握りしめて立っている。

 その下には中川くんが完璧な女装姿で立っている。360度美しい白銀の天使は、黙ってポリポリとナッツを(むさぼ)っていた。


「柳瀬さんがたまには休暇を与えようと言って下さったので」

「その柳瀬くんは香流連れてどこ行ったの?」

「どうせいつもの秘密基地でしょ」


 中川くんははい、と俺にもナッツをくれた。メープル味のナッツは甘くてとても美味しい。

 プシュー、と音を立てて電車が止まる。まばらに人が降りて行って、また人が乗り込んでくる。


「中川くんは行かなくて良かったの?」

「やだなぁ石田くん。パフェに勝る誘惑などないんだよ」

「お前の友情(もろ)いなぁ⋯⋯」

「だってさぁ、見てよこれ!」


 そう言いながら中川くんが見せてくれたのは、LINEのトーク画面だ。

 グループ名が『変態上司撲滅委員会』て。物騒すぎるグループ名だけど、登録されているメンバーが白田さんと柊さんと言うのが何とも言えない気持ちになる。


「天界メンバー、グループ作ってんだ」

「そこじゃなくて、見て欲しいのは写真!」


 中川くんが画像を指で拡大すると、『MK(ミラクル)ーZコラボカフェ開催中』の文字が見えた。

 確かに、パフェ美味しそう。イチゴに桃に、栗きんとんもある。あと抹茶とチョコとブドウと⋯⋯ラムネ?珍しい。


「あ、それぞれグループメンバーの色?」

「そう!しかもカップルで行くと倍増しにしてくれる。反対に女の子同士で行くと量を減らしてくれるサービスもある」

「すげぇ、至れり尽くせり」

「でも私は倍増しが食べたい!」


 ちゃんと一人称私にしてくるあたり、中川くんの本気度が伺える。

 ヒツギくんが静かにツボっている。いや、分かるよヒツギくん。中川くんって面白いよな。電車の中で大きい声出すのは勘弁して欲しいけど。


「中川、しー」

「あ、ごめん」


 賢吾に咎められて、中川くんは慌てて両手で口を塞いだ。見られているかと思いきや、電車の人々はさっと視線を逸らす。まぁ旅行中の外人さんだと思うよねぇ、銀髪だし隣の男は巨人だし。


「ちなみに、中川くんは誰推しなの?」

「私は茶色!たくさん食べる子で大食い動画が面白いんだよー」


 やっぱり食べ物関連なのね⋯⋯。


「この人達って、今流行ってるアニメの主題歌歌ってる人達?」

「そうそう。柳瀬と愛敬も好きなんだよね」

「ちなみにふたりは誰推しなの?」

「愛敬は桃色だって。柳瀬はねぇ⋯⋯」


 

『この中だったら灯護くんは誰推しなんですか?』

『あー?じゃあ緑』

『おっ、メンバーきっての頭脳派ですね!やっぱり賢い子が好きなんですか?』

『いや、お前の色だから』



「ってさらりと言われて愛敬が悶絶してたよ」

「クッソイケメンだな相変わらず」


 見た目は女の子みたいなのに、柳瀬くんは言動がとても男らしい。


「ヒツギくんは?」

「有線でかかっているのを聴く程度で、推しはいません」


 となると、気になるのは残りのふたりだ。


 プシュー、と電車が止まった。また人の出入りが始まる。少しずつ人が増えたり、減ったり、電車の中は流動的だ。


「じゃあ香流と木戸くんは?」

「あの乳児にそんなこと分かるわけないじゃん」

「弟の前でよく言えるな、中川くん⋯⋯」

「でも、この前料理中にその歌を口ずさんでたよ。翔真が嬉しそうに反応してたけど」


 賢吾は乳児を否定しない。賢吾の中の香流はどうなってんだろうか。


「そりゃ、私が必死で叩き込んだからね」

「そうなんだ?」

「カラオケで一緒に歌いたかったんだもん!毎日聞かせ続けて脳に刷り込みました」

「アイツほんと素直だな」

「ちなみに木戸は『全部同じ顔に見えるし興味ねぇ』って一蹴して愛敬にぶん殴られてたよ」

「アレは柚木さん以外の他人に興味がないですからね」


 ヒツギくんがフォローになっていないフォローを入れた。木戸くんはしょうがないなぁ。忖度(そんたく)と言う言葉を知らないんだから。


「ひぃちゃんは紫推し、シロちゃんは水色推しなんだよね。赤と黄色がいないんだけど、どうせなら全色揃えたいなと思って」

「そして倍増しでパフェを食べたいと」

「そう、しかもコースターはランダムなんだよ!飲み物でももらえるから川崎くんとヒツギも協力してよね!」

「推し活も大変だね」


 賢吾が苦笑いして、ヒツギくんは頷いていた。

 また電車がゆっくりと止まる。中川くんは顔を上げると、駅のホームを指差した。


「着いたよ」

「ねぇ、パフェ以外にメニューないの?」

「食事メニューも色々あるんだよ。楽しみだねぇ!」


 天使の笑顔を振りまいて、中川くんが駅のホームに舞い降りる。

 ものすごい注目を集めている中川くんとヒツギくんから少しだけ離れて、俺と賢吾は後をついて行った。

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