幕間(女子会)
※居酒屋『柩』の裏側の話です。
柊は警察庁の職員で、地区長補佐という役職に就いています。
双子の高校からの同級生です。
(三人称視点です)
B地区のオフィスビルの中では、様々な飲食店が店舗を構えている。
レストラン街や、オープンテラスのカフェ、可愛らしい見た目のデザート。
女の子の癒し。女の子のくつろぎの場。
そんな場所に、愛敬は男としか行ったことがなかった。
もっと正確に言うと、中川としか行ったことがない。
「だから今日はすっごく楽しみにしてたんですよ!」
オシャレテーブルに肘をついて、愛敬はなるべく声を抑えながら声を張り上げた。
テーブルには英字で書かれたパンケーキのメニュー表。イラストも添えてある。お酒の名前もなんだかゴージャスで何が何だか分からない。
淡いピンクのお酒を目の前にして、愛敬は感無量だった。いつもなら絶対誘いに乗ってくれない柊が来てくれた。しかも、隣には柚姫もいる。
「憧れの女の子と女子会!来てくれてありがとうございます柊先輩!」
「どういたしまして」
「ベルガモットちゃんは良かったのよ?」
祈りのポーズを捧げる愛敬を前に、柚姫はこそりと柊に耳打ちした。
「最近ペットカメラを導入したから安全安心」
羽を仕舞い、人型の腕へ変化させた柊はスマホをテーブルへ置いた。スマホに映った画面には、毛艶の良い黒猫がすやすやと眠っている。
店内に流れる落ち着いたBGM。薄暗い照明。バーカウンターには色とりどりなお酒、そしてパンケーキの焼ける甘い匂い。
みんなそこかしらで写真を撮って楽しんでいる。店内は女性客、女性客、たまにカップル⋯⋯。
あぁ、この雰囲気を味わい尽くしたい。
愛敬は大きく息を吸った。胸に留めておきたい、この貴重な空間を。
「その猫ちゃん、どこで出会った子なんですか?」
「元カレの置き土産」
いきなり重い話題を振られてしまった。
経験値不足の愛敬はピシリと固まる。柊の隣に座る柚姫は、その様子にきょとんとしていた。
「あれ、小波ちゃん知らなかったのよ?」
「柊先輩に彼氏がいたことも知りませんでした」
「確かに、言ったことない」
愛敬はテーブルに崩れ落ちた。
この美人とお付き合い出来た男が羨ましい。そして彼氏がいる時に恋バナしたかった。照れた柊先輩の顔超見たかった!!
「ど、どんな男なんですか⋯⋯」
「会計課の年下男子」
「何で別れたんですか」
愛敬はどストレートに聞く能力しか備わっていない。
探りを入れたり匂わせたりと言った小細工が出来ない脳筋女子であり、愛敬自身もそれを自覚していた。
場合によっては泣かれたり怒られたりするのだが、愛敬は知っている。柊も中々の変わり者だと言うことを。
「プロポーズされたから別れた」
ほらー!!!
プロポーズまでして振られた元カレが可哀想!会計課の年下男子!今度探してみよう!
「結婚願望ないんですね、柊先輩」
「したいと思わない。私はゼウス様に仕える身。呼び出されればすぐに応えなければならない」
「嫌いになった訳じゃないんですよね?」
「円満にお別れした。たまに元気かどうか連絡がくる」
あー!向こうは絶対引きずってますよねぇ、それ!
「ベルガモットちゃんの様子も見に来る。友達として関係は良好」
これ突っ込んでいいやつですかねー!
ちらりと柚姫を見ると、柚姫はふるふると首を振った。愛敬もこくりと頷く。
「じゃあ今は好きな人いないんですか?」
「いない。そもそも元カレのことも好きだったかは不明」
「可哀想⋯⋯」
ついぽろっと口から出てしまった。
彼女に好かれてもおらず、プロポーズも断られ、今も友達扱いとして良好な関係を築かされている会計課の年下男子。いと哀れなり。
「小波は彼氏とは良好?」
話題を変えられてしまった。
愛敬は手元のピンクの甘いお酒を飲んで、さもありなんと言った様子で答える。
「すこぶる良好ですね」
「すごい」
「あの柳瀬くん相手に、すごいのよ」
柚姫と柊は素直にパチパチと拍手を送る。
愛敬的には何を賞賛されているのかサッパリだが、褒められるのは嬉しいので得意げにふふんと鼻の下を伸ばした。
「小波は柳瀬くんのどこが好きなの?」
「顔ですね」
即答だった。
店員さんがパンケーキを運んで来てくれる。分厚いふわふわのパンケーキと、シュワシュワの生クリーム。散りばめられた宝石のような果物が可愛らしい。
「顔⋯⋯」
「正直あの顔なら何されても許せてしまうのがズルいです」
「小波ちゃん、お兄ちゃんにも甘いのよ」
「当然、香流くんも然りです。私は綺麗な顔が大好きなんですよ!もちろんおふたりのことも大好きです!」
力説する愛敬へ、店内の視線が集められる。
柊はしーっと動作で示した。その動作も美しくて愛敬はきゅんと胸が高鳴る。
「小波はテンションを抑えて」
「すみません⋯⋯つい」
「小波ちゃんも可愛いのよ」
柊には咎められ、柚姫には褒められ、ご褒美でしかない。
この先輩方は飴と鞭がお上手。トキメキが止まらない。
「高校生の頃、小波は柚木くんが好きなんだと思ってた」
「好きでしたよ。ちゃんと異性として恋してましたよ」
「それがどうして柳瀬くん?」
「押しに負けたと言いますか⋯⋯。あの顔に迫られて勝てるはずがないと言いますか⋯⋯」
今思い出しても照れてしまう。本気を出した美人は怖い。
「ま、今幸せだからいいんですよ。私には灯護くんが合ってたんです」
あの傍若無人なところも慣れれば可愛いものだ。終わった片思いを蒸し返したところで今更付き合いたいとも思わないし、もう今は異性として見てもいない。
「私と香流くんは相棒ですからね!」
「そもそも、柚木くんに合う女の子はいない」
「そ、そんなこと言わないで欲しいのよ」
さらりと毒を吐く柊は、つーんとしたままパンケーキを食べ進める。
ふんわりとした生地にナイフを入れると、ふわんと弾んだ後するりと刃が吸い込まれていく。
「リードしてくれる落ち着いた年上か、グイグイ引っ張ってくれる年下か⋯⋯」
愛敬がぶつぶつ呟いているのを尻目に、パンケーキをぱくりと口に頬張る。
甘くて優しい味が口いっぱいに広がる。解けていく幸せに浸っていると、愛敬がじっと柊を見つめていた。
「柊先輩はどう思います?」
「本人にその気がないのに不毛な話」
「それもそうですよねぇ」
女の子と並んで歩いているよりおばあちゃんと座ってお団子を作っている方が似合う。まだそのレベルの人だった。
「そもそも香流くんはモテないですもんね。女子より可愛いし天然だし女心も分かってないし」
愛敬はちらりと柚姫へ視線を向けた。
「同じ地区長なら雲雀くんの方がモテますもんねぇ」
柚姫の手が止まった。
愛敬はニヤニヤと口角が上がっていくのを止められない。柊も愛敬を止めなかった。
「あれで気配り出来るんですよねぇ、雲雀くん」
「他の部署に良く顔も出しているから顔も広い」
「しかも我々のリーダーであり、警察庁システム総括管理者。アドバイスも的確で女性職員の密かな憧れの的なんですよ」
まぁ、柚姫ちゃんへの片思いをほとんどみんな知っているので見ているだけで十分な女の子しかいませんけどね。
それは言わずに、ふたりともじっと柚姫の反応を待つ。
柚姫はパンケーキを見つめながら、意を決してパンケーキをぱくりと口へ運んだ。
「⋯⋯だってゆずとは顔合わせてくれないもん」
愛敬は無事ノックアウトされた。
唇を尖らせて拗ねた様子の柚姫が愛らしい。愛玩動物も裸足で逃げ出す尊みを感じる。
ついに拝み出す愛敬は放っておいて、柊は黙々とパンケーキを食べ進める。
「幼少期から変化がないのも困った話」
「お兄ちゃんとは普通に話してるのに、ゆずとはサングラス越しなのよ。ゆず、寂しい」
「あれは別人フィルターがかかってるからでは?」
柊も柚木の子ども状態の姿は知っている。その姿だと黛の会話にならない様子も知っている。
柚姫から聞いている情報では、この島へ来た頃と今では見た目に一切の変化はないと言う。柚姫には見た目を変化させる能力の使い方は出来ないからだ。
「ゆずも髪黒くしたら目を合わせてくれる?」
「いやぁ⋯⋯」
拝みながら愛敬は苦笑いした。あの人が柚姫と目を合わせて会話している姿が思い浮かべられない。グッズ越しでも片目を瞑って拝んでいる始末なのに。
「残念ですが、手遅れですね」
「もっと早く付き合っておけば良かったのに」
「だってあの時はそれどころじゃなかったのよう」
さっきからその前提で話が進んでいるが、いいのだろうか。
柚姫は黛が好きだと言う話題を否定も肯定もしていない。もしかして黛は勝ち組なんだろうか。それはそれでなんか許せないので愛敬は口を挟めない。
「あ、そうだ。今度音楽番組の収録があるのよ。柊ちゃんMKーZさん好きだったよね?」
「まさか共演?」
「そうなのよ。あとねぇ、⋯⋯」
あぁ、話題が変わってしまった。
パンケーキが美味しい。内装がオシャレで。そして念願の恋バナが出来たのに。
すごくモヤモヤする。
とりあえず明日雲雀くんは突ついておきましょうかね。鬱憤を晴らすように、愛敬はグラスのお酒を一気に煽った。
翌日。
出勤して来た黛を冷たい瞳で流し見ながら、愛敬は人差し指の準備をする。
「おはよう、愛敬。今日は香流が現世へ出掛けるらしいから、C地区の見回りも頼む」
つんつんつんつんつんつんつん
「痛い!ねぇお前の指圧どうなってんの!?脇腹に穴が空くわ!」
「お前はもう死んでいる」
「お前の尻拭いいつも誰がやってると思ってんだ!」
朝から大騒ぎの同僚を、柊は呆れ顔で眺めていた。




