白兎事件編34(文化祭・4/家族の戦い)
柚木ファミリーのお話です。
香流は庇護しなければならないと思い込んでいた兄と、香流を信じている弟と妹のお話。
(黛)
―――あぁ、今日はお祭りの日だ。
お囃子の音が聴こえる。
笛の音が鳴って、囲いに輝くような火が燃えている。火の粉がキラキラしていて光の粒のようだと柚姫は笑っていた。
香流は、いなかった。日生家で眠っていると祭りに出てきた日生のばあちゃんが教えてくれた。
日生のばあちゃんは俺の側に来て、すごく神妙な顔をして、柚姫と賢吾には聴こえないように俺の耳へ顔を寄せる。
「少しいいかい」
あぁ、何かあったんだな。
俺は頷いて、柚姫と賢吾へ声をかけた。
「柚姫、賢吾。俺トイレ行ってくる!」
「はーい。賢吾、もうすぐお兄ちゃん来るかなぁ」
「柚姫の舞が始まる前に起きればいいけど⋯⋯」
ふたりには応えず、俺は日生のばあちゃんについて行く。
歩いていると、足元に小さな動物達が寄ってくる。
心配そうに見上げてくるリスを抱き上げて、中へ入るよう促されるまま日生のばあちゃんの家に入る。
そこには、酷く顔色の悪い香流が生気なく横たわっていた。
「香流⋯⋯?」
清潔に保たれた布団に眠る香流は、俺の呼びかけには答えない。
俺は生唾を飲んだ。香流のこんな姿は見た事がない。これじゃあ、まるで、―――死んでいるみたいじゃないか。
「雲雀。雲雀にはこの村の者として、受け継いで欲しいものがある」
「そんな事より、香流、どうしたんだよ。こんな血の抜けた顔で⋯⋯」
香流に触れると、思っていた以上に冷たくて思わず手を離した。
このまま消えてしまいそうだ。青ざめる俺の上から、日生のばあちゃんの静かな声が聴こえる。
「学校、行けなかったんだよ⋯⋯」
日生のばあちゃんも、香流の頬に触れた。
ばあちゃんの手は温かい。ばあちゃんは俺の頬にも触れて、穏やかな口調で教えてくれる。
「柚姫と賢吾がお祭り楽しみにしてるから、お祭りには行かなきゃいけないってずっと繰り返してたよ」
「い、行ける状態なの?風邪なわけないよな、こんな⋯⋯」
「さっき血を吐いていたから、内臓から出血しているのかもしれない」
ぞ、とした。
内臓?出血?
何で?何があって?
「香流、学校は?」
「行っかなーい!今日は一緒に木いちごつみに行くって森のみんなと約束してたからー!」
「もう、お祭りはー!?」
「それまでには戻るよ!給食いらないって言っといて!」
笑ってたよな、アイツ。
いつも通りの顔してたよな。すぐに森の中へ走って行ったからちゃんと顔見れなかったけど。
「⋯⋯嫌だなぁと言ったんだよ」
ぽたり、と香流の頬に涙が落ちた。
「ようやく、言ってくれたんだよ。⋯⋯ずっと我慢して我慢して、ようやく助けを求めてくれたんだよ⋯⋯」
「た、助け⋯⋯?」
待ってくれ。話が見えない。
俺はきっと酷い顔をしていたんだろう。日生のばあちゃんは涙を流しながら、宥めるように優しく俺の頬に触れた。
「香流は、ずっと心を殺され続けていたんだよ」
「心⋯⋯」
「雲雀。私はね、この子を救わなければならない。例え地獄に落ちようと、もう許すことは出来ないんだよ」
日生のばあちゃんはゆっくりと立ち上がって、神棚から小さな箱を取り出した。
白と黒に包まれた小さな箱から、小指大ほどのビー玉のような何かを俺に見せる。
「神降ろし」
「⋯⋯かみ、おろし」
「この村は神の在る村だ。自然と調和し、森と繋がっている。そこには神が宿るとずっと昔から言われているんだよ」
クソみたいな田舎にも、ちゃんと理由があるんだな。
俺はずっとこの場所が嫌いだった。まともに電波も飛ばない森の中。アイツらがいなければ、耐えることなんか出来なかった。
柚姫にどうやって勉強を理解させるか賢吾と相談し合ったり、
香流のアホがウロチョロするから森の中へ探しに行ったり、
毎日忙しかった。帰ってきたらもうクタクタで、やるべき事をやったら鴫にもまとわりつかれてすぐに眠りにつく日々。
充実するってこういうことなんだなぁと父親にぼやいたら、いやに嬉しそうに笑ってたっけ。
「雲雀。⋯⋯これはこの村に代々伝わる神様の依代だ。これがあればあの子を守ることが出来る。これから先、何があっても雲雀は香流を守ってあげて欲しいんだよ」
「まぁ、放っておけないよ。こいつが一番問題児なんだから⋯⋯」
それにしても、黙って寝てる香流がとてつもなく違和感だ。
いつもじっとしてないのは、ばあちゃんが言う心が殺されたことに関係するのかな。何があったか知らないけどさぁ。⋯⋯言えよ、バカ。
「まぁ、ちゃんと俺が見てるよ」
俺が一番お兄ちゃんだからな。
―――なんて、さぁ。
軽く引き受けた訳じゃないんだよ。
後悔した。俺が降りた意味を知った瞬間。
後悔したよ。俺はこれまで何を見ていたんだろうって。
あの夜、頭の中に流れてくる映像に三日三晩吐き続けた。
押さえつけられて声を押し殺す小さな身体が。
ひとつずつ指を落とされても悲鳴ひとつあげないで耐える姿が。
代わる代わる人形のように扱われる細い肢体が。
耳を塞ぎたくなる罵倒と中傷が。
全部隠し通せた幼なじみを恐ろしく思えるほど、精神が壊されそうな記憶の流入だった。
趣味の悪い嗜虐趣味に付き合わされて満身創痍だったけど、目を開けたらあんな酷いことをされたはずの香流が隣に眠っていて。
香流にとって、隠すことが最大の防御だったんだとようやく気付いた頃には、もうあの村は消し炭になっていた。
取り返しのつかない過ちはずっと遺恨として残り続ける。
ただ香流に縋りついて泣いている賢吾と柚姫にも、
「大丈夫」なんて額面通りの言葉でしか判断できなかった俺にも、
無理矢理にでもあの場所から香流を引き剥がさなかった森谷さんや日生のばあちゃんにも、どうしようもなく苛立った。
「紛い物の君には荷が重いんじゃないかな?」
うるせぇよ。お前に何が分かるんだ。
「正しく生まれていればあの子は幸せだったのに」
うるさい。うるさい。そんな事分かりきってるんだよ。
でも、アイツ頑張ってたんだよ。香流の我慢と努力を裏切りたくないんだよ。
今からでも遅くない。やり直せなくていい。新しく積み上げていくものが増えれば傷だっていつか塞がっていくはずだろ。
そう思ってたのに、
「まゆ!加瀬さんが連れてってくれたレストラン、男の人が料理してた!」
「島?帰らない!明日春磨と出掛けるから!」
「黛くん、ちゃんと訓練出なきゃダメだよ!」
「島?―――それ、どこだっけ?」
忘れさせたくなかったのは、俺の方だった。
香流の髪が伸びて、どんどん姿が変わっていく事にぞっとした。
加瀬と並ぶ姿は、普通の女の子だった。触れた手も、服の上からでも分かる胸の膨らみも、嬉しそうに微笑む姿も、俺の知っている香流じゃなくて。
「香流」
手を伸ばして髪に触れると、その子は振り返って首を傾げる。
「それ、誰?」
一片の濁りなき瞳は幸せに満ち溢れていて。
すぐに力を押し付けた。倒れていく身体は小さくて細くて、何の反撃もしてこなかった。
まるで、戦ったことなんてなかったみたいに無抵抗な姿は、知らない女の子を誘拐していくようでひどく薄ら寒かった。
★★★★★
(三人称視点です)
「そろそろ限界かな?」
ソファーにもたれかかって目を閉じる黛を見下ろして、加瀬は柔らかく微笑む。
時刻は12時を回ったところだ。
警察庁30階。並んだ牢屋が異質な部屋の中で、黒い粒子が緩やかに浮かんでいる。
「黛くんの術が切れれば、君は死んでしまうね」
流れてくる映像に呆然としている川崎の頬に触れて、加瀬は優しく諭すようにお願いをする。
「僕の恋人はどこにいるのかな?」
「⋯⋯⋯言えません」
「ここで君が死んでしまえば、あの子はもっと傷を負う事になるんだよ」
加瀬はそっと手を下ろした。
言いながらも、加瀬も術を解こうとはしない。
仕事が立て込めば何日も徹夜をするような黛が、こんなひりついた状況で眠るわけがない。
ジワジワと嬲り殺すようなやり方で。初めから生きて帰すつもりもないだろうな。川崎はそう判断していた。
「俺達がいると香流は島から離れたがりませんもんね」
「でも、極あっさり忘れていたけどね。君の名前も出さえしなかったよ」
「それは、正しく産まれていれば俺は子どもの頃に死んでいたからでしょう」
何日も食べていない状態で父親に森の中へ捨てられ、死を待つしかなかったこの身だ。
香流が森に住んでいなければ出会うこともなかった。香流が歪んで産まれたからこそ生きている最たる存在が自分で、この人達からすれば理から外れた命だと言われても何の反論も出来ない。
「あなたが香流の事を大切に想ってくれているのは良く分かりました」
現世の警察学校へ赴いていた時、香流から一切音沙汰がなかった理由も。
そもそもスマホをほとんど見ることのない香流だから、あまり気にしていなかったけれど。雲雀は何も言わなかったし、半年後に帰ってきたふたりはあっけらかんとしていたから。
「それでも、俺は香流の事を歪だと思いたくありません」
「さっきのあの子を見ても?」
「さっきの姿を見たからです」
香流が忘れたがっていたなんて、思いたくないだけかもしれない。
香流は忘れたかった。それが事実でも、それは当然だ。
「香流、やっとばあちゃんの話が出来るようになったんですよ」
香流には、手を引いて引き上げてくれる人達がいる。
あるがままを受け入れて、そのままでいいんだよと笑い合える人達に囲まれる事がどれだけ幸せなことか。
「人は、傷を受ければ歪みます。そうやって歪んで、崩れて、壊れて、また再生しながら生きていくんです」
その再生した形が本来のものとは違っていても。
それが間違っているとは思わない。逃げずに戦い続けた証は決して醜いものではない。
「全部なかったことにして、宝石みたいに扱うのは香流の命を否定することだ。俺は弟としてそれは許容出来ません」
何を血迷うところだったんだろう。
香流の意思が一番大切だ。そう思いながら自分だって過去に向き合うことから逃げていた。
初めから何もなかったみたいに生きるあの女の子は、香流じゃない。
家族として過ごしてきた香流は、
男らしさに憧れるような子どもだったし、
嫌だと思ったら訓練からも平気で逃げるし、
そもそも警察学校で大人しくしていた訳がない。
「香流をお人形さんにはさせません」
川崎はかけていた眼鏡を加瀬へ叩きつけた。
加瀬の目の前で眼鏡が弾ける。加瀬は怯みもしない。
「意見が合わなくて残念だよ、義弟くん」
加瀬は優しく微笑んだ。
視力を失くした川崎の視界がぼやける。薄明かりも入らない視界の中、眼前に漆黒が立つ。
「おや、お早いお帰りで」
「そりゃあ、可愛い息子の一大事だもの」
森谷は川崎の頭を包むように撫でて、加瀬に向かってウインクをした。
川崎はとても嫌そうな顔をして森谷を押しのける。
「息子はいいけど、それはやめて」
「えぇー。何でよぅ」
「それで、人助けは出来たのかな?森谷さん」
あくまで表情を崩さず尋ねる加瀬は、悪びれる様子は見られない。
いくら死のうが、いくら人としての生を狂わされようが、至極どうでもいいと言った加瀬の態度は川崎には理解し難い。そもそも、理解したいとも思わないが。
「俺には優秀な部下がいるんだよ。まぁ後でいっぱい文句言われるだろうけど、そんなことは些末な問題だ。それより、加瀬くんには聞きたいことがあるんだ」
「何だい?」
加瀬に小首を傾げられ、森谷も同じように小首を傾けた。
「香流を虐めていたお前が、何で今更香流を欲しがっているのかなぁって」
顔を上げる川崎は見ずに、森谷はとんと足元を鳴らす。
黒く透明な球体が川崎と黛を包んだ。卵の中で守られる雛鳥のような術は、魔王らしからぬものだ。加瀬はふふふと吐息を零した。
「目上の者に対する態度がなっていないよ、森谷くん」
「やだなぁ。こっちでは俺が上司だよ、加瀬」
突如、キィン、と耳障りな音がした。
黛が弾かれたように身体を起こす。
「ベリアル」
加瀬と黛が同時に名を呟く。
黛は顔を顰めた。対象的に加瀬は穏やかに笑みを携えて立ち上がる。
「加瀬!」
「雲雀。放っておきなさいな。香流なら大丈夫だよ」
「森谷さんはアレを見てないから言えるんだ!香流、姿が変わって、声も、違って⋯!」
「香流なら大丈夫だよ」
壊れた機械か。何が大丈夫なものか。
コイツは何を考えているのか分からない。守りもしないくせに、いつも大事な時は側にいないくせに、父親面だけしやがって腹が立つ。
「攫って行ってもいいのかな?」
「えー。まだお嫁には出したくないけどねぇー」
「森谷!」
黛が声を張り上げても、森谷はいつも通りののらりくらりとした様子を崩さない。
「雲雀は心配性だなぁ」
「⋯⋯っ、結局、お前には人間の気持ちなんて分からないんだろ!」
「雲雀」
「だから無理矢理にでも連れ出さなかったんだ!そうすればアイツがあんなに苦しむことだってなかったのに!」
「香流がそうして欲しいって言わなかったからね」
あぁ、ムカつく。
苛立つ黛を、加瀬が穏やかな口調で宥める。
「まぁ、森谷さんには誓約があるからね。そんなに怒らないであげてよ」
「うるさい!」
立ち上がって手を振りかざした黛が、何かに殴られたようにソファーへ倒れ込む。
そのまま、額を押さえて蹲る。脳が焼き切れるように痛い。鼻から、口から、流れるように血を流す黛を川崎は支えながらハンカチを渡した。
「ほら、気を付けないと。君は人間なんだから」
「⋯⋯っ!」
「ベリアルの早計さにも感謝しなきゃね。それじゃあ、また」
加瀬はそう言い残すと、ふ、とかき消えるように姿を消した。
それと同時に黒霧も消えていく。完全に黒霧が消えたのを待って、森谷は術を解除した。
「あぁもう、お前も無理する子だねぇ。島の結界維持しながら賢吾守って、その上攻撃なんか出来るはずないでしょ」
頭に触れようとしてくる手を払って、黛は森谷を睨み上げる。
「なんで行かせた!」
「むしろこれで良かったと思うけどね。アレ相手に賢吾を守って、誰の犠牲も出さず結果は最良だよ」
「あの、一緒にいたおじさん消えてしまったけど⋯⋯」
「えっ!?あー、先避難させてやりゃあ良かったかな」
何をいけしゃあしゃあと。
ダメだ。血が足りない。頭がくらくらする。
殴りかかりたいのに立ち上がれない。意識が朦朧とする。
やらなければならない事はたくさんある。
加瀬を追いかけなければ。香流を連れて行かれてしまう。
ベリアルが帰ってきた。学校を守らなければ。
結界に穴が空いた。余計なものが入ってくる。
俺がやらなければ。俺が何とかしないと。
出来るはずだ。俺はお兄ちゃんするって約束したんだから。ばあちゃんとの約束は守らないと。何のために今までアイツが、頑張ってきたことを残してやらないと―――
「まゆ、もういいのよ」
定まらない思考の波に呑まれていると、温かい何かに包まれた。
瞬時に思考が掻き消える黛の頭を抱えて、柚姫は諭すように穏やかな口調で紡ぐ。
「もう大丈夫よ。お兄ちゃんはちゃんと前を向いてるのよ」
「ゆ、⋯なん、」
「ずっと守ってくれてありがとう。―――休んでいいのよ」
そよ風が吹く。
あぁ、心地良い。あの時に見た光が瞼の裏に差し込んで、波打つように緑が揺れる。
すぅと穏やかな寝息で眠りにつく黛を見下ろして、柚姫はそっと短い黒髪にキスを落とした。
「パパ。まゆをお部屋に連れて行ってあげて」
「柚姫、仕事は?」
「ゆずは今から賢吾と大事な仕事があるのよ」
とんと胸を叩いて、柚姫は指を伸ばした。
細く透明な指先に、白い羽毛の小鳥が留まる。小鳥は首にスマートウォッチをぶら下げていた。
「加瀬さんがおじさんを消した動画を撮ったのよ!」
「⋯⋯え!?」
「ルフちゃんにお願いしておいたのよ。ね」
ルフは柚姫の指の上でくるりと一回転した。
えっへんと鳥胸を誇らしげに反らし、次に賢吾の頭の上に飛び移る。
「動画編集して暴露するのよ!社会的に抹殺して現世から追い出すのよ!」
「すごいね、柚姫」
「ずっと現世のスパイしてたもの!これくらいおちゃのこさいさいなのよ!」
柚姫もルフと同じように胸を張った。
あまりの可愛さに森谷が突撃する。柚姫も森谷の背中に腕を回した。
「柚姫は天才だ!」
「やれば出来る子代表格なのよ!パパも後で手伝ってね」
「それくらい手伝うよ」
ほのぼのとした親子のやりとりに、川崎は肩の力が抜ける気持ちだった。
先程までの緊迫した空気が嘘のようだ。けれど、香流のことは気にかかる。ふたりして香流は大丈夫だと言う根拠が全く見えてこない。
「香流のところには行かないんだよね?」
「行かないのよ。お友達がいるもの」
「⋯⋯警察学校で、大変だったみたいだけど」
明言は避けて伝えても、柚姫は笑顔を崩さない。
ルフも頭の上でクルクル回っている。この状況を楽しんでいますと言わんばかりだ。
「賢吾は忘れたの?」
「⋯⋯何を?」
「お兄ちゃんは強いのよ。そして、味方を増やすのがとっても上手なのよ」
「加瀬連れて帰って来られるのは困るなぁ」
苦笑いしながら森谷は黛を抱え上げた。
お姫様のように抱かれて眉間に皺が寄っている。とても嫌そうなのは、さっきの言葉に反応したからなのか、それともこの状況なのかは川崎には分からない。
「香流は大丈夫だよ。例え正しいとされる世界に惑わされてもきちんと帰ってこれる」
「そうかな⋯⋯」
「だって、超ブラコンのアイツが賢吾のいない世界を許せる訳ないでしょ」
言われた言葉に、川崎は即座に納得した。
納得した上で、顔が熱くなってくるのを感じる。
「正しく産まれていれば俺は子どもの頃に死んでいたからでしょう」
それは、確かに自分で言った台詞だ。
香流がいなければ死んでいた。香流だけが救い上げてくれた。唯一無二の存在で、家族で、何よりも大事なひと。
無意識に求める愛情の正体を、随分前にもう気付いてしまっている。
「香流にとって、始めて出会ったお前が一番大事な人間なんだよ」
森谷は笑うように言いながら、扉へ向けて足を伸ばした。
ゆっくり歩いていく背中を見送って、川崎ははぁーとため息をつく。
「そんなの、俺だって同じだよ⋯⋯」
香流に早く帰ってきて欲しいと誰より願ってるのは、俺なんだから。
「さ、気を取り直してお仕事するのよ!」
「うん、そうだね」
「⋯⋯あ、賢吾。さっきまゆにちゅーしてたのはナイショにしてて欲しいのよ」
「雲雀は喜ぶと思うけど」
「それでも、ナイショなの!」
くすくすと笑みを零す川崎をポカポカ叩きながら、柚姫まで真っ赤になっている。
ルフは川崎の頭の上で羽を休め、ピィ、と小さく鳴いた。




