白兎事件編33(文化祭・3/戦闘開始・2)
(柳瀬・中学学舎にて)
集めた男共へ命令を下し、屋上から文化祭の喧騒を見下ろす。
懐かしいこの場所は、中学時代に毎日柚木と中川と一緒に弁当を食べていた思い出の場所だ。
それから木戸のアホが増え、小波が増え、俺の周りはえらく賑やかになった。
今更ひとりでも良かったと、そう思いはしない。余計なものが増えることは無駄が増えることじゃない。
柚木を見ているとそう思う。大事なものを守るために行動するなんて大義名分、俺には似合わねぇんだけどな。
「さぁて、始めるか」
扇子を屋上へ置いて手を添える。
柚木はもうあちらへ飛んだだろうか。子連れで多少ばかり不安は残るが、向こうには小波がいるから大丈夫だ。
怪我をしなければいい。まぁ、ここにいるよりかはいくらかマシだろう。
「封扇華」
紫色のアネモネが、扇子から4つ、飛び出して行く。
花は学校舎を囲むように落ち、薄紫色の立方体の膜を張った。
柚木はどう考えているか知らないが、俺は『白百合の純潔』に関わる者は皆殺しでいいと思っている。
兎の子供も同様だ。アレに連なるものを生かしておく義理はない。ただ、表立っての殺戮は柚木が気に病む可能性がある。
柚木不在のうちに上手く処分出来ればいいが。あの兎に関しては生きていようが死んでしまおうがどうでも良い。
俺はスマホを取り出して電話をかけた。学校の外ではヒツギが待機している。
「ヒツギ、校舎は上手く隔離出来たか?」
「俺の見える限りでは島から消えていますよ」
「ならいい。余計なものが出ないよう見張っていてくれ」
「分かりました」
スマホを下ろしかけた瞬間、スマホに向かって何かが撃ち込まれた。
床へ落ちた欠片を見下ろす。
所々白く色付いた透明の塊。氷の礫か。一斉に飛んでくるいくつかの塊を、スマホの面で受け止める。
「貫通もしねぇ」
ため息をついて、そのまま氷の礫の発現先へ向かってスマホを滑らせる。
それと同時にスマホの後を追う。氷の礫が飛んで来たのをスライディングで避け、もう一度スマホを蹴飛ばした。
術師の足元へスマホが届く。パチンと指で弾くと、一瞬止まる術師の挙動。
「何も起きねぇよ」
首元目掛けて蹴りを放つ。鈍い音と共に、軽い身体が屋上の柵へ打ち付けられる。
軽い足取りで術師の元へ歩を進める俺に、術師の女が咳き込みながら白いフードを外した。
「ひ、あ、あの!」
「術師は術を奪われれば非力よねぇ。アタシは一度しか使えない術。アンタは恐怖で使えなくなった口。最後に立つのはどっちだと思う〜?」
にこりと優しく微笑んで、女の襟元を掴む。
「アタシの術は発動すれば解除するまで多用できない。その情報をアンタはどこで聞いたのかしら?」
そのまま柵の向こうへ連れて行く。宙ぶらりんになった女が、じたばたと足を動かす。
あぁ、まるで虫ケラのようだ。
「クソババアに伝えておけ。俺を殺したいならもう少し頭を使えってな」
「ひ、あ―――!!」
劈くような悲鳴を皮切りに、ぱっと手を離す。
「灯に集った虫ケラは一体何匹なのかしら」
楽しい狩りの始まりに、俺は笑みを隠せなかった。
(柚木・中庭にて)
石田クラスは、とてもすごかった。
俺がテーブルから顔を上げたら、もう白いフードの女の人が生徒達に捉えられていた。
そして、石田と中川はまだ踊っていた。
「何で⋯⋯?」
「事情は聞いています、お巡りさん」
「!」
肌の青い異星人の男子生徒が、右手を差し出してくる。
何となくその手を握った。膝をつく男子生徒を、他の生徒達がずるずると引きずっていく。
「柚木なら残ると思ってたよぉ」
マイク越しに中川がウインクをした。俺は何とも言えない顔でステージ上の中川を見上げる。
「石田クラスは精鋭揃い!」
「戦闘に長けた種族で固められた最強の学年!」
「石田先生をしっかり守ります!」
「何故ならたくちゃんは純潔の女の子だから!」
「やめて!」
石田がしゃがみこんで泣き始めた。隣の中川がポンポンと慰めている。
「中川、俺外を見てくる!」
「はぁい。着替えたら追っかけるね〜」
のんびりと中川が手を振ってくる。俺も手を振り返して、窓から外へ飛び出した。
窓は、中学学舎と高校学舎の間にある中庭へ繋がっている。
屋台の邪魔をしたくなかったので、少し離れた場所を進む。生徒達を驚かせたくなかったから、銃器は持ち込んでいない。肉弾戦になるなら広い場所の方がいい。
でも、やっぱり敵は女の人かぁ⋯⋯。とても殴りづらい。自分より弱い女の人を殴ったり蹴ったりするのは男らしくない。
「どうにかして戦わずに無力化出来ねぇかな」
悩みながらあてもなく走っていると、急に頭上から悲鳴が聴こえてきた。
見上げると、白い女の人が上から落ちてくる。
「何で!?」
真下は外廊下。コンクリートだ。大怪我じゃ済まない!
でもここからじゃ間に合わない。学校に住んでた動物っていたっけ!?
「もう何でもいいから、クッションになってくれ!」
慌てて叫ぶと、ぼこ、と地面が盛り上がった。
え、と思う間もなくぼこぼこと地面に穴が開いていく。そこから這い出てくるたくさんの虫達が、落ち葉や土を運んで一斉に女の人の着地点へ向かって行く。
ぼす、と鈍い音がした。
「あ、ありがとう」
まずは先に虫達には帰ってもらって、いなくなってから盛り上がった落ち葉と地面の元へ駆け寄る。
女の人は、気絶しているようだった。どこから落ちたか分からないが、とりあえず外傷はなさそうだ。
触る訳にもいかないので、周りに目を配っておく。襲われたなら狙っている何かがいるかもしれない。
落ちた場所は中庭の端だ。良かった、他に生徒がいなくて。少しほっとしていると、急に女の人が起き上がってきた。
「あ、あっ、ああぁ」
頭を抱えて唸る女の人は、混乱しているようだ。
しゃがみこんで視線を合わせる。焦点の合わなかった女の人の青い瞳が俺を捕らえると、急に泣き始めてしまった。
え、と固まってしまう。
そのまま何も言えずにいると、しばらく泣いていた女の人がしゃくりあげながら頭を何度も下げた。
「た、⋯⋯助けてくれたの、ありがとう」
「どういたしまして」
反射的に答えると、まだ泣いているが、女の人は白いフードのついたローブを脱ぎ捨てた。
薄い水色の髪がボサボサになる。それも構わず女の人は髪を掻きむしって、怒りの混ざった声でぶつぶつと呟く。
「話が違う、アレは何よ、化け物じゃない⋯っ」
「化け物?」
「⋯⋯あなたは、何?この星の人?」
聞かれたので、頷いておく。この星の人なのは間違いない。
「この星の人は魔法が使えないから、簡単に制圧できると聞いていたのに⋯⋯あなたは魔法が使えるのね」
魔法ではない。虫達に救助をお願いしただけだ。
でも、制圧と言った。白い服を着ていたし、この女の人は『白百合の純潔』の人で間違いないな。
俺は黙って頷く。この人の言う通りにしておいた方がいい。ここで俺が何かを知られるのは厄介だ。
「ここには色んな人がいるから、魔法を使えたりしても不思議じゃない」
「⋯⋯そう。知らされなかったと言うことは、私はあの方に信頼されていなかったと言うことね」
女の人は吐き捨てるように言った。最近まで夏椎に報連相をしなさいとチクチク言われていたことが胸に刺さる。
「信頼、されてないわけじゃないかもしれないけど⋯。話し下手なのかもしれないし⋯」
目を逸らしながら言うと、女の人はふっと笑った。
何で笑われたのか分からない。女の人の方を見ると、変な団体に所属している割には普通の人のように見えた。
「あなた、いい子ね」
「あ、ありがとう⋯?」
「あなたみたいな子だったら、私みたいな愚かなことはしなかったのかな⋯⋯」
愚かなこととは、『白百合の純潔』に所属していることか、―――何の関係もない人の命を奪ったことか。
「何かあった?」
知らない顔で尋ねる。答えないかと思ったけど、女の人は俯いて小さな声で話し始めた。
「私の恋人は流行病で死んでしまったの」
エリックが責任を負わされたと言っていた流行病のことかな。
それが原因で国中大変なことになって、エリックが処刑された。―――と言うのは建前で、エリックはここへ飛んで来た。
何だっけなぁ。あの時何でか大人になれなかった日が続いてたんだよなぁ。
だから初めてエリックと話したのは子どもの姿だった。その後大人の方で会いに行っても何も聞かれなかったから、気付いてないとは思うけど。
翔真が勝手にペラペラ話すとは思えないしな。と言うかアイツ最近バイト行ってるんだろうか。
ぼんやり考えていると、女の人が静かに目を伏せた。
「仇討ちのつもりだったけど、もうお終いね」
「そうなの?」
「もうアレと関わりたくない⋯⋯」
女の人はガタガタ震えている。
可哀想だな。とか思っちゃいけないんだよな。この人は敵なんだから。
死んでしまった人達のことを思うと、許すことは出来ない。まゆに手を出そうとしたことも許せない。
それでも、命を奪う、奪わないが解決方法になるなんて間違ってる。
この人を裁けるのはこの人達に殺された人達だけだ。裁くのは俺じゃない。
「関わりたくなくても、あんたが奪った命からはずっと逃げられないよ」
俺だって、同じだ。
『永霊会』の奴らがどうやって生きてきたかなんて知らない。俺がされた事だってみんな怒ってくれるけど、―――殺してないからそんな事言えるだけだ。
アイツらの存在を否定して、魂ごと消したのは俺だ。
きっと他にも解決方法があったかもしれない。それを選ばず短慮に行動したのは俺の過ちだ。
「命の向こう側には必ずその命を想う誰かがいる。その人達に同じ思いをさせたことは忘れないで欲しい」
「⋯⋯あなた、」
女の人が何かを言いかけた瞬間、ズン、と鈍い音がした。
嫌な感じがする。立ち上がった俺の手を、女の人が掴んだ。
「誰かが死んだわ」
「死⋯⋯?」
「この建物のどこかに、命と引き換えに発動する召喚紋を貼り付けてある。じきここへ魔物が流れてくるわ」
魔物⋯⋯?
一気に血の気が引く。石田。それに学校から島へ魔物が流れれば賢吾とまゆだって危ない!
「止めに行く!」
「待って、あなた解除方法知らないでしょ!」
「全部倒す!」
「そんな無謀なこと⋯!」
女の人の手を振り払って、音のした方へ走り出す。
「待って!」
その隣へ、女の人が並んだ。驚いて思わず立ち止まる俺に、女の人は呆れ顔で足元を指さした。
「私の魔法属性は氷よ。スケートにすれば移動は速いわ。それにしてもあなた女の子なのにすごく足が速いのね」
女の子じゃない。と言いたいけど、今は女に変装している。否定出来ないのがすごく悔しい。
女の人は前を向いて、唇を噛み締めるように顔を顰めた。
「⋯⋯あなたを手伝うわ。私だって趣味嗜好で命を奪った訳じゃないもの」
「ありがとう」
「お礼は言わないでよ。これ以上犠牲を出したくないの。だから手伝うだけよ」
女の人は俺に握った拳を出してきた。何だろう。手を出さずにいると、女の人は更に手を伸ばしてくる。
「⋯⋯もらっておいて。罪滅ぼしではないけど、あなたが持っていた方がきっといい」
そんな事を言われても⋯⋯。しばらく待っても女の人は手を引っ込めないので、仕方なく何かを受け取る。
「何これ?」
手のひらを開いてみると、チェーンのついた白い石だった。
正直、いらない。でも女の人は勝手に俺の首にチェーンを巻き付けてくる。
「あなたの魂はとても綺麗ね」
「はぁ⋯⋯?」
「救世主があなたみたいな人だったら、私は道を違えなかったかな⋯⋯」
女の人は笑っているけれど、俺は首元がチャラチャラして落ち着かない。
でも付けていないといけないのか。とても困る。とりあえず服の中へしまうと、今度は肌が冷たくてむず痒い。
「私はフィオネ。あなたは?」
「ゆ、⋯⋯あ、えっと、日生。です」
「そう。ヒナセ、闇雲に動いても疲れるだけよ。大元を断てば魔物の進行は止まる。まずは召喚紋を探しましょう」
「で、でも魔物が⋯⋯」
言いかけて、はっと気付いた。
そうだった。俺はひとりじゃなかった。
「中川!」
「はいはーい」
思わず声をあげると、呑気な返事をして空から中川が降りてくる。中川は降りたって羽をしまうと、フィオネを見てぎょっとした顔をした。
「ど、どなた?」
「フィオネだよ。俺達で今から召喚紋を探してくるから、中川は魔物の方を頼む」
「わぁ、相変わらず説明へったくそ」
中川はうーんと腕を組んだ後、ばさ、とまた天使の羽を広げた。
「とりあえず魔物がいるなら避難が必要だね!生徒達に呼びかけてもらうよう石田くんにお願いしてくる!」
「うん、ありがとう!」
「くれぐれも気をつけてね!」
ふわりと飛んでいく中川を見送って、俺はフィオネに向き直る。
「フィオネ、召喚紋はどこから探せばいい?」
フィオネはぽかんとしていたけど、俺の目を見てきりっと眉を釣り上げた。
「召喚紋は薄い羊皮紙よ。恐らく、どこか人目に付かない壁に設置されているはず。私なら召喚紋を解除できるわ」
「じゃあ音がした方から探そう!」
フィオネは頷いて、足元に氷のリンクを貼る。
いいなぁ、魔法。魔法の使えない俺は走るしかない。とにかく早く召喚紋を探し出すため、フィオネとふたりで急いで駆け出した。
敵を味方にする、その一点は優れている柚木です。




