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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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78/82

白兎事件編31(文化祭・1/開幕)

文化祭が始まりました!

一人称視点、三人称視点バラバラですみません。

(三人称視点です)

 

 AM6時


「じゃあ、お兄ちゃんまたね!」

「行ってらっしゃい」


 またしばらく現世での生活が続く柚姫は、フリルのたくさんついた白とピンクのワンピースを着てくるくると踊るように回っている。

 今日も朝からご機嫌だ。きっと天気もいい。柚姫は最後に同じ姿の柚木にぎゅっと抱きつく。


「ゆずはこっちのお兄ちゃんが大好きよ」

「⋯⋯好きになれるよう努力する」

「そんな努力しなくていいのよ。大人のお兄ちゃんも大好きよ」


 柚姫は小さな手のひらで柚木の頬を撫でた。

 同じ顔。同じ瞳の色。違うのは髪の長さだけ。

 受けた痛みを共有出来たら。幸せな気持ちを共有出来たら。でも悲しいほどに双子は同一ではなく、単一と単一の存在だから。


「ゆずがお兄ちゃんのことたくさん大好きでいるから、お兄ちゃんは無理に好きになろうとしなくてもいいのよ」

「おれも柚姫が大好きだよ」

「知ってるのよ!生まれた時から一緒だもん!」


 柚姫は身体を離すと、大きく手を振って紫色の提灯へ駆けて行った。

 家族が行ってしまうのはやっぱり少し寂しい。誤魔化すように下を向いて踵を返すと、ぼふ、と何かに衝突した。


「寂しがってない?」


 見上げると、似合わない眼帯を付けた黒髪の木戸が笑っている。

 お互い縮んでいるので距離が遠い。柚木は何も返さず姿を変えると、今度は目線の近付いた後輩にデコピンした。


「お前がいるから寂しくない」

「先輩⋯⋯!」

「あと中川も柳瀬も、今日は愛敬も帰ってくるしヒツギもいるからな」

「あ、はい」

「⋯⋯帰ってきたらちゃんと戻れよ。俺は赤い方がいい」


 言い終わらないまま柚木は家の中へ戻って行った。


 赤い方がいい。それって大きくてもいいって事だよな!?


 大きい人は好きじゃないけど、俺ならいいって事だよな!?もうこれはあと一押しじゃないか!?もうだいぶいい感じなのでは!?


「がんばるぞー!」


 木戸はガッツポーズを空へ掲げた。



 家に入った柚木は、キッチンへ向かう途中で柳瀬に抱きとめられる。

 柳瀬は今日は仕事に行っていない。単純な客ばかりなので幻術にお任せしていたらしく、寝る時まで離さない徹底的な柚木フルチャージを行っていた。


「柚木は大きい木戸が好きなの?」

「だってあれじゃ全力で戦えないだろ」

「あぁ、そういう⋯⋯」


 柳瀬はほっとした。良かった、木戸に好意を抱いた訳ではなくて。そんな悪夢みたいな事になったらうっかりアイツを滅してしまいそうだ。


「柳瀬は何か食べたいものある?」

「えぇー。じゃあ柚木のだし巻きがいい」

「いいよ」

「お返しに俺がコーヒーいれてやるよ」

「うん、ありがとう」


 とっても穏やかな会話と微笑み合うふたりを遠巻きに眺めながら、パッセルはひとり震え上がっていた。

 中川はまだぐっすり眠っていた。




 AM7時


 広い畳の部屋には、大型のテレビと最新のゲーム機、そして長い座卓とふかふかの座布団。それに下ろしたてのお布団が敷かれている。


「何でお布団だと犬の姿で寝たくなるんだろうねぇ〜」


 ポメラニアンの姿になった翔真が夏椎の胸の上でヘソ天でゴロゴロしている。

 夏椎は拝みたいほど幸せな気持ちだった。もふもふが時々顔に触れる幸福。そろっと毛の中に手を入れるともふっと吸い込まれるようで思わず抱きしめたくなってしまう。

 でも翔真は友達。我慢、我慢。


「おっはよー!」


 パァン!と勢いよく襖が開けられた。

 襖の向こうから制服姿の(きみ)が現れる。その隣には吹雪の姿もあった。

 むくりと翔真は勢い良く起き上がった。


「おはよー!」

「おいおいお前らまだパジャマ姿かぁ〜?」

「雪ちゃんと梓くんは?」

「アイツらなら朝飯の準備手伝ってるよー」


 公は言いながらばさっと(こう)の掛け布団を剥ぎ取る。

 晃は眉間に皺を寄せて身体を丸くした。嫌そうな顔をされて公はにんまりと口角を上げる。


「朝から嫌っそう!」

「ほんといい性格してるよね、公くんって」

「吹雪!俺達は今はこの御三方の忍びであるぞ!さっさと着替えを持って参れ!」

「いや、自分で取りに行くよ」


 夏椎と、人型に戻った翔真が立ち上がる。

 朝の幸せもふもふタイムを満喫していただけでふたりは寝起きなわけではない。ただひとり、布団の上で丸まっている黒いのだけは起き上がる気配はないが。


「そっちの着替え手伝ってあげて」


 翔真は冷たい瞳で晃を指さした。

 

「よし、男子中学生をひん剥くぞー!」

「言い方!」

「⋯⋯!」


 さすがに晃は起き上がった。公ならやりかねない。飛びついてくる公を避け、晃は影の中に潜り込んだ。


「あ、逃げられた!」

「良かった、公くんがいたらスムーズに起きるね」


 柚木の動物攻撃、石田の元気ハツラツおはよう攻撃がなくなって晃を起こすのが少しめんどくさいなと思っていたが、これなら自分の手を煩わせることもなさそうだ。

 晃は無理やり叩き起すに限る。幼なじみとして嫌というほど晃の寝起きの悪さを理解している翔真は、着替えながらぽいっと晃の制服を畳へ投げ捨てた。


「晃。今日くらいちゃんと制服着なよ」

「今日は文化祭!だもんな!」

「そう!」


 公がからりと笑うと、翔真はぐっと拳を固めた。にやつく顔が抑えられない。

 

「学校で香流お兄ちゃんに会える!一緒にお店回れる!夏椎も一緒に行こうね!」

「うん。まぁ余計な人たちも付いてくるけどね」

「ほんと。香流お兄ちゃんだけが良かったなぁ〜。まぁ、中川さんは別にいいけど」

「あの人来たら出店潰れるよ」


 当然その事は念頭に入れている柚木は、朝から大量のおにぎりを(こしら)えている。

 中の具材もランダムに変えてある。飽きのこないおにぎりは地上で戦う中川の必需品だ。


「翔真のお兄ちゃんに会うの楽しみだなぁ。警察官なんでしょ。イケメンだったら雪絵が喜びそう」

「イケメンではない」

「お前、兄に向かって⋯⋯」

「さ、朝ごはん食べに行こ!晃!早く出てきてよ!」


 着替え終わった翔真は、ぺしぺしと畳の影になった部分を叩く。

 晃はしぶしぶ姿を現すと、夏椎の背中に隠れながら着替え始めた。夏椎は既に着替え終わっているが、晃が終わるまでじっと待つことにする。


「夏椎は優しいねえ」

「このひっつき虫め」

「あはは⋯⋯」


 ようやく全員着替え終えると、先頭に公、殿(しんがり)に吹雪が並んで大広間へと降りて行く。

 大天狗の屋敷はとても広い。何部屋あるのか全貌はよく分からないが、妖怪の國の中でも一際大きな建物で、診療所も兼ねているらしい。

 別棟には小さな子どもが通う幼稚園のような教育部屋もあり、そこで人を襲わないよう訓練をするのだと公が教えてくれた。


「俺達も人を脅かすのが生業の妖怪だからねぇ。でもねぇ、俺には人の世界の中で叶えたい夢があんのよ!」

「どんな夢?」

「世界を飛び回りたいんだよ!そこで撮った映像で映画作んの!もちろん主演は俺!」

「すごく壮大だね」


 世界を飛び回ってふらふらしている人に心当たりはあるが、公の方が目標がしっかりしている。夏椎は感心した。


「あと大学で遊びたい!彼女欲しい!」


 急に目標が俗っぽくなった。


「彼女欲しいの?」

「いや何で欲しくないの!?おたくら中学生でしょ?中学生なんてその辺の花にさえムラムラする生き物よ!?」

「それは語弊があるのでは?」


 殿から吹雪が突っ込みを入れた。幼なじみとして脳内お花畑と一緒にして欲しくない。


「そう言えば公くん、真生(まお)と一緒に女の子の写真見てたねぇ」

「雪絵とさくらも見てたけどね!」

「何であのふたりの方が男子中学生に順応してんの?」

「翔真にはないの?おっぱい大きい方がいいとかない方がいいとか!」


 翔真は思考停止した。

 すぐさまぶんぶん首を振る。


「その話は今しないで⋯⋯!」

「何でー?じゃあ晃は?」

「知らん」

「夏椎は?」

「人の個体に優劣を付けるのは良くないことだよ」

「すごい正論で返してくるじゃん⋯」


 公はふむ、と顎に手を当て思考する。

 ぱいおつで判断出来ないとなれば、もう最終手段しかない。


「じゃあ中3部で誰が一番可愛いと思う!?」

「夏椎」

(こう)ー!!」


 公はがくりと項垂れた。

 板張りの廊下で蹲られ、全員の足が止まる。邪魔すぎて避けて進むことも出来ない。


「俺の意図する答えと違う応えを返さないで!」

「じゃあ公くんは?」

「ダントツえおのちゃん!」


 なるほど。吹雪までもが妙に納得した。


「塩対応大好きだもんね公くん」

「小さくてふわふわしてて可愛いし塩対応で最高でしょ!」

「それは異性としての好意なの?」


 公に手を差し伸べながら夏椎は尋ねた。

 公は夏椎の手をとって、うーんと眉間に皺を寄せる。そう言われるとそういう好意とは違うような気がしないでもない。


「俺も可愛いと思う人はいるけど、それが異性としての好意かと言われると分からないんだよね」

「えっ、誰?」

「柚姫さんのことは可愛いと思うよ」


 明るくて元気で優しくて一緒にいるとこちらまで引き上げられる感覚になる。

 けれど、それだけだ。そこからの欲はない。そもそもあの人は黛さんが片思いしている相手だし、横槍を入れるつもりもない。


「確かに柚姫お姉ちゃんは可愛い」

「異性への好意って、どこか支配欲と似ているよね。俺はよく分からないけど、片思いが暴走してる人は見てるから何となく分かるようになってきた」

「支配欲⋯⋯」

「一気に恐ろしいものに思えてくるんですけどぉ⋯⋯」


 夏椎の論理的な思考に妖怪ふたりがドン引きしている。


「つまり導入が「可愛い」から始まって、そこから「視界を奪いたい」へ繋がり、「触れたい」へ発展して「独占」「結合」へ決着するのがお付き合いなのかな」

「全然えろくない言い方するじゃん⋯⋯」


 結合て⋯⋯。

 分子科学の話だったかな⋯⋯。


「向かう方向が一定でないのが人間の難しいところだよね」

「じゃあ世界の恋人さん達はすごい過程を乗り越えてきたんだねぇ」

「それが男女で終わらないのも人間の不思議なところだよね。俺は別に否定しないけど」

「夏椎はおおらかだよねぇ」

「住んでたところは同性同士でキスしてる人もいたからね」


 空き教室を開けたら始まっていた時は驚いたけど、すぐに扉を閉めて教師へ報告した。

 島にはそんな人達はいないし安心して学校へ通える。達観した目をする夏椎は公と吹雪には人生何周目かの猛者のように見えた。


「俺は女の子がいいな⋯⋯」


 公は吹雪を見てすごく嫌そうな顔をした。


「俺も嫌ですけど!」

「男女の愛を俺達に持ち込まないで吹雪さん」

「持ち込んでないわ!」


 ふたりがぎゃあぎゃあ言い合いをしていると、ぶわ、と突風が吹いた。

 公と吹雪の髪がボサボサになる。ずんずんと大股に歩いてきた大天狗は、険しい顔をして5人の前で腕を組んだ。


「公!吹雪!遅い!」

「おじいちゃん、おはよう!」

「おはよぅ⋯」


 朝から翔真の破壊光線が炸裂し、トゥンクと大天狗はときめいた。

 夏椎の瞳から光がなくなっていく。冷めた瞳も可愛い。晃も隣でときめいていた。


「朝ごはんなぁに?」

「鰆の煮付けと山芋と油揚げの煮物とほうれん草の味噌汁だ」

「和食!」


 ぴょんと翔真は跳ねた。


「早く行こ!」

「軽い猥談のつもりがなんでこんな事に⋯」

「公くんが悪い」


 歩き出す3人組の後ろで項垂れながら、公と吹雪も後に続いた。


 


 AM8時


 起きてきた中川に朝ごはんを出して、洗い物はタナがしてくれると言うので柚木は誘われるまま柳瀬の部屋に通されていた。

 壁に多種多様な武器(これは愛敬の趣味)、タンスの上にふたりが現世でデートした時の写真が飾っている。

 セミダブルのベッドと対になるように壁にかけられた大型のテレビモニターは迫力がある。天井にはスピーカーもあった。

 柳瀬がベッドの足元にある扉を開けると、ずらりと大量に服が並んでいた。

 柳瀬は既にセッティングされた一式をベッドへそっと置く。


「⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯」


 柚木は黙って踵を返した。


「柚木、ここでは俺がルールだ。A地区に足を踏み入れた以上俺のルールに従うべきだ」

「変装は理解出来るけど女装はしない」

「大丈夫、お前は女装と言うより見た目に沿った正しい格好をするだけだ」

「正しくないし、こんな動きにくい服着て戦えるか!」


 柳瀬が用意したのは愛敬御用達のフリフリの多いワンピースだ。

 柳瀬はちっと舌打ちして次の一式を用意した。


「何で学校行くのにお腹出さなきゃならないんだよ!」


 次。


「何これ、服⋯⋯?服の面積⋯⋯?」


 次。


「⋯⋯せめて男が着ても違和感ないのにしてください」


 ついに懇願された。

 慣れない敬語を使ってくる柚木に正直抑えきれない何かが顔を出しそうになるが、柳瀬はポーカーフェイスで本命を差し出した。


「長ズボンはだめなの?」

「だめなのです」

「あと絶対これ付けなきゃだめ?」

「柚木。髪の長い男はいくらでもいる。木戸だって髪は長い」

「⋯⋯うーん」


 納得しかねる表情をしているが、あと一押し。

 柳瀬はびしっと指を突き立てた。


「もし正体がバレて文化祭が台無しになったら弟が悲しむぞ!」


 最終兵器、弟を発動!

 柚木ははっとした。


「⋯⋯っ、⋯⋯我慢、する⋯⋯!」


 チョロい。


 コイツ本当に警察官か。詐欺にあう側だろ。親友として心配になるわ。


 でも柳瀬は口には出さない。計画通り。ハードルを上げて下げる、弟を使う。そして大人しくなった柚木は黙って女装をする!


 早速ウィッグの装着に取り掛かった。善は急げだ。もう嫌だとは言わせないからな。



 足元がスースーする。

 髪が鬱陶しい。はぁー、とため息をついて柚木はリビングの扉を開けた。


「中川、朝ごはん食べたー?」

「はぁー!!」


 パッセルが突如としてバターンと倒れた。

 さすがにびっくりした。リビングテーブルにつく中川と木戸は平然としている。


「あれ、木戸にしては意外な反応」

「大丈夫、脳裏に焼き付けてる」

「やっぱり頭狂ってたわ⋯」


 一点凝視の木戸に柳瀬は呆れ顔だ。木戸はうんうんと頷いてテーブルを叩いた。テーブルが真っ二つに割れた。


「ロングヘアも可愛い!」

「俺の朝ごはん⋯⋯」

「生足⋯⋯!先輩、いくら払えばいいですか!」

「とりあえず俺に弁償しろよお前」

「あー可愛い!やっぱり先輩は何着ても可愛い!世界一可愛くて愛してる!」

「はぁ」


 流れるような金髪は背中まで垂れ、鮮やかなオレンジ色のパーカーにサスペンダー吊りのショートパンツから覗く生脚が眩しい。

 脚が綺麗すぎて直視できない。肩が華奢!腰細い!

 柚木香流はショートヘアだけじゃなくてロングヘアも似合うなんて俺はもうどうすればいいのか分からない!


「別人に見える?」

「目の色変えれないの?」


 パンだけは確保していた中川は至極冷静に返答する。

 どうせ髪の上に髪をつけてるんだからいいか、と柚木は髪の色を戻して瞳にマナを集中させた。スカイブルーの瞳に変化すると中川はにこにこと頷く。


「うん、そっちの方が柚木感はないかも!」

「青でいいかな」

「青がいい!」


 柳瀬がすかさず返答した。濃さは違うが同じ瞳の色にテンションが上がる。


「どうせやるならちゃんと変装しよう」


 女の人の身体はよく分からないが、とりあえず声音だけは子どもの状態に戻しておく。

 見た目と声音の変化で完璧な女の子だ。胸はないけどなくていい。可愛い。生きてて良かった。木戸はとっても幸せだった。


「顔は⋯⋯」

「あぁ、顔はそのままでいいよ」

「なんで?」

「いつも思うけどなんで自覚ないの?鏡見てきたら?」


 同じ女顔の中川は呆れたようにパンを頬張った。


「中川よりは男らしいぞ、俺は」

「俺は可愛いを活用してるからいいんだもーん」

「この格好だったら島の中ウロウロしてても分からないかもな」

「じゃあ家から出てもいい!?」

「絶対能力使わない、普通の女の子として動けるなら許してやってもいいぞ」

「⋯具体的には?」


 そんなに家の中で篭っているのが嫌かぁ。柳瀬は苦笑いした。

 なんか家の中めちゃくちゃ綺麗になってるもんな。ずっと掃除してたのかな。キッチンなんか新品みたいになっててタナが困ってたもんな。


「柚木香流の名を名乗らない。俺って言わない。家族と俺達との繋がりを断つ。これは最低限だ」

「⋯⋯⋯」


 あ、拗ねた。


「じゃあ出ない」

「俺が保護した子って事にしたら?」

「一人称俺の女の子もいるよ」

「秒速で過保護に回んなぁお前ら」


 はぁ、と柳瀬はため息をついた。まぁ警察庁に近寄らないならいいか。


「柳瀬のばか。俺のこと親友だって言ってたくせに」

「分かった!俺が悪かったよ。大親友だから悟られないように行動してくれたらそれでいいよ!」

「任せろ、俺は警察官だからな」


 何を任せればいいのかよく分からないが、なんか偉そうなのが妙に腹立つなぁコイツ。


 懐かしいノリに柳瀬はふと肩の力が緩くなるのを感じた。

 

 そうだ、柚木はもともとこんなアホだった。

 ここに来たばかりの柚木だったら女装も嫌がってただろうな。自分の容姿を前向きにとらえて、それを活かそうとするなんてなんという成長だ。

 俺の柚木はえらい。


「こっちの姿の名前はどうする?」

「木戸って名乗っていいよ先輩!」

「俺が保護した設定なんだから中川だよ!」

「じゃあ木戸中川で」

 

 でもアホさに磨きがかかると俺の仕事が増えるからほんと早く帰ってきて小波。


「お前ら全員アホだよ!繋がり隠せっつったばかりだろうが!」

「えー」

「柚木。お前の大事なばあちゃんの名前は?」

日生(ひなせ)


 急に尋ねられ、咄嗟に柚木は答える。

 柳瀬はぽんと柚木の頭に触れた。


「じゃあウロウロすんなら日生って名乗れ」

「柳瀬⋯⋯」

「柳瀬は見た目以外はイケメンだよねぇ」

「さすが先輩の強火オタク」

「素直に褒めろよ」


 柳瀬はさらりと金髪をなぞるように撫で、柚木に背を向ける。


 記憶をなくしていた時は、日生のじいちゃんとばあちゃんに育てられたと事実とは違う記憶を植え付けられていた。

 ずっとそうであればいいと願っていたことが虚偽の記憶だと思い出した時は耐え難い吐き気に襲われたけど、全部が全部嘘ではなかったと今では思える。

  ばあちゃんに教えてもらったことは全部俺の身体が憶えている。


 日生と名乗っても苦しくない。


 少しずつ、強くなってる。俺はもうあの部屋にはいない。ちゃんと前を向いて歩けるから、名前借りるよ。ばあちゃん。


「柳瀬はそれでいくの?」

「あぁ、女で行くよ。童貞狩り(笑)しなきゃなんねぇからな」

「世界一無駄な谷間」

「お前が女狩りするのに役に立たなくなったからなぁ。精々俺の魅力に酔いしれな」

「いらないです」

「俺も胸つけた方がいい?」

「いらないです!」

「木戸は貧乳派だったの?」

「先輩派です」


 しょうもないやり取りをする4人を床からふふふとパッセルは楽しそうに見上げる。

 

 親分、楽しそうでやんす。良かったですねぇ、みんな集まってくれて。


 家ではいつも厳しい表情を浮かべることの多い柳瀬が、友達に囲まれている時だけはとても楽しそうな笑顔を見せる。

 後でこっそり文化祭の様子を見に行こうと思うパッセルだった。




 AM9時


 ザワザワと校内が騒がしい。

 あと1時間で来客が来る。夏椎達のクラスの出し物はお化け屋敷展示だ。みんなそれぞれお化けの格好をしているのが非日常で、翔真はウキウキとした表情で尻尾を左右に揺らしている。

 夏椎はアリアスにこそりと耳打ちした。


「体調は万全ですか?」

「はい!お任せ下さい。私は校内を歩き回れば良いんですよね?」

「香流さんが来るまでは俺が一緒にいますから、離れないで下さいね」


 監視の意味を含めて言ったのだが、アリアスは分かっているのかいないのかやる気満々の様子で頷いた。

 夏椎の背中に、どすりと公がのしかかる。


「おやぁ〜?理論派夏椎ちゃんが一抜けかい?」

「公さんはお化け屋敷を守ってね。何が起きるか分からないから」

「そんな真顔で⋯⋯ナニが起きるの?」


 どういう反応が正解なのか分からない。苦悶の表情を浮かべる公から顔を背けて、夏椎は白いローブ姿で腕を組む。


 移動の要である指輪は香流さんが持っている。それをアリアスさんと一緒に使って、向こうの世界で愛敬さんと合流するのが作戦のひとつ。

 もうひとつは、アリアスさんを餌に集まってきた『白百合の純潔』の捕獲及び殲滅(せんめつ)


 思案している夏椎のスマホが軽く振動した。

 そうだ、一応連絡が取れるようにマナーモードにしてたんだった。スマホを取り出して画面を開く。メッセージ元はおじゃま虫のひとり、木戸からだった。


「え」


 思わず夏椎は声を零す。

 翔真がぴょこんと飛び乗ってきた。晃も上から何事かと夏椎のスマホを覗く。


 そこには。


「⋯⋯おれのお兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃった」

「懐かしい⋯」


 背中まで伸びた金髪を有した柚木と、黒髪眼帯姿の木戸がツーショットで映っていた。

 振り返りざまを撮られたであろう柚木はきょとんとしているが、木戸はいい笑顔だ。


 楽しそうだな、木戸さん。髪色が変わっても全然変わらず画面越しでもうるさい人だ。


 翔真と夏椎ははっと顔を見合わせる。


 そうか。ふたりとも警察庁から身を隠してるんだった。文化祭に乗じて警察庁が来る可能性もあるのか。

 これはそのための変装だ。さすが木戸さん、事前に報連相が出来るなんて!と言うかこのどう見ても女の子にしか見えない警察官の保護者は何の連絡もせずこの格好で来るつもりだったんだろうか。

 ⋯⋯やっぱり情報面で香流さんは頼りにならない。


 夏椎は思わずため息をついた。


「現世の警察庁の人達が乗り込んで来たら殲滅作戦どころじゃなくなっちゃうよ⋯⋯」

「あ、この格好では日生と呼ぶようにだって」

「日生?何で日生なの?」

「さぁ⋯⋯」


 そこまでは書いていない。翔真は首を傾げながらも、拳を固めてぐっと振り上げた。

 

「よーし!香流お兄ちゃんはおれ達が守ってあげないと!」


 その拳にそっと手を重ねて、雪絵が翔真の目を澄んだ瞳で見つめる。


「ぜひ私もお兄さんとお友達になりたいわ」

「下心、ダメ、絶対」


 全方位番犬発動中の翔真はびた一文表情を動かさず首を振った。ち、と雪絵は舌打ちする。


「そもそも敵は本当に来るのか?」


 全身黒のローブ姿の晃が夏椎を見下ろす。

 アリアスと夏椎は顔を見合せた。どちらも何の情報も持っていない。

 けれど、来るという確信はある。推測の域を出ないが、概ね夏椎と柳瀬の見解は一致していた。


「向こうに何も手立てがない以上来るとは思うよ。アリアスさんと香流さん、ここにはふたつの餌がある」

「はい!美味しそうに仕上げられていますか!?」

「目立ってよろしいかと」


 アリス風のドレスを着たアリアスはむんと気合いを入れる。

 アリアスは素直だ。だから騙されて悪い人達に利用されたのだと言う事が手に取るほどよく分かる。

 この事件が解決すれば元の星に帰るのだろうか。帰して大丈夫だろうか。エリックが受け入れてくれるなら、このままここに住んだ方がいいような気がするけど。


(そこまでの権限は俺にないもんな⋯⋯)


 素直な人が騙されるのはどうにも癪に障る。

 夏椎が口を閉じていると、ガラリと教室のドアが開けられた。


「アンタ達、開会の挨拶があるから体育館へ行くよ」


 ドアの向こうから魔女に扮した担任の西田が声をかける。


「はぁーい!」


 良い子の中3部が全員大きな声で返事をすると、西田はふんと鼻を鳴らした。




 体育館へ入った夏椎達は、学年ごとに並ぶよう西田から指示を受けた。

 柚木姓になった翔真はズルズルとドラキュラの格好をした真生に引き摺られて後ろへ並ばされる。夏椎と引き剥がされてメソメソしながら、翔真はぶーと唇を尖らせた。


「柚木は嬉しいけど夏椎と離れるのはやだなぁ」

「歩さん、今日も可愛らしい⋯⋯!」

「聞いてないし」


 真生の片思い相手、噂の歩さんは黒髪にポニーテールの小柄な少女だ。

 ここにも一目惚れを拗らせているひとがいる。一目惚れ、と単語が思い浮かんで翔真はぶんぶん首を振った。

 どうにも最近頭がおかしい。考えてはいけないことを考えている気がする。

 むむむ、と唸る翔真の上から、知っているひとの声がした。ぱっと翔真が顔を上げると、壇上に(しぎ)が立っている。


「みなさん、今日に向けての準備は万全でしょうか。体調は万全でしょうか。無理はなさらず、限界いっぱい今日と明日を楽しみましょう」

「明日?」

「明日は高校生の有志が舞台に立つんだよ。俺達は関係ないけど、歩さんが舞台に出るから俺は見に行く!」

「ほえー」


 鴫の言葉を流し聴きながらこそりと翔真が尋ねると、真生もこそこそと答えてくれた。

 興味がないから全く知らなかった。せっかくだし夏椎と晃を連れて見に行こうかな。

 今更、香流お兄ちゃんの言っていたことが身につまされる。学校は楽しい。友達と何かをするのは楽しい。そういう経験をしてきたから、とりあえず学校行っとけって言うんだろうな。


 いや、でもあの人禄に学校行ってないんだったっけ。


 言ってることに矛盾を感じる。どうせ友達の不良どもに唆されたに違いない。友達付き合いが悪すぎるからこんなに心配なんだよ、おれは。


 まぁでも、今日はおれがついてるから!


 一緒に文化祭回ろうって約束したもんね。香流お兄ちゃんが楽しめたらいいな。たくさん、いい思い出作れるようにしなきゃ。


「それでは、各自持ち場に戻ってください。今年の裏テーマは『やりたいことはやったもの勝ち!欲望の蓋を開けろ!』です。あ、考えたのは俺じゃないですよ。副会長の橋元です」


 真面目な鴫の口からどえらい言葉が出てきた。

 壇上にオレンジ色の髪の女の子が上がってくる。女の子は鴫と肩を組むと、マイクに向かって大きな声で叫んだ。


「文化祭、開幕ぅ!」

「耳が痛い!」


 犬種族の翔真と真生が同時に耳を押さえる。

 最後ににこりと微笑みを讃えて、鴫はぺこりと頭を下げた。何の笑顔?謝罪の意味?隣の女の子の頭を小突いて壇上から降りていく鴫と女の子は親しげだ。


「あの人が副会長の橋元さんだよ」

「そ、そうなんだ」

「ふたりとも歩さんと同じ部活なんだよ!俺も高校生になったら同じ部活に入るんだ!」

「何部なの?」

「ゲーム部!」

「それはとっても楽しそう!」


 俄然興味が湧いてきた。そうかぁ、部活かぁ。高校生になったらそんな楽しみも待ってるんだ。

 一緒に楽しめる部活でもいいなぁ。スポーツ系だったら試合とか見に来てくれるかな。おれが来てって言ったら絶対香流お兄ちゃんは来てくれる。だって家族だから!

 やっぱり側にいたいなぁ。警察庁のトラブルを解決したら早く帰ってきて欲しい。

 

 そうだ!むしろ、おれ達で事件を解決するのもアリなのでは!?

 

 おれは警察官になるんだし!事件解決したら香流お兄ちゃんも喜ぶのでは!?


「よぉーし!がんばるぞ!」

「おっ、やる気満々だねぇ翔真」


 こうして、中高一貫文化祭が幕を開けた。

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