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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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77/82

幕間(微妙な距離)

アホの子柚木さんを微笑ましく見守っていただけたらありがたいです。


本来の生まれは女の子だった柚木さんと、それを知らない2人のとんちんかんなお話です。

(文化祭前のお話です)


(木戸)


 子ども達はテレビをよく見る。

 映画やゲーム、テレビの番組、動画配信、巡り巡る映像媒体が流れ続けると、先輩はそっと俺の後ろに隠れてじっと動かなくなる。

 そういう時は大抵そのまま寝ている。寝にくくないのかなぁと思って膝に乗せると起きて頭突きをくらうので、最近は放っておくようにしていた。


(壁扱い⋯⋯)


「ひぎゃあぁ!」


 今度は翔真が飛び付いてきた。

 びっくりして先輩が起きた気配がする。画面を見るとよく分からない生き物が闊歩していた。

 確か夏椎がやってたのはホラーゲームだから⋯⋯


「ゾンビ?」

「のようなものです」

「い、いきなり出てきたよ!?あっ、顔が、うわぁー!溶けた!」


 中川さんみたいな反応すんなこの子⋯⋯。


 中川さんもうるさいもんなぁ。怖いなら見なきゃいいのに。


「柚木、お風呂貸して〜⋯⋯」


 と思ってたら窓から天使が入ってきた。


「ひにゃあぁー!何それ!?」


 うるさいのが増えた。晃がそっと耳を抑えている。


「夏椎くん!もう最新作やってる!?」


 今度は鍵をかけていたはずの玄関が勝手に開いた。入ってくる石田さんはめっちゃ楽しそうだ。


「グロさ増し増しってほんと!?」

「増してるのかは断定しかねますが、顔は溶けました」

「俺そういうの大好き!」


 にっこり爽やかに笑って言う石田さんの方へ翔真が移動した。

 中川さんも画面に釘付けになっている。俺は仕事でもないのにグロいの見たい訳でもないので、一旦外へ出ようと立ち上がる。


「どこ行くの?」


 目を擦りながら先輩が見上げてきた。寝起きの顔もすごく可愛い。


「散歩がてら買い物でも行こうかと思って」

「⋯⋯俺も行く」


 え、と思わず漏れた俺の横を、先輩はすっと通り抜けて行く。

 玄関先で、先輩は俺を振り返った。不思議そうな顔をしている。


「行かないの?」

「え、いや、行く」


 後ろは相変わらず騒がしい。

 これってデートだよな。仕事以外でふたりでどこかへ行くのすげぇ久しぶりじゃね?

 嬉しい。いや、落ち着け。意識するんじゃない。俺は先輩に好意を押し付けないって決めたんだ。

 玄関を出て、隣に並ぶ先輩は相変わらず可愛くて細っこい。

 見上げる瞳が丸い。形の良い唇が愛らしい。

 でも男の子。だがそれがいい。穴が空くほど見ていると、先輩は怪訝な顔をして俺の顔を叩いた。


「見んな、バカ」

「今日も可愛くてつい⋯⋯」

「なぁ、買い物行くならアイス買いたい」


 先輩の細い手首を掴んで、ちょっとだけ顔を近付ける。

 間近で見る先輩も可愛い。びっくりした顔も愛らしくて、はぁーとため息をつきながら肩口に顔を寄せた。

 先輩はいつも甘い匂いがする。胸いっぱい先輩の匂いを吸い込むと、脳髄が痺れるくらい先輩で満たされる。


「⋯⋯アイス、ダメだった?」


 あ、なんか勘違いしてんなこの人。


「ダメじゃないけど、すぐ帰らないといけなくなるじゃん。せっかくのデートなのに」

「デートじゃない。買い物だろ」

「即否定してくる⋯⋯」


 はいはい、分かってますよー。どうせ買い出しくらいの軽い気持ちで付いてきたんだろ、この人は。

 でもさぁ!それでもすぐ帰りたくねぇじゃん!せっかくのふたりきりなのに、またあのうるせぇホラー空間に戻りたくねぇ!


「アイス食べに行こうよ」

「どこに」

「ニールにアイスのお店あるでしょ。そこならたくさん種類もあるし楽しいよ」


 そわ、と先輩の表情が動いた。

 嬉しそうな顔が可愛い。頬が緩んで、丸い瞳を更に丸くしている。

 クッッソ可愛いなほんと。何でこんな可愛いのにキスひとつ出来ないの。

 

 我慢我慢我慢。毎日我慢。あと百年くらいかかっても我慢するんだよ、⋯⋯頑張れ、俺!


「ニール行くなら帽子被って行かないと」

「何で?」

「俺よく仕事で行くから、迷惑かなと思って⋯⋯」


 玄関のドアノブに手をかける先輩の手を防いで、俺は自分のジップパーカーを被せる。

 ダメ、絶対。玄関開けたら誰かが付いてくるかもしれない。


「これ着てフード付けてりゃバレないよ」

「木戸、寒くないの?」

「寒けりゃニールで新しいの買うから。俺はふたりで行きたいの。誰か来られると嫌なの」


 俺のジップパーカーを着た先輩が、爆発的に可愛い。

 袖余りすぎてぶっかぶか。普段Sサイズの人がXXLなんて着る訳ないもんな。

 ちゃんと下にTシャツ着てて良かった。部屋だからって適当にし過ぎなかった俺を褒めてあげたい。

 まぁさすがに10月に半袖でアイスは寒いかも知れないけど。この島には俺よりデカイ奴もいるから色んな服が置いてあるし、先輩の家に置いておくジャージあたり買ってもいいかもしれない。当然お揃いで。


「大きい⋯⋯」


 余った袖を遊ばせながら、先輩がちょっと嬉しそうにしている。

 え、何その反応。期待してしまうんだけど。


「木戸の匂いがする」

「もう勘弁してください⋯⋯」

「安心するから大丈夫」


 俺が大丈夫じゃない。そしてその台詞名前で聞きたかった。


「⋯⋯バレたくないなら、名前で呼ぼうかな」


 つい我慢出来なくてぼそぼそ言うと、先輩はきょとんとして薄く笑みを浮かべた。


「それもそうだな、蓮」


 そこで俺まで名前で呼んでくれるのがこの人なんだよなぁぁ!


 俺の服着て名前で呼ばれてオーバーヒートした俺は、上着なんかいらないくらい顔も身体も暑かった。



 ★★★★★


(柚木)


 別に、用事があった訳じゃない。

 ただ、急に立つからどこに行くのか気になっただけだ。そこに何の感情も乗っていないし、勝手に行けばいいと思いながら口から出た言葉は反対の言葉だった。


「⋯⋯俺も行く」


 なんて言って、びっくりしたのは俺の方だ。

 でも隠した。よく分からないから。蓮といると不安で、温かくて、安心して、⋯⋯少し心臓がうるさくなる瞬間の正体を俺は知らない。


「香流は何色がいい?」

「青」

「柳瀬の色だからダメです」

「じゃあ緑」

「愛敬の色だからダメです」

「⋯⋯じゃあ赤?」

「そうしよ!」


 答えると、蓮は分かりやすく嬉しそうに頷いた。

 スポーツ用品店というお店で、蓮が部屋で着るジャージが欲しいと言うので一緒に見に来た。はずなのに、何故か俺のも買うと張り切った蓮はカラフルな赤いジャージを腕にかける。

 ジャージと言えば石田しか思い浮かばない。いや、石田だけが着る服ではないけれど。

 いいのかな。何となく不安が募る。着たいと思ってたけど、いざ買うとなると石田に嫌がられないか気になってしまう。


「俺は金ライン〜」

「派手すぎない?」

「香流の色がいい」


 当たり前のように言われ、何も返せなくなってしまった。

 どの反応が正解か分からない。

 こんな時、俺はどうしてたっけ。うるせぇとか言ってたっけ。


 黙っていると、急に蓮が俺の腕を引いてきた。ぽすりともたれかかった胸元から、うるさい心臓の音が聞こえてくる。


「蓮⋯⋯?」

「ん?せっかくだし他のとこも見に行ってみる?」


 蓮は俺の手を引いて歩き出した。

 ちらりと振り返れば、蓮より大きな男の人がジャージを手に取って眺めていた。

 あぁ、俺がいた場所が邪魔だったのか。

 それと同時に、少しだけ背筋が冷たくなる。蓮にはバレないようにぶんぶん首を振って、奥底の感情を振り払った。


「香流、行きたいとこある?」

「分かんない」


 咄嗟に答えた俺が顔を上げると、野球をしている人が描かれたポスターが目に入った。

 そうだ、石田は今野球部の顧問だったな。


「蓮、待って」

「ん?」

「野球がある」


 見渡してみれば、野球だけじゃなくてサッカーやバスケットボールをしている人が描かれたポスターがあった。

 スポーツ用品店だもんな。当たり前か。

 見たことのないスポーツもある。賢吾がやってた剣道もあるのかな。


「興味ある?」

「したことないからよく分からないけど⋯⋯」

「俺もない!」


 からりと笑って、蓮は野球のコーナーへ連れて行ってくれた。

 トゲトゲした靴や、長い靴下、ボールやバットまで売っている。

 あれは支給品ではないのか⋯⋯。石田も持ってるのかと思ってた。

 バットは強そうだ。木製とは思えない強度がある。金属の方は冷たくて硬い。


 それから、しばらく店内をぐるりと見て回った。


 よく分からないものを見つけると、蓮がすぐ調べてくれる。鷹の絵がついたキャップが格好いい。買いたかったけど、何故か蓮にそっと押し戻された。


「香流はこっち」


 手渡されたキャップには、シマエナガがついている。


「俺には可愛すぎる」

「じゃあ俺が被る」

「全然似合わねぇ」


 つい笑ってしまうと、蓮は俺の方へキャップを被せてきた。

 顔が、近い。いきなり不整脈が起きる。


「香流、可愛い」

「―――〜〜っ!」


 思わずキャップを蓮の顔面に叩きつけた。

 顔が熱い。視界が悪い。顔を見られたくなくて背中を向けて、俺は鷹のキャップをもう一度手に取る。


「俺はこっちがいいの!お前はそれにしろ!」

「何も見えない」

「見なくていい!ばか!」


 あと少し、待って欲しい。せめて顔の熱が引くまで。

 そう思ってたのに、蓮はキャップをよけて、顔を隠す俺の手に自分の手を添える。


「香流、顔赤いけど」

「赤くない!」

「もしかして少しは意識してくれてる?」

「意識はある!」

「いや、そういう意味じゃなくて⋯⋯」


 蓮の手を振りほどきたいのに、力が強くて全然動かない。

 ムカつく。意味が分からない。最終的には真下から顎を狙って頭突きをお見舞いした。

 崩れ落ちる蓮に背を向けて、レジへ向かう。

 蓮の可愛いにいちいち反応してどうする。蓮は息をするのと同じに可愛いと呟く男だ。マトモに取り合う俺がバカなんだ。

 いい加減受け流さなければ。蓮が俺のこと好きなのは知ってるけど。知ってるけど、俺は男だから!男同士は恋人にはなれないから!

 

 だってそう柊の読んでた本に書いてあったから!

 見た目はどうでも俺は女じゃないし!男女間の感情と同性間の感情は違うってテレビでも言ってた!


 だから、蓮は間違ってるだけだ!蓮は子どもの頃から何も知らなかったから、間違って覚えてるんだよ!


 蓮の可愛いは俺を女扱いしてるだけだ!


 でも俺は女になれない!だから受け流すのが正しいんだ!マトモに受け取るんじゃない!


 レジに辿り着くと、後から追いついた蓮が一緒にどさどさとジャージとシマエナガのキャップをレジの台へ置いた。

 固まっているうちに蓮が全部払い終わっていた。荷物も持って、空いた手で手を繋いでくる。


「次はどこ行く?」


 こういうのも、女扱いに当てはまるんじゃないだろうか。

 俺はどうするべきなんだ。振り払えばいい?別に嫌じゃないけど。見上げる蓮の表情が柔らかくて、慌てて視線を逸らす。


 蓮も、アイツらと同じで俺が女だったら良かったのにと思ってるんだろうな。


 急に胸が痛くなる。そりゃ、同じ顔だったら歪な俺より正しく女の子の柚姫の方がいいよな。

 

 前に、蓮に俺のことを好きでいてもいいと言ったけど。それって、ずっと蓮は恋人を作れず俺で代用するってこと?


 なんだか、急に酷いことをしてるように思えてきた。


 やっぱり蓮は他の人のところへ向いた方がいいんじゃないかな。今だって誰かの視線を感じる。


 俯いて歩いていたからか、立ち止まった蓮の背中に額をぶつけた。


「あ、ごめん。大丈夫?」


 振り返った蓮が、俺の額に触れてくる。

 蓮の手は大きい。触れられると少し安心する。

 目を細めていると、「んん⋯」と蓮が小さく唸った。


「なに?」

「⋯⋯クッソ可愛いなと思って⋯」


 また可愛いって言う。

 受け流せ。そうだ、これは特訓だ。

 感情に蓋をするのは得意だ。この妙な感覚も仕舞えばいいんだ。俺なら出来る。

 何回もやってきたことだろ。今更、蓮の間違いに振り回されるなんてみっともないし気持ち悪いって思われてしまう。

 俺はすっと表情を消した。


「いいから、急に止まって何があったんだよ」


 そうだ。これがいつもの俺だ。蓮とは先輩と後輩。俺はお兄さんでちゃんとしなきゃいけないんだ。


 蓮の可愛いは覚えたてのひよこのようなものだ!そう思えば痛くも痒くもない!

 


 ★★★★★


(木戸)


 いい感じだったはずなのに、なんか急に香流がアホ面を始めてしまった。

 絶対変な勘違いか思い違いをしている。それは分かるけど、何を掛け違っているのかが分からない。

 デートの雰囲気が消し飛んだぞ。あれ?キャップ選んでた時確実に俺のこと意識してると思ってたけど幻覚だった?

 俺は都合のいい夢を見ていたんだろうか。固まる俺を見上げて、香流がずいっと顔を近付けてくる。


「蓮?」


 顔ちっか。

 ぎゅうっと胸が締め付けられた後、バクバク鳴り始める。何年見ても香流のアップは慣れない。好きすぎて死ぬ。


「⋯⋯いや、ペンギンのぬいぐるみがあったから、好きかなと⋯」


 好きって言っちゃった!!


 いや、毎日言ってんだけど!アホは俺の方!日和ってんじゃねぇんだわ!


「ペンギン?」


 ようやく香流が離れてくれる。あー、心臓に悪い。予測出来ない行動は差し控えていただきたい。


「あれはジェンツーペンギンだな」


 香流の目がキラリと光った。


「ペンギン界最速の泳ぎを誇る南極周辺に住むペンギンで、長い尾羽が特徴ですごく可愛いんだ」

「あ、うん⋯⋯」

「俺は実物を見たことがない⋯⋯!」


 めっちゃ悔しそうに言うじゃん⋯⋯。


「香流はジェンツーペンギンが好きなの?」

「⋯⋯⋯」

「何故黙る」

「いや、⋯⋯生き物の差別は良くない」

「今更何言ってんの?」


 まさかまだ隠してるつもりだったの、この子?


 いや、無理があるだろ。アホ極まりねぇな。中学生時代は持つもん全部ペンギンで統一してたし、なんなら今でもLINEのアイコンがペンギンなのに?


 仕方ねぇなぁ。


「いい?香流、これは差別じゃない。区別だ」

「区別」

「生き物は平等だ。それは間違いない。でも、人には趣味嗜好というものが存在する。例えば柳瀬だって、甘いものは食べない辛党だけど、甘いものを嫌悪してはいない」


 自分で言ってて訳分かんなくなってきたけど、とりあえず押し通す。


「香流がペンギン好きでも、ペンギン以外の生き物を拒絶したことにはならない!それは好きの種類が違うだけだ」

「すきのしゅるい⋯⋯」

「香流はゴリラも好きだったでしょ。ゴリラとペンギンは同一ではないけど、好きの分類にカテゴライズされている。つまり、生き物を大事にしている中でのカテゴライズを好きかそうでないかで区別しているだけで差別ではない!」


 香流はぽかんとしている。俺も何言ってるか良く分からん。

 でも香流は押すに限る。なんかいい感じに力説しておけばとりあえず納得する。

 思惑通り、香流は素直にこくりと頷いた。その顔も可愛いな。胸がぎゅんと高鳴って痛い。


「好きってひとつじゃない⋯⋯?」

「人の感情は複雑なんだよ。可愛いから好き、格好いいから好き、優しいから好き、家族だから好き、友達だから好き、色々あんじゃん。香流にとってペンギンは好きのカテゴリに入ってる。それだけであって、何も悪いことではないんだよ」


 よし、いい感じに纏まったぞ。


 さすが俺。これで香流も素直にペンギン好きを楽しめるはずだ。


「⋯⋯じゃあ、蓮の好きはどれになる?」


 おおっと爆弾ぶち込んできたぞこの天然。

 でも、想定の範囲内だ。聞いてくると思ってた。


「俺の好きは恋愛です。だから俺と付き合って下さい」

「どこに?」

「⋯⋯うん、アイス食べに行こっか⋯」


 はい、いつもの流れですねー。


 まぁいいや。俺の前では香流には何ひとつ我慢して欲しくない。ペンギン好きでいいって納得してくれただけで今日は良しとしておこう。


 あ、でも。


「ぬいぐるみ欲しい?」

「い、いらない」

「本当に〜?」

「だって俺は男だから」


 良く分からんところで遠慮する子だなぁ。

 中川さんなんか出かける度にぬいぐるみ買いまくってるけど。男だから買いづらいとか思ってんのかな。見た目女子なのに⋯⋯。

 ぬいぐるみを手に持って、フードを深く被らせて、香流の手を引いて店に入る。

 混んでなかったので一瞬で会計が終わった。


「男だけど買えましたよ」

「う、⋯⋯でも」

「じゃあ俺に押し付けられたと言うことで」


 袋からジェンツーペンギン(仮)を出して、香流の手に持たせる。

 手が白くて華奢い。触れるだけで心臓痛いけど、怖がらせたくないから絶対顔には出さない。


「⋯⋯気持ち悪くない?」

「え?気持ち悪い訳ないじゃん」


 香流のネガティブの発動箇所がよく分からん。


 この場合むしろ気持ち悪いのは俺じゃなかろうか。いらないと言った片思い中の男にぬいぐるみ渡して内心ニヤニヤしてる俺、最高に気持ち悪い。


「可愛いし、どんな香流も大好きだよ」


 可愛いし愛してるしマジでこのまま抱き締めたいけど、全部は言わずに言葉だけで済ます大人な俺。


 でもそれは正解だったのか、香流はほっとした顔を見せた。もう可愛い。キスしてぇ。でもぉぉ⋯⋯我慢!


 我慢、我慢。強いぞ俺は。


 トラウマ持ちの上、そもそも鈍感で天然な香流に恋愛スイッチなんて付いてないのは最早周知の事実。しかも俺は192cmもあるでかい男。香流の苦手ジャンルに位置している。

 かろうじて嫌われてはないみたいだけど、懐いてる後輩くらいにしか思われてないもんなとか自分で言ってて虚しくなってきた。


「⋯⋯うん」


 まぁ、いいや。


 俺はこれでいい。ちょっと仲良い後輩でいいです。


 抜きん出なくていい。きちんと恩返ししたい。穏やかな生活を守ってあげたいと決めたのは俺だから、そこにたまに出入りさせてもらえれば充分幸せだよ。


「⋯⋯蓮は、」

「うん?」

「⋯⋯ううん、なんでもない⋯」


 香流はペンギンを抱えたまま、俺に手を伸ばした。

 袖の余った俺の服を着た香流が可愛い。その手を取ると、香流の方が先に歩き出した。


「アイス食べに行こ」

「⋯⋯振り返り際も可愛い」

「なんでもいいんだな、お前⋯⋯」


 そろそろげんなりされてきたけど、だって可愛いんだもん!

 可愛すぎてニヤニヤが止まらない俺から視線を外して、香流は前を向いた。

 呆れられるからもう口には出さないけど、当然、後ろ姿も可愛かった。

 


 ★★★★★


(柚木)


「香流はどれがいいの?」

「ミルクのやつがいい」

「チョイス神かよ」

「⋯⋯?一応⋯」


 ひとりで震えてた蓮はチョコレートの入ったアイスを選んでいた。

 ジェンツーペンギンをテーブルに置いたら汚れそうなので、懐に仕舞う。男にぬいぐるみなんておかしくないのか不安だけど、顔に出ていたのか蓮が苦笑いを零した。


「香流の親友に可愛いもの好き男子がいるでしょ」

「中川のこと?」


 確かに、中川はぬいぐるみとか可愛いシールとか好きだけど。


「中川は可愛いの似合うからいいだろ」

「香流も似合うよ」


 む、とする俺の口に蓮がすかさずチョコレートのアイスを突っ込んできた。

 甘い。美味しい。お返しに、俺のもスプーンで掬って蓮に差し出す。

 蓮は食べる前から苦い顔をした。


「⋯⋯意識してないから出来るんだよなぁ」

「食べないの?」

「食べますー」


 ぱく、と蓮がアイスを食べる。ふたりで来ると他の味も試せていいな。今度中川も連れて来よう。

 

 蓮と一緒にお店でアイスを食べて、お土産にアイスを買って帰ったらまだホラーゲームをしていた。

 アイスは冷凍庫にしまって、夕飯の支度を始める。


「今日は何作るの?」

「鶏肉の生姜焼きと、大根のそぼろ煮。石田が好きだからポテトサラダも作ろうかな」

「よーしキャベツは任せろ!」

「味噌汁何入れる?」

「キャベツ!」

「じゃあ味噌汁は蓮に任せる」


 俺は米を炊く準備をする。中川が来る時は一升炊きでないと足りない。たまにそれでも足りない時があるから大変だ。


「あ、おかえりー。帰ってたの?」


 今気付いたのか、中川がキッチンへ歩いて来た。

 目が赤い。泣いてたんだろうか。米をセットしてよしよしと中川の頭を撫でる。


「怖かった?」

「もう、ほんとエグいの⋯⋯。夏椎は恐怖という感情をどこに置いてきたの⋯⋯」

「アイツは父親がバグってるからねぇ」


 蓮がキャベツをみるみるうちに小さくしていく。刻むスピードが早い。ばあちゃん並のスピードは見ていて楽しい。


「蓮、今度包丁研いで」

「いいよー。家から砥石持ってくるわ」

「俺が蓮の家に行こうか?」

「香流が来てくれても嬉しいけど、俺ん家なんもないからつまんないと思うよ」

「蓮がいるだろ」


 ザク、とキャベツがまな板ごと切れた。


「何やってんだよ、まな板は食べれないだろ」

「もうほんといつもこの子はぁ⋯⋯。分かりますか中川さん!この俺のやり場のない気持ち!」

「俺も今正にやり場のない気持ちを抱えている」


 中川はこそっと俺の耳に近付くと、ボソボソと尋ねてきた。


「⋯⋯何で名前で呼んでるの?」

「なまえ⋯⋯」


 言われてみれば、もう隠れなくてもいいのか。

 しっくりしていて全然気付かなかった。家ではどっちでもいいとは思うけど、男は友達のことは男らしく名字で呼ぶもんだって柳瀬が力説してたもんな。


「ごめん、香流。もうひとつまな板ある?」

「木戸。演技は終わりだ。俺のことは先輩と呼べ!」

「あ、はい。先輩」

「まな板は予備があるから安心しろ」


 まな板を出そうとしゃがみ込んだら、懐に入ったままのペンギンがむぎゅっと押しつぶされた。

 まな板を木戸に渡して、懐からペンギンを取り出す。ついでに木戸から借りたパーカーを脱いで、はい、と木戸に差し出した。


「貸してくれてありがとう」

「⋯⋯もう二度と洗濯しない」

「何で?」

「わぁ、可愛い。この子買ったの?」


 中川がニコニコしながらペンギンをつついてくる。

 ふわふわのジェンツーペンギンは柔らかくて抱っこしてると心地良い。男にぬいぐるみなんて変じゃないかと思ったけど、中川は何も言ってこない。


「⋯⋯俺が持ってても変じゃない?」

「うん、柚木って感じ。でも珍しいね、いつもこういう可愛いのは避けてるのに」

「木戸が買ってくれた」


 中川は思い切り木戸の脇腹に手刀を入れた。


「いてぇな!こちとら刃物取り扱ってんですけど!」

「許しがたくてつい」

「可愛い顔しても俺は絆されねぇから!」

「この後輩ほんと可愛くなーい。柚木、大事にしなよ。後輩からの最後の贈り物かもしれないし」

「本当に天使かこの先輩⋯⋯」


 口を挟めず見守っていると、足元に将次マリモが転がってきた。

 しゃがみこんで、将次の上にペンギンのぬいぐるみを乗せる。もこもこともふもふが積み上がって可愛い。ほっこりしていると、ぬいぐるみの上にルフが飛んで来て更に可愛い。


「仲間が増えたな」


 ルフと将次マリモは瞳を輝かせて、その場でくるくると回った。

 その姿が可愛くて、つい笑ってしまう。


「あっ、ちょっと!切ったそばからキャベツ食わないで中川さん!」

「だってお腹空いたんだもん。木戸、マヨネーズ取って」

「全部食べるから嫌ですぅー」


 ルフと将次マリモにぬいぐるみを託して、俺は呆れながら立ち上がった。

 たくさん怖いの見て疲れたんだな。俺はさっき開けたばかりの冷凍庫からアイスの箱を取り出して、中川に差し出す。


「中川、アイス買ってきたから向こうで食べれば?」

「わぁい!ねぇねぇ、みんな何味にするー!?」

「アイスなんて一瞬でなくなりますよ」

「大丈夫、中川は冷たいの一気に食べれないから」


 中川が離れたその間に手早く食事の準備を開始する。

 手を洗ってかぼちゃを抱えると、後ろから急に木戸が腕を伸ばしてきた。

 手が触れる。木戸の手が温かくて、心臓が一気に跳ねた。


「何!?」

「あ、ごめん。固いから俺が切ろうかなと思っただけなんだけど」

「あ、⋯う、うん」


 これも女扱いか!?それともお前は非力だとバカにされてる!?


 なんで前まで犬みたいに飛びついてきてたのに、最近はなんかちょっと触り方が優しいんだよ!


 木戸が何を考えているのか分からない。俺も何が何だか分からない。何で俺はこんなに何も分からないんだ!


「かぼちゃよろしく!」

「そんな押し付けなくても!」


 とりあえず手に持ったかぼちゃを木戸の顔面に叩きつけておいた。バクバクする心臓がうるさい。落ち着かせるために将次マリモにすがりつくと、すごくもふっとしてすーっと顔の熱が引いていくのを感じる。



 

 ひたすら避け続けていたために恋愛の知識が皆無な上、経験値不足と歪んだ自己認識のせいで一向に正解の見えないドツボにハマった柚木は、ただひたすらに料理に打ち込んだ。

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