白兎事件編30(お洋服を買いに行こう)
文化祭前のお出かけ編です。
(三人称視点)
「お前、明日俺の服着ていく?」
中川が「映画見よう!」と言うので、柳瀬は配信アプリで適当な映画を流しながら隣の木戸に声をかけた。
中川と柚木ツインズはソファーで映画を鑑賞している。ツインズの片割れは寝ている。開始10分の話だった。
「柳瀬の服なんて入るわけねぇじゃん」
「元のサイズだとデカイだろ」
「ピチピチかダボダボの二択かぁ⋯⋯。香流の大変さが身に染みる」
約20cm縮んで背丈は3人と変わらなくなったが、なんせ先輩方はほっそい。全員揃って華奢過ぎる。
メンズ服ではSサイズでも余る時がある、そんな柳瀬の服なんて入るわけがない。仮に入ったとしても動き辛いのは戦闘で困る。
「お前こっちの姿でもバキバキなの?」
柳瀬はひょいと木戸の服を捲った。
固い。腹に板が入っている。何を当たり前のことを言っているのかと木戸はきょとんとしていた。
「体脂肪率一桁の男だからぁ」
「可愛くねぇから今すぐ筋肉落とせ」
「嫌ですぅ。ひょろひょろにはなりませぇーん」
「誰がひょろひょろだ!」
テーブルチームのしょうもない喧嘩が始まっている。
柚姫はちらりと後ろを振り返った。中川は見もしない。
「お洋服買いに行く?」
ぽつりと柚姫が提案した。
中川はそれには反応する。両手を合わせてにこにこと花を飛ばして微笑んだ。
「じゃあついでにお外でランチしよ!」
「あぁ!?何だよ急に」
「現世に服買いに行こうって妹ちゃんが」
「こんな状況で日本は行けねぇだろ。どこ行くんだよ」
「中川さんはどこ行きたいの?」
木戸が尋ねると、中川はニコニコ笑顔でテレビへ指をさした。
「ハンバーガー!」
「今椎ちゃんのパパがハンバーガー食べてるシーンなのよ」
「アメリカってどっかと繋がってたっけ」
「確かうちのマンションから繋がってたはず」
「えぇー木戸の家行くの?」
「中川さん俺ん家嫌いですよねぇ」
「あのゴテゴテ感が落ち着かない」
木戸の家は柳瀬監修の高級マンションだ。とは言え警備員的な役割を担っているので安く住まわせてもらっている。
そして木戸はゴテゴテでもボロボロでも関心がない。冷蔵庫すらない家に愛着もない。当然、今日も柚木のいる柳瀬の家へ泊まるつもりだ。
「ニューヨーク行くならヒツギ呼ぼ」
「何で?」
「今の俺にナンパ野郎を牽制・威嚇する能力はない」
この体格ではどこに行っても男を魅了し引き寄せる先輩達の面倒は見切れない。
しかも今回は子連れ。目も減ってるし手も足りない。ヒツギならいるだけで男避けになる。
「ヒツギ、今すぐ柳瀬の家来て。今から買い物行くから」
「また急に⋯⋯」
「先輩3人揃ってるぞ」
「分かった」
ヒツギは秒で承認した。
先輩箱推しのヒツギには先輩方を餌にするに限る。木戸は電話を切るとスマホをポケットにしまった。
「行く前に血まみれの服何とかしろよ」
「誰がやったんですかねぇ⋯⋯」
「柚木どうしよう?」
「もう寝たまま連れて行こうぜ。どうせ起きねぇし」
「はい!はい!俺が運びます!」
「うるっせぇ」
映画のエンドロールが流れ始める。柚木は木戸に抱き上げられてもまだ爆睡していた。あまり夜眠れていないのがよく分かる熟眠具合だ。
それにしてもこの体格差丁度いい。もう戻らなくてもいいんじゃないかな。デレデレしていると柳瀬に頭を小突かれた。
「どちらにせよそっちに手ぇ出したら犯罪だからな」
「大丈夫。中身は大人なので合法です」
「曇りなき眼で言うんじゃねぇ」
「妹ちゃんも行くよね?」
「行く!」
柚姫はぴょこんと手を上げた。せっかくのお休みにお兄ちゃんといられないなんて許さない。笑顔の柚姫に柳瀬ははっと鼻で笑った。
「お前の分は一銭も出さねぇからな」
「いいもーん。お金が全てじゃないのよ。大切なのはお兄ちゃんと過ごす時間よ」
「ほんと可愛くねぇ」
べーっと柚姫は眉間に皺を寄せる。睨み合うふたりは放っておいて、中川はご機嫌でスマホに指を滑らせ始めた。
「まだ下ろしててもいいんじゃないの?」
「こんなに安心してるのにそんな可哀想なこと出来ません」
「難しい顔してるけど⋯⋯」
まぁいいか、と中川はスマホの画面に視線を集中させた。
起きたらよく分からない場所へ連れてこられていた。
どこだ、ここ。
寝ぼけ眼の目を擦りながら、柚木は身体を起こす。隣にはヒツギがいた。どうやらヒツギの膝枕で眠っていたらしいが全く記憶にない。
「おはようございます」
「はよ⋯⋯。ここどこ?」
「ニューヨークです」
「にゅーよーく⋯⋯」
ふわぁ、と欠伸をしながらヒツギの言葉を反芻する。
なんだかいつもより眠い。柚木がうつらうつらしていると、ヒツギがぽんぽんと膝を叩いて示す。
「まだかかりそうですし、もう少し寝ていたらどうですか」
「みんななにしてんの⋯⋯」
「皆さん楽しそうに買い物してますよ」
なにを。それにしても眠い。
柚木は眠気に抗えずまたヒツギの膝枕の上に戻っていく。すやすや眠る柚木の金髪はここアメリカではそんなに目立つ外見ではないし、ヒツギも穏やかに見守っていた。
「夜あんまり寝れてないから、出来るだけ寝かせてあげてね」
先程柚木を託された時に、木戸がそんな事を言っていた。
良く眠る先輩なのに珍しい。それも自分の預かり知らぬ昔の話が関係しているのだろうが、ヒツギにはそれを確認するつもりも知りたいとも思わなかった。
ただ、ここで眠ってもらえるなら安心はしてもらえていると言うことだ。
その事実だけでいい。それに、眠っているとこの人はただの子どもにしか見えない。それは色んな意味で都合が良かった。
「ヒツギ、おやつ食べるー?」
服には興味のない中川が、パイのようなお菓子の入った容器を抱えて戻ってきた。
「中川さん、ひとりでおつかい出来たんですね」
「いいよね、アメリカは俺みたいなのも目立たなくて。可愛いからってオマケしてくれたよ!」
中川はパチンとウインクして柚木の隣へ座る。
まだ眠っている柚木へ穏やかな微笑みを向けて、さらさらとした髪の毛を撫でた。
「懐かしいねぇ」
「そんなに眠れなかったんですか?」
「俺は寝てたから知らないんだけど、夜中に飛び起きたらしいよ。朝起きたのも早かったし、ずっと掃除してたみたい。たぶん落ち着かないんだよ」
「相変わらずじっと出来ない人ですね」
「それがいいところなんだよ〜」
中川はふふふと笑みを零した。
「ま、今日は良く寝れると思うよ」
「そうですか?」
「柳瀬が今日は休んで側についてるんだって。心配してるんだよ、柳瀬も。過保護だからあの人」
「中川さんも心配でしょう」
「心配だよ。―――正直、ロゼッタがいなくて良かったと思ってるもん」
はい、と中川は小粒なパイをヒツギへ差し出した。
ヒツギは黙って口の中へ放り込む。甘い。ねっとりとした感触が独特だ。
「柳瀬のお母さんが何考えてるか分かんないから怖いよね」
「⋯⋯⋯」
「まぁ、柚木のこと苦手っぽいからしばらく帰って来ないだろうけど」
「そうですね。自分より綺麗なものが嫌いですから、あの方は」
ヒツギは柚木を見下ろす。
すぅすぅと寝息が聴こえる。こんな深く眠るなんて、無理をしているのが自分でも分かっていないのだろうな。
「本当に柚木さんを家に閉じ込めておくんですか?」
「いやぁ、無理じゃないかなぁ⋯⋯。ストレス溜まっちゃうでしょ。だから明日の文化祭も行く方向で柳瀬も考えてるし」
「行くなと咎めるかと思ってましたよ、俺は」
「俺もだよ。でも、柳瀬にも今回の事件は思うところがあるみたいなんだよねぇ」
夏椎と共にアリアスの病室を襲撃してから、柳瀬はいやに事件解決に積極的だ。
捉えた『白百合の純潔』の女性も、木戸が「かわいそー」と言うくらい散々な目に合っていたらしい。
「俺には柳瀬が考えてることは良く分かんないや」
「柳瀬さんも大概秘密主義ですからね」
「そのくせ柚木の秘密は強制的に吐かせたからね。柳瀬の柚木への執着は俺が言うのもなんだけどえげつないよ」
「柚木さんにはそれくらいが丁度いいのでは?」
「まぁ、それもそうだねぇ⋯⋯」
中川はぱくりとパイを頬張った。
ほんと俺の神様は碌な人に好かれない。柳瀬然り木戸然り、うちの上司然り⋯⋯
「本来の生まれは女の子とは言え、寄ってくるのは変な男ばっかりだなぁ」
「え?」
「え?⋯⋯あ」
中川は勢いよくヒツギの口へパイを突っ込んだ。
「聞かなかった事にして」
「⋯⋯⋯」
「特に!柳瀬と木戸には絶対言わないで」
ヒツギは呆れた瞳を中川へ向けた。
変なところで迂闊な人だ。確実に面倒な事になるので言わないが、その迂闊さは側付きの天使として如何なものか。
「だからアホって言われるんですよ、中川さん」
「はい、神も天使も揃ってアホです⋯⋯」
「さり気なく柚木さんも巻き込んで⋯⋯」
アホの神様は気持ちよさそうに眠り続けている。
この場にあのふたりがいなくて良かったと、ヒツギは心底思いながらため息をついた。
柳瀬の本来の趣味は女性らしい服装では断じてない。
アメカジ系のファッションが大好きだ。出来ればヤンキーっぽいのが尚良い。ミニタリージャケットやスタジャンも着たい。けど絶望的に似合わないのもよく分かっている。
木戸はあんまり服に興味はないが、柳瀬が着る服を良く真似していたので必然的に柳瀬の服装に寄っていった。木戸が着ると似合う。ムカつく。でも着せるのは楽しい。
「あの、どんだけ買うの灯護さん」
気付けば紙袋が4袋目になっていた。
柳瀬がブルーミングデールズに行こうと言うので、大人しく着いてきたのもつかの間、柚木を引っペがされ柳瀬と柚姫に引きずられて地下まで下りてきた。
地下から1階を回り、散々試着させられた。そして現在はただの荷物持ちと化している。
血まみれの服は脱ぎ捨てて着替えたのはいいが、ふたりの買い物に興味はない。柚木のところへ行きたい。でも柚姫の方は置いていけないのでしょうがなく楽しそうなふたりを見守っている。
「木戸、これも持って」
「いいけど。柳瀬ストレス溜まってんの?俺のこともう一発殴っとく?」
「殺しそうだからいい」
「わぁ、怖い」
流石に死にたくないので木戸はそれ以上は触れなかった。柳瀬は黙って踵を返して行く。
荷物の増えた木戸の隣へ、すすすと柚姫が寄ってくる。
「木戸くん」
「はい?」
「お兄ちゃんのこと、ありがとう」
「最近よく先輩の家族に感謝されるなぁ」
素直に嬉しい。先輩の家族は俺も大事だ。柚姫は木戸を見上げて嬉しそうな顔を見せる。
同じ顔だけど、見せる表情は全然違う。先輩はお日様だけど、妹さんは月のようだ。
「ゆずは木戸くんのこと誤解してたのよ」
「はい?」
「ずっと無神経なひとだと思ってたの」
「まぁそれは否めない⋯⋯」
木戸は自虐的に苦笑いした。柚木の過去を知らなかったとは言え、無遠慮に好意を押し付けすぎていたのは否めない。今も反省してちゃんと程よい距離を保とうと思っている。⋯⋯思ってはいる。
「でも無神経はゆずも同じよ。ゆず達は生まれてからずっと、差別的に扱われてきたもの。綺麗な着物を着て庇護されるゆずと、必要最低限も与えられず森に放置されてたお兄ちゃん。ゆずはもらったものをお兄ちゃんに分けるだけで満足してた最低な子どもだったのよ」
お兄ちゃんは、自分で手に入れたものを惜しげもなく分けてくれたのに。
「お兄ちゃんは空っぽの容器に穴があいてるから、たくさん大好きが降ってきても全部落ちていくのよ。それは自分のものではないと認識してるから。ずっと⋯⋯」
柚姫は表情を曇らせる。
人との関わりの土台を作ったのは賢吾。
お兄ちゃんの道筋を整えたのはパパ。
優しさで包んでくれたおばあちゃんとおじいちゃん。
一度全部壊されて、欠けた破片を繋ぎ合わせたお兄ちゃんをずっと支えてくれたのはお友達だった。
兄は人に恵まれている。引き上げてくれる人達がたくさんいる。
けど、妹である自分は何も出来ない。何もしてあげられない。兄がそれを望んでいないのは分かっているけれど、その事実がとても歯がゆかった。
「みんなのお陰でいつかきっとお兄ちゃんは大好きで満たされるのよ。ゆずはそうだといいなと思ってる」
「うん⋯⋯」
「これからもお兄ちゃんをよろしくね」
柚姫はにこりと微笑むと、柳瀬のもとへ走って行った。
妹さんにまでよろしくされちゃった。外堀ばっかり埋まっていくなぁ。肝心の先輩は永遠の塩なのに。
ふたりは少し言い合いをして、一緒に服を選び始める。あの人は底が知れねぇな。何も知らない無邪気な顔して、人の扱いを心得ている感じがする。
それにしても、自己評価の低い家族だなぁ。
川崎さんも、何も出来なかったことを後悔していた。顔を伏せるふたりは同じ顔をしていて、とても苦しそうだ。
正直なところ。たかが10やそこらの子どもがどうにか出来た話でもないだろうに。
逃げ出しても捕まってたよ。仮に助けを求めても起きたことは戻せない。むしろ家族に知られたことであの人はもっと早く壊れていたかもしれない。
家族に話さなかったのは、きっと自分のためでもあるんだよな。それが悪いことだとは俺はどうしても思えなかった。だから、やっぱり香流は何も悪くないんだよ。
柳瀬と柚姫が移動したので、木戸も同じ方向へ足を向ける。
その途中、視線の端に映ったそれに木戸はピタリと足を止めた。
閉店間際まで買い物を満喫した柳瀬と柚姫は、満足そうな顔で木戸の家に足を踏み入れた。
向こうは夜なのにこちらはまだお日様が照らしている。結局柚木は目を覚まさないままニューヨークから帰ってきて、今も木戸のベッドで良く眠っていた。
そしてその傍らで木戸は柚木の寝姿を拝んでいる。
「先輩が俺のベッドで寝てる⋯⋯!」
「おい、服どこ置いとくんだよ」
「その辺でいいよ。どうせ柳瀬ん家に持ってくし」
「お前の家に寄った意味ねぇじゃねぇか!」
「俺家に寄って欲しいなんて言ってねぇもん」
確かに木戸は言っていなかった。はぁー、と柳瀬はため息をつく。
木戸の家は相変わらず何もない殺風景な部屋だ。冷蔵庫どころかテーブルもない。ベッドだけの簡易な宿泊所のような家は、貸した時と同様に真新しい。
中川は勝手にお土産を床に広げていた。ハンバーガーにピザ、カラフルなカップケーキ。みんなで食べようという名目でもりもりひとりで食べている。
「木戸ー、飲み物ないの?」
「戸棚にもらった酒がありますよ」
「何のお酒?」
「なんだっけ。しばらく帰ってないから覚えてねぇや」
黙ってヒツギが戸棚を開けると、ブランデーと日本酒が並んでいた。
ヒツギは両方手に取って中川の前に並べる。
「どうします?」
「ハンバーガーに合うのはブランデーかな⋯⋯」
「誰にもらったの?」
「ララさん」
前にマンションの整備点検を手伝った時に報酬代わりにもらったものだ。ララさんは妙齢のサキュバスのお姉さんで、このマンションの管理人をしている。
「⋯⋯木戸くん、一途だと思ってたのに見損なったのよ」
柚木の隣にちょこんと座った柚姫がじとりと木戸を睨みつけた。
木戸はナイナイと顔の前で手を振る。
「ララさんはショタコンなので俺に興味ないですよ。男の娘に興奮するから、今の先輩の方が見せたらやべぇと思う」
「い、色んな性癖の人がいるのね⋯⋯」
「A地区はねぇ、性癖のデパートですから」
ここでは、誰も俺の片思い相手が男だと言っても気にもしない。でも先輩の写真は絶対見せない。こんな可愛くて華奢で美しい男の子はこの世に先輩しかいないもんな。
頬杖をついて幼い寝顔を眺めていると、ぱちりと柚木の目が開いた。
目の前に懐かしい黒髪の蓮がいて、ぼんやりとした頭で細い腕を伸ばす。柚木の手がさらりと長い髪に触れて、へへ、と昔みたいにふにゃりと笑みを浮かべた。
「れん、おはよー⋯」
木戸は撃沈した。
「俺の性癖は先輩に全部持っていかれました」
「そうか。柚木に出会ったのが不運だったな」
「俺の幸運全部使って先輩に会わせてくれた俺に感謝しかない!」
「うるっせぇ」
服を仕分けしながら柳瀬は眉根を寄せる。
縮んでも木戸がうるさいのは変わりない。さすがのうるささに柚木も頭が覚めた。目を擦りながら身体を起こすと、柚姫にぎゅっとしがみつかれてベッドへ戻される。
「お兄ちゃん!」
「柚姫⋯⋯?あれ、にゅーよーくは?」
「もうとっくに帰ってきたのよ。ここは木戸くんの家よ」
「どうりで見たことあると思った」
ベッドに押し倒されたまま柚木はきょろきょろと視線を動かす。殺風景な何も無い部屋。旅人の木戸の家は自分の家より面白くない部屋だ。
「あー、スッキリした。今日早起きしたから眠かったんだな、きっと」
どうやら、夜中に飛び起きたことは覚えていないらしい。木戸はそこには触れず、身体を起こしてつんと柚木の頬に触れた。
「先輩が俺のベッドで寝てて幸せ」
「あ、うん⋯⋯?ベッド貸してくれてありがとう」
「俺の方こそありがとう」
感謝する木戸の頭にバサバサと服が飛んできた。
「なんだよ、柳瀬」
「お前の感謝には悪意がある。ほら、お前の服整理してんだから手伝え」
「こんなにいらないよぅ⋯⋯」
柳瀬に腕を引かれ、しぶしぶ木戸は立ち上がった。めんどくさいし柚木の寝起きをもっと見ていたかった。でも昔からの癖で柳瀬には逆らえない。
木戸が離れていって、柚姫は遠慮なく柚木の身体にしがみついた。すりすりと頬擦りしてお兄ちゃんを堪能する。
「お兄ちゃん、お昼ご飯はクリームパスタが食べたいのよ」
「いいよ」
「夜はオムライスがいいのよ」
「いいよ」
「今日も一緒に寝ようね。大好きなのよ、お兄ちゃん」
「知ってるよ」
柚姫と額を合わせて、柚木はふふっと笑みを零した。
柚姫の考えていることは良く分かる。柚姫は生まれた時からずっと好きだという気持ちをくれる。それに何度も救われてたよ。
俺の一番近くにいる存在だから。
離れていたってちゃんと分かるよ。
「俺も大好きだよ、柚姫」
一緒に生まれ落ちたのが柚姫で良かった。
柚姫は幸せそうに笑って、堪えきれず涙を一筋流した。そのままもたれかかる柚姫の頭を抱えて、よしよしと頭を撫でる。
顔を上げた柚姫は、もういつも通りの明るい笑顔を見せた。
「なぁ、俺もこれ着てみたい」
眠気が落ち着いたので金髪のまま大人の姿になった柚木は、木戸用に買った服を広げて目を輝かせた。
大人の姿になったら背丈はほぼ同じだ。でも体格が違う。木戸は「あー」と言葉を濁してばふりとスタジャンを柚木に羽織らせた。
「先輩は細いから似合わないよ」
「なんだよ、バカにしてんのか」
「いや⋯⋯」
ちょっと待て。ちっかい。
顔近い。え?この姿だとこうなんの?お目目くりくりでめちゃんこ美人なんだけど。無理。耐えられない。
「この服あげます⋯っ」
「なぁ柳瀬、似合う?」
蹲る木戸は無視して、柚木は柳瀬の元へ足を向ける。柳瀬は無言でぎゅっと柚木を受け止めて、ぎゅううぅと強く抱き締めた。
「⋯⋯やっぱりあのふたりには言えないね」
「迂闊な発言には注意してくださいね」
「中川くん、ゆずにもカップケーキちょうだい」
「飲み物ないと口パッサパサになるけど大丈夫?」
「じゃあ帰ってからにするのよ⋯」
柚姫はしょぼんと肩を落とした。目の前にケーキがあるのに食べられないなんて。
スタジャンを羽織ってご機嫌の柚木は、柳瀬の家に帰ると柚姫リクエストのクリームパスタを手際よく拵えた。
そして、それに引くほどタバスコをかける柳瀬に顔を引き攣らせる柚姫だった。




