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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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73/75

白兎事件編29(文化祭前日・後編・1)

柳瀬と夏椎のお話です。

(柳瀬)


 あぁ、疲れる。

 金払いはいいが鬱陶(うっとう)しいことこの上ない客の相手をして、可哀想なくらい好き勝手にされる自分の幻影を眺める言い得ない苦痛の時間。

 現実逃避に萌葱(もえぎ)の食料在庫の確認をして、ここ最近の金の動きを(まゆずみ)くんに入れてもらったアプリケーションで追跡する。

 俺は、自分の把握しない不透明な出入れは容認しない。

 粛清(しゅくせい)のち処分。それを幾度となく繰り返し、今ではすっかりこの欲望の坩堝(るつぼ)であるA地区で俺に逆らうものは数える程しかいない。


 いや、でもしんどいんだわ。


 何が悲しくて乳放り出して鳴かされてる自分を見なきゃならないのか。

 そして長ぇ。仕事終わっちゃったじゃねぇか。やる事ねぇし暇。

 

 はぁー、とため息をついて俺は情事から背を向ける。

 スマホを取り出すとまだ夜中の2時。今頃柚木は寝てんのかな。

 中川に黛くんが警察庁から柚木を追い出したと聞かされた時は耳を疑ったが、すぐに理解した。

 俺を頼ったと言うことは現世絡みだ。そこまでは分かる。だが、警察庁にはパパ(仮)がいる。魔界へ避難は出来なかったのか。

 柚木は嫌々ながらも各界のトップとの会合を定期的に行っている。その中の誰かのところでは⋯⋯


 いや、無理か。


 俺は即座に考えを否定した。

 現在の各界のトップが水面下で柚木の取り合いをしているらしい、と言うのは中川が上司から聞かされたと愚痴を言っていたのを覚えている。


 川崎賢吾と黛雲雀が亡くなったあとの柚木の所在を巡ってそりゃあもうバッチバチらしいよ、と。


 傷心の柚木をいかに手篭めに出来るかが鍵なんだろう。柚木を手に入れられればアホな妹も必然的に付いてくる。それはこの星を掌握したようなものだ。

 だから簡単に手を出そうとはしない。現時点では魔王の一人勝ちのようなものだが、あの魔王は何を考えているのか双子を魔界へ連れ帰ろうとはしない。

 (ある)いは、それが出来ない理由でもあるのか。

 

 ⋯⋯まぁ今は考えても分かんねぇか。とりあえず帰ったら柚木で癒されよう。


 帰ったら柚木がいる幸せを噛み締められるから、汚くもうるせぇ声をBGMに仮眠も取れるってもんだ。



 と、思ってたのに。


「はぁ〜?柚木いねぇの?」


 リビングに座っていたのは妹の方だった。

 呑気に人の家で朝食を食べている。その隣には石田と、振り返ってひらひら手を振る中川の前にはパンが大量に積み上げられていた。


「おかえり、柳瀬。朝ごはん食べる?」

「いらねぇ」

「柚木のオムレツだけど」

「いる。絶対食べる」


 この際少しでも癒し成分を摂取しなければ行き倒れてしまう。

 俺の言葉を受けて、パッセルが忙しなく動き始めた。タナはまだ帰ってきていない。俺は着物を着崩しながら、ため息混じりに中川の隣についた。


「疲れて帰ってきたのにぜんっぜん癒されねぇ」

「失礼なのよ。ゆず、お兄ちゃんと同じ顔なのに」

「お前には庇護欲が湧かねぇ」


 どストレートに批難すると、ハムスターみたいにぷくりと妹は頬を膨らませる。


「柳瀬くんはゆずに優しくないのよ!」

「お前に優しくするメリットがねぇ。で?木戸のアホがガキ共を連れてくのになんで柚木まで一緒に行ってんだよ」

「柳瀬、家なのに演技しなくていいの?」

「あのババアが帰ってくんのは当分先だろ。俺はそもそも美しいんだから、取り繕うのは仕事だけで十分だよ」


 それに柚木もいねぇしな。誰も好き(この)んで女のフリをしたいわけじゃねぇ。見た目はどうでも俺の心根は男だ。


「やっぱり柳瀬はこうでないとねぇ」

「その姿、お兄ちゃんに見せてあげたいのよ⋯⋯」

「柚木は俺は俺のままでいいっていつも言ってくれるんだよ、残念だったな」

「お兄ちゃんは甘すぎるのよ!」


 やいやい言い合いをしていたら、パッセルが温め直したオムレツプレートを運んできた。

 濃いめのブラックコーヒーも添えてある。甘いもの嫌いの俺の好みをきちんと理解しているパッセルには、ぽんと肩を叩いて微笑みを浮かべてやった。


「ありがとな」

「はぁー!!」


 うるっせぇ。


 悶絶するパッセルは捨て置いて、俺はオムレツをひと口食べる。うん、美味い。柚木の料理は美味いだけじゃなく優しさも感じられて、腹も心も満たされるようだ。


「柳瀬。変な手紙をもらってから柚木の様子が変なんだよ」

「あぁ、確かに昨日も大人しかったな。もっと帰りたいって騒ぐもんかと思ってたけど」

「今のお兄ちゃんは何を言ってもダメなのよ。心を閉ざしちゃってる状態だもん」


 妹は淡い紅色の薄い紙をテーブルへ置いた。


『お人形さんこちらへおいで』

 

 そう書かれた文言を読んで、俺は眉間に皺を寄せる。


「これは地雷だな」

「そう、地雷なのよ」

「あのー、それ俺も聞いていい話?」


 石田が手を挙げて発言した。

 妹はきょとんとしている。俺と中川は視線を交わせて、


「それはそうと明日の文化祭の話なんだけどさぁ」


 秒速で話を変えた。

 石田は苦笑いしている。おい中川、話の切り替え方が下手すぎるだろ。ウインクで可愛く誤魔化すんじゃねぇ。


「ほんとに柚木には何も言わないで実行するの?」

「あぁ。志賀の息子は妙に勘がいいからな。アイツに俺達の目論見を悟られるのは厄介だ」

「悪いこと企んでるみたいに言う⋯⋯。あぁそれと、パッセルと妹ちゃんから聞いたんだけど、警察庁でやらかした木戸が変装するらしくて」

「机投げてきたらしいのよ」

「おい、何やってんだあの馬鹿」

「それで、左目とったら力が封印されて小さくなるんだって」

「左目?」


 確かに出会った頃の木戸は左目に包帯を付けていた。

 中学までは黒髪と包帯スタイルだったのに、ある日を境に突然でかくなって、髪も赤く変貌したのは封印が解除されたからだったのか。

 大きくて可愛くないから元に戻そうと色々試してみたけど、戻らなかったのに。左目を抉れば良かったのか。そうかそうか。俺はパンをかじりながらほくそ笑む。


「いーい事聞いた」

「わっるい顔して⋯⋯」


 中川がドン引きしている。俺に黙って柚木を連れ出した報いだ。木戸が帰ってくるのが楽しみだなぁ。


「まぁ木戸はそれでいいとして、柚木はどうしようかと考えた結果なんだけど」

「柳瀬くん、お願いがあるのよ!」

「はぁ?」


 眉を寄せる俺に、柚姫と中川は同時にピンと手を伸ばした。


「お兄ちゃんを可愛くしたいのよ!」

「いっそ女装させようと思って!」

「何それ大賛成!」


 ガタンと俺は椅子から立ち上がった。

 あまりの嬉しさに心臓が打ち震えている。こんな素晴らしい日があっていいのだろうか。ようやく!ようやく念願叶って大手を振って柚木を女装させられる!


「ウィッグは何にする!?絶対脚は出そう!」

「ウィッグはゆずが現世から持ってくるのよ!やっぱり金色がいいよね!」

「そうだな!出来ればセミロング、柚木はストレートの方が似合うかな!」

「お兄ちゃんなら何着ても可愛いのよ〜!」

「分かる!!」


「仲良いのか悪いのか分かんないねぇ」

「あんまり調子に乗ると香流が怒るぞー」


 中川と石田の忠告なんて何のその。柚木を言いくるめるのは俺の十八番(おはこ)だ。アホのくせにたまにはいい提案するじゃねぇか、柚木妹!

 一気に疲れが吹き飛んだ俺は、柚木妹と綿密な作戦会議を練りながらパンを頬張った。

 


 ★★★★★


 

(夏椎)


「まさかあんた達がここへ来るとは思わなかったわ」

治郎丸(じろうまる)様!俺もここに泊まりたい!」

(きみ)くんは自分の家があるでしょうが!」

「何で朝っぱらからクラスメイトと顔突き合わせなきゃならねぇんだよ」


 ジローさんの(からす)から知らせを受けた、雪絵さん、公さん、吹雪さん、梓さんの4人が俺達が間借りしている部屋へ集合した。

 部屋へ入る時に片膝をついて(こうべ)を垂れていた姿が何とも言えず格好良かった。翔真はキラキラと目を輝かせてジローさんを見上げる。


「おじいちゃん、みんな忍者みたいだったね!」

「妖怪の子等は幼少期から忍者の修行を行っておる。己の身を守るために必要な修行だ」

「おれもしてみたい!」


 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら翔真の尻尾がちぎれんばかりに揺れている。

 ジローさんはへにゃりと様相を崩した。そんなジローさんの様子を見て妖怪達はドン引きしている。


「治郎丸様があんな顔するなんて⋯⋯」

「さすがポメラニアン」

「孫に飢えてんだよ、治郎丸様独身だから」

「そうか、だから翔真を誘拐して⋯⋯」

「誘拐しとらんわ!」


 ジローさんが声を張り上げた。

 慌てて妖怪達は礼の姿勢を取る。


「本日よりしばらく、この子供達を儂の屋敷で預かることになった。お前達4人もこの子供達の護衛に当たるように」

「⋯⋯は?」

「何でですか?」

「我等が主殿たっての頼みだ。心して当たれ」

「主殿⋯⋯」


 翔真がぽつりと呟く。

 俺は何も言わなかった。と言うかあの人どこまで翔真に話してるんだ。その辺りの擦り合わせを(あらかじ)めしておけば良かった。


 翔真の認識は動物がたくさん寄ってきて、強い女の子の部下がたくさんいるお巡りさんだもんな⋯⋯。


 俺はちらりと隣の翔真を見る。

 翔真はぽかんとした表情のままジローさん達のやり取りを見守っていた。


「何で主殿が3人組の事知ってんの?」

「主殿の庇護下にある者達だからだ」

「え、そーなの!?じゃあ3人組は主殿に会ったことあるんだ」


 会ったと言うか、今朝も朝ごはん作ってもらったと言うか⋯⋯。


「主殿ってすっごい美麗で全部の能力が高くて頭脳も切れる最強人種なんでしょ?」


 誰かなそれ。


 俺は冷徹(れいてつ)な瞳を妖怪達へ向ける。

 妖怪達は肩を跳ね上げた。あぁ、いけない。人様に殺気を向けてはいけないと父さんに言われているのに。


「この任務が無事達成出来たら、お前達のランクをひとつ上げよう」

「マジで!?」

「アンタ達、心して取り掛かるわよ!」

「現世への大学進学が見えてきたー!」


 突然きゃっきゃっと妖怪達のテンションが上がる。

 もう主殿について考えることを放棄したのか、翔真は新しい話題に飛びつくように乗っかった。


「ランクって何?」

「私達みたいな妖怪が人の世界に溶け込むには、相応の修行と認定試験があるのよ」


 雪絵さんは両手を組んで目を輝かせる。


「大前提として人を傷つけないこと。人はいかに(もろ)くて壊れやすいかのお勉強をして、人を危害を与えないよう本能を抑え込む修行をするのよ。そして人に化ける試験を経て、晴れて島の学校へ通えるようになったら人間社会への進出が見えてくる!」

「雪絵は人間と結婚したいんだもんねぇ」

「玉の輿!婿養子!」

「わぁ、雪女が燃えている⋯⋯」


 翔真が遠い目をして雪絵さんを眺めている。

 欲望に忠実なのは妖怪の本能だろうか。この件に関して俺はなんのコメントも出来ないので、ただただ燃え上がる雪女を静観する。


「さすがに儂の屋敷まで『はぐれ』は来んだろう。この町での生活を支えてやって欲しい」

「この(じょう)家次期当主の私に任せなさい!」

「俺と晃はマブダチだから任せとけぃ!」

「そうなの?」

「知らん」


 にべもなく拒否されて公さんが喜んでいる。

 やる気満々のふたりとは打って変わって、梓さんと吹雪さんは黙っていた。

 正確には、黙り込んでいるのは吹雪さんだけだ。梓さんがこそりと吹雪さんへ何かを耳打ちする。


「ねぇ、『はぐれ』って何?」


 良い子の翔真がピンと手を伸ばした。

 先程ジローさんが言っていた聞き慣れない単語は、俺も気になっていた。言葉通り受け取るならあまり良いものではなさそうなニュアンスだ。


「『はぐれ』は妖怪の本能を()とする集団の総称だ」

「妖怪の本能⋯⋯」

「人の怨念を喰らい、人そのものを捕食し、人の悪意を好むアウトロー軍団って事だよ!」

「つまりヤンキーみたいなものね」

「ちょいワルぅ!」

「ちょいじゃないのよねぇ」


 雪絵さんと公さんがふたりでうんうんと頷いている。

 ジローさんは俺を見下ろすと、その前に膝をついた。おじいさんのことを思い出してしまって、俺はつい萎縮してしまう。


「蓮が言うておった人の匂いがする子どもは貴殿だな」

「あ、はい⋯⋯」

「『はぐれ』に見つかると厄介だ。後で天狗面を貸してやろう。屋敷を出る時はそれを付けて過ごすと良い」

「『はぐれ』はやっつけないの?」

「妖怪の本能を害とするのは横暴だ。儂らは主殿の理念に賛同しているに過ぎない。主殿が人を滅ぼせと言うなら儂は喜んで助力する所存だ」


 冷淡にそう述べられ、俺はゾッとした。

 そうか。そういう解釈もあるのか。あの人の性格上有り得ないから考えたこともなかった。

 ジローさんは青ざめる俺を見上げて苦笑する。


「安心しなさい。主殿がそんな命令をするとは到底思えんよ。ただ、考えが違うからと排除するのは違うということだ。『はぐれ』は現世にしか赴かんし、島へ危害は加えない盟約を交わしておる。だが君が人なら、警戒するに越したことはない」

「⋯⋯ゆめゆめ気をつけます」

「うむ。君は(さと)い子だ」


 ジローさんに頭を撫でられ、俺は少し気恥しい気持ちで頷いた。

 おじいさんのことを思い出してしまった俺を少しだけ後悔する。この人は優しい人だ。ジローさんがしてくれる、映像の中の優しい祖父のような触れ方はむず痒かったけど、翔真がこの人をおじいちゃんと言いたい気持ちは理解出来た。

 そしてその後の惨状も理解出来るので、俺は絶対口にはしない。島には(ろく)な大人がいないのは重々承知している事実だ。


「さて、大広間に朝餉(あさげ)を用意させてあるのでお前達も食べなさい」

「はーい」

「食べながら明日の作戦会議でもしようぜ!」

「ねぇ!妖怪の世界のお話も教えてよ!」

「お?朝食の時間で足りるかなぁ〜?」


 わいわいと騒がしく襖を出て行く友達に苦笑して、俺もその後に続く。

 物騒な話はあるけれど、ここの居心地は悪くない。香流さんに余計な心配をかけないためにも、自分の身は自分で守らないとな。

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