白兎事件編27(文化祭前日・前編・2)
ガシャーン!と窓ガラスが割れた。
驚いて飛び起きた夏椎は、ロフトベッドから侵入者を見下ろす。薄暗い部屋で尚赤い、鮮やかな赤が目に入って思わず顔を顰めた。
「木戸さん!?」
「お迎えに来たよー。荷物どれ?」
「あ、クローゼットに⋯⋯」
「どれがいるのかいらないのか分かんねぇな。まぁいいや」
木戸は言いながらぽいぽいとカバンや制服をロフトベッドへ放り投げていく。
あらかたの荷物を放り投げ終えると、パンパンと両手を叩いた。よーしと軽い掛け声が聴こえて、木戸はロフトベッドの下へ潜り込む。
まさか。
いや、まさかな。さすがにそこまで常識知らずなことは⋯⋯。
「しっかり捕まってろよー」
みし。
余談だが、警察庁のロフトベッドは部屋に備え付けられたタイプになっている。
要するに、壁や床と繋がっている。
木戸は壁からポスターを剥がすように、台紙からシールを剥がすように、何の躊躇いもなくロフトベッドを剥がし取っていく。
みし、みし、みし⋯⋯
パラパラと壁紙が落ちる。あぁ床が汚れていく。
夏椎は気が遠くなるのを感じながら、落ちないようにまだ眠ったままの翔真と晃へしがみついた。
ロフトベッドごと運ばれた子ども達3人は、柳瀬の家の前にちょんと下ろされていた。
出迎えてくれた柚木はもう突っ込むのも面倒になったのか何も言わない。夏椎が起きていたので、「おはよう」と呑気に挨拶した柚木へ向かって夏椎は無動作で突撃した。
「香流さん大好き!」
「なんだよ、急に」
「だから木戸さんは止めておいてくださいね!」
「?うん⋯⋯」
夏椎の中の木戸株が大暴落している!
柚木は何のことかよく分からない顔をしながら、夏椎の必死さに負けてとりあえず頷いておいた。木戸は不服そうにべりっとふたりを引き剥がす。
「何でだよ!運んで来たのに!」
「運び方が過去一常識知らずなんですよ!」
「だってその方が効率いいじゃん」
「なんで俺の主張が間違ってるみたいな顔するんですか!」
木戸と夏椎の言い争いを聞いて、翔真がむくりと身体を起こした。
キョロキョロと視線を動かし、ロフトベッドの下に柚木の姿を見つけて一気に尻尾が高速稼働する。
「香流お兄ちゃん!」
「おはよう、翔真」
ポン、と煙を立ててポメラニアンになった翔真がロフトベッドから飛び降りる。
柚木が抱きしめると、もふ、と柔らかい毛が顔にかかった。今日も毛並みがいい。よし、翔真は今日も健康だ。
「香流お兄ちゃん、香流お兄ちゃん!」
「どうした?」
大興奮の翔真が名前を連呼しながら腕の中で暴れている。またポンと煙を立てると、今度は人型でぎゅうっと柚木にしがみついた。
「で、ここどこ!?」
まだ興奮冷めやらぬ上擦った声で翔真は柚木を見上げる。
「柳瀬の家」
「柳瀬さん?」
「柳瀬さん!?」
そう言えば、柚木はしばらくA地区で暮らすと中川が言っていた。
どこに間借りしているのかと思えば、柳瀬さんの家だったんだ。視線を向けると大きな和風建築が目に入り、確かに柳瀬さんらしい雰囲気だなと夏椎は思った。
「それにしても、どうしたんですか?まだ平日ですよ?」
「あぁ、ちょっと事情が変わって⋯⋯。とりあえず中に入るか?」
「晃は?」
「どうせ起きないから放っておこう」
翔真はさらりと毒を吐いた。振り返りもせずに歩いて行く翔真は、長年の付き合いで晃の寝起きの悪さを嫌というほど理解している。
「まぁ、出方にコツがあるから勝手に外へ出たりしないでしょ」
「ならいいんですけど⋯⋯」
木戸と夏椎も翔真に続いた。柚木は少しだけ悩んだ後、そっとロフトベッドのテーブル部分に手のひらサイズの将次を置いた。
「晃が起きたら中へ連れてきてくれ。頼んだぞ」
柚木が微笑むと、将次はくるくると回って了解の意を示す。
頼りになるペットだ。柚木が指先でてっぺんを撫でると、将次は嬉しそうに頬らしき部分を赤らめた。
壁時計の時刻はまだ朝4時15分を差している。
リビングには石田と、もうひとり見たことのない子どもが座っていた。
黒と茶色のまだらの髪をもつつぶらな瞳の子どもは、入ってきた夏椎達にぺこりと頭を下げた。
「おはようございます!」
「あれ、もう起きてんじゃん」
「客人より後に起きたのがバレたらどんな目に合うか⋯⋯」
子どもは両手に口を添えてガクガク震えている。
木戸は何とも言えない顔で応えた。とりあえず、立ち話もなんなので夏椎と翔真はソファーへ促す。
ソファーの前にはまるでスクリーンのような大型テレビが設置されていた。いいな、と夏椎の目が輝いた。このテレビでゲームや映画を見れば大迫力間違いなしだ。
「なんか食べるか?」
後から来た柚木が夏椎と翔真へ尋ねた。ふたりは元気よく手を上げる。
「香流(お兄ちゃん・さん)のご飯が食べたい!」
「何がいい?」
「何でもいいです」
「おれ肉!」
「じゃあオムレツでも作るかぁ」
柚木がキッチンへ足を向けると、石田と木戸も手を上げていた。
「お腹空いた」
「石田はパン食ってただろ⋯⋯」
「先輩のご飯俺も食べたい!」
「はいはい、分かったよ。パッセルは?」
「いや、柚木さんのご飯なんて食べたら親分に叱られます⋯⋯」
「内緒ならいいだろ」
いたずらに微笑む柚木にパッセルは無事撃ち抜かれた。
ついでに木戸もテーブルに突っ伏した。
「なんだもう今の顔も可愛すぎる!朝から先輩の小悪魔が大暴走!」
「朝からうるせぇ」
「俺も準備手伝うからもうちょっと優しく言って」
「静かにしてください」
「そういうことじゃなくて!」
いつもの不毛な言い争いをしながら、柚木と木戸はキッチンへ向かった。
キッチンの構造も昔見たものとそっくりだ。大人が並んで立っても余裕がある。昨日も使わせてもらったが、タナはとても丁寧にキッチンを使っていることが伺えた。
「そうだ。木戸、俺も妖怪の國へついて行っていいか?」
冷蔵庫からひき肉と、野菜室からピーマンとにんじんを取り出して柚木はキッチンへ並べた。
翔真が玉ねぎを食べられないのと、晃がピーマンを嫌いなので砕いて入れてやろうと思ったからだ。
「3人が世話になるなら、一応保護者なんだし挨拶しておかないとと思って⋯⋯」
「あぁ、最初からそのつもりだったよ。ジローさんもみんなも喜ぶよ」
「それはそれでめんどくせぇ」
妖怪はほとんどが地球産なので、歓迎度合いが動物達と良く似ている。
人型じゃなければ鬱陶しくないんだけどな、と思いながら柚木は野菜を手早く刻んでいく。
「相変わらず先輩は手際がいいなぁ」
「手伝うことないから座ってていいぞ」
「お皿運んだり先輩の横顔見たりしときまーす」
「お前なぁ。そろそろ飽きたら?」
「一生見てても飽きないんだよなぁ」
何を言っても通じないので、もう何も言わず柚木は料理の続きに取り掛かった。
本当に木戸はいつも幸せそうだ。ソファーから眺めながら夏椎は呆れていた。何を話しているかまでは良く聞こえないが、柚木は前ほど木戸のことを邪険に扱うことはなくなったように思う。
雰囲気も出会った頃より柔らかくなった。張り詰めていた糸が少しばかり緩んだと言う表現がしっくりくるような。
「翔真、いいの?」
「木戸さんは安全圏だからいいの」
木戸の言動に慣れてきたのか、翔真も前ほど噛み付かなくなってきた。
「それに、香流お兄ちゃんはちゃんと男だから大丈夫」
翔真の根拠がよく分からないが、翔真が穏やかならまぁいいかと夏椎は頷いた。
ふたりのもとに、ひょこっとソファーにもたれて石田が顔を出す。隣にはパッセルを連れていた。
「おふたりさん。こちらが柳瀬家の雑用係のパッセルくんです。雀に変身するんだよ」
「アスラゼネ星のパッセルでやんす!みなさんとは昔ながらのお付き合いでやんす。で、どちらが柚木さんの噂の弟さんで?」
「噂の弟?」
「柚木さんはA地区で名前だけひとり歩きしてるんでやんす。ものすごい可愛くて、めちゃくちゃ高く売れそうで、鬼のようにモテる木戸さんの心を撃ち抜いた男か女かよく分からない人物だって」
「だいたい合ってる」
石田は素直に肯定した。
売れそう云々は分からないけれど、おおむね中学、高校時代の柚木の評価となんら変わらない。
「その柚木さんの弟が学校に通ってるって噂になってて」
「へぇ〜」
「誘拐計画が立ってたでやんす」
翔真はひゅっと息を飲み込んだ。
「誘拐⋯⋯」
「ただ見た目が分からないので実行に至るまでにはならなかったみたいでやんすが⋯⋯」
A地区怖い。
やっぱりここは物騒な場所だ。計画が頓挫して良かった。いやある意味今日も誘拐されたけども。
「親分は頑なに柚木さんの存在を隠し通してますからね。木戸さんも写真見せてって言われても絶対見せないし、昔からいる人達は柚木さんの顔知ってるひともいるでやんすが口は絶対割らないですねぇ」
「柳瀬が怖いからでしょ」
「その通りでやんす!」
パッセルはふんぞり返った。
「あの美しく獰猛な親分は柚木さんの害になりそうな存在は徹底的に排除するでやんす。それはもう身震いするような方法で⋯⋯」
ふんぞり返っていたパッセルが徐々に小さくなっていった。
「でも、久しぶりに会いましたけど柚木さんはここから出ない方がいいでやんす。前に会った時より破壊力が増したような気が⋯⋯」
パッセルがそう零したのを聞いて、夏椎は素直に頷いた。
破壊力云々はともかくとして、パッセルの話を聞かなくとも柚木が外に出ない方がいいという原因は明らかだ。
「香流さんが外に出ない方がいいと言うのは俺も賛成ですよ。俺達がここへ連れてこられたって言うことは、警察庁で何かあったんでしょう」
「あぁ、うん。香流達の部屋が立ち入り禁止になってて、翔真が柚木姓だから警察庁にいるのはまずいかなってさっき賢吾と香流が話してたよ」
「あぁ、なるほど⋯⋯」
向こうもなかなか手際が良い。帰ったのが夜だったのが幸いしたかもしれない。
昨日の夜は、警察庁の前で木戸と分かれ、龍司は泣き泣き部屋の前まで付いてきていた。
その時は特に不審な人物は見かけなかったが、今朝だったら分からない。登校時に声をかけられていた可能性もある。木戸の無駄に早い行動力が功を奏したということだ。
「それで、俺達も柳瀬さんの家に避難ですか?」
「いや、夏椎達の避難先は妖怪の國だって」
「妖怪の國」
夏椎と翔真の声が重なった。
ふとりは顔を見合わせる。妖怪の國って、クラスメイトの大半が住んでいるあの?
「どこにあるんですか?」
「学校寮と繋がってるんだよ。うちの学校は妖怪さん多いから」
「うちの担任も山姥だもんね」
「夏椎達のクラスには妖怪の子どももいるでしょ。木戸くんが大天狗さんとかけ合って、3人は朝からお引越しだよ。まぁまだひとり寝てるけどね⋯⋯」
石田は苦笑いした。晃の寝起きの悪さは誘拐されても変わらない。
「学校なら俺もいるし、手は出してくるかもしれないけど強いひとたちもたくさんいるから。まぁ、賢吾も警察庁行ったしなんとかなるよ」
「⋯⋯早く落ち着けばいいですね」
「妖怪の國には香流お兄ちゃんはお泊まりしないの?」
「出来るけど、先輩が嫌がるからなぁ〜」
出来上がったオムレツとパンとサラダを載せたワンプレートモーニングを運びながら、木戸が会話に参加してきた。
「ところでみんな何飲む?」
「俺、コーヒー!」
「俺は緑茶がいいです」
「おれはりんごジュース!」
「わぁ、見事にバラバラ。柳瀬ん家にんなもんあるかな⋯⋯」
「あるでやんす!」
パッセルが勇み足でキッチンへ向かっていく。キッチンに立つ柚木はやはり前とは雰囲気が格段に違ってどきりとした。
初めて出会った時の無邪気さや、急に分厚い壁が出来た時のような違和感とも違う。
誰も気付かないのだろうか。これは異世界人の自分だから分かるのだろうか。
「どうした?」
柚木がふと表情を和らげると、パッセルは「はー!!」と叫んで冷蔵庫へ突撃した。
柚木は目をパチクリさせる。びっくりした。呆然としているとパッセルの後から木戸が戻ってきた。
「なんか出た?」
「違うんでやんす!あぁー!言葉に出来ない!もどかしい!」
バタバタと飲み物を抱えてリビングへ戻っていくパッセルを見送って、柚木と木戸は顔を見合わせる。
「お腹空いてんのかな⋯⋯」
「柳瀬の横暴さに疲れてんじゃねぇの?」
「ま、ご飯食べたら元気出るだろ」
柚木は単純思考で答えを導き出す。そうかなぁと木戸は思いながらも、まぁいいかと次のお皿に手を伸ばした。
「残りは置いとくの?」
「うん。冷蔵庫に入れとく。みんなそのうち起きてくるだろ」
「先輩のは?」
「俺は別に⋯⋯」
「香流。ちゃんと食べなきゃダメだよ」
見上げる柚木の口に、木戸はパンを放り込む。
その反対側をぱくっと齧りとって、木戸はキッチンから出て行った。
「やだぁ、スマートォ〜」
「木戸さん、そういうの良くないと思いますよ」
「だって中川さんが起きてきたら食材全部なくなるよ」
「それは確かにそう」
昨日の惨事を思い出して、夏椎は納得せざるを得なかった。
柚木は呆れながら、大人しく咥えさせられたパンを食べ始める。
最近木戸からの子ども扱いがひどい。
別に食べなくても死ねないのだから、良く食べる木戸の方が食べればいいのに。
こんなこと、無意味な行動だ。
俺になんか構わなくていいのに。
「香流」
いつの間にか戻ってきていた木戸が、パンをくわえたままぼんやりしていた柚木へ声をかけた。
頭上から影をさした人影に、びく、と思わず肩が跳ねる。
しまった。
弾かれるように顔を上げた柚木の目元を、木戸は優しくなぞるように指を滑らせる。
「ちょっと抜ける?」
そのまま答えを待たずに、ひょいと抱き上げて無言でキッチンから出て行った。
誰も何も言えなかった。残された4人は用意された朝食プレートを前にして停止する。
しばらく、そのまま。
「香流お兄ちゃん、何かあったの?」
心配そうに翔真が呟く。
「なんか、元気なかったけど」
「⋯⋯寝不足でしょ」
石田がパンを食べながらさらりと答えた。
ふたりが石田を見やると、石田はにこりと笑う。
「アイツ寝ないとダメな人だから。翔真は知ってるでしょ」
「昨日そんなに寝たの遅かったの?」
「俺先に寝ちゃったから分かんないけど、どうせ遅くまで騒いでたんじゃない?」
「⋯⋯そうなの?」
ふたりのやりとりを聞きながら、夏椎は何か言いたげにしながらも口を噤んでいた。
あんな香流さんは初めて見た。なんの感情も読み取れなくて、とても静かで、まるで心をどこかへ置いてきたような。
まだ知り合ったばかりの自分にはきっと何も出来ることはない。
でも。
香流さんは助けてくれた。自分を見失っていた俺にそのままでいいと言ってくれた。
過去の呪縛から救いあげてくれた。そんなあの人を、俺が見て見ぬ振りするのは違うだろ。
「俺、様子見てきます」
夏椎はガタンと立ち上がった。
早足に駆けていく夏椎を追うように慌てて翔真も立ち上がる。石田は止める動作も見せず、ふたりの後も追わなかった。
「石田さんはいいんですか?」
パッセルが居心地悪そうに肩を縮めながら尋ねると、石田はふふっと苦笑いを返した。
「俺はね、出来るだけ部外者がいいの。香流が何も考えずに息抜きできる場所がいいんだよ。⋯⋯さ、パッセルくんも冷めない内に食べよ」
「は、はい」
石田に促されるままパッセルがオムレツをぱくりと口に入れると、ぶわっと髪の毛を逆立てて目を輝かせた。
「う、うまいでやんす!」
「ねぇ〜。一家にひとり欲しいよねぇ香流ちゃん」
まだ壁時計は5時も差していない。目覚めるには早い時間だ。
帰ってくるころには目覚めていますように。
ただの人間の自分には、口にも出せず思うことしか出来ないから。石田はありがたく「いただきます」を口にした。
後から付いてきた子ども達の気配を感じ、木戸は脳内のプランを即座に変更させた。
ほんとはこのまま家に連れ帰って泣かせてやろうかと思ってたけど、子ども達を連れて朝焼けのA地区は少し危険が伴う。
なので、
「ハイキングでもするか!」
「おかしいですよね!?」
夏椎は心の底から突っ込んだ。
柳瀬の家の反対側、赤い提灯から出た先はかの有名な青木ヶ原樹海、通称富士の樹海に繋がっている。
見渡す限りの苔、針葉樹、明らかに整備されていない獣道。
翔真はおぉ〜っと呑気に空を見上げて喜んでいる。柚木はようやくパンを食べ終えて、咎めるように木戸を見上げた。
「口の中がもさもさする」
「なんも持ってねぇわ。ごめんね」
「あ、さっきもらったりんごジュースがあるよ」
翔真はパッセルから受け取った子ども用の紙パックジュースをパジャマのポケットから取り出した。
「香流お兄ちゃん、もう起きた?」
「⋯⋯?うん?」
質問の意味が分からず、柚木は首を傾げる。
翔真は紙パックのジュースを柚木に渡して、にこっと笑いかけた。まだ元気はなさそうだけど、あそこにいた時よりは随分マシに見える。
「ところでここどこ?」
「さぁ⋯⋯?」
「木戸さん、適当すぎませんか⋯⋯?」
「まぁまぁ、柳瀬のことだから人の来ない場所を出口に選んでるだろうし、のんびりしようよ」
確かに、こんな山奥に人は入って来ないだろうけど。
気付けば紙パックジュースを飲んでいる柚木の周りに、わらわらと動物達が集まってきていた。
中にはクマもいて夏椎と翔真はクラスメイトを思い出した。中3部の頼れるリーダーはまだ寝ているだろうか。
「食べたら眠くなってきた」
「えぇ⋯⋯」
安心材料に囲まれ、柚木は近くの木に腰を落ち着ける。
そのまま眠りにつこうとするので、木戸は呆れ混じりに自分のカーゴジャケットを柚木にかけた。
今度は、なんの反応も見せなかった。じっと見上げてくる宝石のような瞳を見下ろして、木戸はこつんと額を合わせる。
「⋯⋯さっき、ごめん」
「別にいいけど⋯⋯」
そのまま額へさらりと口付けて、木戸は悪びれず笑う。
「先輩が気にするなら、これで許してあげる」
離れて行く木戸に柚木は何も言えず、ぽかんと固まっていた。
なんかされた。恋愛偏差値0の柚木には意味の分からない行為だったが、木戸がそれでいいと言うならまぁいいかと近くのクマにもたれかかる。
動物達の体温が温かい。懐かしくて、安心する。
そのまま思考を手放す柚木を守るように、包むように、動物達は寄り添い合った。
やっぱり先輩には動物達が一番の薬かな。
結果的にここへ連れて来て正解だったかも知れない。そんなことを思いながら、木戸は辺りをピクニック気分で散歩している夏椎と翔真へ近づいて行った。
「じゃあ先輩が起きるまで俺と特訓でもするかぁ!」
「えっ」
「現世で!?」
「大丈夫、こんな時間に人も来ないし俺も手加減するから!」
ひょいっと近くの木を根元から抜き取って、木戸はくるくると棒切れのように回す。
「じゃあ、頑張って避けろよー!」
ぶん、と振り下ろされる大木を見上げて、夏椎と翔真は同時に悲鳴をあげた。




