白兎事件編26(柳瀬の家・1)
(柚木)
渋る翔真を担ぎ上げた木戸と、夏椎と、晃と、夏椎の父親の5人は、少し早めに『居酒屋『柩』』から帰路についた。
最後まで帰りたくないとごねていたのは夏椎の父親も同じだ。夏椎は翔真を見るのと同じ瞳で自分の父親を宥めていた。仕方ないなぁと諭すような笑顔はまるで全てを包み込む仏のようだった。
俺は、柳瀬の家に行きたいと言う家族と石田を連れてA地区内を歩いていた。
ヒツギと中川も一緒だ。夕方を過ぎたA地区はまばらにひとが集まってきている。開店準備をするひと、隣の店同士話しているひと、俺の知らない生活をしているひとたちがそこにいた。
そして、もれなく通り際にこちらを見ている。
「絶対離れないでねぇ」
中川は銀色に輝く結界を維持しながら歩いている。
ドームのように丸い形の結界は、歩く度に付いてくるように動いた。中川の結界の中は少しだけひんやりして気持ちいい。
「はぁ、お腹空いたぁ」
「さっきの残り詰めてきましたよ」
「わぁい!ヒツギえらい!」
ご褒美が待っている事が分かると、中川は張り切って結界の強度を上げた。
銀色から、純白に変わったヴェールが俺達の上から降りてくる。俺は別に結界はいらないんだけど、腕に柚姫を巻き付けているので仕方なく結界の中にいた。
「お嬢さん、一体何を隠してるんだい⋯⋯ヒッ!」
中川へ話しかけてくる男は、先頭のヒツギが睨みつける。2メートルある巨大な男に睨み付けられた男はそそくさと逃げて行った。
ヒツギの店から10分程歩くと、紫色の提灯が見えてくる。
提灯の隙間、現世と島の境目に柳瀬の家がある。近くまで歩いていくと、ふわ、と白い小さな花弁が空から舞い降りてきた。
白い花弁はひらひらと結界ごと俺達を包み込む。
「こんばんはでやんす!」
瞬きをする間に、俺達は土の地面の上に立っていた。
「何で気付いたのかと思ったら、パッセルが見に来てたのかぁ」
和風建築の建造物の前、開いた門の中央にパッセルが立っていた。
パッセルは縞柄の紺の甚平を着ている。茶色と黒の入り交じった雀のような色合いの髪と、子どもの体。つぶらな瞳のパッセルはぺこりと中川に頭を下げた。
「パッセル!久しぶりだなぁ!」
「柚木さん!お久しぶりでやんす!」
俺が手を上げると、パッセルの頬が赤く染まる。その頭を鷲掴みにすると、柳瀬はぽいっとパッセルを後ろ手に放り投げた。
「柚木ぃ!待ってたわよ〜!」
「柳瀬!」
柚姫の事は見えていないように、お構いなしに着物姿の柳瀬が俺に向かって突撃してくる。柳瀬は俺の肩にすりすりした後、しっかり抱きついてぴとっとそのまま動きを止めた。
「アタシを頼ってくれて嬉しいわ!家族よりアタシを!うふふ、お部屋準備してるからね」
「ち、違うのよ!現世とのトラブルだからゆずのとこに来れなかっただけだもん!お兄ちゃんはゆずのことも頼りにしてるのよ!」
「⋯⋯してる?」
「して⋯⋯る?」
賢吾に聞かれた俺は、曖昧に首を傾げることしか出来なかった。
「ひ、ひどいのよぅ」
「柳瀬は相変わらず柚木ファミリーに手厳しいなぁ」
石田が柚姫を慰めている。柳瀬はまだ充電中なのか、俺から離れようとしなかった。俺も別に嫌ではないのでされるがままになっておく。
「やだぁ、そんな事ないわよ。アンタ達、もう夜になるから今日は泊まって行くでしょ。アンタ達の分も部屋用意してるから」
「ゆずはお兄ちゃんと一緒に寝るのよ!」
「ブラコンも大概にしなさいよ!」
なんか喧嘩してる⋯⋯。
柳瀬と柚姫は昔からよく喧嘩している。大体柚姫が言い負かされることが多いけど、今日もそんな感じだろうな。でも俺を挟んで喧嘩するのはやめて欲しい。
「中川さん、後で食べて下さい」
「わぁ、ありがとう!」
動けない俺の後ろで、ヒツギと中川の声が聴こえた。
「では、俺は仕事に戻りますね」
「はいはい。また後でね」
俺が振り返ると、ヒツギはぺこりと頭を下げる。それから、門と対になるように浮かび上がる紫色の提灯へ足を向けた。
そして、まるで最初からそこにいなかったかのように、大きな体が消えていく。
中川も包みを抱えたまま俺達に向かってひらひらと手を振った。
「じゃあ俺も一旦戻るね!教会が心配だし!」
「あら、中川も泊まるの?」
「だって柚木の家に行けなくなったから、お風呂ここしかないんだもん!」
「木戸の家行けば?」
「あんなゴテゴテしたとこ絶対やだ」
中川は言いながら、紫色の提灯の前で姿を消した。
石田はほえーと呟きながら、感心したように腕を組む。
「いやぁー。すごいねぇ、柳瀬の家」
「ちょっと空間をいじっただけよ。アンタ達は出入り自由にしてあげるから、A地区で困ったらここへ来なさい」
「優しいなぁ柳瀬は」
「良い奴だよなぁ柳瀬は」
「やめろ!」
褒めたのに、怒られた。俺と石田は顔を見合わせる。
視界の奥で、投げ捨てられたパッセルがべそをかきながら煙を立てて雀の姿へ変化した。
『親分、ひどいでやんす』
「いつまでも寝てないでさっさともてなす準備をしなさい」
『はぁい』
「あぁ、柚木。アンタのペットはどうすんの?」
「ルフにはまゆのこと頼んできた。将次はここにいる」
俺がホルスターバッグから将次を取り出すと、くるりと回ってつぶらな瞳を柳瀬へ向けた。
途端にぽっと頬を赤らめる。
「まーくん、騙されてるのよ⋯」
「何言ってんの。この毛玉は見る目があんのよ」
柳瀬は扇で口元を隠すと、瞳を柔らかく細めた。
「さ。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいな」
うふふ、と柳瀬は優麗に微笑むその後ろで、パッセルが小さく震え上がっていた。
板張りの廊下が続く和風建築の家は、子どもの頃通っていた柳瀬の家と良く似ている。
1階にリビング、和室。庭へと繋がる廊下は長く、ところどころ欄干が備わっている。
庭には池と景石が見える。2階にはみんなの部屋があり、俺はそのひとつを貸してもらう予定だそうだ。
「覚は?」
「もう仕事に入ってるわよ。奴は番台だもの」
「ロゼッタは?」
「あぁ、ロゼッタなら母親が連れてったわよ。しばらく帰ってこないってさ」
歩きながら、柳瀬はやれやれと肩を竦めた。着物で歩くの難しそうだけど、難なく歩く柳瀬はすごいと思う。
「何に影響されたか知らないけど。アイツ、可愛い娘を連れ回す母親を演じたいだけなのよ。まぁ食事も何とかしてくれるし別にいいけどね」
「柳瀬は言うこと聞かねぇもんな」
「聞いてるわよ。女の振りしてるじゃない。怒らせるのはそれはそれで面倒なの」
柳瀬親子は仲が悪い。そこに加入したロゼッタは2人の中和剤のような役割を果たしている。
柳瀬は振り返って、俺と俺の腕にくっついたままの柚姫を見比べると何故かすごく嫌そうな顔をした。
「見せつけてんじゃないわよ」
「今日と明日はゆずとベッタリって約束したのよ!」
「したっけなぁ」
もう好きにしてくれ。どうせ柚姫は何言ったって聞きかないもんな。
階段を上がると、まるで旅館のように部屋が左右に分かれていた。
ドアは計5つ。柳瀬はうふふと扇を口元に当てて微笑む。
「一番突き当たりはアタシと小波の部屋よ。柚木はその手前の右側を使ってね。川崎くん達は左側をどうぞ。別荘感覚で好きに使えばいいわ」
川崎くん、と言われて俺は胸の奥がそわっとする。
そんな俺を見て、柳瀬は小さく肩を竦めた。
「アンタの事なんかよーく分かってるわよ。アタシのところにいれば安心でしょ」
「うん。柳瀬、ありがとう」
「ゆずはお兄ちゃんの部屋!」
「お好きにどうぞ。あと、残り2部屋はロゼッタとタナの部屋だから開けないでね」
タナは柳瀬家の家事全般を任されているお手伝いさんだ。
白いモップのような毛に覆われていて、その中身は誰も見た事がない。覚やパッセルと同じく、俺も昔から知っている柳瀬ファミリーの一員だ。
ふと、俺はひとつ気になることがあった。
「覚とパッセルの部屋は?」
「覚の部屋は店に移したわよ」
「⋯⋯パッセルは?」
「アイツはその辺で勝手に寝るでしょ」
「やっぱり俺が追い出したのか⋯⋯」
それはすごく申し訳ないことをした。後でお詫びをしておこう。
「そんなこと気にしなくていいわよ。お風呂は1階にあるから好きに使って。じゃ、アタシはお仕事行ってくるわ」
「うん。行ってらっしゃい」
「帰ってきたら柚木がいるもの!頑張る〜!」
すごくいい笑顔で柳瀬は階段を下りて行った。
満面の笑みに石田は顔を引き攣らせている。
「アイツ、中学の時から変わったなぁ⋯⋯」
「そうか?柳瀬は昔から柳瀬だろ」
「お前の器がでかすぎて心配になるわ」
石田は俺にも呆れた顔を向けて、ため息をつく。石田とも中学1年生の時からずっと同じクラスだったけど、石田も変わらないし柳瀬も変わらない。大事な俺の友達だ。
「お前は変わらないねぇ」
「褒められてる気がしねぇ」
「まぁ今日はみんなで雑魚寝しようぜ!」
石田が右側の扉を開けると、中は俺の家の寝室くらいの広さがあった。
セミダブルのベッドに、ソファとテレビが備えられている。ひとり用の部屋にしては十分広い。石田は早速ベッドに飛び乗った。
「拓次、酔ってる?」
後ろから賢吾が苦笑いで声をかけた。石田はふふふと笑いながら寝ようとしている。
「石田、風呂は?」
「明日の朝はいるぅ」
「あ、もう駄目だね。スイッチ切れそう」
「俺のベッド取られた⋯⋯」
そしてそのまま石田は眠りについた。
寝てしまったものは仕方ない。俺は石田に布団をかけて、川崎と柚姫を振り返る。
「石田は中川が来たら浄化の魔法かけてもらえばいいだろ。ふたりはどうする?」
「お兄ちゃんと入る!」
「それはちょっと⋯⋯」
「じゃあ賢吾と入るのよ?」
「それもちょっと⋯⋯。いや、そもそもなんで一緒に入る前提なんだよ」
翔真ですら一緒に風呂へ行く時は犬になって入っているのに、何でわざわざ一緒に入らなきゃならないんだ。
「だって、お兄ちゃんが心配なのよ⋯⋯」
俺が怪訝な顔を向けると、柚姫はしょんぼりとした表情を浮かべた。
俺は少し考えて、柚姫の頭を撫でる。心配をかけているのは分かるけど、この年になってまで妹と風呂に入りたくはない。犬の翔真ならともかく、いくら柚姫のお願いでもそれだけは断固拒否だ。
「じゃあ俺も中川に頼むから、お前ら順番に行ってこいよ」
「一緒に入りたかったのよ!」
「柚姫。俺達はもう大人だ。大人は一緒に風呂には入らない」
「むー!」
柚姫の両頬がぱんぱんに膨れる。俺が何も言わずにいると、柚姫はむくれながら賢吾の服の裾を握った。
「じゃあ賢吾は⋯⋯」
「俺も嫌かな」
むー!とまた柚姫は頬を膨らませた。
階段を下りて、リビングへ戻るとテーブルに木戸が座っていた。
キッチンにいるパッセルと何か話していた木戸は、こちらに気付くとにこやかにひらひらと手を振ってくる。
「途中で寄り道したけど、子ども達はちゃんとお家に帰りましたよ〜」
「あれ、何でお前がいんの?」
「ちょうど柳瀬が出て行く時に無理矢理入ったの」
「自分の家には帰んねぇの?」
「今の俺は先輩の相棒だから!」
家に帰らない理由になっていない。まぁどうせ言っても聞かないのでもうそれ以上は何も言わず俺は木戸の前に座った。
柚姫が俺の隣に、賢吾が木戸の隣に座る。そこへ、人型に戻ったパッセルがお茶を運んできた。
「タナさんは、今お店の御膳作ってるんであっしのお茶で失礼します!」
「ありがとう、パッセル」
「ど、どういたしまして」
パッセルはもじもじしながらテーブルから離れて行った。パッセルがリビングから退出してから、木戸は自分のスマホを取り出してテーブルへ置く。
「石田さんは?」
「俺が借りた部屋で寝てる」
「石田さんめっちゃ飲んでましたもんね。で、川崎さん達もいるってことは柳瀬が部屋を用意してるって事で良いです?」
「どういうこと?」
賢吾が尋ねると、木戸は一枚の写真を提示した。
そこには、鮮やかな黄色の警戒用テープが貼られた俺達の部屋が映っていた。
「なんか、思ってたより大事になってますよ。俺も捕まりそうになったんで早々に帰って来ました。でも、別に例の事件の犯人扱いではなかったですよ」
「じゃあ何で?」
「柊さんが言うには、向こうが先輩の独占禁止法を提示してきたそうです」
独占禁止法。
と言われても。俺と柚姫は顔を見合わせる。
「なにそれ」
「初めて聞いたのよ」
「要するに先輩を島から現世へ寄越せってことですよ」
「はぁ⋯⋯?」
なんだそりゃ。今更にも程がある。
現世の管理は各地の神々に任せている。ゼウスもそれでいいよと言っていた。
「ちなみに、黛さんはもう完全に島を閉じてやろうかとブチ切れてました」
「森谷は?」
「現世へ赴いて交渉中だそうです」
「⋯⋯お前、ふたりに会えたの?」
「いいえ、会議中に突撃しました!」
ぐっと親指を突き立てて木戸は堂々と言い放つ。
「どこで会議してんのか柊さんに聞いて行ってみたら、まぁー黛さんと現世の人達が大喧嘩してたんでドア開けてテーブルぶん投げてきました!」
「何してんだお前!」
「先輩を物扱いしてたから腹立っちゃった」
あっけらかんと笑う木戸の隣で、賢吾が頭を抱えていた。柚姫はパチパチと拍手をしている。
「上手に撒いて来たけど、今は俺も警察庁行かない方がいいかも知れないですね」
「木戸は目立つもんね⋯⋯」
「ねぇ」
ねぇじゃない。本当に好き勝手やるなコイツ。
俺は頭を抱えてため息をついた。何で今更こんな事に。今までそんなこと聞いたことも言われたこともなかったのに。
「で、先輩。俺明後日の文化祭は変装しようと思うんですけど」
「お前の巨体で何をどう変装すんだよ」
「まぁー見てて下さいよ」
よいしょ、と木戸は自分の左目に指を突っ込んだ。
俺はさっと柚姫の目を塞ぐ。グロテスクが苦手な賢吾は、言葉をなくして隣の異様な光景に脅えている。
「ほら!」
「お前せめて包帯くらい持って来いよ!俺の弟と妹が怖がってんだろ!」
「包帯なんて持ってねぇもん」
木戸はけろっとした様子で血に塗れた片目をぺすっと塞いだ。
髪が根元から黒く変色し、背が縮んでいる。縮んだといっても俺くらいだけど、確かにこの姿とあの長身は結びつかない。
と言うか、この姿は俺には見覚えがあった。
中学生の時、初めて出会った木戸の姿はこっちだった。左目に眼帯を巻いた、小さくて可愛かったひよこみたいな蓮を思い出す。
「龍司さんから力の封じ方教えてもらったんだよ。これで俺も文化祭行ける!超便利!」
「超便利な方法かなこれは⋯⋯」
「柚姫、このまま目閉じとけ。パッセル、消毒液と包帯どこにある!?」
懐かしがってる場合じゃない。テーブルと床を汚してしまったし、木戸の傷口を塞がないと。
俺が椅子から立ち上がったタイミングで、玄関に繋がるドアが開かれた。
「はい、なんすかぁ。⋯⋯ひぃ!」
大惨事の真っ赤な床を見て、パッセルもバタリと倒れた。
倒れたパッセル。目を瞑った妹。怯える弟。
俺はニコニコしている木戸に向かって怒鳴りつけた。
「もういいから一旦戻せ!!」
「はぁい」
木戸が素直に目を元の場所へ戻すと、瞬時に髪が赤色へ変化する。
それと同時に体躯も元に戻った。俺は椅子に座り直して、テーブルに突っ伏す。
「お前なぁ、力の封じ方なんか知ってどうすんだよ。鬼の力使えなくなるんじゃねぇの」
「大丈夫、この世に武器は他にもたくさんある!」
「車投げたり電信柱引っこ抜くのは無しだからな!」
「⋯⋯⋯」
無言が返ってきた。こいつ前科を反省する気が全くないな。
倒れているパッセルはとりあえずそっとしておいて、俺は柚姫の肩をとんとん叩いて合図をする。
「柚姫、もういいぞ」
「何だったのよ?」
「⋯⋯痛くないの?」
「痛いですよ。一気にいくんです」
「わぁ!木戸くん血まみれなのよ!」
ここに子ども達がいなくて良かったと、俺は心底そう思った。
風呂場からタオルを拝借して、テーブルと床を綺麗にしながら心を落ち着ける。とにかく現状は分かった。今は森谷とまゆに任せるしかないことも。
今警察庁へ戻るのは確かに悪手だ。知らない人に能力を利用されるのは勘弁だし、現世には出来る限り行きたくない。
ただ、こんな強行突破をされたのは始めてだ。そこが引っ掛かる。
前に現世に来いと言われた時は、いくつかの選択肢の中から警察学校に行くと決めて、まゆも付いて来るというので一緒に行って大人しく言うことを聞いていた。半年くらいで帰ってきたけど、その時はここへ残れとか言われなかったけどな。
お酒をかけられるトラブルはあったけど、だいたい遠巻きに見られていた。たまに話しかけられたけどまゆがすぐに引っ張ってくれたからほとんど警察学校の人達と話すこともなかった。
その人達が何か言ったんだろうか。
それとも、また高次の奴らが関わってるんだろうか。
夏椎が来てから、今まで静観していた高次の存在が急に手を出し始めた。
現世の時間の流れを歪まされたこと。警察庁での襲撃もそうだ。それと、あの妙な手紙。
俺が人形だと呼ばれていたことを知っているのは、『永霊会』の奴らとそれを扇動していた高次の存在だけだ。
ぞく、と背筋が凍る。
俺はぐっとそれを飲み込んだ。出すな、出てくるな、俺は平気な顔をしていなければならない。
「香流。俺は明日警察庁へ行くよ。雲雀もだいぶイライラしてるみたいだし」
「病院は?」
「院長の息子が来る手筈になってる。人間相手なら俺でも何とかなるだろうし、こっちは任せて香流は大人しくしておくんだよ」
「⋯⋯何も出来ないのは嫌だ」
「最悪、香流にあの人達に帰れって言ってもらうから大丈夫だよ」
テーブルと床の掃除を終えて、俺達はまたテーブルに座り直した。
まゆのことは心配だけど、賢吾のことだって心配だ。賢吾が人間相手に遅れを取らないのは分かってるけど、今の警察庁では何が起こるか分からない。
でも、賢吾は一度言い出すと聞かないもんな。俺はあんまり行って欲しくはないけど、仕方なく頷いた。
「先輩も変装して文化祭行く?」
「子どもの姿で行くのはナシだぞ」
「いや、そっちの姿でもウィッグ付ければ十分変装出来るよ」
「はぁ?」
「それ、いいのよ!」
柚姫の目がキラキラと輝いた。
うぃっぐってなに。変装するのに必要な道具?
「ウィッグつけて、メイクして、すごく可愛いと思うのよ!」
「メイクいる?」
「お兄ちゃん肌白いから、チークくらい塗ってもいいんじゃない?」
妹と後輩が訳分からん話で盛り上がっている⋯⋯。
俺は理解するのを放棄した。そんな事より警察庁の話だ。2人のことは無視して賢吾へ向き直る。
「賢吾。愛敬が戻り次第そっちへ向かってもらうから。俺の代わりは柊に頼んでる」
「あぁうん、⋯⋯いいの?」
「柊ならゼウスと繋がってるし、友達だから俺も信頼出来る。大丈夫だろ」
「そっちじゃなくて⋯⋯。⋯⋯まぁ、香流がいいならいいけど」
なんか良く分からない話で盛り上がっていた2人は、ひょっこり帰ってきた中川と共に更に盛り上がりを見せていた。
俺はお酒を飲むかなと思って中川と木戸のために夜食を拵えて、中川に浄化の魔法をかけてもらってから部屋に戻った。
ベッドには石田がいるから横になれない。仕方なく柚姫と一緒にベッドにもたれて目を瞑る。
柚姫と肩を寄せあって眠ることがなんだか懐かしく感じて、⋯⋯ほんの少しだけ胸がざわざわした。




