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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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66/74

白兎事件編25(夏椎の誕生日)

長めのお話です。


簡易な登場人物表


柚木⋯ド天然

翔真⋯人型ポメラニアン

夏椎⋯本日の主役

晃⋯喋らない

龍司⋯お酒大好き!

木戸⋯先輩絶対守るマン

ヒツギ⋯未知の食材が好き

中川⋯高燃費の天使

石田⋯大食い選手権に出れそうな胃袋を持つ

川崎⋯キッチンを破壊する料理下手

柚姫⋯⋯柚木の双子の妹

(三人称視点です)


 飾り付けは滞りなく進み、夏椎は自分で自分のお誕生日おめでとうを(しつら)えてふっと遠い目をした。

 

 ほとんど俺が作ったな。

 父さんは翔真と一緒に異世界の不思議な食べ物に魅了されている。取り掛かったのは最初の方だけで、色紙を切ったのも折ったのも全部俺だった。

 

 晃だけは黙々と輪つなぎを作り続けている。もういいんじゃないかなと言うに言えない集中度合いだ。その集中力を父とポメラニアンにも分けてあげて欲しい。


「何しにきたの、父さん⋯⋯」


 さすがに怒りが込み上げてきた。

 (いささ)かマイペース過ぎやしないだろうか。俺の誕生日を祝いに来たんじゃなかったのかな?


「夏椎の誕生日を祝うためだぞ!」

「言動が合致してない!何でもう食べて飲んでるの!」

「すごく美味しい」

「感想は聞いてない!」


 テーブルを壁際に寄せて、その上には色とりどりの料理が並べられている。

 いやもう本当に色とりどりだ。緑色に黄色にオレンジにピンク。紫色に青色もある。赤色と灰色をかき混ぜたようなあれは何色だ。

 龍司は紫色の骨付き肉を頬張っていた。右手にはビール。誰よりもこの場を満喫している。


「お昼ご飯食べてないから⋯⋯」

「確かに!」


 翔真はお腹を押さえた。やたらとお腹が空くと思った。給食食べ損ねてたんじゃん!


「もう適当に食べとけば?」


 厨房から木戸が苦笑いを向ける。隣のヒツギは何も話さず黙々と作業している。手元の赤色が鮮やかで夏椎は少し鳥肌が立った。


「先輩達が来るまでまだ時間あるでしょ」

「木戸さん、キッチン似合わないですね⋯⋯」

「見直した?」

「残念さに拍車がかかっただけです」


 夏椎の毒舌が止まらない。

 しかも真顔で抉ってくる。辛い。中学3年生に正論を突き付けられるのは胸が痛い。


「木戸は見た目に中身が伴ってないからな」

「ねぇ、俺達友達!優しくして!」

「あはは。うるさいなぁ蓮ちゃんは」

「龍司さんには言われたくねぇ!」

「できた」


 黙々と作業していた晃が、とてつもなく長い輪つなぎを掲げた。

 夏椎は思わず拍手をする。そしてどう飾るべきか同時に悩んでいた。

 ぐるりと店を1周できるくらいには長い。とりあえず晃の努力を無駄にしないためにもこの輪つなぎを有効活用しなければ、と夏椎が思案していると、店のドアが勢いよく開かれた。


「びっくりした」

「椎ちゃん!」


 夏椎が言うより早く、柔らかな金色の髪がひらりと視界で舞い踊る。

 そして突撃された。相変わらず容赦のないタックル。夏椎は何とか足を踏みしめて柚姫を受け止める。


「久しぶりなのよ!」

「柚姫さん」

「柚姫お姉ちゃん!」

「翔ちゃん!」


 柚姫はつま先でくるりと回ると、今度は翔真に向かって突撃した。翔真は受け止めきれず床に沈んでしまう。


「柚姫、落ち着きなよ」

「川崎〜!」


 開いたドアから川崎が顔を出した。

 瞬間、龍司が川崎の脇に手を差し込んで高い高いを始める。突然高い高いをされる24歳(医師)を見上げ、石田は悲鳴をあげて柚木の後ろに隠れた。


「志賀先輩!」

「あれ、言ってなかったっけ」

「夏椎のお誕生日会としか聞いてない!」

「石田、おいで」

「嫌です!」


 片腕で川崎を抱き上げてキラキラと手を差し伸べる龍司は、石田にとっては恐怖の魔王にしか見えない。

 川崎は表情筋が死んでいた。まさかこの歳になって抱き上げられるとは思わなかった。怪我をしたからといって柚木を抱き上げて運んだ自分の軽率な振る舞いを深く反省する。


「ヒツギ、ケーキ冷蔵庫にしまっといて」

「やめてぇ!中に入らないでぇ!」

「重い⋯⋯」


 石田を腰に巻き付けながら進もうとするが、全く進まない。さすが元剣道部。柚木は進むことを早々に諦めた。

 柚木が中川にケーキを託していると、ひょいっと川崎を下ろした龍司が覗き込んできた。石田が腕の力を強める。地味に痛い。


「石田は昔から恥ずかしがり屋さんだなぁ」

「これは恥ずかしいんでなく怯えてるんですよ!」

「ほーら、高い高い!」

「下ろしてー!もう筋トレは嫌だー!」


 あぁ、父さん楽しそうだなぁ。


 夏椎は微笑ましく見守っていた。年甲斐もなくあんなにはしゃいで。最早突っ込む気にもなれない。


「もう飾り付け終わった?」

「チェーンリングがまだ⋯⋯」

「うわ、すげぇ。晃頑張ったな」


 柚木にどストレートに褒められ、晃は固まっていた。

 

 コイツの前で素直に喜ぶのは癪に障る。

 

 晃は何も言わずに突き出すように輪つなぎを柚木へと渡した。何とかしろと無言の圧をかけられ、柚木は柚姫へ声をかける。


「柚姫、飛んで」

「はぁい!お兄ちゃんは行かないの?」

「俺はテープと輪つなぎ渡すから、頼んだ」

「じゃあゆずのセンスにお任せね!」


 柚姫は輪つなぎの端っこを持ってふわりと浮き上がった。来たばかりなのにテキパキと作業を始める双子が心強い。


「おふたりとも、頼りになりますね⋯⋯」

「?届かなかったんだろ」


 この人のこういう所なんだよなぁ。


 夏椎はふふっと微笑んだ。不思議そうな顔をする柚木を見上げていた夏椎の目を、いつの間にかキッチンから出てきていた木戸が両手で塞いだ。


「もうこれ以上は勘弁して!」

「なんですか急に」


 木戸の手が大きくて何も見えない。


 でも音は聴こえる。何とも賑やかだ。笑い声や穏やかな話し声、時々嘆きの声が入るのはご愛嬌。

 音だけでも、楽しいな。

 

 くすくすと夏椎は笑みを零す。何でこんなに楽しいと思えるんだろう。ここへ来てから、毎日が本当に慌ただしいのに。


「お兄ちゃん、これで最後?」

「うん。すげぇな、綺麗に1周出来たな」


 最後の輪つなぎをテープで止め、柚姫はすとんと床へ降り立つ。

 夏椎おめでとうの文字。天井いっぱいの色とりどりの輪つなぎ。誕生日会の様相はすっかり整った。


「椎ちゃん!おめでとう!」


 ようやく木戸の手が離れたので目を開けると、目の前に黒基調のダークヒーローの姿があった。

『ブラック・メン』のぬいぐるみだ。それも数量限定の期間限定漆黒マスクバージョン。


「これどこで手に入れたんですか!?」

「うふふ。映画館に保管されてたのをもらってきたのよ」

「わぁ⋯⋯!嬉しい!父さんだ!」

「夏椎、父さんは目の前にいるぞー」


 龍司が両肩に元剣道部を乗せたまま自分を指さした。石田の嘆きは龍司には届かない。川崎も何も言えず苦笑いしていた。


「ごめんな、夏椎。お前が何欲しいのか分かんなかったから俺はまだ何も準備出来てないんだよ」

「え、⋯⋯これでいいです」

「そうなの?」

「それに、香流さんからはケーキがありますから」


 手作りのケーキなんて初めてだ。

 嬉しい。自分のことを考えて作ってくれたと言うだけで心が温かくなる。

 言ったら怒られるから言わないけど、香流さんは時々お母さんみたいだ。厳しいけれど優しくて、頼りにならないけれどやっぱり頼りにしてしまう。

 

 夏椎は木戸の心配するような感情は抱いていない。ただ、この人の側にいると穏やかでとても落ち着く。

 それだけは抗いようのない事実だった。


「まぁなんか欲しいものが出来たらいつでも言えよ。誕生日おめでとう」


 屈託なく笑う柚木が夏椎の頭を撫でる。

 どこか懐かしい感覚。優しい手のひらが髪を撫でる度、自然と表情が綻ぶ。


「夏椎嬉しそうだなぁ」

「もういいから下ろしてくださいよ⋯⋯」

「自分で下りれば?」


 ほんっとスパルタだなこの人!

 2メートル近いところから飛び降りろと。石田が葛藤している内に、隣の川崎はさらりと飛び降りてしまう。


「おいで、拓次」


 そしてすかさず甘やかしてくる!


 石田は葛藤しながらも、川崎の腕に飛び込んだ。そのまま抱きしめられ、髪や額にキスをされるので石田はまた悲鳴をあげた。


「もぉぉー!」

「素直で可愛い」

「なに、お前らそういう関係だったの?」


 あっはっはと龍司が声をあげて笑う。石田には何が楽しいのかさっぱり分からない。

 もうさっさと離れて夏椎のお祝いしに行こう。


「香流ー!」


 その前に癒しが必要だ。柚木なら飛びついたらあーはいはいと慰めてくれる。


「石田先生、父さんがすみません⋯⋯」

「いいんだよ。志賀先輩、あれでも昔に比べたら丸くなったもの⋯⋯。それはそうと、夏椎くんお誕生日おめでとう!」

「ありがとうございます」

「石田、重い」

「全体重かけてるからな!」


 にしし、と石田はなんだか楽しそうだ。重いと言われて喜ぶなんて変な奴。


「柚木、何か食べる?」

「皿が限界を超えている⋯⋯」

「あ!俺もなんか食べたい!」

「たくちゃん、一緒に見に行こ!ゆずもお腹空いたのよ〜」

「あの紫のお肉美味しかったよ」

「やべぇ色!」


 中川が石田と柚姫を引き連れてテーブルへ戻って行った。さっきまでパンケーキを食べてたとは思えない食いしん坊度合いだ。


「夏椎、俺達もなんか食べよ!」

「ほんと、すごい色合いだよね⋯⋯」

「腹に入れば何でも同じだ」


 翔真と晃が夏椎を迎えに来た。

 テーブルへ向かう3人を見送って、柚木ははっと思い出す。

 

 そう言えばアイツらにしばらく俺がいなくなることを言ってなかった!


「香流ちゃん、葡萄あげる」

「え、はい?」


 慌てていたからか、夏椎の父親だから油断したせいか、柚木はロクに確認もしないまま龍司から手渡されたグラスを受け取る。


 葡萄?ジュース?飲めばいいってことか?


 素直に飲もうとした柚木の手から、木戸がひょいとグラスを取り上げた。

 そのまま全部飲んでしまう。


「龍司さん、先輩はお酒禁止ですよ」

「お酒?」

「⋯⋯酒飲めない大人がいるの!?」

「酒飲みの常識を持ち込まないで下さい」


 木戸が咎めると、龍司は空になったグラスをくるくる回しながら唇を尖らせる。

 さりげなく柚木を抱きしめる木戸に、中川がすかさずどーんと突撃した。


「柚木!あっちで食べよ!」

「中川さん!皿ごと突撃かまさないで!」

「だってでかいし邪魔なんだもん」

「おや、天使のお嬢さんだ」

「こんにちは!俺は可愛いけど天使の男の子だよ!」


 中川は龍司へ向かってにこりと微笑んだあと、はい、と柚木に山盛り料理の乗ったお皿を渡す。柚木が素直に受け取ると、中川は次にヒツギの元へ向かった。


「ねぇねぇ!ヒツギ!子どもが飲める飲み物ないよ!」

「冷蔵庫から勝手に持って行ってください」

「じゃあ適当に持ってくね!」


 中川は冷蔵庫からジュースの(たぐい)を両手いっぱい持つと、忙しなくテーブルへ駆けて行った。

 うんうんと龍司は何を納得したのか頷いている。木戸は柚木からお皿を受け取ると、龍司に向かって怪訝な顔を向けた。


「何頷いてんですか」

「天使族は可愛いなぁと思って」

「先輩の方が可愛いですよ」

「木戸、さっきから俺のこと子どもだと思ってる?」

「好きだから守りたいだけですよ」

「はぁ⋯⋯」


 はぁ⋯⋯って。


 いつもながらの塩対応に木戸は形容しがたい表情を作った。


「冷たい⋯⋯」

「お兄ちゃん!何飲む〜?」

「ほら、呼んでるぞ」

「運べばいいんでしょ、運べば⋯⋯」


 柚木が木戸を促すと、木戸はしぶしぶテーブルに向かって歩き出した。

 木戸の視線が逸れたのを確認すると、龍司は柚木の腕を引いた。

 見上げてくる丸い瞳に微笑んで、龍司はそのままこそりと耳打ちする。


「半年後にはここへ戻るから、それまで頑張ってね」


 自分を創り出した高次の存在が、この子を排除しようと動いているのは知っている。

 知っていても、今の拠点から俺に何か助力出来ることは少ない。この子が死ねば俺の家族が悲しむ。それだけは避けてあげたかった。

 だから、死にものぐるいで生きてほしい。助けを乞う事は悪いことではない。夏椎の話を聞くにこの子はそれが苦手のようだから。


 と言う意味を含めて伝えたのだが。

 柚木はぽかんとして思考を巡らせていた。


 半年後。

 つまり、来年の4月。夏椎が高校生になる時だ。

 それまで保護者を頑張れってことか。高校生になれば石田の面談がある。父親が帰ってくるなら夏椎の面談は行かなくていい。それなら、翔真と晃の分は賢吾とまゆに頼める!

 

 柚木は龍司に向かって自分の胸を叩いた。


「夏椎の事は任せて下さい」

「あ、うん」


 そっちじゃないんだけどなぁー。

 まぁいいか。夏椎の事もお願いしているのは事実だし。

 

 保護者同士、噛み合っていない思いをすれ違わせているのに気付いているが、龍司は笑みを零して誤魔化した。

 龍司が手を離すと、柚木は小走りでテーブルへと向かった。

 そこへ子ども達も合流して、何か楽しそうに笑っている。

 龍司はふと眉尻を下げた。いいねぇ、平和だねぇ。夏椎は随分子どもらしい笑顔を見せてくれるようになった。笑った顔はあの人によく似ている。


「俺もまだまだねぇ」

「何か飲みますか?」


 子ども達の様子を遠巻きに見守る龍司に、ヒツギが声をかける。

 龍司はぱっと表情を明るくさせた。


「日本酒飲みたい!」

「棚から好きに選んで下さい」

「ありがとぉー。いい子だねぇ君も」

「⋯⋯どうも」


 龍司がカウンターで楽しく日本酒を選んでいるのを眺めながら、夏椎はふふっと微笑んだ。

 

 父さん、ずっと楽しそうだな。

 

 ニコニコ嬉しそうな夏椎を見て、晃も嬉しそうだ。相変わらず晃は夏椎なら何でもいいんだなぁと翔真は呆れていた。


「あ、そうだ!改めて夏椎お誕生日おめでとう!」

「ありがとう」

「俺からはねぇ、この前ニールで見つけたもふもふのキーホルダーあげる!」

「え、いつ買ったの?」

「マスターと一緒に選びに行ったの!帰ったら渡すね!」

「ありがとう」


 ふたりが話していると、石田が翔真の上から顔を出した。


「翔真は偉いねぇ。俺なんも思いつかなかったから賢吾とめちゃくちゃ文房具買い漁ったよ。帰ったら渡すね」

「ありがとうございます」

「誕生日会なのにプレゼント持って来てないの?」

「帰る方向一緒だし、荷物になるかなと思って⋯⋯」


 柚姫の疑問に、翔真と石田は一言一句綺麗にハモらせながら答えた。

 陽の者同士思考が良く似ている。石田と翔真はいぇーいと両手を合わせた。


「香流お兄ちゃん、今日はみんなで一緒に寝ようね!夏椎も晃も一緒に!」


 翔真に言われ、柚木ははっと思い出した。


 夏椎の父親に任せて下さいとか言ってしまったけど、そう言えば俺は今警察庁に帰れないんだった!


「柚木は警察庁には帰らないよ。しばらくA地区で暮らすんだよ〜」

「えっ」

「そうなの?」


 木戸が驚いた表情で中川へ視線を向ける。夏椎と翔真はさっと顔色を変えた。

 さらりと告げた中川へグイグイと詰め寄る。


「何があったんですか!?」

「そんなのひばりんが許すわけないじゃん!」

「わぁ!でも黛くんから言われたんだよ!ちょっとややこしい事になってるみたいで⋯⋯」


 中川は慌てて弁明した。柚木は中川を庇うように説明を引き継ぐ。


「『白百合の純血』が起こした失踪事件が俺のせいになってるらしい。現世の警察庁がここに来てるんだよ」

「先輩、童貞狩りしたことになってんの?」

「すげぇ不名誉だよな」


 はぁ、と柚木はため息をついた。

 木戸はふぅん、と零して思案する。あの時の黛の怒りは柚木が犯人に仕立てあげられているからだったのだろうか。


 なんか違う気がするんだよなぁ。

 黛さんならもっと手際良くデータや解析映像を駆使して論破しそうだ。それが先輩を警察庁から追い出すまでに(こじ)れているのは、何かもっと別の理由がありそうだけど。


「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど現世での失踪事件が先輩の指示だって事になってるって黛さんが言ってたの?」

「いや、黛くんは警察庁に近寄るなって言ってただけだよ。でも川崎くんが黛くんからその可能性があるって聞いたんだよね?」

「あぁ。その調査のために現世の警察庁の人が来る事は聞いていたよ。香流と会わせたくないから見回りに出すって言ってたけど」

「でも、先輩帰ってきちゃったんですよね。俺達会いましたよ。多分、現世の警察庁の人に」

「あぁ、あの人か⋯⋯」


 柚木は複雑な面持ちで睫毛を伏せる。

 壁に押し付けられて動けなくなったなんて賢吾と柚姫には知られたくない。格好悪いし心配もかけたくなかった。

 

「ふぅん⋯⋯?」


 仕事柄、確証のないことを口に出すのはあまり好きではない。

 でも、あれは失踪事件の犯人に対する言動だっただろうか。

 どちらかと言うと、口説いてるような感じだったけど。

 壁ドンされて固まってた香流を見下ろすあの人の瞳は欲を含んでいた。香流がそれを知ったらものすごい拒絶反応を出してしまいそうだ。


 それと。あの人は少し妙な感じがした。

 テンパってた香流は気付かなかったのか。


 あれは、人の気配がしなかった。


「木戸?」

「先輩、やらかしたねぇ」

「だって聞いてなかったんだから仕方ないだろ⋯⋯」


 ま、今は言う必要はないか。いずれ分かることだ。

 それに。あの時、香流とふたりきりで一緒に感情をなぞっていた事は俺の大切な秘密だ。

 あの時の香流も可愛かったなぁ。俺だけに見せてくれる戸惑いとか不安さとか超可愛くて元気出ちゃう。


 ニコニコしながら木戸がよしよしと柚木の頭を撫でると、ぺしっと(はた)かれてしまった。


「仕方ないですねぇ。先輩と愛敬がいない間は俺がしっかり働いてあげますよ」

「あれ、帰ってこないの?柚木が来るなら木戸は帰ってくるもんだと思ってたけど」

「愛敬が戻ってくるまでは表にいますよ。俺がいた方が何かと牽制になるでしょ」

「そっか、元気でね!うぅ、もう二度と会うことはないんだね⋯⋯」

「愛敬が帰ってくるまでって聞いてた!?」


 この天使、隙あらば容赦なく排除しようとしてくる。


「昔はよく褒めてくれたのに」

「だって可愛くないもん」

「ねぇ、やめてその氷のような目⋯⋯」

「⋯⋯いつまで?」


 木戸と中川がしょうもない小競り合いをしている合間に、翔真が縋り付くように柚木に抱きついた。

 

 嫌だ。離れたくない。せっかく家族になれたのに。


「いつまで、会えないの⋯⋯?」

「えぇと⋯⋯」


 見上げる翔真の瞳が潤んでいるのを見て、柚木は戸惑った。

 

 まさか泣かれるとは思わなかった。

 今までどちらかと言えば付かず離れずでいた翔真は、最近ことある事に甘えて擦り寄ってくる。

 今までの寂しさの反動かなと賢吾が言っていたので好きにさせていたけど、さすがにA地区へ連れて行く訳には行かない。

 翔真には学校があるし、いくら中川の結界があると言ってもA地区の夜は危険だ。


「賢吾と柚姫がいるから⋯⋯」

「やだ。香流お兄ちゃんがいい」

「⋯⋯うーん」


 柚木が困っている。

 川崎はあえて何も言わず微笑ましく見守っていた。子どもが大人にワガママを言えるのはいい事だ。

 

 そして香流にはその折衷案を作るお勉強もして欲しい。


「⋯⋯どうしよう?」


 柚木は素直に周りへ助けを求めた。

 考えることを放棄したな。川崎は思ったが、ここには柚木を甘やかす駄目な大人が何人もいる。

 

「週末、ここを使ってもいいですよ」

「俺が子ども達を家まで迎えに行ってあげるよ。その方が先輩も安心するでしょ」


 ヒツギと木戸が瞬時に助け舟を出した。

 

 甘い。甘すぎる。

 

 さすがの中川もすぐにその意見に同意は出来なかった。

 日中とは言え子どもが頻繁に出入りしていることがバレたら絶対ややこしい事になる。ロゼッタですら襲われたことがあるのに、毎週はちょっと⋯⋯。


 中川が柚木を見やると、柚木は何も考えていない顔でよしよしと翔真の頭を撫でた。


「じゃあ、それで!」


 やっぱり柚木は変わらずアホだったかー。

 

 柚木は全力で後輩の意見に乗っかった。とりあえず今翔真を泣き止ませる事が優先事項だったからだ。

 

 せっかくの夏椎の誕生日に翔真が泣くのは良くないもんな!


 アホな思考回路が透けて見える。中川はうーんと腕を組んで、まぁ日中ならいいかと折れた。

 

 後で柳瀬に叱られそうだけど、黙っておこう。俺は柚木の決めたことには全肯定の姿勢だから!


「ほんとに来てもいいの?」

「あぁ。それに、柚木さんは放っておいたら勝手に会いに行きそうですから」

「それもめんどくせぇトラブル抱えて帰って来そうだもんね」


 後輩達は柚木の事を良く分かっている。

 勝手に動いて勝手にトラブルを持って帰ってくるまでが常套手段だ。それで何度痛い目に合わされた事か。

 寂しいと言われて、勝手にC地区へ赴いて現世に連れて行かれるような事になれば非常に面倒なことになる。

 それなら目の行き届く場所で、手の届く位置で、安全を保障しながら会わせてあげる方がいい。


「翔真。学校の日はちゃんと学校へ行くんだよ」

「⋯⋯うん」

「あと、連絡は制限しないよ。柚木が心配するからね」

「うん!」

「学校行ってるか石田くんに確認するからね!」

「うん!ちゃんと行く」


 アホの代わりに中川がしっかりと約束を取り付けると、翔真は目を擦りながら何度も頷いた。

 

 嬉しい。本当は一緒に夜も過ごしたかったけど、全然会えないより百倍マシだ。

 会えるなら我慢出来る。頑張れる。


 目を赤く腫らす翔真へ、中川は柔らかく微笑んだ。


「なんだか柳瀬が増えたみたい」

「あんなやべぇの容易に増やさないでください」


 柚木絶対主義者の柳瀬がこの場にいれば確実に反対されていただろうが、今この場に柳瀬はいない。

 微妙な着地点で話が纏まった。夏椎はまだ不服そうな顔をしていたが、大人の決めたことに口出しは出来ない。


「香流さん、文化祭は来れますよね?」


 ただ、これだけは確認しておきたかった。

 問いかける夏椎に、柚木は不思議そうに頷いた。


「行くけど、なんで?」

 

 翔真と約束した手前、行かない選択肢はない。それにアリアスがもう学校へ通い始めている。間違いなく奴らは襲撃するだろうし、もう今更撤回する事は出来ない。

 木戸と中川は同時に頭を抱えた。


「しまった!それがあった!!」

「柳瀬がOK出す未来が見えない!」


 柚木過激過保護の柳瀬がみすみす柚木を表に出すとは思えない。

 夏椎は眉根を寄せた。こちらとしては是が非でも連れて行く所存だ。なんなら他の付属品はどちらでも構わない。


「今更撤回はなしですよ」

「そうだよ!俺達の方が先に約束したもん!」

「そもそも柳瀬が行きたいって言ってなかったっけ?」


 アレは柚木が行くなら俺も行くくらいのノリだったと思うんだけどなぁ〜!


 中川はこめかみを押さえながら、ぽんと木戸の背中を叩いた。木戸が見下ろすと、中川はパチリとウインクする。


「腕の1本くらい安いもんだよね!」

「腕ごといっちゃう?てか柳瀬の説得なら俺より中川さんの方が適任でしょ!」

「やだ!俺前にやらかした時目の前でお菓子食べられたんだよ!」

「罰則が余りにも雲泥の差!」


 木戸と中川がまた小競り合いを始めると、カウンターでお酒を飲んでいた龍司が間に割って入ってきた。

 両手に持ったウイスキーの入ったグラスをふたりに渡し、まぁまぁと落ち着かせる。


「柳瀬くんの説得は俺がしようじゃないか」

「龍司さんは電話に出た瞬間切られるでしょ!」

「俺が行くって言ったら柳瀬は言うこと聞いてくれるよ」


 本当に何やらかしたんだこの人は⋯⋯。


 木戸は(いぶか)しんだが、言葉を飲み込んだ。龍司は夏椎へにかっと笑顔を向ける。

 

「ま、料理が冷めるから食事にしようじゃないか!」

「父さん、柳瀬さんと何があったの?」

「まぁ細かいことは気にするな!」


 明朗快活に笑う龍司のスマホが、着信音を奏でた。

 龍司はピタリと動きを止める。夏椎は冷めた瞳を龍司へ向けた。


「父さん、電話だよ」

「⋯⋯⋯ううん」

「いや、鳴ってるよ。どうせ夜中に黙って出てきたんでしょ」

「今日の撮影は昼からなんだぞ⋯⋯」

「父さん?」


 にっこりと夏椎は微笑んだ。

 しぶしぶ龍司は店の外へ出て行く。夏椎はすっかり呆れていた。


「すみません、今日はうちの父がご迷惑をおかけして⋯⋯」

「龍司さんの破天荒さはいつものことだから」

「むしろ変わりなくて安心したよ」

「俺、懇談の度にアレされるのかな⋯⋯」


 子ども時代に龍司と関わりのあった木戸と川崎と石田の3人がそれぞれの反応を返した。

 あんまり似てない父と息子だな、とそれぞれ同じことを思う。息子の方がしっかりしているのは父親が呑気な破天荒ぶりを隠さないからだろうなぁ。


「香流お兄ちゃん、一緒にご飯食べよ!」

「いいよ」

「ゆずも行く〜!」

「うん!」


 双子に挟まれ、翔真は満面の笑みを浮かべる。

 可愛いねぇ。微笑ましく見守る中川へ、川崎が声をかけた。


「中川、警察庁へはしばらく俺も顔を出すよ。何か動きがあればすぐに報告する」

「病院は大丈夫?」

「兼任するから大丈夫。なるべく香流を早く帰してあげたいしね」

「それに関しては柳瀬が離してくれるかなぁ」


 あの喜びようを鑑みるにすんなり帰すとは思えないけど。

 柚木と一緒に暮らすなんて柳瀬にとっては有頂天の極みだ。ただ夜が不安だな。柳瀬は店があるし、俺もずっと教会を空けるわけにはいかない。

 

 中川が考えていると、察し良く木戸がはいはいと手を上げた。


「中川さん、俺夜は柳瀬のとこに行く!」

「多分追い出されるよ」

「いや、柳瀬なら俺が来る想定で準備してるはず!」

「なんの自信?絶対してないよ」

「だって柳瀬は夜に仕事があるし、中川さんはたまに教会帰らなきゃいけないし、俺なら夜も一緒にいられる!」

「愛敬が帰ってきたらお役御免だな」

「そういうこと言うなよ!」


 ヒツギの冷たい指摘が入る。全くままならない。友達だと言うなら少しくらい協力してくれたっていいのに本当にコイツらは優しくない。


「俺は木戸がいれば安心だけどね」

「川崎さん!」

「あぁ、俺も。香流が木戸くんのこと『アイツは口だけで何もしねぇよ』って言ってたよ」

「案の定やべぇ認識されてる!」


 川崎と石田が何のフォローにもならないフォローを入れてきた。

 

 良いのかこれで。信頼されてるならむしろ良いのか!?


 打ちのめされる木戸に向かって、中川とヒツギが更に追い打ちをかける。

 

「それは裏切れないねぇ」

「そうだな。一生裏切れないな」

「俺の我慢と努力が俺を苦しめていく⋯」


 やっぱりアホだな、この人。


 夏椎は呆れながら木戸を眺めていた。いくら学歴があろうと、多言語が話せようと、中身がコレでは釣り合いが取れてなさすぎる。

 

 そんなことより、明後日はついに文化祭だ。

 アリアスさんとクラスメイトと協力し合って『白百合の純潔』一網打尽作戦の遂行。異世界へ飛ばされた愛敬さんとの合流。

 香流さんの汚名を晴らすため、出来れば『白百合の純潔』は生け捕りにしたいと言う目標も増えた。

 とんだ誕生日になったが、次にやるべき事も決まった。

 香流さんは絶対に警察庁へ連れ戻す。

 

 過ごした時間は短くても夏椎には柚木がいない警察庁なんて看過出来ない。

 事態が収拾つき次第、大人達を敵に回してでも必ず警察庁へ連れ戻す。

 そのために成さねばならないことを整理しなければ。夏椎は内心燃えていた。まるで映画のようだ。現実はスクリーンより奇なり。この島に来てから幾度となく経験したことだ。


「ねぇ、もうケーキ出しちゃおうよ」

「そうですね。父さんも多分すぐ出なきゃいけないし」

「マジで弾丸ツアーだなあの人」

「お前はひとのこと言えないだろ」


 木戸はヒツギに向かってウインクした。全くもって可愛くない。ヒツギは木戸を無視して冷蔵庫からケーキを取り出す。

 丁寧に箱詰めされたケーキの台紙を引き出すと、シンプルな白いホールケーキが乗っていた。


「ほんとはもうちょっと装飾したかったんだけどねぇ」

「果物食べちゃったから」

「あぁ、それなら柚木さんから連絡きてましたよ」


 お腹を空かせた食いしん坊ふたりが飾りの果物を平らげてしまったからそっちで準備しといて、と柚木はヒツギに救助信号を出していた。

 ヒツギは花の形の葡萄や、小さなうさぎのリンゴ達が乗ったトレーを冷蔵庫から取り出す。『夏椎おめでとう』と書かれたチョコプレートも用意してあった。


「ヒツギこんなこと出来たっけ?」

「切ったのは木戸ですよ」

「先輩の頼みなら俺は本気出しますから!」

「中川さんがいるならケーキ食ってる可能性もあると思って、ケーキも作りましたよ」

「わぁ、フォローが万全」


 他人事のように言っているが、犯人は中川である。


「中川さんは地上にいるだけで高燃費ですから、仕方ないですよ。俺の方のケーキは遠慮なく食べてもいいですよ」

「いいの!?」

「ほんっと中川さんには甘い」

「わぁい、食べ比べしよ!」

「俺の誕生日ケーキなんですよね?」


 耐えきれず夏椎が突っ込んだ。

 白いホールケーキの隣に並べられたチョコレートケーキ。食べる人数を想定してかどちらもなかなかの面積を誇っている。

 いや、想定されていたのは食べる人数じゃないな。


「中川さん、全部食べないで下さい!まだ飾り付けしてない!」

「目の前にケーキがあるのに!?」

「俺の誕生日ケーキなんですよ!」


 誰だ、中川さんは安全圏とか言ってた人は!あそこで呑気にご飯を食べてる人だ!


「夏椎〜!一緒に寝られなくなってしまった⋯⋯」


 わぁわぁ騒いでいたら、店のドアが開いてべそをかきながら龍司が夏椎に突撃した。


「帰ってくる想定してなかったから構わないよ。と言うかもうケーキ食べたら帰って」

「やだ、冷たい!反抗期の始まり!?」

「俺が目を離してる隙にケーキがなくなるかもしれない危険があるんだよ!」

「柚木が作った分は食べてないよ!」

「もうチョコケーキが半分ない!」


 小規模なブラックホールを携えている中川の前に食べ物は置いておけない。

 主役が苦労するだけの誕生日会は、あわや主役がケーキを食べられないという惨事をなんとか回避してつつがなく執り行われた。

 願わくば来年は静かな誕生日を切望する夏椎だった。

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