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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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63/74

白兎事件編23(出会いの相対・2)

 かなり面倒な事態になっている。

 警察庁を出た瞬間、監視カメラに映っていた男が真っ直ぐに突撃してきたので木戸がすかさずキャッチした。

 その後ろから向かってきた紫色の異形は、柚木が取り押さえた。はずだった。

 突然、それが分裂し始めた。

 え、と思う間もなくネズミ算式に増えた紫色の異形は、柚木の腕をすり抜けて各方面へ散って行った。


「はぁー!?」

「わぁーめんどくせぇ」

「あ、あれ、急にニールから出てきたんです!」

「またニールかよ!」


 B地区とC地区をまたぐ大型ショッピングモールであるニールは、とにかく敷地が広い。

 それに死角も多い。『白百合の純潔』を筆頭に、変な奴らがよく侵入してくる。

 いつもなら黛が監視しているので、何か異常があれば黛から指示が入るはずだったのに。残念ながら柚木に予測演算は使えない。


「四神!」

《ここに》


 分裂した異形の大きさは子ども程だったので、そんなに大した被害は出ないと思いたい。

 だが人を追いかけていた。石田や賢吾に被害が(こうむ)る可能性がある。


「玄武、石田と学校区を頼む。朱雀と青龍はさっきの異形の数を出来るだけ減らしてくれ。白虎は俺と病院に行くぞ!」


 柚木が朱雀と青龍に手をかざすと、瞬時にふたりは人型へ姿を変える。

 朱雀は三つ編みをリボンのように巻いた赤毛の少女へ。赤い翼をはためかせ、ふわふわとバルーンスカートを揺らしながら飛び上がる。

 青龍は腰まで伸びた青いストレートヘアーの細目の女性へ。チャイナ服のスリットから長い脚が伸びている。


「主様、出向する前にハグしたいですわ」

「却下」

「あたしは終わった後にハグしてもらうもんね!」

「却下」


 誰もそんな提案はしていない。

 えー、と唇を尖らせるふたりを人型へ変化した玄武がたしなめるように声をかける。


「先ずは仕事だ。主、石田は任せろ」

「高校が一番人間の数が多いはずだ。必要であれば他の神獣達にも指示を出してくれ」

「了解した」


 玄武は学校区へ向かって走り出した。亀だけど玄武の足は速い。もう姿が見えなくなった。あっちはもうアイツに任せておこう。

 しかしいつまで経っても赤青コンビが動かない。


「もういいから行けよ」

「やだやだ!充電したい!」

「手を繋ぐだけもダメですか?」

「終わったら考えてやるよ」


 ぱっと嬉しそうに表情を綻ばせ、朱雀と青龍がようやく機嫌良く飛んで行く。


「四神と動くなら俺はこの人連れてニールの方見てこようか?」


 茶色のスーツを着込んだ壮年の男性の首根っこを掴んだまま、木戸がありがたい提案をしてきた。

 木戸は昔から状況分析に長けている。木戸が言うなら任せた方がいい。それに知らない男とふたりは先程の変な男で懲りている。

 柚木は素直に頷いた。

 

「じゃあ、頼む」

「はい!俺も終わったらハグがいいです!」

「お前はさっきもうしただろ!」

「えぇー。前借り制かぁ⋯⋯」


 しょうもない事を言いながら木戸はスーツの男を地面に下ろした。


「後ろついて行くので案内して下さぁい」

「あ、あぁ⋯⋯」

「先輩、気を付けてね!愛してる!」

「人前ではやめろって言ってんだろ!」


 木戸は柚木にぶんぶん手を振って、先を歩き出したスーツの男について行った。

 後に残されたのは柚木と獣型の白虎だけだ。白虎は柚木にすりすりと擦り寄って猫なで声をあげる。

 

《ねぇー、主。私はこのまま?》

「病院に着くまではこのまま」

《はぁーい》


 柚木はひょいっと白虎に乗り上げる。警察庁から病院まではC地区を回り込んで行く必要がある。走り出す白虎に乗ったまま、柚木は柊へ電話をかけた。情報共有しろと散々夏椎に言われ続けているからだ。


「柊、追われてた男は保護したけど異形に逃げられた」

迂闊(うかつ)


 ピシャリと冷たい声で咎められた。

 

「うん、俺が悪いな⋯⋯。ごめんなさい⋯⋯」

「異形が各方位に散らばってる。非常に面倒。こちらからも応援を出す。柚木地区長は今どこに?」

「俺は今から病院へ向かう」

「分かった。黛地区長が戻り次第私も出る。それまでアレが何か調べておく」

「何なんだろうな、アレ。分裂なんかするなよ⋯⋯」

「まぁ終わったことは仕方ない。柚木地区長、報連相出来て良い子。⋯⋯じゃあまた後でね」


 そのまま電話を切られた。

 怒られたけど最後には褒められた。

 やっぱりこういう時はちゃんと連絡する方がいいんだな。夏椎が何度も言う訳だ。

 柚木ははっとした。


 そう言えばアイツ今日誕生日だったな!


「さっさと終わらせてケーキの準備しないと!」

《ハッピーバースデートゥーユー♫》


 一匹(ひとり)だけ主を独占できて幸せ!の気持ちを込めて白虎が突然歌い始めた。

 柚木はそれを止めはしなかった。歌に合わせて先程の異形が何体か顔を覗かせてきたからだ。

 思考回路は子どものようなものか。分裂しただけ知能が落ちたのか。そもそもこういう個体なのかはまだ分からない。

 ただ、この状況は柚木には好都合だ。

 柚木はホルスターバッグからハンドガンを取り出して、異形の眉間に狙いを定める。

 的が向こうからやって来たようなものだ。

 一匹も逃さぬよう躊躇わず撃ち抜く。


《ありゃ、主から攻撃するのは珍しい》

「白虎、歌を止めるな」

《えー?じゃあだいっすき〜主〜♫》

「何だその歌⋯⋯」


 呆れながらも柚木は歌に寄ってくる異形を片っ端から片付けていく。

 10まで片付けたところで、異形の姿が見えなくなった。さすがに学習されたかな。そうこうしている間に病院へ辿り着く。

 白虎から降りた柚木は、白虎に手を(かざ)した。獣人嫌いの院長だが、獣型よりは文句を言われる度合いがまだマシだ。

 自動ドアの前へ進む。受付がちらりとこちらを見た。

 中は異様に静かだ。

 柚木の表情がこわばった。

 白虎は慌てて柚木の両肩を掴む。ほとんど背丈の変わらない丸い猫目が焦りを含んで見上げてくる。


「主、大丈夫!ここから悪いものの気配はしないよ!」

「だって俺が来てるから〜!」


 突然、ひょこっと奥の廊下から中川が顔を出した。


「中川!」

「やっぱりいた。聞いたことある声だと思ったー」

 

 途端に柚木の肩が緩む。ほっと眉尻を下げる柚木の表情に、白虎はふんふん鼻を鳴らして肩に擦り寄った。


「主、良かったね!」

「くすぐったいからやめろ。でも何で中川が病院にいんの?」

「今日はうちの子達のお薬取りに来たんだよ。柚木こそ怖い顔してどうしたの?」

「えっと⋯、人を狙う異形を逃がしたから⋯」


 柚木がばつの悪そうに言うと、中川はにこりと微笑んだ。

 

 なるほど、川崎くんが心配で来たんだねぇ。

 今日は本当にたまたま用事があっただけなんだけど、タイミングが合って良かった。


「そっか。じゃあここは俺に任せて。お薬もまだかかりそうだし、柚木がいいよって言うまで病院で待ってるよ」


 本当はもう用事は終わっている事は言わずにおいて、中川は後ろ手に薬の袋を隠した。


「で、でも⋯」

「代わりに晩ご飯食べに行くからよろしく!」

「それはいいけど⋯」

「川崎くんにも病院出ないように言っておくから、柚木はお仕事戻っていいよぉ」


 中川はニコニコ笑顔のまま有無を言わさず話を終わらせる。

 それ以上は柚木も何も言えなかった。少しだけ複雑そうな顔をした後、踵を返す。


「じゃあまた連絡する」

「うん、頑張ってねぇ」


 病院を出て行くふたりを見送って、中川は小さく息を零した。

 四神は柚木の部下とは言え分類上は神だ。中川にとってはものすごく微妙な立ち位置の存在で、四神が出ている時は柚木とのやりとりに妙に気を遣う。

 柚木は四神は部下、中川は友達とあっけらかんとしているけれど。

 中川はあくまで神様の側仕えとして柚木の側にいる。

 上の者たちの余計な不興は買いたくない。


「中川、こんなところで立ち止まってどうした?」


 廊下越しに診察室から出てきた川崎が不思議そうに尋ねた。

 笑顔を崩さないまま中川は振り返る。川崎に余計な不安を与えないためだ。


「さっき柚木が見回りに来てたよ。ちょっとしたトラブルが起きたみたいだから、病院から出ないでねだってさ」

「⋯⋯トラブル?」

「四神さんも木戸もいるし大丈夫でしょ。魔族や冥府のひとがいる病室だけ教えて?そこは避けて結界張っておくから」


 中川は聖魔法特化の天使であり、複雑な結界展開もお手のものだ。

 柚木に任せてと言った以上しっかり働かなければ。そして働いた後にご飯を食べる。労働の後の食事が美味しいことは大人になって学んだとても沁みる一時だ。


「じゃあ、今から病棟に上がるから一緒に行く?」

「うん!お薬だけどこかに保管させてー」

「受付に頼んでおこうか」


 話している最中に、自動ドアがひとりでに開いた。

 そして、ひとりでに閉じていく。そこには何の残渣も残っていない。


「マリーリカさんに頼まなくて良かった」


 中川はぼそりと呟いた。

 こういう時、俺のことを真っ先に頼ってくれていいのに。まぁ素直に出て行っただけ成長かな。


「どうした?」

「ううん、何でもないよ。川崎くん、ついでにお昼ご飯一緒に食べよ」

「あぁ、いいよ」


 川崎と中川は、にこやかに談笑しながら受付を後にした。

 


 ★★★★★



 校舎を出て、夏椎達は3手に分かれた。


 妖怪チームと。

 真生は女子チームと。

 いつもの3人組と。


 倒した異形の数を競うゲームを勝手に始めた6人は、夏椎が何かを言う前に散り散りになってしまった。

 夏椎と晃は翔真の後をついて走る。心配そうな夏椎を横目で見て、晃は淡々とあの6人について話し始めた。


「アイツらの事なら大丈夫だ。公と真生が各チームに付いている」

「そうなの?」

「昔、でかい牛みたいな魔族が学校に来た時アイツらが倒していた。その時柚木は不在だった。柚木の方が役に立たん」

「何で不在だったの?」

「知らん」


 夏椎は「はは⋯⋯」と苦笑いをした。あの人に限って理由なく不在と言うことはなさそうだけどな。

 翔真は学校を左に曲がって真っ直ぐに進んで行く。足の運びに迷いがない。

 この方角は、確かC地区の方向だ。


「住宅街の方に行くのかな」

「まぁ柚木の担当区域だからな」


 例の特訓のお陰で体力がついてきているのか、翔真を追いかけながら走ってもまだ話せる余裕がある。

 とにかく、何が起こっているのか把握しないと。怪我でもされてせっかくの誕生日にあの人不在はちょっと⋯⋯


 とそこで、夏椎ははっと気付いた。


 俺、そんな理由で走ってたの!?


「⋯⋯はっず」

「恥ずかしがってる夏椎も可愛い」


 赤くなった顔を隠しながら、夏椎は晃にむかってパタパタと手で見るなと合図をした。

 晃はほわほわと幸せそうに眺めていた。

 


 ★★★★★




 柚木を乗せた白虎が駆けて行ったのを確認して、はぁー、と木戸は深いため息をついた。

 せっかくの先輩とのお出かけをふいにしてまでこんな奴に時間を割かなければならない自分が可哀想だ。木戸が立ち止まったのを振り返った男は、ぱっと急に表情を明るくさせた。


「ねぇ、人間の演技上手だった!?」

「いいからまず俺に謝って下さい」

「あーやだやだ。今どきの若い子は年上に対する礼儀ってもんを知らないんだから」


 わざとらしく肩を竦めて、男は瞬時に姿を変える。

 冴えない壮年の男から灰褐色の胡散臭い男に変化した男は、今度は鷹へと姿を変えた。


「お前本当に小波ちゃんの代わりに表へ出てきたのねぇ」

「鈴木さんは何しに来たんです」

「俺はとある人に頼まれたんだよ。サプライズするから協力して欲しいってさぁ」


 鈴木は翼をひと薙ぎすると、木戸の頭の上に止まった。

 猛禽類の爪が地味に痛い。けど言ったところでこの男はどきやしない。のらりくらりと凪のような男は要領の得ない会話を続けようとする。


「俺いま2メートル超えてる⋯⋯!?」

「何しに来たのか知りませんけどさっさと帰って下さいよ!アンタと先輩を引き合わせたくないんですけど!」

「あのねぇ、過保護は良くないよぉ蓮ちゃん。大体俺はしがない情報屋なんだから、あの子に会ったってなーんの影響もないでしょ」

「絶対後で柳瀬に言いますからね」

「それだけは勘弁して下さい⋯⋯」


 鈴木の声のトーンが急に落ちた。

 絶対柳瀬には後で言うけど、今は話を合わせることにする。事態を収束させないといつまでも先輩とゆっくり仕事も出来やしない。

 

「ようやく2人で仕事出来るようになって来たんだから!仕事中しかまともに話せないんだから、もう誰も邪魔しないで欲しいんですよ!」

「小波ちゃんがいなくなるまで付かず離れずだったくせに、急に何を焦ってんのよ」

「俺は自分のマイペースさを後悔してんですよ!長生きするし気長にいこうって呑気に遊んでる場合じゃなかった!」

「いやそれは知らんけど⋯⋯」


 鈴木に引かれるのは解せない。それよりも今はこの状況についてだ。

 警察庁の近くとは言え、ニールへ向かう道すがらのこの道を驚くほど人が通らない。

 今日は平日。学校も会社も動いている時間なのは分かっているが、ここまで人通りが無いことなどありえるのだろうか。


「さっきの紫はなんですか」

「ん?あれは食屍鬼(グール)だよ。ちょいと別の世界から拝借したのさ」

「容易に人を襲うものを島に入れないで下さい。先輩が困ってるでしょ」

「大丈夫だよ。指の1本で満足する雑魚なんだから。他所(よそ)では指食いって言われてるらしいよ」

「人間に指の1本は代償でかいんですよねぇ!」


 人間は指切っても生えてこないしねぇ!それは立証済なんだよなぁ!


「おぅおぅ、殺人鬼が何言ってんだ。人間なんて遊んでなんぼだろ」

「俺は必要最低限しか処分しません」

「一緒だよ。人間の命は平等。善人も、聖人も、共食いするような屑だって同じだ。⋯⋯なぁんて綺麗事語る甘ちゃんなんか好きでいるからお前はいつまで経っても中途半端なんだよ」

「中途半端で結構。俺は先輩が幸せならそれでいいんですよ。そんなしょうもない話で時間を引き伸ばそうとしないで下さい」

「あの人間崩れのどこがいいのかねぇ」


 木戸は鷹の両脚を掴んで、ぶんと振り下ろした。


「先輩を愚弄するな。帰らないならさっさと次の情報を吐け」

「むり⋯⋯酔った⋯⋯」

「もー!いいからそういうの!」


 だからこのひとと関わるのは嫌なんだ!

 もういっそこのまま焼き鳥にしてやろうか。でも鳥好きの先輩が悲しむかなぁ〜!そんな好きなものに素直な所も好き〜!

 

 実際のところ、鬱陶しい事この上ないがこのひとのことは無下にも扱えない。柳瀬はどうでもいいと言っていたけど、厄介なのはこのひとが現世の暗部とも繋がっていることだ。

 このひと自身は胡散臭いし正直俺は関わりたくない。けれどまわり回って先輩の役には立つ。だからまだ処分はしない。

 けどムカつくなぁ。俺は早く先輩のところに戻りたいんだよなぁ。

 

 八つ当たりのように真顔で棒切れのようにぶんぶん振っていると、鷹の喉から悲鳴があがる。無視して振り続けると20回目あたりで観念したのか、鈴木は半泣きで懇願してきた。


「吐く、吐いちゃう」

「はい、どーぞ」

「今日は何の日だったかなぁ!?」


 半ば叫ぶように鈴木がようやく情報を吐いた。

 木戸はぱっと手を離す。羽をしおしおと地面に広げて吐いている鷹は放置して、木戸は思考を巡らせる。


 今日は何の日?


 ⋯⋯何かあったっけ?


 とそこで、思い当たった。昨日の夜珍しく夏椎をひとりで風呂へ行かせた翔真が、渋る晃と一緒に先輩に何か話をしていたことを。


「香流お兄ちゃん!明日はケーキ作って!」

「いいけど、何で?」

「夏椎の誕生日だから!」


 夏椎の誕生日?


 夏椎の誕生日⋯⋯?


「嘘だろ⋯⋯」


 木戸は鷹の脚をもう一度引っ掴んだ。鈴木はくつくつとくぐもった笑い声を出す。


「もう到着してる頃だろうよ」

「いいから到着場所は!」

「⋯⋯さぁ?」

「よぉーし後50回」

「さぁ、俺に付いてきな!案内するぜ!」


 調子の良い鈴木が羽ばたいていく。木戸は鈴木の後を追いながら、柚木に鈴木を近付けたくないからと迂闊に側を離れたことを後悔していた。

 

 さっき怖い思いしたばかりなのに。

 またあんな顔をさせてしまう。

 肝心な時に俺は役に立たない。先輩が絡むと思考が崩れてしまう。後から思い至れば鈴木さんが先輩から俺を引き剥がすために姿を現したのだと分かるのに。

 

 ⋯⋯でも、怖がってた先輩も可愛かったなぁ〜!


「あー!俺は駄目な男だぁー!」

「何、急に」


 叫びながら余計な妄想を振り払う。とにかく今はあの人の元へ向かうことが最優先だ。

 木戸はもう何も考えないように、優雅に青空を舞う鷹をひたすら追い続けた。

  


 ★★★★★



 病院を出た後、柚木は獣型へ戻った白虎と共にC地区内を駆け回っていた。

 住宅街は人間も住んでいる。はずなのに、何故か今日はひとりも姿を見かけない。

 平日でも、誰かしらの往来はある。先程スマホの設定を聞いてきたのも散歩していたおじいさんだ。

 もうさすがに家に帰ったかな。そもそもさっきの異形を見かけないのも気味が悪い。

 柚木が首を傾げていると、急に、白虎の姿が忽然と消えた。


「は!?」

「おぉっと、危ない危ない」


 予測していなかった消失に身体が傾き、そのままぼすりと誰かにもたれかかってしまう。

 

 固い。

 そして大きい。


 けれども知っている声だ。柚木が顔を上げると、ははー、と人懐こい笑顔を浮かべる夏椎の父親がそこにいた。


「はろー!電話で見たより美人さんじゃないの」

「は、⋯⋯え!?⋯⋯えっ!?」

「大丈夫よ。俺は君とサプライズの準備をしたいだけなんだ」

「さぷらいず」


 アホみたいな声しか出なかった。


 龍司は柚木を下ろして、強く拳を固める。


「今日は夏椎の誕生日だから!」


 あれ、このひとドイツにいるんじゃなかったか?


 呆然としている柚木の手を取って、龍司は膝をつく。見下ろすと確かに顔立ちは夏椎によく似ていた。夏椎も大人になったらこんな風に変わるんだろうか。


「少なくとも今日だけは俺の家族に邪魔はさせない。保護者同士夏椎のために全力を注ごうじゃないか」


 なんか最もらしいこと言ってくるなこのひと⋯⋯。


 夏椎に似てると思うと少しずつ柚木の中の苦手意識が薄らいできた。

 それと同時に、何言ってんだコイツとふつふつと怪訝に思う気持ちが湧いてくる。

 

「いや、ひとりでどうぞ」


 正直今はそれどころじゃない。

 異形の処理に四神を駆り出したままだ。それに翔真に頼まれたケーキの準備もある。悠長にサプライズの準備なんてものにかまけている時間はない。


 さらりとお断りする柚木に、龍司はきょとんとした。

 そして、ぽんと両手を打った。


「大丈夫だ!君も俺の義弟(おとうと)になるんだから家族みたいなものだぞ!」

「何言ってるか全然分からない。⋯⋯です」

「初対面の子に冷たくされるのなんて何年振りだ!いやぁ、難攻不落の意味がよーく身に染みるねぇ」


 お断りしているのに龍司は何故か嬉しそうに目を輝かせる。

 

 何の話をしてるのか分かんないけど、早く帰してくれねぇかなぁ。


 そもそも苦手な年上かつ、夏椎の父親と言う微妙な存在。敬語で話すのも慣れないし、さっさとこの空間から出たい。

 察するに、ここはこのひとが作りあげた空間なんだろう。さっきから生き物の気配がしない。

 だからと言って敵対されるような振る舞いもない。本気で純粋に夏椎の誕生日祝いをしたいだけなら、直接本人に言えばいいのに。

 その方が絶対夏椎は喜ぶ。


「サプライズなんかしなくても、あなたが、来てくれたらそれだけで夏椎は喜ぶ⋯⋯喜びます」

「和訳みたいな話し方する」

「⋯⋯夏椎が楽しく過ごしてる姿を見に、直接会いに行ってあげてください」

「楽しく⋯⋯」


 夏椎は昔から学校へは来ないで欲しいと何度も言っていた。

 変装してでも見に行きたかったけど、マネージャーにもこっぴどく怒られて結局アメリカでは夏椎の日常に触れられずじまいだった。

 友達がいるかと聞けば曖昧に返事をするだけだった夏椎が、今は電話の時にはクラスメイトや友達、信頼できる人のことを見た事のない笑顔で話す。

 それが父親にとってどれだけ嬉しいことか。

 

 そうか、そうか。

 夏椎はここへ帰ってこられて本当に良かったんだなぁ。


「それもそうだな!」


 龍司はにぱっと笑った。

 柚木の手を離し、目の前で立ち上がる。まるで大きな壁のようだが、不思議とこのひとは嫌だとは思わなかった。


「夏椎の味方は俺の味方!夏椎が側につく限り俺は君の意思を尊重しよう」

「⋯⋯?」

「たった今俺はそう決めた。さぁて俺の家族が最も恐れる事態になった訳だがどう出るかな?」


 誕生日の話じゃなかったのか?


 不思議そうに柚木は龍司を見上げる。

 ふふふ、と意味深に微笑んで龍司はぽんぽんと柚木の頭を撫でた。


「俺に過去は変えられないがこれからは君の助力になろう。今後何か困ったことがあったら俺を頼るといい」

「今困ってます」

「ははは!それもそうか!」


 龍司はパチンと指を弾いた。

 瞬間、人のざわめきが耳に届く。真っ先に届いた声は、木戸と泣きながら突撃してくる白虎の声だった。


「先輩!」

《いたぁ〜!主ぃ〜!》

「重い!」

「危ねぇー!」


 虎の巨体は受け止めきれず、柚木がコンクリートに激突する寸前で木戸が身体を支える。


「父さん!?」

「夏椎〜!」


 思わず声をあげた夏椎を見つけた龍司が、瞬間移動も真っ青の速度で夏椎にしがみつく。


 その様子を眺めながら、1羽の鷹が空を飛んで行った。大きな翼を羽ばたかせ、優雅に雲の隙間へその姿を隠す。


《急にいなくなったからびっくりした〜!》

「分かったから止めろ!」


 木戸と白虎に挟まれて逃げ場がない。興奮した白虎がとめどなく顔中を舐めまわしてくる。虎の舌は地味に痛い。あとすごく背筋がゾワゾワする!


「っ⋯⋯もう、木戸!こいつどかして!」


 柚木がじたばたしながら言っても、木戸は何も応えなかった。

 代わりに白旗を上げていた。


「何の白旗!?」

「虎と先輩が可愛くて」

「役に立たねぇー!もういい、おすわり!!」


 白虎がぱっと離れておすわりのポーズをとった。

 うるうると白虎の瞳が潤んでいるが、こっちだってベトベトだ。ついでに木戸に頭突きもくわらせておいた。

 

「何で父さんがここにいるの?」

「夏椎の誕生日だから半日自由時間をもぎ取ってきた!」


 三方それぞれダメージの残った柚木達を尻目に、龍司は笑顔で頬擦りしながら夏椎の疑問に答える。

 

 そんなキラキラした瞳で言われても。そもそも半日の自由時間でドイツからここまでどうやって⋯⋯。


 言いかけて、夏椎はやめておいた。父さんにそういう常識云々を聞くのは疲れるだけだ。父さんまでやべぇ奴だったんだと認めたくない。


「夏椎パパ初めまして!」


 コミニュケーションのかたまりの翔真がひょいっとふたりの前に躍り出た。

 腕に晃を巻き付けている。晃は緊張で表情筋が死んでいる。いつも以上に無表情の晃は黙ったままぺこりと頭を下げた。


「夏椎の友達!」


 龍司はふたりの肩を抱いて、とっても嬉しそうだ。


「いつも夏椎が世話になってるな。どうもありがとう」

 

 初めての夏椎の友達。龍司は膝をつくと、いつもの無駄なカリスマ性を披露して輝き始めた。

 眩しい。翔真と晃は目が眩む。

 夏椎がもー、と龍司を咎めた。


「住宅街のど真ん中で輝かないでよ」

「その突っ込みは合ってるのか!?」


 薄々思っていた事だが、夏椎は父親が絡むとちょっとネジがおかしい。

 まずい。人が集まってきた。とりあえず光輝くあの人を何とかしないと。

 

 でもそもそも何て呼べばいい!?夏椎の父親?志賀さん?賢吾みたいに志賀先輩?家族でもないのに名前で呼ぶのは失礼になる?


 ぐるぐる混乱している柚木をほんわか眺めていた木戸だったが、空の上に赤と青が見えてさっと柚木の後ろへ回り込んだ。


「主〜!」

「主様、終わりましたわぁ!」


 朱雀と青龍が柚木に突撃した。


「さっきから危ねぇな!俺は役得ですけど!」

「何よお前!どきなさいよ!」

「どきませーん」

 

 また四神と木戸に挟まれた。サンドイッチ状態の柚木が何も言えずにいると、遠くから今度は誰か知らない声が聴こえてきた。


「おーい、夏椎〜!探してた人見つかったー?」

「聞いて聞いて!俺達が6体で優勝なんですけどぉ!」

「はっ、イケメン!」

「良かったねぇ夏椎くん、お父さん来てくれて⋯⋯っ」


 手を振る真生と、元気が溢れかえっている公と、無駄に顔のいい木戸に目を輝かせる雪絵と、涙ぐむさくらと。

 その後ろから息も絶え絶えの吹雪の尻を叩きながら梓も走ってくる。

 

 ザワザワと住宅街が騒がしい。

 収集のつかない事態になっている。


 それでも友達を父親に紹介する夏椎の顔はとても嬉しそうだったので、柚木は何だかもう止める気にはなれなかった。

 とりあえず四神は全員正座させた。

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