白兎事件編22(過ぎゆく日々・1)
登場人物の多い小説です⋯⋯
1・黛家(生態調査の朝)
(黛)
俺の家は警察庁から歩いて5分もしない場所にある。
2階建ての戸建てで、親は現世に住むと言うので兄弟2人で暮らしている。鴫にも別に島にいなくてもいいのにと言ったけど、「俺は楽しい方がいいです!」と押し切られてしまった。
人外慣れしちゃうと普通の暮らしがつまんなく思えちゃうのかなぁ。
鴫には普通に育って普通に大人になって欲しかったんだけどなぁ。とても楽しそうに高校に通っているのでそれ以上は何も言えないでいる。
しかも生徒会長までしている。人外だらけの学校でそんなもんよくやる気になるな。
たまに様子を見に行くと、鴫の周りにはいつも誰かがいる。それが誰かは分からなくとも、まぁ楽しそうに笑っているので声をかけたことはない。
兄は見守るのみである。
「兄さん、今日は生体調査に行ってきます」
「いてらー」
鴫は概ね3ヶ月おきに、香流と一緒に史磨山へ生体調査という名のハイキングに出かけている。
香流はあれでいて年下の面倒見は良く、特に鴫に対しては末の弟だと思っているのか無茶ぶりはしない。と言うか、俺への扱いだけがいつも割と酷い。
「兄さんも行きます?」
「休みの日に陽の当たる場所に行きたくない」
「陰の者⋯⋯」
「好きに呼びなさい。俺は今日こそヨーロッパ各国のデータベースをコンプリートする!」
(※普通に犯罪だが、それでいいのか警察官)
「交渉する時に役立つ情報わんさか抉りとって叩きつけてやるんだ」
現世との交渉はこの島の運営に必要不可欠な仕事だ。
香流はアホなので、森谷さんを中心にこの島に手を出すな、俺達も手は出さないの不可侵条約を現世各国と締結している。
現世に住む妖怪や神獣を戦争利用されないためだ。その代わりに食料や日用品などの類は輸入しているし、有事の際には森谷さんが赴いて最低限の人喰い被害に収めているのだから感謝してもらいたい。
「兄は今日は家から一歩も出ないと決めている!鴫も楽しんでこい!」
「そう言えば、翔真くん達に警察って暇なの?って言われてましたよ」
「何で!?ちゃんと仕事してるよ!?」
バーベキューパーティの時に全員集合してたのがいけなかったのか。
子どもにそう思われていることを知って俺は普通にショックを受けていた。少なくとも俺はちゃんと仕事してるのに。仕事を放棄しがちな脳筋2人と一緒にされるのが遺憾すぎる!
「俺は鴫を家に送り届けた後も帰って仕事してたよ!遊んでたのはアイツらだけだよ!」
「特に香流兄さんと愛敬さんが⋯⋯」
「アイツら犯罪者連れてくるだけで後の仕事は俺に丸投げだからねぇ!」
夏椎の時もそうだった。許可証の発行も入学手続きもタタラポッカ星出禁の手続きも全部俺がやった。毎日毎日書類業務だけが溜まっていく地獄。
「香流に関しては甘やかしすぎたんだ⋯⋯俺が悪かったんだ」
くっ、と俺は歯噛みした。束になった書類を前に素直に「やりたくない⋯⋯」と言われて全部引き受けたのは誰だ。俺だ。愛敬は最初から逃げ回っていた。
「兄はちゃんと仕事してるから⋯⋯」
「大丈夫ですよ、分かってますから」
「鴫⋯⋯」
「兄さんが自分の首を締めるのが得意なのは分かってます」
「弟にそんな解釈されてんのやだなぁ⋯⋯」
でも否定も出来ない。俺は肩を落として自室に引っ込んで行った。
気分転換にウイルス量産しよ。そうだ、せっかくだかやみんなが癒されてかつ個人情報を全抜きできる仕掛け方式のウイルスがいいなぁ〜。(※犯罪です)
★★
自室へ引き篭る兄を見送る鴫は、やんわりと苦笑する。
「だから、俺が側にいるんですよ」
兄の負担を少しでも減らせるのなら、家事でも仕事のお手伝いでも何でもしたい。
そう両親へ頼み込んだのは自分の方だと言うことを、兄は知らない。知る必要もないと思う。
誰が何を言おうと、鴫はちゃんと分かっている。尊敬もしている。だから、離れたくないのだと兄の方はわかっていなさそうだけど。
友人には重度のブラコンと蔑まれようと、鴫にはそれだけは譲れなかった。
2・教会(作戦会議の翌日)
(中川)
島唯一の教会は、赤い屋根とうっすらと蔦の模様が描かれた純白の壁で彩られている。
天界と同じ仕様に作り上げられた外壁は、上司が加護を与えてくれた。なんか監視されてそうでちょっと嫌なんだけど、俺の結界を増強するには不可欠だからしょうがない。
動けない子ども達のために張り続けている結界は、侵入を試みる魔のものの跡形も残さない。それくらい強固に設置しているトラップだからこそ、子ども達には誰か魔のものを連れてくるなら予め教えてねと伝えていた。
友達連れてきて滅されたら可哀想だもんね。トラウマになっちゃうからね。
流石にそれくらいの配慮は出来る。俺は柚木の唯一の側仕えだからね。
「宙さん、結界解いてください」
栗色の髪をふたつに束ねた眼鏡のシスター、マリーリカがいきなり屋根裏部屋へ突入してきた。
今から柚木のところへ行こうと思ってたから、ニアミスする所だった。危ない危ない。しかもスマホはテーブルの上で普通に忘れていくところだった。
「なんで?」
「最近知り合った私の友人が魔族なんです」
「シスター?」
交友関係に関してひとのことは言えないけど、神を崇めるものとしてそれでいいのかマリーリカさん。
「えー。どんなひと?」
「すごく萌え⋯⋯じゃなくて、魂に呼びかける絵を描くひとなんです」
「あぁ、いつもの神に背く活動ね」
俺は微妙な笑みを浮かべた。
別に好きなものを否定したくはない。それでも、シスターとして欲にまみれた趣味活動を生業とするのはいかがなものか。
いや、別にいいんだけどね。
いいんだけど、俺もネタにされているのがちょっとやなんだよねぇ。
「なら、何かあったらすぐに連絡取れるようにしておくよ」
結界は解いても、殺意を放たれると俺に知らせがくるように細工はしておく。
柚木から預かっているあの兎の女の子を殺されるわけにはいかない。軽く事情は説明してあるし、マリーリカさんもその辺は分かってるとは思うけど。
アリアスと名乗った兎の女の子は、早速えおのと仲良くなって教会のお手伝いを率先して頑張ってくれている。
今もふたりで赤ん坊のミルクをあげる練習中だ。酷い怪我を自ら望んだ子どもだとは思えない、とっても微笑ましい光景だった。
「はい!宙さんの可愛い神様にご迷惑はおかけしません!」
何か言い方が引っかかるなぁ。
「宙さんの忠誠と愛は全て宙さんの神様に捧げられているのですよね!宙さんは可愛いですからやっぱり神様には従順な感じなんですか!?」
「マリーリカさん?君の妄想に俺と柚木を巻き込むのはやめて下さい」
「側付きなのに呼び捨てなんですよねぇ〜!」
きゃー!とマリーリカさんがひとの部屋で悶えている。
俺はもう無視して部屋から飛び立った。羽があると便利だなぁ。空に出ると何も聞こえなくなるもんね。
「⋯⋯柚木のとこ行きづらくなったじゃん」
せっかく遊びに行こうと思ってたのに。
仕方ないから柳瀬のとこ行こー、と方向転換して、俺はA地区へと羽を伸ばした。
結局マリーリカさんからは一切連絡は来ず、全く殺意も感じられなかったので趣味の友達ってすごいんだなぁと柳瀬の家でロゼッタとおままごとをしながら俺はしみじみ思うのだった。
3・電話(作戦会議の数日後)
(夏椎)
「いい加減電話に出てください!」
いつまで経っても父さんとのテレビ電話に協力してくれない香流さんに痺れを切らせた俺は、C地区長室へ怒鳴り込んだ。
今日こそ首根っこ捕まえてでも父さんの前へ引き摺り出すと決めていた。翔真と晃に出入り口を封鎖してもらって、勢いよく扉を開ける。
中へ入ってすぐに、香流さんの姿を探す。見つけた香流さんは、颯爽と逃げ出そうと窓枠に手をかけていた。
「香流さん!」
俺が声を上げた瞬間、木戸さんが窓枠の上から反転して現れた。
「わぁ!?」
「ごめんね先輩、今日は夏椎の味方なんだー」
真っ赤な長い髪を垂らしながら、木戸さんが朗らかな笑みを浮かべている。
木戸さんは巨体に似合わず身軽な身のこなしで部屋へ入ってきた。香流さんは逃げ出すのを諦めたのか、悔しそうな顔で木戸さんを見上げている。
「朝からいないなと思ったら⋯⋯。ずっと窓の外で待機してたのかよ」
「今日こそ顔見たいって龍司さんが俺にまで言ってくるからさぁ」
「う⋯⋯」
さすがの香流さんでも、大きな木戸さんをすり抜けて窓から逃げ出すのは不可能だ。唯一の入口には俺と晃が待ち構えている。
「俺がここへ来てからもう1ヶ月以上経つんですよ!」
「電話相手なら賢吾がいるだろ」
「今の俺の保護者は香流さんですよね」
「⋯⋯石田もいるのに」
「父さんと話す事の何がそんなに嫌なんですか!」
嫌だ。
すごく嫌だ。
そんな分かりやすく顔に出されても、俺は諦めない。香流さんの味方でいると宣言した以上、父さんと顔合わせは必ずしてもらう。
だいたい最初の挨拶ですら川崎さんに任せたひとだ。それから何度も父さんと顔合わせして欲しいと言ってるのに、いつも素早しっこく逃げ回る。
まるで兎だ。でも、今日こそ逃がさない。
「⋯⋯嫌だ!」
ついに香流さんが口に出した。
追い詰められた兎のくせに、つーんとそっぽを向いて抵抗している。俺は素直にこう思った。コイツ⋯⋯!と。
「顔を見せるだけでいいですから!」
「嫌だ」
「イヤイヤばっかり言ってイヤイヤ期かアンタは!」
「や、だ!」
腹立つなぁこのクソガキ!
腕を組んで一歩も動かない香流さんの背中から、急に木戸さんがのしかかった。
「重い!」
「あ、この子が例の香流さん?」
「そうそう。夏椎の保護者兼俺の最愛の人だよー」
え?
香流さんがロボットのように停止した。俺は後ろに立つ翔真と晃と顔を見合せて、香流さんの近くへ足を運んだ。
木戸さんのスマホを覗くと、父さんがにこやかに手を振っている。
「やだぁ、蓮くんは可愛い系が好みなんだぁ」
「可愛いのは顔だけじゃないから!」
「⋯⋯ねぇ、そこだけ時差がある?大丈夫?」
「大丈夫、再起動に時間がかかってるだけだから」
木戸さん手際良すぎだろ、と俺はちょっと引いていた。
てっきり甘やかしてちらっと見せるくらいで済ますかと思えば、がっつり映している。この人案外容赦ないな。捕らえられた哀れな兎は、狼の腕の中で身動きが出来ずひたすら硬直している。
一応俺としては本人の許可を取ってからかけるつもりだったんけどな。あぁ、俺の隣でポメラニアンがゴールデンレトリバーへ進化していくのを感じる。
「あっ、てか今俺と先輩ツーショットじゃん!龍司さんスクショして!」
「えー?自分でやんなさいよ」
「俺の方でやったら龍司さんの画像がでかくなるじゃん。魔除けにしかなんねぇわ」
「言うようになったなぁ〜」
木戸さんの腕にすっぽり収まった香流さんは、まだ動かない。
あんなに落ち着きのない人なのに、ちょっと心配になってきた。これは助けた方がいいんだろうか。いや、でも父さん楽しそうだしな⋯⋯。
「⋯⋯木戸」
あ、ついに香流さんが助けを求めた。
助けに応じるように木戸さんはぽんぽんと香流さんの頭を撫でて、すっと離れた。そのまま俺にスマホを投げ渡してくる。
「おーい、木戸ー。画面酔いしたんだけど」
「ごめんなさぁーい。俺の優先順位は先輩のが上だから」
「じゃあ勝手に電話かけんなよ!」
「ごめんね。愛してるよ」
「近い!!」
「息子よ。うちの蓮ちゃんはいつもあんな感じ?」
「大体そんな感じ」
父さんの問いに、俺は肩を竦めた。
でも前よりも木戸さんがグイグイいくな。あ、ついに翔真が耐えきれず突撃しに行った。
「いやぁ。顔が見れて良かったなぁ」
「何でそんなに見たがってたの?」
「あはは。いやぁ、大丈夫。こっちの話」
★★
龍司はテレビ電話を切った。後ろで家族がザワザワとうるさいからだ。
「俺の弟と息子に気に入られて運のいい子だことで」
龍司はふっと柔らかく笑みを浮かべる。
「実物に会えるのが楽しみだ」
4・双子
(柚木)
昼間はえらい目にあった。
と言うか、最近木戸が調子に乗っている。
前にも増してベタベタ触ってくるようになった。それが心底嫌ではない自分も正直訳が分からない。
前は鬱陶しいとしか思わなかったのに。
いや、鬱陶しいのは間違いなく鬱陶しいな。
大体、アイツはデカイし固い。俺は鍛えても鍛えても全く身にならないのにムカつく。
あの筋肉の1/3⋯⋯いや、1/5でもいいから分けて欲しい。
「お兄ちゃん!」
C地区長室から逃げ出して、一旦心を落ち着かせるために昼食でも作ろうと家に帰ったら柚姫がベッドの上でマリモと遊んでいた。
珍しく髪を下ろしている。ベッドまで届く長い金色は生まれてから一度も切ったことがない綺麗な髪だ。
「なんだ、帰ってたなら連絡くれても良かったのに」
「今からしようと思ってたのよ!可愛い服でお出迎えしようと思ってたの!」
「柚姫なら何着ても可愛いだろ」
せっかく褒めたのに、柚姫は何故か頬を膨らませてむくれている。
「お兄ちゃんのそういうの、良くないと思うのよ」
「⋯⋯ごめん?」
「いいけど。お兄ちゃん、金髪に戻って欲しいのよ」
「⋯⋯⋯」
俺は静かに首を振った。
柚姫の魂胆は分かっている。俺のベッドに置かれた大量の紙袋。兄とは言え何でもかんでも妹の言いなりになるわけではない。
「お揃いコーデしたいの」
「柚姫の選ぶ服は可愛すぎる」
「お兄ちゃん、ゆずはまた明日から現世なのよぅ」
「明日は福岡だろ。ゆっくり休養しろよ」
「お兄ちゃん、ゆずのこと嫌い⋯⋯?」
「⋯⋯っ」
柚姫はずるい。
勝てるわけがない。生まれてこの方柚姫に勝てたことは一度だってない。
「⋯⋯10分だけな!」
「わぁい!」
例え見た目が子どもで止まっててもおれの中身は大人なんだからな!と何回言っても柚姫は理解してくれない。
結局10分どころでは済まなかった。たくさん写真を撮って幸せそうな柚姫は、おれのクローゼットへ勝手に服をしまっていく。
双子コーデ、ってリアル双子がするもんなの。
なんでおれが兎の方を着なきゃならないんだよ!
いやもうこれは女子の服だろ!
文句を言ってもフルシカトされた。さっきのこともあっておれはどっと疲れた。もう文句を言う気力もない。
「たくちゃんの服も買ってきたから後で届けに行くのよ!」
「石田はジャージしか着ねぇだろ」
「賢吾とお揃いだから喜ぶと思うのよ〜」
まぁ何とも幸せそうな顔をする。
柚姫はずっと現世で仕事をしている。歌を始める前は服屋で働いていた。周りのひとに当たり前のように人間ではないと告げて、堂々と働く柚姫はおれにはない度胸がある。
柚姫は島に留まらない。
昔と逆だな。クソ団体に軟禁されてた柚姫と、森の中で自由に動き回っていたおれと。アイツらに押さえつけられてた分、今の柚姫は自由が楽しいのかもしれない。
「じゃあ、ゆずはたくちゃんのところに行ってくる!」
「行ってらっしゃい」
「お兄ちゃん、大好きよ!」
柚姫はいつもそう言うなぁ。知ってるよ。
家族だから、当たり前のように好きだと言ってくれる柚姫の笑顔には癒される。シスコンと馬鹿にされても構わない。
手を振って見送ると、もうご飯を食べる気にもならなくてそのままクッションサイズのマリモにもたれて目を閉じた。
とても疲れた。もう二度とテレビ電話なんかしたくない。
ちょっとだけ寝よう。おれは着替えるのも忘れてそのまま眠りについた。




