白兎事件編19(作戦は立てられる人が立てましょう・2)
(柚木)
いきなり耳元で怪獣が出てきそうな音楽が流れてきて、慌てて身体を起こした。
びっくりした。呆然としている俺の前に、謎の丸い緑のもふもふがある。
俺はんーっと伸びをした。はー、と息を吐いて、吸って、目を擦って、やっぱりまだある緑のもふもふを見る。
「⋯⋯何だこれ」
「それ俺が聞きたい事なんだよなぁ」
「そもそも何でお前はここにいんの?」
「それに関しては謝罪しなきゃいけないと言うか⋯⋯」
何か木戸に謝罪されることがあっただろうか。
病院で待ち合わせなんかしてないし、まゆの手伝いをお願いしたのは俺の方だ。俺がじっと木戸を見上げていると、木戸はうっと唸って胸を押さえた。
「今日も可愛い⋯⋯」
「うるせぇわ」
「先輩をひとりにするなって柳瀬に口酸っぱく言われてたんですよ。中川さんが出たあと俺もすぐ迎えに行くつもりだったんだけど、捕まっちゃって⋯⋯」
「なにに?」
と聞いてはみたものの、思い当たる節がある。
木戸が警察庁をうろちょろするようになってから、何度か女性職員に木戸について聞かれたことがある。
どこの人だとか、彼女はいるのかとか、連絡先を教えて欲しいとか。
そう、コイツは無駄に見た目がいい。
背が高くて顔が格好いい。男らしい身体つきに人当たりのいい対応。
俺の頭が急速に冷めていく。そうか、俺は殺されかけたのにコイツは呑気に女と遊んでたんだな。
「ふーん。選び放題で幸せな奴だな」
「いや、先輩の職場の人だから邪険に出来ないでしょ!途中でルフが来てくれたから助かったけど、突っつかれて痛かったんだから!」
言われてみれば木戸の額が赤くなっている。
髪が赤いから気付かなかった。ルフは偉い。ちょっとだけ溜飲が下がった。
「お前の好きにすればいいだろ」
「ぜんっぜん興味無い人に群がられても嬉しくないから!先輩だって経験あるでしょ!」
「どーせ俺は男にしかモテねぇよ」
中学、高校、大人になってからも俺に言い寄ってくるのは全員男ばかりだ。
女性職員にチヤホヤされている木戸を想像したらなんかムカついてきた。木戸なんかデカくて顔がいいだけですぐ可愛いとか言ってくるアホのくせに。
「そもそも来て欲しいなんて頼んでねぇし」
ばふっと俺はもう一度緑のもふもふにもたれかかった。
「かっ⋯⋯わいい。ねぇヤキモチ?ごめんね、俺には先輩だけだよ」
「うるせぇ。そんなこと頼んてない」
「ツンツンしてるのも可愛い」
もう可愛いは聞き飽きた。木戸のことは無視して、まじまじと緑のもふもふを眺める。
なんかどこかで見た形状のような⋯⋯。少し離れて観察していると、あ、とひとつ気付くことがあった。
俺はホルスターバックの中の小瓶を探す。やっぱり、ない。代わりに粉々になった破片がホルスターバックの中に飛び散っていた。
「これ森谷にもらったマリモか!?」
俺が声をあげると、緑のもふもふはしゅるしゅると風船の空気が抜けるように小さくなっていった。
元の小瓶サイズに戻った緑の球体が床に転がっている。指で摘むと柔らかい。ルフが今度は俺の手のひらにちょこんと乗った。
2匹(?)並ぶと可愛らしい。思わず顔が綻んでしまう。
「お前、俺を守ってくれたんだな」
マリモをそっと指で撫でると、パチ、と黒目がちな瞳が開かれた。
ルフとマリモが寄り添い合っている。ペット同士の触れ合いに俺のささくれだった心が溶かされていく。
「ねぇ先輩、それ何⋯⋯?」
「マリモ?」
「俺の知ってるマリモじゃないけど」
俺と木戸がはまじまじとマリモ?を眺める。こちらを見る瞳はつぶらで可愛い。なんだかマスコットキャラクターみたいだな、と思っていると木戸のスマホが鳴り始めた。
「ヒツギ?どしたん?」
「話があるから、柚木さん連れて店に来てくれ」
「ヒツギ、木戸が来るのが遅れたから知らない奴に襲われたぞ」
「は!?」
「ちょっと!」
木戸は慌てて通話ボタンを切った。瞬時にかかってくる柳瀬の着信。木戸の顔がどんどん青くなる。
「あー!!柳瀬にバレた!殺される!」
「女にうつつを抜かしてるからだ。ほらルフ、行こう」
「俺も乗せて!」
「勝手に乗れよ」
「うぅ、まだ死にたくない⋯⋯」
べーと舌を出して俺はさっさとルフに飛び乗る。木戸はメソメソしながらスマホの電源を落として、俺に続いた。
ヒツギの店の近くまでルフを降ろすと、髪をひとつに束ねた柳瀬が真顔で手を広げて待っていた。
ずっと後ろでブツブツ言い訳していた木戸が少し可哀想にはなったので、俺は大人しく柳瀬の腕に飛び込む。すぐに頬ずりと高速なでなでをされた。
「あ〜、柚木が無事で良かったぁ〜。怪我はないか?怖い思いしてない?ひとりで対処出来て偉かったなぁ〜」
「大丈夫だぞ。マリモが守ってくれたから」
「マリモ⋯⋯?」
怪訝そうに聞かれて、俺は柳瀬にマリモを乗せた手のひらを差し出す。
その間に木戸はさっさと店に入って行こうとして、柳瀬の扇で止められた。すごい。後ろに般若像が見える。
「てめぇには後で話がある⋯⋯」
「はぁーい⋯」
「ま、まぁ許してやってくれよ。俺も散々怒ったから」
バラしてしまった手前、やっぱり嘘でしたとは言えないけどあれでも一応可愛い後輩だ。殺されるのは困る。
それなのに、柳瀬は低くて唸るような声で叫んだ。
「柚木に怒られるなんてご褒美でしかないだろうが!!」
「なんか先輩への愛の重さに拍車がかかってない!?」
「愛敬がいなくなって長いからねぇ〜」
店の中からひょっこりと中川が顔を出した。隣には夏椎もいる。
夏椎は俺達を見てぎょっとした顔をした。柳瀬、怒ってるもんな。なんかまだ頭撫でられてらるから髪の毛ボサボサになりそうだけど。
「なんで夏椎がいんの?」
「まだ昼過ぎだし、給食食べ損ねてるみたいだから連れて来ちゃった。アリアスちゃんは教会の女の子達があれこれ世話焼いてるよ」
中川がお腹をさすると、お腹がグゥ〜と鳴った。
「教会の結界も強くしといたから大丈夫。木戸でも怪我させられるよ!」
「反省してるから追い討ちかけないで」
「そもそも何で到着が遅れるなんて事が起きるんだよ」
俺はコソコソと柳瀬に耳打ちした。木戸はその間に店へ逃げて行く。
「弁明の余地もねぇわ!死に晒せ!」
「俺は悪くないけどごめんなさい!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら店に入っていくふたりを見送って、俺もルフを頭に乗せて後に続いた。
店の中は静かなので、ふたりは地下まで走って行ったらしい。入って右側の席へ着くと、夏椎は俺の隣に座った。
そして、にっこりと微笑みかけてくる。
「で、何があったんですか?」
「柳瀬と木戸が帰ってきてからな」
「ちゃんと後で話して下さいね」
「もー、お腹すいたぁ。ヒツギ、ビールちょーだい!」
中川も俺の前に座って片手を挙げた。
ヒツギは呆れ顔でビールを注いでいる。ヒツギがビールを運んできたタイミングで、店の奥の扉が開かれた。
柳瀬と木戸が帰ってきた。木戸は何故かとても疲れた顔をしている。
「おかえりー」
「あー、楽しくない仕事させられたぁ⋯⋯」
「何の仕事?」
「あ、中川さん飲んでるじゃん!ヒツギ、俺もビール!」
「昼間から元気だなお前ら」
俺の疑問はさらりと流されて、木戸と柳瀬も隣のテーブルについた。
木戸と中川がテーブルを挟んで乾杯をしている。柳瀬はもう怒っていないようで、ヒツギが持ってきたお茶を傾けた。
「で、何があったって?」
「中川と夏椎と分かれたタイミングで高次の奴に襲われた」
「えっ!?」
夏椎ががたんと立ち上がる。見上げる夏椎の顔が青いのは、俺が怪我をしてないか心配してるのかもしれない。俺は夏椎の袖を引いて、安心させるように笑いかけた。
「よく見ろ夏椎、俺は無傷だぞ」
「無傷ですけど⋯⋯」
「アメリカの空で高次の奴らを何人か見ただろ。あの中にいた、黒蓑の骸骨だ」
あんな黒は他に見たことがない。断言する俺に、柳瀬は眉間に皺を寄せた。柳瀬は険しい顔をすると男らしくて格好いい。
「よく無傷で済んだなお前⋯⋯」
「物理が効かねぇし、攻撃も衝撃波みたいな感じでめちゃくちゃやりづらかったけど⋯⋯柳瀬か木戸がいたら勝てない相手じゃなかったと思う」
「そうなの?」
「木戸が来たら逃げた。2人がかりだとマズイってことだろ」
「それはかなり楽観的な捉え方だとは思うけどな」
「実証出来なくてすみません⋯⋯」
「もういいよ」
いつまでも木戸が遅れたことを非難するつもりはない。そもそもひとりで対処出来なかった俺が悪い話だ。高次の奴らに関しては木戸は関係ない。
「それにマリモが助けてくれたからな」
俺はなるべくそっとテーブルの上に緑の球体を置いた。
つぶらな瞳がきょときょとと周りを見回している。その隣にルフがちょこんと羽を休めた。白もふと緑もふが並んでとても可愛い。癒される。
「かっ、可愛い⋯!」
「可愛いよなぁ」
夏椎が同意してくれた。ふたりで並んでもふもふに癒されていると、柳瀬がはぁーと深いため息をつく。
「よく意味不明な生き物を手放しに愛でられるな」
「だって俺のペットだもん」
「お前は生き物に対しての警戒心が薄すぎる。まぁそこがお前の可愛いところなんだけどな」
「柳瀬の癒しは柚木だもんねぇ」
「当たり前だ。愛でるなら訳分かんねぇ生き物よりアホがいい。それもとびきり素直で無垢なくらいアホが好ましい。命狙われてんのに脳みそお花畑だなぁ〜、柚木は」
褒められているのか貶されているのか分からない。
撫でられても嬉しくない。黙っていたら、俺達を見ていた木戸が呆れたように目を細めた。
「柳瀬はアホどもに毒され過ぎだよ」
「完全に性癖を歪められてますもんね」
「彼女も激レア級のアホだもんな」
「最早病気ですね」
木戸とヒツギに冷たく言われた柳瀬は、黙ったまま俺の髪を綺麗に整えてくれた。
「彼女?いるんですか?その性格で?」
「おい。どういう意味だ」
「あぁ、夏椎は知らないか。コイツが愛敬の彼氏だよ」
ビールを飲みながら木戸は柳瀬を指さした。
柳瀬は何も言わない。高校生の時からずっと付き合ってて一緒に住んでるから、当たり前すぎて俺もあんまり気にしてなかった。
夏椎は驚いたように目を丸くしている。かと思えば、顎に手を当ててひとつ大きく頷いた。
「それは何というか⋯⋯お似合いですね?」
「だろ?」
夏椎に褒められて、柳瀬の機嫌が少し治った。分かりやすく嬉しそうな柳瀬を横目で眺めながら、木戸は淡々と夏椎へ忠告する。
「いいか夏椎。これは思春期に経験した事が大人になっても大きく影響する典型的な例だ。柳瀬はアホの過剰摂取で常識人にはときめかなくなってしまった可哀想な大人なんだよ」
「柳瀬さん。アホの摂取は用法用量を守らないと」
「お前らも大して変わんねぇだろうが!」
テーブルを叩いて大声を出す柳瀬に、木戸もヒツギも何も答えない。
俺と中川は顔を見合せた。そんな事あったっけ。ふたりで首を傾げる。
「大変だねぇ、柳瀬⋯⋯」
「そんなことあったっけ?」
「お前らの事だよ!!」
もうアホと言われ過ぎて右から左へ素通りしていた。
なんだ、俺達のことだったのか。え、でも⋯⋯。じっと中川を見つめる。中川はにっこりして、大げさに肩を竦めた。
「俺は柚木よりはマシでしょ」
「はぁ!?何でだよ、中川の方が常識ないだろ!」
「自己犠牲で解決した気になってる人に言われたくないなぁ〜」
「お前、水族館での事忘れてねぇからな!」
★★★★★
(夏椎)
アホ2人のケンカが始まってしまった。
それもまた良き哉、と言わんばかりに腕を組んで、柳瀬さんは幸せそうな顔でうんうんと頷いている。
「いや、止めないんですか?」
「どうせ食事が来たら自動的に止まる」
柳瀬さんの言う通り、ヒツギさんが食事を運んで来たら香流さんと中川さんは同時に口論を止めた。
まだ睨み合っているけれど、ふたりとも大人しく両手を膝に乗せて配膳を待っている。律儀で素直なところも良く似ているふたりだ。
「わーい!ミックスフライ定食だ!」
「自己犠牲の塊で悪かったな」
「俺はそんな柚木も大好きだよ」
「⋯⋯うん」
「ねぇ柚木、コロッケちょうだい!」
「相変わらずよく食べるなぁ」
もう2人してしょうもない話で笑っている。なんて後腐れのないふたりだ。俺と晃じゃこうはいかないぞ。
愕然として隣のテーブルを見ると、木戸さんと柳瀬さんどころかカウンターの向こうでヒツギさんまでもが目を細めてマイナスイオンを浴びている。
「あぁ、癒されるなぁ。地下での出来事とかどうでも良くなってくるわ」
「切り替えの早い先輩も可愛い」
なんて愛おしげな顔をしているんだ。俺はドン引きすると同時に、改めて思い知った。
分かっていたつもりになっていた。のびのびと天然を発揮するこのお巡りさんの、悪意を感じ取れない原因は一体どこにあるのか。
香流さんを甘やかす元凶の存在に。
「柳瀬さん、そういうの良くないと思いますよ⋯⋯」
俺は色んな意味で苦言を呈しておいた。
木戸さんが腕を組んで、まるで俺に同調するような意見を出す。
「俺は柳瀬と違って何でもかんでも甘やかしませんからね」
「どうせお前もアイツの顔で負けてんだろ。1時間も待たせやがって」
「くっ⋯⋯!」
それには俺も同意しかなかった。
木戸さんはダメだ。柳瀬さんもダメだ。中川さんは論外だし、このお店のヒツギさんと言う人も黙々と仕事をしているけれど、香流さんを咎める様子は一切見られなかった。
この場において俺だけがまともな精神をしているという異常事態に、俺は思わず震え上がる。
アホな常識知らずが半分、そして残りの半分がそれを享受し甘やかしているという始末。
想像していた以上にやばい集団だ。
こんなのが周りにいたらいつまでたっても後先考えて行動するという基本原理が育たないじゃないか。当の香流さんは甘やかされ過ぎて何も感じなくなってしまっている。
俺がこの人を何とかしないと。
俺にも知らなかった庇護欲に火がついていく。香流さんは俺が矯正しなければ。俺がそんな事を考えていることなんて全く分かっていないように、香流さんはルフにキャベツをあげながらはっと大きな瞳を丸くした。
「そうだ、柳瀬。夏椎を勝手に連れ出すなよ。いくら修羅場の経験値があるって言ったって夏椎はまだ子どもなんだぞ」
「そんな甘やかしてたら碌な大人に育たねぇぞ」
いや、一体どの口が言っているのか。
「それに、そいつがいなきゃあの兎は死んでたぞ。むしろ連れ出した俺に感謝して欲しいね」
「⋯⋯⋯」
「そこ悩む!?香流さん、しっかりして下さい!」
香流さんの細い肩口を鷲掴んで、大きく揺する。香流さんは俺に揺らされながら、困惑の色を浮かべていた。いや、何でだよ!
「俺はまだ子ども!あの人は大人!しかも柳瀬さんは強いんですよ!?俺がいなくてもどうにか出来てたんですよ!」
「そんな事ないわよ〜。すごーく助かったわ、ありがとう♡」
「あの人俺のこと絶対バカにしてる!」
碌な大人じゃない!自分のことを棚に上げて自分の行動を正当化するなんてなんて大人だ!
ぽかんとしてる香流さんですら腹立たしい。柳瀬さんの意見が絶対じゃないですからね!?声を荒げようとした俺の目の前で、バン、と中川さんがテーブルを叩いた。
突然発せられる並々ならぬ殺気に、俺は思わず息を呑む。
「ご飯は、楽しく食べる!」
ただの食いしん坊がそこにいた。
昼間からビールを飲んで確かに食事を楽しんでいる。中川さんのあまりにも正しい食事への姿勢に、俺は頭を抱えた。確かにこの場では中川さんが一番正しい。⋯⋯正しいのか?もう俺には分からない。
「ごめんな、俺が話し出すタイミングが悪くて⋯⋯」
「やだなぁ、柚木は気にしなくていいんだよ〜。で、そのマリモは何なの?」
ニコニコ顔の中川さんが謎のマリモをつついた。マリモが嬉しそうにモフモフする姿が、俺のササクレだった心を癒してくれる。
「森谷が北海道のお土産でくれた。最初は瓶に入ってたけど、割れちゃったんだよなぁ」
「そもそもマリモって生き物じゃないよね?」
「藻ですよね」
「藻って植物だよなぁ?」
香流さんが試しにキャベツを与えてみると、マリモはシャクシャク食べ始めた。
その隣でルフが勝手に衣をつついている。香流さんの食事がペットに侵食されている件についてはいいのだろうか。
「魔王が運んで、お前が所持することによって何らかの化学反応が起きたんじゃねぇの」
「つまり、森谷さんと柚木の子ども?」
「やめろよ」
「その発想は納得しかねるんですけど!!」
木戸さんが本気でキレている。中川さんはぶんぶん首を振った。持っているのはビールジョッキのくせに、ふわふわ揺れる銀髪が可愛らしい矛盾が生じている。
「じょ、冗談だよ」
「冗談でも許さない!俺と先輩の子どもにしましょう!」
「お前は関係ねぇだろ」
「一切絡んでないやつが何の主張だよ」
香流さんと柳瀬さんが冷ややかに突っ込んだ。
マリモも棘を出して出しゃばってくるなと主張している。なるほど、意思はあるのか。その姿を見ていると、香流さんを守ったという話にも信憑性がある。
「なんかそいつ俺にだけ当たりキツイんですけど」
「ちゃんと何が敵かよーく分かってんだよ。なぁ?」
柳瀬さんが微笑むと、マリモの頬(?)がぽっと赤くなった。
「いや、ただ美人が好きなだけじゃね?」
「女好きの藻⋯⋯」
「誰ひとり女じゃねぇんだよなぁ」
「ちょっと待て、俺は違うだろ!飼い主だからだよ!」
木戸さんと柳瀬さんが納得しかけたところへ、香流さんが反論する。
木戸さんも柳瀬さんも優しい瞳で何も言わなかった。黙って食事を続ける2人にぐぬぬと歯噛みした香流さんが俺を見てくるけど、俺も何も言わない。当然中川さんもにこにこしている。
そんな可愛い顔をして未だに自分の美しさを理解出来ていない事にも呆れてしまう。全くもって残念な人だ。翔真と晃が呆れてしまうのもよく分かる。
「何なんだよ、俺は立派な男なのに⋯⋯」
香流さんがぶつぶつ言いながら食事へ向き直ると、ミックスフライ定食のフライとキャベツが既に空になっていた。
もう白米と味噌汁しかない。ルフは満腹なのか香流さんの頭の上でうたた寝を始めた。
「仕方ねぇなぁ」
微笑ましく口角を上げる香流さんが知らない事実を、俺は知っている。フライは半分以上中川さんが持って行ったことを。
中川さんは満足そうにお茶碗を掲げて、「ヒツギ、おかわり!」と元気よく声を上げた。
★★★★★
(柚木)
「そうだ。柚木、追加情報がある」
食事を終えて、夏椎と一緒にマリモをつついて遊んでいたら柳瀬が真面目なトーンで話し始めた。
「現時点で死神の残数は空だ。それと、潜伏先が分かったから部下を向かわせたがもう跡形もなかったそうだ。今は隠れられそうな場所を捜索させてる」
「⋯⋯潜伏」
「何だその始めて聞きましたみたいな顔」
あぁ!と俺は両手を打った。
そうか。移動手段は森谷が持ってるし、アリアスも保護してるから『白百合の純潔』の人達は行きも帰れもしないんだった!
「『白百合の純潔』は『サクリファイス』と名乗る犯罪組織と手を組んでた。そっちは粛清済みだけど、残党がいるかも知れねぇな」
「なんかA地区って毎月そういうのが出てくるな」
「切っても切っても生えてくるトカゲの尻尾だよ」
やれやれと柳瀬は肩を竦めた。大変だな、柳瀬も。俺はA地区の仕事は手伝えないから申し訳ない気持ちになる。
「分かった。B地区とC地区はこっちで捜索する」
「まぁ、それより手っ取り早い方法もあるにはあるけどな」
「手っ取り早い方法?」
柳瀬はにこーっと笑みを浮かべた。
「奴らを初物がゴロゴロ転がってる学校に誘き出そうぜ」
「いや、ダメに決まってんだろ!」
「なるほど、文化祭がありますもんね」
「夏椎!」
夏椎はしれっとした表情で俺を見上げてくる。何の感情も入っていない、淡々とした物言いがまるで大人みたいだ。
「相手を一網打尽に出来るチャンスですよ」
「学校には石田もいる!アイツは普通の人間なんだぞ!」
「アリアスさんを入学させましょう。俺が面倒を見ますよ」
全然俺の話を聞いてくれない。夏椎の瞳が輝いて子どもらしいのに、言ってることは子どもじゃない。何で夏椎はこんなにやる気なんだ。
「柳瀬さん、情報はどう流します?」
「そうだな、うちの遊女を使えばいい。噂話なんてあっという間に広がるぞ」
「じゃあ俺はアリアスさんをなるべく隠して配置出来るようクラスメイトに交渉してみます。お化け屋敷だし丁度いいでしょう」
「ならこういうのはどうだ?アリス・イン・ワンダーランドだ。アリアスの姿をちらつかせながら、奴らの世界へ誘導する。奴らの世界には小波がいるから、挟撃が出来る」
「それなら時空魔法が付与された魔石を回収しないといけませんね。香流さん、森谷さんと連絡取れますか?」
なんか勝手に話が進んでいってる。
俺は一切同意してないのに学校で戦う流れになっている。何で!?話が早くて着いていけない!
「俺は同意してないぞ!」
「先輩、もう無理ですって。俺達は被害を抑えられる最善を考えましょ」
「わぁー、子どもの中に魔族もいるのに戦闘するの緊張するなぁ」
「俺のクラスメイト殺さないで下さいね!」
木戸と中川も同意の流れになっている。
ダメだ、コイツらを止める術を俺は持たない!ごめん石田、学校を巻き込んで!なるべく被害が出ないように気をつけるから!
「あぁ、楽しみだなぁ〜文化祭!」
ニコニコ微笑みながら、夏椎は両手を合わせて声を弾ませる。
こうして俺が一切話に入れないまま立てられた作戦は、柳瀬と夏椎によって『アリス作戦』と名付けられた。




