白兎事件編17(反撃作戦・1)
(柚木)
「で、色々あって神様に戻ることにしたと」
天界のオフィスルーム、最奥のデスクに腰掛けるゼウスはにこりと微笑んだ。
長い銀髪、紫水晶の瞳はいつ見ても胡散臭い。これが天界の最高神と言うのだからやっぱり神様なんてものは信用ならないと俺はいつも思う。
「僕は最初から香流を天界に呼ぶつもりだったからいつでもどうぞ?」
「じゃなくて、俺はこれから高次の奴らをぶっ飛ばすからちょっと迷惑かけるかもって話だよ」
「香流の迷惑なら何でも構わないよ」
ニコリと微笑む笑顔がやっぱり胡散臭い。
俺は隣の中川の背中に隠れる。こいつはベタベタ触ってくるし油断ならない。森谷にも気をつけろと再三注意されている。
木戸に後悔を打ち明けてからスッキリしたので、もう色々取り繕うのも我慢するのもやめて前を向こうと決めた。
森谷にも話した。森谷はただ頭を撫でるだけで何も言わなかったから、俺も何も言わなかった。
ゼウスの所へ報告に来たのは、一応地球を庇護してくれている存在だからだ。
だからと言っても苦手は苦手なので、中川をお供に連れて来た。中川は渋い顔をしながらも二つ返事で了承してくれたので、やっぱりいいやつだと思う。
「警戒しちゃって、可愛いなぁ」
「報告終わったしもう帰る」
「まぁまぁ。せっかく来たんだから僕から出来る話をしてあげるよ」
ゼウスは指でくるくると空中に弧を描いた。
何してんだコイツ。口には出さないけど顔には出てしまう俺を眺めながら、ゼウスは笑みを崩さない。
「君達双子の魂は捻れている」
捻れる?
俺は中川と顔を見合せた。何かの暗号だろうか。さっぱり分からない。
「本来なら穏やかな村に行き着くはずだった双子を、悪意的に魔窟へ放り込んだ者がいる。その時に魂が捻れたせいで、君は本来の姿で生まれていないんだよ」
「本来の姿⋯⋯」
「そのせいで君の持つ魂に刻まれた力を発揮出来なくなっている。君が大規模な命を出すとすぐにマナ切れを起こすのはそのせいだよ」
言われてみれば。
精神構造の複雑な人間や、世界中の鳥達に命令した時にやたらと眠くなる時があった。
けどまぁ、それはそれとして俺が強くなれば済む話だよな。
と、顔に出ていたのかゼウスはやんわりと首を振った。
「香流。君は神様なんだよ。配下を使役するのを怠るのは怠慢と言うものだ」
「でも俺の方が強いんだぞ」
「いや、それはそれでおかしいんだけどね⋯⋯」
言いたいことがよく分からない。コイツの話はふわふわしてて要領を得ない。分かりやすく話して欲しい。
じっと見つめていると、ゼウスは胸を押さえて顔を伏せた。ちらっと中川へ視線を移すと、ものすごい眉間に皺を寄せた顔をしている。
「ごほん。君の能力は地球で暮らす生き物の使役と管理・調整だ。まぁ、平たく言うと女神⋯⋯お母さんだね」
「何でみんな俺をお母さん扱いするんだよ。お父さんだろ」
「調整と言うのは病気や怪我の治癒も含まれている。そして、その細胞を破壊することも出来る。君は生き物を生かすも殺すも可能だと言うことだよ」
「攻撃も出来んの?」
「出来れば癒す方に反応して欲しかったなぁ」
でも癒しの力は中川の方が得意だろ。だって天使なんだし。
苦笑いするゼウスを見ながら、中川がふふんと自慢げな顔をしている。さっきから中川の表情がくるくる変わってそっちの方が気になってしまう。
「君の能力は使わなければ身体が慣れていかないよ。身体は成長しなくても、使役して眠くなる事は減ったんじゃない?」
「⋯⋯そうかな?」
「あの、ゼウス様。あんまり柚木を調子付かせないで下さい」
「それをフォローするのが君の役割でしょ」
「俺の神様をトラウマ製造機にしないで!生態系バグらせたり鳥に群がられたり動物園破壊したりろくなことしないんだからこの神様!」
そう言えばそんなこともあったなぁ。懐かしい。
「僕は香流が上をぶっ飛ばすのは全然構わないけど、香流が死んじゃうのは困るからね。僕からのアドバイスだよ」
「⋯⋯なるほど」
「何を納得してるのか怖いなぁ」
「ルシフェル、ちょっといいかな?」
ゼウスが片手を上げて中川を手招きした。
中川の天使名を久しぶりに聞いた。中川が嫌そうな顔でゼウスに寄っていくのを眺めていると、赤い髪のセラフィムが「あのぅ」と遠慮がちに話しかけてきた。
「あなたの大切な方たちは、私達が命をかけて守りますからね」
俺は驚いた。そんな事、言ってもいいのか。天界にいるはずの俺の大切な人たちなんて、数えるほどしかいない。
脳裏に、2人の姿が浮かんだ。
「⋯⋯元気にしてる?」
思ったより声が出なくて、囁くような声になってしまった。
でも、セラフィムは微笑んで頭を下げる。
「ずっと、楽しそうに見守っていらっしゃいますよ」
「⋯⋯っ」
そうか。
それなら、良かった。
「⋯⋯うん」
なら、やっぱり俺のやるべき事はひとつだな。
俺は決意を固めた。もう迷うことなんかない。大切な人達が見てくれているならそれに恥じない行動をしたい。
ばあちゃんとじいちゃんには、格好悪いところは見せたくないもんな。
「⋯⋯うーん」
突然、中川が俺の肩に顎をぽすりと乗せた。
うーん、とまた唸っている。中川がこんな風に擦り寄ってくるのは珍しい。俺はぽんぽんと中川の柔らかい頭を撫でた。
「香流、頑張ってね。僕はいつでも君を愛しているよ」
「はぁ」
何言ってんだこいつ。
中川は今度は俺の身体に腕を回した。動かない中川が妙で、俺は首を傾げることしか出来ない。
「なぁ、中川に何言ったの?」
「⋯⋯香流。僕の妻達は女の子だけだよ」
ゼウスはにっこりしながら訳分からん事を言う。
自分は節操がないですと告白を受けてどうすれば良いのか分からない。俺はゼウスの言葉は無視して、中川を引きずりながらオフィスを後にした。
★★
パタンと扉が閉まって、ゼウスはくすくすと笑みを零す。
「可愛いねぇ、香流は」
「ゼウス様。ギリギリですよ」
「いずれ分かることだよ。それに、あの捻れには僕も怒っているからね」
セラフィムはそれ以上は何も言わず、デスクに向き直った。
神々の悪趣味に付き合わされるあの子も可哀想に、と心の中で思いながら。
★★
天界を後にしても、中川は唸ったまま何も言わなかった。
中川の隣に並びながら、俺はじっと中川を見つめる。
かつてこんなに中川が悩むことなどあっただろうか。
トンカツとビーフカツで悩んでた時以来じゃないか。
「中川⋯⋯?」
嫌なことを言われてないか不安になって、ルフの上から中川へ声を掛ける。
中川ははっとしたような顔をして、ぶんぶん首を振った。そして、にこっといつも通りの天使の微笑みを浮かべて俺を見る。
「大丈夫。あの人が変なこと言うからちょっと困ってただけ!」
「何?」
「⋯⋯言えない」
中川は分かりやすく視線を逸らした。俺はちょっとムッとしてしまう。
「俺にも言えないことかよ」
「むしろ柚木には絶対言えない」
「なんだよ」
「それより柚木。高次の存在をぶっ飛ばすって言ったって、姿を見せない相手にどうすんの?」
「⋯⋯⋯」
「まだ考え中かぁ」
苦笑いする中川に向かって、俺は口角を上げた。
考えならある。ゼウスが言っていたことをきちんと実行した上で、高次の奴らを驚かせる方法が。
「ひとつ、試してみたい」
「却下」
「まだ何も言ってないだろ!」
「あーあー聞きたくなぁい!柚木の思いつきなんてどうせろくでもないもん!」
「まぁ、とりあえずやるしかないだろ。―――中川、速度を上げろ」
言い終える前に、ルフはぐんとスピードをあげる。
中川も後に続いてきた。
その背後に、
「ありゃ、いつからいたの?」
「空なら落とせると思ったら大間違いだぜ!」
黒い法衣に、白い骸骨。
青い空にくっきりと姿が浮かんでいる。真っ昼間から死神とはアンバランスな光景だ。
これで2度目だ。いや、2体いるから3度目か?
死神が風を切って鎌を振り落とす。
右耳から鈍い音がして、刃が掠った。やっぱりコイツらはかなり速い。
「中川、空で待ってろ!」
「いやいや、木戸と2人がかりで倒したんでしょ!?1人じゃ無理だって!」
「1人ではしない!」
さっきゼウスにも言われた。配下を使役するのを怠るのは怠慢だと。
俺はルフにしがみついて、姿勢を屈める。
まだスピードをあげる。髪が靡いて風が叩きつけるように顔に当たる。
視界は一点、外さない。
死神が背後に追ってくる。でももうすぐ見える。この速さだと攻撃されないのは、嬉しい誤算だった。
―――捉えた。
「上!」
結界の割れる音が耳を劈く。
薄い乳白色のガラスが飛び散るように、結界が地面へ落ちていく。それを見届けた後、ルフは警察庁の屋上でぐんと急上昇した。
死神が先程の勢いのまま、警察庁の屋上へ飛び込んでいく。
待ち構えるのは神獣達だ。
「これで2体!」
アイツらが死神もどきに負けるとは思っていない。
まぁ四神獣に麒麟もいるから大丈夫だろ!
警察庁の真上まで上がって、俺はふぅと息をついた。
今日は裾の長いシャツを着てきて良かった。
変な所へ神経が削がれないで済む。
全神経を島中へ向かうよう集中する。島中の地球の生き物達へ根を張るように。枝葉の一枚たりとも落とさぬように。
そして、身体を巡る素粒子へ呼びかける。
贔屓だと罵られようが構わない。大切な家族は命令の外へ除外する。アイツらを使役する事は俺の魂が許さない。
俺が神だというのなら。
これからは俺の好きにさせてもらう。
この星に生きるもの達、全ての権限は俺にある。
さぁ、反撃の合図に狼煙はいらない。
「―――お前達、死神を探し出して殲滅しろ!」
名付けて数打ちゃ当たる戦法だ!
おれは小さくなった手のひらを振りかざした。
そして中川は「だからろくでもないって言ったのに⋯⋯」と頭を抱えた。
★★★★★
(夏椎)
突如、空気が割れる音がした。
ビリビリと校舎が揺れている。ガタンと立ち上がる西田先生とクラスメイトは、脇目も振らずに教室を飛び出して行った。
「えっ!?」
少し遅れて真生さんも立ち上がる。
クラスメイトの妖怪達は止める間もなく校庭を走り抜けて行く。慌てる真生さんと、ぽかんと口を開けたままの翔真が顔を見合せた。
「なに!?」
「どしたの!?」
グルーさん、えおのさん、エフィネさんも立ち上がって窓から顔を出す。
俺だけは静かに顔を引きつらせていた。
こんな芸当が出来る人、思い当たるのはひとりしかいないからだ。
「あれを見ろ!」
グルーさんが空を指差す。
俺も重い身体を引きずって、窓枠へ身を寄せる。下を見れば他にも地面や空を見上げている人ならざる生徒達がちらほらいた。
空。
⋯⋯見たくないなぁ。
とは思いつつ、翔真が肩口を引っ張るので仕方なしに顔を上げる。
うん、いたいた。
警察庁の上に佇む白い鳥。その背に乗った、美少女面したあの人が。
「女の子がいる!」
いや、あの人女の子じゃないんですよ。
「なんだあのでかい鳥!」
あれはペットですね。
「あっ、鳥から落ちたぞ!」
えっ、大丈夫なのかな!?
「大天使が受け止めたぞ!」
あ、はい。中川さんですよね。
「中川さん⋯⋯」
えおのさんがぼそりと呟いた。
すごく迷惑そうな顔をしている。きっと俺も同じ顔をしているんだろうなぁと思いながらどっと力が抜ける感覚がした。
「何!?あの子何なのかな!?」
あの子は君のお兄ちゃんだよ。
翔真を使役しない所があの人らしい。俺は小さくため息をついた。
6枚の羽を携えた天使は、あの人の姿を隠すようにその羽で包み込む。
表情まではよく見えななかったけど、何となく、呆れ返っているような気がした。
★★
「先輩、派手にやるなー」
地下生物さんとどんな蓋がいいかあーだこーだ話していたら、いつの間にか先輩が帰ってきていた。
そして、地下生物さんは飛び出して行った。近くでどっかの誰かの悲鳴があがる。いやぁ、地下生物さんでっかいもんなぁ。
「とりあえず俺は仕事の続きしよっと」
木戸はのんびり平和な仕事を満喫していた。




