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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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49/75

幕間(萌葱)

頑張るポンコツ天使のお話。

(中川)

 

 A地区の夜は長い。

 煌びやかな街灯、あちこちで巻き起こる喧騒、奥へ進めば聞こえてくる嬌声。

 悲鳴、がなる雑音、笑い声、悲痛な懺悔、それらをせせら笑う神のなんと性格の悪いこと。

 俺の神には見せられない醜いものばかりだ。

 そして、もうひとつ見せられないものもある。


(そら)、腹がすいた」


 時刻は0時を回ったあたり。

 ベッドで眠っていた俺のお腹の上に乗って、その子は可愛らしい台詞を口に出す。


「⋯⋯柳瀬のとこいこっか」


 目を擦りながら身体を起こして、のしかかる子どもを視認する。

 萌葱色の長い髪。ピンクゴールドの無機質な瞳。

 今日は服を着てるだけマシかな。俺は欠伸をしながらその子をひょいと床に下ろした。


「萌葱、髪くくってあげようか?」


 ロゼッタと同じ顔をした少女は、感情の読めない顔でじっと俺を見上げている。


「宙がしたいならしてもいい」

「俺次第なの⋯⋯。じゃあ汚れちゃいけないからくくっとこうか」


 ロゼッタの裏人格、萌葱は普段は深層で眠りについている。

 お腹がすいた夜しか現れない。今日はロゼッタが教会に泊まっていたから、俺のところに来たんだろうか。いつもなら柳瀬か木戸が相手をしているはずだけど。


「靴下と靴も履いて⋯⋯」

「飛んでいけばいいんじゃないか」

「えー?じゃあそれでもいいけど⋯⋯」

「靴が汚れると表が悲しむ」


 感情の動きは分かりにくいけど、優しいところもあるんだよなぁ。

 でもその白いワンピースは汚れてもいいんだろうか。萌葱の食事はあまり綺麗なものではない。


「じゃ、行こっか」


 俺は萌葱の小さな手を握った。

 萌葱は素直に握り返す。あまり長く空腹で置いておけない。素直な萌葱を抱き上げると、屋根裏部屋から飛び立った。




 柳瀬は夜の間は基本的には店にいる。

 トラブルが起きた時に出て行くくらいで、お金大好きな柳瀬は商売をする方が忙しいからだ。

 そして、柳瀬の商売は子どもには見せられない。


 柳瀬の部屋へ繋がる裏口をそっと開けると、見ちゃいけないよ!が始まっていた。

 そっと萌葱の目を塞ぐ。そしてドアを閉める。


 でもまたすぐにドアが開けられた。


「中川、どうしたのー?」


 柳瀬の柚木&中川センサーはすごい。いつもすぐ気付いてくれる。

 柳瀬が裏手でドアを閉めた。女の子の姿になっているけれど、柳瀬の着物は一切乱れていない。


「いつもの幻術?」

「ふふ。お好みのアタシが見えてんじゃないかしら」


 柳瀬は綺麗な顔でウインクをした。

 そして、萌葱へと視線を落とす。萌葱はお腹を撫でながら柳瀬を見つめている。


「あら、まだ3日しか経ってないのにね。育ち盛りかしら」

「ご飯ある?」

「ちょっとヒツギに電話してみるわ」


 ぐぅ、と萌葱のお腹が鳴った。


「ねぇ、ヒツギ。例の債務処理どうなった?⋯⋯あぁ、じゃあもういいわ。今から中川と萌葱が向かうから、逃がさないようにしておいて」


 とても簡潔な電話だ。柳瀬はスマホをかざすと、こてんと小首を傾けた。


「とりあえず1匹確保してもらったから、行っておいで。追加はまた連絡するわ」

「前はどれくらい食べたっけ?」

「木戸に任せてたから分かんないわねぇ⋯⋯」

「帰ってきてもらう?」

「ま、せっかく好きなひとといるんだしそれも野暮でしょ。アタシが何とかするわ」


 柳瀬はひらりと手を振って、また中へ戻って行った。

 毎度思うけど、自分がそういう事されてるの見てて不快じゃないんだろうか。柳瀬は心が強いなぁ。前は幻術の前で愛敬と仕事の話してたしね⋯⋯。


 とか思ってたら、萌葱が俺の手を引いてきた。ちょっと不機嫌そうに見える。


「お腹すいた」

「うん、急ごう」


 内心ちょっとだけ焦りながらまた萌葱を抱き抱える。

 空を飛ぶと、少しだけ表情が柔らかくなる萌葱に俺はほっとした。



 

 ロゼッタと萌葱は、表裏一体。


 赤ん坊の時はピンクゴールドの髪に萌葱色の瞳だった。柳瀬のお母さんがその容姿をいたく気に入って、養子に迎えたのは10年も前の話だ。

 柳瀬いわく、柳瀬の時よりものすごく面倒見が良いらしい。時折柳瀬のお母さんが知らない男の人も連れてロゼッタを異世界や異界へ連れ出していた。


 異変が現れたのは、3歳になった頃だ。


 時々、萌葱色の髪へ変化する時があった。そんな時は柳瀬の部下の姿が消えて、不思議に思った柳瀬が見張りをして見つけた姿は血にまみれた幼い女の子の姿だった。


 あぁ、コレは駄目だと。


 瞬時に悟った柳瀬は、ロゼッタがいない時にお母さんに詰め寄った。俺も何故かその場に一緒にいた。確かお土産あげるからおいでと言われて柳瀬のお母さんにお茶菓子を出してもらったところだった。


 お母さんは事もなげにこう答えた。


「アンタのお友達に、日付が変わると治癒する不死身の子がいるでしょ?あの子を餌にすればいいじゃない」


 ―――柚木のことだ。


 少し前に、記憶が戻った柚木から聞いていた。日付が変わると身体が戻ると。腕を切り落とされても戻るんだよなと他人事のように。


「そんなこと出来るわけねぇだろ!」

「でもあの子がロゼッタちゃんを残すと決めたんでしょう?責任取らせたらいいんじゃないの?」

「残すと決めたのは俺と中川も一緒だ。なら俺が餌になる」

「あら、それはダメよ。灯護ちゃんはまだ不死身ではないもの」


 柳瀬のお母さんは優しく微笑んで言った。


「なら、死んでも構わないクズどもを集めなさいな。せっかくだから女の子になって男を転がしてみたら?両性あるのだから、使わなきゃ損よ?」


 そして、別に男のままでいいだろとキレた柳瀬と、絶対女の子の方が幸せになれると主張する柳瀬のお母さんの大喧嘩が始まった。


 こうして、ロゼッタもとい萌葱のご飯になるひとを集めるためにA地区はつくられた。ロゼッタのためだと言うと柳瀬のお母さんはノリノリで、あぁだこうだ言いながら整備したり整備しなかったりで現在に至っている。


 俺も柳瀬も、柚木にはこの話は一切していない。


 アイツなら絶対に身体を差し出す。治るからいいとかそういう問題じゃない。3人で決めたことで、1人だけ当たり前のように犠牲になる方を取られるのがムカつくだけだ。




「ヒツギ〜、ご飯どこ〜」


 萌葱を抱えてヒツギの店に入ると、普通にお客さんがいてぎょっとした。

 わぁ、失敬失敬。羽見られてないかな。

 萌葱が俺の服を握る。怖いとかそういうのじゃないのだけは分かる。分かるだけに俺は内心とても焦っていた。


「何だぁ?うまそうな子どもだな」

「姉ちゃん、その子を俺らに寄越しな」


 わぁ、柄わるーい。

 世紀末みたいな格好したのが4人もいる。顔も怖い。しかもヒツギいないよー。

 仕方ない、奥へ突っ切るしかないかぁ。


「良く見たら姉ちゃんも美味そうな匂いしてんなぁ」

「ありがとー。俺、可愛いから!」


 勢いで誤魔化してみる。

 でもウインクしてもあんまり効果はないようだ!


「さっさとそいつを寄越しな!」

「姉ちゃんともども可愛がってやるからよ!」

「俺にそういう趣味はございませーん!」


 飛びかかってくる世紀末を避けて、何とか奥へ進もうと足を伸ばす。

 でも俺に4人は多い!どこを走ったらいいのか分かんない!

 萌葱が俺に顔を埋める。偉い、我慢してる。早く進みたいのにどんくさくてごめんね。

 伸ばされた手を避けて、小さく「ライト・ブラスト」と唱える。目の前に光が現れて、世紀末達が一瞬だけ怯む。

 その隙にカウンターに飛び乗って奥へ向かう。居酒屋の奥には扉が2つある。トイレと、ヒツギの住居へ繋がる扉。

 走った勢いのまま、ドアノブを捻って扉を押す。その後ろから、毛深い手が伸びてくる。


「つっかまえ〜⋯⋯」


 た。は聴こえなかった。


 視線の左前、世紀末さんの指の隙間に細いキリが刺さっている。

 わぁ⋯⋯痛そう。


「ひぎゃぁぁ!」


 そりゃ痛いよねぇ⋯⋯。


 見上げると、ヒツギがいた。すごく物騒な感じでたくさん返り血を浴びている。


「食事が増えてなによりですね」


 そう言いながら、ヒツギは俺の背中を押した。

 行け、と言うことだろうか。遠慮なく先へ行かせてもらう。



 ★★


 

「中川さんに手を出そうとしたな」


 ヒツギは世紀末達と対峙しながら怒りを(あらわ)にしていた。


「俺は先輩箱推しなんだよ!!誰ひとり(けが)すんじゃねぇ!!」


 よく分からない理由で激怒する店主を、お客さん達は縮みあがって震えていた。



 ★★



 ヒツギの住居は地下にある。扉を抜けた倉庫の決められたスペースを押すと、ガコ、と壁のずれる音がする。


 背中からヒツギのなんかよく分からない怒号が聴こえた。


 聞き取れなかったけど、あんまり聞かなくていい内容な気がするので振り返らずに先へ進む。

 壁が開いて、地下へ続く階段が現れた。

 萌葱の身体が熱い。て言うか萌葱の爪がくい込んで痛い。

 さっき血を見たからだ。いつもはこんなギリギリじゃないのに。


 地下には3つの部屋がある。

 左は、ヒツギの住居。真ん中は、(ひつぎ)の部屋。

 右は、―――。


「行ってらっしゃい!」


 扉を開けて萌葱を降ろして、速攻で扉を閉めた。

 スプラッタホラーはあんまり好きじゃない。

 中から何かの断末魔が聞こえる。


 あぁ、間に合った。

 ずるずると扉の前でしゃがみこむ。心底安堵した。

 俺はジャンケン運の弱さを嘆きながら、とりあえずヒツギの部屋で事の終わりを待つことにした。



 ★★



 以下メッセージ

 

中川『ヒツギの店に変な人達がいてさぁ。襲ってくるもんだから萌葱が興奮しちゃって胸のとこ怪我したよぉ。痛かった(´・ω・`)』

柳瀬『大丈夫?変な人達って何?』

中川『世紀末みたいな人達』

柳瀬『なんだそりゃ』

中川『木戸さーん、萌葱って3日前どれだけ食べたっけ?』

木戸『4』

柳瀬『相変わらず柚木以外にはマトモに返信する気ねぇなこいつ』

中川『もう俺は疲れたからこのまま休みます。後はヒツギに任せまーす』

柳瀬『はいよ。お疲れさん』



 ★★


 

 とは言いつつ、休めないよねぇ。

 めっちゃ悲鳴聞こえるもんねぇ。聴こえるレベルじゃないもんね。ガッツリ耳に残るもん。

 あー、やだぁ。柚木と一緒にいたかったなぁ。俺の可愛くて優しい神様に今すぐ会いたいよぉ。

 ヒツギの部屋でテーブルに伏せてメソメソしていたら、古めかしい音を立てて扉が開いた。


「服が赤い」


 元々赤い服着てましたっけ。ちょっと黒ずんでるのがなんの赤かすぐ理解出来てしまう。


「中川さん、怖いの苦手なのによくここにいましたね」

「だって上にも戻れないし、ここしか避難場所がないんだもん」

「あぁ⋯⋯。アレらですが、俺が地下にいる間に勝手に店に入ってたみたいですね。まぁ、柳瀬さんの手を煩わせずに食事が増えて良かったじゃないですか」

「うぅ、柳瀬に会いたい⋯⋯」


 この際木戸でもいい⋯⋯。今すぐこの役割を変わって欲しい⋯⋯。


「俺と柚木はロゼッタ担当だったはずなのにぃ」

「確かに今回は早かったですね。前回は1週間持ちましたけど」

「⋯⋯まぁ、外に出なかっただけマシかぁ」


 破れた服の胸元を押さえながら、俺は嘆息した。


「怪我したんですか?」

「怪我はもう治したけど、服が直らなくて悲しい思いをしてる」

「服まで直せたら良かったですねぇ」

「ほんとにねぇ」


 テーブルに頬杖をついていると、ヒツギが冷たいお茶を入れてくれた。


「お酒が良かったなぁ」

「俺の部屋にそんなものはありません」

「ちぇー。⋯⋯まぁ、でも今回はギリギリだったなぁ。俺あとちょっとで食べられてたかもしんない」


 萌葱もだいぶ我慢してくれてたけどね。可哀想なことしちゃったな。いや、世紀末さん達がいた件に関しては俺悪くないんだけど。


「切り落とすのに手間取ってしまって。すみませんでした」

「いつもなら木戸がやってくれてるもんね。俺こそ役に立たなくてごめんねぇ」

「別に、中川さんは無理に頑張らなくてもいいのでは?」


 そうは言われても⋯⋯。


「だって柳瀬がお母さんと話してるの俺も聞いちゃったからさぁ。俺だけ知りませんは出来ないよ。⋯⋯まぁ、いつまでも柚木に黙っていられるとは思ってないけどね」


 3歳の頃は1ヶ月にひとり。


 5歳になると1ヶ月にふたり。


 そして今は、4人で3日もたないところまできた。


 ロゼッタを落とした上の思惑は俺も柳瀬ももう分かってる。

 柚木が赤ん坊の首を絞めれらた訳がないんだ。そういう選択のひとつひとつを、せせら笑うようなやり方が本当に気に食わない。


「後は俺がやっておきますから、もう帰っていいですよ」

「えー⋯いいの?」

「ここにいても休まらないでしょう」


 それは確かにそう。とは言えないけど。


 でも、静かにはなった。


「じゃあ、柚木のとこいこー」

「服破れてますけどいいんですか?」

「着替え貸して⋯⋯」

「俺のじゃデカいでしょ」

「おっきい方が好きだからいいよ」


 天界時代の服はいつもワンピースみたいなだぼっとした服だったしね!


「⋯⋯じゃあお好きにどうぞ」

「わーい!」


 こうして俺は、ヒツギから服を貸してもらって柚木の家に向かった。


 そしたら木戸と石田くんがいて、どういう流れか分からないけれどスプラッタ映画を見せられて泣きそうだった。もうスプラッタは勘弁だよ!

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