幕間(水族館と少年)
中川はお姉さんと呼ばれることに一切の抵抗はありません(己が可愛いと自覚しています)。
天然、あざとい、ヤンキーですが仲良し3人組です。
居酒屋『柩』のお話の後日談です。
(柚木)
「おはよう」
ヒツギの店にいたはずが、起きたら柳瀬が目の前にいた。
あと中川がソファで寝ている。そしておれは子どもの姿になっていた。
目を動かして居場所を確認する。真ん中が窪んだ三角形の天井。整理整頓された部屋。思い出した。ここは中川の部屋だ。
「⋯⋯おれ、寝てた?」
「爆睡よぉ」
柳瀬がスマホの画面を見せてくる。⋯⋯また撮られた。奪おうとしても柳瀬はひらりと避けて奪わせてくれない。
「ほら、さっさと着替えて現世行くわよ」
「はぁ?何で?」
「文化祭の準備に決まってるでしょ!」
マジで服を買いに行く気なのかコイツ。大人が4人も束になって学校へ突撃してどうする。
「現世はめんどくさいから行きたくない」
「水族館のチケット付き」
「行く」
咄嗟に答えてはっとした。また乗せられた。
でも、島には水族館も動物園もない。昔は動物園があったけど、中学2年生の時に取り壊されてしまった。今も残っていたら大切に管理するのに。と半ば本気で言ったらまゆに静かに首を振られた。
「チケット買ってあるわよ〜?」
「⋯⋯柳瀬のばか」
「ありがとうございます、の間違いじゃない?」
中川はまだぐーすか寝ている。幸せな奴め。
日本に行く時は柳瀬は青い髪が目立たないよう帽子を被っている。
中川の銀髪は隠す気もなくそのままだ。なんならたまに日本観光に来たどこかの国の人の真似をする。楽しそうだなといつも思う。
俺も面倒くさいので髪色は変えずに大人の姿になっている。コイツらといる時くらい少しは楽をしたい。と言うことで、金、銀、青の髪色の3人は微妙に目立って仕方がない。
「黒でも可愛いのに」
「お前ら以外に誰もいないし別にいいだろ。髪の先まで色変えるの結構神経使うんだからな」
「木戸がその姿見たら喜びそうだねぇ」
「絶っ対しない」
何でアイツを喜ばせなきゃならないんだ。鬱陶しい反応が目に浮かぶ。
「ねぇねぇ、何食べる?」
「えっ、いきなり?」
「ベンギンが先!」
「アンタはブレないわねぇ」
入場門が開いて、真っ先に向かう場所は決まっている。
「どのペンギンが好きなの?」
「叶うなら全種類島に置きたい⋯⋯っ」
「叶わないのよねぇ」
昔、賢吾にダメだと言われてから諦めてはいるけれどもいつかは実現させたい。なんなら他の鳥も飼いたい。
「アンタのペットに怒られるわよ」
「拗ねて乗せてくれなくなったら困るからやっぱナシ」
「柚木も飛べたら良かったのにねぇ」
それはずっと思っている。柚姫と能力が逆だったら良かったのにと今でも本気で思っている。
「いいなぁ、中川は飛べて」
「いつでも抱えて飛んであげるよ!」
「それは絵面がちょっと⋯⋯」
「昨日抱っこして帰ってあげたのに」
「ごめんなさい⋯⋯」
俺だってまさか寝るとは思わなかった。でもさすがに限界だった。
睡眠欲には抗えない。でも中川に抱っこで運ばれたのはちょっと嫌だな⋯⋯。昔はチビだったくせに、背ばっかりにょきにょき伸びて未だに納得がいかない。
「柚木は軽いから別に構わないよー」
「軽っ⋯⋯。⋯⋯まぁ、そりゃ子どもの方は軽いよな」
「今も軽いんじゃない?」
中川がいきなりひょいと俺を抱えあげた。それからすごく真顔になって、
「⋯⋯もっと食べた方がいいんじゃない?」
「うるせー!中川が食べ過ぎなんだよ!俺はちゃんと毎日トレーニングもしてるんだからな!」
「立派な努力だねぇ」
「アンタら往来でイチャつくのやめてくれない?」
柳瀬に呆れられてしまった。しかも遠巻きに見られている。そして他の客にも見られている。
「ごめんごめーん」
「柳瀬、ちょっと抱き上げさせろ」
「嫌に決まってんだろ」
柳瀬が一番小さいのに。とか言ったら殴られそうなので黙っておく。
中川は何故か傍観者にひらひら手を振って愛想を振りまいている。俺は中川から離れて柳瀬の元へ向かった。柳瀬は館内パンフレットを眺めながら尋ねてくる。
「柚木、ペンギン以外は何見たいの?」
「え?ペンギン見たら帰ろうぜ」
「他の魚に謝れよ」
「だって仕事休んで来たし⋯⋯。あ、でも夏椎に服買ってやんなきゃな」
「あら、あの子服ないの?」
「色々あって家に帰れなくなったから、今は翔真の服を借りてるらしい」
あの時保護された子どもは一躍時の人だ。まだ喋るうさぎの事はニュースになっていないけど、それも時間の問題だろうなぁ。
水族館の中を3人並んで歩く。中川と柳瀬が時々立ち止まって水槽を眺めて、俺は魚の1匹と目が合うと痙攣された。
そして魚達がお互いに合図をする。
魚達は優雅に泳ぎながら、その姿を増やしていく。そして勇ましくハートマークを水槽の中に描いた。
曲芸されてしまった⋯⋯。
とりあえず拍手を送っておこうかな。俺が拍手すると観覧者達にも拍手が伝播する。静かな水槽コーナーが一気に賑やかになった。
「柚木⋯⋯」
「目が合っただけだぞ」
「魚は思考が素直なんだねぇ」
水槽に浮かぶ銀色のハートマークの前を、家族連れや恋人達が長蛇の列を作っている。
疲れそうだけど大丈夫なんだろうか。俺が進めばそのうちやめるかな。
踵を返すと、あぁ、と背中で落胆の声が聴こえた。
「サングラスでもかけとけば?」
「俺はまゆじゃねぇ」
水槽から感じる視線が心苦しい。なるべく目を合わせないように気をつけるしかない。
島がまだ隔離されてなかった時は海が近かったから、よく魚と遊んだり乗せてもらったり楽しかったんだけどな。それに比べれば水槽の中は安全だけど狭そうだ。
でも、ひとが好きだと想いは聴こえてくる。
水族館も動物園も目さえ合わなさければ楽しいところだ。やっぱり人以外の生き物は安心する。
そして、しばらく歩いた先でお目当ての水槽に辿り着いた。
「じゃあ、1時間後に集合で」
「動かねぇ気だなコイツ」
「柳瀬、デザートでも食べて待ってよっかー」
後で文句を言われるのは嫌なので、俺は柳瀬と中川に手を振った。邪魔にならない位置でなるべく気配を殺してペンギンの姿をゆっくり楽しむことにする。
歩く動きが柚姫みたいで可愛い。あとフォルムが無駄がなく格好いい。
泳いでる姿も飛んでいるようでいいなぁ。俺は泳げないからなぁ⋯⋯。何度チャレンジしても海底に引きずり込まれるので柳瀬と中川からは水中禁止令が出ている。
立場上あまり贔屓は良くないのは分かっている。でも、見てるだけだから1時間くらい許して欲しい。
久しぶりに穏やかな気持ちでペンギン達の動きを楽しんでいたら、ふと、下の方から視線を感じた。
視線を下に下げる。
そこには、小学生くらいの髪の短い子どもがじっと俺を見上げて立っていた。
「お姉さん、目、きれー⋯⋯」
話しかけられた。
子どもと目線を合わせるためにしゃがみ込む。よく金髪の大人に話しかけられたな。物怖じしない立派な男だ。
「図鑑で見た地球みたい」
「そうか。ありがとう」
「お姉さんもペンギン好き?」
お姉さんじゃないけど。訂正して悲しませるのも何なので、今はそのままにしておく。
子どもは持っていたペンギン図鑑と書かれた分厚い本を俺に見せてきた。
「僕はね、ベンギン大好き!可愛くてねぇ、海の中では格好いいんだよ」
「分かる」
「友達は鳥なのに飛べないなんて変なのって言うけど、ペンギンは広い海を泳ぐんじゃなくて飛んでるの」
―――香流。生き物には無駄なことなんてないんだよ。
脳裏にあの人の言葉が浮かぶ。
あれはいつだったか。もう何度目かの空を飛ぶ鳥を見上げて、「おれも飛びたい」と零した日のことだった。
鳥になりたい。そしたらここから離れられる。
でも離れたらもう柚姫と賢吾と雲雀に会えなくなる。それはどうしても出来なくて、ぼんやりと空を眺めていたらじいちゃんがおれの手を引いて家にあげてくれた。
じいちゃんはちょっと古い鳥の図鑑を出してきた。
「じいちゃんもなぁ、鳥が好きなんだよ。特にペンギンが可愛くてなぁ」
「⋯⋯飛べないじゃん」
「飛べなくてもなぁ、ペンギンは海を飛んでるんだ!」
その時は言ってることがよく分からなくて、瞬きしながら固まったままのおれにばあちゃんはニコニコ笑いながらお茶を運んでくれた。
「香流。生き物には無駄なことなんてないんだよ」
「⋯⋯⋯」
「ばあちゃんとじいちゃんは、学校なんか行かなくても香流がここに来てくれたら嬉しいよ」
触れた手は、暖かくて少しカサカサと乾いていて。
「今度ペンギン図鑑買っといてやるからな!」
「⋯⋯ペンギンだけぇ?」
「おぅ、他に何が欲しい?」
そばにいてくれるだけでいいよ。
それは言えなかった。言ってはいけない気がした。ひた隠しにしている事を知られてしまえば気持ち悪いと言われてしまうような気がして、どうしても言えなかった。
「色んな生き物の図鑑がいい」
「じゃあ、大人になるまで読み切れないくらい買っといてやるよ!」
「おじいちゃん、家が潰れますよ」
「香流。ちゃんとここに来て読むんだぞ」
新しい図鑑はじいちゃんの本棚に並んで、結局ほとんど読んでたのは賢吾と雲雀だった。
だって。おれが欲しかったのは図鑑じゃなかったから。
「陸!ごめんね、赤ちゃんルーム混んでて!」
「ママ!」
「っぎゃー!す、すみませんすみません!うちの子がご迷惑をおかけしていませんでしたか!?」
顔を上げれば、賑やかな女の人が赤ん坊を抱いて息を切らせて慌てていた。
髪を振り乱して走ってきたのか、髪があちこちに跳ねている。よく見なくても目の前の子どもによく似ていた。すぐに親子だと分かる。
「あ、あーソーリーソーリー!?むすこライクペンギンで!」
なんかちょっと可哀想になってきた。とりあえず落ち着かせようと口を開いたら、急に肩が重くなった。
「見てー!1等賞当たったよ!」
中川が上にいる。
そしてちょっと重い。目の前の子どもがぱっと表情を綻ばせた。
「おっきいチンアナゴだ!」
「チンアナゴ?」
「ねー、でっかいよねぇ」
そう言われても見えない。真上で会話されても何を乗せられているのか視認できない。
「友達の相手してくれてありがとう、少年」
「!ううん。僕もありがとう、綺麗なお姉ちゃん達!」
子どもは母親へ手を伸ばして、母親は当たり前にその手を優しく繋ぐ。
そんな光景が、現世では続いていく。続いていけばいいと思う。子どもは毎日幸せな方がいい。
「まだ1時間経ってないけど、1等賞当たったからつい見せびらかしに来ちゃった」
「おめでとう⋯⋯でいいのか?」
「いや、重い⋯⋯。俺4等賞狙いだったんだよね⋯⋯」
ようやく頭の上から全長1メートルほどのでかいぬいぐるみが退けられた。
白と黒のよく分からない生き物が中川の腕に収まっている。そしてすごく見られている。目がでかい。
「どうすんだよそれ」
「どうしようこれ⋯⋯」
「そういや柳瀬は?」
「途中ではぐれたー」
「まぁそのうち帰ってくんだろ」
それにしてもでかいぬいぐるみだな。これを本気で持って帰るつもりなんだろうか、中川は。
「ねぇ柚木」
「なに」
「柚木もくじ引かない?」
「絶対ロクな結果にならないと思うぞ」
自慢じゃないけど勝負運はいい方だ。1等賞2つはさすがに邪魔じゃないだろうか。
「じゃあ4等賞狙いで当てて!」
「4等賞に何があるんだよ」
「手のひらサイズのチンアナゴのぬいぐるみ」
「普通に買えば?」
「分かってないなぁ。くじにロマンがあるんだよ」
まだ1時間経っていないのに、中川は俺の腕を引いて歩き出した。柳瀬と入れ違いになりそうだけど、中川は言い出したら聞かない所がある。
まぁ、ペンギン達のところへはいつでも来れるもんな。
次会う時、あの子どもはもう大人かもしれない。それまで好きなものを好きでい続けてくれたらいいなぁとぼんやりと考えた。
「お前らいい加減にしろよ⋯⋯」
結局、柳瀬から散々連絡が入っていたのにどちらも出なかったので怒られる羽目になった。
柳瀬が予約していたレストランは個室になっている。他に誰もいない時は柳瀬は絶対演技をしない。出来れば演技してくれてた方が説教は怖くないのにといつも思う。
「電話に出ねぇならスマホを携帯してる意味ねぇだろうが!」
「電源入れるの忘れてた」
「そもそも持ってきてない」
「それでも現代人か!」
バン、と柳瀬がテーブルを叩いた。
綺麗に磨かれたテーブルが揺れる。カチャカチャと食器が音を立てた。
「しかもクソ邪魔なもん2つも当てやがって!」
「まぁまぁ、交換して貰えたんだから結果オーライじゃない」
柳瀬の説教はいつもの事なので中川は全く気に留めていない。無駄に心の強い奴だ。
「柳瀬」
「なんだよ」
「運がいいのは悪いことじゃない」
「運の使い所が間違ってるって言ってんだよ⋯⋯。まぁ、そのお陰でお前らを見つけられたけどな」
巨大なチンアナゴのぬいぐるみを抱えた男2人(金髪と銀髪)はさぞ目立っていたらしく、館内を探し回っていた柳瀬は俺達を見つけた瞬間ものすごく深いため息をついていた。
巨大なぬいぐるみは近くにいた4等賞を当てた子ども達と交換して事なきを得た。白と黒、黄色と白の模様のチンアナゴのぬいぐるみを手に入れた中川はとても嬉しそうだった。
「中川がなんか食いたいっつーからフードコートまで行ったのに、気付いたら隣にいねぇしマジで俺を1人にすんじゃねぇよ」
「現世怖いのに何で毎回来たがるんだよ」
「だって島ん中にいるとずっと演技してなきゃなんねぇじゃん」
「柳瀬のあの喋り方嫌いじゃないぞ」
「俺も〜」
「お前らはいつも何でも許したくなる事言いやがって⋯⋯」
柳瀬がテーブルに突っ伏した。その時、コンコンと個室のドアからノック音が聴こえた。
柳瀬はがばっと身体を起こす。急に優美な雰囲気で座り直す柳瀬はやっぱりプロだ。純粋にすげぇ。
ウェイターはテーブルに料理を並べると、何も言わずに去っていった。ドアが閉められた瞬間、柳瀬はまたため息をついて吐き捨てるように言った。
「畜生、あのクソババア。俺は何年経っても女になんかならねぇからな」
柳瀬は母親ととある約束をしている。
その約束は絶対に教えてくれない。それでも教えてくれた内容は、今は女として生きなさいと言われているらしい。せっかく両性の姿を持つのに女の喜びも知らずに男でいるのは勿体ないというのが母親の言い分だそうだ。
柳瀬親子の性別をかけた大喧嘩は島中の建物を破壊して、俺の住んでた家ももれなく壊れた。最終的には母親の方が折れて、口調だけでもいいと言う権利を柳瀬が勝ち取ったのは高校3年生の時の話だ。
俺と中川はどっちでもいいと思っているけど、柳瀬はたまに毒抜きをしないとやってられないと泣きついてくる。それがいつもの現世行きの流れだ。
「はぁー、お前らといるのが一番落ち着く」
「柳瀬は相変わらず俺達の事が大好きだねぇ」
「うっせ」
またノックの音がした。真っ昼間から中川がワインを頼んだからだ。俺も柳瀬も何とも言えない顔で酒飲み天使を眺めていた。
「食べたらどこ行くの?」
「服買いに行く」
「マジで行くのかよ⋯⋯」
「俺だってなぁ!本当は木戸みたいな服着たりスカジャンだって羽織りたい!でも我慢してんだからお前も我慢しろ!」
「いや、全く理屈が分かんねぇ」
「俺が可愛くしなきゃならねぇなら柚木も道連れだ!」
「お前そんな事思ってたのかよ!」
なんか最近やけに女みたいな服選んでくるなと思ってたらそんな意図があったなんて知らなかった。
俺だって出来るなら石田みたいに年がら年中ジャージがいい。好きで猫耳とかカーディガンとか着てる訳じゃねぇ。俺の周りがうるさいからだ。
「もうずっとジャージでいいじゃねぇか!」
「そうしてたら母親から女でいる年数伸ばされたんだよ!ちゃんとした格好しろってよぉ!」
「柳瀬の事情に俺は関係ないだろ!」
「うるせぇ可愛いんだから協力しろ!」
「この見た目にしろって言ったの柳瀬だろ!?俺はもっとゴリラみたいなのが良かったのに!」
「うるせぇ原作に似せて何が悪い!俺は原作準拠寄りだ!」
一体何の話をしているのかさっぱり分からない。
柳瀬と口喧嘩で勝てた試しがない。押し黙る俺の隣で中川が呑気に「金目鯛だ〜」とご機嫌にしている。
ワイン飲んで魚食べてご機嫌だなぁ中川は。
なんかもう諦めた。はぁー、と肩を落とす俺を見て柳瀬が勝ったと小さくガッツポーズをする。
「柳瀬に勝てない⋯⋯」
「柚木ごときが勝とうと思えるあたり、まだまだ俺も甘ぇな」
「柚木、このなんかよく分からないプルプル美味しかったよ」
「煮こごりな」
もう柳瀬も上機嫌だ。中川と一緒にワインを飲んでいる。俺だけがちょっとだけ悔しい。
「今日のは全部奢ってやるから機嫌直せよ、柚木」
「柳瀬はお金持ちだねぇ」
「中川はそもそも金出す気ねぇだろ」
柳瀬が睨みつけても、中川は笑って誤魔化している。柳瀬もそれ以上は何も言わない。いつもの事だからだ。
「いいか柚木、経済は回していかなきゃダメだ」
「俺は何も言ってねぇけど」
「でも中川と木戸の金の使い方は間違ってるから見習うなよ」
「酒しか買わねぇもんな」
酒を覚えた悪い大人の典型例だ。中川はあははとニコニコ笑っている。否定も肯定もしないあたり心当たりあるんだろうな。
でもまぁ、柳瀬の言うことも一理あるな。どうせ死なない俺が金持ってたって仕方ないのは確かにそうだと思う。
「柳瀬は儲けるのも使うのも好きだよね」
「当たり前だ。金ほど面白いもんはねぇぞ〜。中川も、金ならいつでも貸してやるからな?」
「利息が怖いからやーだー」
「柚木は無趣味だから金の使い道ねぇもんな」
「とりあえず使ってんのは毎月の翔真と晃の給食費と生活費くらいかな」
「お母さん⋯⋯」
「何で母親側なんだよ!せめて父親だろ!」
この前翔真にもお母さんって言われたのを思い出す。俺のどこが母親だ。こんな男らしい母親がいてたまるか。
「お前んとこのわんこの方は未だに苗字ないんだろ?家族に迎えねぇの?」
「夏椎も帰ってきたし、どうなんだろうな。柚姫も賢吾も家族に迎えようって昔から言ってるけど、本人の意思もあるしな⋯⋯」
元々は夏椎の犬だしなぁ。俺達は最初からそのつもりだったけど、本人に拒否されてからは口に出さないようにしている。
あんまりしつこく言ってもなぁ。でも苗字がないと将来仕事する時とか困るような気もするし悩むところだ。
「ま、本人から何か言われてから考えようかな」
「出た、お得意の引き伸ばし術」
「木戸が長年悩まされてるやつ」
「アイツに関しては引き伸ばしてねぇ!何回も断ってるの知ってるだろ!」
「アイツが待つっつってんだから結論を急がなくてもいいのに」
「あのなぁ、俺と木戸が賢吾と石田みたいになったら嫌だろ」
柳瀬と中川はうーんと考え込んだ。
考えるだけで頭が痛い。そもそも木戸は女が好きなんだからそっちへ行けばいい。どうせ俺は色恋沙汰には疎いんだから。
「木戸に殺意が湧くな」
「柚木ガチ勢の意見⋯⋯」
「そう言う中川はどうなんだよ」
「柚木の意志を尊重するよ。俺は柚木の天使だから」
ねー。と中川が小首を傾げてきた。やっぱり中川は俺の安全圏だ。木戸なんかナイナイ、絶対ない。
「ほら、食ったら次行こうぜ。下校時間になったら夏椎達の特訓もあるんだから」
「はいはい。進展あったら絶対教えろよ」
「だから、ないって!」
後輩兼友人としては悪くないんだからそれでいいだろ。木戸だって俺が好意を見せたら気持ち悪いと思うに決まってる。
万が一にもないけど。
絶対、ないけど!
柳瀬と中川の視線を感じながら、俺は無理やり食事を喉に押し込んだ。
それからひたすら柳瀬に付き合わされた俺と中川は、最終的には諦めて無と化していた。ペンギンで終わりたかったと口に出さなかった俺は偉いと思う。




