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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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44/74

白兎事件編14(神と鬼・1)

児童虐待を仄めかす表現があります。ご注意ください。

(木戸)

 

 行き渋る夏椎と晃を見送った先輩は、黙って教会の扉を閉めた。

 華奢な背中を眺めながら、俺は悩んでいた。相変わらず背中も可愛らしくて抱き締めたいくらい細っこい先輩だけど、その背中が如実に物語っている。


 なんかさっきから機嫌悪いよなぁ。


 具体的には一緒に住みたいと言ったあたりからだ。いつも通りに振舞っているけれど、この人は案外分かりやすい。

 怒られる心当たりは数多くあれど、機嫌が悪くなる要因はさっぱり分からない。

 愛敬の代わりをすると言った時は機嫌悪くなさそうだったのにな。とか何とか考えていると、先輩がこちらを振り返った。

 とても綺麗な瞳が、もう隠すつもりもないのか不機嫌ですと分かりやすく俺を射抜いている。

 何その顔、可愛いんだけど。でもそれはさすがに口には出さなかった。


「木戸」

「はい」

「お前は俺を信用してないのか」


 あぁ、なるほど。不機嫌の理由が分かった。


「何でバレたのかなぁ⋯⋯」

「俺はお前に守って欲しいなんて頼んだ覚えはない」

「それは中学の時から嫌と言うほど聞かされてますよ」


 俺はわざとらしく肩を竦めた。この人が俺の言うことなんか聞くわけない。そんなことわざわざ言われなくったって分かっている。


「先輩にバレるなんて稼業に差し支えるわー」

「言い方腹立つな」

「先輩。気付いてた?夜中先輩の枕元に」


 俺が言い終える前に、先輩はウエストポーチに手を突っ込んだ。

 サイレンサー付きのハンドガンを2発。弾は空を切って彼方へと飛んで行った。それを見届ける前に、先輩がしゃがみ込む。

 俺が思い切り蹴り入れたからだ。そのまま、先輩の隣に立つ。


「黒い法衣に白い骸骨?」

「大正解!」


 今度は同時に走り出した。

 教会に被害が出るのは避けたい。背中からチリチリと焼けるような視線が付いてくる。


「そう言えばお前、光熱費の話は?」

「ちゃんと払ってるからいつでも泊まりに来ていいよ」

「じゃあ今から行くかぁ」

「俺ん家破壊しないで」


 教会から離れたところで、コンクリートを踏み込んで振り返る。

 襲撃者の姿は見えない。そのまま教会横のA地区へと続くゲートを、助走を付けて一気に飛び越える。

 視線はまだ付いてくる。姿を現さないのが鬱陶しい。


「俺、物理攻撃効かない奴嫌い」

「じゃあ俺に任せて」

「なら俺は足止めするか」


 先輩はいきなり速度を緩めた。え、と振り返る俺の目の前で、何かが先輩の首を撥ねようと振りかかる。

 先輩は寸で、ハンドガンでカバーした。先輩の銃には愛敬の魔力が込められている。ちょっとやそっとじゃ壊れはしない。

 けどめちゃくちゃびっくりした。なんてことするんだこのアホは!


「ちょっと先輩、急に路線変更するのやめて!」

「バーカ、ちゃんと着いてきやがれ!」


 くっそ、可愛いなこの先輩め。


 A地区の昼間の飲み屋街は、夜とは打って変わって人通りはほとんどない。

 俺は自分の中にある瘴気を一気に集める。つま先から頭のてっぺんまで向かって、自分の身体を覆う殻を被るように。

 鬼化と柳瀬は呼んでいる。自分じゃ見た目の変化はあまり分からないけど、どうやら角が生えてそれっぽくはなるらしい。


「いいなぁ、格好良くて」

「それはどうも」


 鬼化を使うとどこからともなく刀が手に入る。持ち運びしなくてもいい武器は便利だ。

 さて、縦横無尽に飛び回る死神もどきはどこかなぁ?


「死神さん、出ておいで」


 俺は親指で鍔を跳ねた。


 紙吹雪が舞うように、金色の飾り刃が縦横無尽に飛び跳ねる。

 黒い法衣がいくつか飛び散った。でもさすがに決定打にはなっていない。

 先輩は俺のすぐ後ろについた。俺の後ろに張り付きながら、目を凝らして(そら)を見上げている。


「先輩。どこにいる?」

「お前の右斜め上!」

「了解!」


 言われるがまま、俺は刀を一閃した。

 当たった感覚はない。矢継ぎ早に、先輩が澄んだ声を張り上げる。


「次は下!」


 今度は刃が掠れた音がする。お、と思うけどそのまますり抜けられた。

 先輩は次々と指示を出す。言われるまま刀を振るっても、致命傷には至っていない。あの死神もどき、アホみたいに速すぎる。


「マジで先輩の目欲しいわー」

「もう少し早く弾が出れば当たりそうなんだけどな」

「銃弾より目がいいの何なの?」

「森育ちだからな!」

「戦闘中に安易に萌えさせるの勘弁して」


 偉そうに訳わかんないこと言わないで欲しい。森育ちは何の免罪符にもなりません。


「仕方ない、ちょっとだけ借りるか」


 先輩が片手をあげると、A地区に住まう白蟻が何万匹と飛び出した。

 集合体恐怖症には背筋が凍るほどの光景だなぁ。中川さんが見たら卒倒しそうな光景の中、羽音と白が聴覚と視覚をつんざく。


「ねぇ、何で白蟻?」

「うわぁ⋯⋯」

「何で呼び出した張本人が一番ドン引きしてんの?」

「他に飛べる小さくて白い生き物が思いつかなかった⋯⋯」


 想像以上に多くて俺もちょっと引いた。A地区怖ぇー。


「でも、見やすくはなったな」


 黒い法衣が白い景色の中よく映える。

 さりげなく俺の後ろに隠れながら先輩は宙に向かって指をさした。


「尊い犠牲だ!一緒に斬ってこい!」

「まぁ一斉清掃に貢献すると言うことで」


 羽虫が纏わりついてさぞ鬱陶しいだろう。

 明らかに先程よりも動きが鈍っている。これなら俺でも捉えられる。


「鬼に〜金棒〜!」


 言われた通り白蟻ごと刀身を叩きつけた。

 刀身がパキパキと音を立てて変化し、無数の棘が黒衣に突き刺さる。

 パリン、と軽い音を立てて骸骨の面が割れた。

 そのまま黒い塵となって虚空へ消えていく。

 そして白蟻が地面に落ちていった。


「⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯」

「⋯⋯掃除しなきゃな」

「白蟻食べる生き物ってなんかいなかったですっけ?」

「ツバメとか?」

「先輩からはいつも鳥しか出てこないなぁ」


 俺は姿を戻してから、スマホで白蟻を食べる生き物を調べる。

 ツバメなんてこの辺で見かけたこともない。わざわざそのためだけに遠くから呼んで無駄に生態系を狂わせる訳にもいかないだろ。⋯⋯と思うのに、先輩は不服そうだ。


「クモ、トカゲ、ヤモリ⋯⋯この辺にいそうなのはこのあたりかな」

「ツバメ見たかったのに」

「選り好みしないの」


 呆れながら言うと、先輩はしぶしぶさっき並べた生き物を呼ぶ。俺はスマホをズボンのポケットに仕舞いながら、小さく息を吐いた。

 

 あの死神もどきは、高次の存在ではなかった。

 

 高次の存在だったなら、もう少し苦戦したはずだ。下手をすれば俺が死んでいた可能性もある。

 先輩への殺意は高かった。それでも、殺気の質が全然違う。

 

「呪い⋯⋯」


 龍司さんが言っていた、呪いと邪神信仰と言う言葉。

 あの夜。先輩の家に泊まった夜、俺は確かに見た。アレが姿を現したのはほんの一瞬で、それでも何とか焼き付けた姿は正しく死神そのものだった。


 それは、人が見てはいけない類の。


 川崎さんと石田さんが眠っていて安心したほどだ。アレに比べれば、さっきの死神もどきなんて可愛いもんだな。


「木戸」

「ん?」

「俺の家に来るのはいいけど、もう寝ずの番はやめろ」

「そっから気付いてたのね⋯⋯」

「お前が俺の側にいたがるのは決まって俺に何か起きている時だ。⋯⋯とさっき気付いた」

「ありゃあ、さっきか」


 あんまり偉そうに言えた事じゃないなぁ。

 なのに偉そうなこの人に思わずふっと笑ってしまう。


「ほら、やるよ」


 先輩は上着の中ポケットから何かを取り出して、俺に投げ渡した。

 小さな銀色のそれは、鍵の形をしている。いや、まさか。いいの?バクバク脈打つ心臓がうるさくて、上がる口角が止められない。


「⋯⋯これ、何?」

「俺の家の鍵」

「はっ⋯⋯!?」


 まさかの本物だった!


 途端に鍵が光り輝く宝石に見えてくる。もう絶対なくさない。これは俺のもの。返せって言われても絶対返さないぞ!

 

「言っとくけど、愛敬が帰ってくるまでだからな!あとお前は床で寝ろよ!」


 我ながら先輩の甘さに甘えきった杜撰(ずさん)な計画だと思ってたのに、まさか許可が下りるなんて。


 えっ、いいの?マジで?


 でも違うな。意図が違うよな。


 ここで先輩の信頼を失うことはしたくねぇー。


 でもこれって普通に生殺しじゃねぇの?え、俺の純愛まだ試されてる?


「ちゃんと森谷さんに頭下げに行きます⋯⋯」

「何で森谷?」


 とりあえず鍵を掲げて拝んでおいた。

 視界の端に映る先輩は、白蟻レベルでドン引きしていた。


 

 あの死神もどきは速くて鬱陶しかったとはいえ、先輩と共闘出来て楽しかったなぁ。やっぱり先輩と共闘するのは楽しい。何が起こるか分からないからワクワクする。

 ご機嫌に教会へ戻ると、中川さんがひらひら手を振りながら出迎えてくれた。


「おかえりー。倒せた?」

「ばっちりでーす」

「中川も気付いてたのか」

「柚木が気付いてないあたり、やっぱり上絡みかぁ。俺がじゃんけんで負けて良かったねぇ」


 あははと中川さんは笑っている。

 先輩がジトリと見上げると、中川さんはいつもの飄々とした様子でナイナイと手を振った。


「邪神ってさぁ、腐っても神なんだよ。天使の俺には手を下せないもん。俺より木戸の方が適任だよー」

「柳瀬は?」

「柳瀬はA地区の管理で忙しいから時間を割けないでしょ。ただでさえ愛敬いなくなったし⋯⋯」

「でかいな、愛敬の存在は⋯⋯」

「そりゃ勇者様ですから⋯⋯」


 愛敬がいなくなって一番困っているのは柳瀬かもしれない。


「昨日もみんなでビアガーデンしたよって話したら「次は俺も呼べ。お前ら全員はっ倒す」って怒ってたよ」

「素が出てんじゃねぇか」


 愛敬がいなくなって一番困っているのは柳瀬だった。


 その割には俺が警察庁に行くって言ったらあっさり許可してくれたけどな。いつもなら先輩のとこ行きたいって言っても何かしら仕事探して振ってくるくせに。

 考えていると、先輩が今度は俺の顔を見ていた。嫌そうな顔も可愛いけど、あんまり眉間に皺を寄せられるとちょっと悲しくなってくる。


「そんな嫌そうな顔しなくても⋯⋯」

「苦渋の決断⋯⋯」

「心配しなくてもちゃんと大人しくしてますよー」

「ちがう。⋯⋯嫌なんだよ。子どもの方を見られんのが」


 そっちかー。


 そっちかー!


 やったぁ!毎日拝もう!気配を殺して寝顔を眺めて幸せを蓄えよう!


「ニヤニヤすんな!」

「え?してた?ごめん!」

「やっぱり鍵返せ!」

「やーだー!」

「あのさぁ、遊んでるとこ申し訳ないんだけど」


 中川さんはすんっと笑顔を消してスマホの画面を俺達に見せてきた。

 一気に俺の体温が下がる。


 スマホには一言。


『22時ヒツギの店』


 と柳瀬からのメッセージが表示されていた。

 


 ★★★★★


 

(柚木)


「で?何か俺に言うことねぇの?」


 店に入るなり座れと指示された俺は、柳瀬の向かい側でとっても殊勝(しゅしょう)に肩を落としていた。

 昔から柳瀬の説教は苦手だ。長いし正論がキツい。鉛玉を連発されて心が撃たれる。


「ごめんなさい」

「お前なぁ、報連相が大事だって昔から何度も言ってるよな?俺があのクソ狸の相手してる間肉焼いて遊んでたのはいいんだけどよ。小波(さざなみ)いなくなったならすぐ連絡して来いよ。小波がどんだけ俺に貢献してるかお前も知ってんだろ?」

「普通に忘れてた⋯⋯」

「お前が毎日忙しいのは知ってるけどよ。俺も忙しいんだわ!調査と店と縄張り争いと失踪やなんやかんやで小波の仕事全部こっちに回って来てんだよ!」

「柳瀬、いつもありがとう」

「素直!許す!」

「柳瀬も丸くなったねぇ」


 中川がグラスに入った透明の飲み物を飲みながらしみじみ零した。柳瀬はきっと中川を睨みつける。


「中川もちょっとは手伝えよ!」

「やーだぁ。柳瀬いないと回らない仕事ばっかだもん」

「まぁじでよ〜!取り繕う暇もなくて店放棄してきたっての」


 はぁー、と柳瀬は深いため息をついた。


「朝から張り付けすぎてもう笑顔出ねぇ。明日からまた頑張る」

「柳瀬は偉いなぁ」

「おい柚木。木戸のこと貸してやるんだから死ぬんじゃねぇぞ」


 柳瀬は腕を伸ばして俺にデコピンをした。

 柳瀬のデコピンは別に痛くない。良かった、説教がこれくらいで済んで。


「俺が行ければいいんだけどよ。この現状でこっち放棄する訳にいかねぇからな」

「俺も柳瀬が良かった」

「知ってる」


 ふ、と柳瀬は口角を上げた。

 そして椅子にもたれて腕を組んだ。取り繕うことを止めた柳瀬から、もうさっぱり笑顔が消えている。


「柚木。小波に聞いてお前も知ってんだろ。あの例の童貞失踪事件」

「もうちょっとオブラートに包んでやれよ⋯⋯」


 隣のテーブルの木戸が憐れむように呟いた。柳瀬は無視して話を続ける。

 

「その事件にお前の保護してる兎が絡んでる可能性がある」


 兎?⋯⋯あの子どもの兎が?


 その事件は昼間も学生達から聞いた。若い男が(さら)われて臓腑(ぞうふ)を抜かれるという趣味の悪い事件だ。警察庁内でも話題に上がっていた。


「実行犯は若い女だ。性搾取を生業とする種族が多い」

「せいさくしゅ」

「考えなくていいから、話だけ聞いてろ。それに、あの獣人の子どももそれに加担していた疑いがある」


 あ、ダメだ。


 気持ち悪い。視界がくらくらする。


「いやいや、まだ子ども⋯⋯だったぞ⋯⋯」


 ダメだ。俺は()()()()()

 子ども相手でも『アイツら』は容赦ないんだ。

 ぞわ、と背筋に鳥肌が立つ。

 思い切り頭を振った。ひどく手が冷たい。聞きたくない。でも、柳瀬が話すならこれは必要な話だ。


「柚木。あの白い兎が放置されてた場所は学校区だ。あそこの管轄はお前が良く知る男だ。分かるな?」

「―――まゆ」

「アレはお前をおびき寄せるための罠だ。運良く志賀龍司の息子が拾っただけで、狙いは(まゆずみ)くんで間違いない。アイツらはまだ志賀龍司の息子の有用性を知らないからな」


 まゆが危ない?


 立ち上がった俺の腕を、中川が引いてくる。


「落ち着け。もう狙いはお前に変わってる」

「⋯⋯っ、そんなこと何で分かんだよ!」

「そもそも黛くんが狙われたのはお前んとこの職員がA地区でお前と黛くんの友人関係を話していたからだ。必要なのはお前への架け橋であって、生贄じゃない」


 意味が分からない。

 なんだよ、生贄って。言われてることも柳瀬の言いたいことも分からない。

 まゆがいなくなったら、俺は生きていけない。ぐちゃぐちゃな思考をかき消すように、柳瀬が俺の目の前で大きな音を立てて手を叩いた。


「柚木。命を狙われてるのはお前だ」

「⋯⋯⋯お、れ?」

「お前があの兎と接触した時点で、もうお前の家が特定されている。兎の血が発信機だ」

「⋯⋯賢吾も、まゆも、ねらわれてない?」

「アイツらの狙いはお前だ。お前だけだ。だから、安心しろ」


 がくんといきなり腰が抜けた。

 それならいい。家族がいなくなったら嫌だ。いなくなるのは嫌だ。


「⋯⋯良かったぁ」


 心底、ほっとした。


「いや良くはねぇんだよ。お前と木戸が2人がかりで倒したアレがまた出てくるかも知れねぇんだぞ」

「でも、命を狙われてるのは俺だけなんだろ?」

「何のポジティブシンキングだよ、バカ」


 柳瀬はべしっとチョップを繰り出した。痛いけど、痛くない。笑っていたら、柳瀬に抱き締められた。


「とにかく、小波があっちへ行ったのはむしろ好都合と捉えてもいい。俺は火の車だけどな。アイツなら1人でも何とかなるだろ」

「俺もそれは思ってた。愛敬が敵の本拠地ぶっ潰してくれねぇかなって」


 ようやく肩の力が抜けたような気がした。

 俺のことなんてどうだっていい。家族がいなくならないなら殺されたって構わない。

 でも、殺されたら家族が悲しむから、殺されるわけにはいかない。なんだか纏まらないふわふわした気持ちでいる俺の頭の上に、中川が覆い被さってくる。さすがにふたりはちょっと重い。


「こんな話聞かせてごめんな」

「何で柳瀬が謝るんだよ」


 俺はぽんぽんと柳瀬の頭を叩く。

 あの兎の獣人は保護するべきだった。どう言う経緯であれ、子どもが傷付いているなら助けるべきだ。まゆだって俺だってそう判断した。

 その判断が間違っていたとは思わない。その結果が自分を危険に晒すことになったって、俺のことなんてどうでもいい。それに、そんな事は昔から慣れている。


 ただ。


 まゆを使おうとしたことだけは気にくわない。


 ざわざわとした不快感が胸を襲ってくる。

 俺の家族に手を出そうとしたことだけは許せない。それだけは許してはならない。


「俺の家族に手を出そうとした事を後悔させてやる」


 ———奴らを探し出して制裁を加えなければ。



 

 この地球に足を踏み入れたからには逃がさない。

 島中の動物達がざわめき出す。草の根分けてでも奴らの居場所を探し出せ。その命令の元すべての生き物が意を持って神に付き従う。


 同時に中川が手刀を、柳瀬が頭突きをくらわせた。


 そして柚木は床に倒れた。



 ★★★★★


(木戸)


「相変わらず容赦ねぇなぁ⋯⋯」


 倒れた先輩はヒツギがお布団を用意してくれたお陰で、すやすやと心地良さそうに眠っている。

 白いおでこが赤くなっている。子どもの姿なのに可哀想に。それなのに柳瀬も中川さんもあっけらかんとしている。コイツら本当に親友か。


「柚木の暴走はすぐに止めないと。後で俺達がすごく大変な事になる」

「俺達のトラウマだからな⋯⋯」

「トラウマ⋯⋯」


 つい口からその単語が滑り出た。

 こんなに可愛くて愛らしくて堪らない先輩が、あんなに取り乱している姿は初めて見た。

 俺が知ってる先輩は、命を狙われた時ですら楽しそうに笑って迎撃している能天気な人だ。それが、あんなに怯えて真っ青になるなんて。

 俺が座り込んで先輩を見つめていると、席に戻った柳瀬がグラスの酒を(あお)った。


「お前らには隠してたからな」

「⋯⋯そうなんだ」

「胸糞悪ぃ話だよ。聞きたい?」


 中川さんも黙って席につく。

 じっと見つめる2人の視線を受けた俺は、首を振った。


「本人から聞くから大丈夫です」


 俺が出した答えに、あらぁと柳瀬が嬉しそうに口元に手を当てる。


「やだ。成長したわねぇ、蓮ちゃん」

「俺も香流に話してないことたくさんあるし、寝てる間に聞くなんてフェアじゃない」

「相変わらず純愛(こじ)らせてるわねぇ」


 悪かったな。それは否定出来ないけど。香流のことは昔から見てきたから。

 微かに曇る香流の表情も、ちゃんと覚えている。その理由を俺は知らなかったことは少し寂しいけど、香流が俺に話したくなかったことを無理に知りたいとは思わない。

 香流の気持ちを大事にしたいよ。

 ずっと好きだから、出来ることなら魂ごと大切に守りたい。


「今日、ロゼッタが香流と結婚したいって言ったじゃん」

「は?」

「俺、マジで無理だって思って。9歳の子どもに本気で焦るくらいやっぱり本気で好きだから、大事にしたいんだよ」

「は?ロゼッタが?どう言うこと?」

「あぁー木戸ぉーめんどくさい事になったぁー」


 視界の端で、中川さんが今度は柳瀬に揺すられている。

 俺は見て見ぬ振りしながら、香流の頬に手を添える。柔らかくて白い、子どもの肌だ。何があったか知らないけど、もうあんなに悲壮な表情はさせたくない。


「拒絶だけはされないように大人しくしとく」

「お前にしては殊勝な心がけだな」


 カウンターの向こうからヒツギが苦笑した。俺は香流から手を離して、黙ったまま席に戻る。

 

「木戸」


 柳瀬に声を掛けられて目を向けると、目を回した中川さんがテーブルに突っ伏していた。その前に座りながら、柳瀬は地を這うような低い声を出す。


「ロゼッタには俺から話をつけておくから」


 あぁうん、ロゼッタは嫁にはやらねぇから安心しろ。ってことかな。

 俺は呆れながら、首を縦に振った。


灯護(とうご)、任せた」

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