白兎事件編12(ロゼッタ)
(夏椎)
「いやぁー、ラッキーだったねぇ魔道具手に入って」
喫茶『兎の目』で、4人がけテーブルに座った木戸さんがポケットから妙な宝石のついたアクセサリーを取り出した。
木戸さんの前には香流さん、その隣に翔真が座っている。カウンターには中川さんと小さな女の子、俺と晃がそれぞれ座っていた。
お店の中は貸切のようになっている。エリックさんが気を使って立て看板をCLOSEDに変えてくれたからだ。
「木戸がモテるのも役に立つことがあるんだねぇ」
「ごめんね、先輩。ヤキモチ妬かせちゃって⋯⋯」
「は?」
一文字だった。木戸さんはめげずに悲しい表情を一瞬で切り替える。
「その魔道具って、普通に売ってるものなんですか?」
当然ながらアメリカでは見たことがない。木戸さんは桃色の宝石のついたネックレスを手に取って、風車のように指で回す。
「A地区にはゴロゴロあるけどね。こっちはどうなの中川さん」
「魔道具屋さんはあるよぉ。うちの子も持ってるけど、毒無効とか魔物避けとかそういうお守りみたいな魔道具があるんだよね」
「なんだかRPGみたいですね」
付加価値のある宝石のようなものか。納得してテーブルの上の魔道具を見ても、見ただけでは分からない、ただのアクセサリーに見える。
「そんな禁止されているアクセサリーを付けて、何でまた警察に⋯⋯」
「そりゃ、警官を手玉に取れば禁則事項なんか揉み消せるからでしょ」
ネックレスを手のひらで受け止めて、木戸さんはテーブルに頬杖をつく。
そんな姿も様になってるのに、好きな人に一切相手にされていない残念な人だ。その好きな人は呆れたように眉間に皺を寄せている。
「出てきたのが俺で良かった」
「香流さんには魅了の魔道具は効かないんですか?」
「⋯⋯効かない」
答えにくそうな顔で答える香流さんをじっと見つめていると、香流さんはぷいっと顔を逸らした。
「俺にも効かないよぉ。だって俺は天使だもん」
「俺にも効かないよ。理由は内緒だけど」
中川さんと木戸さんが笑いながら香流さんのフォローを入れた。
それから、木戸さんは俺と晃に向かって指を立てる。
「2人にも効いてなかった」
「子どもだからですか?」
「いいや?なぁ、翔真。お前は先輩の側にいて大正解だったよ」
確かに翔真は香流さんの側にいたけど。
木戸さんに言われて、翔真は香流さんの腕にぎゅっとしがみつく。
「なんか、変な感じはした⋯⋯。あのお姉さんのこと守らなきゃってザワザワしたよ」
「子犬だから効果が半減してたんだろうな。実際は人間の男ならイチコロだと思うよ」
「なら何で俺と晃は無事だったんですか?」
「魔属性が混ざってるから」
そう言われて、納得してしまう。確かに俺には異種族の混血が流れている。それに、晃は魔族寄りだと香流さんが言っていた。
だから、何も感じなかったのか。魔道具が効かないとは良いことを聞いた。現時点で何に活用できるかは甚だ不明だけど。
「その魔道具はどうするの?」
「警察庁に持って行きますよ。だって今の俺は先輩の相棒だから〜」
「許可してねぇけどな⋯⋯」
香流さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。そもそも、愛敬さんって香流さんの相棒枠だったんだ。
「みなさんは⋯⋯昔からの友達なんですか?」
「そう!それ気になってた!おれ2人のこと一度も見たことないよ!」
「そりゃあずっと隠れてたからねぇ」
え、と翔真の目が点になる。
「翔真くんと晃くんが人間不信って言うのを聞いてたから、俺達は会いに行かなかったんだよ」
「う⋯⋯」
「愛敬は2人を拾った時一緒にいたから時々見に行ってたみたいだけどね。それに俺達は俺達で忙しかったしねぇ」
「ですねぇ」
木戸さんが腕を組んで同意した。昔のことは詳しくは聞かされていないけれど、街の人達がみんないなくなったことは聞いている。
それを10年やそこらでここまで発展させたのは、改めて考えるとすごいことだ。
「俺は柚木の家にしょっちゅう遊びに行ってるよ。お揃いマグカップも置いてあるもんねぇ」
「羨ましい⋯⋯」
「今でも最低月1回は遊んでるよね。夏には川でバーベキューしたし!」
「直火で魚焼くの楽しかった」
「真剣な先輩も可愛かった」
「いいなぁ⋯⋯」
子犬の翔真は素直だ。中川さんはにこりと柔らかく微笑みかける。
「またいつでも出来るよ」
「⋯⋯次は一緒に行ってもいい?」
「もちろん、いいよ」
「えへへ。やった」
喜びを表現するように、ふわふわと翔真の尻尾が左右に揺れた。
俺はあんまりバーベキューしたいとは思わないけど。ちらりと晃を見ると、晃は深く頷いた。何に対しての頷きなのかはよく分からない。
「いいなぁ、ロズも行きたいのに」
ミックスジュースのストローをがじがじと噛みながら、女の子がじぃっと香流さんを見つめている。
白く透き通る肌に萌葱色の瞳がまるでお人形のようだ。何だか少し怖いと感じてしまうほど美しいのに、膨れる頬が幼くてひどくアンバランスに感じてしまう。
「もう少し大きくなったらな」
「むー」
「あの、中川さん⋯⋯」
「ん?」
中川さんに声をかけると、こてんと首を傾げてくる。
その姿が愛らしくて、天使だということが頷ける姿だった。天界で見た天使達とはまた少し違う、中川さんは異質な美しさを有している。
「その子は、A地区に住んでいるんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。ロゼッタの説明がまだだったね」
中川さんは拗ねたままの女の子を膝に乗せた。頬をぱんぱんにしていた女の子が、風船が萎むようにぷしゅーと空気を吐き出す。
中川さんはくすくす声を上げて、ロゼッタさんの頭を撫でた。
「ロゼッタは10年前、島の人間のほとんどを取り入れた『赤い石』の具現化だよ」
「⋯⋯!」
赤い霧の中で、香流さんから聞いた話を思い出す。
『島の人間の生命を根こそぎ奪った異界の飛来物』
その光に飲まれて、祖父も、幼稚園の子ども達や保護者も、先生も、みんないなくなった。
俺が全て自分で殺したと思い込んでいた。けれど、そうではなかったと言う本当の原因。
香流さんは俺が晃を助けたと言った。下手をすれば、晃も同じように飲まれていたかもしれなかったという恐ろしい事実。
俺は晃を見上げる。晃は首を傾げた。無表情の中に、今日も俺は可愛いなと思っている顔をしている。
いつも通りだ。俺はほっとした。
「あれから光も出ないしもう影響はないのかなと思ってるんだけどねぇ。念の為俺達で保護してるんだよ」
「中川さんは⋯⋯」
大丈夫なんですか?と聞きかけて、口をつぐんだ。
ロゼッタさんはきょとんとした顔で俺を見上げている。その表情があまりにも普通の人間の子どものようで、投げかける言葉が酷いもののように思えたからだ。
「さっきも言ったけど、俺は天使だからね。俺を害する全てのものは俺に届かないんだよぉ」
「天使ってそんな強いんですか!?」
「いやぁ。中川さんが特別なんだよ。他の天使と同じようにくくっちゃダメです」
「えへっ」
中川さんは手を丸くして頬に添える。その仕草が似合っていて可愛いけど、どこかあざとい。
「『赤い石』に飲まれなかったやつらはほとんど人間じゃない。翔真も晃もそうだろ」
「確かにぃ」
「動物達も飲まれなかった。だからロゼッタは完全な人間体なんだろうな」
「⋯⋯その、当時の島の人達って」
「おおよそ5万人」
香流さんは淡々と答えた。
香流さんから発せられたとは思えないほど、とても静かな声だ。
「ロゼッタはね、人間の魂を吸収した後に赤ん坊に生まれ変わったんだよ。今年10歳になりまーす」
空気を切り替えるように、中川さんが明るい声でロゼッタさんの手を上げさせた。
張り詰めた空気がふっと緩むのを感じる。
「ロズ、立派なおねえさん!」
「ほら、自己紹介出来るかな?」
2人はほのぼのとしたやり取りをしているのに、全然心温まらない。俺は警戒しながらロゼッタさんをじっと見つめる。
この中で人間というくくりに当てはまるのは晃だけだ。今は魔族の血が流れていても、元来人間であったことがどう作用するのか分からない。
「柳瀬ロゼッタです!9歳です!好きな食べ物ははちみつきな粉パンです!」
自己紹介が普通に可愛かった。
事情を知らなければつい絆されそうになる。でもこの子は大量殺人の大元だ。
俺が毛を逆立てるように警戒していると、妙な間があってからロゼッタさんがきょとんと首を傾げた。
「お兄ちゃんも自己紹介は?」
「えっ」
「ロズ、お名前言ったのに⋯⋯」
しょんぼりされてしまった。俺の良心がズキズキと痛んでくる。
脅威である子ども相手にどう対応していいのか判断が出来ない。これまで大人しか相手にしてこなかった仇だ。
「⋯志賀、夏椎です⋯⋯」
小さな子どもにずっと警戒できるほど俺の精神は強くはなかった。
負けてしまった俺を晃が朗らかな顔で眺めてくる。一体誰のために警戒してると思ってるんだ。腹が立ったので脳天にチョップをしておいた。
「夏椎、大丈夫だよ。ロゼッタは今のところなんの影響もないから」
魔道具を並べて写真を撮る木戸さんは、俺の緊迫した空気にそぐわないのんびりした口調だ。
「まぁ、今のところ穏やかに育ってるなら大丈夫だろ」
香流さんもため息混じりに肩の力を抜いた。香流さんの緊張が緩んだことで、翔真の尻尾がまた左右に揺れ始める。
「ロゼッタちゃんはどこに住んでるの?」
「A地区で柳瀬が預かってる」」
「A地区って、やばい人達がたくさん住んでるあの⋯⋯!?」
そう言えばクラスの人達もそんなことを言っていた。柳瀬さん、ってあの氷のように綺麗な人⋯⋯だよな。なんとなく背筋に薄ら寒さを感じる。
黙り込んでいると、ロゼッタさんがぴょんと中川さんの膝から飛び降りた。
ロゼッタさんは俺の膝に手を乗せて、小首を傾げた。まん丸い大きな瞳が俺の本質を覗こうとしているようで、俺は思わず視線を逸らす。
「お兄ちゃんから不思議な匂いがする」
じっと見上げてくる瞳は無邪気そのものだ。俺が香流さんに助けを求めると、香流さんはこちらを眺めながら静観の姿勢だった。
「あの⋯⋯」
「どこまで言ってもいいんだ?」
何も言わないのは香流さんなりの気遣いだったらしい。俺はそんな芸当が出来る香流さんに驚いた。
「何だその顔⋯⋯。俺だって空気くらい読めるわ」
「すみません⋯⋯。これまでの経緯を考えると成長したなぁと思って」
「大丈夫、先輩はいつだって空気読めないよ」
「たまに奇跡が起きるだけだよ」
「悪かったな!」
ご友人の評価も俺と対して変わらなかった。香流さんはむすっとしながら、テーブルに頬杖をつく。
「ロゼッタ。夏椎の中身は異種族配合だ。外見は人間だけど、中身は色んな血が混ざっている」
「異種族配合⋯⋯?」
ぴく、とロゼッタさんの耳が反応した。それから、キラキラと目を輝かせる。
「すごい!だから色んな匂いがするんだ!」
「翔真、晃。お前らが犬や人間でなくなったのも夏椎の血を取り込んだからだよ。そのおかけでロゼッタに殺されなくて済んだんだけどな」
「ロズ、いーっぱい殺したけどもう殺してないよ!」
この子、すごく朗らかにすごく怖いことを言う。
「じゃあ、夏椎がおれと晃を助けてくれたってこと?」
「さすが夏椎」
「俺は知らなかったんだから偶然だよ」
2人のキラキラした視線に、俺は慌てて弁明する。結果的にそうなっただけであって、意図して助けたわけじゃない。
それに俺は2人を忘れてアメリカで暮らしていた身だ。2人を親も大人もいない過酷な環境下に置いてしまった責任があるんだから、手放しに助けたとは言い難い。
「あ。じゃあ、夏椎はやっぱり人間じゃないの?」
「やっぱり?」
「だって、ただの人間が神獣さんふたりとやり合えないでしょ」
「そうでもないけどねぇ⋯⋯」
ぼそりと中川さんが呟いた。顔を上げる俺を見て、中川さんはにっこりと笑みをつくる。
「夏椎は人間ではないけれど、外側は人間だから人喰いが寄ってくるんだよ」
「そっか、そのための特訓⋯⋯」
「そう。せっかく帰ってきてくれたんだから、夏椎を危ない目に合わせたくないだろ」
「それはそうだな」
晃が俺の背中を叩いた。表情は分かりにくいけれど、多分励まそうとしてくれてるのは分かる。
「大丈夫だよ!人間じゃなくたって、夏椎はおれの大事な友達だから!」
「翔真⋯⋯」
「おれ、強くなるよ!強くなって悪いやついっぱいやっつけるもん!」
なんて心強い宣誓だろう。
胸がじんと熱くなる。やっぱり翔真は大切な友達だ。人間の姿に変わったとしても、あの頃と何も変わらない。
「いいお友達がいて良かったなぁ、夏椎」
「木戸さん。俺この島に帰ってきて良かったです」
「そーかそーか。でもこの島には悪い大人もいるから気をつけるんだよ」
「悪い大人筆頭が何言ってんだ」
「本当だよ」
「俺は今は正義側!ですからね!」
香流さんは呆れ混じりにため息をついた。肩を落としたまま、じとりとした目を中川さんへ向ける。
「なんで中川が相棒役になってくれなかったんだよ」
「いやぁ、本当は俺が行くつもりだったんだけど。じゃんけんで負けちゃったから⋯⋯」
「大事なことをじゃんけんで決めんな!」
「やだなぁ、ちゃんと大人しくしときますよ。だから先輩、愛敬が帰ってくるまで家に泊めて」
香流さんと中川さんはこくりと頷き合った。
「2人がかりならいけるな」
「木戸にとって俺は相性悪いもんね」
「あっ、違うんです。そういう意図があるわけでもないわけでもないんだけど、俺今マジで手持ちがなくてですね。電気もガスも止められてて!浮浪者が警察庁出入りする訳に行かないでしょ!?」
木戸さんの言い訳じみた言い分を聞いて、香流さんはふーんと冷たい目を向けている。
「全く信用ないですけど、何やらかしたんですか?木戸さん」
「前お泊まりした時、寝てる先輩のおでこにちゅーしました⋯⋯」
思ったより可愛い理由だった。おでこにちゅーくらい父さんはしょっちゅうしてくるけどな。
香流さんは冷たいどころか氷点下の瞳で木戸さんを見上げている。隣の翔真も同じだった。ついさっき兄弟になったばかりのはずなのに、何故かふたりともよく似ている。
「寝込み襲うなんてサイテー」
「だって可愛かったんだもん!今度こそちゃんと我慢するから!」
「⋯⋯まぁ、住むとこねぇなら仕方ねぇよな」
香流さんのいつもの澄んだ高めの声から、こんな声が出るのかと思うほど低い声が発せられた。
「いいけど、愛敬が戻ってくるまでな」
「やった!」
「ただし俺は賢吾の家に行く」
「やだなぁ。恋人達の時間邪魔しちゃ怒られますよ」
「⋯⋯⋯」
香流さんが黙り込んでしまった。
これは(それもそうかもしれない)と思ってる顔だ。素直な香流さんを畳み掛けるように、木戸さんはすらすら話し始める。
「ちゃんといい子にしますし、言われた通りのお仕事しますし、なんならお給料とかいらないですから。しっかり勤めを果たさせていただきますので!」
「うぅーん⋯⋯」
「俺いい子だよなぁ!?なぁロゼッタ!」
「うん!蓮はいい子!」
ロゼッタさんの純粋無垢な返答が悪魔のように見える。
隣の晃も木戸さんの必死さに引いている。翔真に至ってはポメラニアンがゴールデンレトリバーにレベルアップしていた。当の香流さんだけが絆されてグラグラ揺れている。
「木戸、柚木の優しさにつけ込むのは悪だよ⋯⋯」
「はい、俺は鬼ですからね!」
「鬼を免罪符にするんじゃないよ」
「―――分かった」
全員がえっと声を上げて香流さんの方を向いた。
香流さんは真っ直ぐに木戸さんを見つめる。
「なら俺が木戸の家の光熱費払ってやる」
真面目な顔でものすごい斜め上の解答が来た。
前から薄々思ってたけど、香流さんって天然なのかな。ストレートが曲解して返ってくる脱力感には俺も覚えがある。
「賢吾と石田に気を使わせるくらいなら俺が金出した方が早い」
「俺と先輩が一緒に住めば良くない?」
「お前はそのまま出て行かなくなりそうだから嫌だ」
キッパリと香流さんは言い切った。
「大体俺の部屋見ただろ。男2人が暮らせる部屋かよ」
「ベッド狭かったよね!」
爆速で翔真が頷いている。まるで水を得た魚のようだ。
「と言うことで今からお前の家に行くぞ。ロゼッタ、柳瀬の家まで送るよ」
香流さんは席を立ち上がって、エリックさんにお金を渡してさっさと出て行った。翔真が尻尾を振りながら後に続いて行く。
中川さんは静かにお腹を抱えて笑っていた。
「ほんと、何なんだあの人は⋯⋯」
木戸さんは大きなため息をついた。
「何でそんな結論になるかなぁ。俺の言い方そんなに悪かった?」
「残念でしたね、目論見が外れて」
「でもそういうとこが可愛い〜⋯⋯」
木戸さんは手のひらで顔を覆って、にやける顔を隠している。
今回の軍杯は香流さんが勝ち取ったようだ。




