白兎事件編10(魔王と息子のお出かけ)
(柚木)
酔っ払い達を部屋へ押し込んで、何とか眠りについた頃にはもう夜中の2時を回っていた。
朝起きて、眠い頭を動かしながら子ども達を起こしに行く。少しだけ愚痴を零して帰ってくると、木戸が朝食を作っていた。食べる場所が足りないので床に座って食べることになったけど、石田はキャンプみたいだと喜んでいた。良かったな。
賢吾と石田とは玄関で別れた。帰りたくないと駄々をこねる木戸とそれを引きずる中川を警察庁の入り口まで見送って、愛敬と一緒に正面玄関から警察庁に入る。
中はもういつも通りの光景だ。
1階では市民用の窓口が稼働し、奥でいつでも出動できるように厳つい同僚達が有事に備えている。
俺と愛敬を見つけると、もれなく全員会釈してきた。愛敬はにこにこ手を振っている。俺は片手を上げて、眠い体を引きずってエレベーターへ向かった。
「愛想悪いですねぇ」
「お前が愛想いいんだからいーの。相棒だろ」
「可愛いのに勿体ない」
可愛いと言われても全然嬉しくない。
地区長室は19階。もうまゆは出勤してるはずだ。
エレベーターの扉が開く。とても眠いので真っ直ぐB地区長室へ向かった。
歩きながら俺は愛敬に宣言する。
「愛敬、俺は1時間くらい寝る」
「シャッターチャンス?」
「お前のチャンスは俺のピンチなんだよなぁ」
ノックもせずB地区長室を開けると、まゆはもう出勤していて、いつも通り書類の山に埋もれている。
ガサガサとテーブルの上の書類を避けて、寝るスペースを確保した俺は話も早々に切り上げてもう寝ることにした。
「香流、香流。起きろ」
「⋯⋯ん」
ぽんぽんと大きな手で背中を叩かれて、おれはうっすらと目を開ける。
ぼんやりした頭で考える。ここはB地区長室。そして制服がでかい。どうやら寝ている間に子どもの姿になってしまっていたらしい。
すぐに体内のマナを循環させて、外観へ反映させる。構築する姿形はもう何年も付き合っている黒髪の姿だ。
髪色まで変えるのは本当は少し面倒くさい。でも、髪色くらい変えとかないとすぐ正体バレるわよと柳瀬がうるさいので仕方なく言う通りにしている。
「森谷。帰ってたのか」
「ただいま」
まだ眠い頭を引きずって見上げると、ニコニコと嬉しそうな森谷がいた。当たり前に頭を撫でるのをやめて欲しい。手で払って睨んでみても、森谷はとても機嫌が良さそうだ。
「なんだよ」
「北海道土産配ってきた」
「北海道?」
何で北海道?と言いかけてはっと気付いた。
「柚姫のライブか」
「そうそう!ティターニアと旦那のオベロンと行ってきたんだよ」
ティターニアは妖精の王様。オベロンは精霊の王様。
森谷は魔王のくせに異界の王様達と仲がいい。まぁ森谷は魔王らしくないもんな。魔王と妖精が仲良くしちゃいけない決まりもない。
ライブには行ったことないけど、ステージで舞い踊る柚姫の姿は思い浮かべられる。楽しそうにしてたらいいな。
それにしても魔王と妖精姫と精霊王が一同ライブ会場に集まって北海道は大丈夫だったのだろうか。生態系とか地形とか変わってないか、若干心配になる。
「香流にはこれ」
「何?」
「『柚姫一生愛』のキーホルダー」
「こんなもん兄がつけてたら気持ち悪いだろ。まゆにやっとけ」
「じゃあ『柚姫ラブ〜最愛のディーバ〜』のフェイスタオルは?」
「柚姫以外のものはねぇの?」
柚姫が全宇宙全異界内で一番可愛いとは思っているけれど、兄だから当たり前であってそれを主張するのは何か違う。
柚姫土産を拒否する俺に森谷は「えー」と悩んだ後、
「じゃあこれ」
小瓶に入った緑の玉を渡してきた。
「⋯⋯何だこれ」
「マリモっていう植物だって。水換えだけでいいらしいよ」
「植物かぁ」
「これもダメ?」
「⋯⋯もらっとく」
植物は別に嫌いじゃない。小瓶を受け取って少し緩んだ頬を、森谷がふにふにつまむように触れてきた。触り方が非常にうざい。
「柚姫が満たされると今度は香流が足りなくなる」
「どうせすぐ逆転するぞ」
「確かに。パパは忙しいな」
パパじゃねぇ。
面倒くさいので心の中で突っ込む俺の肩に、手乗りサイズのルフが飛んできた。
「どうした?」
いつもはC地区の見回りを頼んでいるルフが、B地区長室へ来るのは珍しい。
声をかけてもルフはつーんとそっぽを向いた。本当に珍しい。いつもはベタベタ甘えてくるくせに。
「愛ペットの位置を脅かされると思ったんじゃないですか?」
「いたのか、愛敬」
「いましたよ。雲雀くんもいますよ。柚姫ちゃんグッズに五体投地してますけど」
ちらりとモニターの下を見ると、まゆが柚姫グッズや写真を前に本当にひれ伏していた。
さすがに引く。全身柚姫グッズに纏われた愛敬にも引く。
「今のところ香流くんがペットって公言してるのルフちゃんだけでしょ」
「待て、お前の見た目で話が入って来ねぇ」
「ヤキモチですよ。新たなペット参入で」
「せめて顔面の柚姫タオル外してくれねぇ?」
す、と愛敬は目元だけ開いてみせた。
違う、そうじゃない。まゆも微動だにしない。なんだこの惨状は。
「森谷」
「はい」
「愛敬」
「はい」
「まゆ!」
「はっ!?」
「一旦全部撤収しろ!」
泣く泣く片付ける3人をB地区長室から追い出して、森谷からもらった小瓶は腰のホルスターバッグに突っ込んでおいた。
ルフは俺の頭の上に移動した。まだつーんとそっぽを向いている。この神鳥、どうやら今日は仕事する気はないらしい。
ようやく帰ってきた3人がB地区長室の扉を開ける。
俺は特にやる事がなかったのでテーブル上の書類を分類分けしておいた。A地区用、B地区用、C地区用、管理書類や許可が必要な書類もちゃんと分けておいた。
「お前の書類も混じってるからね?」
復活したまゆが冷めた目で突っ込んできた。それは聞かなかった振りをする。
「昨日、夏椎が助けた兎の獣人の子どもなんだけどよ」
「話を変えられた⋯⋯」
「ニールから入ってきた可能性が高いと木戸から聞いた。まゆ、監視カメラに何か映ってたか?」
「木戸が来てたのか?」
「あぁ、さっきも確認したけど特に何も」
「なぁ香流、木戸とは何もなかったか?」
「大丈夫です。宙くんもいましたよ」
「中川くんがいるなら安心だな」
「おい、話をごちゃごちゃさせんな」
森谷がさっきからうるさい。俺が休みの日に誰といようが別にどうでもいいだろ。
それにしても木戸は信用が無さすぎる。アイツの普段の行いのせいだ。情報には信頼が置けるのに本人に信頼がないなんて本末転倒すぎる。
「獣人の方は院長に許可もらって病院で管理してもらってるから、後で賢吾と一緒に訪室しようと思う」
「どこの者かはまだ分からないんだろ?」
「昨日屋上に来てた獣人達に聞いてみても、白い兎は覚えがないって言ってたな」
昨日だけでも4つの異世界の獣人がいた。
俺の中ではうさぎと言えば白のイメージだったけど、異世界ではそうでもないらしい。ピンクとか茶色とか灰色とか色んな色が出ても、案外白は出てこなかった。そして、兎の魔物は見たことがあっても、兎の獣人は見かけたことがないと言っていた。
「新しい異世界の可能性があるってことです?」
「そうだな」
「もう。香流くんが移住許可出しすぎなんですよ。ダメなものはダメって言わないと無限に有象無象が増えていきますよ」
「うっ⋯⋯」
痛い指摘をされた。そんなこと言われても、困ってるやつを追い出せない。
「1人は良いやつでも、その裏に悪いやつが10人隠れてるかもしれないんですよ。良いやつを隠れ蓑にしてくる場合もあるんですよ。それ全部を見つけられないでしょう」
びし、と愛敬が指を突きつけてくる。愛敬には主にA地区の管理で迷惑をかけている覚えがあるので何も反論出来ない。
「地球上で香流くんが悪いやつを制裁しないのも、私達が悪いやつを制裁するのを静観しているのも分かってますけど。どこかで線引きしないといずれしんどくなるのは香流くんですよ」
「付き合わせて悪いとは思ってるよ⋯⋯」
「私も一緒に警察官してる身なので、香流くんの流儀には従いますよ。でも、香流くんに被害があるなら速攻消し去りますからね。例えそれが万人に良いやつであってもです。友人として、そこは譲りませんからね」
愛敬はきっぱりと言い切った。
さっきまで柚姫のタオルを顔に巻いていた変態とは思えない。それを言ったら怒られそうなので黙っていると、反省したとみなされたのか愛敬は指を下ろしてにこりと微笑んだ。
「分かればいいんです。それで、病院には面会許可取れたんですか?」
「まだ連絡してない」
「香流、まだ連絡してないならついでに森谷さんにもついて行ってもらいな。あの院長はお前のこと嫌いだろ」
「えー」
「えーって。久しぶりに一緒にお出かけしようよ香流ちゃん」
「うっぜぇ⋯⋯」
つい本音が漏れてしまう。森谷と出かけるなんて子どもの頃以来だ。
まぁでも確かにまゆの言う通り、あの院長は森谷にはペコペコしている。昨日柳瀬といた詳細を聞かれるのもまぁまぁ面倒くさい。
森谷と出かけるのと、院長の相手をするのと天秤にかけてみる。
若干、ほんの僅かに森谷に軍杯が上がった。俺はため息をついて、森谷を見上げる。
「じゃあ森谷も一緒に行くって賢吾に連絡してくる。けどその前にニールにも行きたいんだよな」
「そっちは俺と愛敬が担当しようか?」
「なんか出てきたらどうすんだよ」
「なんかって何⋯怖い⋯⋯」
まゆが身震いした。そして、少し考えた後スタスタと歩いてモニターの前に座り直す。
「俺はもう1回カメラの動画データを洗おうかな!」
「雲雀くんはその方がいいと思いますよ。香流くん、私もニール行き付き合います」
「分かった」
適材適所と言うやつだ。兎の獣人が通った道自体はもう抜け殻の可能性もあるけど、まだ繋がっていた場合何が出てくるか分からない。
出てくるだけじゃなくて、連れて行かれる可能性もある。
異世界行きは戦えないまゆには不向きだ。俺や愛敬なら何とでもなる。
「とりあえず制服は目立つし着替えて行くか」
「じゃあちょっと小1時間ほどお待ちください!」
にこやかに宣言して、愛敬は軽やかな足取りでB地区長室を出て行った。
アイツ仕事ってこと忘れてるな。まぁ好きにすりゃいいけど。ちらりと森谷を見上げると、何が楽しいのかずっと口角を上げてこちらを見ている。
「何だよ」
「いやぁ?さ、仕事仕事〜」
何なんだアイツ。揃いも揃ってお出かけ気分でいやがって。
ただでさえ連日寝不足で気が重い。今日は絶対早く寝てやる。もう牛や豚が来ても相手しないからな。
「まゆ、夏椎達迎えに行くつもりなら制服で行けよ。愛敬に防御魔法かけてもらっとけ」
「うん。何も無いことを願うけど、迎えには行くよ。昨日は行けなかったしね」
「俺もなるべく早く帰れるようにする」
俺も着替えるために足を進ませた。と、念の為まゆに忠告しておく。
「もし何かあったらすぐ連絡しろよ」
「泣きながら秒で連絡するから安心して」
情けない宣言をするまゆに俺はそれ以上何も言えず、とりあえずルフをまゆの頭に乗せておいた。
★★★★★
島唯一のショッピングモール、ニールはほとんどが異世界人が表立って運営している。
警察庁はほぼ関与していない。管理のため監視カメラの連動はしていても、何かあった時以外はまゆも見ることはないと言っていた。
それは異世界人を信頼していると言う証明のためだ。
地球に住む以上ある一定のルールは守ってもらう必要がある。その上で、あまり押さえつけるような事をして反乱されても困る。
この島の貨幣は日本円で統一している。一応日本の国土内にこの島があるからだ。異世界人達はそれを自分の世界で換金したり、持ち帰ったり、この島で使ったり、日本へ遊びに行ったり自由に使っている。
異世界人は自分たちの世界から物を搬送するため、店内に独自のゲートを繋いでいる。
異界繋ぎは何も魔法使いだけの特権じゃない。向こうの魔族や神も使える事が多い。こちらへ一方的に繋がれるのは気に食わないけれど、それを止める手立ては今のところない。
愛敬の言う通り、最初に何でもかんでも許可し過ぎたのかもしれない。ひとつの異世界をダメと言っても、OKを出した異世界を経由されれば足はつかない。もう少し慎重に許可を出すべきだったと今は反省している。
「蓮くんの言ってた店はどのあたりですかね?」
ご丁寧に髪まで綺麗に整えた愛敬が動きにくそうな服でご機嫌に聞いてくる。
柚姫と言い愛敬と言い、女子のこの動きにくい服の好みは全く理解できない。戦闘になったらどうすんだ。
「2階の雑貨屋だってよ」
酔っ払い達の喧騒に隠れて、屋上で木戸から詳細を聞いた。
A地区のひとがそんな話をしていたらしい。『フェルミ』と言う雑貨屋の中で、妙な空間の歪みを見たものがいると。
まゆに確認したら、確かにその店は存在していた。比較的新しい店舗で、2階の端の小さな区画にある、現世から迷い込んできた人間が運営している雑貨屋だそうだ。
階段を上り、目的の場所まで表立った行動はしないよう注意しながら進む。森谷は時折キョロキョロと視線を動かして何かを確認しているようだった。
「あれですかね」
愛敬が声をひそめて耳打ちしてきた。
確かに、それは小さな雑貨屋だった。何だか良く分からないアクセサリーの類が並べられていて、店全部がキラキラしている。すごく目が痛い。
「愛敬⋯⋯」
「はいはい」
俺にはちょっとハードルが高い。言い終える前に、愛敬は1人でスタスタと進んで行った。
俺は森谷と一旦階段の踊り場へ戻ることにする。エレベーターもエスカレーターも完備されているこの施設では、階段を使う者は少ない。
森谷を見上げると、何か考え込んでいるようだった。そう言えばさっきからずっと黙っている。
「どうした?」
「いいや、さっきからなんか知ってる気配がするなぁと思って」
「気配?」
俺にはさっぱり分からない。じっと森谷を見ていると、やんわりと笑って微かに首を振る。
「まぁ気のせいだろ」
アホみたいに俺達のパパを自称しているとはいえ、一応森谷は魔王と言う役割を担っている。その森谷が感じる気配を気のせいで済ませるなんて有り得ない。
何も言わずにじっと見つめる。森谷が昔から俺に甘いのは知っている。穴が空くほどじーっと見上げていると、観念したのか森谷が大きな手で俺の目を覆ってきた。
「大事な息子を甘やかしてあげたいのはやまやまなんだけどね」
「息子じゃない」
俺が分からなくて、森谷が分かる気配なんて思い当たるのは高次の存在くらいしかない。
アイツらは俺の事が嫌いだ。今は夏椎の保護者だから多少大目に見られていても、それでも気に食わないと思われているのは分かっている。
今回のこともアイツらが関わっているのか?
だとしたら面倒だな。ただの異世界人が迷い込んだなんて話では済まされなくなってくる。
「香流くん」
考え込んでいると、愛敬の声がした。
見れば、にやりと笑って右手の中指を出してくる。そこには濁った紫色の宝石がはめ込まれた指輪が付けられていた。
「店主は天然石の加工アクセサリーを売ってる真っ当な人間でしたよ。これは売り場に紛れ込まされていたんでしょうね」
「すごいな。魔界の石じゃないか」
「魔界?お前んとこの?」
尋ねると、森谷は軽く首を振った。
「いや、違う。魔界も広いんだよ。これは別の世界線の魔界の石だな。それにしても良く分かったなぁ、小波」
「ふふん。なんたって私は元勇者ですから。スキャン魔法使えば一発ですよ」
「いいなぁ、魔法」
「ちなみに人間がつけると精神が崩壊するぞ。香流も何が起こるか分からないから触らないように」
「まゆ連れて来なくて良かったな⋯⋯」
なんて物騒なもんを置いて行きやがるんだ。状態異常無効の愛敬がいて良かった。
「でもこれ、ゲートとしての機能はないですよ?」
「木戸は風穴が開いたって言ってたけどな」
「昨日の話ですし、もう閉じちゃったんですかね」
愛敬が無遠慮に指輪を振る。でも何も起こらない。
次はつんつんと指でつつく。でも何も起こらない。
「―――あ」
今度は指でこねていると、カチ、と周りの装飾が少し動いた。
瞬間、愛敬の姿が消える。
「愛敬!?」
「ありゃ」
カラン、と軽い音を立てて指輪が落ちる。
触るなと言われたので手を出さずにいると、森谷がひょいと拾い上げた。指輪は濁った光を放ち続けている。
「やっぱりコイツがゲートだったんだな」
「まぁ愛敬だからいいか⋯⋯」
連れて行かれたのがまゆじゃなくて良かった。俺も行かなきゃならなくなる所だった。
愛敬なら放って置いてもそのうち帰ってくるだろ。曲がりなりにも異世界の元勇者だし。聖剣も持っていたはずだ。
たぶん、店で商品を手に取って飾りを回すなんてことはしないとは思う。でも、他に被害者がいないかは確認しなければならない。
とりあえず店主に話を聞くか。と考えている俺の隣で、森谷は指輪を雑にズボンのポケットにしまった。
「落とすなよ」
「穴空いてないから大丈夫!」
⋯⋯そういう問題か?
「しまった、愛敬いないからあの店行かなきゃならないのか」
「俺は平気よ?」
「⋯⋯はぁ、やっぱりまゆ連れてくりゃ良かった」
「香流ちゃん、最近パパに冷たくない?」
森谷は無視してフロアへ向かう。
雑貨屋は表によく分からないアクセサリー類、その下にも指輪や腕につける類のアクセサリー類、後は入口に見た事のない石のような何かが置いてあった。
そして全体的にキラキラしている。近くに来ると更に目がチカチカする。
俺には全く理解できない世界だ。
近くに寄るとカウンターに座る店主が目に入った。眼鏡をかけた店主は、確かに見たことがある。
半年前に迷い込んできた、日本人の女性。
そして今はこの島の住人だ。
「香流、香流。この石魔除けだって」
「勝手に除られとけ」
店主に話しかける前に森谷が余計な話を振ってきた。
店主がこちらに気付く。慌てたように立ち上がる店主が、何度も頭を下げてきた。
「あ、あの、その節はどうも」
「悪い。営業の邪魔しに来たわけじゃねぇんだ。話を聞いてもいいか?」
「あ、さ、さっきの指輪、ですか?」
「そうだ。この店で変な挙動をした客はいなかったか?」
さっき、森谷は人間が触れると何らかの精神症状が出ると言っていた。
話している限り店主にそんな様子は見られない。目は合わないけど会話の受け答えはきちんと出来ている。
「い、いえ、わたしがいる限りでは、なかったです」
店主はしどろもどろに答えた。
ただ、と付け加える。
「わたしが、席を外す時は、レジを閉めて、店は開けているので、誰かいても気づかないかも、しれません」
「そうか⋯⋯」
店主が店を空けている間に指輪を置いて、そこから異世界経由で出入りすれば人目には付かず行動出来るのか。
ニールのカメラは全店舗を把握出来ている訳ではない。死角も存在するし、まゆが言うにはこの店もカメラでは見えにくい場所にあったそうだ。
「昨日昼過ぎから夕方くらいの客は覚えてるか?」
「あ、す、すみません、全員、は」
「香流、1人で店を回してる女の子にそれは無理だよ」
森谷からぽんと肩に手を置かれて、諭される。
それもそうか。いやでも、特徴さえ分かれば探す範囲が限られるんだけどな。
「じゃあ、白いうさぎの獣人は見たか?」
「あ、み、見てません。でも、フードを、着た人達が、そうだったのかな」
「フード?」
「百合の花のような、マークをつけた、3人⋯⋯。白、でした」
「百合の花」
「ピンときてない顔をしている」
森谷に頬をつつかれた。悪かったな。花の種類なんて専門外なんだから仕方ないだろ。
柚姫なら知ってるんだろうけどなぁ⋯⋯。まぁいいや、帰って調べれば済む話だ。このままずっとキラキラした店先を男2人が占拠しているわけにもいかない。
「ありがとう。悪かったな、時間とらせて」
「あ、い、いえ⋯⋯本当に、おふたりには、お世話に、なったので。ここに、いられるのは、おふたりのおかげだから⋯⋯」
そんな風に言われるような世話したっけな。島に来た人間の通る手順をなぞっただけだ。この店だって俺も森谷も関与していない。
「いや、世話になったのはこっちだよ。それに、自分で頑張った手柄を誰かの世話になったからとかそんな風に渡さなくていい」
俺は近くにあった手のひらサイズのくまを手に取った。手触りがとても柔らかい。丁寧に作られたものだとよく分かる。
「どんなきっかけがあっても最後に頑張るのは自分だろ。今の自分がいいと思うなら、感謝するなら誰かより自分にしておけ」
ホルスターバッグから財布を取り出して、札を何枚か適当にカウンターに置く。
「何か困ったことがあれば警察へ連絡してくれ。じゃあ、頑張れよ」
「あ、あの、お釣りを」
「足りたならいらねぇ。残るなら自衛に使いな」
この場所は人間がひとりで店番するには死角が多すぎる。
特に石の類は良いものも悪いものも引き寄せやすい。ここに指輪を置いた奴らが戻って来ないとも限らないし、その時すぐに駆けつけられるかも分からない。
まゆにも報告しておかないとな。買ったぬいぐるみのくまを手に持って店を出る。この店にそぐわない男2人はさぞ邪魔だっただろう。他の客がいなくて良かった。
「森谷、行くぞ」
「香流ちゃんは太っ腹だねぇ」
「まぁ、経済は回していけって柳瀬もうるせぇしな」
食べなくても飲まなくても死なない上に、食材は勝手に運ばれてくる。
一応人として働く形式上お金はもらっているけど、持っている金銭は誰かに使う方が理に叶っている。どうせ死んだって持って行けるわけでなし、そもそも俺は死ねない。
「そのくまどうするの?」
「とりあえず家に置いとく。帰ってきたら柚姫あたりが欲しがるだろ」
「小波はどこ連れてかれたんだろうなぁ」
「ま、そのうち帰ってくるだろ」
正直心配はしていない。アイツならどうにでもなると信頼している。
むしろ愛敬で良かったかもな。向こうで暴れて勝手にここに道を作った奴を見つけて制裁してくれてれば尚良い。
「病院行くの何時だっけ?」
「昼の2時」
「じゃあ何か食べに行くかぁ。香流は何食べたい?」
「別にいらねぇ」
「人として生きるなら、食べられるうちは食べときなさいな。その感覚は忘れない方がいい」
「⋯⋯じゃあ、肉と魚以外」
「どこがあるかな〜」
森谷は何が楽しいのかさっきからずっとご機嫌だ。昔から一緒に歩くときは無駄に機嫌がいい。
思い返せば、柚姫も基本的には機嫌が良かった。歩くだけで楽しいなんて幸せな奴らだ。
「香流」
「何だよ」
「昔は肉ばっかり食べてたのになぁ。よく野菜食えって賢吾に怒られてたな」
「いつの話だよ⋯⋯」
「成長したなぁと思って」
「そりゃそうだろ。もう少しで25歳になるんだから。人なら立派な大人だよ」
「人なら、ねぇ⋯⋯」
何かその言い方ムカつくな。
何千年も生きている森谷に比べたらそりゃ子どもかも知れねぇけど、俺の感覚は人間だ。24歳はもう大人だ。
「賢吾と雲雀に比べるとどうもお前と柚姫はまだまだ子どもに見えるんだよなぁ」
「賢吾はいいけどまゆはムカつく。あと少なくとも柚姫よりは絶対俺の方が大人だ」
「いやぁ?そうでもないと思うけどねぇ」
「どういう意味だよ」
「ま、お前はお前のままでいてよ」
髪を梳くように撫でられ、ほんの少しだけ懐かしいような気持ちになる。
その瞬間、胸の奥が酷く重くなる。
森谷には気付かれないよう前を向く。ニールには色んなひとが集まってくる。その光景を目に焼き付けながら、郷愁をすべて上書きするように。
頑丈に頑丈に、幾重にも枷をかけたものが上がってこないように。
「香流、何考えてるの?」
「今日も賑わってんなと思ってる」
「村は静かだったもんねぇ」
森谷の言葉は、聞かない振りをした。
ニールの自動ドアが開いて、外へ出る。店内で流れていた音楽が消えて、代わりに風の音が耳に入ってくる。
「⋯⋯全部忘れたままで良かったのにねぇ」
森谷がまた何か言ったけど、風の音で上手く聞き取れなかった。
「何?」
「さ、腹ごしらえして賢吾のところへ行こうか」
「何だよ」
怪訝な顔で見上げても、森谷はもう何も言うつもりは無いのか俺の頭に手を乗せて話を遮ってくる。
昔から、肝心なことは言わない。教えてくれない。そういうところは本当に腹が立つ。
「せっかくだから俺の部下だった奴のお店に行こっかぁ」
「⋯⋯好きにしろよ」
結局、この話題はこれきりでオークの食事処では森谷は魔界の石の話しかしなかった。
魔族2人の話は普通に面白かったので、森谷にムカついていた事はすっかり俺の頭から消え去っていた。あとついでに愛敬の事もちょっと忘れかけてた。危ない危ない。




