白兎事件編9(酔っ払い達とシラフの兄弟)
(柚木)
警察庁の屋上は広い。
神獣や聖獣が好きにのびのび出来るようなスペースを確保したらそうなった。夏椎達の通う中高一貫校の校庭くらいの大きさはある。
いつもなら動き回るのに都合のいい屋上に来るのは好きだった。
神獣を呼ぶのは屋上が多かったし、まゆに書類業務を押し付けられそうになった時は屋上に逃げ込んだこともあった。そんな俺にとっては便利な屋上だったけど、今回、その広さが仇になってしまった。
片付けが終わらない。
空が暗くなったから安全のために渋る翔真を引きずって、子ども達を家へ帰したまでは良かった。
家族を連れた職員に肉と余った野菜を配って、まばらになって来た人数。もう食べるものもないしてっきりそれで解散だと思っていたのに。
甘かった。
いや、これは俺のせいじゃない。見通しが甘かったのは認めるけど、絶対俺のせいだけじゃない。
眠い。帰りたい。身体が重い。
「何で酒追加して来てんだよ」
「まだいけるかなと思って」
中川が扉以外から出入りするのを禁止したい。
長テーブルに新しく仕入れられた酒類が並べられている。中川が俺がいない間に追加で買ってきたからだ。
扉以外から出入りするのを許可した覚えはないんだけどな。じっと見つめて目で責めても、中川は全く意に介していないように笑って返してくる。
「安心して!俺の奢りだよ!」
それは別に聞いてない。
「もう何も食べる物ないぞ」
「大丈夫、おつまみも買ってきたから!」
用意周到すぎる。中川は普段はのんびりしてるくせにそういう所だけは無駄にしっかりしている。
まばらと言ってもまだ10人近くはいる。さっきまでの人数を考えるとかなり減った方だけど、放って帰るわけにもいかない。そもそも中川と木戸は警察の人間じゃないから置いていけない。
でも俺はもう帰って寝たい。
「香流、大丈夫?」
「帰りたい」
「素直でよろしい」
目を擦る俺の隣に、賢吾が歩いてきた。
まゆは弟を連れてさっさと帰った。賢吾も帰りたそうにしているけど、石田も愛敬と楽しそうに飲んでいるので残念ながら居残り組だ。
「まだ時間かかりそうだから片付け始めとこうか」
「賢吾はあっちに行かなくていいの?」
「俺も帰りたい側」
賢吾が遠い目をして言った。これは本気で帰りたいと思っている顔だ。
仕方がないので2人で一緒に空いているテーブルと椅子を片付け始める。
バーベキューコンロは誰かが片付けてくれていた。賢吾と2人で無言で動いていると気付けば木戸が寄ってきた。いつもは片付けなんて絶対来ないのに珍しい。
「木戸、珍しいじゃないか?」
「べっつにー。川崎さんこそ珍しいじゃないですか?」
「俺は早く帰りたいだけだよ」
「俺は別に帰りたくないですけどね」
2人が不思議な会話の応酬をしている。
木戸はそう言いながら、ひょいひょいと長机を重ねて3枚一気に肩の上に持ち上げる。片手で支えて、もう片方の手はパイプ椅子をがさっと適当に掴んだ。さすが力持ち。
「先輩、これどこに直すの?」
「多分会議室じゃねぇかな。賢吾、行ってくる」
「俺が行くよ」
にこりと賢吾が笑った。
と思っていたら急に石田に肩を組まれた。
「香流、あっちで飲もう!」
「いやだ。俺は早く帰りたい」
「いいから!」
石田の顔が赤い。酔っている。
賢吾を見ると、何でか微笑ましそうな顔をしていた。いや、止めろよ。石田なら何でもいいのかよ。
結局引きずられる形で石田と愛敬の元へ連れて行かれてしまった。愛敬は何故か聖剣を傍らに置いている。何故かは分からない。とても物騒だ。
「何で聖剣出してんだよ⋯⋯」
「牽制です」
「何に対して?」
愛敬に聞いても「ふふー」と笑うだけで答えない。
扉を見ると、賢吾と木戸がいないので会議室に向かったようだ。近くにあったパイプ椅子は綺麗さっぱりなくなっている。
「石田。明日仕事は?」
「だいじょーぶ。賢吾が起こしてくれるよ」
あぁ、だから賢吾は酒飲んでないのか⋯⋯。
甘やかすなぁ。それが賢吾の幸せなんだから別にいいけど。それにしてもベタベタしてくる石田が重い。
「香流さぁ、何で翔真に文化祭行くなんて言ったの」
「は?」
「俺だって、香流と文化祭一緒にやりたかったぁ⋯⋯」
一体、いつの話をしてるんだこいつは。
俺だって行きたくなくて行かなかったわけじゃない。歌もダンスもしないけど、そこにいれば何かしら手伝っていたとは思う。⋯⋯多分。
「楽しかったんだろ?」
「楽しかったよぉ」
「じゃあそれでいいだろ」
「嫌だ〜。一緒がいい〜」
「愛敬、この酔っ払い何とかしろ」
「私は忙しいんですよ」
「俺の見える限りでは何か食べながら酒を飲んでる愛敬しか見えねぇけど」
「焼きチーズです」
聞いてねぇ。
「お前の事だからさぁ、どうせ俺たちに言えない何かがあったんだろうけどさぁ。1回くらいいてくれたっていいじゃん⋯⋯」
「じゃあ、いたら何がしたかったんだ?」
あまりにグタグタ絡んでくるので聞いてみた。
石田はうーん⋯⋯と長い間悩んで、ようやく出した言葉が「メイド喫茶」だった。
「何だそれ」
「香流がご飯作って、柚姫にふりふりの可愛い服着せて接客してもらう」
「逆にすれば?」
「やだ。客層が変わりますよ」
中川と愛敬が2人でケラケラ笑っている。何が楽しいのかさっぱり分からない。
気付けば周りに他の同僚も寄ってきていた。そんなに集まられても面白い話をしているわけでもなし、酒飲みは賑やかなところに群がる習性でもあるんだろうか。
「甘味処でもいいなぁ〜。着物着せたいなぁ」
「柚姫さんならケモ耳でも可愛いっすよ」
「いや、やっぱりメイド一択だね!」
「意外に警官服も似合うんじゃないか?」
「看護師さんも可愛い⋯⋯」
「ひとの妹で妙な想像するんじゃねぇ!」
警察庁内には柚姫のファンも多い。しょっちゅうBGMとして流されているのも柚姫の歌ばかりだ。
好きなのは構わないけど、変な想像は許さない。そもそも柚姫が何を着ても可愛いのは当たり前だ。
「何の話してるの?」
会議室から帰ってきた賢吾が輪に入ってきた。その後ろに木戸もいる。
「柚姫に着せたい服の話〜」
「文化祭の話じゃねぇのかよ」
話がすり変わっている。呆れていると、中川がいきなり冷えた缶を首筋に押し当ててきた。
「つめたっ!?」
「柚木にもノンアル買ってきたから飲んだら?」
「だから、俺は帰りたいんだって!」
「あれ?そもそも何で香流は飲まないんだっけ?」
石田がまた話を広げて来た。その問いには俺の代わりに賢吾が答える。
「警察学校時代に香流が飲んじゃって、雲雀がえらく大変だったらしいよ」
「どう大変だったの?」
「アイツ、絶対教えてくれないんだよな⋯⋯」
その内容は俺も知りたい。色んな奴に聞かれるけど答えられないのが不便でもあるし、一体俺が何をやらかしたのか単純に気になるからだ。
別に酒自体はあんまり興味ないし飲めなくても困らないけど、何で教えてくれないのかはずっと気になっている。でもまゆは絶対口を割らない。柚姫に聞いてもらっても結果は同じだった。
「まぁ飲まない方がいいならやめといた方がいいんじゃない?」
「双子に激甘の雲雀がダメって言うのが地味に怖い」
賢吾は知っているのか知らないのか、この話題になるといつもその結論に落ち着く。
木戸が中川から冷えた缶を受け取ってプルタブを開けた。そのまま渡してくるのを受け取る。手が冷たい。
「先輩の妹さんも飲まないんです?」
「柚姫も飲んでるところ見たことないな」
「柚姫ちゃんの飲酒は私が許しませんよ」
「何で愛敬の許可がいるんだよ」
「柚姫ちゃんは私の姫だからですよ!」
一体コイツは何を力説してるんだろうか。
愛敬があまりに力強く言うので空気が振動する。聖剣が光っている。魔族勢が地味にダメージを受けている。
「愛敬、やめてやれ。何人か明日仕事に来られなくなる」
「そして俺も地味に痛い」
「蓮くんはどうでもいいですけど、仕事仲間が減るのは困りますね」
「おい」
愛敬がすんっと力を抜いた。
まぁ俺達と遊んでたせいでちゃんとした女友達が出来なくて、女友達に飢えてるもんな、愛敬は⋯⋯。
「先輩、それ苦そうだけど飲める?」
「苦いのは平気」
「じゃあ乾杯」
木戸が俺のものと同じ缶を差し出してきた。⋯⋯まぁさっき手伝ってくれたもんな。俺も缶を差し出して、アルミ缶同士を合わせる。
石田が不思議そうに小首を傾げた。
「珍しい。木戸くんはもうアルコール入れないの?」
「先輩と同じのが良いんです」
「ふーん。お前も中川くんも香流に酒の強要とかしないんだね」
「俺だって苦手なもん強要されるの普通に嫌ですからね」
「俺は自分のお酒減らないからむしろラッキーだと思ってる」
基準が自分。木戸も中川も自分ファーストは譲らない。
そういうところが、ふたりらしいなと思う。そういうところが一緒にいて楽なんだよな、とも。
もういいやと缶を傾けると、口の中に苦さが広がる。
ふと、警察学校時代を思い出す。あの時は、隣にまゆと、―――もう1人いたような。
何かのきっかけで寮生同士で食事会をしようと言う流れになって、面倒くさいので行きたくなかったけどまゆと一緒に連れ出されて。
そこに少し素行の悪い奴らがいて、未成年で飲酒していたんだった。止めようともう1人が説得しに行って、まゆが教官に報告して、俺は確か喧嘩の余波を受けてビールを浴びたんだったっけ。
そこからの記憶はない。起きたら子どもの姿になってまゆのベッドで寝てたから、まゆがバレないように寝る場所を変えてくれたんだと思うけど。
結局その後、飲み会禁止令と未成年飲酒していた奴らは処分を受けて、俺も未成年だったけどまゆともう1人が弁明してくれたのでお咎めなしで済んだ。
いいやつだったな。いいやつだったと思うんだけど⋯⋯。
そう言えば。あいつの名前、なんだっけ。
「⋯⋯ん?」
おかしい。出てこない。
記憶力は悪くないはずなのに、全然名前が出てこない。
顔もぼんやりとしか思い出せない。
背が高くて、髪が短くて、何か約束した覚えはあるんだけど⋯⋯。
それも思い出せない。枷がかかったように開けたくても開けられない。
「先輩?」
不意に、木戸が覗き込んできた。
鳶色の瞳と目が合う。一瞬言葉に詰まった。
「苦手だった?」
「いや、そういうわけじゃ⋯⋯」
懐かしさよりモヤモヤとした気持ち悪さが残る。
地球上の生き物を俺が忘れるなんてことあるか?アイツらですら顔も名前も思い出せると言うのに。
⋯⋯まぁいいか。もうこれ以上は思い出したくない。
「何でもない」
「まぁ何でもあっても言わないのが先輩だけどね」
呆れたように言われて少しムッとする。分かったように言いやがって。木戸のくせに。
「中川も木戸もまだ帰らないのかよ」
「今日は柚木の家にお泊まり」
「俺も!」
「じゃあ床で寝ろよ」
意地悪のつもりで言ったのに、2人ともはーいととても良い返事をした。
賢吾が慌てたように肩を掴んでくる。
「俺も行く」
「いや流石に4人は狭すぎるだろ」
「じゃー俺も行く!」
「私も!」
「増やしてどうすんだ!」
「香流の部屋が1番何も無いからいけるよ。布団だけ運べば何とかなる」
「賢吾は何でそんなやる気満々なんだよ⋯⋯」
聞いても答えようとはしない。お得意の笑顔で誤魔化してくるだけだ。
スマホを見るともう1時近い。放っておくと延々と続きそうなので、しびれを切らした俺は号令を出した。
「お前ら、撤収!」
「はーい」
ガタガタと同僚達が動き始める。
ようやく酒も無くなってきたお陰で帰る空気になってくれた。ほっとしたのもつかの間、賢吾が腕を引っ張ってきた。
賢吾が俺を子どもみたいに呼ぶのは珍しい。見上げると、眉尻を下げた何とも微妙な顔をして言いにくそうに耳打ちしてきた。
「今後木戸と2人になるのは禁止」
「⋯⋯はぁ?」
怪訝な顔をすると、賢吾は答える前に石田に呼ばれて行ってしまった。
俺が?木戸と?何で?
いや、今日は中川もいるって言ってたよな?
それに木戸だぞ?賢吾は知らないのか。アイツは口だけで実際は女の方が好きなんだって。
異世界に2人で飛ばされた時も一緒に野宿してたし。むしろ2人で魔物を狩りまくって楽しかった思い出しかないけどな。
⋯⋯でも訂正するのはめんどくせぇな。賢吾が警戒するのは自由だし、好きにさせておくか。
「柚木さん、ゴミ持っていきますね」
「いいのか?」
「いっぱい飲ませてもらったんで、それくらいします」
マグロの魚人が頭なのか何なのか微妙な部分をぺこりと下げた。
同僚達がゴミ袋を抱えて扉から出ていった。後に残ったのは俺の家に泊まると勝手に決めたメンバーだけだ。
「先輩、シャワー貸してー」
「どーぞ」
「一緒に入る?」
「嫌だ。狭い」
「またそういう拒否の仕方をする⋯⋯」
賢吾がぼそっと呟いた。よく聞こえなかったけど、何か怒られた気がする。
今日の賢吾はいつもより機嫌が悪い。獣人の件もあるし⋯⋯疲れてんのかな。
「賢吾、コイツらは俺が面倒見とくから自分の家でゆっくり寝てきてもいいぞ?」
「お前のそういうところは嫌いだよ」
「何だよ」
はぁ、とため息をついて賢吾は先に扉を開けて出て行った。
「なんか拗ねてる⋯⋯」
「賢吾も疲れてるんだよ」
「仕方ねぇ弟だなぁ」
「まぁ、末っ子だからね。たまには労わってあげないと!」
「石田には言われたくねぇだろうなぁ」
「もー!」
俺と石田もよく分からないながら賢吾の後に続いた。
「香流くんの悪いところはあぁ言う所ですよね」
「石田くんも大概なんだよねぇ」
「そう言えばさっき机片付けてる時賢吾さんと何話したんです?」
「俺がいかに先輩を愛してるかを熱弁しといた」
「そりゃーダメだぁ!」
後ろで中川がケラケラ笑っている。何の話をしているのか気になって振り返れば、何でか止まっていた賢吾に石田が衝突した。
賢吾が石田を抱き締めている。石田が暴れている。
いつもの光景だ。
「何してんだよお前ら」
「拓次に癒されてる」
「俺は癒されない!」
「もういいから帰ろーぜ。俺は眠い」
帰ってシャワー浴びて、リビングのテーブルを寄せて布団敷いて⋯⋯やる事がまだ残ってる。
明日まゆのとこでちょっとだけ仮眠しよう。
もう牛の差し入れはしばらくいらないとやんわり伝える方法はないか考えながら、俺は殺しきれなかった欠伸をした。




