白兎事件編8(エンジョイ学校生活)
学校パートです。
(夏椎)
「はぁ〜、夢のような時間でしたわ⋯⋯」
楽しかったビアガーデンの翌日。本日何度目かの幸せそうなため息をつきながら、エフィネさんはウットリと呟いた。
クラスメイトは誰も反応しない。当然俺も何も言わずに円の形に机を並べて黙々と給食を食べている。
「肉厚のステーキ⋯⋯。焼肉⋯⋯。たまりませんわぁ」
「今日の給食は煮魚だけどな」
ぼそりと梓さんが突っ込んだ。隣の吹雪さんがぶふぅと吹き出す。
「それにしてもこの島の警察官って暇なのね」
「いつもは忙しそうだけどねぇ」
「ものすごいイケメンがいたことだけは僥倖だったわ」
「ふふ。色んな人がいて、お祭りみたいで楽しかったね」
たしかに、昨日の夜はお祭りのようだった。大人も子どもも楽しそうで、見ていて心が浮き足だってなかなか寝付けなかったくらいだ。
「夏椎くん達は最後までいたの?」
「いや、途中で帰らされたよ」
夜19時を過ぎた段階で、子ども達は順次解散の運びとなった。
実家暮らしの者は親と帰り、警察庁に住んでいる者は職員に連れ出された。俺達は翔真がまだ帰らないとだだをこねたのでもう少し残っていたけれど、最終的には香流さんに強制連行された。
煙臭くなるから風呂に入れと急かされて、一緒に寝るとだだをこねる翔真を電気を消すという強行突破で黙らせた香流さんは、夜中まで酔っ払いの対応に付き合わされたと嘆いていた。これは今朝本人から聞いた話だ。
★★★★★
「片付けなんぞ他の誰かに任せれば良かったのに」
弟がいたので早めに帰路についた黛が、B地区長室の机でうだる柚木を書類で叩いた。
「連日寝不足で頭が痛てぇ」
「帰れよ」
「1時間で起きる」
「ちょっと待てここで寝るな」
黛の静止も聞かず柚木は眠りについた。よっぽど疲れていたのか、みるみるうちに子どもの姿へ戻ってしまう。
「寝顔のパンチ力ぅ!」
そして黛は膝から崩れ落ちた。
★★★★★
「おれも一緒に柚ぽんと寝たかった」
「あのひたすら肉焼いてた人が翔真のお兄さん?」
「お兄ちゃんじゃないけど、おれはお兄ちゃんだと思ってる。⋯⋯けど、柚ぽんは絶対おれの事ただの犬だと思ってる」
真生さんが尋ねると、翔真は刺々しい口調で答えた。ぷくぅ、と頬が膨らんでいる。
クラスメイトはその様子を眺めながらほのぼのと眉尻を下げた。翔真の耳が前方につんと尖っている。怒ってる怒ってる。なんて分かりやすい表現だろう。
「ただの犬ってことはないと思うけど⋯⋯」
「いいや!絶対ただの犬だと思ってる!だって小さい子みたいな扱いするもん!」
それは多分柚姫さんと同じ扱いしてるからじゃないかなぁ⋯⋯。
天真爛漫な柚姫さんが俺の脳裏を横切った。あの人なら俺も子どもと同じ扱いをする自信がある。
「ねぇ、あの人ってC地区長さんだよね?」
さくらさんが首を傾げた。
「あぁ、なんかどっかで見たことあると思ったらそれかぁ!」
「道を歩けば信者が増えるって有名だよね」
「じいちゃんばあちゃん侍らせてるってほんと?」
「やばい宗教の教祖みたいだな」
散々な言われようだ。香流さんのイメージってそんな感じなんだと苦笑いが零れる。
「いや、ふつーの人だよ?怒ったらめっちゃ怖いし、特訓も容赦ないよ?」
「朝の起こし方も雑だしな」
「それは晃が悪い」
翔真はキッパリ言い切った。俺も否定はしない。今朝は大量の猫が晃の顔の上でにゃーにゃー鳴いていた。
「それにしても、警察が見に来るのか⋯⋯」
腕を組んで公さんが小さく唸った。
あ、と翔真が呟く。そう言えば香流さんも言っていた。「警察が行ったら楽しめないだろ」と。
俺達にとって香流さんが身近な存在だから忘れていた。そっか。普通はそう言う反応になるのか。
「その、夏椎と一緒に学校行けるようになったのを見て欲しかったんだけど⋯⋯だめかな」
「なにがダメだって?」
「へ?」
「腕が鳴るじゃないの!」
「言うと思った」
眉根を寄せて自信たっぷりに宣言する公さんを、吹雪さんが冷めた目で流し見る。
翔真は、え、と声を漏らした。分かりやすくほっとした様子を見て、俺と晃も同時に目を細める。
「よーしめちゃんこにビビらせて泣かせてやろうぜ!」
「大人が泣くかなぁ」
「いいや泣くね!泣かせるのが俺ら妖怪の生業でしょ!」
「なんか目的変わってない?」
良かった、うちのクラスは変な人ばかりで。
「具体的にはどんな感じにするのよ」
「俺が井戸から出れば万事良しじゃない?」
「そう言えば、吹雪さんと公さんって何の妖怪なの?」
雪絵さんと公さんの会話を聞いて、ふと、2人の自己紹介は名前だけだったことを思い出した。
尋ねる俺に向かって、ふふふ、と公さんはおどろおどろしい笑みを浮かべる。
「なんだと思う〜?」
「パリピの妖怪」
「パリピの何が怖いって言うのよ!」
「パリピは陰キャにとっては妖怪だろうが!」
すかさず喧嘩をしないで欲しい。なんの妖怪なのかすごく気になる。
公さんと梓さんがしょうもない喧嘩をしているそばで、翔真がこそりと耳打ちしてくれた。
「公くんはがしゃどくろって言う妖怪なんだよ」
「がしゃどくろ」
⋯⋯聞いても分からなかった。
後でスマホで調べてみよう。これまでは俺のことを調べられるのを恐れていたはずなのに、逆にクラスメイトの事を調べることになるとは思わなかった。人生何が起こるか分からない。
「じゃあ吹雪さんは?」
「雪女だよ」
⋯⋯吹雪さんって男だよな?
頭が混乱してきた。なんで雪女?雪男ではなく?
俺の視線を感じたのか、吹雪さんは乾いた笑いで応答してくれた。その笑いの意味は何だ。対人スキルの乏しい俺には全く理解できない。
「はぁ、肉厚のステーキ⋯⋯」
エフィネさんはまだ夢から醒めない。いつ帰ってくるんだあの人は。
「そもそも柚ぽんお化け怖いとか思うのかなぁ」
「思わないだろうな」
翔真の呟きに晃が即座に答えた。付き合いの短い俺ですらそれは思う。
と言うか、よくよく考えたらあの人弱点とかあるのかな?
むしろお化けすら手懐けていそうで身震いしてしまう。
「いっそ恐怖路線から変更した方がいいのでは⋯⋯?」
「お化け屋敷なのに?」
「いっそ洋風お化け屋敷にしちゃう?」
「洋風⋯⋯ゾンビとか生きた人形とか?」
妖怪勢がうーんと腕を組んだ。
すると、珍しくいつもは黙って聞いている一心さんが小さく手を上げた。
「展示形式にしたら⋯⋯どうかな⋯⋯」
展示?
きょとんとするクラスメイトへ、リーダーのグルーさんが補足する。
「つまり、怖がらせるのが無理なら学習の成果発表で攻めるのはどうかと言うことだな」
「お化け屋敷で妖怪の解説するってこと?」
翔真が問うと、一心さんはこくりと頷いた。
「僕が⋯⋯絵を描くので、どうでしょうか」
「うん、それなら怖くない人でも楽しめそう」
「でも最後に俺が井戸から出るのは決定で!」
「公くんは目立ちたいだけでしょ」
「うちのクラスは妖怪勢が多いし、なかなか面白い提案だな」
グルーさんはよし、と熊の手を振りかざした。
「資材班と制作班と資料集め班に分かれて、今日からさっそく準備するぞ」
「おー!」
クラスがひとつに纏まった。
その傍らで、
「はぁ⋯⋯お肉⋯⋯」
まだ纏まれてないものがひとりいた。
★★★★★
俺達3人はグルーさんから資料集め班に任命された。
翔真と晃が資材班を頑なに拒否したためだ。俺的には資材班でも良かったけど、思い返せばまだ2人に自分の体質のことを言えていない。
人がまばらな図書館の中で、俺はじっと2人を見つめる。
どうしよう。
どう切り出せばいいものか。
どうせなら特訓中に言う?
図書館は教室2つ分ほどの広さがあり、カウンターには頭に本を被せた不思議な女の人が座っている。
こちらの会話は聞こえない距離だ。でも、もし他の誰かに聞かれたら面倒な事になるかな。
2人は黙々と日本の妖怪集と言う図鑑を眺めている。
時折翔真が指をさして、晃がノートに文字を書く。2人は真面目に作業しているのに、自分だけ全然違うことをぐるぐる考えていることに罪悪感がつのる。
俺も借りた日本の伝記という本に目を落としてみる。
でも、さっぱり頭に入ってこない。考え出すと止まらないのは俺の悪い癖だ。このままではクラスの役に立つなんて無理なのでは。
―――よし、今日言おう。
言ってしまおう。きっと2人ならきっと受け入れてくれる。
俺は密かにそう決意をした。
今日は学校を出るのが遅くなってしまったけれど、校門前には頭に手乗りサイズの白い鳥を乗せた警官服の黛さんが立っていた。
俺達が慌てて駆け寄ると、黛さんは怒った様子もなく飛びついてくる翔真を優しく受け止める。
「ひばりん!待ってた!?」
「仕事しながら待ってたから平気だよ」
俺はつい感動してしまう。子どもの姿の香流さんが絡まない黛さんは、とても優しくて頼れるお兄さんだ。
「昨日は何で来なかったの?」
「昨日は上司と同僚が急に休みやがったからそいつらの仕事が回ってきてそれどころじゃなかったんだ。ごめんな」
はぁ、と黛さんは盛大なため息をついた。
「これから毎日帰るの遅くなるかも」
「あぁ、俺のことは気にしなくていいよ。文化祭の準備大変だもんな」
「ひばりんも経験者!?」
「一応元生徒会副会長だからね」
そうなんだ。黛さんが副会長ってことは、生徒会長は⋯⋯誰だろう。俺の知ってる大人にいるのかな。
恐らく適任なのは川崎さん、次点で石田先生かな。取りまとめるのが上手そうなのは川崎さんの方だけど⋯⋯。
「会長って誰だったの?」
「賢吾だよ」
よし、合ってた。仮説が立証されると気分がいい。俺は小さくガッツポーズをつくった。
「ちなみにお前達、今の生徒会長は知ってる?」
「知らない」
「知らん」
「知りません」
「学校行ってなかったもんね⋯⋯」
そりゃあ知るわけないか、と言いながら黛さんは苦笑いした。
「黛鴫って言います。俺の弟だよ」
「あ、バーベキュー来てたよね?」
「うん。俺より優秀で出来る子なんだよ」
黛さんは嬉しそうに言った。確かに、傍目にも分かるくらい仲の良さそうな兄弟だった。
でも⋯⋯。
「弟くんの方が大きいよね?」
「そういう事言うなよ⋯」
ずばっと切り込むような翔真には遠慮がない。肩を落とす黛さんの言葉には哀愁が漂っていた。
警察庁への道すがら、制服姿の黛さんに向かって頭を下げたり手を振ったりする人達がちらほらいた。黛さんはその都度丁寧にお辞儀を返している。
「黛さんってお巡りさんなんですよね⋯⋯」
「えっ、何急に。ちゃんと警察官だよ」
「エンジニアとかは目指さなかったんですか?」
黛さんの得意分野を考えると、IT産業の方が向いているような気がする。パソコンばかりの部屋にいることも、システムを作り上げたという話も、お巡りさんの仕事には直接結びつかない。
黛さんはあぁー⋯⋯と小さく呟いた後、ほんの微かに表情を曇らせた。
「一緒にじいさんになろうって約束しちゃったからなぁ」
とこか郷愁を帯びた瞳で、ふ、と黛さんは笑った。
「まぁ腐れ縁だよ。ほっとけないだろ、あんなおバカなやつ」
「そんなこと言ったら怒られますよ」
「それは困る⋯⋯」
警察庁に着くと、また屋上に案内された。
そこに香流さんはおらず、神獣さん達が獣の姿のまま待っていた。唖然とする俺達を置いて、黛さんはくるりと踵を返す。
「香流さんは?」
「まだ帰ってないみたいだな。じゃ、俺も仕事してくる」
《安心しろ、怪我はさせん》
ずい、と巨大な亀が歩み寄る。
俺達が見上げる背中側で、バタンと音がした。行ってしまった。さっき思った優しい頼れるお兄さんと言うのを全力で撤回したい。
《さて、今日も特訓だ》
「はい⋯⋯」
神獣さん達の優しい?特訓は、香流さんが迎えに来るまで延々と続いた。
前回同様動けなくなるまでひたすら動かされた俺達が床でへばっている横で、香流さんはのんびり神獣さん達をよしよしと撫でている。美しい光景だけど、枠外にいる俺達のことも気に留めて頂きたい。
「よし、今日も怪我はないな!」
「何で今日はいなかったの!?」
翔真が八つ当たりのように声を上げた。香流さんは不思議そうな顔で翔真を見下ろす。
「いた方が良かった?」
「いて欲しかった!」
「俺は別にいらん」
「おい、意見を統一しろ」
翔真は今度はむすっと頬を膨らませた。
ぼん、と音を立ててポメラニアンになる。そのまま俺の膝の上に乗って香流さんからつーんと顔を反らせた。
思わぬご褒美に俺は遠慮なくもふもふを堪能する。疲れた身体にもふもふは癒される。なんて極上のもふもふ体験だ。
「おーい、香流。終わったかー?」
香流さんが丸い瞳を更に丸くして首を傾げていると、森谷さんが扉から顔を出した。
「何だよ」
「柚姫のライブの話の続きしよ」
「まだ続きがあんのかよ⋯⋯。玄武、人型になってコイツら送ってやれ」
《了解した》
「じゃあな。次は来れるようにしとくよ」
ぴく、と視線は合わせずに翔真の尻尾だけが反応した。
香流さんが出ていくと、神獣さん達はふわりと煙のようにその姿を消した。玄武さんだけが残って、巨大な亀から巨大なお姉さんへと姿を変えていく。
玄武さんは大きな蛇を肩から腰へ移動させると、雑に縛りあげた。筋肉質な腕がひょいひょいと俺と晃を摘んでかつぎ上げる。俺は翔真を落とさないように優しく抱き直した。
「落ちるなよ」
玄武さんはゆっくりと歩き始めた。なるべく振動の少ないように歩いてくれている。
「あの、ありがとうございます」
「主の命令だからな」
そう答える玄武さんはどこか誇らしげだ。
屋上からゆったりとした足取りで階段を降りていく。居住区との連絡通路は13階だ。
しばらく揺られていると身体の疲れも落ち着いてきた。玄武さんに下ろしてもらって、ぺこりと頭を下げる。晃も俺に続いて小さく頭を下げた。
「前よりも回復が早くなったか?」
言われてみれば、確かに前回はしっかり家まで運んでもらっていた。
俺にはまだ実感は湧かなくとも、良い兆しなら嬉しいと思う。あれから中身が暴走することもないし、少しずつ物質を形作る感覚も理解してきた。
「そうかもしれません」
「習うより慣れろ。よく主が使う言葉だ」
そしてその結果がこのスパルタ特訓かぁ⋯⋯。まぁ、香流さんの言わんとしていることは分かる。実戦以上の経験値はないということだ。
「夏椎も晃もすごいねぇ。おれまだくたくただよ」
「翔真が一番動いてるからじゃないかな」
「今日は犬のまんま寝よーっと」
「お風呂入らないの?」
「⋯⋯考えとく」
一緒に暮らしてみて分かったことだけど、翔真はお風呂があまり好きではない。シャワーの音が大きくて、水のかたまりは痛いし、濡れたら気持ち悪いんだもんと言うのが翔真の主張だ。
人型の時はそこまで拒否することはないけれど、犬の時は断固として拒否している。俺に分からない感覚だから、絶対入った方がいいよと強くも言えなかった。
脱力して俺に甘えてくるポメラニアンは、現実逃避するように目を閉じた。俺と晃は顔を見合せて肩をすくめる。
連絡通路の扉を開けると、数メートル先にすぐにまた扉が見えてくる。
窓もない通路を抜けて、13階は別の学生達の居住区だ。ここから、また階段を降りて行く必要がある。
「ここで大丈夫です。ありがとうございました」
俺は玄武さんを見上げて頭を下げた。
「主は送って行けと言った。家まで行く」
「律儀ぃ〜」
首を振る玄武さんに向かって、翔真が感心したように言った。本当に神獣さんは香流さんに従順だ。
家族でも、きょうだいでも、友達でもない、そんな不思議な関係。香流さんと神獣さんの間には、明確な主従関係がある。
「ねぇ、玄武さん。柚ぽんの家族のことはどう思ってるの?」
「庇護すべき対象だ」
「柚ぽんのことはどう思ってるの?」
「私の全てだ」
居住区の螺旋階段を下りながら、翔真は玄武さんに矢継ぎ早に質問を投げかける。玄武さんは表情ひとつ変えず、淡々と答えてくれた。
「神獣ってなぁに?」
「地球の土地神のようなものだ」
「神様なのに柚ぽんの言うこと聞くの?」
「そうだ」
玄武さんは俺達を見下ろした。
「我らは主の事をずっと待っていた。何千年も前からずっとだ。あの方が何を選択しても我らは側にいると決めている。―――死ねと言われたら、命も絶つ」
ハッキリと。
あまりにもハッキリと断言され、俺達は何も言えなかった。
重い言葉だった。俺ならどうだろうか。父さんに死ねと言われれば命を絶てるだろうか。
———分からない。死にたくはないとは思う。せっかくできた友達と別れたくないと抵抗するかもしれない。
「おれも分かるよ」
俺を見上げて、翔真が呟いた。
「おれにとっての夏椎がそうだよ。夏椎がいずれ誰かを選んでも、どこに行っても、ずっと一緒にいたいと思ってた」
擦り寄る翔真の身体を撫でると、もふっと手が毛に沈んでいく。
翔真は心地良さそうにつぶらな瞳を細めた。
「離れてる間、ずっと心が張り裂けそうだった。たくさんたくさん大好きで、たくさんたくさん遊んで欲しい。そんな大切なおれのご主人様だった。⋯⋯今は、お友達だけどね」
「翔真⋯⋯」
「獣の愛情は人とは違うよねぇ。玄武さん、柚ぽんのことすっごく大事なんだね」
「そうだな。とても大事だ」
玄武さんは何度も頷く。翔真は甘えるように俺にもたれかかってきた。
動物同士何か通じるものがあるらしい。俺には分からない主従関係という愛情。
あの時、それだけ大切に思われていたことが嬉しくも恥ずかしかった。
「ねぇ、柚ぽんに呼ばれない時は何してるの?」
「小学校の教師をしている」
「えっ」
俺達の声が重なった。
「主には島でも現世でも好きな方にいればいいと言われたので、好きなことをしている」
「好きなこと⋯⋯」
「教える事は好きだ」
神獣さんの方が教えるのが慣れてる、と言うのは職業柄だったのか。
大きくて優しい玄武さんは小学生達に人気がありそうだ。玄武さんが選択した小学校教諭という職業に何となく納得してしまう。
「じゃあ、またな」
きっちりと翔真の家まで送ってくれた玄武さんは、また階段へと踵を返した。
「うん!またね!」
翔真が短い犬の手を左右に振る。玄武さんも背中越しにひらりと手を振り返した。
「先生だったんだねぇ〜」
「教師なのにここに住んでるの、石田みたいだな」
「確かに」
家を開けると翔真が煙を立てて人型に戻った。キラキラと目を輝かせて食卓に向かう。
食卓にはご飯が用意されていた。『冷めてたら温めるように』とメモが置かれている。
「お腹ペコペコ!ご飯食べよー!」
「誰からとか聞かなくていいの?」
「どうせ柚ぽんだよ」
あ、と翔真は人差し指を唇に当てて笑った。
「川崎先生、ね!」




