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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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34/75

幕間(居酒屋「柩」)

柚木と愉快な仲間たちのお話です。

(柚木)

 

 朝5時に叩き起されたまま、現在時刻は17時。

 身体がだるい。でも今日は約束がある。

 欠伸をしながら賢吾の家で夕食を作る。用意していないとアイツらが何を食べるのか分からない。後片付けが面倒なのでキッチンを炭にしてして欲しくないのもある。

 夜のために今は子どもの姿をとっている。少しの間のつもりなので、服も学生時代のジャージだ。

 夜も大人の姿を維持するためにはどこかでマナを蓄える時間がいる。本当に面倒な身体だ。

 でも、アイツらには絶対に見られたくない。

 前にうっかりマナ切れをおこした時は、柳瀬に連れて帰られてアレ着ろコレ着ろとうるさかった。中川が止めてくれたけど、柳瀬は服のことになると非常にめんどくさい。

 おれは常日頃から石田みたいにジャージでいいと思うんだけど。柳瀬と柚姫が口うるさいので仕方なく用意された服を着ている。アレにはコレを合わせろだの、コレは似合う似合わないだの、まぁおれを使うのはともかくとして人生楽しそうで何よりだ。


「ただいま」

「たっだいま!」


 2品出来たところで、賢吾と石田が帰ってきた。

 やっぱり石田はいる。コイツの家は大丈夫なんだろうか。今度掃除しに行ってやった方がいいような気がするな。

 

「おかえり」

「今日のご飯はなぁに!?」

「鯵と豚汁。警察庁の玄関に置かれてた」

「相変わらず食材の定期便だねぇ」

「クーラーボックスに入れてくれるようになっただけマシじゃねぇかな⋯⋯」


 思い出す。夏場に大量の魚が(じか)に並べられていた惨事を。

 臭いも取れないし、命は粗末になったし、誰も幸せになれない事件だった。それからは人魚、半魚人勢には持ってくるのはいいけど冷やして欲しいと何度もお願いしている。

 ついでに豚は1頭そのまま置かれていた。今朝亡くなったんだそうだ。

 森谷が捌いて警察庁職員に配っていた。俺達だけでは到底消費しきれないからだ。


「神様からお供えされるって面白いよね」

「生きたまま列を作られるよりはいいだろ」

「あったねぇ、行列牛事件⋯⋯」


 そう、それからはなるべく動物は定期的に使役するようにしている。

 生きている命を差し出されるのは勘弁だ。生きている限りは命を全うしてもらいたい。その牛達は現世に帰ってもらったけど、帰る間際まで焼肉の部位を首から下げている牛もいた。


「石田、準備出来たら冷蔵庫から適当に副菜出して」

「何個出していいの!?」

「何個⋯⋯?お前どれだけ食べる気だ」

「香流も食べるんでしょ?」

「おれは今からヒツギの店に行く」


 石田が「えー!」と声を上げた。洗面所から出てきた賢吾は少し嬉しそうだ。良かったな、2人きりで。


「3人で食べるんじゃないの!?柚姫は!?」

「柚姫は今仕事で北海道だよ」

「雲雀は来ないの!?」

「まゆは弟がいるだろ」

「じゃあ、じゃあ森谷さんは!?」

「アイツは知らね」


 知らないどころか夜に出て行くことを言いたくない。ヒツギの店はA地区のはずれだ。行くと言ったら絶対止められるに決まっている。

 もう立派な大人なのに、後輩の店に行くのに許可がいるなんてそんな馬鹿な話あるか。おれは火を止めて器に夕食をよそい始める。


「お前ら恋人同士なんだろ。いいじゃねぇか2人きりで」

「そうそう、いいじゃないか2人で。香流、運ぶよ」

「熱いから気をつけろよ」

「い、いーいけど⋯⋯!世間的にはそうかも知れないけど、俺の心の準備が全然出来てないというか」


 モゴモゴ言う石田は無視して、おれと賢吾で食卓の準備をする。


「石田、さっさと手洗ってこい」

「た、食べたら今日は帰る!」

「拓次が見たがってた映画借りてきたよ?」


 石田と賢吾ではあらゆる面で勝負にならない。

 賢吾は石田の趣味も好みもやりたい事も全部熟知している。まゆが尊敬していた。尊敬するべき所なのかどうかはおれは知らないけど。


「新作だから返したら次借りれるか分からないなぁ〜」

「⋯⋯っ、な、何もしないなら!」

「俺は拓次がそこにいるだけで幸せだよ」


 賢吾が勝った。

 石田よっわ。毎度毎度コイツらは本当に幸せそうで何よりだ。

 おれの仕事は終わったしさっさと帰るか。キッチンを布巾(ふきん)で拭いて、帰り支度を始める。


「じゃ、また明日」

「本当に帰っちゃうの!?」

「夕食作ってやっただけ感謝しやがれ」


 賢吾と石田の側は居心地がいい。子どもの姿でも可愛いとか言わず当たり前のように接してくれるから。

 だから、夕食くらい作ってやってもいいかなと思っただけだ。賢吾もたまには2人がいいと言っていたので長居するつもりもない。


「香流も楽しんできてね」

「うん」


 片手を上げて、振り返らず賢吾の家を後にした。




 大人の姿に戻った俺は、柳瀬に着てこいと指定された服でのんびりC地区を歩く。秋と言えどまだ気候は暑い。暑いけど、風は秋らしく涼しくて心地がいい。

 外を歩くのは好きだ。たまに警察官だと気付かれては軽く挨拶を交わす。途中、泣いている1つ目小僧を見つけたので一緒に親を探し回った。親の方も探していたので、すぐに見つかってほっとする。

 横断歩道でばぁさんが止まっている。あのばぁさんはカナダの山から島へ迷い込んできたばぁさんだ。身寄りがないのでそろそろばぁさん達が暮らす施設を作った方がいいと賢吾が言っていたな。とりあえず荷物くらいは家まで運ぶ。後は何とかなると言うので玄関先で分かれた。

 C地区とA地区の境目で4人組の若い男が集まって何か話をしている。

 A地区へ入るには鉄柵のゲートをくぐる必要がある。子どもが迷い込んでしまわないようにそう取り決めた。

 話し込んでいるということは未成年か?顔を見れば分かるか。音を立てずに近付くと、やっぱり高校生だった。確か石田の教え子だ。


「おい」


 声をかけると、びくりと4人が肩を強ばらせる。


「なんかあったか?」

「あ、あの⋯⋯」

「セイレーンのお姉さんに呼ばれて」

「セイレーン?」


 C地区にいるセイレーンは楽器屋で働いている。人間と結婚しているしA地区には行かないはずだ。

 ただ、俺もA地区で暮らす者を全て把握しているわけではない。セイレーンが2体いても不思議じゃない。


「高校生はまだA地区へ行けないだろ。お前らの勘違いじゃねぇの?」

「はい、でも、あの⋯⋯」

「えっと⋯⋯」


 子ども達が口ごもる。俺は首を傾げた。

 すると、突然、A地区のゲートが開いたと同時に歌声が聴こえてきた。

 4人組の目の色がふっと消える。セイレーンは魔族だ。その歌声には魅了の魔術が含まれている。

 柔らかな羽がゲートから伸びてくる。

 俺は黙ってゲートを閉めた。


「いっだぃ!」

 

 鳥の羽がゲートに挟まって、歌が止まる。

 4人組は正気に戻ったのか、俺がゲートを閉めてセイレーンを挟んだのが分かったのか、逃げるようにC地区へ帰って行った。


「痛いんですけど!?」

「許可なく子どもを連れていこうとするからだろ」

「あら、可愛いお嬢ちゃん」

「俺は男だよ」


 ゲートから姿を現したセイレーンは、楽器屋のセイレーンとは風貌が全く違っていた。

 紫の瞳に、長い水色の髪。あと着てんのか着てないのか分からないくらい薄い服。

 楽器屋のセイレーンは人魚だから種族が違うのか。まぁどっちせよコイツのやろうとしてたことは職業柄見過ごすわけにはいかない。


「アイツらが補導される事になるんだから、A地区に誘うのはやめてやれ」


 理由は知らないけど、このセイレーンが子ども達を誘い込もうとしていた事は事実だ。

 セイレーンはふふっと口角を上げた。羽毛で抱きつこうとしてくるので、距離を取る。


「あ〜ん、冷たい」

「そりゃそんな格好してるからだろ。風邪引くぞ」


 柳瀬指定のカーディガンを脱いで、薄着のセイレーンに羽織らせてやる。

 指定の格好ではなくなったけど、後で柳瀬に文句言われるくらいだし別にいいか。それよりA地区の奴らは病院嫌いも多いし病気になった方が後々大変そうだ。


「もうアイツらに関わるなよ」


 動かなくなったセイレーンの横を通って、ゲートをくぐる。

 A地区に足を踏み入れた先に巨大な男が待っていた。2メートル近い身体に割烹着のような服を着ている。俺は片手を上げた。


「よー、ヒツギ。わざわざ出迎えか?」

「いや、もうひとつの仕事の方だったんですが⋯⋯」

「?」


 ヒツギの声は低いのでボソボソ話されると何を言ってるのか聞き取りづらい。

 隣に並ぶとヒツギは今度は聞き取りやすい声で「異界の魔物肉が入りましたよ」と言った。


「中川と柳瀬は?」

「もう飲んでます」

「何で待ち合わせより早く来てんのにもう飲んでんだよ」


 ヒツギと並んで店に向かう。ヒツギの店は異界料理屋で、異界の植物や魔物の料理は見た目はアレだけどなかなか面白い。

 途中、ヒツギがゲートの方を振り返ったのが見えた。

 あのセイレーンと知り合いだったんだろうか。

 見上げると、ヒツギは微かに首を振った。



 

「あー!!アタシの指定した服と違う!」


 店に入るなり柳瀬がうるさい。

 わめく柳瀬の元へ行って、ヒツギが何かを耳打ちした。途端、柳瀬の顔が呆れ顔に変わっていく。


「柚木、アンタ相変わらず馬鹿なの?」

「おい、ヒツギ何言った」

「内緒です」


 俺の疑問には答えず、ヒツギは店の奥へ引っ込んでいく。

 小料理屋であるヒツギの店は奥の厨房と4人がけのテーブルが2つしかない。今日はなし崩し的に貸切なので中川も柳瀬もそれぞれ我が家のようにくつろいでいた。


愛敬(あいけい)は?」

「女子会するって振られたわよ」


 柳瀬は口調と見た目は女の格好をしてるけど中身は男だ。真っ青な髪と同じ色の瞳を伏せると、呆れ混じりに肩を竦める。


「柚木、こっちこっち」


 中川がにこやかに紫色の瞳を細めて俺を手招きした。

 ふわふわの銀髪が絵本に出てくる天使に良く似ている。ふたりとも、俺が中学生の時からの友達だ。

 中川の隣に座ると、ヒツギが飲み物を運んできた。

 俺は酒は飲まない。と言うか、警察学校時代に酒を浴びるというトラブルに巻き込まれて以来飲んでいない。

 まゆが泣きながら金輪際飲まないで下さいと懇願するから言う通りにしている。どうやら酒癖が悪かったらしいので、迷惑かけてまで飲みたいとも思わないしそもそもいつもお茶しか出されない。


「柚木さん。これはリア星のコルト地方で獲れるバリア鳥の肉です」

「なんて?」


 ヒツギが平皿に載せた鶏肉のようなものを運んできた。

 黒い。とにかく見た目が黒い。墨汁をかけたような黒さだ。


「黒いな⋯⋯」

「肉厚で美味しいですよ」

「いただきます」

 

 ヒツギが言うので食べてみると、確かに美味しかった。

 鶏とはまた違う。塩のみのシンプルな味付けでも、肉の味が濃くて弾力も強い。


「美味しい」

「俺も食べようかな」


 中川が箸を伸ばした瞬間、バァン!と大きな音を立てて店のドアが開いた。

 身構える前に何かが突撃してくる。赤い何か。は俺の前で何かに弾かれて蹲った。


「いってぇぇ!?」


 後ろ側で丸めたひとつ縛りの赤い髪の、背の高い男。それは木戸だった。木戸の額から何故か煙が出ている。


「バリア鳥を食べた人は悪意から守られるらしいですよ」

「へぇ〜」

「あら、柚木にピッタリじゃない」

「良かったねぇ柚木」

「ちょっと誰か俺を心配しないの!?」


 悪意の塊が起き上がった。ぶつくさ文句を言いながら俺の前に座る。


「可愛い後輩がはるばるドイツから帰ってきたのに冷たい先輩方だことで」

「なぁ、ドイツから日本ってどれくらいで着くんだ?」

「最低でも半日はかかるはずだけど?」

「早く先輩に会いたくて飛行機等乗り継いで(物理)帰ってきましたよ。快適な空の旅!」

「よく振り落とされなかったわね」


 柳瀬が呆れて言った。俺も呆れている。早く帰ってこいなんて一言も言ってねぇんだけどな。


「途中神獣とか現地の妖怪とかにも手を借りました。みんな先輩が寂しがってるって言ったら快く手を貸してくれましたよ。ヒツギ、俺ハイボール!」

「寂しがってねぇよ」


 自由気ままな木戸は無駄に上機嫌だ。

 人の顔を見てニコニコしている。と思ったら柳瀬がやって来て俺の顔を隠した。前が見えない。


「悪意扱いされたんだからさっさと帰りなさいよ」

「やーだね。早く先輩に会いたくて帰ってきたんだから。先輩、俺のお膝座る?」

「アンタまた弾き飛ばされるわよ」

「て言うか何で俺はダメで柳瀬はいいの?判定おかしくない?」


 柳瀬の手をよけて見上げると、柳瀬が心底心外そうな顔をしていて思わず笑ってしまった。


「変な顔すんなよ」

「やぁね。こんな綺麗なお兄さん捕まえて変な顔なんて」

「自分で言うあたりが柳瀬だな」


 笑っていると、拗ねながら柳瀬が席へ戻って行った。隣のテーブルを1人で悠々と使いながら膝を組んで偉そうにテーブルに肘をつく。

 俺の隣の中川はバリア鳥を食べながら、あ、と小さく声を出した。


「そうだ。柚木、来月の予定なんだけど」

「来月?」

「妖怪勢が運動会やりたいって言ってたでしょ。その会場の件なんだけど⋯⋯」

「⋯⋯そう言えばそんな事言ってたな」


 大天狗から聞いていたのにすっかり忘れていた。

 妖怪達の運動会は、運動会という軽い響きでも中身は妖怪の長決めという重大な行事だ。

 一年に一度、妖怪の(おさ)を決めて俺の直属になる栄誉?を手にする。もう5年大天狗が長を死守しているからやらなくていいと思うんだけど、妖怪達は妖怪達で色々あるらしく不開催には至っていない。


「木戸は出ないの?」

「めーんどくせーのでパス。そもそも俺は妖怪ではありません」


 酒を煽りながら木戸がしっしっと手を振った。


「んなもんに出なくても先輩の側にいる権利は有していますので。それに長なんかになったら神様会議に出なきゃならなくなるでしょ。絶対嫌でーす」

「出たくないのは同意する。俺も出たくない」


 出たくないけど勝手に連れて行かれる。俺は深くため息をついた。


「アンタ一応鬼のくせに出なくてもいいの?」

「だって嫌なもんは嫌なんだもん。先輩が大変ならお手伝いくらいはしてもいいよ」


 木戸がバリア鳥を食べている。悪意が悪意を退けるものを食べて大丈夫なんだろうか。


「いつがいいとかある?」

「来月10日以外ならいいぞ」

「あら、10日に何かあるの?」

「翔真達の文化祭に行くって約束した⋯⋯」


 言ってから気付いた。

 これ、言わない方が良かったんじゃねぇの?

 と思った矢先に、柳瀬が嬉しそうに声色を上げる。


「アタシも行く!」

「却下!」

「中川も行きましょ!やだ、何着ていこうかしら」

「本気でやめてくれ!ゼウス達にも絶対来んなって言ったばかりなんだから!」

「あら。なら尚更行かないと。ボディーガードしてあげるわよ」

「人の話聞かねぇなお前はよ!」


 柳瀬の肩を揺すっても柳瀬は平然としている。

 出た言葉を戻したい。焦る俺の肩を、後ろから誰かが優しく叩く。


「柚木。諦めよ」

「何で俺が諦める方向になってんだよ!」

「先輩、俺も行くー」

「アタシ指定の服を着てくるならいいわよ」

「何で柳瀬が許可取ってんだ!」

「あーら、アタシに逆らってもいいのかしら?」


 柳瀬がいきなりスマホの画面を俺に突きつけてきた。

 そこには、―――いや、何でだよ。


「とっても可愛いアンタの写真、各方面にたかーく売りつけるわよ」

「愛敬⋯⋯っ」


 柳瀬のスマホには、タタラポッカ星人事件後のブカブカの警官服を着た子どもの俺が表示されていた。

 こんなもの撮るのは愛敬しかいない。アイツ簡単に裏切りやがって。元勇者のくせに!


「女の子相手に口約束で済まそうなんて甘すぎるわよ、香流ちゃん」

「愛敬も立派なA地区の住人だねぇ」

「えっちょっと待って!俺もその写真欲しい!」

「高くつくわよ?」

「全財産つぎ込みます!」


 崩れ落ちる俺の上で、友人達がわぁわぁととても楽しそうに騒いでいる。

 いや、俺が悪かった。口を滑らせるべきではなかった。

 コイツらに配慮とか大人の対応とかそういうのを求める俺が間違っていた。

 

「⋯⋯せめて来るなら大人しくしててくれ」

「やぁねぇ。アタシはいつでも思慮深くて控えめな男よ」


 どこがだよ⋯⋯。


 コイツらを連れて行って平和に終わる未来が見えない。頭を抱えて対策を講じるけど、何も思い浮かばない。

 蹲る俺の上に、バリア鳥の効果が切れたのか木戸がのしかかってきた。重い。睨みつけると、木戸は嬉しそうに笑っていた。


「先輩、大好き」


 またかよ。


 何百回も聞き飽きた。手刀をくらわせようとすると、その手を遮られる。

 いきなり顔が近い。思わず硬直してしまう。


「やぁねぇ、こんなところでイチャイチャしないでよ」

「今日も俺の先輩が可愛い」

「当たり前でしょ。アタシがプロデュースしたんだから」


 俺と木戸の間にビールジョッキを割り込ませながら、柳瀬はニヤニヤと笑った。

 木戸の手が俺から離れていく。俺は内心ほっとした。


「柚木が成長したらこんな感じかな?って思わせる絶妙なバランス具合でしょ!」

「毎日毎日屋上で特訓させられた苦い思い出だよ」

「そんなことしてたねぇ⋯⋯」


 いつの間にか席に戻っていた中川が可哀想なものを見る目で俺を眺めている。俺は成長さえすれば適当でいいと言ったのに柳瀬は見た目にものすごくうるさい。その特訓のお陰で今は深く考えなくてもこちらの姿になることが出来るけど、あの時はとても辛かった。何かに襲撃された方が百倍マシだった。


「もう少し不細工でも良かったんじゃないですかね」


 何かの料理を運んできたヒツギが会話に混ざった。柳瀬はビールを飲みながらやれやれと肩を竦める。

 

「やだ、分かってないわねぇ。柚木から可愛さと美しさを取ったら野生しか残らないのよ!」

「俺はゴリラが良かった」

「万が一にでもゴリラになったら一生着せ替え人形にしてやるんだから」


 ぞっとした。嫌すぎる。俺はぶんぶん首を振った。


「やぁねぇ、冗談よ」


 柳瀬の目は本気だ。俺の安全圏、中川を盾にする。


「中川、何とかしろ」

「柳瀬ぇ、あんまり柚木をいじめちゃダメだよー」

「中川はアタシと柚木どっちの味方なの!?」

「今は柚木かなぁ」

「ひどい!じゃあ香流ちゃんがゴリラになってもいいって言うの!?」

「それは嫌かなぁ」


 あはは、と笑いながら中川が何かの酒を飲む。アルコールの匂いがふわっと漂った。


「先輩じゃ柳瀬には勝てないですって」

「着せ替え人形は嫌だ」

「じゃあゴリラになるのはダメよ。ゴリラはゴリラで美しいんだから、アンタの領域ではないわ」

「分かったよ⋯⋯」


 しぶしぶ了承すると、柳瀬も納得したのか席に戻った。

 俺も中川の隣に戻る。

 テーブルの上にはペンキを被せたような真緑のよく分からない食材が置かれていた。山菜のような見た目をしているのに、とにかく緑色だ。


「ヒツギ、何これ」

「リュッチュポヒヌル草です」

「なんて?」


 ヒツギ以外の声が重なった。

 ヒツギは顔を背けて肩を震わせて笑っている。ハモったのがツボに入ったらしい。


「相変わらず変なツボねぇ」

「木戸、食べてみたら?」

「先輩があーんしてくれるなら」

「中川、あーん」

「あーん」

「お、れ、に!」


 中川に食べさせると、中川は渋い顔をしながらうーんと唸り始める。

 気になるので、俺も食べてみた。瞬間、口の中に広がる生臭さと鼻の奥に抜ける辛さ。


「かっら!!」

「あら、辛いの?それ」

「凝縮したたこわさみたいな⋯⋯?柚木、お茶どうぞ」

「聞いてから食べれば良かった⋯⋯」


 辛いのを食べれないわけではないけど、口の中は痛い。油断してたから余計にダメージをくらった。

 そして、はっとする。木戸を見るとげっという顔をされた。思わず口角が上がる。


「ほら蓮、あーん」

「名前呼びとあーんのダブルコンボ!でも先輩、俺辛いの無理で」

「いいから食えよ」


 横から柳瀬が木戸の口に謎の草を突っ込んだ。

 俺が箸でつまんでいる分よりはるかに量が多い。木戸の魂が飛んでいく。


「木戸、飲んじゃえ飲んじゃえ」


 中川は優しいのか優しくないのかよく分からない事を言いながら、木戸にハイボールを差し出した。仕方がないのでヒツギに水をもらいに行ってやる。


「容赦ねぇなお前」

「日頃の鬱憤よ」


 木戸に水を渡すと物凄い勢いで飲み干した。柳瀬は据えた目で木戸を眺めて、鼻で笑った。


「お前なぁ、殺す気か!」

「こんなもんで死んだら助かるわぁ」

「殺しても死ななさそうだもんね。木戸は」


 あははと中川が笑う。木戸の惨状を見て、厨房からヒツギが身を乗り出した。


「身体にはいいらしいぞ。お前は不摂生の塊だから丁度いいのでは?」

「なるほど。アタシは蓮ちゃんの恩人ってことね」

「おっまえマジでふてぶてしいなぁ⋯⋯。ちょっとは先輩を見習えよ」

「いや、真っ先に食べさそうとしてたの柚木だからね」

「俺はあんな大量に食わそうとしてねぇよ」


 柳瀬と一緒にしないで欲しい。パクパク食べる中川と柳瀬はどうやら謎の草を気に入ったようだ。俺と木戸はもう食べる気にはなれなかった。


「そうだ、柚木。文化祭に例の子はいるの?」


 木戸が手を掴んで来ようとするのを避けて遊んでいると、急に中川が話をふってきた。

 一瞬油断したので木戸に掴まってしまう。そのまま指を絡めようとしてくるので思い切り手を引っ込めた。


「くすぐったいからやめろ、バカ」


 急に真顔になる木戸の手の甲を柳瀬がフォークで突き刺す。

 そのままフォークで交戦を始める2人は置いておいて、ぞわぞわした手を振りながら俺は中川の方を向き直った。


「もう学校に行ってるからいるだろ。何するかまでは聞いてないけどな」

「何するんだろうねぇ。ダンスとか劇とかかなぁ」

「文化祭行ってないから分かんねーなぁ」


 経験値0の2人が話していても答えは出ない。

 そういえば、俺達が卒業した後は文化祭はやってたんだろうか。


「なぁヒツギ、文化祭って何すんの?」

「主に学習成果や活動成果を発表する場ですね。ちなみに当時3年生は免除だったので俺達も何もしてませんよ。俺と愛敬はずっと舞台を見てました」

「へぇ〜」

「あーら。出なくて良かったじゃない。香流ちゃんリズム感0でダンスも壊滅的なんだから」

「別に踊れなくても困んねーもん」


 警察庁でもそういう類の催しは出ないと決めている。春先の祭りでは愛敬とまゆが柚姫の歌を踊っていた。柚姫監修でアイツらノリノリだったな。


「⋯⋯あぁ、祭りか。学校のお祭りって事だな」


 なんだか妙に納得した。翔真が来て欲しがるわけだ。


「楽しみねぇ。アタシ何着て行こうかしら」


 あ、柳瀬のフォークが割れた。

 木戸の勝ちだ。木戸はフォークをテーブルに戻すとまた俺に手を伸ばしてきた。

 俺はもう手は伸ばさない。コイツの触り方には悪意がある。じっと見ていると木戸がテーブルに突っ伏した。


「柳瀬ぇ、先輩は超可愛い格好でよろしく」

「セーラー服?」

「その日は絶対にゴリラで行く」

「今度服選びに行きましょ、香流ちゃん。だからゴリラはやめて」

「もうこれ以上服はいらねぇから、持ってるもんで勘弁してくれ」


 既に何着あると思ってんだ。毎度毎度何かある度買ってこられても置く場所も着るタイミングもない。


「じゃあ持ってる服写真送ってね。全部」

「それもめんどくせぇ⋯⋯」

「可愛さに妥協は許されないのよ!」


 俺は可愛くない。何でコイツは人の格好にこんな熱くなれるんだ。

 中川はニコニコしている。止めないつもりだな。木戸も何が嬉しいのか穴が空くほど見つめてくるし。

 やっぱり文化祭なんか行きたくねー。

 それからの時間は、柳瀬がどんなコンセプトで行くかを延々と聞かされると言うとんだ苦行が待っていた。

  



 ★★★★★



(中川)


 時刻は0時を回った。

 壁時計は静かに時を刻んでいる。

 ふと気付くと、柚木が隣でこくりこくりと船を漕いでいた。まだ身体年齢は子どもだもんねぇ。羽を出して包むと安心したのか本格的に寝始めた。

 穏やかな寝息と共に、小さくなった柚木がこてんともたれかかってくる。金色の髪が白い羽にとけるようでとても綺麗だ。


「いぃ〜なぁ〜」


 木戸が羨ましそうに見てくる。でも木戸には渡さない。木戸に預けて何するか分かんないし。


「中川さん、変わって下さいよ」

「羽出せたら変わってあげるよ」

「この腹黒天使!」

「そんな事はじめから分かってる事じゃない」


 いつの間にか日本酒の瓶を開けた柳瀬が、呆れ混じりに言った。ヒツギも柳瀬の前に座って飲み始めている。


「で、柚木のアホが『サクリファイス』の女を捕らえたって?」

「ゲートの前で放心状態だったので、部下が捉えて今頃柳瀬さんの家で拘留されていますよ」

「あら、ありがと。このまま芋づる式に親玉が出てきたらいいけどねぇ」


 ヒツギが用意した枝豆を食べながら、柳瀬は日本酒を煽る。木戸は訝しげに眉をひそめた。


「『サクリファイス』って、童貞ばっかり誘って臓器抜いてるって噂の?」

「やだ。噂じゃないわよ。現世拠点だから足がつきにくかったのよね。調子に乗って地球人以外を狙ったおかげで捕まえられたけど」


 柳瀬はにやりと口角を上げた。

 

「お薬を使って、性交中にこう⋯⋯」


 柳瀬が笑いながらお腹を縦に切る真似をする。木戸ははぁー、と感心するように零すと空のグラスを柳瀬に傾けた。

 

「嫌な腹上死」

「まぁある意味柚木がいて良かったわぁ。男衆向かわせられないからどうしようかと思ってたのよね。ヒツギもヒューマノイドとは言え男だし」


 柳瀬は木戸に日本酒を注いでやった。木戸はケラケラ笑って柚木の方を見る。


「セイレーンの魅了が効かないなんて、相変わらずだなぁ」

「そりゃそうでしょ。外見は変えれても中身は子どもなんだから」

「柳瀬。絶対本人の前で言わないでよ」


 呆れながら柳瀬に忠告すると、柳瀬は「はーい」と元気よく返事をした。

 この島には、人間も人外も異界の人も様々なひとが住んでいる。

 そこには必ず欲望が付きまとうもので。そういう負の欲望のはけ口としてA地区は機能している。

 人間を喰らいたいもの。精霊や妖精を剥製にしたいもの。人外と性交渉を持ちたいもの。抑えられない破壊衝動を持つもの。

 それらを許容し、ある程度は受け入れて、そうやってこの街は機能している。

 でも、そこは柚木には触れさせたくない裏側だから。

 裏側は俺達が蓋をする。そうするともうずっと前に決めたから。


「ねぇ、このネンネちゃん誰が連れて帰る?」


 柳瀬が柚木の頬を突っつきながらニヤニヤ笑った。


「俺!」

「はないとして。中川連れて帰る?」

「家に送ってってもいいけど、よく寝てるし連れて帰ろっかな」


 元気よく手を挙げた木戸は無視して柳瀬と話を進める。傍から、ヒツギもはいと手を挙げた。


「俺は明日定休日ですよ」

「やぁね。今から忙しいわよ?棺屋」

「俺も明日休み!」

「てめぇはねぇっつってんだろ」


 この後輩は隙あらば手を出そうと試みてくるなぁ。

 いつも柳瀬に撃退されてるのに懲りない奴だ。


「柳瀬が誰が連れて帰るって聞くから!」

「アホなの?アタシか中川かどっちにするか確認しただけよ」

「中川さんは大丈夫だって言うのかよ!」

「さすがに寝てる子に手を出すような真似はしないかなぁ」


 咎めるような視線を向けると、木戸はさっと顔を背けた。


「あのねぇ、柚木がそういう行為に嫌悪感持ってるのは知ってるでしょ。昔クラスメイトがエロ本読んでるのを汚物を見るような目で見てたんだから。そのうち口きいてもらえなくなるわよ」

「それは嫌だなぁ」


 木戸が折れた。はぁーと深いため息をつきながらテーブルに崩れ落ちる。


「全く、エロゲ並にフラグ乱立するコイツが一番悪いわ」


 柳瀬が柚木の頬をつねった。柚木は寝ながら迷惑そうな顔をしている。

 

「エロいこと一切出来てないんだけど」

「うるさいわよ存在がエロ」


 ヒツギがまたツボっている。肩を震わせて静かに爆笑するヒツギは笑いのツボがイマイチ謎だ。


「じゃあ、俺はひと足先に帰るよ」


 柚木を抱えあげて、俺は席から立ち上がる。

 柚木は軽い。長い睫毛を伏せてすやすや眠る姿は電池が切れたおもちゃのようだ。


「はいはい。アタシ達は飲みながら捕まえたセイレーンの処遇でも決めることにするわ」

「中川さん、気の迷いが起きないよう願っています」

「中川さん!俺の先輩なんだから絶対手出すなよ!」

「わぁ〜。俺信用ないなぁ」


 背中からチクチク針を刺されるような視線を感じる。

 柚木には安全圏扱いして貰ってるんだけどなぁ。

 店を出ると、あたりは喧騒で満ちている。

 人であれ人でなくても、ここへは欲を吐き出しに来る。

 女が男を呼び、男はそれに応える。路端では喧嘩の声が聴こえる。奥へ潜ると更にそれは色濃くなり、道すがら嬌声が聞こえることも珍しくない。

 なので、上から帰りましょう。

 羽をはためかせて、宙を舞う。A地区にいる天使族は俺だけだ。下から何か言っている声がするけど、よく聞こえない。聞く気もあまりない。

 秋深く、夜風が心地いい。スピードを落として飛んでいると、ふ、と柚木が目を開けた。俺の顔を見て、安心したようにまた目を閉じる。

 少しは安心して貰えてるんだろうか。

 A地区の夜は長い。明かりを眺めながら、鼻歌でも歌いたい気分だった。

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