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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
白兎事件編
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32/76

白兎事件編3(文化祭へのお誘い)

(夏椎)

 

 俺の朝は朝食作りから始まる。

 父さんの寝起きが悪くて、いつも朝の準備に時間がかかるからだ。別に頼まれた訳ではないけれど、父さんが喜ぶから俺は自主的に作るようにしていた。

 一日の始まりは朝食から。

 父さんは俺が用意した朝食をいつも全部食べてくれた。美味しいって笑ってくれるのが嬉しくて。

 この島へ来てからもそのつもりだった。晃は父さん以上に寝起きが悪い。よく眠っているふたりを起こさないようにこそっとロフトベッドから降りて、キッチンへ向かう。

 でも、今日は既に食卓に朝食が並んでいた。


「お、起きたか」


 香流さんがキッチンに立っていた。

 白いカッターシャツに紺色のニットベストを合わせた、お出かけスタイルだ。いつもの警察の制服じゃない。

 でも、見た目は黒髪の警官モードだった。翔真の家なんだからそりゃあそうか。俺もあの姿のことは絶対に言うなと念を押されている。


「おはようございます」

「合鍵使って勝手に入ったぞ」


 テーブルに並べられた料理は、炊きたてご飯に秋刀魚、肉味噌炒め、お味噌汁、ひじきの卵焼き、しらすに白菜の漬物。

 翔真が匂いに釣られて勢いよく起きた。ベッドから身を乗り出してテーブルと香流さんを見比べると、ぶんぶん尻尾を振る。


「柚ぽんおはよ!今日はどうしたの!?」

「どっかのアホに叩き起されたから眠気覚ましに来た」

「朝ごはん作ったの!?」

「⋯⋯あー、賢吾から預かってきた」

「わーい!」


 翔真は起きた瞬間から元気いっぱいだ。飛び降りるようにして降りてきた翔真は、勢いよく香流さんに向かって突撃した。

 晃は起きてこない。まるでロフトベッドの上には誰もいないように静かだけど、さっき翔真に踏まれてたと思うんだけどな。


「晃、朝だよ」

「⋯⋯俺の周りの大人は絶対朝起こしに来やがる」


 あ、やっぱり起きてた。

 

「夏椎、ほっとけ。どうせしばらく動かねぇから」


 それは確かに言えている。先日も起きてこなかった晃は石田先生に無理矢理叩き起されていた。


「柚ぽんは今日お休み?」

「いや、C地区の見回りに行く。制服で行くと構えられるから私服の方が都合がいいだけだよ」

「1人で行くの?おれも行きたい!」

「お前は学校」


 抱きついてくる翔真の額を香流さんはぺしっと叩いた。キャン、と翔真が目を閉じる。


「おれも行きたかった!」

「行ってどうすんだよ。夏椎の付き添いするんじゃなかったのか?」

「夏椎も行く!」

「転校したばかりで休ませてやるなよ。ほら、さっさと食え。晃は後10分で叩き起こすからな」


 香流さんは翔真を食卓へ座らせてから、晃に呼びかけた。晃は無言を貫いている。


「アイツ⋯⋯。まぁいいや。夏椎、翔真。放課後警察庁の屋上に来い。特訓の続きだ」

「はい⋯⋯」

「はーい!」


 項垂れる俺とは対照的に、翔真は手を挙げて嬉しそうに返事をした。

 ロフトベッドの方から、「俺も行く」と晃の掠れた声がする。


「あと9分」


 香流さんがぼそっと呟く。

 翔真はニヤニヤ笑っていた。その意図が掴めなくて、俺はこそっと翔真に耳打ちする。


「何で笑ってるの?」

「見てれば分かるよ」


 くすくす笑いながら朝食を食べる翔真。俺は不思議に思いながらも、それ以上は追求することなく「いただきます」と両手を合わせた。

 黙々と朝食を摂る2人と、スマホ片手に誰かと連絡を取っている香流さんと、まだ起きてこない晃。穏やかで静かな時間が流れる。

 時計は進む。翔真の家に壁時計がないので何時なのかは分からないけれど、時々香流さんがカウントダウンをするので時間経過だけは理解出来た。


「あと1分」


 香流さんが最終カウントを告げる。

 香流さんはズボンのポケットにスマホをしまうと、スタスタと窓際へ歩いて行った。その様子を、俺と翔真はじっと見守る。

 香流さんは窓を開けた。


「起きろー」


 バサバサと羽音を立てて、数え切れない鳥の群れが部屋に入ってくる。

 鳥の群れはベッドへ真っ直ぐ向かっていき、晃の周りを縦横無尽に飛び回った。晃の手が鳥を掴もうとしても素早く逃げられるので捕まえられない。


「今日は鳥かぁ」

「いつもは違うの?」

「猫とか犬とかリスとかうさぎとかよりどりみどりだよ」


 いくら可愛い動物ばかりでも、あの起こされ方はちょっと⋯⋯かなり嫌だな。

 俺は晃に同情した。晃が耐えきれず飛び起きると、鳥の群れは窓から1羽残らず飛び去っていく。


「バサバサバサバサうるさい」

「さっさと起きないお前が悪い。目が覚めたんなら準備しろ」

「警察め⋯⋯」

「だーから、その呼び方やめろっての」


 悪態をつきながらも晃は渋々準備を始める。香流さんは落ちた鳥の羽を片付けると、布団をベランダへ干しに行った。


「ねぇお母さん、ご飯おかわりある?」

「せめてお父さんって言えよ。炊飯器にまだ残ってるから自分でよそってこい」

「はーい!」


 翔真はいそいそと茶碗を持って炊飯器へ歩いて行った。

 ベランダの香流さんは、先程の鳥たちと何か話している。

 こちらから見るとまるで女神様のようだ。前から思っていたけれど、香流さんは動物と話している時はとても表情が柔らかい。その姿は、髪色は違っても元の姿と重なるようだった。


「動物が言うこと聞いてくれるってすごいよねぇ」

「翔真は言うこと聞かないのにな」

「おれは犬人間だから!」


 晃がようやく食卓についた。胸を張る翔真に俺は何も言わず、黙々と食事を続ける。


「ごちそうさま!ねぇー柚ぽん今日は一緒に行ってくれるの!?」


 朝食を食べ終わった翔真が、食器を片付けた後ベランダへ突撃しに行った。

 翔真は人によく懐いている。人好きするのはポメラニアンの習性らしく、誰も彼も尻尾を振って笑顔を振りまくので相手も毒気を抜かれてしまうようだった。もちろん、俺もそのうちのひとりだ。


「片付けといてやるから3人で行けば?」

「たまには一緒に学校行こうよー!柚ぽんの時も西田先生いたんでしょ!?」

「いたけど学年違ったからあんまり接点ねぇよ」

「むー」


 翔真は分かりやすくむくれている。香流さんははいはいと苦笑いしながら翔真の頭を撫でた。


「ま、そのうちな」

「じゃあ!文化祭!文化祭来てよ!来月あるから!」

 

「文化祭?」

「毎年10月に文化祭がある」


 ベランダから聞こえた文化祭と言う言葉に俺が反応すると、晃が簡潔に教えてくれる。

 

 文化祭かぁ⋯⋯。

 文化祭⋯⋯ってなんだ⋯⋯?


 アメリカにはそんな催しはなかったような。そういう類の催し物には大抵不参加だったので全く記憶にない。


「夏椎」

「ん?」

「文化祭は各学年が催し物を発表する。高校も一緒にやる。教師陣も何か食べ物を出す。最後はみんなで遊びに行く」

「何それ楽しそう」


 まるでお祭りみたいだ。晃の説明だけで何だか楽しそうな事はよく分かる。


「文化祭、俺も行ってもいいのかなぁ」

「夏椎が行くなら俺も行く」

「夏椎、晃!柚ぽん文化祭に来てくれるって!」

「一言も行くって言ってねぇけど?」


 ベランダから勢いよく翔真が帰ってきた。香流さんも呆れたように後に続く。いつの間にか鳥たちはいなくなっていた。


「警察が行ったら楽しめねぇだろうが」

「だから私服で来てね!」

「おい確定事項にすんな」

「香流さん、行かないんですか?」

「ほら夏椎もこう言ってるもん!」

「夏椎が言ってるんだから来いよ」

「お前らなぁ⋯」


 呆れる香流さんに向かって、翔真がビシッと指をさした。

 

「だって俺と晃のきんきゅーれんらくさき柚ぽんだもん!保護者でしょ!」

「それは⋯⋯!」


 香流さんは口を開いてから、また唇を引き結んだ。

 分かりやすく悔しそうな顔をしている。そんな香流さんの腰元に翔真は縋るように抱き着いた。

 

「おれ、柚ぽんのことお兄ちゃんみたいに思ってるんだよ。来てよー⋯⋯」


 香流さんは黙ったまま翔真を見つめている。

 しばらくふたりは見つめ合っていたけど、やがて諦めたように香流さんはため息をついた。


「⋯⋯分かった」


 香流さんは眉根を寄せながら、渋々了承した。


「ただし、」

「急に仕事が入ったから来れないって言うのはナシね」

「⋯⋯⋯」


 あっさり先手を打たれている。翔真の方が一枚上手だった。


「川崎先生にも石田先生にも言うからね。子どもとの約束破った最低な大人って言われたいなら来なくてもいいけどね!」

「お前、どこでそんな言葉学んできたんだよ」


 香流さんは額に手を当てて深いため息をついた。

 翔真の遠慮のない押し方をくらって、あまりに難しい顔をしているのでなんだか心配になってくる。文化祭とはそんなに大変な催しなのか、それとも警察だから行くのを躊躇っているのか、他に理由があるのかは分からない。


「⋯⋯大丈夫ですか?」


 つい尋ねてしまうと、香流さんははっとしたように目を大きくさせた。


「まぁ、今まで翔真も晃も行事ごとなんか行ったことなかったもんなぁ。⋯⋯よし、文化祭行ってやる。その代わり、準備も当日もしっかり楽しめよ」

「やったぁ!」


 翔真がまた香流さんに飛びついた。千切れんばかりに尻尾を振って喜んでいる。


「柚ぽん大好き!」

「分かった、分かった。ほら食べたんなら学校行く準備して来い」

「はーい!文化祭何しようかなぁ!夏椎、晃、早く学校行こ!」


 途端にご機嫌になった翔真が忙しなく学校へ行く準備を始めた。

 俺も「ごちそうさま」と手を合わせて、食べ終わった食器をキッチンへ運ぶ。そのまま洗い物をしようとすると、香流さんに「置いとけ」と声をかけられた。


「でも⋯⋯」

「今日は急ぎの仕事はねぇから気にすんな」

「夏椎は優しいな。洗い物は暇な大人に任せておけばいい」

「暇じゃねぇわ。終わったら仕事行くって言ってんだろ」


 制服に着替えた翔真が今度は俺に向かって飛び付いてきた。落ち着きのない様子が子犬らしくて微笑ましい。


「夏椎!早く着替えよ!」

「うん」

「晃遅い!早く早く!」

「俺は食ったらすぐに出れる」

「まーた制服着ないの?」


 一気に忙しなくなってきた。

 俺もクローゼットに入って学ランを手に取る。着替えている合間も外がワイワイと騒がしくて、鞄を持ってクローゼットから出ると目の前に翔真が立っていた。


「妥当文化祭!」

「倒してどうすんだ」


 翔真はニコニコ笑顔のまま、俺の手を取って玄関へ向かって歩き出す。玄関を出る直前にくるりと振り返って、香流さんに向かって大きく手を振った。


「柚ぽん、行ってきます!」

「行ってきます」

「⋯⋯じゃあな」

「気をつけて行ってらっしゃい」


 パタン、と玄関のドアを閉めて、翔真は口元に手のひらを当ててふふっと嬉しそうに笑う。

 

「ふふ、行ってらっしゃいだって」


 それからしばらく、翔真の尻尾はずっと左右にゆらゆらと揺れたままだった。



 ★★★★★


(柚木)


 あの3人を見ていると、ふと懐かしい胸中にかられる。

 洗い物に手を伸ばすと、開けたままの窓からルフが飛んできた。さっき鳥達にお願いしたから拗ねてるのか、頭の上に止まって頭をぐしゃぐしゃにされてしまった。

 まぁ、いいけど。されるがままにして、俺は洗い物の続きをする。

 

 それにしても、文化祭⋯⋯。

 

 中1の時は異世界に召喚されてそもそも地球にいなかったな。

 中2の時は無理やり異界に連れて行かれてそこでパーティをしたような。

 中3の時は『赤い石』の飛来後だったから学校に人がいないので出来なかった。

 高1の時はそもそも学校に行ってなかったし、

 高2の時はまたどっかの世界に攫われて帰ってきたら終わってた。

 高3の時は異星人に閉じ込められて⋯⋯って俺、結局1回も文化祭なんて行ってねぇな?

 

 懐かしいも何もなかった。文化祭って結局何なんだ。あいつらには聞くに聞けない状況になってしまったので、後で誰かに聞いておこう。


 洗い物が終わったあと、テーブルを拭いて簡単に部屋の片付けを始める。

 翔真の部屋は綺麗に整えられている。掃除機かけるくらいでいいかなと考えながらクローゼットを開けると、スマホが音楽を奏で始めた。

 賑やかな音楽は、柳瀬からだ。一旦クローゼットは閉めて、仕方なくスマホを手に取る。


「なんだよ」

「なんだよもかんだよもないわよ。アンタが既読スルーするからでしょ」


 急に柳瀬が責めるように早口でまくし立ててくる。

 朝から木戸に付き合わされて、今度は柳瀬か。別に嫌ではないけれど、しょうもないやり取りをする時間がめんどくさかっただけだ。

 それに、晃を起こす用事もあったんだから仕方ない。俺はスマホ苦手だし、返事打つの大変なんだからな。

 

「うるせぇなぁ、こっちだってやる事があるんだよ」

「まだ勤務前でしょ。やだ、アンタ1人で何してたの?」

「例の子どもの面倒見てたんだよ!」

「あら、面倒見のいいこと」


 くすくすと電話の向こうで柳瀬が笑っている。俺には何が楽しいのかさっぱり分からない。


「朝早くから木戸に叩き起された上にお前に責められるわで俺今日電話運ねぇな」

「あら、アンタが運ないのはいつもの事じゃない?それで、今日はちゃんと来るのよね?」

「行かなきゃ迎えに来んだろ。行くよ」


 先程のメッセージの内容を思い出しながら、俺はため息をつく。

 なんてことはない。いつもの酒の席に付き合わされるだけだ。それでなくてもしょっちゅう呼び出されたり押しかけたりしてくるくせに、わざわざ確認してくるなんて俺は信用ないんだろうか。


「じゃあ楽しみにしてるわ。お仕事頑張ってね、みんなのお巡りさん」


 柳瀬はそう言い残すと、あっさりと電話を切った。

 言質を取りたかっただけだな。翔真達が出て行った後で良かった。俺はスマホをしまって、クローゼットを開ける。

 掃除して、異界の連中にややこしいから絶対文化祭来んなって言って、柊に当日の仕事頼んで、あと翔真達用の副菜追加して、そうだ、C地区のマンションの点検の日も愛敬と確認しないと⋯⋯。

 やることいっぱいだな。脳内で整理しながら、とりあえずやることひとつめの掃除機を手に取った。

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