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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
26/27

志賀夏椎編22(志賀夏椎という少年)

 コロコロと、リンゴが転がる。

 廊下まで転がってきたリンゴを、頭に包帯を巻いた少年が無造作に拾い上げた。

 少年は、今日もたくさん人を殺してきた。

 その時に珍しく炸裂弾を被弾してしまった。放置していると膿んできたので、養父に病院へ行ってこいと命じられたから、行きたくもない病院で処置を受けてきたところで。

 少し心がささくれ立っていた。

 だから、あてもなく病院内を彷徨っていた。死を目前にした可哀想な人間達が収容されているこの場所で、何かを探すわけでもなく、意思も持たずに浮遊する霊と同じだ。


「ありがとう」


 そんな少年に向かって、病室の中から声がかけられた。

 少年は戸惑った。誰とも関わるなと言われていた。これまで生きてきて、誰かに礼を言われたのも初めてだった。


「届けてくれない?」


 これを、投げ返せば。

 それで終わる。きっと。もう二度と会うこともない。聞くこともない台詞。

 でも、これを届ければ。

 また、あのむず痒い言葉を言ってくれるのかな。


「⋯⋯どうぞ」

「ありがとう」


 それが、出会い。

 生まれつき寿命が定められていた彼女と、命の重さを知らなかった少年が初めて出会ったのは、凍えるような季節と、白い箱庭の中だった。

 


 ★★★★★



 思い返せば、(おぼろ)げながら脳裏の片隅に置いてあった。


 父さんの膝の上で授業を受けたこと。

 父さんと一緒に剣道部で遊んでもらったこと。

 父さんが卒業する時に、泣いていた人がいたこと。

 卒業してからはあまり父さんといられなくなって。

 幼稚園では、誰も傍に来てくれなかったこと。

 犬を拾ったこと。

 友達が出来たこと。

 家に帰ったら、ずっとずっといらない子だと言われ続けていたこと。


 父さんに仕事を与えるのはおじいちゃんなのに、父さんの帰りが遅いとそこにいるだけで(わずら)わしそうに殴られることもあった。

 その度に父さんが怒って、でも怒らないで欲しくて強がって我慢していた。

 閉じ込められても。殴られても。いらないと言われても。

 父さんが必要としてくれて、大切にしてくれているのが分かっていたから。

 父さんは、いつでも自分に言ってくれた。今すぐこの家を出ようと。

 でも、拒否したのは俺だった。父さんの事が好きだったから、父さんとおじいちゃんには仲良くして欲しかったのかもしれない。

 ずっと、世界の中心は父さんだった。

 だって、自分を必要としてくれるのは父さんだけだったから。


 ―――違う。そんなことは無かった。


 友達がいた。ただそこにいるだけで、大した話はしなかったけど。


 一緒に他愛のない遊びをして。

 一緒にお風呂に入って。

 一緒に手を繋いで。

 一緒に笑い合った。


 それを壊したのは他でもない、俺だ。


 (こう)、ごめん。


 俺のせいだ。


 きっと、俺達は友達になんかなるべきじゃなかったんだ。



 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯⋯


 ⋯⋯


 

 その日は、とても良く晴れていた。


「ショーマ、ご飯持ってきたよ!」


 パタパタと駆け寄ると、嬉しそうに尻尾を振ってポメラニアンの子犬が飛びついてくる。

 幼稚園の片隅。誰も入れない木陰の下に、夏椎の秘密基地はあった。

 先生もこの場所は知らないみたいだ。見つかったことはないし、注意されたこともない。ショーマはここで寝泊まりしている。家に連れて帰れないから、幼稚園にいる時にこっそり世話をしていた。


「夏椎、今日も叩かれたの?」


 晃の柔らかい手が頬を撫でる。

 夏椎の秘密基地を知っているのは、ショーマと、あと一人だけだった。

 晃は最近転園してきた子で、太っているからと早速虐められていた可哀想な子だ。

 まぁ、自分もそんなに変わらない。ヤクザの家の子だと遠巻きに見られて、腫れ物扱いされて、いないもの扱いされているのだから。

 だから、晃も無視されるようになった。夏椎と一緒にいるから。でも、別に2人でいられるなら2人ともそれで良かった。


「なんかね、おれの世話するのが面倒なんだって」

「⋯⋯そっか」

「別にしたくないならしなくていいのにね」


 夏椎は力なく笑った。

 晃も、ネグレクトを受けていた。

 食事は机にある菓子パンのみ。風呂もカビだらけで使うと怒られるから、夏椎が連れ出してくれたことがとても救いだった。

 被虐待児の共依存。そんな関係の2人が、自分がして欲しいことを埋めるようにショーマを可愛がった。

 その時間だけは、穏やかな時間だった。

 父の作った弁当を、3人で食べた。父は分かっていてか分かっていなくてかたくさんご飯を作ってくれたから。

 父は忙しい。また朝から会えなかった。

 でも、幼稚園に来ればショーマと晃がいる。


「ショーマ、今日も一緒に散歩しようね」


 ショーマは賢い。滅多に吠えることはないし、ちゃんと夏椎と晃の事を分かっている。

 帰る時に迎えに来るからね、と約束して、夏椎はショーマを抱きしめた。



 幼稚園には誰も迎えに来ない。

 晃も同じだ。いつも2人で家まで帰る道を寄り道したり、ショーマとお散歩したりして時間を潰す。

 帰ってもどうせロクなことが待っていない。

 呼べば、幼稚園の隙間からショーマは出てくる。今日も迎えに行くはずだった。

 どこへ行って、どんなことをしようか考えるだけで楽しくて。

 だから、目の前に現れたその人を見て、夏椎は思考が止まった。


「おじいちゃん⋯⋯」


 祖父が、幼稚園の前に立っている。

 咄嗟に、晃から離れた。友達だと知られるのはまずい気がした。

 先生も、他の母親や園児も、祖父の異様な空気に戸惑っている。

 祖父は黒いスーツに強面のいかにもといった風体を隠そうともしない。それが夏椎は嫌で、迎えになんて来なくていいと何度も思っていた。


「おせぇんだよ、グズ」


 祖父の話し方も嫌だった。

 存在ごと、否定するような言い方をするから。どうしても身がすくんでしまう。

 

「ごめんなさい⋯⋯」


 そして、すぐに謝ってしまう自分も嫌だった。

 足を止める夏椎に祖父は舌打ちして、ズカズカと幼稚園の中へ入ってくる。

 花や動物がたくさん描かれた園舎と、祖父の姿があまりにもミスマッチだ。祖父は夏椎の手を取ると、門の外へ連れ出そうとする。

 夏椎は微かな抵抗をした。それに苛立って、祖父は声を荒らげる。


「お前の身請け先が決まったんだ、さっさとしろ!」


 ―――みうけさき。


 夏椎はきょとんと目を見張る。意味が分からない。

 祖父は馬鹿にしたように続けた。


「龍司が帰ってくる前にさっさと行くぞ。良かったな、身請け先は片田舎のジジイとババアだよ」

「なに、言って⋯⋯」

「龍司の同情に何時(いつ)までも付き合わされるこっちの身になれってんだ。お前さえいなければアイツもまた殺しの仕事()けんだろ」


 分からない。

 早口で捲し立てられても、全然分からない。

 ただ、父と離されるという事は何となく理解出来た。

 もし、自分がいなくなれば。

 父は悲しむと思った。そう理解出来たから、祖父の手を振り払った。


「嫌だ」


 ハッキリと口から出た。

 と同時に、思い切り叩かれた。


「いい加減にしろ」


 ザワザワと、遠くから声が聴こえる。

 誰も、助けになんか来ない。痛みと衝撃に霞む目が祖父を睨みつける。


「行かない!」


 また殴られる。

 でも、父は言っていた。夏椎がいるから生きてるのが楽しいと。

 休みの日は幼稚園も休んで1日ベッタリ付き添ってくれる、そんな父が夏椎がいなくなって悲しまないわけがない。

 優しい顔をして母の話をしてくれる父が、そんな事を承諾したわけがない。

 痛い。けど、折れない。絶対折れない。


「夏椎!」


 晃の声がした。

 祖父の手が晃に伸びる。


 晃が、壁に打ち付けられた。


 流れる血が赤くて。赤が視界を支配して。


 そこから先は、スローモーションのようだった。


 視界が赤黒く染まる。

 殺さなければと思った。強く強く。それは祖父だけでなく、見ているだけのアイツらも同じだ。

 

 何もしてない。ただ生きていただけなのに。


 俺と晃が何をしたんだ。


 いらないのはお前達の方だ。

 

 全部飲まれてしまえ。全部いなくなれ。


 でも、晃だけは。ショーマだけは。


 お願いだからいなくならないで。



 ―――空で、光が、弾けた。

 


 目が覚めると、病室だった。


「夏椎!」


 見たことの無い文字と、言葉が飛び交っている。

 そんな中で、父の声はよく聞こえた。

 身体中が痛い。視界も霞んでよく見えない。

 

 なにか、だれかと、いたような――


「⋯っお願いだから、俺を置いて行かないでくれ⋯⋯!」


 夏椎の手を握りしめる父の手が震えている。

 思考が纏まらない。でも、ここに父がいる。

 夏椎はぼんやりと父を見た。いつも、自分を必要としてくれる人。愛を注いで大切にしてくれる人。


 父さんがいるなら、もうそれで、いいのかな。


 あの寂しい暗闇も、耐えがたい痛みも、もう手放してもいいのかな。


 大切だったはずの何かですら、父さんと過ごす時間の重荷になってしまうようで。


 そうして、夏椎は思考に蓋をした。


 思い出すのが怖かった。


 晃がどうなったのか。ショーマを置いてきてしまったことも。


 罪悪感に(さいな)まれるのが怖かった。


 ―――なぁ、あれからずっと俺の事を探してたの?


 探してくれていたの?


 ごめん。俺は忘れようとしていたのに。


 最低だ。ただ1人、救い出そうとしてくれた大切な友人も守れなくて。


 最低だ。全て忘れて無かったことにして、のうのうと生きてきた自分自身が何よりも。


 人殺しのくせに。


 関係のない人たちも巻き込んでしまった。


 許されるはずがない。


 生きていていいわけがない。

 

 一緒に生きていけるはずがないんだ。


 もう、あの島には―――2人の元へは帰れない。



 

「――なわけねぇだろ!」


 声が、聴こえた。

 脳内に直接響いてくる。とても澄んだ声。


「お前が殺したなんて、そんなわけねぇんだよ!5歳児が何言ってんだ!」


 赤い世界に輪郭が現れる。

 かたちを持たない赤い霧の中で、その子はハッキリとした姿を保っていた。

 短いプラチナブロンドの髪と、青と、緑と、橙が意志の強い光を放つ丸い瞳。この世のものではないようなとても綺麗なその女の子は、不格好なブカブカの警官服を着ている。

 その子は。

 誰かと同じように、真っ直ぐな透き通る声で、びしっと指をさしてきた。


「周りの人間は運悪く光に飲まれただけだ!むしろお前は晃を助けたんだろうが!」

「⋯⋯?」

「いいか、夏椎。お前の本質は物質変化だ。言っただろ。お前が翔真とトワを進化させたって」


 何だか柚木さんのような話し方で、その子は話を続ける。

 背格好は全く似ていないのに。ぶっきらぼうな口調の中に、温かさが垣間見えた。その子の周りでチカチカと金糸が瞬いて、白い光を放っている。


「晃を魔族に変えたのはお前の血だ。そのお陰で晃は光に飲まれずに済んだんだよ」

「光⋯⋯?」

「この島を現世から隔離している原因のひとつだよ。島の人間の生命を根こそぎ奪った異界の飛来物。それが10年前の事件であって、お前のじいさんが死んだのはお前のせいじゃない」

「⋯⋯俺、のせいじゃない⋯⋯?」

「そうだ。だから、お前が罪悪感なんて持たなくていいんだ」


 その子は火傷したように爛れた小さな手を、真っ直ぐに伸ばしてきた。


「よく頑張ったな」


 触れられたところが、実体を取り戻していく感覚がする。

 懐かしい光だった。あの日見た暴虐にも似た閃光とは似て非なる光。それは、生まれ落ちたあの瞬間に見えた白磁(はくじ)の光だ。


「痛い思いしたのに、晃を助けようとした夏椎は立派だよ」


 ―――立派だなんて。


 殴られても、閉じ込められても、ろくな反抗も出来ずただ受け入れて流していくことしか出来なかった。

 それでも、晃だけは助けたかった。守りたかった。たったひとりの友達だったから。


 初めて対等な立場で笑ってくれた、大事なひとだったから。


「⋯⋯でも、俺がしたことは、晃を人でなくしてしまった」

「うん、すごく便利な能力を手に入れたよな」

「便利な能力⋯⋯」

「アイツが自分で言ってたんだぞ」


 ふふっと女の子が笑う。笑うと子どもらしく見えて、花がほころぶような笑顔はこの場にそぐわない美しさだった。

 

「なぁ、夏椎。人であっても、人ならざる者であっても、おれはその命を絶対に否定しないよ」


 視界が、クリアになっていく。

 許される。(ゆる)してくれる。暴力的なほどの抗えない温もりが流れてくる。

 この人は、俺を否定しないんだ。どれだけ醜くても、例え人のなり損ないであっても、この人だけはそれがなんだと笑い飛ばしてくれる。

 すくい上げてくれる。それが間違いだとは(いと)わずに、あるがままを受け入れてくれる恐ろしい神様のようなひと。

 

「お前の人生も能力も存在も、おれが全部肯定するから。一緒に帰ろう」

「⋯⋯なんで」

「何でって、お前の事を大好きな奴らが待ってるからだよ」

「⋯⋯でも、俺はもうみんなが望む俺じゃないのに」


 ふ、と今度はまるで大人のように女の子は笑った。


「―――自分が生きる理由を他人に委ねるのはもうやめていいよ」


 父さんのため。晃のため。ショーマのため。


 まるで呪いのように、俺の行動原理の根底には必ず誰かがいた。相手が喜んでくれるように、その反応を伺いながら。もう自分が少しでも傷つかないように、まるで媚びるようにして。

 その癖を見抜かれていたことに、息が詰まる。


「その優しさは美徳でも、全部の選択権をひとに委ねることはないんだよ。相手が喜んでくれないと存在する価値がないなんて、自分で決めてしまうのは勿体ないぞ」

「⋯⋯でも、俺には何もない」

「じゃあこれから作っていけばいいじゃねぇか」


 女の子は俺の額に指を当てて、いたずらっぽく笑った。


「夏椎はいるだけで翔真と晃を救ってるよ」

「⋯⋯忘れてたくせに」

「でも、今は思い出せたんだろ?」


 女の子が手をかざすと、幼稚園の裏庭で笑い合う子ども達と犬の姿が現れた。

 女の子はそれを差し出して、とても綺麗に微笑む。


「命は存在しているだけで価値がある」


 ふわふわと、シャボン玉のように思い出が浮き上がっていく。


 そのどれもが懐かしくて、愛おしくて、苦しくて、悲しくて⋯⋯そして、優しい。

 

「夏椎。これからは誰のためでもなく、自分のためだけに生きてやれ」

「自分のため⋯⋯」

「そうだ。長い人生、苦しいこともあるけど、幸せだってたくさんある。ほら、感情は周りにも伝わるって言うだろ。幸も不幸も伝播(でんぱ)するなら、どうせなら幸の方がいいだろ。夏椎が幸せな方が翔真と晃だって喜ぶんじゃないか?」


 なんて楽観的な言葉だ。

 自分の幸せが相手の幸せなんて、そんなこと。

 そんな、自分勝手なこと。


「⋯⋯そう思える日がくるかな」


 輪郭を取り戻す。

 無茶苦茶な理論に、つい笑みが零れてしまう。俺が笑うと女の子も笑って、赤い霧に光が射すように吸い込まれていく。


「じゃあ、練習しようか。夏椎⋯⋯お前はこれからどうしたい?」


 女の子が腕を伸ばして、俺の頭を撫でた。

 俺よりも少し低い目線の先に、柔らかな光をたたえた瞳が見える。

 とても綺麗で、まるで全ての生命を包み込む地球そのものに見えた。


「⋯⋯柚木さん」


 自然と、名前を呼んでいた。

 柚木さんは柔らかな笑顔で小首を傾げる。

 

「なに?」


 あなたに、会えて良かった。

 歪な生命だとしても、それを否定しないでいてくれるあなたがいるだけで、こんなに心が救われるなんて俺は知らなかった。

 

「⋯⋯島に、帰りたい」


 やっと、泣けた気がした。

 帰りたい。帰りたかった。辛いことの方が多かったけど、幸せなことも多かったあの場所へ。

 その言葉は、父さんを裏切るような気がしていた。そんな事ないのに。父さんはきっと、「おぉ!帰るか!」って笑ってくれたはずなのに。


「うん。―――おかえり、夏椎」


 赤い霧が晴れていく。

 視界が広がる。赤から、緑へ。

 紛れもなく『志賀夏椎』はそこにいて、自分の足で立っている。

 足元の草原は柔らかい感触がした。



 ★★★★★


 

(柚木)


 赤い霧が散り散りになっていく。

 火の粉のように舞い散りながら消えていく赤い霧は、最後のひとつぶを残してふっと空間に溶け込んでいった。

 やっぱり大人の姿を維持出来なかった。ズボンがずり落ちないようまくって調節する。その隣で、夏椎はぼんやりと消えていった赤い霧を追いかけていた。


「椎ちゃん⋯⋯!」


 柚姫の声がしたと思えば、勢いよく夏椎に向かって突撃する姿が目に飛び込んだ。尻もちをついて呆然としていた夏椎は、わんわん泣いている柚姫につられて同じように泣き始めた。

 良かった。体だけじゃなくて、心の方もちゃんと帰ってきたな。

 泣いている2人を微笑ましい気持ちで見守っているおれの隣に、まゆと愛敬もやって来る。愛敬は聖剣をロザリオへ直して、ぎゅっとロザリオを握り締めていた。


「もう、帰ってこなかったらどうしようかと思いましたよ。無事で良かった⋯⋯」

「任せろ。無傷だぞ」

「その手は無傷とは言わないでしょ」

「これくらい怪我とは言わねぇよ」


 赤くなってるだけで血も出てないし、ちょっとヒリヒリするくらいだ。

 まゆは変な顔をしてから、ため息混じりにぼすっと手のひらをおれの頭に被せてきた。


「服持ってきたら良かったな」

「うるせぇ」

「あ、やめてこっち見ないで」

「香流くん、私の予備の服着ます!?」

「ぜってぇー着ない!!」

「絶対似合うのに」


 愛敬の服はフリフリしてるから動きづらそうで嫌だ!

 それにおれは男なんだからフリフリは着ない!


「おかえり、椎ちゃん」


 気持ちが落ち着いたのか、足元で柚姫のしゃくり上げる声がした。

 ポーチから出したハンカチを渡すと、柚姫は自分の顔を拭かずに夏椎の顔を拭いてあげている。すっかり仲良くなったみたいでなによりだ。


「ただいま。⋯⋯柚姫さん」


 きっと、夏椎は記憶をなくしてもずっと帰りたかったんじゃないかな。

 翔真と晃の様子を見ていれば分かる。いい友達だったんだよな。10年も探し続けるくらい大事な友達なんだから、夏椎だって帰りたくなかったはずがないんだ。

 帰ったらお祝いしないとな。石田が美味しいケーキ屋さんがあるって言ってたから、後でみんなで選びに行くか。


「泣いてる柚姫も可愛いなぁ⋯⋯」

「直接本人に言ってこいよ」

「ほう、死ねと?」

「雲雀くん、一周回って強気ですよね?」


 軽口をたたいていると、ゴロ、と遠くで音がした。

 何だ、今の音。足元の夏椎と柚姫は突然ピタリと泣き止んで、一斉におれを見上げてくる。


「柚木さん」

「あぁ、ややこしいから香流でいいぞ」

「香流さん」

「どうした?」

「⋯⋯鉄球が、来ます」


 鉄球?言われたことが飲み込めなくてぽかんとしていると、おれの隣のまゆが目を剥いて、愛敬は慌てて手を高く伸ばした。


「全員、退却ー!!」


 飛んできたドラゴンがみんなを背中へ放り投げると、鉄球が落ちて来る前に勢いよく飛び立った。

 鉄球は丸くて大きかった。ちょっと楽しそうだなと思ったけど、みんなが怖がっているからおれは口に出さなかった。

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