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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
25/27

志賀夏椎編21(空中戦)

(柚木)

 

 ドラゴン―――つまり龍には、俺の知る限りでは2種類のタイプがある。

 トカゲのような胴体に羽の生えた西洋龍タイプと、蛇のように細長い形態をした東洋龍タイプ。

 愛敬のペットは、西洋龍タイプだ。

 愛敬の髪と同じ色の身体を、硬い鱗が覆っている。膜構造の翼は節が尖っていて、その先端に桃色のリボンが巻かれていた。


「何でリボン?」


 巨大なドラゴンの上は地面のように乗り心地が良い。胴体にふりふりのついた革のハーネスを服のように着ているから、鱗が身体に当たることもない。

 まゆが聞くと、愛敬は不思議そうに目を丸くした。


「女の子だからですよ?」

「女の子⋯⋯」


 愛敬のドラゴンは中学生時代から知ってるけど、昔はこんなに大きくなかった。

 色も白かった。ちょっと見ない間に色が変わって大きくなるなんて、異世界の生き物って不思議だ。

 

「初めて見た時は肩乗りサイズだったのにな」

「そうなんですよねぇ。いやぁ〜エサ代かかりますよ」

「何食べんの?」

「⋯⋯⋯」


 愛敬はにっこりした。答える気のない愛敬の顔を見て、俺はそれ以上は聞かずに前方を見る。

 ドラゴンの飛ぶスピードは速い。既に38番地点の歪みを目視出来るほどの距離に来た。

 今日はいい天気だ。雲も少ない。

 歪みは、近くに来るとより鮮明だった。空の一部がまるで地面のプレートが割れたように歪に重なり合っている。

 じっと見ていると気分を害するような不気味さがある。その中から、微かに魂の繋がりを感じる。間違いない、この先に柚姫がいる。


「よし」


 俺はドラゴンの上で立ち上がった。

 すると、慌てたようにまゆが俺の両足を掴んできた。動きを制限された俺はまゆを呆れ顔で見下ろす。


「何だよ」

「飛び込むのはナシだから!」

「何でだよ」

「ブラックホール的な感じで死んだらどうすんだよ!」

「いけそうな気がするんだけどなぁ」

「気で命かけるのやめて!!」


 まゆの気迫がすごい。俺は何も言えずに愛敬を見た。

 愛敬は分かりやすく肩を竦めてまゆを止めてくれない。


「お前に何かあったら柚姫が悲しむでしょうがぁぁ!」

「分かった!飛び込むのはやめる!」


 まゆがうるさいので、俺はしぶしぶ座り直した。

 まゆがほっとした顔で俺から離れていく。昔からまゆは木登りするなとか木の上を走るなとか注意が細かい。俺は絶対こけたりしなかったのに、過保護すぎる。


「リンちゃん、何か見えます?」

《何も見えないですぅ》

「何て?」


 愛敬が尋ねると、どこからか高い子どものような声が聴こえる。俺はドラゴンの声だとすぐ分かったけど、まゆは変な顔をして固まっていた。


「ドラゴンのリンちゃんですよ」

「おう⋯⋯」


 まゆは目頭を押さえながらため息をついた。何をそんなに驚いているのか俺にはさっぱり分からない。


「別にドラゴンが話すのは不思議じゃねぇだろ」

「それは頭では理解してるけど()の当たりにすると違うのよ。俺は真っ当な人間だから!」

「頭固いなぁお前」


 何年この島に住んでるんだよ。俺の記憶では確か竜人族もいたと思うんだけど、まゆは知らないのか。


「家にばっかりこもってるから情報をアップデート出来ないんだよ。たまには散歩でもしろよ」

「書類業務俺に投げ出して出て行ったお前には言われたくないねぇ」

「ごめんなさい」


 でも書類業務はしたくないから多分またやると思う。


「いいよ、いつも見回りありがとうね⋯⋯」


 まゆに感謝された。こういうのを適材適所って言うんだな、きっと。

 

 ドラゴンは歪みの周りをぐるぐると飛んで、近付いてもくれたけど歪みからの反応は一切ない。

 ドラゴンはまた歪みの前で佇んだ。どうするんだろうと思いながら愛敬を見ていると、愛敬は視線を空間の歪みへじっと固定させている。


「えい」

《きゃっ》


 と思えば、いきなりドラゴンの鱗をむしって投げた。


「お前は何してんの!?」

「衝撃与えたら何か起きるかなと」

「お前らと仕事すんのほんと寿命縮むわ!何かあったら始末書書くの俺なんだろ!?」

「そうだな」「そうですねぇ」

「満場一致!!」


 頭を抱えてまゆが蹲る。

 その上を、

 ボッ、と鈍い音が通り抜けた。

 反射的に蹲った俺と愛敬は、すぐに身体を起こしてソレを見る。

 俺と愛敬の髪が吹き付けられた強風でなびく。ドラゴンが首を下げているので視界良好だ。ソレの姿が青空に映えてくっきりと見えている。


「まゆ」

「はい」

「絶対顔上げんな」


 愛敬に目配せすると、愛敬は静かに頷く。

 ソレは、見たことのない異形の姿をしていた。

 何百もの触手が円状に広がっていて、その中央にある血走ったような紫色の瞳がこちらをじっと見つめている。

 全身紫色で毒々しい。毒があるかは知らないけど。地球上の生き物では確実に有り得ない形状だ。

 人間が見たら精神に異常をきたして発狂しそうだな。ある意味コイツが現れたのが空中で助かった。


「リーチがある分面倒ですね」

「後ろが見えないのが厄介だな」

「まぁ⋯⋯」

「おぅ、任せろ」


 俺は言いながら、ドラゴンの上を走り出した。

 動き出した俺を見定めて触手が動く。また、数本の触手が固まりになってこちらへ向かってくる。

 さっきの攻撃と同じだ。数本の触手が絡み合って、螺旋状に形状を変えることで攻撃力を上げている。真っ直ぐ向かってくる触手のかたまりは弾丸のように勢いはあるけれど、その勢いのせいで軌道を変えられない。

 伸ばされた触手を寸でのところで避けると、触手のかたまりは真っ直ぐに通り過ぎていく。

 それに、腕を伸ばした。

 ぐん、と身体が引っ張られる。

 触手が本体へ戻る。目論見(もくろみ)通りだ。俺は本体へ近付くと、近くにあった次の触手へ飛び移った。


「リンちゃん!ブレスGO!」


 後ろから愛敬の声が聴こえる。俺が振り返ると、ドラゴンがぱかりと口を開けていた。正面から見るドラゴンの口は大迫力だ。格好いい。

 青い光がドラゴンの口の中へ収束する。触手は一手遅れてドラゴンへ向かってまた触手を伸ばした。


「すげー」


 お互いの威力がぶつかり合って接戦している。ずっと見ていたいくらい格好いいけど、俺には俺の成すべきことがある。

 ドラゴンのおかげでこちらへの警戒は緩んでいる。俺は違う触手に腕を伸ばして、木々を移動するように後ろ側へ回り込んだ。

 当然、計画なんてものはない。戦闘においてはまゆが頼りにならないので愛敬とはしょっちゅう修羅場をくぐり抜けてきた。その勘で何となくいけると判断したまでだ。

 木登りは昔から得意だった。

 産まれた時から森の中で過ごしてきた。動物達に助けられて、教えられて、そうやって培ってきた身体能力は戦闘においてはとても役に立つ。

 次から次へと掴む触手を変えて、時には足をかけて、クライミングをしながら頂上へたどり着く。

 よし。手の痺れもないし、毒はなさそうだ。なんだ、毒々しいのは見た目だけだったな。見掛け倒しじゃねぇか。


「おー、絶景だな」


 どこまでも青い空の中、ドラゴンの青い光線と、紫色の触手が拮抗している。

 てっぺんにも触手はあったけど、ドラゴンの相手に必死なのか俺を振り落とそうとしてくる様子はなかった。

 いくら目がでかくても、人の目と同じ構造ならば真上と真下は見えない⋯⋯という予想が的中した。それなら次の手はひとつしかないな。

 ドラゴンの光線を受け止めていた触手がボロボロと崩れて、それに応じて青い光もかき消えていく。

 ドラゴンが翼をひとつ羽ばたかせた。そのまま急降下していく姿を見送って、俺はとんとんと足で所在を示す。

 その感覚が伝わったのか、俺を囲うように放射線状に幾つもの触手が伸びてくる。

 触手は捻れて重なり合って、お得意の螺旋が作られていった。触手の先端が尖って、ドリルのように回転している。たしかに殺傷能力は高そうだ。

 まぁ当たれば、だけど。


「じゃあな」


 俺はそう言うと、真後ろの(そら)に向かって跳んだ。

 真下から、西洋剣の先端が見える。鋭く光る銀色の刃が異形を真っ二つに切り裂いたのが、視界良好の青空中よく見えた。

 身体が宙に浮く。空はどこまでも青い。

 落ちたら死ぬかもしれないな。なんて考えながら浮遊感に身を委ねていると、旋回してきたドラゴンから身を乗り出した愛敬が俺の腕を掴んだ。


「お疲れ様です!」

「おぅ、お前もな」


 愛敬に引き上げられて、俺はドラゴンの上へ戻る。異形のあった方を見ると、モロモロと屑のようにかき消えていく様子が見えた。


「消えるタイプで良かったですね」

「よし。愛敬、このまま歪みに向かって突っ込め」

「いいんですか?」

「まゆが見てないうちに行こうぜ!」

「全部聞こえてるけどね!」


 まゆの言うことは聞かないふりをして、俺はドラゴンの胴衣を握り締める。髪を揺らす風が強くなっていくのが気持ちいい。愛敬も楽しそうに前方を指差した。

 

「リンちゃん、減速せずにトップスピードで!」

《分かりましたぁ》

「まゆ、落ちんなよ!」

「そう思ってるなら減速して!」


 胴衣に捕まりながら、嵐のような向かい風に耐える。

 ドラゴンの頭が歪みに当たった。

 同時に、ガラスが割れるように歪みが弾け飛ぶ。

 隣のまゆが悲鳴を上げた。


「ひぇぇ!?」


 次に、今度は逆風が吹き付けた。

 割れた空気の欠片が、中へ流れ込んでいく。―――と言うことは、中は真空だったと言うことだ。


「中は空気が無かったんですかね」

「危ねぇ、まゆを殺すところだった」

「お前さぁ、俺に対してはちょっと雑なの何でなの!?少しでいいから優しくして!」


 叫びながら顔を上げたまゆの顔面に、バシンと空気の欠片が直撃した。


「痛い。泣きそう」

「まゆ、そのままそれ持ってろ」

「何でぇ⋯⋯」

「今は空気が流れてるけど、空間が閉じてこの空気の流れが止まったら死ぬぞ。その欠片がある限り外から酸素が供給されるはず⋯⋯だと思う」

「曖昧すぎない?」

「愛敬はどうする?」

「私は自分の魔力で空気くらい作れますよ?」


 流石は元勇者。空気を作るくらい造作でもないか。いいなぁ、魔法。

 まゆが空気の欠片を大事に胸に抱いている。隣にいてもそよそよと風を感じられる不思議な欠片を大事そうにするまゆが妙におかしい。


「柚姫はどこだ?」


 歪んだ空間の中には、不思議な場所が広がっていた。

 異世界ではない。地球でもない。どこにも生き物の気配が感じられない。

 ただ無機質な、絵画のような草原が広がっているだけの空間だ。


「なぁ香流。異界ってこんなに何の気配もないもんなの?」

「いや、こんな場所は初めてだ。空もハリボテだな。空気の流れがないんだから当然か⋯」

「―――あっ」


 愛敬が声を上げた。

 俺も視線を向ける。そこに見えた光景に、俺は息を飲んだ。


「何?」

「柚姫ちゃんと、⋯⋯異形が見えます」


 ―――異形。


 確かに、異形だ。あれはそれ以外での表現が思い付かない。


「⋯⋯愛敬。あの異形は殺すな」

「はい?」

「絶対に連れて帰らなきゃならない」


 愛敬は首を傾げる。それ以上は何も言わない俺を見つめながら、しばらくしてこくりと黙って頷いた。

 ドラゴンが翼をはためかせる。俺は黙っていた。黙ったまま、脳内で今までのパターンを再生する。

 神も、精霊も、魔族も、悪魔も、異世界の奴らも、大抵の種族と交戦した記憶。

 あれは何だ。どれに当たる?殺さずに暴走を止めるにはどうしたらいい?

 俺は確信していた。柚姫の側にいる異形は、夏椎だ。

 言いようのないザワザワとした感じが胸に広がっている。柚姫が泣いているからだ。柚姫の感情が波のように広がって流れ込んでくる。

 無力感。絶望感。悲しい。怖い。嫌だよ。助けてあげたい。


 ―――お兄ちゃん、助けて。


 ドラゴンがゆっくりと近付いていく。

 赤い霧がうねるように無造作に拡がっている。その中央は霧が濃くて、霞みがかっていてよく見えない。

 その近くで、赤い霧が白い何かを潰しては、また再生されていく様子があった。その後ろで、まるで白い何かに守られるように縮こまる柚姫がいた。


「柚姫!」

「お兄ちゃん⋯⋯っ」


 柚姫が泣きながら顔を上げた。ドラゴンが近付こうとしても、赤い霧が邪魔をしてこれ以上は近付けない。


「柚姫、こっちへ来い」

「でも⋯⋯」

「後は俺がやる。よく頑張った」


 柚姫は泣きながらも頷いて、赤い霧から走って離れていく。

 赤い霧は柚姫を追わなかった。あの赤い霧は意志を持って柚姫を攻撃していたわけではない。それが分かって俺は少し安堵した。

 ドラゴンは、赤い霧の範囲外に翼を下ろす。

 すぐに俺は駆け寄ってきた柚姫を抱き上げた。この姿では柚姫が小さく感じられて、泣いている姿が痛々しく映る。

 俺は柚姫の頭を撫でてから、そっとまゆの隣へ座らせた。まゆが肩を強張らせるけど、今は我慢して欲しい。


「ここで待ってろ」

「⋯⋯うん」

「はぁぁ⋯っ!!」

 

 柚姫は頷いて、まゆの手を握る。まゆは空気の欠片を抱きながら、小刻みに震えていた。うん、まゆにしてはよく頑張ってるな。


「愛敬、行くぞ」

「はい。リンちゃん、2人をよろしく頼みますね」

《はぁい》


 俺と愛敬は頷き合って、ドラゴンの背中から飛び降りる。

 これだけ無機質な色をしているのに、足元は草の感触がした。脳が混乱しそうだ。進み出す俺の背中に、柚姫のか細い声がかけられた。


「お兄ちゃん」


 俺は応じるように片手で手を振って、振り返らずに歩いて行く。

 赤い霧は相も変わらず不規則に動いている。形を持たないものを相手にするのは久しぶりだ。


「さて、何から手を付けましょうかね」

「皆目見当もつかねぇな」

「中央は形がありますかね?」

「実体があるなら引きずり出せるかもな。触れさえすればマナも流せる」


 地球の生き物を管理している中で、たまに言葉だけでは制御出来ない厄介な輩もいる。

 そう言う場合、直接マナを流し込むと制御させやすい。生き物の理性を無理やり奪うようであまり使いたくない手ではあるけど、今はそうも言っていられない。

 最悪、子どもの姿になる可能性もある。着替え持ってくりゃ良かった。


「愛敬」

「はい?」

「俺が小さくなってもアイツらには言うなよ」

「言わなかったら何か見返りがあるんです?」


 ニヤリと愛敬が笑った。


「⋯⋯好きなもん作ってやる」

「やった!食べたいスイーツがあったんですよね!」


 うさぎみたいに飛び跳ねながら、愛敬は胸のロザリオを指でとんとんと鳴らした。

 ロザリオが淡く光って、銀色に光る西洋剣が現れる。柄の中央には金色の宝石が光り輝いている。異世界の聖剣であり、愛敬が勇者であった証拠(あかし)だ。


「香流くん、念の為防御魔法張っておきますね」

「いいなぁ、異世界は。魔法が使えて」

「野蛮な世界ですよ。もう滅びてるんじゃないですかね?」


 物騒な事を言って、愛敬は聞き取れない言語で短く何かを唱えると、2人の身体が透明の膜に包まれた。

 愛敬も、エリックも、魔法が使えるのは羨ましい上に便利だ。俺も生き物を従えるとかじゃなくて自分で戦える手段が良かった。自然管理の方が良かったなぁと何度思ったか分からない。


「作戦は?」

「アレに触れない、以上」

「じゃ」

「行くか」


 俺と愛敬はさっきまで柚姫のいた赤い霧の射程範囲に足を踏み入れた。

 その間を、鞭のように赤い霧がしなる。

 明確な攻撃。近付かれるのが嫌なのか。俺は愛敬から離れると、左右に分かれて同時に走り出した。


「薙ぎます!」


 愛敬の声がして、俺は足を止めた。視界の端で愛敬が思い切り剣を振る。

 赤い霧が押し戻される。俺の目の前を物凄い勢いで赤い風が吹きつけていった。

 熱いとも痛いとも違う、ピリピリとした感覚が皮膚の上を走っていく。

 その中で、俺は視認していた。

 中央の、霧よりも濃い赤が揺らがなかったのを。

 

 ―――あれは、実体だ。

 

 直感に過ぎない。けれど、中に夏椎がいると俺は確信した。

 赤い霧がまた鞭のようにしなってこちらへ向かってくる。俺はそれを避けながら、愛敬に向かって叫んだ。


「愛敬、アレ開けろ!」

「了解です!」


 見えさえすれば。触れさえすれば。言葉さえ届けば、後はどうにでも出来るはずだ。

 夏椎は地球で産まれた。中身が何かは分からなくても、外はちゃんと人間だ。人として生きていた。だったら、俺が助けてやれる。


 愛敬がもう一度霧を薙ぐ。俺は躊躇わず中央へ向かった。眼前から跳躍してきた愛敬が濃い赤を縦に一閃する。

 どろりと溢れる赤黒く金色に光っている何か。俺はその何かを踏みしめて、割れた隙間に手を差し入れる。

 熱い。愛敬の防御魔法があっても皮膚が(ただ)れるような感覚が伝わってくる。

 でも、俺は引かない。

 翔真と晃の嬉しそうな顔をなくしたくない。

 俺の目の前で誰かがいなくなるのはもう嫌だ。


「帰って来い!!」


 言葉に、言霊に、ありったけの力を注ぎ込んだ。

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