志賀夏椎編20(地区長)
(香流)
ざわ、と耳障りな声がする。
どいつもこいつも好き勝手言いやがって。走り抜けるようにして廊下を進んで、乗り込んだエレベーターの中で腕を組む。
誰が可愛いだ。
誰が美しいだ。
誰が美少女だ!!!
「おい、まゆ!!」
ムカついた勢いのままB地区長室の扉を蹴り飛ばした。
振り返ったまゆが崩れ落ちる。ムカつく。何なんだよもう、だからこの姿になるのは嫌なんだ!
「香流、大丈夫だったか?」
心配する森谷すらうざいことこの上ない。同じ建物内を移動するだけで何でこんなに心配されなきゃならないんだ。
「おれより柚姫だ!おいまゆ、さっさと起きろ!」
「サングラスちょうだい」
「何で室内でそんなもんいるんだよ。いいからさっさと起きろ」
手で顔を覆ってメソメソ泣いているまゆの背中をばしっと叩く。それでも起き上がってこないまゆに向かって、森谷はそっとサングラスを手渡した。
そしてまゆは復活した。
「で、柚姫が消えたって?」
「う、うん⋯⋯」
急な変わりように思わず言葉を失くしてしまう。すげぇなサングラス。でもちょっと引⋯⋯いや、復活していいんだけど。
「天界で反応が消えた。あそこは島と繋がっているから、間違いない」
おれが繋げたものではなく、向こうから勝手に繋げてきたものでもこういう時は便利だ。ただ、向こうから好き勝手にこちらへやってくるのはちょっとめんどくさい時もある。
「天界⋯、天界ねぇ。ここから辿れるかな」
すっかりいつもの仕事モードに入ったまゆは、膝を払ってパソコンの前へ座り直した。
目の前には幾つものパソコン画面が並んでいる。まゆのデスクの上にはタブレットや、スマホも並べられている。
正直、目がチカチカしてあまり好きじゃない。おれは画面から目を離して、座ると目線の変わらないまゆの横顔を見た。
「まゆ、柊はまだ帰ってねぇの?」
「そういや見かけてないな」
「柊なら天界で報告書書いてるよ」
「そっか。⋯⋯っ!?」
いきなり腰に手を回されて、ゾワゾワと背筋がこそばゆくなる。
咄嗟に殴り飛ばそうとした拳を、柔らかく受け止められる。見上げると長い銀髪。変態神だ。
「ふふ、小さい香流だぁ。そのカーディガン可愛いね。よく似合ってるし、ほんと香流は僕のツボを押さえてくるよね」
「これは柚姫が買ってきたから着てるのであって、お前のために着てるんじゃねぇ!」
思い切り力を入れても微動だにしない。ムカつく。
ゼウスは可愛い、と零すとにっこりと微笑みかけてきた。全く嬉しくない。
「お前、柚姫と夏椎には会ったんだろ!?」
「会ったよー。アレは酷いね。生き物としては落第点だよ。仮に死んだとしても天界にも冥界にも行けやしないね」
「⋯⋯!」
おれは言葉を飲み込んだ。
ゼウスは変態とはいえ、神は神だ。等しく生き物に慈愛を持って接しているし、死者にも崇められている。
そのゼウスが、存在そのものを否定するなんて。
「⋯⋯この星の生き物に随分な言い草じゃねぇか」
「香流はあの子の味方をするの?」
「味方も何も、まだ子どもだろ!」
「子どもなのは君も一緒だけどね⋯⋯」
ゼウスは呆れながら言って、おれの手を離した。
おれは子どもじゃない、見た目はどうでも中身は24歳の立派な大人だ。このままぶん殴りたかったけど、ここで暴れてまゆの邪魔になっても困るので我慢する。
「あの子はこの星に置いておくべきではないよ」
ゼウスは、珍しく真面目な口調で諭すように言った。
「香流の労力に比べて割に合わなさすぎる。前にも言っただろう?この星を守りたいなら生じる歪みは速やかに処分すべきだ」
「嫌だね。ここで生きてる以上、何であれおれは手を下さないと決めている」
「それは君が殺した者達への弔いかい?」
ぞわ、と全身に鳥肌が立つ。
動悸がする。早鐘のように打ち付ける心臓の音を覆うように、森谷がおれの前に立ちはだかった。
「ゼウス。良き隣人でいたければ言葉には気をつけろ」
「⋯⋯悪かったよ。確かにさっきのは意地悪な質問だったね」
「香流、モニターの前においで」
まゆに手を引かれて、止まっていた思考が動き出す。ダメだ、ダメだ。おれはダメだ。狂ったように脳内を反芻する言葉を飲み込んで、蓋をする。おれはまゆの手を振りほどいてゼウスを睨み上げた。
「この星で生きてるものが自分の生を果たすのに歪みも何もあるもんか」
おれは、夏椎の事を知らない。
ただ、あの2人が、翔真と晃が大事にしている存在だと言うことは昔からよく知っている。
あいつらから夏椎を奪うことは、したくなかった。どんな存在であれ、どんな爆弾を抱えていようと、少なくともあの2人が必死で捜していたことは事実だから。
「生きてるものには責任をもって最期まで生き抜いてもらう。例え人であろうとなかろうと、この星にいる限りおれも責任を放棄しない。⋯もう二度と、誰であろうとだ」
あんなに嬉しそうに笑うあの2人を、おれは見たことがなかった。
他の誰かじゃない。翔真と晃には夏椎が必要なんだ。だったら、おれは2人の保護者として夏椎の存在を否定するわけにはいかない。
「⋯⋯相変わらず愚直で幼稚な女神様だ」
「誰が女神だ!」
「香流。僕は君の意志を尊重するよ。君の守るべき子を愚弄してごめんね」
ゼウスは言いながら、柔らかい微笑みを浮かべた。
そうしていると、神様に見える。おれはゼウスに向かって指を突き立てた。
「分かったら金輪際夏椎の事は悪く言うんじゃねぇ。じゃないと今後天界に行ってやらないぞ」
「それは困る。ちゃんとベッド綺麗にしておいたからね」
「何で?」
意味が分からない。仕事とベッドに何の関係が?
怪訝な顔をしていると、ゼウスの大きな手で頭を撫でられた。撫でられても嬉しくも何ともないけれど、ものすごくご機嫌なので払いのける事も出来ず固まってしまう。
じっと見上げていると、ゼウスの方が顔を背けた。
ちょっと勝った気持ちになって気分がいい。
「可愛すぎてしんど⋯⋯」
「それについてはめちゃんこ同意します」
まゆが横から親指を立てた。めんどくせぇなこいつら。
「もういいから柚姫のこと考えようぜ」
ゼウスの手を払い除けて、モニター画面を見上げる。
柚姫が消えてそこそこ時間は経ったとはいえ、妖精達が騒ぎ出す様子はない。と言うことは、柚姫が消えたことで何らかの影響が出ているわけではなさそうだ。
ただし、今は、だ。今後どうなるかはおれにも分からない。
おれも何度か異界に連れて行かれたことはある。その時も丸1日以上地球から離れていても生き物達に影響は出なかった。
たぶん、それくらいの時間的余裕はある。それでも、柚姫がいないことで自然環境へ影響が出てしまうかもしれないので急ぐに越したことはない。
「まゆ、左上のモニターに空間の歪みを見つけた」
「相変わらず目ぇいいのね」
まゆがモニター画面を拡大すると、水色の空の中で僅かに空間がズレているのが分かる。
ひとつの雲のかたまりが、ドット1つ分ズレていてずっと見ていると気分が悪くなってくる。おれの上からへぇーと森谷の声がした。
「香流、すごいね」
「おれは森育ちだからな。目がいいんだ」
「うんうん、優秀だね」
急にふたりに褒められて何も言えなくなってしまう。
なんかちょっと頬の上が暑くなってきた。別にこれくらいすごくもなんともねぇし。反論しようとぐるぐる頭で考えていると、まゆがカタカタとキーボードを動かしながらおれへ視線を向けた。
「香流、場所が割れた。C地区38番地点だ」
「なぁ、このカメラどこから撮ってんの?空にカメラなんかあったっけ」
「俺の改良したドローン『空たん』は遠隔操作も出来て空の異常もバッチリ追跡可能だ!」
「ふーん?」
「しかも全方位特異点を見つけるレーダーも搭載して、過去の映像と照らし合わせて異常箇所を細かく分析することも―――」
「説明が長ぇ」
おれはまゆの台詞を遮った。何だよ、と拗ねたようにおれを見上げたまゆがまた床へ崩れていく。何回やるんだこのくだり。
「斜めの角度もハイ美少女面ぁ」
「美少女面言うな。そのサングラスは飾りか?」
「深呼吸するから2分待って」
「はよしろ」
いちいち話が進まない。やっぱりこの姿は不便が過ぎる。
異常箇所が見つかったところで、柚姫を捕らえている何者かが天界から移動したのか、天界と島の波長が合うのがその地点なのかまではおれには分からない。
ただ、まゆからの情報は信頼出来る。ただ待っているだけというのも性に合わない。
おれは自分の拳と手のひらを合わせた。
「よし、行くか」
「えっ?」
昨日から色々と鬱憤も溜まっている。それに体調も万全だ。失ったマナも話しているうちに少しずつ戻ってきた。
石田の言う通り、時間が解決してくれると言うのは間違いじゃなかったのかもしれない。さすが先生だな。後でなんか食べたいもん作ってやろ。
「よし、着替えてくる!愛敬も呼んでくる!」
「ちょいちょい待てって!C地区だぞ!?被害が出たらどうすんだ!」
「地上の方は神獣達に向かわせる」
「ここの統制はどうすんだよ!」
「そんなもん森谷に任せとけよ。まゆは留守番しててもいいけど」
話しながら、おれはモニターから背を向ける。開けっ放しのドア付近でまゆが背中に突撃してきた。やっぱり行きたいんじゃねぇか。初めから行きたいって言えばいいのに。昔からまゆはすぐ行きたいって言わないよな。変なやつ。
バタン、とドアの閉まる音がする。
部屋から出て行くふたりを見送って、森谷はジトリとした視線をゼウスへ向けた。
「お前⋯⋯勝手にマナ譲渡しやがって」
「ふふ。生き生きしてる香流の方が可愛いよ」
「うん、それは同意」
★★★★★
まゆと警官モードの俺の身長はほとんど変わらない。
ように、設定している。マナで身体を覆うため、維持しやすい体格を真似するためだ。それでもまゆは少しは鍛えているので、悔しいけど体格がまるきり一緒というわけではない。
水色のシャツ、黒いズボンの警官姿に着替えた俺は愛敬と一緒に作戦会議を始めていた。
まゆは俺達から少し離れた場所でパイプ椅子に腰掛けている。サングラスは外して、胸のポケットにさしているのが微妙に変だと思うけどもうどうでもいいので追求はしなかった。
俺はようやく元の姿を取り戻してほっとしていた。この姿だと可愛いと言われる頻度も少ない。やっぱり大人と子どもじゃ扱いは違うよな。いくらマナで覆って作った外見とはいえ、俺はこっちの方がしっくりくる。
C地区長に集まった俺と愛敬は、長テーブルの上にたくさん地図を並べていた。地図の見方は良く分からないけど、地図の見方が分かるまゆが会議に参加してこないんだから仕方がない。
「空中戦久しぶりですね」
俺の隣に座った愛敬は、緑色の少し長い髪をくるくると指で巻き付けて楽しそうだ。
髪と同じ緑色の瞳がキラキラしている。俺もこんな時だけどちょっとだけ楽しい。空中戦は普段と違う戦い方が出来るからワクワクするんだよな。
「何で飛んでいく?」
「ルフちゃんでいいんじゃないですか」
「敵の姿かたちも分かんねぇんだし危ないだろ。戦闘機とかどうだ?」
「いやお前ら遊びに行くんじゃないからね?」
急にまゆが口を挟んできた。
「香流くんは無機物好きですねぇ」
「だって格好いいだろ!なぁまゆ、ロボットとか作れねぇの?」
「この狭い島にそんなもんしまう場所がどこにあんのよ」
「そっか⋯⋯」
「ごめんねしょんぼりさせて!」
乗りたかったな、ロボット⋯⋯。
「じゃあ私の飼いドラゴン使います?」
ぽんぽんと愛敬に肩を叩かれて、俺は顔を上げる。飼いドラゴン。格好いい。それなのに、向こうのまゆは眉間に皺を寄せていた。
「いいなそれ!じゃあ早速行こうぜ!」
「お前ら作戦会議してたんじゃなかったっけ!?」
「してるだろ、作戦会議」
「一生懸命で偉いね!」
まゆがうるさい。したかったのかな、作戦会議。だったらこっちに来ればいいのに。
「ていうか、さっきから突っ込んでるのに聞いて?戦闘機もロボットもドラゴンも趣味丸出しの話ばっかしてるけど、市街地の上でどう戦うかとかそういう話はしないの?」
「そんなもん現地に行かなきゃ何が出るか分かんねぇだろ」
「雲雀くんはバカなんですか?」
「バカ2人に言われたくねぇぇ⋯⋯」
まゆが床に突っ伏した。体力有り余ってんのかな。ちゃんと毎日床掃除しておいて良かった。
「まゆは行かねぇの?」
「行くぅ⋯⋯」
まゆはメソメソしながらようやく長テーブルにパイプ椅子をつけた。柊もいれば良かったんだけど、アイツ天界で仕事してるって言ってたもんな。仕方ないか。
「あ、そう言えば愛敬。木戸は帰ってきてるか?」
愛敬はA地区長だ。おれは森谷からA地区にはあんまり出入りするなとうるさいくらいに言われているので、用があるとき以外は行くことがない。
でも、木戸の件は別だ。ぶっ飛ばすために殴り込みに行かなきゃならない。志賀龍司と志賀夏椎の話を黙っていたことを問いただす必要がある。
「蓮くんなら、お金が溜まったから旅行行ってくるって昨日から出かけてますよ」
「またかよ!何でアイツそんなしょっちゅう旅行してんだよ!」
「さぁ。香流くんに連絡届いてないです?」
愛敬に首を傾げられて、おれはスマホを開く。そう言えば昨日は熱が出てたのでスマホを放置していた。
愛敬の言う通り、スマホには木戸からのメッセージが届いている。
『愛しの先輩♡しばらくドイツ行って来るけど俺がいなくても寂しくて泣かないようにね!愛してる♡』
⋯うぜぇー⋯⋯。
しか出てこなかった。木戸も時々気持ち悪いことを口走ってくる。鬱陶しいので見なかったことにした。
さ、気を取り直して。
「今までの経験から察するに、恐らく空間の歪みに何かが配置されている可能性が高いな」
「メッセージ来てたんですか?」
「来てたけどうざかった」
「いつもの事ですね」
うんうんと愛敬は頷く。
木戸はA地区に住んでいるはずなのに、ひとところにじっとしている事がほとんどない。その癖忘れられるのは嫌だと定期的に鬱陶しい連絡を送ってくる。
帰ってきた時は連絡を寄越さないくせに。昔はそんなことなかったのに、今ではすっかりふらふらしてて落ち着きのない旅人だ。
「愛敬、アイツが帰ってきたらすぐ俺に知らせろ」
「合点承知之助!」
「なぁまゆ、38番地点ってどのあたりだ?」
地図を見ていたまゆに尋ねると、まゆは「あぁ」と言いながら地図上に指を滑らせた。
「38番地点は戸建ての多いファミリーエリアの真上だな」
「高さは?」
「下からはほとんど見えないと思うよ。落ちる前に回収すれば住民に被害は出ないと思う」
落ちる、が何か分からないのが厄介だな。
その場で消滅してくれるタイプが一番楽だ。 たまに物体ごと残るタイプもいるから、その場合は下の住民に被害が及ぶかもしれないから気をつけないとってことだな。
空間の歪みの向こうのことも分からない。分からない以上、とにかくその歪みに向かって突っ込んでみるしかない。
柚姫はひとりでいるのか。一緒にいたはずの夏椎はどうしているのか。同時に何かに巻き込まれているのか、それとも分かれているのか。
どちらにせよ、柚姫に手を出したことを後悔させてやるだけだ。
「愛敬、久しぶりの侵略者だ!はっ倒すぞ!」
「香流くん、作戦は?」
「臨機応変!」
「それ作戦って言わないからね」
椅子から立ち上がって、拳を突き上げる。俺にとっては臨機応変だって立派な作戦だ。今までだってそうやって侵略者と戦ってきた。
目指すは38番地点の空中。迅速に柚姫を取り戻すために、障害があるなら取り除く。
「いや、でかぁ!!」
そして窓の外に現れたどデカいドラゴンを前にして引き返そうとするまゆを、愛敬はずるずる引きずって行った。
愛敬は小さいのに力持ちだな。羨ましい。




