志賀夏椎編18(歪み)
(夏椎)
ゼウスと言う神様は、人当たりの良い笑顔を浮かべたまま無慈悲に告げる。
「人間の身体の中に、無秩序な血が流れている」
と。
それは神の血であり、魔族の血であり、まるで蠱毒のようにひしめき合っているのだと。
それを繋ぐつなぎのような役割を、人間の器が果たしている。それがいつか溢れた時、君は一体何になるんだろうね?
ゼウスさんは優しげに笑った。
優しさの欠けらも無い言葉を並べながら。
俺は何も言えなかった。ただただ、父さんの事を想う。
なら、父さんは?
一体何なんだろう。父さんは人間ではなかった?物心ついた記憶しかなかった自分。幼い自分はそれを知っていた?
歪だと。自分だってそう思う。柚木さんの言葉が頭の中を反芻する。
「なんでお前は人間のガワを着てんだ?」
脳内を抉られる。疑念は身体を駆け巡って、目眩さえ起きてくるような感覚で。
ただ、もう理解した。
理解せざるを得なかった。間違いなく自分は人間ではなくて。
その事実を淡々と認めてしまう自分が、とても嫌いだと思った。
★★★★★
(柚木)
時計を見ると10時を指している。柚姫と夏椎はちゃんと天界へ行けたかな。連絡を取ろうにも柚姫はスマホをテーブルに忘れていってしまっている。ほんと抜けてる妹だ。
ベッドに転がっているのも飽きてきたので、森谷に文句を言われながらもおれは自分の部屋に戻ってきていた。
森谷にはさっさと夏椎の居住権利許可証を発行して来いと言って部屋には入れなかった。まだ少し身体はだるいけど、森谷のお陰で熱は下がっている。頭もクリアだ。
「さすがに姿を変えるのは無理か⋯」
体の中は相変わらずマナの循環が滞っている。こんな経験は始めてだ。忌々しいこの姿から早く解放されたいのに。
小さな手も、高い声も、何ひとつ好きになれない。おれはため息をついて、リビングテーブルに置きっぱなしのノートパソコンを開いた。
殺風景な部屋の中で、パソコンの起動音が響く。それと同時に、スマホが振動を始めた。
おれは通話ボタンを押してスピーカーモードにした。表示を見なくても分かる。パソコンを開いて電話をしてくるのはまゆしかいない。
「まゆ、今データベース開いてるか?」
尋ねたのはこちらの方なのに、それには答えず「お前熱は?」と聞かれてげんなりする。
「うるせぇ。もう下がったよ」
「お前が熱なんて珍しいからびっくりしたよ。森谷さんは?」
「うざいから追い出した」
「相も変わらず反抗期真っ只中だな。で、どうした?今日は休むんだろ?」
「寝てんの飽きた」
「あぁそう⋯」
まゆの声が呆れている。呆れられても飽きたんだからしょうがない。家を出て行かないだけおれはえらいと思う。
「何が聞きたいのよ。欲しいデータがあるならそっちに送ろうか」
「⋯志賀龍司って知ってるか?」
通話越しの声が止まった。
しばらくして、「はぁぁ〜⋯⋯」とものすごく深いため息をつかれる。
「賢吾から聞いたよ。お前めんどくさいのに首突っ込むなぁマジでよぉ」
まゆは剣道部じゃないのに、やっぱり知ってたらしい。
そんなに有名人なのに何でおれは知らなかった?もしかして⋯⋯と思い当たるふしはあるけれど、確信はない。黙ってまゆの言葉を待つ。
「まゆは森谷から何か聞いてるか?」
「聞いてるけど言っていいのか分かんないから言わない。お前に言うとめちゃくちゃ面倒になるのは目に見えてる」
「⋯⋯⋯」
なんかムカつく。
「まゆ」
「言わない」
「⋯⋯雲雀」
「名前呼んでも言わないものは言わない」
「⋯⋯⋯」
おれは黙ってビデオ通話に変えると、自分を映してにっこり笑いかける。
「ひーばーりー」
「やめろぉぉ!柚姫と同じ顔で可愛くおねだりするなぁ!」
「いや可愛くおねだりはしてねぇよ」
黛雲雀という幼なじみは、初めて出会った時から柚姫に一目惚れして長年片思いをこじらせている男だ。
もう20年近く片思いを続けてるのに、一歩も進んでいない。なんならちょっとずつ退行している。おれの顔を見て悲鳴をあげるのがいい例だ。
「その顔は反則だぁ⋯!早く戻ってくれよぉ」
「お前相手にはこの姿も役に立つな」
「分かった、言うから顔面暴力やめてくれ」
まゆが観念したのでビデオ通話を終了してやる。
「ちくしょう、可愛い⋯。男のくせに⋯」
まゆが電話越しにさめざめ泣いている。 おれだって好きでこの顔に生まれたわけじゃない。なんで柚姫に寄ってしまったんだと鏡を見る度ため息が止まらないけど、顔は変えられないんだから仕方ない。
「で?」
「ちょっと待って、まだ残像が残ってるから……」
残像⋯。なんかそう言われるとちょっと嫌だな。
「何か嫌だからその残像は柚姫に変えとけ」
「そんな事したら余計に余韻が長くなるぞ?いいのか?」
「お前いい加減さっさとその拗らせた片思い何とかしろよ」
まゆは普通の人間なんだし、きちんと自分の人生を全うすべきだ。だからおれもまゆに柚姫のことを好きだと言われても否定はしなかったし、仮に2人が夫婦になろうと干渉するつもりはない。
「俺はこのままでいいの。今のままで幸せなの」
「まぁまゆがそれでいいなら別にいいけど⋯」
おれは警察庁のデータベースを立ち上げた。しょうもない話をするためにノートパソコンの前に座っているわけじゃない。まゆの気持ちが落ち着くまで調べられる範囲でデータベース内を探る。
島の住人の記録は警察庁が網羅している。そのシステムを作ったのはまゆだ。まゆは趣味で島中の電子系統の親元の管理をしている。
おれがノートパソコンを開くとすぐに電話がかかってきたのもまゆに通知が届いたからだ。おれにとってはすごく便利だけど、今のまゆはあんまり頼りにならない。
「志賀龍司、志賀夏椎の記録は残ってるのか⋯」
2人の記録は、10年前の更新で止まっている。
志賀龍司、20歳。志賀夏椎、5歳。志賀龍司は15歳で父親になったのか。母親の方は志賀姓ではないので誰だか分からないけれど、夏椎が生まれてすぐに亡くなったと言っていたしこの2人から辿るのは難しそうだ。
そもそも、志賀龍司は一体なんだ。
高次の存在が何でまた地球に産み落としたのか。夏椎を見る限り悪いひとではなさそうだけど、正体が分からないから対策の打ちようがない。
「⋯⋯ふぅ。で、志賀龍司の事だけど。お前志賀組って聞いたことあるか?」
長い時間をかけてまゆがようやく復活した。まゆに聞かれて、おれは腕を組んで考える。
「志賀組?⋯志賀組⋯⋯」
確かめるように小さく言葉に出しながら、これまでの記憶を思い返す。脳の片隅で何かが引っかかる。どこかで聞いたような、聞かなかったような⋯⋯。
「昔この島で幅を利かせていたヤクザなんだけど」
「ヤクザ?」
「お前の友達から何も聞いてないの?」
「⋯⋯⋯」
聞かれてもよく分からない。確かに柳瀬の親がそういう仕事をしてるって言ってたけど、詳しく教えてくれたことはない。
「臓器売買とか人殺しとかやってた割と悪どい組で、志賀龍司はそこで育てられてる。⋯でも、志賀組自体は10年前に志賀龍司に壊滅させられてる」
「なんで?」
「志賀夏椎に危害を加えたからだ」
「爆弾抱えすぎだろこの惑星」
何だかまた頭が痛くなってきた。
「まゆ、おれと人生変わってくれよ。おれがじーさんになって死ぬから」
「嫌だね。俺の介護してくれるって約束だろ?」
それ以上おれは何も言えず、ただ深いため息をつく。
「志賀龍司はお前も知ってる通り人間ではないんだけどさぁ」
おれがぼんやりしていると、まゆが話し始めた。
「森谷さん曰く、高次の存在が粘土遊びした成れの果てなんだそうだよ」
「⋯⋯何だそりゃ」
「全ての聖の種族を混ぜた女と、全ての闇の種族を混ぜた男を交配させてできたのが志賀龍司だそうだ。それをどちらで育てるか揉めた末、最終的に地球に落としたんだって。志賀組に落ちたのは偶然みたいだけどな」
「悪趣味極まりねぇな」
高次の存在と言うものは、本当にろくな事をしない。
その事実を志賀龍司は知っているのか。と言うか何で森谷はそんなこと知ってるんだ。
どうせ聞いたって教えてくれないけどな。森谷の秘密主義は好きじゃないけど、聞いたってどうしようもないことだってある。
「という事は、夏椎は⋯」
「志賀夏椎の母親は紛れもなく人間だよ。賢吾の働いてる病院に記録が残ってる」
「そんなめちゃくちゃな身体で大丈夫なのか、アイツ」
人間の器に中身は聖魔混合した血が混ざっているなんて、よく今まで暴発しなかったな。
その辺は高次の存在がうまく管理していたのか、どちらにせよ志賀親子にとっては迷惑な話に違いない。
あの赤い瞳が夏椎の中身だとしたら。―――『赤い石』に似た暴発機能を備えていたとしたら。
島が消し飛ぶかも知れない。それは、おれがだるいとか熱が出たとかどうでも良くなるくらい大変なことだ。
「志賀組の情報は出せるか?」
「所属していた奴らの情報なら押さえてる。その中に木戸くんの名前があるからお前も知ってるのかと思ってたんだよ」
「はぁ!?木戸!?」
思わず大きな声が出た。
木戸はおれの後輩だ。昔から知ってる。なんなら今だって月に1回は会ってるけどそんな話聞いたことがない。
「アイツ、そんな話一切おれにしなかったぞ!?」
「お前が首突っ込んでくると思ったからじゃないの?」
同級生の中川や柳瀬ならともかく、後輩にまでそんな風に思われているのはさすがに見過ごせない。
「ぶっ飛ばす」
おれは椅子から立ち上がった。おれの方が年上なのに、見た目が子どもだからって子ども扱いしやがって。
「まーて待て待て。その姿でどこに行くつもりだ」
「A地区!」
「ほんとやめて。俺が森谷さんに殺されちゃう」
「どいつもこいつもおれのことなんだと思ってんだ!自分の身くらい自分で守れる!」
「仕方ないじゃんお前めちゃくちゃ可愛いんだから!」
「じゃあ大人の方で行く!!」
「それなら許可する!!」
一旦小休止。
お互いぜぇはぁと荒い息を整えて、おれはまた椅子に座り直す。
「でも愛敬を連れて行けよ。お前変なのに好かれやすいんだから」
「気が向いたらな」
「気が向くことを願ってるよ⋯」
まゆに呆れながら言われた。別にA地区くらいひとりで行けるのに、みんなしてうるさい。おれは子どもじゃないのに心配しすぎだ。
女の子みたいで悪かったな。でも生まれてからずっとこの顔なんだからしょうがないし、おれはみんなに心配されるほど弱くない。仮に襲われたってぶっ飛ばしてやれるのに―――
「―――っ」
突然。
胸の中がざわりと騒いだ。掻きむしりたいほどの違和感が駆けずり回って、おれは胸を握りしめる。
「⋯⋯まゆ」
「何?」
「柚姫の気配が消えた」
おれは端的に告げて、すぐにクローゼットへ向かった。猫耳パーカーを脱いだ代わりにハンガーにかけてあったカーディガンを羽織る。
「すぐそっちへ向かう」
「その姿でか!?」
「仕方ねぇだろ。いいから、そこで待ってろ」
おれは通話を切って、スマホをズボンのポケットに乱雑に突っ込んだ。




