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地球の果ての島の物語  作者: 亜滝紅羽
志賀夏椎編
21/30

志賀夏椎編17(柚木柚姫)

(夏椎)


 どうもこんにちは、志賀夏椎です。

 紆余曲折あって、人間と人外が共に暮らす島へやって来た俺は、現在は友人の家に泊まらせてもらっています。

 友人達は学校へ行きましたが、まだ転校手続きをとっていない俺はお留守番です。

 昼頃に警察庁へ行って、柚木さんと、両腕に翼を持つハーピーという種族の柊さんと一緒に天界という所へ行く予定だったのですが。

 目の前にいるのは、柚木さんと良く似た顔の、柚木と名乗る髪の長い女の子でした。

 

「ええと⋯⋯」

 

 俺はとても困惑している。

 何がどうしてそうなった。まだ誰からも何の説明も受けていない。そして翔真の家の窓が大惨事だ。

 

「お兄ちゃんから天界に行くって聞いてるのよ!ゆず、しっかり案内出来るんだから!」

 

 ふわふわと宙に浮かびながら、柚木?さんはえっへんと胸をたたく。

 オレンジ色のフリフリのワンピースに、ポニーテールを彩る白いレース。見た目の美しさに相まってとてもよく似合っている。

 こんな状況じゃなければサインして欲しいくらいだけど、こんな状況だからそんなことは口が裂けても言えない。

 呆然と動かない俺を見て、柚木さんも不思議そうな顔をしていた。ふわふわと漂って近付いてくる柚木さんが、まるで童話の世界の妖精のようだ。


「メッセージ見てないのよ?」

「えっ」

 

 俺は慌ててスマホを開いた。

 メッセージには絵文字も何も無く、シンプルにこう書かれていた。

 

『俺は行けないので妹が行く。困ったらすぐ連絡しろ』

 

 ―――柚木(兄)さん、俺今まさに困ってます!

 

「妹⋯!?」

「妹よ!」

 

 えっへん!と柚木さんは胸を張った。俺の知る柚木(兄)さんは黒髪、柚木(妹)さんは金髪。確かに顔立ちは似ているし、瞳の色もよく見ると同じだ。

 でも、柚木(兄)さんに妹がいるイメージがなかった。それに、柚木(妹)さんは芸能人だ。動画配信やライブを行っているのを俺も見たことがある。

 アメリカの学校でも話題に上がっていた人物。

 理解が追いつかない。呆然とする俺の手を取って、柚木(妹)さんはふふっと可愛く微笑んだ。


 ―――ってややこしいな!何で名前まで『ゆずき』なんだこの人は!

 

「行くのよー!」

「え」

 

 俺が何かを言うより先に、ふわり、と身体が宙に浮いた。

 優しい風が耳元を撫でる。飛んでいる、と理解して、次に着替えもしてない、と何の準備も出来ていないことに焦りを覚えた。

 

「柚姫さん、俺まだ準備ができてません!」

「準備?」

「着替えとか、顔洗ったり、そういう朝の準備!」

 

 ツッコミどころはそこじゃないのかもしれない。それでも、とにかく俺は必死だった。

 そんな俺を見て、柚姫さんははっと口元に手を当てた。

 

「好きなお洋服着るのは大事なのよ」

 

 ふ、と身体が急に重くなった。

 重力を取り戻した身体は為す術なく床に落ちた。痛くはない。痛くはないけど。

 もう、こういうのほんとに。人外の人たちは常識が⋯⋯もう!

 

「もう、座っててください!」

 

 怒りに任せて俺が叫ぶと、柚姫さんはこくこくと頷いて部屋のすみっこでちょこんと正座をした。すごく素直だ。肩の力が途端に抜けていく。

 

「柚姫さん⋯」

「なぁに?」

「すぐ終わらせますから」

 

 俺は着替えを持って寝室から出て行った。リビングで着替えている俺の耳に、柚姫さんの「あっ!」と驚いた声が聴こえる。

 

「窓ガラス割っちゃったのよ!」

 

 今更過失に気付いたのか。本当に大丈夫かな、この人で⋯⋯。

 


 ★★★★★



 穴の空いたパーカーを着る訳にはいかなかったので、俺は新しく買い足した青色のパーカーと、ジーンズを履いてふよふよと空を飛んでいた。

 隣でランランと歌いながら柚姫さんも飛んでいる。とてもご機嫌だった。世界の歌姫の歌声を間近で聴けるのが贅沢すぎて何だか申し訳ない気持ちになる。

 それにしても、どういう原理で飛んでるんだろう。


「柚姫さん」

「なぁに?」

「柚姫さんは⋯⋯人間ではないんですか?」

「ゆずは地球の管理人なのよ!」

「地球の管理人⋯⋯?」


 俺が繰り返すと、柚姫さんははっとして口元を押さえた。

 つい目を細めてしまう。柚姫さんも目を細める。きゅーっと口まで窄めたってもう遅い。


「じゃあお兄さんも地球の管理人ってことですね」

「あぁー!推理しちゃダメなのようー!」

「柚姫さんは空を飛べるんですね。じゃあお兄さんは何が出来るんでしょうか」

「ダメなのよー!お口チャックなのよ!」


 残念。そう簡単にはいかないか。

 それにしても見た目通り子どもらしい人だ。目を回している姿が動画サイトで見た歌姫の姿と合致しないほど、映像の中の『柚木柚姫』は完成されていた。

 実は底知れない何かが眠っている人なのかもしれない。頬を緩ませていると、急に真顔になった柚姫さんがずいっと顔を近付けてきた。

 一瞬で、目を奪われてしまう。息を飲む俺を見上げて、柚姫さんは花が綻ぶような笑顔を見せた。


「椎ちゃんはいい子ね」

「へっ⋯⋯」

「笑顔が素敵よ」


 何かと、心臓に悪い人だ。急激に熱くなる顔を隠すように手のひらで覆う。


「椎ちゃん」

「なんですか⋯⋯」

「椎ちゃんは、お兄ちゃんをいじめないであげてね」

 

 指の隙間から見えた柚姫さんの表情は、先程までの少女の微笑みとは違っていた。

 大きな丸い瞳に見つめられ、俺は何も言えなくなってしまう。まるで予知できない天候のようにコロコロと表情の変わる柚姫さんは、柚木さんと違って明確な優しさが見えてこない。

 初めて、ぞっとした。それなのに警戒心を抱けないこの人は、―――まるで無機物のようだ。

 

「いじめませんよ。柚木さんには感謝しています」

 

 咄嗟に答えると、柚姫さんはまたぱっと嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとう!」

 

 柚姫さんがくるりと回ると、そよそよと風が凪ぐ。

 優しい風だ。頬を撫でる風が心地良くて、俺は思わず深い息を吐いた。

 どくどくと心臓が脈打っている。この人は敵に回さない方がいい。本能が警鐘を打ち鳴らしていた。

 

「おまたせ」

 

 海の中を泳ぐように空の上をたゆたっていると、昨日俺を攫っていった―――柊さんが警察庁から飛んできた。

 青いシャツに、紺のズボンの警官服を着ている。髪は桃色で、両腕に翼が生えているけれど、見た目は立派な警察官だった。

 

「おはようございます」

「おはよう、柊ちゃん!」

「おはよう。柚姫、朝早すぎる。私は昼の予定だった」

「だってこんなお天気なのにお外に出ないのは勿体ないのよ!」

 

 柚姫さんはめいっぱい両手を広げた。先程までの無機質な笑顔とは違って、本当に嬉しそうな様子が見て取れる。

 

「ねぇ、ゆず天界でお昼ご飯食べたい!」

「天界でお昼ご飯?」

「天丼が美味しいのよ!」

 

 天丼とは。どんな料理なんだろう。

 そもそも天界がどんな場所なのかも見当がついていない。天国とは違うのか?

 

「いいけど、先にゼウス様の元へ行く」

「分かったのよ」

 

 柊さんの断定的な物言いに、柚姫さんは大げさに頷いた。

 置いてけぼりの俺だけが戸惑っている。俺は柊さんへ向かってそっと片手を上げた。

 

「あの、天界って⋯⋯」


 俺を見下ろした柊さんは、「あぁ」と小さく頷いて細く長い人差し指を天へ向かって伸ばす。

 

「日本風に言うと天国のこと」

「やっぱり。⋯⋯帰って来れますよね?」

 

 こちらへ帰れないのは困る。また父さんにあらぬ心配をかけたくない。

 柊さんはふふんと鼻を鳴らした。

 

「天界はWiーFiも完備してる。楽園もあるし、いいところ」

「WiーFi完備なんですね⋯⋯」

 

 それはそれでどうなんだ。何だか史上の楽園と言うイメージが壊れる。WiーFi完備はある意味史上の楽園かも知れないけれど、そういう問題ではない。

 

「宇宙の近くだから、ちょっと熱い」

 

 柊さんはとんでもないことを言い出した。

 

「いや、死にますよね?」


 俺は真顔で答える。常識で考えて欲しい、宇宙に出る前に大気圏で焼け死んでしまう。

 しかも帰って来られるかの質問に答えてくれない。俺はもう既に行くのが嫌になってきた。ここの人たちは俺の知っている常識が本当に通用しない。

 

「俺、帰りますからね!」

「大丈夫よ、椎ちゃんはゆずが守ってあげるのよ!」


 柚姫さんが指を弾くと、俺の周りに薄いもやもやとした膜が現れた。薄緑色の膜で、触れてみるとほんのり温かい。

 

「椎ちゃんの周りの空気の構造を変えたから、これで大気圏も大丈夫よ!賢吾も大丈夫だったから大丈夫なのよ!」

 

 賢吾って誰だろう。

 聞く前に、声になる前にぐんと身体が引っ張られる。

 柊が夏椎の両肩を猛禽類の鳥脚で鷲づかんでいる。また服が破れる。そして地味に痛い。

 

「柊ちゃんが門を開いてくれるのよ」

 

 身体が上へ引き上げられる。何かに吸い込まれるような、抗えない風が吹いているような、そんな感覚だった。

 雲を突き抜け、空気が薄くなるのが分かる。

 地球と宇宙の境目。雲が薄く透明になったその先に、その門はあった。

 

 荘厳な門だった。

 

 中央の扉には、草か、葉のような装飾が彩られている。白と薄橙色で構成されている門は、果ての果てまで続いているようだった。


「すごい⋯⋯」


 思わず呟いた俺の上で、柊さんが翼を振り上げる。

 門は、ゆっくりとその扉を開いていく。両側から開く扉の向こうには、白く白く美しい景色と――


 『ようこそいらっしゃい』


 なんともチープな垂れ幕がかかっていた。

 

「は⋯⋯!?」

「あれ、ゼウス様が作った」

 

 もしかしてゼウス様って変な人なのかな。

 折り紙と画用紙だよな、あれ。色とりどりで可愛らしいけど、何故か端の方にたくさんハートマークが散りばめられている。

 会うのが途端に嫌になってくる。もしこの先死んで、天国へ行くことがあって⋯⋯最初に目にするのがこの垂れ幕なのはちょんと嫌だ。

 でも今は柊さんに掴まれているので、抵抗も出来ず俺は垂れ幕の下をくぐりぬけた。


「綺麗⋯⋯」

 

 残念な垂れ幕を抜けた先には、絵画のような景色が広がっていた。

 緑豊かな地上が点在している。それを繋ぐ白磁の橋と、雲。花畑に座る天使達が微笑みあっている。青と、緑と、色とりどりなコントラストがとても見事だ。

 緑の向こうに、真っ白な建物が見える。教会のような造りの建物は、一等大きな緑の丘にそびえ立っていた。

 

「すごい⋯⋯」

 

 建物の周りを飛んだり、丘の上に腰掛けて誰かと話していたり、色んな場所に白い服を着た天使がいる。

 まさしく本や映画の中の天国の光景に、俺は息を飲んだ。

 

「向こう岸に死者の楽園もある。でも行くのはオススメしない」

「そうなんですか?」

「行って現世に帰れるか分からない」

 

 それもそうか。死んだ人達が行く場所なんだから。

 柊さんが俺を下ろしたのは、先程見えた教会のような建物の前だった。

 ようやく地面に足が着いてほっとした。空中散歩は楽しかったけど、やっぱり地面を歩くのが一番落ち着く。

 壁には天使の彫像が彫られている。屋根は赤く、扉は天然の白い木材で造られたような柔らかな色合いだ。柊さんが扉を開くと、中は広いホールにいくつかベンチが備えられていた。

 中にも天使がいて、のんびりと寛いでいる。

 

「穏やかですね」

「天使達はのんびり屋さんが多い」


 確かに、ここでの時間の流れはとても穏やかだ。

 ホールを抜けた先の階段を上がって、いくつかの扉を通り過ぎると突き当たりに一際大きな扉があった。

 柊さんはコンコンとノックをする。

 中から優しげな女性の声がして、ゆっくりと扉が開けられた。

 

「あら、早かったですね」

 

 燃えるような赤い髪をひとつに結び、白を基調としたスーツを着た、3対6枚の天使の翼を生やした綺麗な女性がひょっこりと顔を出した。

 女性は柊さん、俺へと目を向けたあと、柚姫さんを見て分かりやすく表情を綻ばせた。どことなく安心した様子に俺は思わず柚姫さんへ目を向ける。

 

「どうぞ!」

 

 女性は上擦った声で中へ手を伸ばした。中を覗くと、オフィスデスクに座ってこちらを見ている銀髪の男性が座っていた。

 男性の席は他のデスクよりも大きく、そして他のデスクよりも書類が束になって積み上げられている。

 女性かと見間違えるくらい、美しい男性だった。長い髪は銀糸にも似て、腰辺りまで垂れている。紫色の瞳は宝石のようだ。少し怖いと感じるほどに。

 男性は、俺達へ目配せすると薄い唇を開いた。

 

「あれ、香流は?」

「まだ寝てるのよー」

 

 銀髪の男性はデスクに突っ伏した。柚姫さんはあっけらかんとしている。

 

「せっかくベッド綺麗にしといたのに!」

「残念でしたね!」

 

 案内してくれた女性はとてもいい笑顔だ。香流とは、誰だろう。話の流れが見えてこないけど、柚姫さんの知り合いなのかな。

 

「あ、じゃあ今ひとりで寂しく寝てるんじゃ」

「パパといるのよ」

 

 柚姫さんはばっさり切るように答えた。男性はえーと唇を尖らせる。

 

「いいなぁ、あーちゃんばっかり。僕だって香流と添い寝したい」

「添い寝はしてないと思うのよ?」

「ゼウス様、いないものは仕方ないですよ。ね、柊ちゃん」

「そう。私は柚木地区長を連れてこいとは言われていない」


 柊さんを見上げると、光を遮断したような吸えた瞳でゼウス様と呼ばれた男性を見つめていた。

 柚木地区長、と柊さんは言った。と言うことは、香流とは柚木さんのことか。

 それにしても何故ベッドを。⋯⋯いや、考えるのはよそう。あまり人の事情に首を突っ込みすぎるのは得策じゃない。

 

「⋯⋯で、その子が例の少年?」

 

 いきなり話を振られて俺はびくりとした。


「あ、⋯⋯志賀夏椎と申します」

「礼儀正しい子だねぇ。僕はゼウス。こっちの部下はセラフィムと言う名だよ」

「熾天使セラフィムと申します。わざわざご足労ありがとうございました」


 ゼウス、セラフィム。聞いたことがある。天国における最高神と最上位の天使の名だ。

 ゼウスさんにじっと見定めるように見つめられ、俺は少したじろいでしまう。責められているような、選定されているような、何とも言えない居心地の悪さがある。

 ここへ呼ばれた理由は分からない。分からないけれど―――少しは見当がついていた。

 

 香流さんが言っていた、俺は人ではないという事実。

 そして、神様よりも上の立場の存在がいるということ。

 

 ゼウスさんは、長い時間をかけて俺を眺めたあと、ふっと嘲笑するかのように微笑んだ。

 

「なるほど。―――君は確かに歪な存在だね」

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