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プロローグ

A地区編の始まりです。

柚木は男の姿の時は「俺」、女と子どもの姿の時は「おれ」で統一しています。

性癖ぶっ壊しマシーンの神と天使です。

「冷蔵庫とオーブンレンジ買えて良かったねぇ」


 右手にクレープの包み紙、左手に肉まんを持ちながら中川はニコニコとご満悦の笑顔を浮かべている。

 白く輝くプラチナのもこもことした雲のような髪をもつ天使の中川は、アメジストの瞳を細めてとっても幸せそうだ。その悪魔のような天使の姿を横目で見ながら、木戸はため息をついた。


「余計なもんも買わされましたけどねぇ」

「なんで?綿あめ製造機には夢があるよ」

「ないですぅー」


 背中まで伸びた黒髪をお団子に纏め、左目に眼帯を付けた木戸は鳶色(とびいろ)の瞳をじとりと細める。

 いつもは燃えるような赤髪も、左目を抜いて鬼の力を封印することで鳴りを潜めている。それでも力持ちは健在で、肩に冷蔵庫とオーブンレンジ、その上に綿あめ製造機をちょこんと乗せて平然とした顔で運んでいた。


「柚木も嬉しいよねぇ?」


 中川がまるい笑顔を向けると、柚木はきょとんと大きな目を見張った。

 恩師である坂田の妻の早百合に朝から髪を弄られ、プラチナブロンドの髪はシニヨンヘアへと綺麗に纏められている。耳横の後れ毛が可愛くて木戸はふにゃふにゃと笑顔を浮かべた。


 朝焼けの柔らかな太陽の光のような金髪。地球を宿したアースアイ。華奢な身体には見合わないほど立派に主張する柔らかそうな胸。そしてそこから流れる細い腰と脚線美。


 女の子の柚木香流は今日も天井知らずで可愛い。もちろん男の子の方も可愛い。木戸は中川という付属品があっても今日という日が幸せで堪らなかった。


「この角度からも香流が可愛くて幸せ」

「良かったねぇ」

「あっ、もしかしてこの身長差ちょうどいい!?ねぇ中川さん、彼氏と彼女に見える!?」

「はいはい、見えるよぉー」

「ねぇ香流、どう思う!?」

「ごめん、アイスに必死で聞いてなかった」


 アイス教信者の香流は、ふたりの後ろにつきながら溶けそうなアイス相手に一生懸命戦っている。

 今日は秋らしく栗のアイスが新発売と書いてあったので、迷わずそれを選んだ。栗の優しい甘さとミルクの甘さがマッチしてとても美味しい。


「蓮、手伝って」

「はーい」


 柚木がアイスのコーンを差し出すと、木戸は振り返ってアイスをぱくりと食べた。

 溶けかけたアイスが口の中ですぐに解けていく。柚木はほっとして、また続きをのんびり食べ始めた。


「柚木、ひと口がちぃちゃいんだよ。もっと口開けたらいいじゃない」

「頭キーンってする⋯⋯」

「なにそれ、かわいー」

「バカにしてんだろ」


 じろりと睨み上げられても、その顔が可愛い。木戸は幸せな気持ちを噛み締めていた。

 今日は家電量販店でお買い物をして、大学時代に木戸が一人暮らしをしていたアパートへ向かっている。そこから今の家まで繋がっているのでショートカットになるからだ。


「冷蔵庫置いたら香流とふたり暮らしかぁ〜。楽しみ!」

「ふふっ。毎日行くからね!」

「毎日かぁ⋯⋯」


 いつの間にかふたりが隣に並んで、女性化で背の縮んでしまった柚木は複雑な気持ちになる。

 男の姿だったら横並びなのに。凹状態がモヤモヤする。渋い顔で歩いていたらまたアイスが垂れてきそうになって、慌てて続きを口へ運んだ。




 現世にある木戸のアパートから島にある木戸のマンションへ飛んで、それから柚木は中川と並んでA地区を後にしていた。

 家電の設置は木戸にお任せする。木戸は夜から仕事があると言うし、柚木は早く家に帰って髪を解いてサッパリしたかった。

 木戸のマンションから中川に抱き上げて運んでもらって、地面に下ろしてもらう。中川は6対の天使の羽をしまって、ふわりと微笑んだ。


「女の子の姿は慣れた?」

「別に違和感ないなぁ。ま、元は女らしいから仕方ねぇよな」

「ふふ。どっちの柚木も可愛いよ」

「嬉しくねぇー」


 それは褒め言葉ではない。ジト目で中川を見上げても、中川はウインクしてこつんと自分の額を小突くだけだった。

 B地区を抜けて警察庁へ向かって歩く。夜風が頬に触れて気持ちがいい。

 夜でも、B地区は人通りが多い。心地良さに目を細めて伸びをすると、急に後ろから声をかけられた。


「香流!帰ってたのか」


 名前を呼ばれて柚木が振り返ると、短い黒髪と黒目のよく知った顔が片手を上げている。

 

「あれ、まゆおかえり。柚姫は?」

「家まで送ってきたよ」


 まゆ、こと黛は柚木の幼なじみでこの島の管理者だ。現世と呼ばれる外の世界の人間にこの島が認知されないよう結界を維持してくれている。

 神様の力を持った人間で、さっきまで柚木の妹とデートしていたはずだ。今は、知らない子どもを連れて歩いている。


「誰その子ども」

「あぁ、現世で拾った」


 さらりと言うけれど、人は気軽に拾っていいものではない。

 柚木は足を止めた。黛と同じくらいの背丈に、茶色い跳ねた髪。学生服を着ていて、戸惑った顔で柚木と中川へ目配せしている。


「君、名前は?」


 人当たりの良い笑顔で中川が小首を傾げた。柚木も子どもの言葉を待つ。


「飯塚⋯⋯健太郎です」


 なるほど、知らない名前だ。

 当たり前か。柚木はふぅんと小さく呟いて、ぱっと笑顔に切り替わる。


「健太郎だな!おれは柚木!この島の警察官だぞ!」

「俺は中川だよ。この柚木の大親友で可愛い男の子なんだぁ」

「自分で言う⋯⋯?」


 黛の突っ込みにも中川はめげない。手を丸めて頬に当てて、えへへと笑う姿は正に天使のようだ。


「丁度いいや。香流、この子を預かってくれ。後のことはお前に任せるよ」

「えっ」

「もちろん!おれはC地区長だからな!」


 住民の管理、警備、それに保護だってもちろん柚木の仕事だ。

 胸に手を当ててえっへんと胸を張る柚木を見下ろして、健太郎は戸惑った視線を黛へ向ける。黛は健太郎の頭をポンポンと軽く叩いた。


「保護者業は俺が担うから、心配しなさんな。香流はこう見えて強いし、家事も完璧だから安心して庇護されてりゃいいよ」

「何でも作れるぞ!晩ご飯何食べたい?」

「んー、青椒肉絲(チンジャオロース)かなぁ?食前にプリンアラモードも食べたいなぁ」

「組み合わせ!」


 黛の突っ込みにも中川はめげない。ニコニコと幸せそうに柚木の腕を組んだ。


「健太郎もプリンアラモード食べる?」

「え、あっ、その」

「食べるに決まってるじゃーん。子どもなんてみんな食欲の塊だよぉ」

「そうなの?」

「お前ら、本当に頼むよ⋯⋯」


 柚木は地球の神様、中川は地球の神様に仕える唯一の側仕えの天使。

 肩書きは大層なのに、さっきから話している内容はアホ丸出しだ。肩を落とす黛の隣で、健太郎は意を決したように頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 どの道現世には戻れない。そう、戻れない理由が健太郎にはある。

 ここでお世話になるしかない。いくら女の人だろうと、よく分からない会話をしていようと、いい人達なのは伝わってきた。

 だから。

 唇を引き結んで険しい顔をする健太郎の肩に、柚木はそっと触れる。


「大丈夫だよ。何があったか知らねぇけど、何も聞かないしもう安心していいよ」


 健太郎が顔を上げると、柚木はにぱっと微笑んだ。

 明るい、お日様のような笑顔は健太郎の心臓をつき動かした。バクバクと鳴り始める心臓を押さえる健太郎を見て、慌てて黛と中川が間に入る。


「あー!香流、中川くん!木戸くんはもう帰ったの!?」

「そうなの!柚木とラブラブイチャイチャしてたよ!今頃仕事に行ったかな!」

「ラブラブイチャイチャはしてない!」


 反論する柚木の真っ赤な顔を見て、健太郎ははっとする。

 黛と中川はほっとした。危ない危ない。健全な子どもをわざわざ茨の道へ誘うこともないし、そもそもあの執着強め盲目男子代表の木戸が柚木への片思いなど許すはずがない。


「ほら、柚木もう帰ろ!遅くなると木戸が心配するよ!」

「なんだよ、蓮のことばっかり⋯⋯」

「中川くん、仕事増やしてごめんね」

「任せてよ!俺は柚木の唯一の天使だからね!」


 中川はパチンとウインクして、健太郎の腕を引いた。

 少し屈んで上目遣いで見上げて、あざとく小首を傾げながら天使の微笑みをくらわせる。


「これからよろしくね」

「は、はい!」


 急速に真っ赤になる健太郎を眺めながら、黛は呆れ顔を向けていた。あのふたりに任せざるを得ないとはいえ、あの少年の性癖が少し心配になる。


「じゃあまゆ、また明日!」

「おー」


 きちんと振り返って手を振る柚木に向かって、黛も軽く手を振る。

 やれやれと息をついて、黛も自宅へ足を向けた。歩き出したと思えば、急にスマホが振動する。

 スマホには鴫(しぎ)と表示されていた。通話ボタンを押して、耳に当てる。


「どうした、鴫」

「兄さん、もう帰りますか?」


 鴫は黛の弟で、高校2年生のしっかり者だ。

 今日はお出かけするから晩ご飯いらないと言っていたのに、電話してくるなんて珍しい。黛は歩きながら会話を続ける。


「もう帰るよ。鴫ももう家?」

「はい。もう帰ってますよ。帰ってくるなら話は後で結構です」

「なんだよ」


 電話越しの鴫は、見なくても分かるくらい声を弾ませた。


「柚姫姉さんとのデートの話、聞かせてくださいね!」

「⋯⋯あー」


 目を細めて、黛は肩を落とす。

 帰ってからの質問責めが待っていることが確定してしまった。一気に足取りが重くなる。


「話さなきゃダメ⋯⋯?」

「ダメです!」


 強めに拒絶され、黛ははぁーとため息をついた。

 夜はまだ始まったばかりだ。

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