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白兎事件編48(その後・7/金曜日)

(柚木)


 破壊された体育館の撤去作業でお休みになって、夏椎達は友達と集まったり、『兎の目』でのんびり過ごしたり、俺と見回りに行ったり急なお休みを満喫しているようだった。

 お休み最終日の金曜日は、龍司さんとハイキングに向かっている。朝からたくさんおにぎりやサンドイッチを作ったから少し眠たい。

 今日は、木戸も愛敬もA地区で仕事なので隣にいない。

 久しぶりのひとり!死神がついているときはひとり行動が許されなかったけど、『白百合の純潔』事件が終わってからようやくひとりでの行動をまゆから許可された。

 今は撤去された体育館の視察のため、学校へ向かっている。

 肩にルフを乗せて、ポーチには将次が入っている。ポーチの中にはフィオネからもらった『解呪の魔石』もある。

 そしてリニューアルした男の姿に警官服。どこからどう見ても大人の男。それを坂田先生に見せるために走りながら学校の門を抜けた。

 がらんとしたグラウンドを走り抜けて、体育館へ向かう。そこには、スーツを着た坂田先生が立っていた。


「坂田先生!」

「いつも走ってるな君は」


 飛びつくと、坂田先生は受け止めてくれる。同じくらいの背丈になったから、目線が近くて会話がしやすい。


「本当に警察官になったんだな」

「格好いい!?」

「あぁ、格好いいよ」


 嬉しい。勝手に顔が笑ってしまう。坂田先生の隣に立っていた石田が苦笑いで顔を出してきた。


「お前さぁ、他の教員もいるのに落ち着きなさいな」

「だって坂田先生が学校にいるの嬉しいだろ!」

「分かるけどさぁ」


 石田の隣にも、平地になった体育館の周りにも、たくさんのスーツ姿のひとが立っている。

 みんなはこちらを見たあと、また自分達の話に戻って行った。怒られなくて良かった、とちょっとほっとする。


「それにしても、お前の一声で坂田先生が復帰してくれるなんて⋯⋯。しかも『兎の目』の協力で学校のロッカーと坂田先生の家を繋いで、通勤も負担なし。お前の提案ひとつで物事全て進んで恐ろしいね」

「だってお前らだけじゃ体育館直せないんだろ」

「ほんと、坂田先生の残してくれていた資料があって助かりました」


 向こうから白い毛むくじゃらでギョロギョロした目のマロンが歩いてくる。

 目を向けると、マロンは頭の部分を下げた。相変わらず、よくスーツ入ったなと思うずんぐりとした体つきだ。


「我は現在中高一貫校の校長をしております、イエティのマロンです。この度は顧問教員に就任して頂きありがとうございます」

「どうも、ご丁寧に。坂田侑(あつむ)です。この子達が中学生の時に教鞭を取っておりました」


 坂田先生に頭を撫でられる。しわしわだけど、ゴツゴツした手はなんだか安心する。


「柚木さんには石田共々お世話になっております」

「この子に関しては世話しているのか、されているのか分かりかねますが。今後は私も微力ですがお手伝いさせて頂きます」


 石田がマロンの後ろで笑っている。ムカつくなアイツ。石田のくせに。


「むしろ、この歳で必要として頂けるなんてありがたいことです。香流には感謝だな」


 坂田先生の手は温かい。中学生の頃を思い出して、少し心がポカポカする。

 

「結局体育館どうなんの?」

「今から設計士と打ち合わせだ。空を飛べるものがいるなら屋根の構造を少し工夫した方がいいと思っている」

「坂田先生今日来たばっかなのに順応しすぎじゃない?」

「香流でもう慣れた」


 この前坂田先生の前で姿変えたからかな。そう言えば柚姫も飛んでたもんな。

 良かった、怖がったり嫌がったりされなくて。そう言えば受け入れてもらえるのが当たり前すぎて、変だって思われるとか思わなかったな。


「石田も打ち合わせ行くの?」

「まぁ俺も剣道部のとき時々体育館使ってたからね。そのために出てきたんだよ、今日」

「坂田先生も部活してた?」

「私は英語研究会の顧問だった」

「⋯⋯そんなのあったっけ」

「お前文化部の見学一切見に行ってないもんな」


 人のことは言えない体育会系石田は、親指を立てて自分を指さす。


「ま、俺に任せてよ!数式には自信あるから!」

「体育館建てるのに数式なんか使うかよ」

「自信を持つのは大事なことだよ、香流くん」

「数学以外はアホのくせに⋯⋯」


 でも石田以外にこの学校に昔からいる教員がいないのは確かだ。

 体育館が壊れてしまったのは俺のせいでもある。木戸だけじゃなくて柳瀬にヒツギに愛敬が行ってしまえばもう仕方ない。アイツらは建物の破壊に無頓着だもんな。

 サタンが止めるとは思えないし。やっぱり残るべきだったかなと少し思いながら、まゆから預かった書類をマロンへ渡す。


「学校になんの落ち度もない破損だから、修理代は警察庁で請け負うって。また必要経費書いて出してくれってまゆ⋯⋯あ、えっと黛が言ってた」

「分かりました。柚木さんはこのまま残られますか?」

「俺もう少ししたら行かなきゃならないところがあるから、もう帰るよ。坂田先生と石田がいるし任せる」


 俺がいたってなんの役にも立たなさそうだ。それに、学校には地球産の教員だって何人かいる。

 話していると、ばさ、と羽が舞う音がした。振り返ると、中川が微笑みを携えて小首を傾げている。


「柚木、今からハイキングに合流するんでしょ?俺も行きたいからついてくよ」


 良かった、多めにおにぎりとサンドイッチを作っておいて。何となくそんな気はしたんだよな。中川がイベントに参加しないわけがないって。


「わぁ、ほんとに坂田先生だぁ!お久しぶりです〜!」

「⋯⋯中川くんも呪われてるのか?」

「中川は美少女キャラで売ってる天使なので⋯⋯」

「そうだったのか⋯」


 俺と坂田先生の声が重なった。

 だからライブの時もあんな楽しそうだったんだな。男子生徒にたくさん食べ物貢がれて楽しそうだったもんな、中川。


 坂田先生と中川と石田がいたら、中学の頃を思い出して少し懐かしくなった。

 ここに柳瀬もいたら良かったのにな。でも今日は忙しいって言ってたから、木戸も愛敬も駆り出して悪りぃなって言ってた。

 何があったんだろう。事件でもあったのかな。向こうでのトラブルに俺は呼ばれないから、少し寂しい。


「柚木、俺もうお腹ペコペコだからいこー!」

「あ、うん⋯⋯。じゃあ、頑張って」

「気をつけて行きなさい」

「気をつけて行けよ!」

「俺もう大人なんだけど」


 確かに俺の元の姿は見た目は変わってないけど、中身は成長してるはずなんだけどな。

 ルフに大きくなってもらって、背中に飛び乗る。ルフの上から手を振る俺に、坂田先生と石田だけじゃなくて教員の人たちみんな手を振り返してくれた。

 中川がルフの隣に並ぶ。空に舞い上がると、青い空と風が気持ちいい。

 今日もいい天気だ。ハイキング日和できっとみんな喜んでるだろうな。


「木戸と愛敬がいないから来たのか?」

「ま、それもある」

「俺はそんな信用ないのかよ」

「違うよ。俺が勝手に心配してるだけ」


 中川がルフの前へ羽ばたいた。俺はルフの首元に手を触れて、一旦止まるようお願いする。


「柚木がA地区に来るの、俺は賛成なんだよ」


 驚いた。中川も反対なんだと思ってた。

 木戸も愛敬も、柳瀬だって反対していた。賢吾とまゆは賛成してくれたけど、森谷は今も「やっぱり気が変わらない?」と聞いてくるくらいだからたぶん快く送り出してはくれていない。


「柚木は悪意に取り込まれないからね。あるがままをあるがままに内包出来る女神様だから」

「⋯⋯⋯女神はやだ」

「柚木ならあの場所を変えることが出来る。でも、それは多分すごく辛いことだと思うよ」


 中川に無視された。いやまぁ、そりゃ元は女だから女神なんだろうけど、今は完全体の男なんだから女神呼ばわりはちょっと嫌だ。


「柚木。人を食べないと生きていけない種族があったとして、どうする?」


 中川はずっと微笑んでいる。

 俺は悩んで、⋯⋯首を傾げた。


「なんて人以外はダメなの?」


 人って、要するに動物性タンパク質だろ。

 植物性タンパク質で代用も出来るんじゃないか。バランスよく食べるのは大事だけど、食べるものがないから笹を食べたパンダだって、何より俺の憧れのゴリラだって果物を食べるのにムキムキだ。


「おにぎり食べてみたら美味しいかも知れねぇじゃん!一色食べは良くないんだぞ」

「あ、うん⋯⋯だよねぇ。柚木はそうだよねぇ」


 中川はふふふと声を上げて笑った。そんな変なこと言ってないと思うけど。

 ひらりと羽を翻して、中川がルフの上に乗る。俺の手を繋ぐと、もたれるように頭を肩へ乗せてきた。


「きっと柚木ならみんなと仲良くできるよ」


 男の体だったら、中川と視線が近い。

 中学生の時は、中川の方が小さかった。中川は好き嫌いせずになんでも食べるから、スクスク成長したんだ。俺はそのことを羨ましく思って、嬉しくも思うんだよ。


「中川、心配してくれてありがとう」

「そりゃ親友だからねぇ。それに柚木は俺の神様だから、柚木がいないと俺は生きてけないんだよ」

「俺だって中川がいないと嫌だ」


 ルフが羽を大きく羽ばたかせる。

 顔に当たる風が心地いい。空の上は静かで、まるでこの世に中川とふたりだけみたいだ。


「柚木がもし誰かと結ばれても、付いてっていい?」

「結ば⋯⋯れない!だって俺はそういうの分かんないから!」

「俺に黙って夏椎の父親とデートしてたくせに。木戸の方が百倍マシだよ、それも嫌だけど」

「龍司さんは保護者仲間!木戸は友達!」

「そーぉー?」

「中川とは大人になってもずっと友達だって約束しただろ。俺は忘れてないんだからな」


 それは、中学生の時に中川がノートに書いたことだ。

 俺はそれに丸をつけた。中川は俺の初めての友達だ。中川が側からいなくなるなんて考えたくない。

 隣を見ると、中川は嬉しそうにニコニコしていた。


「ふふ。ハイキング楽しみだねぇ」

「俺は仕事中だから途中で抜けるけど。中川はどうする?」

「んー?じゃあ俺も柚木と一緒に抜ける!」


 午前中のうちにひとり行動じゃなくなった。でも、別に嫌じゃない。

 視界の先に史磨山が見える。すそ野の広いなだらかな山だけど、ここにはたくさんの動物達が住んでいる。

 ルフに乗ったまま頂上へ向かうと、いくつかグループがある中に一際大きな熊みたいな人が見えた。龍司さんだ。龍司さんと、耳の良い翔真が気付いてこちらに手を振ってくれる。


「もう頂上に着いたんだ。さすがだねぇ」


 ルフがゆっくりと地上へ降りる。土の上へ足をつける前に、俺と中川はルフから飛び降りた。

 ルフは小さくなって俺の肩の上に乗る。気付けば、中川は広げたレジャーシートの上にもう座っていた。

 レジャーシートの上で晃と夏椎が疲れた顔をしている。近付くと、翔真が跳ねるように飛び付いてきた。


「香流お兄ちゃん、お疲れ様!」

「お疲れ様。なんで夏椎と晃は疲れてんの?」

「何でだろう。5往復したから⋯⋯?」


 なるほど、特訓を兼ねていたのか。さすが夏椎の父親、勉強になる。


「父さんの真似したら怒りますからね!」

「し、しない」

「夏椎はまだまだ軟弱だなぁ。香流ちゃんの弟は優秀だね」


 ご機嫌な龍司さんが翔真の頭を撫でた。翔真は龍司さんにも飛びつく。


「俺、まだまだ走れるよ!」

「なら今度は俺と行くか?」

「やったぁ!まだお昼ご飯には早いしいこいこ!」

「中川はどうする?」

「日向ぼっこしてるー」


 中川はレジャーシートに座り込んでのんびり風を受けている。

 視線を向けると、夏椎と晃は俺を見上げて首を振った。じゃあ翔真と行こうとしたところで、龍司さんが軽やかな足取りで付いてくる。


「俺も行くよ。撮影続くと体訛っちゃって」

「じゃあこっちから行こう!」

「そっち登山道じゃないんですよね」


 たくさん木の生えた方を指差す俺に、夏椎は呆れたように呟いた。




 木の上を移動するのは、地面を走るよりも面白い。

 丈夫な枝を瞬時に見抜いて、なるべく体重をかけないように足をかける。眼前に現れる枝は手で捌いて、なるべく木を傷付けないように走る。

 翔真のスピードに合わせて走る俺の側に、森の動物達が寄ってくる。ルフが威嚇するせいで反対側の肩にみんな集まるからちょっと重い。


「さながらプリンセスだね」

「それは不名誉だぞ」

「あはは。ごめん」


 龍司さん、全く息切れてないな。翔真はちょっとスピードが落ちている。

 話を聞くに、下山6回目だから疲れも出るか。翔真の隣に並んで、顔を覗く。


「大丈夫か?」

「ふたりとも、俺より速いのが納得いかない⋯!」

「速く走るだけじゃないコツがあるんだよ。体感で掴めば楽になると思うぞ」


 翔真は体捌きがふたりよりも優れている。力の入れ方も上手だけど、少しばかり余計な動きが多い。


「力の入れどころを工夫したらもっと良くなるよ。例えば、枝には着地するんじゃなくて足がけにするんだよ」

「なるほど」


 翔真と声が重なった。龍司さんにくすくす笑われてしまう。


「何で君が感心してるの」

「説明上手だなと思って」

「香流お兄ちゃんは説明下手だもんねぇ」


 再三言われていることなので何も言い返せない。

 押し黙る俺の頬に触れて、龍司さんは優しい顔をした。


「君は習うより慣れろで習得してきたことが多いんだよね。自分なりに飲み込んで良く頑張ってるよ」

「⋯⋯初めて褒められた」

「やったね、初めてもらっちゃった」


 悪戯に笑う龍司さんは、お父さんというよりなんだかお兄さんみたいだ。


「そうだ、今日坂田先生が来てるんでしょ?元気だねぇあのじいさんも」

「うん。動けるうちは仕事したかったからありがたいって言ってくれたよ」

「あはは。ほんとに100まで働いたりして」

「⋯⋯ずっと元気でいて欲しいな」


 無理だと分かっていても、もう誰かを失うのは経験したくない。

 龍司さんが急に指で頬をつついてきた。見上げると、額に手のひらを被されて前が見えなくなってしまう。


「なに!?」

「お、ちゃんと見えてなくても走れるのね。でも⋯⋯」


 予定していた着地地点に、足場がなかった。

 がくんと体勢が崩れる。かと思えば真上に引っ張りあげられるような感覚がして、顔を上げると龍司さんが楽しそうに笑っていた。


「香流お兄ちゃん!」


 翔真も駆け寄ってくる。格好悪いところを見せてしまった。龍司さんを睨み上げていると、龍司さんは何が楽しいのかくくくっと笑い声をあげる。


「悲しい気持ちなくなった?」


 近くの枝の上に下ろされて、頭を撫でられる。

 翔真が腕に飛び付いてきた。夏椎の父親のくせに何するか分かんない人だ。でも、確かに胸のモヤモヤはどこかへ行ってしまった。


「うん、⋯ありがとう」

「さて、麓に下りたら頂上でランチにしましょう。頑張って作ってくれたんでしょ、楽しみだわぁ」

「香流お兄ちゃんのご飯美味しいんだよ!」

「あらぁ、ワクワクしちゃう」


 龍司さんと翔真が前を進むので、俺も立ち上がって足を動かす。

 ルフが慰めるように頬に擦り寄ってくれた。大丈夫、先のことは考えすぎないようにしよう。今の俺にはやることだってあるんだから。


「ルフもありがとうな」


 ルフにも感謝をしたら、ルフは肩の上でくるりと1周回った。

 


 ★★★★★



(愛敬)


 灯護くんの家のリビングて、パッセルくんが居心地悪そうに床に正座しています。

 小さな体が更に縮こまっていて、今にも圧縮されてしまいそうです。私の隣の灯護くんは腕を組んで俯いています。翳る睫毛が長すぎて滑り台できそう。

 パッセルくんの話を聞いて、ヒツギくんはいつも通り無表情ですが、蓮くんは腕を組んで黙っています。こっちも黙っていたら絵になりそうですね。無駄に顔がいい顔面を殴りつけてやりたい。


「⋯⋯最悪だな」


 灯護くんが唸るような声を出しました。

 蓮くんはまだ黙っています。たぶん、蓮くんの中では結論が出てるんですよね。それを口にしないだけで。

 リビングには、私達以外には誰もいません。タナさんは2階のロゼッタちゃんの部屋で看病を続けています。


「パッセル、間違いないんだな」

「あ、あぅ、はい。⋯⋯ロゼッタさんは、「黒髪の男の人にやられた」と言って⋯いましたでやんす」

「まぁ俺だよねぇ」


 蓮くんが腕を解いてにっこりと微笑みました。


「じゃ、香流が来る前に速やかに終わらせよう」


 私は静かに立ち上がりました。

 一気に蓮くんの顔面に向かって拳を突き立てます。蓮くんは避けずにいたけど、届く寸前で灯護くんにとめられてしまいました。


「俺殴って解決すんならいくらでも殴りゃいいけど」

「木戸、煽るな。小波も落ち着け」

「⋯⋯っ、5万人ですよ!」

「だから何だよ。もういなくなった奴らの話だろ」

「ほんっとムカつく!」


 蓮くんのこういうところが大っ嫌いです。

 一緒に学校通ってたのに。同じクラスだったくせに。小波ちゃん友達出来て良かったねって笑ってくれたのに。


「千穂ちゃんも、佳奈ちゃんも、巧くんも、みんなロゼッタちゃんの中にいるんですよ!」


 ロゼッタちゃんをなんとか解明出来れば、もしかしたらみんなが帰ってくるかもしれない。

 

 だから失くせなかった。だから守り続けていた。

 

 本当は、何度も殺したいくらい腹立たしい生き物なのに!


「小波、一旦座れ。木戸、お前だったら俺の母親だって気付いた時点である程度ロゼッタかもしれないという予測はついてたんだろ。殺せなかった時点でお前も躊躇ったってことだ。あんまり小波をいじめるな」

「⋯⋯確証を得られなかったから処分出来なかっただけだよ」

「お前、柚木以外はいらねぇって言いながら何だかんだ甘いんだよ、人の中で育ってんだから。⋯⋯俺だって同じだよ」


 拗ねたような顔をして、蓮くんが頬杖をついています。

 それ以上は何も言わないってことは、そういうことですね。私もため息をついて、席につきました。


「ロゼッタが死んだら柚木と中川が泣くだろ。俺もずっと一緒に暮らしてたからそこそこロゼッタに愛着持ってんだよ。どうにかして異形化の原因を突き止めねぇとな」


 ぽんぽんと私の頭を撫でる灯護くんの手が優しいです。椅子を近付けて、腕にしがみつくとイライラが少し収まってきました。

 

「ベリアルさんが原因ではないんですか?」

「あのババア、柚木の身体を変質させたり、石田の性別を変えたり、ロクなことしてねぇからな。でも、アイツが司るのはあくまで人間の性だ。ロゼッタは女のままだし、恐らくはアイツが原因じゃねぇ」

「じゃあ灯護くん、私を男に出来るんですか?」

「俺にそこまでの力はねぇよ。あと千年くらいしたら出来るかもな」


 そうなのですね。男性の体、ちょっとなってみたかったですけど。


「同化したことで記憶の共有は出来ねぇの?」

「⋯⋯多分、記憶だけ持って逃げられたな。どこかに隠れてるのか、保護されてんのか⋯」

「まぁ、あの人のやりそうな事ではありますね」


 ヒツギくんは静かに言ってお茶を飲みました。パッセルくんはまだ小さくなったままです。ちょっと可哀想なので、手招きすると雀になって私の頭の上まで飛んできました。

 

「ねぇ。高次のひと、ひとり仲間になってくれそうですよね。香流くんの元彼に情報の提供を頼めませんかね」

「元彼じゃねぇし!」


 そこはどうでもいいんですけど。私は無視して話を進めます。


「この前警察庁に来てましたけど、香流くんが聞いたら答えてくれそうな雰囲気でしたよ。何故か志賀龍司もいましたけど⋯⋯」

「今日も来てるよ。子ども達連れてハイキング行ってるってよ」


 あー、だから蓮くんさっきから機嫌悪いんですね。分かりやす。そういうところは可愛いんですけどね。

 志賀龍司の話題を出すと、灯護くんも嫌そうに眉間に皺を寄せています。


「何で気に入られてんだアイツ⋯⋯」

「だって可愛すぎんだもん!あんな顔が可愛くてスタイル良くて性格良い子狙われるに決まってんじゃん!」

「まぁ、志賀龍司だって普通の男だって事ですよ」

「人の中で暮らしてると、化け物でも人間臭くなるもんだな」


 灯護くん、何だか達観した表情です。


「元彼の件だけど、いくらまともに見えても高次元の神様だ。何を交換条件に出されるか分かんねぇぞ」

「止めとこう。先輩寄越せとか言われたら元も子もねぇわ」

「じゃあ志賀龍司の方は?」

「謀反したアイツに奴らが助力するもんかね」

「先輩にちょっかい出すのが謀反したことになんの?」

「明らかに仲良くしてんならそれだけで謀反だろ。夏椎まで連れて一緒にハイキング行ってるなんてアイツらが許すかよ」

「俺も行きたかったなぁ⋯⋯」


 遠い目をする蓮くんは下心が見え見えですね。まだ今日は平日なんですけどね。


「蓮くん、男の方の香流くんをいくら口説いたって無駄ですよ。アレはアレでキッチリ使い分けてますから」

「仕事モードの先輩も可愛い」

「聞きましたけど、木戸の家に柚木さんが住むって正気ですか?」


 ヒツギくん、身も蓋もない聞き方しますね。灯護くんは美しい微笑みを携えて、蓮くんを視線で射抜きます。


「分かってるって言ってたもんな?」

「分かってるし、何が起こるか分かんねぇから何もしませんよ。なんか知らんけど純潔なんでしょ、先輩」

「そうなんだよなぁ。ほんと、放って置いたらどうなることやら⋯⋯」

「正直、正気の沙汰じゃないとは思いますけどね」

「ヒツギの俺に対する信頼がなさすぎる」


 ヒツギ君の方が蓮くんに関しては詳しいですもんね。

 きっと私の知らない、私には言えない何かがあったんでしょう。聞きたいとも思いませんが。


「現時点で出来ることがなさすぎますねぇ⋯⋯。まだロゼッタちゃんが動けない間に手を打てたらと思ったのですが」

「まぁなんの見返りもなしに動くやつはいないだろ。柚木くらいだよ、そんなアホ」

「アホじゃないです。それが可愛らしいんです」

「盲目かよ」


 残念ながら盲目なんですよねぇ。

 でも、私も香流くんのそういうところは好ましく思っていますよ。曇って欲しくはありません。


「ロゼッタの状態が落ち着くまでに、とりあえず柚木の安全だけは確保してやんないとな」

「あの人放っておいたら女の姿でフラフラ深部まで行っちゃいそうですもんね」

「お前は純潔だって説明してもいいもんかなぁ⋯⋯」

「いいんじゃないですか。石田くんも純潔扱いでしたし、香流くんのことだから女になったら純潔なんだーくらいで理解しますよ」


 そもそも純潔の意味分かってるんですかね、あのお子ちゃまは。

 宙くんが上手いこと説明してくれてたらいいんですけど。そう言えば、珍しく香流くんがA地区に来ることを反対してませんでしたね。

 灯護くんの家に行くように誘導したのも宙くんと聞きました。宙くんも私達と同じく香流くんをA地区に近付けたくないのかと思ってましたけど、案外そうでもないのかも知れません。


「香流くんがロゼッタちゃんに会いに来たらどうします?」

「希望的観測に過ぎねぇが、ロゼッタは柚木に懐いてるから大丈夫だろ。俺達の誰かが側にいるようにすりゃ護ることも出来る」

「灯護くん、ロゼッタちゃんのこと完全に妹扱いですよね」

「仕方ねぇだろ、ずっと家にいたんだから⋯⋯」


 あ、その顔可愛いですね。ムラムラします。


 灯護くんも香流くんにつられて甘いんですよねぇ。というか、先輩方は甘すぎます。私達後輩の方が酷な判断を下せるのに、それを出来ない私達も結局は甘いんですよね。


「明日は土曜日だ。柚木が来るから、出来る限り根回ししておくぞ」

「はい」

「先輩とデート楽しみ!」

「A地区内をうろつくのは昼間だけにしておいて下さいね」


 忠告しても、蓮くんは聞いているのか聞いていないのか途端に幸せそうな顔でしたいことを指折り数えています。

 もう突っ込むのも面倒くさくて、私とパッセルくんは同時にため息が出ました。

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