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白兎事件編46(その後5/龍司とデート)

恋敵が出てきた瞬間焦りを隠さない年下と、余裕綽々の年上。

香流はあんまり分かってません。

(柚木)


 龍司さんがまたやって来た。

 龍司さんはおれを抱えて、いとも簡単に島の結界を抜けて空を飛ぶ。羽も生やさずに空を飛べるなんて、まるで柚姫みたいだ。


「龍司さん、仕事は?」

「あら、気にしてくれるの?今ドイツは夜だよー」

「寝なくていいの?」

「俺ショートスリーパーなんだよね。寝なくてもヘーキヘーキ」


 しっかりと抱きかかえられているので、逃げ出そうにも逃げ出せない。

 空は青くて空気が心地良い。受ける風に目を細めていると、龍司さんの顔が近付いてきた。


「今日はペットいないの?」

「う、うん」

「ふーん⋯⋯」


 なんで嬉しそうにしてるんだろう。それにしても、風が気持ちよくて、太陽の光が暖かい。

 やばい眠い。うとうとしていると、龍司さんが頭の上でくっくっと笑った。


「着いたら起こしてあげるから、寝ててもいいよ。まだ朝早かったしね」

「い、いや、そういう訳には⋯⋯」

「いてもたってもいられなくて。連れ去るように連れて来ちゃってごめんね」


 どういうことなのか、さっぱり分からない。

 けど、眠い。ポカポカした陽気、そよそよと吹く風、暖かいムキムキに包まれてもう眠気が限界だ。


 そして、おれはあっさり眠気に負けた。



「ついたよ」


 龍司さんに体を揺すられて、おれは目を開く。

 本気で眠ってしまっていた。龍司さんは味方だと分かってるとはいえ、油断しすぎじゃないだろうか。反省しつつも気持ち良かったなぁと思いながら伸びをする。


 そこは、長閑な郊外だった。

 ぽつぽつと道路を挟んで田んぼが見える。見える家もどこか古びていて、大きな家が多い。

 大きな道路があるけれど、車は走っていない。車どころか人の姿も見えなかった。

 龍司さんはおれの手を繋いで、ゆったりと歩き始める。


「俺と君の共通項を大事にしたくて、必死で調べたんだよ」

「共通項?」

「俺だって君に恩返しはしたかったから」


 隣に並ぶと、龍司さんは木戸と変わらないくらい大きい。

 鬼と同じくらい大きいなんて、体格に恵まれた人だ。そしてムキムキ。でも龍司さんはゴリラというよりもどちらかと言うと熊っぽい。


「そうだ、後で連絡先を教えてくれる?木戸と夏椎は何故か教えてくんないんだよねぇ」

「いいよ」

「えっ!じゃあ今教えて!」


 人通りのない長閑な田舎で、スマホの連絡先を交換する大人ふたり。

 つい笑ってしまう。なんだこの状況。交換した龍司さんのプロフィール画像は、夏椎に教えてもらった『ブラック・メン』だった。


「ペンギン好きなの?」


 龍司さんに尋ねられて、一瞬躊躇する。

 でも、木戸が好きなものは好きでいいと言っていた。それで他の生き物を否定することにはならないと言われて、少しほっとしたことを思い出す。


「うん、⋯⋯好き」

「そうか。なら君への贈り物はペンギンに関連するものにしようかな」

「贈り物なんかいらない⋯⋯」


 はっと気付いた。そう言えば敬語を忘れていた。

 文化祭の時から忘れていたような気がする。龍司さんっておれが中1の時に高3だった人だよな?

 楪羽と春磨と同じ年齢差だ。


「その、⋯⋯敬語、苦手で。すみません」

「ん?いらないよ。まぁ敬語使う練習台にしてもらってもいいけど」

「怒らない⋯?」

「演技の世界は年齢差なんてあってないようなものさ。そんなに身構えないで」


 優しい⋯⋯!


 さすが夏椎の父親。優しくていい人だ。石田が悲鳴を上げる理由が分からない。

 また、手を繋がれて龍司さんが歩き出す。舗装された道路の上を歩いて、どこかへ向かっていく。


「てっきり男の子の姿かと思ったら、嬉しい誤算だね」

「男の方が良かった?」

「まぁびっくりするだろうけど⋯⋯。俺は嬉しいよ」


 びっくりする?誰が?


 龍司さんが足を止める。

 おれも並んで足を止めた。背の高い龍司さんが見上げる先を見ると、そこには、大きな日本家屋が建っていた。

 楪羽が働いていたレストランくらいはある。門に辿り着く前にも階段がある、そんな大きな家に向かって龍司さんはまた歩き出した。


「あ、あの?」

「まぁまぁ、黙って着いていらっしゃい」


 龍司さんに軽く引かれて、おれも階段を上がる。

 石で出来た階段だ。すごい、門も柳瀬の家くらい立派だ。

 門に備えられたインターフォンを、龍司さんはためらいなく押した。

 知っている人の家なのかな。なんでおれまで?

 ソワソワが落ち着かない。でもどこにも行けないので黙って立っていると、ゆっくりと門が開かれた。


「――⋯まぁ!」


 おれの顔を見て、腰のしゃんと伸びたおばあさんが目に涙を浮かべた。

 おれも、一気に感情が込み上げる。龍司さんの手を解いて、おばあさんの体を支えるようにして抱きしめた。


「早百合さん!」


 歳を重ねても分かる。坂田先生の奥さんだ。

 早百合さんがここにいるということは。

 門の向こうへ視線を移す。

 縁側に、ひとりのおじいさんが立っていた。


「坂田先生!」

「君はすぐに走って⋯⋯」


 飛び付くように抱きついて、堪えきれない涙が溢れ出す。


 生きていた。おれの大事な人。大好きだった先生。


 嬉しくてたまらなくて、涙が止まらない。もう涙なんか枯れたと思ったのに。

 しがみついて泣くおれを抱き締めて、坂田先生も静かに泣いていた。




 しばらく泣いたあと、坂田先生はおれと龍司さんを客間へ通してくれた。

 大きな漆のテーブルの前に座ると、早百合さんがお茶をいれてくれる。真ん中に置いてある籠の中には、お饅頭が入っていた。

 坂田先生と早百合さんも、椅子に座る。すごい、しゃっきりしてる。村のばあちゃんとじいちゃんを思い出しておれは笑顔があふれる。


「坂田先生、俺の卒業と同時に退任したんだっけ?」

「あぁ。学校を退任してから、母の介護のためにここへ帰ってきていたんだ。落ち着いたらまた島へ戻ろうと思っていたんだが⋯⋯」

「侑(あつむ)さん、ずっと香流さんのことを気にかけていたのよ。島へのアクセスもなくなって、まるで最初からなかったように誰とも連絡がつかなくて。まるで狐に化かされたようだと思っていたわ」

「おれもふたりにずっと会いたかった」


 坂田先生と早百合さんが、10年前島にいなくて良かった。

 もしかしたら生きているかもしれないと微かな期待は抱いていた。動物園の園長さんと奥さんも、動物達も、運良く『赤い石』の光を免れた人達からすれば今の隔離された島の状況は不思議で仕方ないよな。

 島から現世へ向かうことは出来ても、現世から島へ行くことは制限をかけている。

 中学1年生のとき、おれはずっと坂田先生の家に入り浸っていた。迷惑だったかもしれないと思ってたけど、再会を喜んでくれておれは少しだけほっとする。


「それにしても、香流さん女の子だったのねぇ」


 そう言われて、はっとした。


 そうだ!女になっていたのをすっかり忘れていた。龍司さんを見上げると、笑みを堪えて肩を震わせている。


「もー!言ってくれよ!」

「いや、ごめん⋯⋯。俺が可愛い君と歩きたくて」

「あらあら。仲良しさんね。彼氏さん連れて来てくれるなんて嬉しいわ」

「ち、ちがっ⋯⋯!」

「志賀くんと柚木くんに接点があったとは知らなかったな」

「あぁ、香流ちゃんの弟が剣道部だったからねー」

「美男美女で素敵なカップルねぇ」

「ちがーう!カップルじゃない!!」


 慌ててネックレスを取って、子どもの姿に変わる。


 うぅ、下着が邪魔して胸がもさもさして気持ち悪い!


 急に子どもになったおれに、坂田先生と早百合さんはぽかんとしている。龍司さんはまた笑った。



 坂田先生と早百合さんに、かいつまんでこれまでの話をした。

 おれはずっと男だったけど、本当は呪われていた女だったこと。

 生き物を管理している神様だということ。証拠を見せるために家中の虫を外へ追い出したら、早百合さんが拍手をして喜んでくれた。

 少し悩んだけど、『赤い石』の話もした。みんな亡くなってしまったことに、坂田先生は目頭を押さえて俯いていた。そうだよな。同僚もいたんだし、クラスメイトもみんな瞬く間に亡くなってしまった事はキツイ現実だ。


 ぶかぶかした下着が気持ち悪くて、やっぱり女の姿に変える。服装のせいで今はこっちの方がしっくりくるのが微妙にモヤモヤしてしまう。


「大変だったんだな、柚木くん」

「大変だったけど、友達がいたから大丈夫。中川と柳瀬と、石田も島にいるよ」

「柳瀬くんがいるなら安心だな」


 柳瀬はクラスで一番賢かったもんな。頼りになるし、男らしい。自慢の友達だ。


「志賀くんも島にいるのか?」

「俺は今はドイツで撮影してるけど、いずれ島に戻る予定だよ」

「息子さんは?」

「息子は一足先に島にいるよ。香流ちゃんが面倒見てくれてるんだよね」


 微笑みかけられて、おれは頷く。

 早百合さんが目を見開いて身を乗り出した。


「撮影?何の撮影なの?」

「まだ内緒だよ。多分公開は再来年かな」

「まぁー。楽しみね。侑さん、志賀龍司の追っかけしてるものね」


 坂田先生は無言でお茶を飲んでいる。龍司さんは嬉しそうに目を細めた。


「やだぁ。嬉しい」

「まぁ、元生徒として見ない訳にはいかんだろう」

「今岡くんも追っかけてるものね」

「今岡!?」


 今度は龍司さんが身を乗り出した。

 おれは知らない名前だ。


「今岡くん、お笑い芸人になってるのよ。つい最近大きな賞を取ってたわよ」

「えぇー?修がお笑い芸人⋯⋯まぁ確かに、合ってるかぁ?」


 龍司さんははっとして、おれの顔を見下ろした。照れくさそうに頭をかいてはにかむのが少し可愛いと思ってしまった。ちょっとテディベア感がある。


「今岡って、俺の同級生なんだよ⋯⋯。剣道部にいたんだけど。多分川崎は知ってるよ」

「そうなんだ。良かったな、龍司さん」


 おれも笑いかけると、龍司さんはすっと視線を逸らした。


「⋯⋯また惚れさせてくるじゃない」


 なんかもごもご言ってるけどよく聞き取れない。

 

「川崎くんも元気か?」


 聞き直そうとしたところで、坂田先生が尋ねてきた。おれは坂田先生に体を向き直す。

 

「うん、賢吾もまゆも柚姫も元気」

「柚姫ちゃんは知ってるわよ。動画も見たことあるわ。ねぇ侑さん」

「若いねぇ奥さん」

「うふふ。子どもも孫もいないし、時間はタップリあるからねぇ」


 柚姫のことも知っていてくれたんだ。嬉しい。ふたりとも律儀なひとだ。


「今度連れてきてもいい?」

「構わないよ。⋯⋯島は、連絡は通じるのか?」

「まゆが繋がるようにしたから連絡出来る。あ!坂田先生の連絡先聞きたい!今度島の写真送るよ!」

「あらあら。良かったわねぇ、侑さん」

「⋯⋯あぁ」


 坂田先生が、笑った。

 嬉しい。胸が熱くなってじんとする。なんだかほっとして、また泣きそうだ。


「せっかくだからお昼ご飯を食べて行かない?簡単なものしか作れないけど⋯⋯」

「一緒に作りたい!」

「あら。嬉しいわぁ、娘が出来たみたい」

「坂田先生と早百合さんの娘にならなってもいいよ!」


 きっと、ふたりで生きていくには大変なこともある。

 いつか動けなくなる時もくる。それは歳をとると誰にでも訪れることだ。おれはふたりにはたくさん助けられた。


 変な男から助けてくれたこと。

 一緒に野菜を育てたこと。

 英語を教えてくれたこと。

 今だって、柚姫のことを見守ってくれていたこと。


「困ったことがあったらすぐに来るよ。子どもみたいに頼って欲しい」


 ばあちゃんとじいちゃんには出来なかったことを、ふたりに返していきたい。

 早百合さんがまた泣いてしまった。坂田先生は困ったように笑ってるけど、おれのことを否定はしなかった。


 それから、早百合さんと一緒にキッチンに立ってお昼ご飯を作った。

 なんだかばあちゃんと一緒に料理していたことを思い出す。誰かとキッチンに立つのは楽しくて、嬉しい気持ちになる。

 もしゼウスに咎められても、反抗してやる。坂田先生と早百合さんは、おれのもうひとりのじいちゃんとばあちゃんなんだから。


「じゃあ、また来るな!」


 お昼ご飯を食べて、今岡さんという人のお笑い動画?を一緒に見て、気付けば昼時を過ぎていた。

 夏椎から、木戸から、石田から、翔真から、ひっきりなしに連絡が入ってくる。正直うるさいので通知を切りたいくらいだ。


「いつでもおいで」

「うん!」


 早百合さんとも連絡先を交換してもらった。ふたりに会えて、心は晴れやかだ。今度は賢吾とまゆと柚姫も連れてこよう。

 跳ねるように階段を下りて、振り返るとまだふたりは手を振ってくれていた。

 おれも大きく手を振り返す。伸ばした手を龍司さんが掴んで、手を引いて歩き出した。


「龍司さん?」

「思ったより時間くっちゃったなぁ」

「あ、仕事?」


 そうだ、龍司さんは向こうが夜中の間に抜け出して来てるんだっけ。

 龍司さんは坂田先生達が見えなくなる場所まで歩いてくると、またおれを抱き上げて空へ舞い上がる。


「龍司さん、ありがとう。すげぇ嬉しかった」

「それは何より」

「島に戻ったらみんなに報告しないと!あ、そうだ中川と柳瀬がいれば坂田先生に来てもらっても大丈夫かな!?まずまゆに確認して⋯⋯」


 止まらない口が、龍司さんの指で塞がれる。

 うるさかったかな。見上げるおれの額に、柔らかい何かが押し当てられる。

 何か、は離れていくと、ゆったりと弧を描いた。


「これからはデートの時間ですよ。お姫様」

「⋯⋯!?!?」

「あら、茹でダコ」


 顔、あっつい。


 この人、夏椎と全然違う!大人の男の人だ!

 顔が見れなくて黙って俯いていると、今度降りた場所は大きな敷地の中にある、よく分からない建物の前だった。

 道行く人はおれ達に気付いていない。歩き出すと、ふ、と次元が変わったような感覚がした。途端に道行く人達の視線を感じる。


「あの、」

「今日の撮影にはまだ余裕あるから安心して」

「う、うん⋯⋯?」


 龍司さんは窓口でチケットを買ってくると、1枚俺に手渡してくれた。

 チケットにキスをして、龍司さんはウインクする。様になっているところが、さすが芸能人だ。


「今は、俺のこと独占してよ」


 どういうこと?遊びたかったってこと?

 保護者同士親交を深めようということか?


 理解したおれはしっかり頷いた。


「いいよ!」

「あー、確かにこりゃ難攻不落だ」


 くすくす笑って、龍司さんが手を引いてくる。

 お父さんだから、手を繋ぐのが自然なんだろうな。おれは子どもじゃないけど、龍司さんの大きな手は少し安心する。


 建物の中に入ると、薄暗い照明の中にいくつかの水槽が見えた。

 水族館だ。小さな水槽の中に魚が泳いでいる。


「ふたりで撮ろう」

「?」


 声をかけられて龍司さんを見上げたら、写真を撮られた。

 写真撮ってもいいんだ。おれも水槽に向かってカメラを向ける。後で中川に見せてあげよう。

 静かな空間の中、優雅に魚が泳いでいる。

 フロアを抜けると、また別の水槽がある。今度はカエルや虫がいた。隠れていたはずの動物達が出てきてくれて、挨拶をしてくれる。


「香流ちゃん、ちょっと休憩しようか。そこに座ってて」

「おれも行く!」

「俺が運ぶから、待っててくれたら嬉しいな」


 龍司さんは子どもみたいにおれを椅子へ座らせると、カフェへ向かって行ってしまった。

 急にひとりになってソワソワと落ち着かない。そしてポケットに入れたスマホがうるさい。

 仕方なくポケットから出して、溜まりに溜まったメッセージを開く。ひとりずつ返信するのは面倒だな。悩んでいたら、早百合さんからもメッセージが来ていることに気付いた。


『あなたのお陰で、もう少し長生きしたいと思えました。ありがとう』


 ―――嬉しい。


 おれも、同じ気持ち。また頑張って生きていこうと思えた。


 早百合さんにさっき撮った魚の写真を送る。すぐに既読がついて、『素敵ね』と送ってくれた。


「何嬉しそうな顔してるの?」


 龍司さんが飲み物をふたつ、テーブルへ並べる。


「香流ちゃんはカフェモカで良かった?」

「なんで好きなの知ってるの?」

「んー、勘?今日も君がいる部屋当てたでしょ。アレも勘だよ。俺結構勘が冴えてるからね」


 さすが高次の神々の愛し子だ。おれにはさっぱり備わっていない勘だ。

 龍司さんはコーヒーを飲んで、じっとおれの顔を見る。あまり見られると居心地が悪い。

 カフェ店内には、ちらほらと人が座っていた。中には、龍司さんを見てヒソヒソと話している人もいる。

 そういえば、柚姫と東京をウロウロしたとき、柚姫は帽子を被って眼鏡をつけていた。

 龍司さんは剥き出しだ。芸能人なのに、夏椎は息子だとバレることを恐れていたのに、龍司さんはあっけらかんとしている。


「隠さなくていいの?」

「好きな子とお出かけしてるだけだもん。後ろめたいことなんかしてないよ」

「え」

「それに、俺はドイツにいることになってるからね。みんなが勝手に脳内で補完してくれるよ」

「そ、そう⋯⋯」


 あれ、聞き間違いか?


 そうだよな?おれ相手に木戸みたいなこと言う人はいないよな?


 良く分からないけど、カフェモカは美味しい。近くには水槽もあって、時々魚達が様子を見に来てくれることが楽しい。


「君といるとほっとする」


 大人みたいに微笑んで、龍司さんがこぼすように言った。

 おれは保護者同士だから、気を使わない仲間だと思ってくれているのかな。龍司さんは芸能人で早くて父親になった人だから、夏椎みたいに色々と気を使うこともあるのかもしれない。


「またこうして出かけてくれる?」

「いいよ。次は夏椎も連れて来よう」

「夏椎も一緒に?それは嬉しいな」


 龍司さんは腕を伸ばして、おれの前髪に触れた。

 何かついてたのかな。動けずにいると、龍司さんは嬉しそうな顔を向けてくる。


「今度夏椎と一緒に撮影見においで」

「何で?」

「俺が見て欲しいから」


 正直あまり行きたくないけど、夏椎が行くって言うなら付き添うくらいならいいか⋯?


 いや、でもまたアメリカの事態になったら面倒だな。悩んでいると、龍司さんがおれの眉間をつついてきた。


「好きだよ」


 何が?撮影が?


 さすがプロだな。柚姫も撮影楽しいって言ってたもんな。人の前で輝く仕事は並大抵の覚悟じゃ出来ない。おれは柚姫を尊敬している。


「応援してる!」


 おれは龍司さんのこともすごいと思うよ。


「全く通じてないねぇ」


 呆れたように龍司さんはコーヒーを飲んだ。おれもカフェモカを飲んで、「ごちそうさま」と手を合わせた。


 カフェを後にして、次のフロアには動物や鳥がたくさんいた。

 ペンギンもいた。ケープペンギンだ!『夏休み島』にいるペイ丸も連れてきてやりたかったなぁ!


「可愛い⋯!」

「うん、可愛いね」

「だよな!やっぱりペンギンは可愛いよな!」


 他の鳥達も寄ってこようとするので、飼育員さんが困っている。

 おれはみんなに小さく✕サインをして、普段通りに過ごしてもらえるようお願いをした。離れていく鳥達に内心ほっとする。


「お姉さん美人だからみんな寄ってきちゃったんですかね」

「あ、あはは」


 何も言えない。誤魔化しながらそそくさとフロアを後にして、ほっと胸を撫で下ろす。

 距離が近すぎるとダメだな。誰も怪我させなくて良かった。


 最後はお土産屋さんだ。あまりにも連絡がしつこいから、みんなにお土産でも買って帰るか。


「何か買う?」

「うん。みんな食べるの好きだからお菓子がいいかな」

「⋯⋯すごい買うね」

「中川がすごく食べるからなぁ。木戸も甘いの好きだし」

「ふーん⋯」


 にんまりと微笑んで、龍司さんはお菓子の山をおれから取り上げた。


「龍司さん?」

「俺が買ったって言って配ってね」

「いや、さすがにそれは⋯⋯!」

「子ども達にペンでも買ってあげようかね。3人分でしょ?」

「さ、3人だけど⋯⋯」

「俺も記念に何か買って帰ろ。香流ちゃん鳥好きなんだっけ?」

「あ、あの!おれが買うから、返して!」

「はいはい。じゃあ次はよろしくね」


 額を押さえつけられて前が見えない!

 店員さんの笑い声が聴こえる。もしかして笑われてるのはおれか!?

 なんだか急に恥ずかしくなって、口を閉じて顔を伏せる。あっという間に会計が終わって、龍司さんは出口へ向かって行ってしまった。


「ほら、送るから着いておいで」

「〜〜~っ、ずるい!」

「年上には甘えるものよ」


 ムカつく。けど、島へ帰るにはこの人について行くしかない。

 仕方なく側に歩いていくと、キーホルダーを指に嵌めた龍司さんがウインクをした。


「これはもらっていくね。後は好きにして」

「納得いかない⋯⋯」

「こういう時はどう言うんだっけ?」


 子どもみたいに頭を撫でられて、諭すように言われては抗えない。


「⋯⋯ありがとう」


 しぶしぶその言葉を捻り出すと、龍司さんはまた笑った。



 また抱き上げられて、ふわふわと空を飛ぶ。

 どういう理屈で飛んでるのかな。理屈とか関係ないか。おれも飛べたらいいのになぁと思いながら龍司さんを見上げる。

 夏椎に似てると思ってたけど、全然違うかった。

 この人は強い人だな。おれが乗り越えられなかったことをひょいっと乗り越えてしまいそうな理不尽な強さを持っている。

 いいな。素直に羨ましい。


「今日は楽しかった?」


 見上げていると、龍司さんと目が合った。

 黒い瞳が柔らかい。格好いい人だな、さすが俳優さん。


「楽しかった。ありがとう」

「それは何より」

「坂田先生と早百合さんに会えて良かった」


 心がポカポカと温かい。

『白百合の純潔』事件はしんどいことも多かったけど、嬉しいこともたくさんあった。


「楽しいことを楽しいと思えるって、幸せだな」

「それはそうねぇ」

「龍司さんも、早く島に来れたらいいな」


 理屈は分からないけど島の結界を抜けて、警察庁が見える。

 今日は高校生達が、文化祭で出来なかった舞台発表をしているはずだ。見下ろすと、学生達が警察庁の屋上に集まっている。


「みんなも楽しそうだな」

「半年先まで待てない」

「え?」


 何か言われたと思ったら、大きくなったルフが龍司さんに突っ込んできた。

 龍司さんは2本の指でルフの嘴を挟む。そのすぐ側で中川が浮いていた。なんか怒ってるように見える。


「ただいま」

「龍司さぁーん?」

「父さん、何考えてるの!」


 おれの声はルフに乗った木戸と夏椎にかき消された。

 翔真と晃もいる。勝手に出かけたから怒ってるのかな。でも別に一緒に過ごす予定はなかったような⋯⋯。


「君はみんなに大事にされてるのねぇ」

「うん?」

「またデートしようね。愛らしい地球の神様」


 チャリ、とキーホルダーを鳴らして、龍司さんはルフの上におれを下ろしてくれる。

 すぐに飛びついてくる翔真を受け止めていると、龍司さんの姿が消えていた。本当に理屈が通らない人だ。呆然としていると、夏椎と晃までおれの手を握ってきた。


「どこに行ってたんですか!」

「お前は警察なんだからもっと警戒心を持て!」

「で、でも楽しかったぞ」

「へぇー、楽しかったんだ」


 顔を見られない。木戸の声がすごく怖い。

 何で?おれが怒られる理由が分からない。だって夏椎の父親なんだから悪い人じゃないってみんな知ってるだろ。


 何も言えずにいると、中川の腕が後ろから伸びてくる。

 そのまま抱き締められた。中川の腕が震えている。


「⋯⋯もう会えないかと思った⋯!」


 いや、心配しすぎだろ⋯⋯。


 まぁ連絡を放置してたおれが悪いか。とりあえず空から降りたい。お土産もたくさんあるし、中川に坂田先生の話もしたい。


「とりあえず、帰る?」

「まずは反省して!!」

「はい、ごめんなさい⋯⋯」


 みんなのあまりの勢いに負けて、おれは素直に謝った。



 

 今日は引越し準備をしようと思ってたのに、結局何も出来なかったな。

 家に帰ってリビングテーブルにたくさんお土産を広げる。龍司さんが選んでいたペンを3人に渡すと、それはそれで喜んでいた。

 写真を見せてと翔真にせがまれたので、スマホを渡す。翔真と中川がベッドで写真を見ている中、おれは機嫌の悪い木戸を隣に、前に座る夏椎と晃に懇々と説教されていた。


「そろそろ自分の可愛さを自覚して下さい。今の香流さんは女の子なんですよ。父さんだったから良かったものの、他の人だったら大変な目に合ってたかもしれないんですよ!」

「大体お前はいつも簡単に人を信用しすぎだ。夏椎の父親だからってホイホイついて行くんじゃない。あと連絡を怠るな」

「連絡を怠るなはその通りなんですよ!」

「どうせ面倒だからと放置してたんだろう。お前の魂胆なんか見え見えだ」


 晃がすごく喋っている⋯⋯。


 夏椎のお陰で晃がたくさん喋るようになっている。いつも一言しか喋らないのに。


「晃、成長したなぁ」

「今はその話をしてない!」

「はい」

「翔真、写真はどうだった?」

「魚の写真と、後半はほとんどペンギンです隊長!」

「推し活⋯⋯?」


 晃がものすごく微妙な顔をして、深いため息をついた。


「連絡返さなくてごめん」

「⋯⋯お前までいなくなるな」

「うん」


 そうか。晃は夏椎がいなくなったことを思い出したんだな。

 晃にとってはトラウマだもんな。テーブルから身を乗り出して晃の頭を撫でる。晃は振り払わずに、大人しく撫でられている。


「悲しいこと思い出させてごめんな」

「それだけじゃない」

「⋯⋯そうか!」

「分かってないくせに分かった反応をするな」


 また怒られてしまった。座り直してお土産に手をかけると、中川がひょこっと顔を出した。


「で、何してきたの?」

「中川、―――坂田先生が見つかった!」


 思わず立ち上がって、中川に抱きつく。


「坂田先生と、奥さん、生きてた!」

「嘘ぉ!?よく見つかったね!」

「龍司さんが見つけてくれたんだ!」

「父さんが⋯⋯?」

「龍司さんも坂田先生のこと好きだったんだって。それで、おれも連れて行ってくれたんだ」


 龍司さんもきっと会いたかったんだろうな。

 坂田先生と話す龍司さんは、年上だけど学生みたいだった。どんな学生だったんだろう。中学生のときに会えたら良かったのに。


「坂田先生、やっぱり優しかった。それで、連絡先も教えてもらったんだ。今度中川も行こうな!」

「もちろん!良かったねぇ、柚木」

「坂田先生の家でご飯食べて、水族館に連れて行ってもらったんだ。お土産、龍司さんが全部買ってくれて⋯。龍司さん、いい人だな」

「なんか、すみません⋯。父が振り回したみたいで」

「いや、嬉しかったよ。おれ龍司さんのこと好きだから」


 おれは年上の友達はいないし、新鮮だった。龍司さんのことは格好よくてちょっと憧れる。

 森谷とはちょっと違う。まぁ森谷は父親だもんな。龍司さんはなんというか⋯⋯お兄さん?


 どんな表現が合うか考えていたら、木戸が立ち上がった。


「ちょっと頭冷やしてきます」


 吐き捨てるように言って、玄関を出て行った。

 お土産開けようと思ったのに。甘いお菓子だから、木戸も食べるかなと思ったんだけど。


「香流さん」

「ん?」

「父さんはアリなんですか?」

「龍司さんはアリと言うより熊じゃねぇの?」


 背が高くて、ムキムキで、手も大きい。


「柚木、あのアホ追っかけてきて」

「何で?」

「このままだと拗れるよ。いいから誤解を解いてきて」

「⋯⋯??」


 良く分からないけど、言われるがまま靴を履いて家を飛び出す。

 玄関を出ても、木戸はいなかった。どこ行ったんだアイツ。なんかめちゃくちゃ機嫌悪かったもんな。

 もしかして、家族を取られたと思ってる?

 木戸、久しぶりに龍司さんに会ったって言ってたもんな。龍司さんと一緒に出かけたかったのかもしれない。

 廊下にはいないので、階段の方へ向かう。

 おれの家のフロアは階段でしか来られない。向かうなら階段だな、と思って足を向けると、階下の踊り場に立つ木戸を見つけた。


「木戸!」


 階段を下りる手間を省くために、勢い良く飛び降りる。

 宙に浮く体が重力に引っ張られる。着地する寸前に、木戸が手を伸ばしておれを抱きとめた。

 普通に着地出来たのに。文句を言う間もなく、踊り場の壁に押し付けられる。


「なんだよ!」

「自分から来といてなんだよはねぇでしょ」


 ⋯⋯確かに?


 コンクリートに押し付けられて、背中が冷たい。見上げる木戸はやっぱり機嫌が悪くて、でも掴んだ手を離そうとはしなかった。


「⋯⋯俺、今ダセェから」


 ボソボソと呟きながら、木戸がもたれかかってくる。

 肩口に額が乗せられて、重い。でっかいのに、木戸はやっぱり熊より犬だ。力が強いから、イヌというか狼?

 何となく、頭を撫でてみる。

 髪が長い。女の姿のおれくらい長いけど、木戸は女には見えないなぁ。

 肩が広い。ムキムキが重い。でも、別に嫌ではない。


「⋯⋯龍司さんに触られたとこ、どこ」

「なんで?」

「上書きしたい」


 首元で喋らないで欲しい。くすぐったくて笑いそうになる。

 上書きの意味は分からないけど、木戸の機嫌が直るならまぁいいか。龍司さんと過ごした記憶をなぞる。


「抱っこされて、運ばれて⋯」


 木戸が軽々とおれを抱き上げた。膝の上に座らされて、冷たさが温かさに変わる。


「右手繋いで」


 次は右手を繋がれた。むすっとしたまま龍司さんの真似をする木戸がちょっと面白い。


「前髪触られて、頭撫でられた」


 機嫌悪いのに、触れてくる手は妙に優しい。


「⋯⋯それだけ?」

「えっと⋯⋯」


 後は、⋯⋯あれは、おでこに当てられた柔らかい感触は。

 多分、きっと、恐らく、キスされた。⋯んだよな?

 訳も分からず顔が熱くなる。木戸の顔が一層顰められた。


「⋯⋯俺の香流なのに」


 さっきより強く抱きしめられて、少し体が痛い。


「どこにキスされたの」

「な、あ、何で」

「顔赤いじゃん。どこ?」


 射抜くような木戸の視線が少し怖い。

 何に怒られているのか、分からない。いつもへらへらして可愛いしか言わない木戸が、ここにはいない。

 言えば、解放される?


「⋯⋯おでこ」


 早く逃げ出したくて勢いに任せると、おでこにまた柔らかい感触が降ってきた。

 そのまま、鼻先も、頬も、瞼も、色んな場所がくすぐったい。体を押しのけようと伸ばした手を掴まれて、今度は、唇に―――


「いや、どこでイチャついてんのお前ら」


 届く寸前で、石田の声がした。

 木戸の動きが止まる。

 良かった。助かった。心臓が痛い。壊れる。爆発する。

 自分の心臓の音しか聞こえない。木戸から逃げ出して、石田に飛びつく。石田はおれを受け止めて頭を撫でてくれた。


「し、心臓こわれる⋯⋯」

「分かる。分かるよ。木戸くん、香流はまだ気持ちが追いついてないんだから手加減しな」

「⋯⋯だって、龍司さんのこと好きとか言うから」

「どうせ香流のことだからいいやつ!大好き!くらいのノリだろ。恋愛感情までいってないって」


 女になると背が縮んで、石田が少し大きく見える。

 石田は呆れたように息をついた。


「急いては事を仕損じるってね。で、香流は志賀先輩と何してたの?」

「坂田先生見つけて、水族館行った⋯⋯。お土産買ってもらった」

「坂田先生!?ちょっと詳しく聞かせてよ!」


 石田が軽い足取りで階段を登っていく。

 おれも後に続こうとして、少し考えて木戸のおでこにキスをした。好き勝手やられた仕返しだ。


「⋯⋯龍司さんと付き合わないの?」

「だから、そういうんじゃないって。龍司さんは夏椎の父親だろ。保護者仲間だよ」


 保護者仲間がキスするのかは置いておいて、おれにとっては龍司さんは優しいお兄さんの保護者仲間だと思っている。

 木戸はまだ不服そうにしながらも立ち上がった。立ち上がると龍司さんと同じくらい大きい。でも、木戸はなんかやっぱりひよこ感もあるんだよなぁ。


「ほら、帰ろ」


 手を出すと、大きな手のひらで包まれた。

 全く、手がかかるなぁ。木戸は年下だから仕方ないか。


「今度俺ともデートしてね」

「はいはい。時間があったらな」

「絶対俺の方が香流のこと好きだからね!」

「はいはい」

「龍司さんなんかに絶対負けねぇから!」

「だからそういうのじゃないって⋯⋯」


 階段越しに引っ張られて、木戸の腕に閉じ込められる。

 ど、とまた心臓が跳ねる。


「⋯⋯じゃあ、俺はそういうのってことでいいの?」


 近い!段差のせいで顔が近い!


「そ、そそそういうのってなに!」

「香流が言ったんでしょ」

「もう、いいから離して!近い!」

「やだ。ちゃんと教えて」


 包むように回された手が、熱くて、心臓が鳴り止まない。

 怖い。死ぬ。絶対全身赤くなってる。


「柚木、お土産開けていいのー?」

「な、中川ぁ!」

「柚木ってほんとめんどくさいのにしか好かれないよねぇ」


 中川に手を伸ばして、引っ張りあげてもらってそのまま走って家に戻る。

 ど、ど、ど、と早鐘のように鳴り続ける心臓が痛い。痛すぎて、見ないふりが出来ない。


「大丈夫ですか、香流さん」

「大丈夫じゃない⋯⋯」

「俺が癒してあげるから、元気だして!」

「翔真ぁ⋯」


 ポメラニアンに変わった翔真を抱きしめて頬擦りしていると、肩にルフが飛んできた。

 将次もジェンツーペンギンのぬいぐるみを乗せて寄ってきてくれる。やっぱり無理だ。おれには恋愛は出来ない。こいつらとのんびり過ごしてるほうがいい。


「香流、お土産見せて」

「ひっ!?」

「何したんですか、木戸さん」

「最低だな」

「まだ何もしてないですぅー」


 顔を上げられない。木戸の姿を見られない。


「父さんが持ってたのと同じキーホルダーがありますね」

「このキーホルダーは夏椎が持ってろ」

「お菓子色んな種類がある!石田くん、何飲む?」

「クッキーに合うのはシャンパンかね中川くん」

「シャンパンはこちらになります」

「石田先生、まだ仕事中ですよね?」

「この酒類も移動させなきゃならんのですよ、先輩方」

「仕方ない、全部木戸の家に持ってくかぁ⋯⋯」

「まぁ俺が持ってきたのもありますからねぇ」

「いやどんだけ置いてあるんですか、お酒!」

 

 テーブルでお土産を広げるみんなの声を聞くことしか出来ないおれの頬を、ポメラニアンの翔真が心配そうに舐めてくる。


「香流お兄ちゃん、顔真っ赤」

「ごめん、翔真⋯⋯もうちょっとこのままでいい」

「いいよぉ。おれは香流お兄ちゃんの家族だからね」


 弟とペットに癒される幸せを噛み締めながら、早く顔の熱が引くように願って、ポメラニアンの毛並みに顔を埋めた。

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