白兎事件編45(その後4/石田と柚木)
似た立場ではあるけれど、捉え方は違うふたり。
(柚木)
ヒツギのお店に、まゆと賢吾がいる。
すごく不思議な感じだ。まゆも賢吾もお酒飲んでる。おれの友達とお酒飲んでて、話してるのは仕事の話だけど、これが大人の付き合いってやつだな⋯!
「おれは24歳⋯⋯!」
「どうした、急に」
なんだか感無量でお茶の入ったグラスを握りしめる。
最近子ども扱いされる事が多かったから、なんだか前みたいに大人の飲み会に参加できていることが嬉しい。
隣の木戸を見てふふんと鼻を鳴らす。おれは年上。そしてもうすぐ25歳。女になってるけど、今は立派な大人の体だ。
「可愛いなこの人」
「そう言っていられるのも今のうちだぞ。おれはもう大人の体だからな」
「じゃあお酒飲めるんですか?」
隣のテーブルから、愛敬がひょこっと顔を出した。
確かに、呪いが解けてるこの体だったら20歳だから成人してるな。前に座るまゆと賢吾をじっと見る。まゆはビールで賢吾は酎ハイ。隣の木戸もビールを飲んでいる。
「まゆ、おれはお酒浴びたら女になるんだろ?」
「何で知ってんだよ」
「加瀬さんから教えてもらった。お酒は呪いを解くんだろ?だからおれに隠してたんだな」
まゆは黙ってビールを飲んでいる。確かに気まずいよな。幼なじみが男から女になってしまうのは。
「ちょっと待て。いつ会ったの?加瀬さんって香流の元彼なんでしょ!?」
「元彼!?」
「もとかれってなに?」
急に愛敬と柳瀬が立ち上がった。
おれはもとかれの意味が分からない。楪羽の知識を総動員させてみても、そんな単語は出てこない。
「昔の男ですよ!」
「加瀬さん、そんな年上だったっけ?」
「じゃなくて、前に付き合ってた恋人ってことだよ!」
「おれじゃなくて、楪羽の恋人だよ」
「誰それ?」
「待て。情報が錯綜してる。香流、楪羽の話はみんなにしたのか?」
「してない」
「そんな気はしたけどね!順を追って話そうね!」
まゆがいると話を纏めるのが早いな。
おれは向こうの世界の話をした。向こうには誰もいなかったから言わなかったけど、思った通りみんな凹んでしまった。
ヒツギまで凹んでいる。いつもはあんなに大きな体がキッチンに隠れて見えない。
「本当の世界なら東京に住んでて、20歳で結婚⋯⋯」
本気で凹む柳瀬の声が低い。
今は女の体なのに、地を這うような声だ。中川だけはケロッとしてビールを飲んでいる。
「そりゃ、神様の能力が覚醒しなかったら普通の人間だもんね」
「中川は悲しくないのかよ!」
「俺の神様は柚木だけだもん」
中川の言葉に救われる。
中川はやっぱりいいやつだ。嬉しくて抱きつきにいったら、抱きしめて受け止めてくれた。
「そうか、先輩は先輩⋯⋯。つまりアイツは元彼ではない」
「そこ重要?」
「俺が初めての彼氏ってことですね!」
「保留だって言ってんだろ」
油断も隙もねぇな。木戸は彼氏ではない。まだただの後輩兼友達だ。
中川の隣に座り直して、メニュー表を見てみる。色んな種類があって俺には難しい。
「柳瀬、おれが飲めそうなお酒ある?」
「あ?酒飲みてぇの」
「せっかく飲めるなら飲んでみたい。みんな美味しそうに飲むから気になってたんだよ」
「香流くん甘いの好きだから、カシス系かピーチ系ですかね。ワインならサングリアとか?」
柳瀬の隣から愛敬が指をさす。
カシスとかピーチは分かる。おれが何かを言う前に、中川が先に手を上げた。
「ヒツギ、ピーチミルク入れたげて」
「2杯ですか」
「うん!」
「何でピーチミルクなんですか?」
「柚木っぽいから」
おれお酒飲んだことないけど、おれっぽいとはどういう意味だろう。
「中川さんに先輩とられた⋯⋯」
「どうせお酒解禁するなら柚姫も来られれば良かったね」
「柚姫は忙しいから仕方ねぇよ」
隣のテーブルに座ると、賢吾とまゆがますます大人に見える。
女になった視点から見ると、おれの男の姿は確かに男らしくはなかった。手もあんなに大きくないし、そもそも体つきが全然違う。
警察官モードになる時は、大和を思い出そう。手を大きくして、肩幅ももう少し広くして、大人の男を目指す!
「どうぞ」
ヒツギがグラスをふたつ、テーブルへ置いてくれた。
並べられたグラスの中には、白いミルクの部分と、底の方には澄んだ黄色い液体が分かれている。
透けているから金色にも見える色は、確かにおれの色だ。中川を見ると、優しく微笑んでグラスを傾けた。
「お疲れ様」
すごい、中川が大人に見える。
ちょっと格好いい。おれも慌ててグラスを持って、中川のグラスへ傾ける。
「中川、格好いいな」
「でしょ?」
「底の方を混ぜて飲むんですよ」
「混ぜる⋯⋯」
何故か全員に見守られながら、愛敬に言われた通り混ぜてからグラスを唇へ当てる。
冷たい感触から、口の中へ広がる甘い口触り。大和にもらったビールの苦味とは全然違う。
「甘くて美味しい⋯⋯!」
「初心者なんだからあんまり飲みすぎんなよ」
「へへ、これでみんなとお揃いだな」
柳瀬に咎められても、嬉しい気持ちが止められない。
嬉しい。なんかふわふわする。顔が熱くて気持ちいい。
そして、眠い。
「言わんこっちゃねぇ!!」
急に襲ってきた眠気に抗えないおれに向かって、柳瀬が叫んでいた。
★★★★★
(柳瀬)
傾いていく柚木の身体を抱きとめたのは木戸だった。
もう席を移動してスタンバイしてたもんな。床に落ちる前に柚木をキャッチした木戸は、一度ぎゅうっと抱き締めてから何事もなかったように柚木を抱えて椅子に座り直す。
「こんなことだろうと思いましたよ」
「さすがの俺も一気飲みは想定してなかったよ」
「俺は想定の範囲内です。先輩酒飲めないのめちゃくちゃ気にしてましたからね」
柚木を抱き締めながら飲む酒はさぞ美味いだろうなぁ。
木戸の腕の中の柚木は安心して眠っているように見える。柚木の気持ちを知る前の俺ならすぐに引き剥がしてたところだが、今はその気にはなれない。小波もニヤニヤしながら写真を撮っている。
「布団敷きますか?」
一応ヒツギが聞いてきた。俺と中川は顔を見合せて、黙って食事を続ける。
「木戸、重くない?」
「羽のように軽いです」
「邪魔になったらいつでも引き取るからね」
川崎くんと黛くんも同じ気持ちのようだった。ま、今回に関しては木戸も頑張ったからな。たまにはご褒美をやってもいいか。
グラスを傾けると、扉が開いた。全員で視線を向けると、そこには石田が立っていた。
「おーす!お疲れ!」
いつものジャージ姿で、いつもの髪型で、いつもの元気な声音で声をかけてくる。
中川が慌てた様子で立ち上がった。
「石田くん!?ひとりで来たの!?」
「仕事終わってソッコー来たよ。お前らと飲んでるって賢吾から聞いたから。⋯⋯って、ひとり寝てんじゃん」
石田は呆れながら空いている中川の隣に座った。
川崎くんがひらひらと手を振る。石田も手を振り返して、嬉しそうにしていた。
「ひとり歩きはダメだって言ってるでしょ⋯⋯って、あ、あれ?」
さすが中川、もう気付いたか。
中川は天使だもんな。聖女にも等しい純潔の女を見分ける能力は優れている。
ここには、純潔の女はひとりしかいない。
そしてそいつはぐーすか眠っている。心地良さそうな寝息を立てて、安心しながら眠る柚木は幸せそうだ。
「男に戻った」
石田はピースサインを立ててにやりと笑みを浮かべた。
「え!?」
中川と木戸が同時に声を上げる。木戸が動いたせいで柚木がもぞりと動いて、木戸は慌てて包み込むように抱き締めなおした。
「やっぱり石田も呪われてたんだな」
「文化祭終わって帰ったら戻ってたよ!いやー、早く言いたくて言いたくて!」
「すごい、見た目は全然変わらないね」
「一ミリも変わってねぇ」
「ほ、褒め言葉として受け取っておこう」
震えながらも強気な石田が、偉そうにふんぞり返っている。
俺はある程度石田の性別が変わった件については検討がついていた。
要するに、クソババアからの嫌がらせだ。石田は柚木と仲が良かったし、男から女に変わった石田を見て、柚木が過去のことを思って落ち込むとか羨ましがるとか考えてたんだろうけどよぉ。
柚木、全く意に介してなかったもんな。
「柚木くん、おれ女の子になっちゃったぁ!」
「そうなの?まぁ石田は石田じゃね?」
あの返しもアホだったなぁ〜。
つい表情が綻ぶ。柚木のお陰で石田もそんなに気に病まずに済んだもんな。まぁ、石田に関しては柚木よりも川崎くんがいたのもあるだろうな。
中川と木戸と小波が、川崎くんをじっと見つめている。
川崎くんはようやく視線に気付いて、にこりと微笑んだ。あまりの柔らかな微笑みに店内が浄化されていく。
「川崎さんは、男の子もイケる口ですか」
木戸が口火を切った。仲間を見つけた目をしてやがる。腕に抱いてんのは乳のでかい女のくせに。
「男が好きなのは俺の方だよ」
焼酎を飲みながら、石田が答える。
木戸が驚いた目で石田を見た。石田はあっけらかんとした顔で笑っている。
「俺が最初に賢吾に一目惚れしたんだよ。知らなかった?」
ニヤリと笑う石田が、女顔のくせに妙に男らしく見える。
小波が胸を押さえている。本当に美人顔好きだな、俺の彼女。まぁ俺が一番美人だから気にしてねぇけど。
「ま、黛さんは知ってたんですか!?」
「知ってた。別にお互い好きならいいんじゃない?」
「黛さんもロリコンですもんね」
「俺はロリコンじゃない!!」
しかし誰も何も言わない。少なくとも俺はアレに女は感じない。
「柚姫は俺の姉だからね」
川崎くんが微妙なフォローを入れた。黛くんが空になったグラスを抱えてメソメソしている。
「ヒツギ、ビール追加で」
「はい」
「うぅ、同い年なんだよ⋯⋯。可愛いんだよ、柚姫はぁ⋯⋯」
「同い年なのは知ってるよ」
黛くんを慰める川崎くんは立派な弟だな。俺の弟の方は呆然と固まってるけど。
ヒツギがビールを黛くんに運ぶ。俺は苦笑いして、小波の肩を抱いた。
「アタシと小波も女同士よー」
「いや、お前は乳ついてても男だよ」
「ふはは。そう、俺はどんな俺でも美しくて格好いい男なの。中川だって男だけど可愛さで生きてるもんね」
「だってこんなに可愛く生まれちゃったから⋯⋯」
「台詞と顔が合ってねぇなぁ」
そんな神妙な顔して言う台詞じゃねぇんだよなぁ。
「木戸は男でも女でもどっちでも同じだって思ってたんだろうけど、石田はそうじゃなかったってだけだろ。なぁ、石田」
「そーゆーこと!あー、これで生徒達に気を使わせなくて済む!」
「先輩はどっちを選ぶのかな⋯⋯」
どっちも何も、柚木は呪いが解ければ女になる。
クソババアが死んでも、柚木の呪いは解けなかった。ネックレスを付けているから一時的に呪いが解けているだけで、ネックレスを外せば子どもの姿に変わる。
柚木の根底は子どもで止まっている。精神年齢も幼いし、可愛いし、ただ俺達に並ぼうと必死なだけだ。
「拓次、文化祭お疲れ様」
川崎くんが酎ハイのグラスを傾けた。石田もおかわりのビールジョッキを傾ける。
「クラス最後の文化祭、乗り切った!」
「ライブ喫茶楽しかったよぉ」
「あぁ、俺は結局行けなかったな」
「柳瀬は何してたの?」
「男共に支柱立てさせて屋上で結界貼ってた」
「仕事人⋯⋯」
「お前らは楽しかったようで良かったな」
からかうように言うと、中川は満面の笑みを浮かべた。
ま、コイツのことだからどうせずっと食ってたんだろうけど。
「夏椎くん達のクラスも行ったんでしょ?俺も見に行ってきたよ。頑張ってたね」
「うん。お化け屋敷展示だったんだけど、妖怪の絵がたくさん書いてあって、奥にでっかい骸骨がいて怖かった⋯⋯」
「石田としょっちゅうホラー映画観てるくせにまだ慣れねぇのかよ」
しょぼくれる中川の額を指でつつく。
横目で見ると、木戸のアホは柚木の家族と何の話か盛り上がっている。柚木はもう起きねぇだろうなー。良く頑張ったって褒め潰してやりたい。
「男子テーブル行きたいですか?」
「いや、小波がいい」
見上げてくる小波の頭を引き寄せて額にキスをする。
あぁ、小波が側にいる、それだけで満たされる。いつどこでプロポーズしようか、ようやくクソババアもいなくなったことだしいつでも小波を迎えられる。
指輪も渡さねぇとな。小波が婚約指輪ってやつに憧れてそうだったもんな。柔らかい頬を撫でながら視線で愛でていたら、小波が耳まで赤くしたまま下を向いてしまった。
「おい、顔見せろよ」
「び、美人すぎて無理です⋯⋯」
「柳瀬の愛が爆発してるねぇ」
「愛敬ちゃん、無事に帰ってこられて良かったね」
仕方ない、続きは家でやるか。
空になったグラスをテーブルへ置くと、すぐにヒツギが代わりを持ってくる。珍しくブランデーをボトルごと持ってきた。
「どうしたんだよ、これ」
「木戸がやらかした木くずの山の処理をしていたら、そのお礼にと教員からもらいました」
「多分木下先生だよ、お酒めっちゃ好きだから」
教師が学校に酒置いてんのかよ。自由だなあの学校も。
「私ソーダ割りにしたいです」
「柳瀬さんは?」
「俺と中川はストレートで」
「わーい、柳瀬分かってるぅ〜」
「俺水割り!」
「いや、めっちゃ飲むなあのテーブル⋯⋯」
黛くんが呆れたように呟いた。そう言う黛くんもさっきからずっと酒を飲んでいる。
「黛くんはどうする?」
「ブランデーなんか飲んだことないよ」
「じゃあ私と同じソーダ割りにしましょう!飲みやすいですよ」
「木戸は?」
「俺はもう飲まんです。可愛い先輩で心が満たされてるから」
うっぜぇ。まだ付き合ってもないのに幸せそうで腹立つなアイツ。
「賢吾ももう止めときな。ヒツギくん、お水持ってきてあげて」
「はい」
「まだ大丈夫だけど⋯⋯」
「お前そう言いながら急に吐くからダメ」
川崎くんは不服そうにしながら、大人しく石田の言う通りに水を飲む。
川崎くん、吐くのか。なんか意外。柚木は即寝たけど、どちらも酒が弱いのは兄弟共通してんだな。
「そう言えば、バーベキューの時も飲んでなかったもんね」
「成人した時ふたりで宅飲みして、しばらくトイレ籠ってたもんねぇ」
「黛くんは飲める口なんだね。ちょっと意外」
「まぁーね」
不敵に笑って黛くんがブランデーを煽る。
小波から、黛くんから異様な気配を感じることがあると報告を受けているけど、それと関係してんのか。この場では聞けねぇけど、確かに全く酒に飲まれている様子は無い。
「ねぇ木戸くん、その状況写真撮ってもいい?」
急に石田がスマホを構え始めた。小波も撮ってたな。小波の用途は柚木に見せてニヤニヤすることだろうけど、石田くんの意図が読めない。
「いいですよー。俺はフリー素材なんで」
さりげなく柚木の顔を隠しながらピースサインを作るところが木戸らしい。アイツの神経柚木に全振りしてることが良くわかる。
「何で写真?」
中川が小首を傾げる。持っているのはストレートのブランデーだけど相変わらず見た目は可愛い。
「木戸くんさぁ、黒ちゃんと鴫と体育館片付けてたでしょ?」
「はい」
「高校学舎から良く見えるもんで、女子生徒がまぁー色めき立っちゃって。めちゃくちゃ写真撮られてたよ」
「あらー。手ぇ振ってあげれば良かったなぁ」
「鴫もファンクラブあるくらい人気だからねぇ。黒ちゃんも見た目は格好いいし、さながらアイドルのライブ会場だったよ」
「やってたことは体育館の片付けですけどね」
ケラケラ笑う木戸とは対照的に、小波はむすっとしている。
昔から木戸がモテると小波が被害を受けてたもんな。トイレで水かけられたり、教科書隠されたり陰湿な嫌がらせを受けていた小波は逐一やり返していたけど嫌がらせが止まることはなかった。
木戸が悪いわけではねぇけど、面白くねぇよなぁ。ぽんぽんと気を晴らすように小波の頭を撫でる。
「鴫、モテるんだな⋯⋯」
あっちはあっちでなんか凹んでるし。
「鴫くんって彼女いたっけ?」
「彼女どころか好きな子も出来たことないらしいよ」
凹む黛くんの代わりに、川崎くんが中川の疑問に答えた。
「焦らなくてもいいんじゃないって言ってるけど、なんせ兄が片思い拗らせてるから好きだという感情が出てこないことに思うところはあるみたいだね」
「モテるからって手当り次第ってわけにもいかないもんねぇ。ねぇー、木戸くん」
「女の子、怖いからね⋯⋯」
遠い目をして木戸が呟いた。そういやしょっちゅう私物盗まれたりしてたなコイツ。
俺達の教室に来ては書くものがない、水筒がない、カバンなくなったと泣きついてきてたな。その度に買い与えてた記憶が蘇る。いや、思い返すと俺は随分甘ぇなぁ。
「先輩のとこには行けないし、バレンタインなんかチョコで教室埋まって邪魔だって俺が怒られるし、先輩からはもらえたことないし、何もいいことはない⋯⋯」
「木戸くんのせいで学校のバレンタイン禁止になったんだよ」
「若者の青春を奪って申し訳ない⋯⋯」
まぁ、今もあんまり変わらねぇけどな。
「A地区の清涼飲料水。脳に浮かべるだけで仕事が捗る。見るだけで肌が潤って10年若返る⋯⋯ってうちの店の子が言ってたぞ」
「俺すげぇな。役に立ってんじゃん」
「一途に片思いしてるとこもポイント高ぇってよ」
「そうそう、色々聞かれたからふたりとも片思いしてる相手がいるから無理だよって言っておいたよ」
「黒田さんまだ付き合ってないんですか?」
「えっ、さっちゃん好きな人いるの?」
中川⋯⋯。
そうだ、コイツも鈍いんだった。俺と木戸は視線を交わして、次に柚木を見下ろす。
「さすがはアホ街道を爆進する神と天使ですね」
「柚木と一緒にされるのはちょっと⋯⋯」
「いや、お前ら同じレベルだからな?」
黒田のためにもこの話は早々に切り上げよう。悪魔が天使に純愛な片思いしてるなんて不名誉極まりねぇもんな。
「そうだ、しばらく柚木の家使用禁止なんだけどよ。石田は家帰んのか?」
「あぁ、改装工事するんだっけ。そうそう、それで聞こうと思ってたんだった。賢吾、うち来る?」
「えっ」
木戸と川崎くんの声がハモった。
オイ石田、男に戻った途端ガツガツいくじゃねぇか。やっぱりコイツ、何がなんでも抱かれたくなかっただけだな。
「拓次から呼んでくれるなんて⋯⋯」
川崎くん、騙されてるぞ。大丈夫か?純粋だなぁもうさすが柚木の弟!
「あぁ、その件だけど鴫がいいって言ってたからうちでもいいぞ」
黛くん!空気読んで!!やべぇ笑いそう!!
肩が震える俺の背中を小波が撫でてくれる。小波も笑いを堪えている。中川だけはきょとんとしていた。
「黛くん家って戸建てだっけ?」
「あぁ。部屋ひとつ余ってんだよ。香流と賢吾で使ってもいいけど」
「先輩はうちに来るんですよ!」
「って言ってるから、賢吾だけ来る?」
「うちでもいいですよ!」
仁義なき川崎くん争奪戦が始まってしまった。
川崎くんが困っている。俺も吹き出しそうで困っている。
黛くんはさて置いて、木戸と石田は魂胆が透けている。
木戸は川崎くんが黛くんの家に行くと言えば、柚木が着いていくと思っているからだ。ちなみに俺は黛くんの家が一番いいんじゃねぇかと思うけど口は挟まない。
石田はお察し。そういやコイツ中学ん時から「好きすぎてヤバい」ってポロッと零してたもんな。柚木は分かってない顔で「そっか、いいことだな!」と元気に返してたけど。
答えあぐねた川崎くんは、困り顔で小首を傾げた。
「⋯⋯俺、体ひとつしかないよ」
それはそう。
ついに堪えきれず吹き出してしまった。ゲラゲラ笑う俺をみんなが見てくる。隣の小波もお腹を抱えて笑っていた。笑うツボが同じでやっぱり小波は可愛い。
「あー、面白い。それなら、賢吾くんと拓次くんで雲雀くんの家に行けばいいんじゃないですか」
「石田は自分の家があるだろ」
「ひとりはつまんないもん。鴫くんが嫌がらないならそれでもいいよ!」
お、石田が折れた。根明は切り替えが早ぇな。
「鴫は気にしないと思うけど。まぁ、石田が来るなら家事を頼めるから俺は楽になるな」
「賢吾はキッチン禁止だからね」
「洗濯と掃除を担当させて頂きます⋯⋯」
「ねぇ、俺も遊びに行っていい?」
中川は風呂とご飯目的だな。これも魂胆が透けているけど、石田はぱっと嬉しそうな顔を浮かべた。
「もちろん!中川くんは友達だもんな!」
「わぁい!嬉しい!」
はぁ?目の前で抱き合ってんじゃねぇよ。クッソ可愛いなお前ら。
「俺の家なんだけどな⋯⋯」
黛くん、諦めろ。残念ながら黛くんに決定権はない。
さて、俺と小波は木戸を見る。
あぁ、すっげぇ嬉しそう。良かったなぁ、柚木とふたり暮らし確定で。うん、絶対邪魔しに行こう。
「木戸、分かってるな?」
「先輩はそこにいるだけで幸せ!全力で甘やかします!」
「よろしい」
今の木戸なら大丈夫だろ。柚木のトラウマを知ってるから下手なことはしないはずだ。
それにしても、コイツらといるのは賑やかだな。
ヒツギを手招きして、木戸の隣へ座らせる。ヒツギは俺の部下になってくれてるけど、元は友達だ。こんな場でくらいフラットな関係でもいいだろ。
「ヒツギくん、香流運んでくれてありがとうね」
「黛先輩は体調悪いって聞いてましたけど、大丈夫だったんですか?」
「夢見は悪かったけど大丈夫だよ。酒飲んだら元気になってきた」
「ヒツギくんはブランデー何で飲みます?」
―――あぁ、終わったなぁ。
妙な高揚感が胸に満ちる。今日は柚木の買い物に付き合ったから女になってるけど、もう普段の生活で女のフリをすることはない。
アイツを殺せたのは僥倖だった。けど、まだ完全じゃねぇ。どこか引っかかったように力の出力が上手くいかない。
まさか、生きてるとかねぇよな?
両手両足が折れたロゼッタのことも気にかかる。まだ眠っているから何も聞き出せてねぇけど、起きたら何があったか確認しねぇとな。
パッセルとタナに任せてるから、動きがあったら報告があるはずだ。不確かな不穏な情報は柚木の耳に入れたくない。
「灯護くん?」
「ん?楽しいか、小波」
「はい!」
小波とデートするのもまだ先になりそうだな。
ま、今はブランデーを煽って、この穏やかな空間で満たされる空気に酔うだけだ。
★★★★★
(柚木)
目が覚めると、家に帰っていた。
欠伸をしてベッドから降りる。いつの間にか下着が外されて、胸元がスッキリしている。隣で眠る愛敬がやってくれたんだろうか。申し訳ない。
ネックレスを外して、子どもに戻る。
ネックレスは少し考えて、リビングテーブルに一旦置く。今日は日曜日だから、女で過ごす⋯⋯。
考えていると、テーブルに置いていたスマホがチカチカ光った。時刻は6時。まだ早い時間だ。
スマホのメッセージを開く。
昨日買ったばかりの下着をなんとかつけて、おれは女の姿で家を飛び出した。
賢吾の家のドアを開けようとしたら、中から石田が出てきた。見た目は全然変わらないけど、男に戻ったってスマホには書いてあった。
「良かったな、石田!」
「しー、賢吾まだ寝てるから」
石田に手招きされて、柚姫の家へ向かう。
柚姫は現世で過ごしているから、今は誰もいない。視界にはピンク色のカーテン、小さなベッド。おれと石田はピンク色に包まれたまま、丸い小さなテーブルに腰掛けた。
「ありがとうな、香流」
いきなり感謝されて、なんのことか分からない。
文化祭のことかな?アレはどちらかと言うと迷惑をかけた方で、おれは首を振った。
「石田、高校3年生なのに文化祭台無しにしてごめんな」
「台無しじゃないよ。俺のクラスすごかっただろ?結束力が固められていい教育になった」
「それなら、いいんだけど」
「香流」
名前を呼ばれて、石田と目を合わせる。
声は変わらないけど、僅かな変化がおれには分かる。
細いけど筋肉質な体に、節ばった手。なだらかな肩からラインが変わって、あぁ、男の体だなと理解出来る。
石田、本当に男に戻ったんだ。
おれとは違う、本物の大人の男。まゆと賢吾と同じ。おれは偽物で、いくら繕っても本物にはなれない。
「女になって嫌じゃない?」
石田は、優しい人だ。
昔からいいやつだ。お母さんのために料理を学びに来たり、お母さんの背中を追って先生に憧れて、一生懸命色んなことを頑張っていたおれの友達。
もう、石田に嘘をつきたくない。
嫌われない?
気持ち悪いと思われない?
心臓が痛い。怖い。けど、石田には隠し事はしたくないって思った。
「⋯⋯石田、話、聞いてくれる?」
尋ねると、石田は大きく頷いた。
話し終える頃には、石田が柚姫のクローゼットから引っ張り出してきたバスタオルを抱えていた。
いや、泣きすぎだろ。熱血教師が過ぎる。
つい笑ってしまう。笑っていると、石田はバン!と大きな音を立ててテーブルを叩いた。
「教育者として子どもに対する下劣な真似は許せん!今すぐぶん殴りにいく!」
「いや、もうみんな死んでんだよ」
「墓を踏みつけてやる!⋯っ〜〜香流は俺の大事な友達なのに!」
やっぱり、大和の言うことは間違ってなかった。
誰にでも話そうとは思わないけど、石田には隠したくないと思った。それを受け入れてもらえて、すごく嬉しい。
「今はもう話せるくらいにはなったから、大丈夫」
「大丈夫って言って欲しくないけど、大丈夫なら俺からは何も言わない」
「うん。ありがとう」
石田はバスタオルでごしごし顔を拭って、赤くなった目をおれへ向けた。
「―――俺、男が好きなんだよ」
急に不思議な宣言をされて、つい固まってしまう。
「幼稚園くらいから、ずっと男にしか目がいかなかった。女の子に告白されたこともあったけど、違うって思ってた。⋯⋯だから、賢吾のことも正直一目惚れだった」
「え!?」
それは知らなかった。賢吾の話しか知らないから、てっきり賢吾が石田のことを好きになったんだと思ってた。
あれ?でも、ふたりが恋人になったのって女に変わってからだよな?
「母さん達が死んだ日、俺たまたま雲雀と賢吾と一緒にカードゲームの話してたんだよ。だから森谷さんに助けられただけで、本当は死んでたかもしれないんだよな」
「おれは石田が生きててくれて良かったって思ってるよ!」
「⋯⋯俺はあの時そう思わなかった。母さんが死んで、俺も死にたかったって思ってたよ」
―――それは。
「分かる⋯⋯!おれもばあちゃんと一緒に死にたかった」
今では生きてたから色んな人に出会えたと思えるけど、記憶が戻った時はそれくらい苦しかった。
おれがそう言うと、石田はふっと笑顔を浮かべた。同じ気持ちが分かって、少し嬉しいと思うのは悪いことじゃないはずだ。
「その時にはもう女になってたから、俺をひとりにしないために賢吾が恋人として支えるって言ってくれたんだよ。賢吾は優しいから、半分同情もあったんじゃないかな」
「同情⋯⋯」
「でも、俺は嬉しかった。女だったら好きな男と普通に恋人になれんだなって。でも、⋯⋯無理だった。どーしても!無理だった。俺に男女の恋愛は無理すぎたんだよ!」
バスタオルに顔を埋めて、石田が叫ぶように言う。
脳裏に大和のてんちょーが思い浮かんだ。
あ、そっか!?石田が戻ったら賢吾と男同士になるんだ!?
今更ながら衝撃を受ける。でも、どうしてか変だとは思わない。
ふたりはずっと一緒にいたから、おれにとって賢吾と石田が恋人同士なのは当たり前のことなんだ。
「⋯⋯引いた?」
「引かない。でも、おれは男のお前はダメだって否定されてたから不思議な感じはする」
「香流的には、賢吾の恋人が男でも大丈夫なの?」
あぁ、そうか。
石田、それを気にしてくれてたのか。おれが木戸のことをずっと拒否してたから。
男同士が無理だって思ってると思わせてたのか。でも、別にそうじゃない。想い合える誰かがいることは悪いことじゃない。
「大丈夫。お前らはずっと一緒にいると思ってるよ」
森谷が石田を助けたのも、きっとたまたまじゃない。
森谷は賢吾のことも大事にしている。息子だって公言している。だって、おれと賢吾は兄弟だから。
「石田。あの時石田がそこにいなくても、森谷は探しに行ったと思うよ」
「⋯⋯っ」
「賢吾にとって、石田は大事な人だよ。おれにとっても、柚姫にとっても。まゆにとっても、中川と柳瀬にとっても。大事な人だよ。この島に石田がいないと嫌だ」
「⋯⋯友達だから?」
「そうだよ。⋯⋯お母さんは助けられなかったけど、石田が今先生をして、お母さんの想いを繋いでる」
おれがばあちゃんの優しさを繋いでいきたいように。
石田も、お母さんの想いを繋いでる。石田のクラスを見ていてよく分かった。
「石田のクラス、最高で最強だった!すげぇ助かったよ。本当にありがとう」
また、石田がバスタオルに顔を埋める。
石田はすごく頑張ってる。家族を亡くして、たったひとりで、ずっとお母さんの背中を追い続けている。
すごいやつだ。そんな石田が友達で、おれは嬉しい。
「⋯⋯どうしても、母さんが産んでくれた男の体で生きたかった」
「うん」
「戻って嬉しい。⋯⋯でも、今度は香流が女になってなんか申し訳なくて⋯」
「おれは本当は女だったらしいからしょうがねぇよ」
「⋯⋯そうなの?」
「そうだよ。男に女に子どもに選び放題だな、おれは⋯⋯」
ため息をつくと、石田がくくっと笑った。
「どれでも香流は香流だもんな」
「石田も石田だぞ」
「うん。⋯⋯はぁ、スッキリした。どうしても香流には直接言いたくて。仕事終わって会いに行ったら寝てるし⋯」
「お酒弱かったんだな、おれ⋯⋯」
甘いお酒を飲んだことまでは覚えている。その後の記憶がないけど、愛敬が隣で眠っていたので送り届けてくれたことは分かる。
石田はスマホを出して、写真を表示した。そこには、ピースサインの木戸と、その腕の中で眠っている女のおれがいる。
「⋯⋯!?」
「ずっと大事に抱かれてたよ。帰りはさすがに下着のまま寝かせられませんって愛敬が奪い取ってたけど」
「そ、そうなんだ」
「木戸くん、高1の男子生徒助けて感謝されてたよ。体育館も片付けてくれたし、女子生徒だけじゃなくて女性教員からもモテまくってて俺質問責めにあったんだよねぇ」
「ふーん⋯⋯」
石田はスマホをしまって、頬杖をついてにんまりと微笑んだ。
「好きな子いるからダメって言っておいたよ」
「う⋯⋯」
「香流。嫌なら嫌でいいと思うよ。賢吾も理解してくれてたし、木戸くんだって分かってくれるでしょ」
石田は嫌だと感じた女になる呪いを、呪いが解けて女になったおれは嫌だとは思わない。
それは、楪羽を感じるからなのか、それとも別の理由なのかは分からないけど。
「石田、ありがとう」
まだ答えは出したくないと決めた。
だから今はまだ、このままで。みんなと友達でいたい。
「来年の文化祭も楽しみだな」
「お、来年も来てくれんの?文化祭の魅力にハマっちゃった?」
「来年は普通の文化祭が見れるよう願ってるよ」
「それはそう」
ふたりで笑っていると、インターフォンが鳴った。
柚姫の部屋に?石田と顔を見合せて、こくりと頷く。柚姫も変なやつに狙われることが多いから、もしかしたらそれかも知れない。
足音を立てずに近付いて、ドアのすぐ側に立つ。
臨戦態勢のままドアを開くと、おれの後ろで石田が悲鳴を上げた。
「ハロー。香流ちゃん、今日デートしない?」
そこには、夏椎の父親―――龍司さんがにこやかな笑顔で立っていた。




