第8話:クールビューティーな俺と不良との和解。
【その日の夜】
夕食後。自室で今後の「学校戦略」を練っていた俺の元に、ユイがやってきた。
ユイは俺のことを「パパ」と呼んだり「ユナちゃん」と呼んだりしていたが、最近は徐々に「ユナちゃん」がデフォルトになりつつある。
娘との距離が縮まっているのはいい。だが。
「ねえ、ちょっといい? ユナちゃんのクローゼット、チェックさせてもらうね」
そう言ってユイがクローゼットを開けた瞬間、部屋に冷気が流れた。
そこにあるのは、ウリエルが用意した「女子高生・ユナ」の私服たちだ。
「……何これ。ダサすぎ」
ユイの口から、無慈悲な断罪が下された。
「ちょっとユイちゃん! 天界の最新AIでトレンド予測して念入りに選んだんですよ!」
隅で小さくなっていたウリエルが涙目で抗議するが、ユイの目は冷ややかだ。
正直、俺にはその服が「ダサい」のかどうか、全く判別がつかない。
商社マン時代の俺なら、スーツの生地やネクタイ、革靴、佇まいで相手の年収や地位を読み取れた。
だが、女子高生のファッションのトレンド分析は全くの専門外だ。
「これじゃ私服で街を歩けないよ。…よし、決めた」
ユイが腰に手を当て、俺を指差した。
「今度の週末、ユイがプロデュースしてあげる。ユナちゃんの服、買いに行こう!」
(……買い物、だと?)
商社マンにとっての「買い付け」は、利益を生むための戦いだ。
だが、女子高生の「買い物」が、それ以上に過酷な持久戦であることを、俺はこの時まだ知らなかった。
「…ユイ。俺は学校の噂の件で対策を練らなければならないんだが」
「ダメ。服がダサいままじゃ、自信を持って戦えないでしょ? 外見は一番外側の内面なんだよ?ユナちゃん」
どこかで聞いたような格言で返され、俺はぐうの音も出なかった。
「そうか……分かった。週末、買い物だな」
俺がそう答えると、ユイは「やった!」と子供のように跳ねた。
その笑顔を見てしまうと、学校の陰湿な連中への怒りも、少しだけ脇に追いやられてしまう。
だが、俺の「分析脳」は、ユイの提案の裏にある意図を読み取っていた。
(…あいつ、俺を元気づけようとしてるな)
先日の事件、今の孤立。
一番傷ついているはずのユイが、俺を外に連れ出そうとしている。
娘に気を遣わせている自分の不甲斐なさに、また少し胸が痛む。
しかし、何事も経験だ。服装に無頓着では良い闘いはできない。
とりあえず、街に出てみよう。
【週末の街なか】
休日。俺はユイに連れられ、駅前のファッションビルに来ていた。
制服ではない「私服」の女子高生が密集している空間。その異様な雰囲気に圧倒される。
「まずは、ユナちゃんの個性の定義よ!」
「俺の個性? ユイと同じ外見だろ?」
「違う! ユナちゃんはクールビューティー!」
ユイは鼻息荒く俺の手を引っ張り、ショップをハシゴし始めた。
俺の腕には、次々と「布」が積み上げられていく。
「ユナちゃん、これ試着して!」
「ユイ、これは布面積が少なすぎないか? 物理的な防御力が低すぎる」
「そういう問題じゃないの! トレンドなの!」
俺は繊維事業部にいたこともあるが、この素材でこの価格設定は……ブランド料を乗せすぎだろう。
試着室に入るたびに、鏡の中に映る「絶世の美少女(である俺)」と対峙する。
どんな服を着ても、この器(身体)は完璧に着こなしてしまう。
いくつ目かのショップで、ユイがあるセットアップを俺に押し付けたときだった。
「これ。絶対似合うよ」
試着室のカーテンを開ける。
そこには、少し大人びた、けれど凛とした強さを感じさせるコーディネートを纏った俺がいた。
ユイの言う「クールビューティー」を体現している。
「…ほう」
思わず声が漏れた。鏡の中の少女と目が合う。
その目は昨日までの「萎れた俺」ではなく、意欲に満ちた「戦闘モード」の目だった。
「外見は一番外側の内面、か……」
ユイの言葉が、腑に落ちた。ビジネスマンだってスーツは戦闘服だ。
そこを蔑ろにして、良い闘いができるはずもない。
「よし、これにしようか。流石にセンス良いな」
「えへへ、でしょ? じゃあ次は、これに合う靴とバッグね!」
ユイの足取りがさらに軽くなる。
その後ろを歩きながら、俺は背後で気配を消しているウリエルに小声で囁いた。
「ウリエル。お前のAI、ポンコツ……」
透明な天使がガーンとショックを受けている気配を感じつつ、俺は少しだけ、この「非効率な持久戦」を心地よく感じ始めていた。
だがウリエルは一瞬だけ、笑うのをやめて“何かを検索する目”をしていた。
【不良たちを更生させる】
もう5軒も回っていた。
俺は既に飽き飽きしていたが、ユイの目は爛々と輝いている。
戦利品にご満悦なユイは、鼻歌まで歌っていた。
「やっぱり買い物は最高のリフレッシュだね、ユナちゃん!」
「ああ、効率は悪いが……得られたリターンは小さくないな」
その時だった。
「……げっ、説教女」
聞き覚えのある、品のない声。
視線を向けると、ファストフード店の前でたむろしているジャイアンとスネ夫がいた。
「ウリエル、荷物を持ってユイを家まで送ってくれ」
俺はウリエルを「実体化」させ、荷物を全て渡した。不審がるユイを説得し、俺は一人でジャイアンの元へ歩き出す。
「切島はどうなってる?」
「…まだ、入院中だよ」
「学校の噂、お前らの仕業か?」
「違うよ! 俺ら、負けたことを自分から言い触らしたりしないぞ!」
「そうか……じゃあ、お前らで火消しをしといてくれ。俺とお前らは友達だろ?」
「友達…?」
俺はあえて、彼らの「メンツ」を立てる言葉を選んだ。
「皆の目の前で論破したのは悪かったな。配慮が足りなかった。すまなかった」
「いや…こっちこそ悪かったよ…」
「手打ちということでいいか?」
「ああ……。あの怖い人にもそう言っといてくれよ」
商社マンの交渉術。敵を追い詰めるのではなく、出口を作ってやる。
これが「手打ち」の基本だ。
「ところで、切島の入院先を教えろ。見舞いに行く」
【切島の病室】
消毒液の匂いが鼻をつく。
個室のドアには「切島 蓮」の名。
「…誰だ?」
ベッドの上で、包帯だらけの切島が顔を上げた。
俺の姿を見るなり、その目が恐怖に泳ぐ。
「いいや。今日は見舞いだ」
サイドテーブルに、道中で買った果物カゴを置く。
切島はウチの高校の元生徒。暴力事件で少年院まで行っていたようだが、ベッドの脇には「大検の参考書」と「整備士免許」のテキストが積まれていた。
俺は切島のスマホを勝手に手に取り、動画の履歴を流し見る。
ストリートファイトの動画ばかりだ。
「お前、夢あんじゃねーか」
「…。」
「ウリエルに負けたことは恥じなくていい。アイツは人間じゃねーからな。三流官僚だ」
呆気にとられる切島に、俺は真っ直ぐ視線を向けた。
その瞳は、数多の部下を育て上げてきた「トップセールス」の目だ。
「君には力がある。人を惹きつけるカリスマ性も、格闘のセンスもだ。自分の価値を、自分で下げるな」
「…お前、何なんだよ、一体」
「ただの、お節介な女子高生パパだ。俺が君の『家庭教師』になってやる。勉強も、社会での戦い方も、俺のスキルを叩き込んでやる」
俺は立ち上がり、新調したバッグを肩にかけた。
「切島。絶望は、人生の終着駅じゃない。お前の境遇からでも這い上がったヤツはたくさんいる」
振り返ると、切島は呆然としながらも、右の拳を握りしめていた。
病院を出ると、夜風が頬に心地いい。
(…救われてほしいんだよ、切島。俺も、俺と家族を救わないといけないからな)
俺が娘の言葉に救われたように、今度は俺が、この歪んだ世界で足掻く少年の手を引いてやる。
それが、今の俺に与えられた、新しい「仕事」なのかもしれない。




