第5話:自分の蒔いた種だしな…。そして大怪我。
今日はテストの日だった。
最寄りの駅までユイと二人で歩く。
ユイは遅くまで勉強していた様だ、あくびをしている。
俺も一応、テスト範囲はチェックはしたが、指導要項の変更点の確認だけだった。
俺が高校生の頃とは変わっている箇所が結構あった。
とはいえ東大現役合格の頭脳は伊達ではない、楽勝だ。
駅のホームで電車を待つ。
こちらをチラチラ見ている男子高校生が結構いる事に気付く。
ユイのルックスは親の贔屓目を割り引いても周りとはレベルが違っていた。
ユイは周りを全く気にしていない。
見られ慣れている。
そうか、毎日これだけの視線に晒されてるんだな、知らなかった。
電車がホームに滑り込んでくる。
その風でユイのスカートの裾がふわっと浮く。
男どもの視線がクワっと集中する。
俺は慌ててユイのスカートの裾を押さえた。
女子高生、しかもこれだけの美形だと男どもの視線、欲望が纏わりついてくる。
全く、けしからん連中だ、父親の前で。
横に俺がいるからな、俺が守ってやる。
テストは全くもって退屈な内容だった。
文科省は仕事をちゃんとしてるのか?
学生の創造性を伸ばす様な内容とは思えない、俺の時代と変わらない詰め込み教育を少しだけ薄めた様な内容だ。
日本の将来を担う若者を育てるんだ、という気概が感じられない。
これではライバル国家と日本が伍して戦えないではないか。
猛省を促したい。
【放課後】
今日はテストの日なので昼過ぎに終わった。
ユイと待ち合わせて二人で帰路につく。
ユイはテストの出来はイマイチだった様だ。
今夜は明日のテスト学科の家庭教師をしてやらないといかんな。
今日のテストの答え合わせを二人でしながら歩いていると、突然声をかけられた。
「おっ?説教女じゃーん」
購買の前で俺が論破したジャイアンだった。
「あ、ほんとだー」
後ろからスネ夫の声。
ジャイアンとスネ夫だけじゃない、周りに仲間らしき連中もいる。
俺たちに絡んでくる気だな?
俺は防犯カメラの位置を確認した。
ここはカメラの撮影ゾーンから外れている。
「可愛い顔してさー、やることエグいんだよなー」
ジャイアンが距離を詰めてくる。
俺はユイを後ろに庇い、どう切り抜けるか計算し始めていた。
前に三人、後ろに三人、合計六人だ。
俺ひとりならなんとかなるが、ユイがいる。
道路の左手の倉庫の中から声がした。
「さっき言ってた女か?ソイツ」
倉庫から、男が出てきた。
見ただけで分かる、コイツは強い。
格闘技経験者特有の身のこなしだ。
俺がその男の所作を観察していると、男は気が付いた様だ。
「お前、格闘技やってんな」
「その割にカラダは出来てねーけど」
この男は、出来る。
俺の視線移動だけでこちらの力量を測っている。
後ろから六人が網を狭めてくる。
どうする…。この倉庫の中に入ってしまうのは危険だ。
一旦、中に全員入れてから隙を突いてユイだけ逃がすか…。
「お前、コイツの親の会社にチクるとか言ってたらしいな」
「俺、そういうの大嫌いなんだよね」
「俺は親はいねーし、年少上がりだし」
「失うものなんて何もねーんだわ」
(無敵の人、か…)
俺はユイを庇いながら、冷静に男を分析した。
親も組織も社会的信用も持たない。
リスク管理が通用しない相手との交渉は、商社時代にも何度かあった。
しかし、その時の俺のバックには大手商社の組織力があった。
でも今の俺は、か弱い個人の女子高生だ。
(お前は失うものがなくても、俺には守るべきものがあるんだよ…)
スネ夫の後ろにいた男が囃す。
「黒崎姉妹、たまんねーな」
ジリジリと、倉庫に追い込まれていく。
通りには人影は無い。
ついにステージは倉庫の中になった。
「お前らは手を出すなよ」
男は周りの連中に言う。
「コイツは俺が性根を叩き直してやる」
男は、ユイを捕まえようとした連中に右手でストップをかけた。
「もうひとりは関係ねえ、手を出すな」
とりあえず、一対一の勝負で済みそうだ。
(常識が通じない相手には、やむを得んな)
俺は制服のブレザーを脱いだ。
華奢な肩。細い腕。
重心の落とし方だけは、空手有段者のそれだ。
俺は、構えを取った。
「おい、マジかよ…」
スネ夫たちがニヤつく中、格闘家の男だけは顔つきを変えた。
「マジか。その可愛いツラで、本気で俺とやり合う気かよ」
「いいねえ、口先番長かと思ってたけど、見直したぜ」
「じゃあ、格闘家同士の礼儀だからな、女だからって手加減はしねーぜ?」
男も構えを取る。
これは厳しいな…。元の俺でも互角かも知れん。
この女子高生のカラダでどこまで保つか…。
ユイを早く逃さないと…。
男が踏み込んでくる。
なんとか目はついていけている。
正拳突きをなんとか捌く。
捌いたつもりだが、衝撃に腕が耐えられない。
横蹴り。
芯はズラしたが、ほぼマトモに脇腹に喰らう。
横に吹っ飛ばされた。
視界が白濁してくる。
やはり、女子高生のカラダでは太刀打ち出来ない。
そこに、踵落としが打ち下ろされる。
「パパーーー!!!」
ユイの涙声の絶叫が聞こえてくる。
すまん、ユイ…。
終わった…。
そう思った瞬間だった。
踵落としは、阻止された。
男と、俺の間に誰かが立っている。
ウリエルだった。
「何だあ…てめえは…」
入り口が閉められたはずの倉庫の中に突然現れたウリエルに男は動揺していた。
ウリエルは片手で男の踵落としを止めていた。
「女子高生に格闘家が本気出しちゃダメよ」
ウリエルはヘラヘラ笑いながら言った。
男は逆上していた。
なんでここで煽る様なことを言うんだ、このアホ天使は…。
黙って睨みつけるとか…もっと効果的なやり方が…あるだろう…が…。
俺は意識を失いつつあった。
頼む、ウリエル…ユイを逃がしてくれ…。
しばらく、俺は気を失っていた様だ。
「パパ!パパ!しっかりして!」
ユイの涙声で目が覚めた。
脇腹に激痛が走る。
目を開くと、ウリエルがこちらを覗き込んでいる。
「黒崎さん、申し訳ありません」
「来るのが遅くなりまして」
ウリエルの向こう側には、あの男が倒れている。
「さあ、家に帰りましょう」
ウリエルは俺をお姫様抱っこした。
ユイがジャケットをかけてくれる。
ちょっと待て…お姫様抱っこされるのはちょっと恥ずかしいぞ…しかも娘の前だ…。
だが、脇腹が痛くて上手く声が出せない。
女子高生のカラダは脆い。
固まっている男たちに近付く。
ジャイアンを睨みつけ、低い声でこう言った。
「お前たちのデータはもう記録してあるからな…」
ジャイアンはビビり散らかしていた。
「は、はいぃ…」
ウリエルは、俺をお姫様抱っこしたまま、家まで連れて帰ってくれた。
「パパ、痛いよね、かわいそう…」
ユイはずーっと心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいる。
「ユイ…すまんな、守ってやれなくて」
ユイは黙って首を横に振った。
「パパ、カッコ良かったよ」
ユイは可愛い笑顔で俺の頬を撫でてくれた。
はは…カッコ悪いだろ…。
自分の蒔いた種だしな…。
「女の子に本気で暴力を振るうなんて…僕は絶対に許せません!」
ウリエルは憤慨していた。
女の子…か…。
頭の中はエリート商社マンだし、格闘技の心得もある。
しかし、カラダは女子高生だ。
その事実を、脇腹の痛みが俺に突き付けてくる。
ココロも、脇腹も、痛かった。
ただし俺は気づいていなかった。ウリエルが“戦闘ログ”を消しているのは、今回が初めてではないということに。




