第4話:またもやイジメ。これを正すも火種となる。
黒崎ユナ、つまり俺は「市場調査」に出かけた。
まだ昼休みの前の休憩時間だが、購買に行ってみた。
体育会系の生徒が昼休みを待ちきれないのか焼きそばパンやおにぎりを購入している。
俺はウリエル作の弁当があるし、女子高生のカラダは燃費がいい、まだ腹は減っていない。
パンやおにぎりの価格を見ると「安い」。
この価格では利益は出ないだろう。
学校側から補助が出ているのだろうな。
購買の前の廊下の片隅に、小さな人だかりが出来ていた。
皆、無表情で何かを見ている。
また、イジメだ。
俺はため息をついた。
いかにも、という構図だった。
ジャイアンみたいな大柄な男子生徒、スネ夫みたいなこ狡そうな細いヤツがこちらに背を向けていた。
壁を背にしてうなだれている方もいかにも、だ。
イジメというのは生物学的に説明できる。
子どもに「イジメはダメ」と偉そうに講釈を垂れている大人の方がエグいイジメをしているものだ。
俺は、ジャイアンとスネ夫の後ろに音もなく立った。
「明日の朝までに俺たちのレポート全部やってきてくれよ、お前なら楽勝だろ?」
スネ夫が小汚いノートを2冊、被害者の少年の胸に押し付けている。
俺は一歩踏み込み、そのノートを横からひょいと取り上げた。
「おい、何だお前」
ジャイアンが驚いて俺を見る。
俺はノートをパラパラと捲りながら、無機質な声を出した。
「ずいぶん古典的な下請け搾取だな。あるいは中世の奴隷文化の再演か」
「はあ? 何言ってんだ、黙れブス」
スネ夫が威嚇してくるが、俺は視線をノートから外さない。
「不当な役務の強制。対価はゼロ。それどころか、供給側(被害者)に心理的な負債を負わせることで、継続的な労働力を確保しようとしている」
「最悪の非効率モデル、だ」
俺は冷めた目で、二人を交互に見た。
「君たちがやっているのは実体経済における最悪の経営判断だ」
「あ?」
「中世の奴隷制度がなぜ廃れたか知っているか? 奴隷は意欲が低く、監視コストが膨大にかかるからだ」
「君たちは彼を監視し、威嚇し続けるために、自分たちの貴重な資源である時間と、将来的な社会的信用という資本をドブに捨てている」
スネ夫が顔を赤くして叫ぶ。
「こいつは俺たちの言うことを聞いてきたんだよ、ずーっとな」
「なるほど、排他的な契約か。だが、その契約には公序良俗に反するという致命的なリーガルリスクがある」
「君たちが今ここで彼に強いていることは、強要罪、あるいは偽計業務妨害に該当する可能性が高い」
俺はジャイアンとスネ夫の目を交互に見据えながら一歩近づく。
身体は華奢な女子高生だが、その眼光は、数千億円の商談をまとめ、不祥事を握りつぶしてきたトップセールスマンのそれだ。
「君たちの親は、おそらく立派な社会人だろう。もし今、俺がスマホでこの光景を録画し、コンプライアンス窓口、つまり君たちの親の勤務先の人事部に、御社の社員のご子息が、校内で反社会的な労働搾取を行っています、とエビデンス付きでメールを送ったらどうなる?」
二人の顔から、一気に血の気が引いた。
「企業が最も嫌うのは不確実なリスクだ」
「キミたちの親をリスク内包社員にする気か?」
「キミたちの親の昇進、ボーナス、社会的地位」
「君たちが今、この無価値なノート一冊のために賭けているのは、それら全てだ」
「投資対効果を計算しろ。このノートを彼に書かせる利益と、君たちの家庭が崩壊する損失。どちらが大きい?」
沈黙。
購買の前の廊下から、音が消えた。
「訳わかんねー女だな、ウザ」
大柄な男が視線を逸らし、逃げるように歩き出す。スネ夫も慌てて後を追った。
「忘れ物だ」
俺はスネ夫にノートを突き返した。
この事件は解決したように見えるが、天界側がそれを“記録していない”
休憩時間が終わる、教室に戻ろうとした瞬間、被害者から声をかけられた。
「あ、あの…ありがとう」
「不合理をデバッグしただけだ」
俺は翻り、教室へと歩き出す。
背後から、あの黒縁眼鏡の御曹司の視線を感じた。
彼は、俺という「仕様外」がもたらした冷徹なまでの経済的解決を記録しているのだろう。
【放課後】
ユイと並んで家まで帰る。
ユイはどこか楽しそうに見える。
今日、学校であったこと、好きなアーティストの話、いろいろ話す。
そう言えば…ユイとこんなに話をしたのは随分久しぶりな気がする。
それに、俺に向けられるユイの表情は今までとは明らかに違う。
まるで友達か、姉妹か…。




