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第3話:イジメは名誉毀損だ。そして、御曹司が登場。

【教室・午前】


俺に向けられる視線が、やや多い。


校門から教室に入るまでに十二回。


囁き、確認、上目遣い、逸らす目。


女子高生の情報ネットワークは、商社の情報共有よりもよほど伝導率が高い。


ウリエルは俺の記憶の改ざんに失敗した。


周りの人間は俺をユイの双子の姉「黒崎ユナ」だと刷り込まれているが、俺は周りを知らない。


スマホに入れてある設定書メモだけが頼りだ。


「女子高生の所作」という不慣れな動作に戸惑いながらも、俺は周囲を「観測」し始めていた。


俺の高校生時代とは全く違う雰囲気だ。


「ユナ! あんた痴漢を捕まえたんだって?」


「同じ電車に乗ってた子が動画撮ってたよ、マジですごい!」


声の主は神崎綾乃アヤノ。設定書によれば、俺、つまり「黒崎ユナ」の友人らしい。


明るい性格でコミュニケーションお化けだ。


クラス内外の情報流通を司るハブ(中心点)の一人だと推測した。


俺が痴漢を捕まえた動画が拡散されてるのか…やれやれ。


俺は教室の対角線上に視線を走らせた。


クラスの左奥。そこには、明確な「歪み」が生じていた。


三人の女子に囲まれ、俯いている生徒がいる。


囲んでいる側の中心は、派手なメイクのいかにもいじめっ子キャラ…加納リナというらしい。


机の上に置かれたノートが、加納リナの手で雑に扱われている。


「ねえ、これ本当に自分で書いたの? 誰かに写させてもらったんでしょ?」


いじめ、という言葉で片付けるのは簡単だ。


だが、ビジネスの視点で見れば、これは「組織内における優越的地位の乱用」だ。


この歪みを放置すれば、教室全体の生産性は著しく下がり、結果として俺自身の学習環境リソースも毀損される。


「加納さん。ノートの検収作業、いつ終わるんだ?」


俺の声は、自分でも驚くほど低く、透き通っていた。


教室のざわめきが、一瞬で消える。


加納リナが、信じられないものを見るような目で俺を振り返る。


「何? 黒崎さん。あんた関係ないでしょ」


俺は立ち上がり、ゆっくりと彼女たちの輪に近づいた。


商社の交渉現場で培ってきた、相手を威圧しつつ「逃げ道を塞ぐ」歩法だ。


「関係はある。君たちのその非生産的な対話のせいで、クラス全体の集中力が削がれている。これは一種の『機会損失』だ」


「はあ? 何言ってんの、意味わかんない」


「意味がわからないなら、噛み砕いて説明しよう」


「君が行っているのは、根拠のない言いがかりによる他者への名誉毀損、および精神的苦痛の付与だ。」


「もし彼女の親が被害届を出せば、君の内申書には回復不可能なダメージが残る」


「君の将来という資産を、そんなつまらないノート一冊でリスクに晒す。投資対効果が悪すぎると思わないか?」


相手の目を真っ直ぐに見据え、低い声で一気に畳み掛けた。


理詰めでギッチギチに詰められるなんてのは普通に生きている女子高生なら初めての体験だろう。


加納リナの顔から、急速に血の気が引いていく。


彼女は「女子高生の論理」で動いている。


そこに、グローバルビジネスを展開している総合商社のシビアな論理を叩き込んだのだ。


加納リナの脳内の処理能力が追いついていないのがわかる。


「私は…そんな、冗談で…」


「冗談という言葉は、法廷では免責事項にならない。不祥事が起きた際に最も大事なのは初動だ」


「初動を誤ると取り返しが付かなくなるぞ?」


「今すぐノートを返し、謝罪して、この場を収束させろ。それが君に残された唯一のリカバリー策だ」


噛んで含める様な、ゆっくりとした、しかし確固たる口調で俺は畳み掛けた。


加納リナは、俺に目を合わせることすら出来ないくらい怯えていた。


そして、震える手でノートを返した。


蚊の鳴くような声で謝罪し、自分の席へ逃げるように戻る。


周囲の視線が、針のように俺に刺さる。


アヤノが、口を半開きにして俺を見ていた。


「ユナ、あんた今の何? 弁護士ドラマ?」


「ただの社会通念だ、当たり前のな」


俺は自分の席に戻りながら、内心で舌打ちした。


女子高生の身体は、思った以上にアドレナリンに弱い。指先が少し震えている。


だが、確信した。


学校という場所は、論理が欠如している。


だからこそ、正しい「社会通念」を持ち込めば、容易に統治できる。


俺の背後、教室の入り口付近。


一人の男子生徒が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて俺を見ていた。


このクラスの隠れた異端児「御曹司」だ。


その視線は、ただの好奇心ではない。


まるで、未知の生物を「鑑定」するような、冷徹な目だ。


なるほど。


ここにも一人、市場を観測している者がいるらしい。


俺の「女子高生としてのキャリア」は、どうやら思っていたより面白いものになりそうだ。


筆箱からシャーペンを取り出す。


ビジネススーツではない制服の、あまりに軽いスカートの裾を一度だけ整え、俺は前を向いた。


【放課後】


ユイと待ち合わせて帰路につく。


「パパ、女子高生初日、どうだった?」


ユイは無邪気な笑顔を向けてくる。


この子は小さな頃から可愛らしい笑顔だ。


子連れで歩いているとすれ違う人々から「あの子可愛い!」と、よく言われた。


父親として誇らしかった。


「そりゃそうだ、俺の娘だからな」


と、いつも思っていた。


しかし、通りのショーウィンドウに映る俺とユイを見て、再確認した。


俺は、ユイと全く同じ姿だ。


セミロングの艷やかな髪、白く透き通る肌、整った顔立ち、八頭身のスタイル…に、女子高生の制服。


これから先、どうなっちゃうんだろうな…。




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